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2020-01-08

[]Time::Localのバグっぽい仕様

My Y2020 Bug | Tom Wyant [blogs.perl.org]

http://blogs.perl.org/users/tom_wyant/2020/01/my-y2020-bug.html

以下のコードを実行すると、1970-01-01が欲しい所に、2070-01-01が返ってくるという問題

https://ideone.com/OOD6yU

#!/usr/bin/perl
use 5.028;
use warnings;
use POSIX qw(strftime);
use Time::Local;

my $t = timegm(0, 0, 0, 1, 0, 70);
say strftime("%Y-%m-%d %H:%M:%S", gmtime($t));

2070-01-01 00:00:00

https://metacpan.org/pod/Time::Local#Year-Value-Interpretation

Years in the range 0..99 are interpreted as shorthand for years in the rolling "current century," defined as 50 years on either side of the current year.

(snip)

Whenever possible, use an absolute four digit year instead.

Time::Localの仕様として、年数に2桁の値を与えた場合19xx年と20xx年、現在時間から近い年を取るらしい。

70を与えた場合、今は2020年1月8日なので、1970年ではなく、2070年が取られる模様。

対策としては、ドキュメントにあるように、年数は4桁で与えるようにするのが良いと思う。

2019-01-31

物語本編が終わった後に過去に遡って伏線回収されたりするパターン

小説漫画物語本編がきちんと終わったあと、最後最後に、

19xx年、夏”とか、そんな感じで昔話(後日談でなくてあくま時系列的に遡った話)が出てきて、

あー、あれってそういうことだったんだーってなるようなちょっとした伏線回収があったり、

あの人のあの何気ない反応は、こんな過去があったからなのかなぁ、とかってなるやつ。

あるいは、物語の途中で登場人物のうちの誰かが何らかの理由離脱して、

それでも物語はきちんと成立する形で完結するんだけど、

最後最後に、その人物離脱後の話が突然語られ出すみたいなの(あまり多くないページ数で)。

このパターン、予期しないオマケ的に深い余韻を残してくれるから、とても好き。

自分小説書くなら、これやりたい。

2019-01-07

anond:20190107105219


う~ん、あるんだろうけど、なぜか元ネタよりウソ感が強い

2018-07-21

anond:20180721054622

最初の一文と最後の一文を考えて、間を創作するのじゃ

19XX年、世界は核の炎に包まれた」

沈黙は深く、耳を澄ませば地球の回転する音まで聞こえそうだった」

この間を創作して提出してください。

2018-02-17

19XX年の編集者

‪『20XX年 日本一極集中予算の逼迫で教育格差が激しくなり、地方ではぬいぐるみで実習を済ませるような獣医科大まで現れる一方、銀座公立小学校イタリアブランド制服を導入』‬

‪「雑な設定。やり直し」‬

2015-08-28

謝れというなら「いつの誰に対して」を明確にすればよい

過去日本戦争を謝れと言うならば、「19xx年~xx年の○○国民に対して謝ります」と明示しよう。

謝れ、謝れ、謝罪しろと言われる度に、この言い方で謝る。

結局、c国とk国は、今の自分国内問題国際問題として日本過去を利用したいだけだから、しっかりと分からせてやればいい。

あと、国際社会も「なんだ、そんな何十年も前のことをc国k国はいつまでネチネチやってんだ」と分かってくれる。

「今」の問題にしたい奴等に騙されるな!

謝罪なんてプライド国家尊厳が許さない!なんて方々も「70年前にウチのジイサンが、70年前のお宅の人にメイワクかけてごめんね」で終わるんだよ。「400年前にウチのチンギス・ハンが日本を襲来してごめんね」みたいなもんだ。

2015-06-10

1999年まれは良い

彼らが老人になった頃、周りに19XX年生まれほとんどいないだろう

19XX年、つまり20世紀

20世紀まれというのは年齢を表す上でかなり光る属性になるハズだ

間違いない

そんな自分も実は昭和ギリギリの63年生まれ

ジジイになったら「わし昭和生まれじゃから」を口癖にしようと思ってる

2014-02-22

ユニバーサル野球協会

面白かったけどさ

もう2014年だよ

未だに「この小説19xx年にバーチャルリアリティSNS社会を予見していた!!衝撃だ!!」とかドヤられても困るんですよ

てめーのことだよ成長しろインターネットブックレビューマン

2012-10-20

なぜ当時の日本国民はそれを否定できなかったのか?

19xx年、なぜ当時の日本国民

南京大虐殺や強制従軍慰安婦を否定できなかったのか?

それは

旧日本軍は凶悪だからこの程度のことはやったかもしれないな」

「僕らのおじいさんは野蛮人からレイプくらい当たり前のようにやったかもしれないな」

という偏見があったからではないでしょうか。

これは戦後に生まれた全ての日本国民が持っている

旧日本軍に対する職業差別人種差別意識のあらわれです。

奇妙な話ですが、同民族である日本国民が旧世代日本国民に持つ

差別意識です。

ここでみなさんに問いたいのです。

旧日本軍、つまり僕らのおじいさん世代は本当にそのような冷酷無比な悪党でしたか

もしも、「旧日本軍悪党じゃない」

と信じる気持ちがあるのならば、南京大虐殺や強制従軍慰安婦について

国会検証するように訴えていただきたいのです。

それが事実であるならば、国会でもう一度検証したとしても

何の不都合もないはずなのです。

かつて19xx年代に某新聞社が提出した

南京大虐殺従軍慰安婦の確たる証拠」

同じものを、もう一度、国会に出してもらえば、それで済む話なのです。

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 Citizen in 民主主義国家, Love 自由 Hug 知識,

 議論の深さと多様さは民主主義成熟を示すバロミータだと友人の香港人が言ってました

2011-11-15

レインマンになった嫁と暮らす

レインマン」って映画がある。

トム・クルーズが若い頃、たしかトップガンの次の次ぐらいに出た作品で、アカデミー賞を取っている。

   △△△

主人公のチャーリー(トム)は、父の遺産相続問題をきっかけに、自分物心つく前から施設に入ってて存在すら知らなかった兄のレイモンド(ダスティン・ホフマン)と再会して、施設から無理やり連れ出してはみたものの、自閉症レイモンドが次々にやらかす奇行にすっかり参ってしまう。飛行機で移動しようと空港に行けば、「ABC航空はダメ19xx年x月x日どこどこで墜落○○人死亡。DEF航空?ノー!19xx年x月x日○○人死亡……」と百科事典のように正確な記憶力を見せて暴れ回る。

大丈夫だって飛行機はそう簡単には落ちないよ」

弟がいくら確率を持ち出して説得しても兄のパニックはおさまらない。

根負けしたチャーリーが数千キロもの行程を運転して行こうと高速に乗れば、今度はハイエイ死亡事故統計を口走って「いやだー!死ぬー!」と絶叫するレイモンド。

「どうすりゃいいんだよ!」とキレたチャーリーは、名前のない田舎道ばかりを走って西をめざすことに。野原の真ん中のうらぶれた安宿で熱いバスにでもつかろうと湯の栓をひねると、「ダメーーー!そんなことしたら赤ちゃんが!」とまたしても半狂乱に。

   △△△

映画だと、レイモンドのこの熱い湯船トラウマきっかけにして幼かった兄弟の心の触れ合いの記憶が少しずつ呼び戻され、そこからしみじみと感動的なラストに向かって物語が動いていくのだけれど、別にここでなつかし映画語りがしたかったわけじゃない。

書きたかったのは、あの日以来、俺の嫁レインマンになってしまったってことだ。

たぶん俺の嫁だけじゃない。日本中で、いや、遠く韓国中国欧州にも、突然たくさんのレインマンが生まれてしまったんだ。

   △△△

大丈夫だよ、この説明を見てみなよ」

「そうは言うけど、実際言われてるような事態にはなってないじゃん」

等々、いくら条理をつくして話し合ってもダメなのだ。

嫁は怖いのだ。

安心より、怖いという気持を選んだのだ。

から科学的にマユツバだと言われようと、自分原始的な恐怖心にフィットするものばかりに注目し、耳を傾ける。そして言う。

「ほら、ご覧なさいよ!みんなそう言ってる」

嫁がブックマークしているサイトやフォローしているツイッターの発信者名を見て、俺は失神しそうになった。

俺のTLでは、「○ン○○」だの「○ル○」だのと認定されている名前がきら星のごとく並んでいる。そう、微生物コロニーを作るみたいに、彼らはお互いに引かれ合って堅固なオピニオン集団を形成しているのだ。

嫁が俺じゃなくて○○○○や○o○の行進についていく。

マジかよ。

勘弁してくれ。

   △△△

映画チャーリーレイモンドのような取っ組み合いにはならなかったけど、来る日も来る日も絶望的な言い争いが続いた。

わが家の食卓からはいくつかの食品が完全に姿を消し、子供給食牛乳にかえて水筒を持参するようになった。俺自身の親兄弟との関係もぎくしゃくしている。嫁が何か新しい心配の種を仕入れてくるたび、子供に新しい命令/禁止を下すたび、俺と嫁は決着のつかない論争を繰り返した。

「何が子供にとって一番有害なのか/危険なのか」をめぐって。

「もう離婚しかあるまい」と覚悟したことも数え切れない。

   △△△

でも。

俺には嫁を放り出すことはできなかった。

「愛してるから」かと聞かれても、正直うなずけない。

そんなきれいごとにしがみついていられるには、醜悪なものを見過ぎてしまった。

でも、俺がここで見切ったら、嫁には行くところがない。

子供は俺一人でもなんとかなる自信はあるが、子供は俺のことも嫁のことも愛している。

もちろん、俺も嫁も、それぞれの人として限られた能力の限りを尽くして子供を愛している。

   △△△

四捨五入すればもう五十になろうっていうこの年で、いきなりレインマンと暮らす羽目になるとか、誰に想像できただろう。

ここで「考えや感じ方が違いすぎて落としどころさえ見つからない相手」をレインマンと呼ぶ俺には、全方向からうごうたる非難が浴びせられるだろう。

嫁のコロニーからは「人をバカにするな!」と言われるだろうし、

俺のTLで気を吐いている闘士たちからは「ダスティン・ホフマンのようなほのぼのキャラに喩えるなどぬるいわ!」と批判されるだろう。

そしてなにより、現実自閉症の人々と生活し、関わっている人たちからは、「偏見もいいところのとんだ愚か者」と指弾を受けるに違いない。この文章は、何の関係もないそれらの人々を引き合いに出す意図で書かれたものではないが、だからといって失礼が帳消しになるわけではない。そういった方々には心からお詫びしたい。

   △△△

ただ。

映画の前半で「何やってんだよ!」ってキレまくって、少しでも兄に普通の行動を取らせようと無駄努力にきゅうきゅうとしていたチャーリーが、レイモンドの目に映っている世界を、レイモンドの視点から理解して、彼に共感はできないものの、たった一人の肉親としてずっとそばにいようとするようになっていく過程を思った時、そこにはこれまでの俺の文字通りハゲになりそうな苦しみに、なんというか一条の光を投げかけてくれるヒントが潜んでいるんじゃないかって思ったのだ。

レインマン奇行を迷惑がって、施設に追いやってしまうことも一つの道だけど、

そうはできない家族にとって、できることはなんだろう。

チャーリーは、自ら悩み苦しみながら、レイモンドへの愛を見つけて再生できた。

俺はまだ、嫁への愛を見つけ出していない。

   △△△

うちのレインマンは、雨の日を極端に恐れている。

雨が降ると、家族全員に外出を禁止する。

雨じゃなくて、嫁に降り込められたうちの中で、俺はダスティン・ホフマンの顔をしたどこかのラスボスに祈りを捧げる。

――なあ、レインマン

――ここに来て、歌ってくれよ。

――心に火傷を負った俺たちみんなのために。

2010-06-14

はやぶさ

むーん。やはり「何かが犠牲になる」ことは人を安易に感動させてしまうんだなあ。葉鍵系に通じるものがあるぜ。

せめて"19XX"や『斑鳩』以後の世界に住む俺はもっとすごいドラマを作れないとなあ。

2009-11-02

英語が苦手

人の話を聞けない人間語学で一流になるのは無理だ、というのは感じているけど

なんか Twitter でとある分野の専門家で 2 follower しかいない人を follow して、とりあえず日本人日本語で書いてることが TL に出てもつまらんだろうから「こいつ何奴」と見られたときのためにばああっと

with intellectual honesty I meant Redlichkeit of Max Weber. All Japanese humanities scholar know about Weber brothers. I'm noticed your doubt on XXs' intellectual honesty. Philosophers often distort others' thought, I know. Recently I've tweeted about AA's aa-tency between x-ly Y's, stupid speculations on b-arity and c-ality for early nantalogist YY's "Nantara" is translated to Japanese in 19XX by Nanashi Gonbe. I've read it. I mainly tweet in Japanese and not good at English like German for after-WW2 Americans, so I recommend not follow me. I'm an nantara-phile in Japan. Almost everything I know about nantaology is learned from Grate Scholar's "Book".

(いいかげんな訳:日本人学問好きです。なんたら学については誰それの著書でしか知りません。日本語でつぶやいてますし英語も苦手なんでフォローしないほうがいいです。あ、誰それ先生の本は日本語で何年に訳されてて私はそれを読みました。最近つぶやいたのは誰それの何とか性についてとかそういうことです。あなたが言ってた誰それの知的誠実性、あ知的誠実ってのは日本の人文系研究者なら誰でも知ってるマックスウェーバーがどうたらこうたら‥)

みたいなことをつぶやいてすっかり疲れ果てた。

こんなことを書いても一層なんだこいつわと思われるだけで、へたすりゃそのままSPAMMER扱いかもしれん。どうすれば不快な思いをさせずに「私を無視してください」と伝えられるようになるのか。

日本語でも私はこんな調子でどこでも相手にされないのだ。

自分が悪いのはわかっているが寂しい。相手にしてほしいわけではない、と伝えるのにこれほど正しい方法もないはずなんだが。

追記:http://anond.hatelabo.jp/20090622210654 の増田です。自分にはなにもかも決定的に欠落しているのだと思います。

追記:ご指摘通りレトリックが多すぎるので削ってみます。

追記の追記:卑屈さの原因はリアルアカデミアの知人がいないことにありそうで、ここからは言い訳になるのでこれでやめにします。ありがとうございます。

2009-01-15

僕とゲームセンター

僕はゲームオタクではあったのですが、もともとゲームセンターにはあまり行かない人間でした。

もう今では三十路を越えた僕が小学生の頃のゲームセンターは、今とは違いチンピラの溜まり場であったことと、当時は小遣いも少なく持てる全てをコンシューマゲームファミコン全盛期ですし)の方に注ぎ込んでいたことが要因でしょう。

僕は大学入試で失敗し、浪人してしまいました。それ自体はまぁいいんですが、さすがに浪人中、家でゲームをやり狂うのは周囲の目が厳し過ぎます。となると後はゲーセンしかない、というわけです。日本橋ゲーセンに行きやすい、という適当な理由で予備校難波大阪予備校という二流予備校に決めました。

んで、その頃からゲーセンに通い始める訳です。それまでは、ゲーセン情報を殆ど入手してなかったので、グラディウス等の一部のシューティングファイナルファイトスト2の大フィーバー、そしてテトリスくらいしか知りませんでした。ですがこの時期は今思えばそれなりにアタリ年で、確か前半は

後半は、

などなど格ゲー周りだけみても山盛りです。KOFとかもありましたが、キャリアが浅いので興味はほとんど持てなかったです。STGは地味に19XX(結局、ラスボス倒せてないな…)を、パズルゲームマジドロ2(このゲームは名作です。)と何故か戦玉(仲間内で流行ってた)を遊んでました。そもそも、今まで殆どゲーセンで遊んでないのでレゲーすら新作ゲームみたいなもんでして、もう無限に遊ぶゲームがあるような錯覚に陥りましたよ。まぁ、広く浅く遊んでしまったのが、ちょっともったいなかったかなぁとは思いますが。

それで、さらにセンター試験直前の12月31日(30日だったかも)に日本橋の今は亡きフェラーリというゲーセンが1プレイ10円とかバカなことを始めたからもう止まりません(どのゲームも難易度バカ高くして対戦も1本勝負にしたり残機 0設定にしたりと小細工はしてましたが)。毎日のように予備校に通いながらゲーセンに出勤という日々が続きました。こういったお祭りのような日々は大学以降も続く訳ですが…。

で、今はどうだと言いますと、ゲーム自体やらなくなったわけではなく、たまにゲーセンに行ってはCAVEの縦STG三国志大戦を嗜む日々です。ゲーマースキル的には中の中と凡庸ですが、それでもゲームは、ゲーセンという空間は楽しいものです。とオチもなく終わります。

あ、話は違いますが、今のゲームオタクならXBOX360は持ってなきゃ嘘だろう?と思ってます。まずはXBOX360を購入しよう。話はそれからだ。

 
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