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2020-03-10

浮世離れしてお貴族様寄りだとは思う

anond:20200310230742

JREC-IN Portal なぜ、こんなことに!?マンガで学ぶ求人求職事例

https://jrecin.jst.go.jp/seek/html/yomimono/nazekonna1/index.html



いずれも日本では日常

契約の厳しさについては海外の方が上かと

2018-10-14

27歳男性だけど人生詰んだ

スペック

 

仕事ができない

スペックの欄に書いた通りうつ病を患っている。そのため仕事ができない。

原子力関係シンクタンクで働いていたところ、ある日ストレスの多さから突然自殺未遂をし、以降休職している。

しかし先日、精神障害があるのでこれ以上雇えませんという宣告を勤務先から受けた。

ハローワークに行って障害者枠で仕事を探そうとしたが、「主治医から仕事ができる』と言われないと仕事探しは出来ない」と門前払いされた。

大学非常勤講師にでもなるかと思ってJrec-INを見てみても、能力的な面や専攻的な面、そもそも業績を上げていない(零細学会で一回発表しただけ)より、自分が出来そうな講師職はなかった。

理系研究職ならまだあるだろうが、文系で「若者の『地元意識』を数理統計的アプローチから明らかにする」という謎研究修士課程でしていた身としては、研究を生かせる職があるとは思えない。

SPSS(重回帰分析・二項ロジスティック解析)とかEXCEL太閤KH CODERなら何とか使えるが、それらが使えても何の足しにもならない。

プログラミング数学高校時代文系クラスだったため数ⅢCは受けていない)、英語が出来ないため、プログラマーとして働くこともできない。

実家に帰って仕事を探すにしても、実家熊本の山奥である。一件だけ工場ライン工があったが、体力がないので長続きはしないだろう。土木作業員警備員も同様の理由から候補から外れる。

普通免許も持っていないため、できる仕事も限られてくる。外回り営業職はまず無理だろう。

そもそもコミュニケーション能力が皆無だと医者から言われたため、高度なコミュニケーション感情労働を要する仕事コンビニファミレス居酒屋店員営業職)も向かないだろう。

結果できる仕事ほとんどないことになる。フリーターすら無理であるバイトすらできないなら詰みである

 

お金がない

仕事ができないので、細々と傷病手当金生活している。

しか家賃(6万7000円)を払うのもやっとで、生活できるとは思えない。

親に金を無心するにしても、実家お金ほとんどないとのことなので、お金無心することは出来ない。

社会保障の緊縮化が叫ばれる中、生活保護受給するのも難しいだろう。

貯金も尽きそうになる中、お金がないのは致命的である東京の自宅を引き払って実家に戻るにした場合、恐らく二度と東京には戻れず、実家軟禁され続けることだろう。

その場合仕事もないし一生ニートになるしかないが、その場合貧乏実家さら迷惑をかけてしまうことになる。

宝くじ一等当たれば話は別だが、そうでないなら人生詰みである

 

友達がいない

コミュニケーション能力がないためコンビニバイトすら務まらないということは先述したが、コミュニケーション能力の欠如は友達がいないという形でも顕在化する。

友達がいなければ自身が抱える孤独とかを吐き出せる相手もいないということになる。また、友達がいないことは社会から孤立していることを表している。

社会から孤立している人が人的資源を使って今の窮状から脱することは出来ない。詰みである

大学時代オタクコンテンツ消費者インサイトを探るための参与観察の一環として漫画研究会に所属していた。そこで友人関係を築いておけばよかったと後悔することしきりである

からは入れる漫画研究会的なところはなさそうだし。

 

楽しみがない

うつ病をり患しているという事情も勘案せねばならないが、それを差し引いても日々の生活の楽しみがまるでない。

戦隊モノ仮面ライダーウルトラマン、一部の深夜アニメ日常系)が好きだったのだが、最近そういうのを見ても面白さとかを感じることはなくなった。ゲームも同様である

成城石井に行くために秋葉原に行くことが結構あるのだが、そこでアニメ漫画ラノベゲームを楽しんでいる人を見ると嫉妬で頭がおかしくなりそうになる。

そのほかに楽しみがあればいいのだが、それもない。大学学部生の頃までは鉄道模型とかトンネル巡りとかしていたのだが、お金がないせいでそういった趣味ももはや手を出せない。

楽しみがなく生ける屍になっている。楽しみがなければ生きる希望もない。生きる希望がないことは人生詰みである

 

自殺すらできない

自殺すれば楽になるとは思っている。他人迷惑をかけ続けている以上、けじめとして自殺しなければならない思っている。しか自殺すらできない状況である

先日も神奈川県ダム自殺未遂をして警察保護され、父親が迎えに来たが、熊本から神奈川まで往復数万円かかった。そういった経済的支出が出来るほどの余裕は実家にはない。

今度自殺未遂したら一生実家に軟禁するぞと両親から言われた。実家軟禁されれば仕事することも、金を稼ぐことも、鉄道模型トンネル巡りもできなくなる。

実家通信回線は貧弱なので、アニメ特撮インターネットで見ることもできない。

まり、今度自殺未遂をしたら仕事お金友達も楽しみもすべて親により永遠に奪われることになる。それだけは何としても避けたい。

年末スピリタスを一気飲みして自殺しようかと考えていたが、それもかなわぬ夢となりそうだ。

家族や周辺の人々に不幸をまき散らしている自分がいてよい道理などない。詰んでいる人生から離脱することすらできない。これを地獄と言わずに何と言おうか。

 

結局人生詰んでいる

これから先どうすればいいかからない。

実家に戻ったら二度と東京には戻れないし、働けるような職もない。つまり一生ニートでいることが確定である。何としてもそれは避けたい。

からと言って東京にい続けるにしてもランニングコストがかかりすぎて、お金を費消することになる。お金が無くなれば生活できなくなり詰みである

自殺するような真似をすれば実家に一生軟禁確定である。だからと言って無駄に生をむさぼっていても詰んだ状況から脱出する術は一向に見いだせない。

結局自分人生は詰んでしまったのだ。自殺できないので、来世に期待すらできない。

クソみたいな人生なので皆さん嗤ってください。

2018-01-11

年収三百万任期25年任期安楽死JREC-IN

自分負け犬研究者なのは分かったら、負け犬らしく生きたい。

年収三百万で、研究エフォート半分でいいから、安心して研究できる環境整備してくれよ。

年収千五百万だけど五年働いたら使い捨てみたいな的はずれな求人はもういらないんだよ。

同じ金額なら、年収三百万でいいから、任期25年の仕事をくれ。

25年後に全く使えなくていらない人材になってたら、安楽死の薬支給してくれたら死んであげるから

JREC-INでそういう求人いかなー

2013-06-18

http://anond.hatelabo.jp/20130602030629

俺も博士学生ときはそんな感じに思ってた。

こんな業績じゃ勝負できねえよ、とか、あの先輩ですら困ってるのにおれなんかじゃできねえよ、とか。

ポスドク2年やったけど、同じくそんな感じだった。

こんなクソ教授のもとじゃ研究なんてできねえよ、とか、こんな環境じゃいい実験なんてできねえよ、とか。

でもさー。

それでも藁にもすがる思いで公募出すとさ、案外面接呼ばれることもあるんだよ。

たまーにだけどね。

それからJREC-IN なんかに公表されないような内々の公募も、実際にあるから声かけてもらうこともなくはないんだよね。

学会での人脈つくりとか、コネもってる先生のもとにポスドクとして売り込んだりさ、そういうのしてるうちにルートに乗れることもあるにはあるのよ。

まあ、信じるか信じないか増田次第だけどさ。


俺もまじで死ぬのかなー、教採でも受けようかなー、結婚したいしなー、アカポスとか不可能だろうし、はやく何か考えないとなーとか思ってたけどさ。

博士取得後の2年をダメポスドクとして無駄にしたけど、なんでか公募通っていまは安定したよ。



言いたいことは2つかな。

・諦めるなんていつでもできるんだから、2年くらいは目についた公募に全部出すこと。

・運が向いたときにそれをつかんですぐに転身するためにはそれなりの準備が必要になります

 だから必ず良くなる、必ずチャンスが来る、という気持ちで生きていよう、ということ。

実際さ、俺の先輩、「来月からうちの助教で来れる? 電話切る前に今答えて」て言われて「いますぐは答えられません」って電話切ったか自動的に消滅したことあったもんな。

俺も10月から来てって言われたとき、3月まで学位取れませんって言ってぽしゃった話もあった。

そんな誘いもあるから、どうせダメだわーって言ってたらまじで対応できないよ。

からさ、必ず良くなる前提で生きて準備してないと後悔するよ。

案外チャンスはくるもんさ。

まあがんばんなさい。

悲観したって何も得られないよ。


ま、そうは言ってもやる気が湧いてこないのはすごくすごく理解できるけど。

俺もそんなだったわ。

でもま、いまやるべきことをやっていきましょ。

案外なんとかなるんだよ。

ね。

2013-02-24

博士学生就活の記録

博士課程の学生高専助教および大学助教に応募・受験した記録について書く。

この手の情報は少ないので、誰かの役に立てばと思う。

筆者のスペック

  • 情報系のD3
  • 査読付き論文誌3件(主著2、共著1)、査読付き国際会議8件(主著7、共著1)。
  • 学振DC
  • 博士号は未取得。就職後に取る予定。このため、博士号を前提とした公募には出せなかった。
  • いろいろあって、就活を始めたのは1月頃だった。少し遅い。

公募その1:地方高専助教

最初に応募し、最終的に内定をいただいたので、内定を承諾した。

博士号未取得の者は3年の任期付きだが、博士号を取得すれば任期は解消される。

高専助教なので、授業はもちろん、クラブ活動学生寮指導学校運営にも関わることになる。

面接内容は以下の通り。

面接では、この手の応募では珍しく、面接受験者全員(筆者を含めて3名)が同じ時間に招集された。

ライバル達と待合室で顔を合わせることになり、緊張感があった。

面接の順番は、筆者が最後であり、待ち時間がつらかった。

余談だが、スライド印刷した資料を筆者だけが持参しておらず、この時点で「終わった」と思った。

しかし、結果的には内定をいただけたので、諦めないことが重要であると思う。

しかすると、書類審査の時点である程度決まっていたのかもしれないが。

公募その2:都内の私大助教センター勤務)

二番目に応募し、内定をいただいたが、辞退した。

任期は3年で、再任はない。いわゆる情報基盤センターの勤務であり、センターの業務にかなり関わることになる。

面接内容は以下の通り。

面接の前に、現職の方から職務内容の説明があった。

公募その3:都内の公立大助教

三番目に応募し、書類審査を通過したが、面接を辞退した。

任期は5年で、再任あり。授業と卒論指導が主な仕事である

応募にあたって心がけたこと

いわゆる普通就活でも同じことだと思うが、基本的には、応募先のことをよく調べ、相手の求める人材像を意識するようにした。

応募書類には、その人材像に対し、自分はこういう経験・実績があり、従ってこれだけ貢献できる、という論調を貫いた。

面接では、話す内容も重要だが、自信を持って、落ち着いてはっきりと話すよう心がけた。

思うに、現場を知らない新卒に、大それた意見や構想はそこまで求められていない。

自分若造なりにこう思っているが、実際の現場はいろいろな制限があると思うので、貴学の先生方と一緒に考えていきたい、という論調を心がけた。

なお、求人を探す時は、定番JREC-INを利用した。

http://jrecin.jst.go.jp

基本的には「総合領域 - 情報学」の分野で探したが、時々は他分野もチェックするようにした。

たとえば、先の高専助教求人情報学ではなく「工学 - 全て」であった。

就職先を決心するにあたって

幸いにも2つ内定をいただけたのだが、どちらを辞退するか相当迷った。

結局、自分が今後、研究教育をどういうバランスでやっていきたくて、それにはどちらが向いているか?を客観的に考えて決めた。

また、それぞれの現職や前任者が、実際にどれだけの研究実績と教育実績を積んで、どういうキャリアパスを描いているか?を徹底的に調べた。

さらに、親しい先生方には可能な限り相談に乗ってもらった。実際に教員をされている先生方の意見は本当に参考になる。一生の問題なので、どんどん相談するのが良いと思う。

選択には必ず後悔が伴うので、客観的な事実意見を並べるだけ並べたら、最後は心の声に従うしかないのだろう。

参考にした記事

これらの記事はとても参考になった。

大学助教の面接受験の記録

高専助教の面接受験の記録

以上。何か思い出したら、また追記するかもしれない。

 
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