はてなキーワード: 管理職とは
前の仕事はとにかくいろいろやばかった、人も仕事も金もやばかった。もうずっとやばいと思っていたし、家族にもそれ辞めた方がいいよそれって言われてた。
業績が悪化の一途を辿っていた中でとうとう資金繰りがヤバくなったのが去年の12月、俺も精神的にも肉体的にも限界が来て病院に担ぎ込まれた、これじゃ共倒れになると思って会社を辞めたのが今年の1月。
俺は面接で、もう無理な働き方はしたくない、管理職になるつもりはない、ということは明言していた。さすがにメンタルやられたのは言わない方がいいって聞いたから言ってないけど、それでも内定があったから新しい会社で働き始めたのに、初日の面談でいつかは管理職に、なんてことを言われたからひっくり返るかと思った。
そもそも求人票に嘘書かれてたこともびっくりなんだが、ならないって言った上で採用した人に管理職にって言ってくるの怖すぎる。管理職にするつもりで教育するから、とか部長職の人に言われて早速次の転職先探さないとダメなのか?となっている。
リクルートエージェントで決まった仕事ってすぐやめたらまずいんだっけ?
管理職は毎日21時まで残業してるらしくトラウマ発動して吐きそうになりながら先週同じ部署の人にどうなんすかって喫煙所で聞いたら残業代稼ぐためにやってるから終わったなら帰っても誰も文句言わないよwwwむしろ残るために仕事残しといてwwwって言われた。おいおいタフだな。
つまり稼ぎたい人がなるものであって、俺みたいな今のお賃金でいいですって人になるメリットはないわけである。
前職のこと思い出して毎日嘔吐してる、俺がおかしいのか?今すぐの話じゃないと思うが管理職って断っても問題ないのか?辞めないとだめなのか?誰か教えてくれ
俺は仕事をするのが好きで、残業するのも平気で、養わないといけない人がいないから休みの日もバンバン仕事をする。今は働き方改革で少し困っていることもあるが、俺みたいな仕事を人生に捧げてる人がいるからこそうちの会社は成り立っている。うちには俺みたいな仕事人間が8人ぐらいいてそいつらで管理職をやっている、俺は今の状況に不満はない、管理職をやりたくない人が一般社員をやり、そうじゃない人が管理職をやる。
何がいいとか悪いとかではない、管理職やりたくない人を蔑むつもりもないし、俺たちみたいな働き方が必ず悪いとは思わない、それは適材適所だからだ。
適した場所に適した人を置くことに問題はない、それを問題にするのは適材適所を守らない人たちだ。
管理職をやりたくない人を管理職にするのはリスクが高い、今は簡単に転職できる、せっかく管理職になれるレベルまで育てたのにその一線を越えたばかりに人がいなくなる。残業が増える、また人がいなくなる。
それをわかってないおじさん管理職がこの世に多く、そういう人たちのせいで会社がうまく回らないのだ。やりたいやつがやる、そういう会社の作り方がわかってないから人員不足だのなんだのになる。
b:id:dmekaricompositeです。遅れましたがまた返信です。
ブコメは元々誰からも読まれる可能性があるものですが、今回は石黒さんがエゴサなどで悩んでいる様子なので余計に読まれる可能性高いと思うんですよね。
それなのに例えばこれhttps://b.hatena.ne.jp/entry/s/anond.hatelabo.jp/20240402192834
なんか「いいねしてた責任はもちろん問われるに決まってる」というのがトップブコメで、暗然としてしまいます。杉田水脈は単に「いいね」しただけでなくこれまでの言動と合わせてアウトだという判定なのに……。それに、いいねした責任というのは一年も誹謗中傷されてもまだ果たされないほど重いのか、仮にいいねした責任があるとするならどれほどの重さが妥当なのかと問い正したくなります。
それで自分のブコメが言及先に読まれることをもっと意識すべきではないかと思いました。それは別に批判するなということではなく、批判するにしても本人の前でも恥ずかしくないくらい正々堂々とした批判をすべきだろうという意味です。
その上で「一番賢い分一番タチが悪い」についてですが、私の第一の誤りはブコメのひどさのグラデーションを吟味しなかったことです。ib:id:muchonovさんのあのブコメは今でもちょっとどうかと思います。ただ「なんか感じ悪い」にすぎず、誹謗中傷だとは言えない。私はそれを「頭おかしい」等の完全に誹謗中傷なブコメと一緒にして「こいつらは敵だな」と雑に判定しb:id:muchonovさんについては「こいつは賢いから誹謗中傷にならないラインを見極めて遠回しに嫌味を言ったのだろう」と邪推してしまったわけです。なので「一番賢い分一番タチが悪い」という表現になりました。
そして──重ね重ねの失礼になりますが、私は以前からb:id:muchonov さんに対して「博識だけど時々無神経なことを言う人だな」という印象を持っていました。
自分のブコメを振り返ってみると、NewJeans紅白出場決定のニュースでb:id:muchonovさんに言及していました。https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.sanspo.com/article/20231229-AL75GW6KPVIBVOE3OQZE75GYZM/
b:id:muchonovさんが「よく大晦日に日本ローカルのイベントに引っ張ってこれたなと本気で驚いた」とコメントしていたのに呆れて
「紅白にはシンディ・ローパーもエンヤも少女時代も出演してるのに「よく大晦日に日本ローカルのイベントに引っ張ってこれたな」と驚いてみせるid:muchonovに違和感。頭宇野維正なんじゃないの?」
と書きました。私はこの時「b:id:muchonovさんって過剰な自虐をリベラルだと勘違いしてる人なのかな?それともかなり変な人?こういうへりくだりって対等な関係を築くのにむしろ有害なのよね……」とモヤモヤしていた記憶があります。
更に遡ると、新語・流行語大賞「ジェンダー平等」のブコメでもb:id:muchonovさんに言及していました。
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/togetter.com/li/1810889
この賞の解説の「議員や管理職級の女性の割合を増やしてあげることがジェンダー平等だと勘違いしている人もまだ多いようだ」という文章を竹下郁子や北原みのりがとんでもない誤読をして「増やしてあげるとはなんという上から目線!」と罵倒していた件です。この時b:id:muchonovさんは
「単に「増やす」と書けばいいとこで、書き手自身の認識とも読める文脈で「増やしてあげる」表現を使ったことによる不幸」
「 id:muchonov書き手自身の認識だと読める文脈ではないでしょ…増やしてあげればいいというのは勘違いだとはっきり書いてるのだから。竹下郁子が読解力なさすぎるだけです」
と批判しています。今読み返してみても竹下郁子の誤読はひどすぎると思います。
ただし私は元の文章の書き手を芳野友子連合会長だと誤解して「ちゃんとした文章を書いている芳野さんに失礼」と書いてしまいましたが、b:id:muchonovさんは「あと、賛否両方にこれが芳野氏のコメントだと勘違いしてる人がいるような」とちゃんとツッコんでいました。私も人のことは言えません。
このような経験から私は「b:id:muchonovさんは党派性で認識がゆがんじゃう人なのかな。しかしためになることも言うし、b:id:zyzyのように完全に一線越えてる奴とは違うんだよね……」とモヤモヤした気持ちでいました。
前置きが長くなりましたが、今回の私の第二の誤りはモヤモヤをモヤモヤのままで留めておかなかったことです。答え合わせ云々のブコメを読んだ私は「ああ、やっぱりb:id:muchonovってb:id:zyzyやb:id:white_roseとかと同類なんだ。石黒さんを中傷する敵なんだ!」と安易な正解にとびついてしまいました。このように敵認定すると、モヤモヤは消えます。いみじくもb:id:muchonovさんが仰っている「陣営脳」に染まると0か100かしかないので、人間の複雑さに悩まなくてすむから楽なんですよね,この楽さが危険なのですが。これからはb:id:muchonovさんに対してもっとモヤモヤした認識のままで留まろうと自戒しています。
最後にもう一度「答え合わせ」について。石黒さんの動画を確認しましたが、石黒さんは「いいね」の晒しは好きにすればいい、しかし答え合わせと称して勝手なレッテルを貼るのはやめてくれという主張だと私は感じました。
長くなりましたが釈明は以上です。
どちらも口うるさい管理職を憎んでいるという点で一致している
まあまあ仲がいい会社の同僚(イケメン管理職)が、デブのブスと付き合い始めてノロケてきます。ほっぺにチューされた話とかしてきます。
ひとことで言ってゲロです。
人の幸せを素直に喜べないカス、とされそうなこと言いましたが、これってさ、本当に俺が悪いのかね?ちょっとよく考えてみようよ。俺の性格が悪いから同僚の幸せを素直に喜べないだけなの?嫉妬してるみたいな事?この俺が?サボテンとカブトムシとジャバ・ザ・ハットをこねてこねてこねて生地にしてからナスみたいな細長い形のパンにして焼き上がったら真ん中にパンチしたようなブスに嫉妬?冗談でもやめろ。そんなもん、食う前からビチグソなんだよッケカスゥ!!!
取り乱しました。
でも友達がたとえばコモドドラゴンそっくりの女と付き合い始めたら誰だって困惑するだろうし、自分がひとかどの人間と認めた人が豚と付き合ってる事実は、自分の人を見る目、ひいては自分の価値が毀損されたと受け取ってもおかしくなくない?それとも俺が高身長イケメンだからって「俺の友達の彼女にブスはふさわしくない」的な、くだらない特権意識を持ってるだけなのかな?
しかしこれ、俺以外誰も不幸になってない話だし、なんで俺がこの件で落ち込んだり怒ったりする必要があるのか、我ながらよく分からない。よく分からないので、お坊さんが悩みに答えてくれる「ハスノハ」というサイトに相談してみようと思ったらすでに似たような悩みがあって、「あなたの気の持ちようの問題なので、何事も勉強だと思って友人の幸せを願いましょう」「きにするな」みたいな答えが返ってきてました。
俺が(特に坊さんに)求めてるのは、寝不足なら寝ろ、雨が降ったら傘をさせ、のような明快なロジックで俺と同僚とブスとの人間関係を解説して俺がとるべき態度を教えて欲しい、俺も奴らも全員幸せになる冴えたやり方を教えて欲しい、といったことだ。
坊主のよく言うフワフワした禅問答とか「上から目線になれ」「プラス思考でいけ」「気の持ちよう」「ほっとけ、以上」みたいな曖昧で一面的な説教いらない。いらないどころかそういう事言った時点で悪でありほぼ敵である。誰しも迷える子羊にしたり顔で哲学的な解答してワンランク上の人間アピールキメたいところ、わからないことはわからないとちゃんと言う、あるいは黙っておけるのが理性ある大人の態度だからだ。
一口に「ブス」とは言うがそれはあくまで俺目線であって、もちろん好みは人それぞれだし、写真の角度や加工アプリの精度、性欲の多寡や結婚のプレッシャーなど様々な要因でブスが美人に見えてるのかもしれなくて、その価値観を変えようとは思わないし、尊重するべきである。そんな事はわかってる。
でも俺には俺の視点しかないわけで、俺が「俺からするとブス」とのイチャイチャ話を聞くと嘔吐するならそれが俺の体質なんだから、これだってきちんと尊重してもらわねばならん。
俺が同僚の意思を尊重し、「彼女ブサイクですよね!」とか「ブスって虫以外だと何食うんすか?」とか言うのを我慢する代わりに、ブス専の同僚は俺の体質を尊重してノロケ話を控えていただかないとバランスが取れない。だって同僚はブスイチャとノロケでハッピー、ブスはイケメン管理職をゲットしてラッキー、俺だけが一生懸命ゲロをこらえる。が最適解なんだとするとあまりに不公平だ。何故俺だけ苦しまなきゃいかんのか意味がわからない。
この際もっと性格悪く、世の中の野良ブスの総量を減らしてくれてありがとう!人柱乙!不幸になれよ!などと思うべきなのかね?そうすりゃ幸せになるかな?でもそんな奴クソかな?
全然面白くないし効率化するとすぐに終わってすげー暇になる(だから副業を始めたんだけど)
現状で満足はしてるんだけど、JTCって本当に人材を活かすのが下手だな、と思う
自分だけに限らず副業でガンガン稼いでる人達はそれなりの才能があって
本業でしっかり仕事を与えればしっかり成果を出して業績も上がるのに
そのせいで業績上がらずに管理職はみんなヒーヒー言いながらクソみたいな会議とどうでもいい書類作業をこなしてて
断っておきたいが、俺は女たたきをしたいわけではない。
会社の研修で「貴方はストレートな男性で管理職であるから、社会的には強者である。社会的な弱者である女性のことを考えましょう」みたいなことを言われて、不意打ちにあったような気持ちになった。
俺は在日三世である。まず、在日差別はある。おじいさんや父親が苦労してきた話(教師が親父の書いた絵に「朝鮮人で最も絵がうまいで賞」と書いた花をつけて廊下に張り出す、など)を聞くとやるせない気持ちになるし、今でも同世代との飲み会になるとザイニチが!みたいな罵倒語を吐くやつは目にする。
なので、正真正銘ゴマカシなしの社会的弱者であるウチは、在日であることを完全に秘匿しながら、日本において唯一無二の後天的に取得しうる強者性=学歴を息子や娘に身に付けさせることが長期的な戦略となった。豊かではない父母は持てるリソースのすべてを我々に注ぎ込んでくれ、果たして俺は東大に合格した。
ただ、どんなに努力を重ねても、やはり特に大阪に帰ると無意識の差別のオブラートは社会を包みこんでいるように思えてならない。帰化申請を自分で行ったときに、半ズボンで来るようなマトモじゃない人は審査で落とすけど、君は大丈夫。普通だよ。でも普通じゃない人ばっかなんだ、とヘラヘラ宣った法務局のHとかいう奴の顔は一生忘れないし、梅田の地下歩いてただこの親父が免許書を見せた瞬間に顔色変えて根掘り葉掘り聞いてきた警察官のことを俺は許さない。妹の元彼の親が朝鮮人とは結婚されられないと挨拶の場で断って、それにそれもそうだなあと言っていたらしいアイツらは妹の流した涙のぶんの毒薬を地獄で飲ませたい。
なので、俺がしてきた努力は、親子三代に渡り投入し続けたリソースは、この日本社会で生きていくために絶対に必要なコト/モノだったし、その結果としての社会的強者然としたこの姿は、弱者性の超克の志向の当然の帰結である。
それを、社会的強者である日本人女性から、生得的に男性であるからという言葉だけで強者と形容されるのはとても気に食わない。俺は、俺等弱者は、本当に死ぬ思いをしてここまで来てるんだ。生得的なんて言わないでほしい。