はてなキーワード: Free Tibetとは
Black Lives Matter運動、違和感がありつつもうまく言語化できなかったんだけど、色々読んでいくうちに違和感の正体がわかった気がした。
たとえばロヒンギャへの支援を訴える運動は、ビルマ政府のロヒンギャ弾圧はひどいよね! ビルマに圧力をかけてロヒンギャ弾圧をやめさせよう! というものであり、世界中でひどい扱いを受けているイスラーム教徒として連帯しよう! みたいな運動ではない。
ウイグル人やチベット人の抑圧を訴える人たちも、中国政府の扱いはひどい、中国政府は弾圧をやめろ、と言っているのであって、全世界的に仏教徒やテュルク系民族は弾圧されてる! ということが言いたいのではない。
本来、Black Lives Matterもそういう運動、つまりアメリカの黒人はアメリカ政府やアメリカの警察に弾圧されている、アメリカ政府ひどいよね、世界のみんな、アメリカに圧力をかけてくれ! という話だったらよく理解できるんだよね。
でも、全世界的に黒人がひどい扱いを受けてる! それぞれの国でBlack Lives Matterを叫ぼう! 日本でもBlack Lives Matterのデモをしよう! って言われると、は? ってなる。
確かに日本にも黒人差別はあるし、オコエ瑠偉とか大坂なおみとかが差別された体験を語ってるから、日本にそんな問題はない! って言うつもりは毛頭ないけど、警察官が特定人種ばかり狙って射殺してくるとか、無抵抗の被疑者の首を押さえつけて窒息死させたとか、若い黒人男性が刑務所にブチ込まれまくってて黒人コミュニティが崩壊してるとか、そんなんはアメリカだけの問題だろ!
10年以上前にFree Tibetが盛り上がってて日本でもデモをやってたけど、あれは中国はチベット人への弾圧をやめろ! 日本からも中国に圧力をかけるのを手伝うぞ! という運動であって、日本のチベット人差別はけしからん! という訴えではなかった。
でもBlack Lives Matterは、少なくとも東京で行われたデモは、アメリカは黒人差別をやめろ! 日本からもアメリカの警察に圧力をかけるぞ! という運動ではなく、日本の黒人差別はけしからん! という運動になっている。
なんかおかしくね?
なんでアメリカ人って自分たちの問題=世界の問題だって思い込んじゃうの?
こういう、自分たちの問題=世界の問題、アメリカの差別事情=世界の差別事情だって思い込むアメリカ人の自己中心性っていうかアメリカ中心主義、見事にアメリカおよび英語圏の持ってる権力に由来するものだし、非英語圏出身のアジア人からすると「け、権力勾配~~~!!!」って感じがすごいするんだよね。
ローカル事情を自分たちの母語で叫んでるだけで全世界に訴えを聞いてもらえる身分の人たち、肌が白いか黒いかを問わず普通に特権階級だと思うんだけど、どうも連中にはその自覚がないらしい。
まずは自分たちの特権を自覚したらいかが? 日頃自分で言ってることなんだからできるでしょ? としか言えない。
それでもってそのローカル事情に基づいて出来上がったローカル基準をまるでグローバルスタンダードみたいな風に装って他国にも押し付けてくるし、押し付けることのできる権力を持ってるわけでしょ。アメリカ人が自国内でブラックフェイスをタブーにしてる分には知ったこっちゃないけど、全然文脈が違う日本にそれを持ち込んで、褐色キャラのコスをするレイヤーさんに文句つけてるのとかもうわけがわからんよ。
繰り返しになるけど、日本にも黒人差別はあるし、それは是正されるべきですよ。でもそれはアメリカにある差別とは違うものだし(日本の方がマシと言いたいんじゃなくて、歴史的背景も社会の人種間関係も違うんだから当然問題点も処方箋も違ってくるでしょという話)、アメリカ大使館に向けてならともかく日本社会に向けてBlack Lives MatterとかI Can't Breatheとか言われても日本の警察に捕まった外国人はちゃんと息しとるわお前らの国の警察とは違うんじゃという話になるわけで(日本の警察の人質司法や外国人差別を無視していいとは言ってない)。
というか日本では白人も「ガイジン」として差別されてて、黒人とのハーフだけじゃなく白人とのハーフだっていじめやからかいの対象になるんだから、日本の黒人は日本の白人と連帯して非日系のエスニック・グループとして日本人による差別と闘った方がいいんじゃねーのと思うんだけど、まあ彼らは“全世界的な白人至上主義”(これ指を頭の横でクイクイしながら言うフレーズね)と闘う方が重要らしいから、白人と「同じマイノリティ」として連帯する気はなさそう。あのね、知らなかったかもしれないけどこの日本では白人もマイノリティなんだわ。お前らの国のローカルな人種間関係を無邪気にヨソの国に適用するのやめてくんない? というか、グローバルな白人支配を問題にするなら、まずその英語帝国主義をやめてくれない? っていう話。
東京のローカルニュースでもそれに価値があるなら全国放送で流せばいいと思うし(たとえば、香港やパレスチナや西パプアの弾圧もローカルニュースだけど、国際的に注目されるべき人権問題だよね)、災害とかで都民が苦しんでいるなら「都民がんばれ!」みたいなムーブメントが起きてもいいと思うんだけど、都知事や都庁だけがめっちゃ腐敗してるという話なのに、「都庁けしからん」ではなく「日本の政治腐敗は深刻で」みたいな話にされたり、東京だけが被災した災害で「がんばろう日本」ってスローガンが掲げられたら他地方の人はカチンと来るよね、という話。
【政治】「自民党が政権に亀裂を入れようとしてるのだろう」 永住外国人への地方選挙権付与、8県議会が反対に転向★2
ttp://tsushima.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1265705854/-100
7 :名無しさん@十周年:2010/02/09(火) 18:01:30 ID:D8d7TwIz0
亀裂を入れようとかそんな次元じゃないから
8 :名無しさん@十周年:2010/02/09(火) 18:02:19 ID:7rvzDILG0
民主が日本に亀裂を入れようとしているのを止めようとしているんだろ。
10 :名無しさん@十周年:2010/02/09(火) 18:03:10 ID:pq+3H7oG0
民主党の優先事項
本音>金>コンクリート>中国共産党>民団>壁>>>>>>>>>>>>>>>>>日本人>マニフェスト
11 :アサヒる安崎上葉@Free Tibet ◆giKoK4gH6I :2010/02/09(火) 18:03:21 ID:uh89EYDi0 ?2BP(2444)
政権に亀が入ってるから亀裂とな?
わかんない。なんで?
私たちは、警察のおかげで安全にFREE TIBETを叫べた。私も喉をからして叫んだ。もちろん、私たちの国で主義主張を叫ぶのは自由だ。なんら非難される行為ではない。しかし、結果的にそれは数千人の群集に対する挑発行為だった。本当に危険な行為だった
高尚な何とかの自由を担保するのは法と秩序だ。法と秩序を担保するのはどれだけオブラートに包んでみようが最終的には暴力装置だ。
多分、警察は、「中国人を逮捕しない」という方針だったんじゃないかな。
(中略)
もし、中国人一人を逮捕して、その他大勢の中国人が仲間を助けるために警察官に詰め寄ったら、警察が危なかったと思う。あれだけ大勢の中国人が警察に攻撃をしかけたら、町全体が一挙に無秩序状態になりかねない。本当に中国人多かったから。
この増田の予想が正しいかどうかは分からない。警察はいい仕事をしたのかもしれないが、国民に対して送るべきではない種類のメッセージを態度で示してしまったように思えてしまう。
「各種の自由は憲法で保障されていますが、チンピラが暴徒化したら我々では事態を収拾できません」
警官だって人間だし無敵じゃないから、そりゃあ暴徒は恐ろしいだろう。でもそんなメッセージを国民に送っては、暴力装置としての機能を果たせないのではないか。
「我々は民事不介入なので一般論で言えばチンピラをむやみに挑発しない方がよいでしょう。しかしながら、いざとなれば我々は法と秩序を守ります」
というメッセージを送るべきではなかったか。
チンピラに面と向かって「バーカ」と罵る自由は(個人的には)別にどうでもいい。でも「FREE TIBET」を叫ぶ自由はもっと大事にされてもよいと思う。
日本国憲法は第3章「国民の権利と義務」で表現の自由、集会結社思想良心信教その他の自由を定めてるので、日本国内にいる中国人に憲法が定める表現の自由があるかどうか知らないけど、まあ多分中国人が山ほど押し寄せて国旗を振ろうが何を言おうが他の法に触れなければそれを理由に逮捕拘束されることはないだろうし、されるべきではないだろう。
でも法に触れたのなら別だ。一方が法に触れるような実力行使をもって他方を黙らせようとしたなら、その行為は国家が法に基づいて咎めねばならない。
日本国憲法第12条に「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない」と言うけれど、自由はただ漫然と与えられるものではない。まさにこのケースは不断の努力によって求めなければならないのじゃないのかな。
http://anond.hatelabo.jp/20080428082612
4/26長野聖火リレーにチベット国旗持って行ってきた者です。
もとはmixiの話のようだけど、私はmixi入ってないし、はてなダイアリーも書いてない。
そもそもこういう話は求められていないのかもしれないけど、空気も読めないので思うままに書いてみる。
私の経験した範囲内でのことだから、数とか、時間とか不正確かもしれない。現場にいると自分の見聞きする狭い範囲でしか物事が捉えられない。
その辺は割り引いて読んでください。
多分、警察は、「中国人を逮捕しない」という方針だったんじゃないかな。
警官の動員数が全然足りていなかった。
もし、中国人一人を逮捕して、その他大勢の中国人が仲間を助けるために警察官に詰め寄ったら、警察が危なかったと思う。あれだけ大勢の中国人が警察に攻撃をしかけたら、町全体が一挙に無秩序状態になりかねない。本当に中国人多かったから。
聖火の回りには警察が大勢いたけど、通過後や、リレーコースじゃない市街地とかには、ぽつりぽつりとしか警官がいなかった。全くいない場所もあった。
リレーコースへ移動中、チベット旗を担いで一人で歩いていると、40人ぐらいの集団に行く手を阻むように取り囲まれた。あたりに警官はいない。紅い中国国旗持った集団から「チャイナ! トンゴゥ!」(と聞こえた)と罵声を浴びていると、「マオ! マオ! マオ! マオ!」と毛沢東語録を手に紅衛兵が叫んでいる映像を思い出した。これで「階級の敵!」とか「自己批判しろ!」とか叫んだら完璧だな、と思った。
彼らは集団で、一人を取り囲んで、ニタニタと嬉しそうに、あるいは真剣に義憤に駆られた顔で、「チャイナ! トンゴゥ!」を叫び続けた。
投石やとび蹴りの写真が報道されたソウルのような状態に陥らなかっただけ良かった。日本の警察のやり方は、ベストではなかったが、最悪の事態だけは避けられた。女一人で参加した私も、無事に帰れた。
ただ、私が無事だったのは、日本の警察の努力の結果ではなく、中国側の「引率者」による指導の結果なのではないかという気はする。
もう一つ。
私は10時半ごろに着いたのだが、誘導された例の丘にはチベット支援者がまばらに10数名しかいなかった。50メートルほど先の柵の向こうには、1000人を超える紅い集団が津波のように五星紅旗を振っていた。こちらに対して敵意をむき出しにして、怒鳴ったり、愛国歌みたいなの歌ってた。彼らが群集心理に乗って、異様に高揚していたのは遠目にも明らか。
柵と警官がなかったら、あの集団に袋叩きにされるかも、という恐怖を覚えた。正直、警官と柵がなかったらあの場に踏みとどまっていなかった。格好悪いけど、それほどの勇気はない。朝、私を取り囲んだ集団より、はるかに彼らは興奮していた。
その後12時にはチベット側は数百名に増えたが、中国側も倍以上に増えた。相手を挑発するのは危険だからFREE TIBETを叫ぶのをやめろ、とは警察に指導されなかった。私たちは、警察のおかげで安全にFREE TIBETを叫べた。私も喉をからして叫んだ。もちろん、私たちの国で主義主張を叫ぶのは自由だ。なんら非難される行為ではない。しかし、結果的にそれは数千人の群集に対する挑発行為だった。本当に危険な行為だった。
両者が隔離されていなかった沿道では、チベット支援者がある程度固まっていても、そこに中国人が割って入り、妨害行為を行った。彼らはそういう行為をした仲間を英雄視して称えていた。
若里公園で警察が隔離しなかったら、大変なことになっていたのではないだろうか。チベット支援者側が固まっていても、数千人の中国人が我先にとなだれ込んできたと思う。警察にはそれを抑止するだけの人数がいなかった。全然足りていなかった。私が見える範囲では100名もいなかった。柵と紐を使って隔離するしかない。
私たちがその場にとどまってFREE TIBETを叫ぶことができるように環境を用意してくれたのは警察だ。警察がいなければ我々は数の力で暴力的に蹴散らされていたのではないだろうか。若里公園では、暴力的な衝突なく、国家権力による規制もなく「中国! 加油!」と「FREE TIBET!」のヒートアップした叫びが数時間にわたって続いた。どちらの叫びも制限されなかった。圧倒的な少数派が多数派を前にして堂々と主義主張を叫ぶことが守られたのだ。若里公園のこの丘にやってきた国境なき記者団のメナール事務局長はおそらくその点を評価したのではないかと思う。
警察のいないところ、またはいるところでも中国人から暴力を受けた日本人がいたことは知っている。その日の長野市内でチベット国旗を担いで歩く人にはそれなりの覚悟と自己防衛の気概が必要だった。
ここは日本だろ。と言いたくなる気持ちはわかるが、あれだけ大量の毛沢東の子供たちがいたのだから仕方がない。
ごめん、全角英数の間延びした感じが個人的にすげえ気持ち悪くて気になるだけなんだ。
そもそも「FREE TIBET」という英語表現をわざわざ文末に入れる、ってことはそれを合言葉にするような
日本以外の人々とも通じ合いたいからこそなんじゃないのか?その場合、全角英数だとまったく意味がない。
まあ主張も含めて単なる飾りなんだろうから、自分の言う事こそ意味がないのかも知れない。