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はてなキーワード: 遺書とは

2024-09-04

anond:20240904191142

ワイは数年ぶりにだるま遺書サイト読んだら生い立ちがかわいそうすぎて落ち込んだやで。

きりみんの遺書読んだら具合悪くなった

手先不器用工場必死に働いてる32歳なんだけど、涼しい部屋でパソコン使いたいかSES転職しようと思ったら、俺よりも遥かに高いITスキルもあって、カンファレンスに登壇するコミュ力トーク力もあるきりみんが自殺するぐらい追い込まれてるのみて、俺もう完全に絶望しちゃったよ

SESいけばまだワンチャン今よりも少しぐらい快適に生活できるとおもってたのに、俺も自殺するかもしれん

遺書だったもの」へのアドバイス

ある方が「遺書だったもの」というブログエントリーを公開してはてなブックマークで注目を集めています

https://kirimin.hatenablog.com/entry/2024/09/04/001242

一読しただけで大変な状況の中ご本人が精一杯頑張ってきたことが伝わってきました。

普通の人は不登校になったあとに就職したり(それもB社側からの打診で正社員に!)、アメリカ出張趣味イラスト競技プログラミング、といった活動は出来ません。

なにより踏みとどまるという意思を持たれていることが一番素晴らしいと思います

ブログの内容について、アドバイス、というより考えてみるきっかけを提供できればと思い、以下に書いておきます

"アドバイス"という言葉上から目線ニュアンスがあるため私は嫌いですが、分かりやすさのためにあえて"アドバイス"と記載しております

"アドバイス"の手がかりとして、世の中の多くの人たちと異なっている点を特徴として捉え、そこに着目して述べていきます

コミュニケーションの飢えについて

多くの人は、自死を取りやめた場合遺書を公開しません。ここが最大のポイントです。

他にも、元カノの話や学校友達を作りたかった話、インターネット掲示板会社の同僚との関わりなど、コミュニケーションについて多く言及していることもかなり特徴的です。

コミュニケーションに相当飢えていらっしゃるように見えます

心理的な安定のためには、インターネットで構わないので、コミュニケーションの場への参加を増やしてしてみると良いかもしれません。

私も同世代で、2005年2007年ごろには2ch政治家おちょくるコラージュ写真を作って遊んでいたので、当時の雰囲気は知っています。当時と似たコミュニティはもはやほとんどなく、ネット掲示板よりもLINEオープンチャットあたりのほうが雰囲気が近いかもしれません。

自己評価尺度仕事に偏っていること

文章の2番目の特徴は、仕事に関する記述が多いことです。

仕事やそれに近い競技プログラミング能力モチベーションでご自身価値をはかる表現が目立ちます

仕事への情熱はご自身能力開発、社会貢献金銭獲得のために素晴らしいことです。

一方で能力モチベーションで全人類トップに立つことは出来ない以上、どこかで自分能力に見切りをつける必要があります

それが今なのかな、と漠然と感じました。

人には能力限界・投入できる時間の長さの制約があり、その制約のもと各自それぞれのペースで頑張るしかなく、他に選択肢はないため、ある面で人より劣ることを認めざるを得ません。

しかしだからといって人間として価値がないとか、死ぬべきだということは論理の飛躍です。

劣ることを認めたうえで、それがどうした、自分死ぬ必要はないじゃないか。むしろ優れた人たちが素晴らしい社会を作ってくれてありがたい、と感謝すればよいと私は思います。ご自身にもその気持があるはずです。その証拠にA社のリーダー、B社のプロダクト、元カノ、といったものを称える文章があります。これは称賛の気持が奥底にあるからだと思います

というより本当は人間という存在自体が自他に価値評価される必要がなく、各自勝手に生きて構わないと私は思います評価という行為自体が発生しないのが通常の状態であり、仕事では給料の分配という特別目的のために上司評価するという例外的シチュエーションが発生していると私は理解しています。つまりそもそも職場以外での「自己評価」は必須ではないと私は考えています

そのうえで、それでもなお自己評価必要であれば、いくつもの会社で働くことができ、しかも先方から声をかけてもらっているというのは素晴らしいことだと思います普通の人には声をかけませんよね。仕事の以外の面に目を向けると、イラストVR、他の投稿ではお母様にテレビゲームを教えたりと多方面活動している点が素晴らしいと思います競技プログラミングで高レート帯の方々はこうした活動と両立できるのでしょうか。ほとんどNoだと思います総合的に見れば特別劣っているように私には見えません。

この点は次の第3の特徴に続きます

自分に厳しすぎること

自身に厳しい記述が目立つことが第3の特徴です。

文章には「多くの人から嫌われ、失望され、迷惑をかけながら生きていたくない。」と書かれています

しかしきりみんさんは、嫌われている人・失望されている人・迷惑をかけている人に対して、死ねとは言わないと思います。そういう人柄だと文章で分かります

それなのに自分に対して厳しいのはダブルスタンダードで、ご自身を不必要に傷つけているように見えます。ご自身に対して厳しすぎるダブルスタンダードを持つ理由は何でしょうか。ダブルスタンダードを持つメリットはあるのでしょうか。これについて考えると楽になれる部分があると思います

きりみんさんは、自分より仕事ができない人に死ねと言わないと思います競技プログラミングが下手な人に死ねと言わないと思います。その理由は劣っていても死ぬ必要はないとご自身理解しているからです。そうであればきりみんさんが死ぬ理由もないと私は思います

その他

熱心に遺書を読み進めていたら彼女ができてて醒めちゃった。

2024-09-01

川端康成はガス自殺だったというが、遺書もないのに自殺と考えたのはどうしてだろう

2024-08-23

anond:20240823190724

都合が悪い話になったらすっとぼけて話をずらすとこもオタク卑劣さで嫌いだな

横だけど↓の話では人間のやる事とは思えんわ

こういうことしまくって嫌われたんだよ男オタク

https://togetter.com/li/2266035 

エロ漫画家さんが、「レイプシーン地上波放映したらいけないのは何故?」ってオタクに「ゾーニングをしないと自分たち表現規制されて困る」と返事した事にオタク達が激怒して

地上波で流すのに反対するんだったら、責任取ってお前がセックスさせろ。そうじゃないと明日にでもその辺の女か女児強姦する。お前のせいだ」とおしかけて

漫画家さんが「自分にも人権はある。それに小学生の頃に襲われたことがあるから、そういうことを言われると辛い」と反論してもオタクは何度も凍結しながら脅迫リプ・DMを送る

「僕とヤッてよ濡れるんでしょ気持ちいいじゃん」「13歳で襲われたなら少し早い性教育になってよかったね」等々オタク達が群がり大炎上

エロ漫画家過去ツイから年齢・住所・出身校を特定しばら撒くアカウントが登場

自殺レイプか選べと迫られ(同時に、死んで逃げるな、裸土下座写真をあげて詫びろと言い出す人も)追い詰められたのか何人かに遺書のようなDM送信消息を絶つ

死んだなら首級改(敵の生首を晒す戦国時代のあれ)をするからとまた住所特定の流れに

2024-08-07

anond:20240807105917

最年少遺書RTAなら小学5~6年になってそう

知らんけど

2024-08-05

anond:20240804191400

「なお、遺書等は見つかりませんでした」

2024-07-22

anond:20240722124842

>ある人気漫画家が「障がい者ネタツイート」をした後、妹が自◯しました。

これ遺書に書いてあったならまぁそうなんだろうとするしかないけど、

そうでなければ最後トリガーを引いたのを自分ではないって思いたいだけじゃない?

障がい者ネタツイートから自◯までに何の事象も生じなかったわけじゃないし何を根拠にこれ言ってんのかね?

何かを理由にしないとやってられないんだろうけど、他人を巻き込むようなのは関心しないな

>※こちらの投稿は「ある漫画家」さんに責任謝罪を求めるものではありません。原因や責任第三者にあるのではなく、きちんと対応出来なかった自分達にあると自覚しております

って書いてるけどじゃあ何でタイトルにしてんの?って話だしね 自◯をネタブクマ稼ぎでもあるまいしホント自分たちが原因だって納得してる?

納得してて釣りタイトルでこんなのエントリする? 不思議感性

2024-07-19

anond:20240719091111

学生時代同級生虐めでめちゃくちゃに殴ったりでバカウケして、同級生松本名指しで遺書を書いて自殺未遂、停学になったがあいつ頭おかしいと気にしなかった松本

それを懐かしのちょっとええ話として出版した松本友達

からしたら良いやつだろうが、被害者からしたら悪夢存在だろ。

2024-07-01

anond:20240701004504

遺書を書くほど追い詰められてると思うんだけど死に走るのは早いかもしれない

笑って余裕が出来たなら一旦考え直せよ

遺書書いたけど、読み返したらクソダサくてウケちゃった。

2024-06-25

[]

江藤さんの自殺が報じられた日に、私は都内リウマチ専門病院に行っていました。

リウマチのため何十年も身体のあらゆる関節がおかされ、毎日激痛と共に生きている私たちリウマチ患者に、

江藤さんの「病苦は堪え難し」の遺書は、「では私達の苦しみは何なのよ」と叫びたいような気持ちになりました。(千葉県主婦・62歳)

江藤自死の報に接した時、心身耗弱のせいかと一瞬思った。

しかし、二日後に公表された氏の実に明快な遺書を読み、これが「日本の知性」と称せられた人の発言かと、鉛が胸に沈殿するような気分を味わったものである

「形骸と化した自己を処断する」のなら、同じ病状に苦しみ、懸命にリハビリに取り組んでいる幾多の人々を、江藤氏はどう見ておられたのだろうか。

それらの人々を無視する発言ではないか。(東京都女性・65歳)

身体不自由になったことで、「生きる意味がない」と断じた江藤淳という人は、人生意味をどこに見いだしていたのだろうか。(東京都男性・80歳)

2024-05-28

遺書を書いてた人はどこにいったの

どうして辛いことが起きるか

解明しなければなるまいよ

はじめて書いたのは、元夫が不倫して離婚を申し出たときでした。

さて明日死ぬまでの心持ち

遺書を書くのは、これで2度目です。

はじめて書いたのは、元夫が不倫して離婚を申し出たときでした。

元夫とは職場出会い一般的な恋を経て入籍したはずですが、気づけばセックスレス

加えて、元夫はご自身キャリアに痛く悩まれていましたね。

そうしてあなた出会ったおなごは、わたし10も年の下の子でした。

夫は彼女に傾倒しました。すべての原因は私にあるとして、彼女の味方をしたのでした。

私の心は粉々に崩れました。

そうして転職しました。元夫と同じ職場に居続けるのはあまりに辛かったのです。

見つけたあたらしい職場こそが最悪でした。

割愛します。

人生をかけた仕事のすべてを否定され、そうして私は死にたいのです。

両親が不仲で喧嘩ばかりしていた幼少期。

同級生と話があわずいじめられた青年期。

ビッチだとか好き勝手言われ、除外され、一体なんなんですかね。

どうぞさようならさようなら

2024-05-21

anond:20240521152726

あなたと同じ考えで実際に自殺してる人ふたり知ってるよ

一人は10代で自殺

もう一人は二十歳で自殺

二十歳で死んだ人は「この先生きててもつまらいか死ぬね。今までありがとう」みたいな軽いノリの遺書を残した。20歳まで生きたのは親へ「一応20歳まで生きたよでも結局ここまで生きても死にたくなったから死んだよ」ってメッセージだと思う

個人的には独身なら死んでもいいだろと思ってる。迷惑かけるとしたら親だけど、親には子供自殺するような人生にした責任があるから親は死んだ子供文句言えない

既婚や子持ちは家族親族迷惑かけるから自殺してはだめだと思ってるよ。配偶者子供迷惑かかりすぎ、無責任すぎるし、自死遺族になってしまったらメンタルにも影響がでる。

独身自殺しても自由だけど、既婚子持ちはやめておけ

anond:20240521164623

「今が一番幸せから」という遺書を残して学生飛び降りた例は過去に何度かあるぞ

動画撮影してたケースまである

2024-05-05

遺書書けよ」、スパナで殴打、財布を海へ捨てる……海上保安庁新人男性20)の“イジメ自殺”を第一発見者の元同僚が告発《「巡視船ひさまつ」の地獄

こういう奴がいるから気を付けないといけない

なんでそんなことをするんだろうな

2024-05-02

その日はたぶん目の前にある

家族精神障害者からころされそうになってるから助けてほしいってどこに言えばいいんだろう。そのまえにわたしが明るくなんでもないフリするからもうだめだ。

今日は三メートルある紐とクエン酸スプレー塩素漂白剤を買った。深夜徘徊に使えるから懐中電灯も買った。眠いからちゃうけど。遺書遺書ね。内容があらゆるサービスの解約してくれって三枚ぐらい書きそう。あと葬式写真はなしでお願いします。

2024-04-17

「お前の持って産まれた顔はマジでキモくて耐えられないと皆が思ってるから、全体多数の幸福のために整形しろエレファント・マン」←これがアウトなのは分かるよな?

「お前の持って産まれ臭いマジでキモくて耐えられないと皆が思ってるから、化膿覚悟で手術しろワキガマン」←なんでこれがセーフになると思ったの?

私は今、職場陰湿イジメを受けています

私がそばを通ると「クサッ・・」と言いながら鼻を抑えるポーズ流行っています

席の後ろを通り抜けるときに「クッセ・・」と陰口を叩くのが大ブームです。

私の近くにあるパーティションの後ろから「マジヤバイッショ」「wwwww今本人が来たらどうすんすかwwwwww」「いや悪いのはアイツでしょ。こっちは被害者」「ちょwwwwwマジで危ないから巻き込まないでwwwwww」といった話し声が月に何度もします。

死にたくなるぐらい辛い。

何が辛いって、この程度の腐れ脳みそ共と一緒に働いているのが辛いのです。

奴らは聞こえるかどうかギリギリの声で「くせ・・・」と呟くことによってさも「一言申してやった」「本人に伝えてやった」「巨悪に一矢報いてやった」「職場廃棄物自殺する日を1日早めてやった」といった類の『偉業』をなしたかのようにイキっているわけです。

これがとても気持ち悪い。

小声で誰に向けているのかも分からない中身のない罵倒なんて10000回呟いた所で問題解決には繋がりません。

せいぜい私が遺書を書くとき弁護士を通して職場を訴える時に加害者として名前が挙がるぐらいでしょう。

ただ思いつきで「くっせー」と言われたってこっちはどう対処したらいいのか分からないのです。

新しく試したデオドラントが全く効いてないのでしょうか?それともいつもよりはマシな匂いになったので「あれ?マシになるってことは対策できるの?じゃあ言ってやるけどまだまだ臭いよ?」と伝えたいのか、こちらには全くわかりません。

ただただストレスばかりが蓄積され、それが脂汗として腋から飛び出すたびに、更に臭いがキツクなっていくだけです。

私のワキガは体質なので変えようがないですが、ストレスを減らすことで薄めることは出来ます

貴方がたはそこにストレスをかけることで状況を悪化させている。

それなのに自分では「これでアイツがワキガを治したら、一言物申してやった俺の勇気の一手が勇者の一歩かぁ・・・」と妄想逞しいなクソ馬鹿野郎なわけです。

本当にな、お前らな、臭い文句があるなら本人にハッキリと伝えろよ。

どういうタイプ臭いなのか、どれぐらいの強さか、どういう時に強くなるのか、デオドラントグッズの変化による影響はあるのか、そういった情報を教えてくれよ。

お前らみたいな卑怯者はどうせこっちが「すみまえん。私が臭いんですか?」と聞いたらそれまでの横柄な態度を引っ込めて「いえいいえいえ増田さんは全然そんなことないですよ」と首を振って、こっちが見えなくなってから「アイツやっぱ自覚はあるんだな・・・」「それなのに治さないんすねえ・・・」「今のって、「臭くない」って言質を取りに来たのかな」「マジ卑怯だわー」「これでアイツがこのままだったらウチらが「臭くない」と言ったせいになるの?」「げー最悪ー」「ほんっと心までプンプン臭ってくるような奴だよね」「ねー」とか盛り上がっちゃうんだろ?

はーマジ死ねよ。

お前らさ、もしも自分子供が「目が2つあって鼻が1つなんてキモすぎ!手術して目は1つにして鼻を2つにした方が良いよ!そのキモい顔を見ているだけでこっちの元気がなくなっちゃう!」って言われたらどんな気分になるよ?

まれついた臭いに対しての差別ってのはそういうことだぜ?

それに対してこっちは「まあ言っても伝わらねえだろうな・・・想像力のねえ馬鹿には。人間1つ2つ生まれつきのコンプレックスはあるだろうに、そっから派生して他人の痛みを理解するための知性がねーんだな」と諦めて粛々と変なクリームをワキに塗って生活してるわけですよ。

はぁ・・・マジで低能すぎるだろ・・・

こんな奴らと同じ空気を吸いながら暮らしているってことに対して嫌になる。

もっとちゃんとした社会で過ごしたかった。

2024-04-16

anond:20240416225629

どんなに皮膚弱くてもいい

ピアス自分を痛めつけようぞ

バチバチにしようじゃん❤︎

壊れていこうよ

心も体もぜーんぶ♡

壊してこ♥

どうせ壊れてるんだから

てことで遺書かこう

何度目の遺書か?

サヨナラの向こうに光がある

消えたその瞬間から輝くの

どっちがいいかねぇ

遺書タイトル

日記タイトル

誰が読むのだ、こんな手記は。

まったく誰の得にもならないことだ。

これを読んているのは、不幸にも偶然にもここに辿り着いてしまった人かーーよほどインターネット文字を読むのが好きな変人かーーくらいだろう。

俺はここに、そんな誰が読むかも知れぬ場所に、"遺言"を書き留めておくことにした。

別に遺産だとか私物の分与だとか、そんなことではなく。

俺が傷つけ続け、俺が痛めつけ、挙句俺が捨てた、

【俺自身】に対する"遺書"だ。

この書き出しだけで痛い奴だカッコつけだ、文才も無さそうなパンピーエッセイストぶりやがって、と怒りが湧いてきた人は今すぐブラウザを閉じ、元いた場所に戻るんだ。

そうでない奇特な人はーーーしばらく俺の話につきあってくれ。

恥ずかしい話てはあるのだが、何度か"ボヤ"を起こしたことがある。

その度に、自分が属している(と思い込んでる、思い込んでいた)界隈での肩身が狭くなっていって。

だいたい人生3回目?くらいのボヤをやらかしたあたりで、(自分の実生活の変化も重なって)

X含むインターネット上での(あるいは、インターネットが主になるような)交流に対して、それまで約十年程自分の中にあった執着や自己顕示欲承認欲求が、急速に消えていくのを感じた。

それまでは誰がどんなポストをしていて

エアリプと思しきポストには全力で内容の特定を急ぎ

俺の知らないところで何を言われているのかと怯え

俺の知らないところで楽しそうなことをしている奴らに僻み嫉妬

気に入らないことがあればお気持ちポストを垂れ流し

ブロックされていると判れば別垢から直近直後のポスト確認反省会こそすれどその内容はまったく活かさず

インターネットの海を泳ぎながら傷ついたり傷つけたり

そんなような日々だった。

しかしいまは、その総てがどうでもいい。

いや、全く総てがどうでもよく、あらゆる評価ふいにするとは言えないが――

オブラートに書かれた文字と、オブラートの中にある真意を覗うことに、酷く疲れてしまった。

……というこの心境に対し、浮かんだ仮説がひとつ

俺の自他境界は、俺と【俺が観測可能世界の総て】だったのでは無いだろうか……

俺が属さな世界のことは総て無関心だが、

俺が属する世界の総ては俺に関係があり、

監視管理する必要がある……と

当時は本気で思っていたのだ。

から友人や恋人が俺の知らないうちに旅行に行けば怒り狂い

俺の知らないうちに会合していれば呼ばれてないんだがと嘆き悲しみ

俺が顔を出したイベントに関するポストが少なければその日居た筈の人を心中で責めていたのではなかろうか。

いやはや、なんと傲慢不遜なことだろう。

自分がまるで世界の王であるかのような、そんな視座でインターネットを見ていたのだ。

これを「インターネットが下手」と言わずして何とするか。

しかし、いまこの視座を自覚した俺は、こんなところを見ているお前に言いたいことがある。

お前もインターネット、やめないか

なんか某配信ゲームの曲みたいな言い方になってしまった

ーーそれに、お前がインターネットに疲れていないのなら……それはそれで別に良いのだーーが。

まあなんだ、言いたいことを言うのにえらく遠回りしてしまったが。

俺は一足先にインターネットをやめる。

あいや、完全にはやめないんだ、ただ少し、距離を置く。

喩えるなら、鉄骨を渡る者たちを別室で眺めているような距離感だ。

これもこれでずいぶん傲慢物言いであることは自覚しているが、しっくりくる喩えがこれしかなかったのだ。許してくれ。

それにしても。

もし、お前たちにも、いつかインターネットをやめる日が来たのなら。

青白いライトを放つスクリーンを眺める目の端に、

桜の色が。

新芽の緑が。

落葉の朱が。

木枯らし白と黒が。

お前の目の端に一瞬でも過ったのなら。

そのときは、俺とどこかですれ違おう。

それじゃあな。

スクリーンの向こうに憧れ、

インターネット有名人になろうとした

馬鹿陰キャの成れの果ての手記】

2024-04-04

巨大ホームセンター

死ぬためになにか道具買いに行くかって思いついたんだが、なにかオススメのものある? 頭に浮かんだホームセンターマジでデカくて迷子になりそうな予感しかない とりま遺書書くね

2024-04-03

かえりたい

ブラインドを閉じる

コピー機の電源を切る

シュレッダーの電源を確認する

モニターの電源を切るのを忘れない

システムの打刻

最終退館の入力

照明を落とす

施錠とセキュリティを起動

廊下の消灯で一度真っ暗になる

エレベーターで1階に降りる

玄関は閉じているので裏口に向かう

駐車場横のシリンキーを開けて出る

一階のピザ屋の匂いを嗅ぐ

大通りを歩く

高速道路沿い、高架につく明かりが深夜でも明るいオレンジ色をしている

小さく歌を歌いながら帰る日が多い。頭を空にするための歌なので、なんの歌でも良い。TikTokで聞いたサビしか知らない歌でも、学生時代合唱コンクール課題曲でも。車が多いか迷惑にはなっていないと思ってる。

いつも曲がらない角を曲がって帰る日もある。知らない坂の先の景色をみたり、通れるかわからない細い路地を入ってみたり。

自転車で帰った日もある。電動式のシェアサイクルはわたしをぐいぐい引くように走った。

自分の足で走った日もある。通りを走るランナーはたまに見るしそれほど浮かないだろうと思った。自分自分の体をコントロールして、心拍を上げる行動は何かに良い気がした。

酒を買って歩きながら飲んでみようとした日は、缶を路上に落としてしまい中身が噴出した。甘くないジンソーダで助かったと思いながら拾って帰った。

誰にも迷惑をかけない範囲で行う小さな奇行は、私が私に許す小さい遊びだ。1日の大半を仕事に明け渡してしまった今日ちょっとだけ取り返してから自分を寝かしつける、そういう儀式最初ちょっと外食をして自分の機嫌を取ったりしていたのだが、夕食をしっかり摂るのも憚られる退勤時間になってからは「帰る」ことに遊びを見つけていた。人目につかない深夜に、小学生の帰り道みたいな、誰にも話さな1人遊びがたくさんあった。

何も出来ない日は大抵泣きながら帰る。あの時の自分なかに何の感情があったのかわからない。悔しいなのか苦しいなのか、誰かに心配されて嬉しいなのか情けないなのか、

あのとき取りこぼしてしまった自分気持ちはもう、私がわからないってことはこの先誰にもわからない。

泣いている時に頭の中に入っていたのは、周りの人が私に投げかけた言葉だけで、それを咀嚼して反芻しても、なんの味を感じたのかわからないまま、子どものように口角をひん曲げてボロボロ泣いた。マスクの中に水分が溜まって蒸れて、でも外した顔はひどいから付けたまま歩く。

公園の横を抜けて、ファミレス駐車場を突っ切って、その先の横断歩道は押しボタン式の時間帯。渡った先のコンビニに寄る。朝昼は胃痛を避けるために軽いものしか摂らないので夜は多少好き勝手に食ってやろうと思いながら入店するが、運が悪いと夜中に腹を下すので結局中途半端惣菜軽食を買う。大体いつもボブヘアの男性店員シフトに入っている。コンビニの横の坂道を上ったらあと少しで家に着く。

徒歩25分。家も職場も駅からまり近くないせいで、電車に乗ってもせいぜい5分短縮できるか微妙な所だから歩いて通勤した。

机に縋り付いている記憶の方がたくさんあって良いはずなのだが、私は長い間、家に帰る道をずっと歩いているような、ずっと夜みたいな感覚を1番よく思い出す。

日中は、

食事睡眠、どちらかを満足に出来なくても片方が人並みならまだ保つ」

「このくらいの度数のロング缶を一度に飲み切ると眠れて二日酔いも残らない」

「この会社栄養剤がよく効くのであっちのコンビニで買う」

大丈夫だと口に出せるうちはまだきっと大丈夫

働き始めてから何年かで身につけたおまじないのような「これが出来ればまだ大丈夫」を幾つかポケットに入れて、指先で手触りを確認するような日々を過ごしていた。

 

「酒や乳酸菌飲料の力を借りて睡眠は取れているからまだ大丈夫

「胃が荒れていて平日は差し障るだけで、食欲はあるからまだ大丈夫

「朝は起きて支度できるからまだ」

部屋は荒れているが、不精なので繁忙期はそんなものだ。青クマデスクワーカーの職業病もっとひどい生活の人はたくさんいる。いつものちょっと忙しい時の感覚だ。

そんなふうに捉えて、「まだ大丈夫」を肯定的に捉えてサバイブしていたつもりだった。

つのまに切り替わったかからないが、これらの「まだ大丈夫」が、どこかのタイミングで「まだ私が故障しないから、ダメになるまで待つしかない」の諦めになった。

大丈夫な私は、まだ働かなくてはならない。みんな何かしらの苦しさを抱えながら生きているのだから、私が勝手に投げ出して良いものではない。この苦境から脱出方法は、壊れるまで働くしかない。多分本気でそう思っていた。

勤務中、気を抜くと頭を上げていられなくなった。

ひとの目を見るのは元々苦手ではあるけど、顔を見せるすら苦しくなった。

対面で働くチームメンバーには両手で伏せて早口で指示を出す。通話会議は声を出せれば成立する、まだ大丈夫

大丈夫自分を演じているのか、大丈夫ではない自分演出して逃げ出そうとしているのか、どっちにしろ何かのフリをできているうちは大丈夫なのか、大丈夫って何なんだ?

わたしは席に座れる、手を動かせる、web会議通話が出来る、謝罪を述べることができる。出来るけど、帰りたいと申し出てある日早退した。これはダメなことだってわかっているからまだきっと大丈夫。平日の明るいうちに外出するのが久々でなんだかスカスカした気持ちになりながら、せめて身体を労わるポーズをとらないと均衡が取れないか大戸屋で品目の多い定食を食べた。ポテトサラダが重くていつまでも口に残った。

わたしにも少ないが友人はいる ありがたいことに定期的に会う用事がある

他愛ない近況の報告をしようとしたら、言葉が出ない日があって、そのとき友人は精一杯わたしを傷つけないように、「頑張る私」を否定しないように選んだ言葉で、心配に思っている、あなたを害するものあなた拒否する権利があるとだけ 言葉を投げてくれた

書いて消して何度か回り道しただろう、書かれなかった文にたくさんの気持ちが詰まっていた それに対して言い訳のような自虐で返事をした 最悪だ

病院探しを始めた。

躊躇いは特になかった。「自分に限って」なんていうバイアスは思い上がりだ。弱さを認められる方がまともだと思う、そういうペラペラプライドを持っていた。「まだ大丈夫」のうちに、近い将来ダメになった時の避難経路を決める、それは賢い判断だと思った。

まあまあ都心に住んでいたので選択肢はいくつかあると知っていたし、思ったよりいっぱいあった。逃げ場ってコンビニほどはないけど歯医者くらいはある。場所を見つけて、予約を取ったあと、メモを書くことにした。

うまく話せるように、話せなくてもとにかく伝わるように。カンペなのか手紙なのか問診票の別紙なのか、わからないけど言葉を起こす必要があった。

身体精神状態を書き連ねた。

相手自分を「大丈夫」に見せたいのか、「大丈夫ではない」と言わせたいのか、なんだか意図がブレブレのメモ書きになった

紙に書き写す以上はありのままなんてどこにもない、本当のことを書いたのかどうか主観で見てもあやふやな文面。とにかく話せなくなればそれを読むか手渡すかしようと思って、印刷したものを携えて心療内科に行った。初診の予約は平日の昼しか取れないルールで、14時過ぎに中抜けして向かった。

名のついた診断が出た。

有給休暇の残数を尋ねられたり、直近で休養の取れるタイミングなどの話を流れるようにし始めた医師に、そんなつもりではない。 まだ大丈夫から、もう少しマシになるための方法をくれと訴えたら、それはまっすぐに否定をされた。でも自分に「休め」を許せなかった結果、中途半端診断書を持ち帰った。

朝、眠りから浮上する感覚を覚えると同時に心臓が跳ねるようになっていた。生きている、意識があるということに気づくと心が怯えるのはまあ自然なことかもしれないとその時は思っていたし、動悸そのもの業務差し障りないから「大丈夫」「ダメ」の判断基準にならなかった。寝覚めは悪いが寝起きは良いので、遅刻もしなかった。

今思うと、「大丈夫」と「ダメ」は同じ線の両端ではなかった。

なんの名前を付けたら良いのかもわからないけど、しっかりと質量のある「ダメ」の感触が胸の中に入っている日がある時やって来た。

もっと、動けないとかずっと泣くとか何かが出来なくなったことを以て「ダメ」に『なる』なのだと思っていたけど、そうではなかった。何がどうダメなのかなんてわからないのだけど、相対的な話ではない、とにかく「ダメ」が去来する朝が来た。突発の休暇をとった。休んだ罪悪感を原動力にその週は出勤する、というサイクルをいくらか続けた。

この頃に、「ダメ」になる階段を一歩降りたような気がしていたが、同時に睡眠も食欲も自分の思う「大丈夫」の基準のままだったのだから二元論で考えることが間違っていたと思う。

この「ダメ」は、「不安」の名前に片付けるものらしい。抗不安薬頓服の処方を受けた。「頓服」だから、常用してないからまだ大丈夫大丈夫の数をまだ数えていた。

かに怒っている日、逃げてしまおうと思う日、何も感じない日

そんなわけないのにいつもの道が歪んで見える日

物音が大きく聞こえる日

なんてことないじゃないかと思う日

そんなものちょっとずつずれながら積み上げてきて、綺麗に縛れない新聞の束のような、歪みが溜まっていくような感じがあった

退職願を書いた。

できるだけ綺麗な文字しかるべき封書に綴じた正しいフォーマットで、すぐに出せる完璧な一筆を仕上げようと思った。

遺書ではないけど、でも心持ちは少し近いかもしれない。白くて郵便番号欄のない封筒が望ましいとネットに書いてあったがコンビニにも百均にもなかった。緊急で必要になる人もいるだろうに。

下書きをして、それを見ながら丁寧に文字を書いた。書いている間は無心になれた。書いただけで、結局出せはしなかった。

退職願も、診断書も、私にとっての「勝訴」の紙にならなかった。結局私は、自分バツを付けて逃げるのが怖いまましばらく日々を過ごした。

ある朝、9時前、出勤してメール確認する

同僚が出勤してくる

涙が止まらない

頓服を飲んで、会議室に閉じこもって効くのを待ってみる

10時半過ぎ、何も変わらない

ここにいたらもう駄目なんだ、そういう日がついに来たのだと言われた気がした

トイレに逃げて、別の場所で勤務する上司に早退の連絡をする

そのあとは、とにかく手続きを滞りなく進めなければと、社会人として角の立たないように休職の手配をするために自分感情はどこか棚の上にでも置いたような感覚で、再診の予約をとり会社と連絡を取り、自分社会と切り離すことに成功した

今、会社に向かう朝も遊びながら帰る夜も無くした私は、子供の頃からの地続きの自分をあの夜の帰路に置いてきてしまって、残りかすの体だけがここにあるような気持ちで布団に横たわっている。じゃああの夜に私は何を思っていたのか、書き出してみようと思いメモ帳に書きつけるが、結局そこにも何もなかったとわかってしまった。今の私の回想だからそうなのか、本当に何も思うことはなかったのか、もうわからない。

出かけなくても良くなった今も、どこかに帰りたいような気持ちだけ残っている。

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