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2023-12-13

anond:20231213203052

昨日と今日で何が辛いかというと、堀船自転車の保管所ではすぐお金出せる人ばかりが引き取りに来るんだよね

自分は悩んで悩んで命乞いまでした

余裕がある人たちばかりでうらやましかった

自分は彼らとレールがずいぶん違ってしまった

取り残されてる

昔はそっち側だった

人におごってあげられるぐらいの収入もあったんだ

まさか五千円のために土下座までするなんてね

 

保管所の前に川があった

石神井川

工事中で飛び込めそうだった

 

数年前、近所のモミジ橋で水死体が上がったことがあった

ブルーシートかぶせられた遺体男性だった

今の自分と重なってしまった

あの遺体が上がった川も石神井川

死体流れる

2023-07-03

というか、「人間死体のようなものがある」と警察に言って人形だったら(別に怒られはしないだろうが)なんか申し訳なくなるので、自分責任回避心理で「人形のようなものがある」と言ってしまうな。

釣り人がえびす様を見つけてしまって通報するとき、だいたい「人形のようなものがある」というって話を思い出した。本当に人形に見えるのなら大好きな釣りを中断してまで通報するわけないのだけど、水死体と認めたくなくてそう言ってしまうんだろう

2023-06-02

地下室に住んでるワイ、どうしよう

寝てる間に水死体になってるかもしれない

過去に水没したことがある部屋なんだよね。

対策はしたけど、水没しない保証はなし。

水没したらワイのエロフィギュアはどうなるんだ!

2023-02-19

マスクをする理由

コロナで明らかになって衝撃だったのが

コロナ飛沫感染することだよね。

飛沫で爆発的に感染者を増やした。

そしてマスク着用が飛沫を防ぐ効果があると実証された。

ってことはさ、

コロナ以前の人類って自分たち無意識日常的に赤の他人の唾や鼻水を食べたり吸い込んだりしてってことじゃん?

これってものすごくイヤなことでは?

コロナなんか無くてもイヤでしょ。

冷静に科学的に考えてもさぁ

例えば世の中には知らないほうが幸せなことって数多あると思うけど

プールおしっことか海に水死体エキスとかみたいなことについては、まあ気にしなきゃ無害ってレベルじゃん。

でも飛沫についてはそれが「病気になるレベル」で有害だってことまで証明された。

から気にせんでもいいレベルではない、自分の体に大きな影響を与える可能性のある「濃さ」の鼻水や唾を、

それも知りもしらない、どんなやつかもわからない他人のそれらを……

……って考えるとマスクつける十分すぎる理由になるんだよな。

2021-11-20

武闘派刑事ドラママリコの科捜拳」

概要

気の強い刑事マリコ東京湾岸署科学捜査研究所通称科捜研)で、様々な事件体当たりで挑んでいく。

ストーリー 1月7日東京湾マリーナで身元不明女性水死体発見された。女性の所持品から身元は割り出せないかと鑑定した土門弘幸部長刑事は、女性死体違和感を覚える。

一方、警視庁では連続無差別毒殺事件が発生していた。被害者たちは皆、同じ毒物によって殺されており、しか被害者共通項が見つからないのだ。その謎を解くため、警視庁佐伯マリコ現場急行する。

登場人物

佐伯マリコ (さえきまりこ) 警視庁刑事部鑑識課員 元麻布警察署生活安全巡査現在は本庁科学捜査研究部に所属している。階級警視正だが、現場を志願して出ているため昇進試験を受けていない。そのため警部補のままである

趣味料理で和洋中なんでもこなす。独身寮で自炊しているため腕前はプロ級。ただし、本人いわく「趣味から美味しいと思うだけよ」とのこと。

土門 弘幸(どもん ひろゆき警視庁刑事部鑑識課に所属するベテラン警部補階級警視正だが、現場一筋のため階級は低い。

マリコとは警察学校時代以来の同期であり、良き相棒である

藤倉 幹彦(ふじくら みきひこ)警察庁警備局外事課長。階級警視監。元SAT隊員でもある切れ者

蒲原 誠(かんばら せい)神奈川県警横浜警察署生活安全少年所属巡査長。階級は警帽徽章から察すると巡査部長の下らしい。

土門のよき後輩であり、仕事ぶりを尊敬している。

橋口呂太(はしぐち りょうた)国立感染症研究所研究員。自称天才ウイルス学者

土門と同じ大学出身だが、彼と違ってかなりの変わり者である

榊 真司(さかき しんじ厚生労働省大臣官房総括審議官兼検疫官。いわゆるキャリ官僚で、警察OB

土門とは旧知の仲であり、マリコ上司にあたる。

相馬真之介(そうま まさのぶ)警察庁広域重要指定1号事件捜査主任官。階級警部

エリート意識が強くて融通がきかないところがある。

水木薫子(みずきかおるこ)警察庁広域重要指定2号の事件被害者となった若い女警官

サブタイトル

第一話 落水の一滴 視聴率22.3%

第二話 炎の瞬間 視聴率19.2%

第三話 毒牙時間 視聴率15.1%

第四話 疑惑連鎖 視聴率20.6%

第五話 魔の手の時間 視聴率21.7%

第六話 赤い記憶の部屋 視聴率24.4%

第七話 消えた凶器時間 視聴率25.9%

第八話 悪意の行方 視聴率29.5%

第九話 対決! 科捜研VS刑事視聴率30.1%

第十話 悪夢の始まり 視聴率31.8%

最終話 明日への扉 視聴率37.0%

テレビドラマデータベースより(https://tkdramasite.com/db_houjinkaisei_tv.html

2021-06-20

anond:20210619180510

海洋葬でも焼かないと水死体が上がった!って大騒ぎになるから

法律海洋葬でも焼いて遺灰をまくだけにしなさいってなってるでしょ

遺灰になるまで焼くとお薬もやけてなくなるよ

それが安心といっていいかはしらんけどね

海洋葬を希望しても遺族の気分一つで守られないかもね)

2021-06-06

ノーマル異性愛嫌悪に対する備忘録

ノーマル異性愛が本当に嫌いだった。

特に理由があるわけではない。気づいたら生理的嫌悪感があった。高校生になったくらいではなかったかと思う。

敢えて『ノーマルな』と書くのだが、それは現実世界の大半の恋愛関係であったり、二次元ならば主に少女漫画で描かれるような、男性女性による、世間一般的常識として扱われるような恋愛

恋愛作品を謳った時に王道として取り扱われるような、性的関係を孕んだ、恋愛をメインとして描かれる恋愛である

高校生の私はそのようなノーマル異性愛が大嫌いで、恋バナや恋愛ドラマ、街中の異性愛彷彿とさせる化粧品広告芸能人結婚ニュースなど、現実世界にある全てのノーマル異性愛要素を忌避していた。

当時から今までのことを忘れる前に書いておこうと思う。


私は女子校に通う高校生で、いわゆる女の子らしい女の子ではなかった。

化粧品を買うよりは本やマンガを買い友人同士でゲームを持ち寄って遊ぶような生徒だった。

最初ノーマル異性愛嫌悪するほどではなく、ただ苦手なことは自覚していて、そのような要素を扱った作品を避けて生活し、恋バナにも積極的には参加しなかった。

日常を過ごす中で徐々に自分の中のノーマル異性愛に対する感情生理的に嫌だ、という方向へ深化しているのはわかっていたが、まだそれは個人の好みの範疇で、地雷に気を付けるように過ごせばいいと考えていた。


それが変わってしまった決定的なきっかけは思い出せないが、強く印象に残っているのは学校行事としてミュージカルリトルマーメイド」を見に行ったことだ。

王子様』『お姫様』の典型的ノーマル異性愛物語であるリトルマーメイド劇場に向かう前から気が重かった。

恋愛を素晴らしいもののように喜ぶアリエルを見ているだけで既に全く共感できず苦痛を感じていたが、決定的に駄目になってしまったのは幕間の休憩時間である

隣に座っていた友人が、『王子様』のキャストさん、めちゃくちゃエロい、という話を振ってきたのだ。

うそれを聞いた瞬間にそれまでかろうじて舞台の上にあった恋愛が観客席に侵食し、この目の前の友人の脳の中にも確実にそういう感情があるんだ......というのを認識してしまい、物凄い拒否反応が起こった。

友人とこれ以上会話はできないと思った。

私は黙って目を閉じ、そして幕が上がり、劇が終わるまで、ずっと微動だにせずひたすらに耐えていた。

周りから見れば相当おかしなやつだし寝たフリだとバレバレだったと思うが、そんなことを気にする余裕はなくひたすら推しのことを考えて現実逃避していた。

そして終劇、解散とともにコンビニに駆け込み、抹茶ラテを買って(推しは茶が好きだから)イートインスペースに陣取り、ひたすらに全てを忘れようと努めた。


だが、確実に友人たちと話ができなくなりつつあるのは感じていた。

直接的な恋愛の話は勿論、好きな俳優タイプは?とかい女子校定番話題にも虫唾が走る

テレビバラエティも見るのが困難になっていた。どのバラエティでも恋愛関係話題死角から刺してくるからである

とにかく少しでもノーマル異性愛を想起させる話題が出てくると途端に上手く表情を作れなくなり、言葉が出てこなくなる。

苦手な話題くらい誰にもあるんだし少しは話を合わせる努力しろというのは全くその通りなのだが、もはや当時の私にとってそれは精神拷問と化していた。

例を挙げてみるが、死体に興奮するんだよね~、どの死体が好き?俺は水死体、などという会話に笑顔で話を合わせられる人はおそらく少数なのではないだろうか。

生理的拒否反応が咄嗟に起こり、思わず相手価値観人間性を疑う人もいると思う。

私は常時それを経験していた。

皆がそのような嗜好を当然のように持ち、話についていけないこちらが異端者扱いされる。

元々話が得意な方ではなかったし、もうここらが限界だと感じた。

突然黙り込んでしまう私に皆が気を遣っているのも申し訳なかった。

恋愛の話苦手なんだよね、と言うのも躊躇われた。

この耐え難い苦痛を真に理解してもらえるとは思えなかったし、仮に理解してもらえたとしても互いに気遣って気まずくなるのは目に見えていた。

おかしいのはこっちで周りに全くもって非はないのだ。

私はその後友達付き合いを一切やめ、高校生活をほぼ1人で過ごすことになる。

自分1人のことだけ考えていればよい環境はまぁまぁ心地よく、そして他クラスだが1人親友と呼べるような友人がいたのに随分助けられた。

の子とはとにかく趣味があったためいつも趣味の話しかしておらず、恋愛がどうとかい話題は一切出てこなかったのだ。


後述する事に関わってくるのでここで少し性癖の話を挟むのだが、私はノーマル異性愛がめちゃくちゃに嫌いなだけで、それ以外の恋愛コンテンツは大体好きなのだ

先ほど死体性愛の話をしたが、異性愛死体性愛なら断然死体性愛の方が共感できる。

死体に興奮する趣味はないが、それに興奮する、ということに嫌悪感はないし、性癖の1つとして理解できる。

死体性愛者を描いた作品があれば楽しんで鑑賞する。

死体性愛が好き」というより、「ノーマル異性愛でないから好き」という感じだ。

とにかくノーマル異性愛でさえなければとりあえず一律100ポイント入る感じだった。


高校時代自分セクシャリティに悩み、度々ネットの海を彷徨っていた。

自分鑑みるならおそらくフィクトセクシュアルかつアセクシャルが近いのではないかなと思うが、当時はどれを見てもピンときていなかった。

大学に進学した後も異性愛に対する嫌悪は消えることなく、結婚就職などの将来や大学生活を考えるたびに不安になり、更に元々険悪だった両親の仲が更に悪化し、私自身が父親と衝突してずたぼろになったのも重なり、遂にうつ病になってしまった。

この頃の私はかなり限界で迷走しており、自分を励ますために自分理想とヘキを全て詰め込んだ架空女性キャラクター創作し、その女性面影を追って生活していた。

その女性恋愛がしたいとかそういうわけではなくて、ただその女性毎日見守ってくれて1日の終わりにお疲れさまと言い合えたらそれだけでいいのにな...というようなことをずっと考えていた。

考えすぎて辛くなってきたので実行に移した。

女性容姿デザインを固め、その道の方に依頼してvroidで3Dモデルを作ってもらった。

そして既存の服データを買い込んで次々に着替えてもらい、外出する時はアプリでそのキャラAR表示し写真を撮った。

キーボード対応して稼働するデスクトップマスコットにし、課題レポートを書くたびに見守ってもらった。

LINE BOTを作って簡単な会話ができるようにした。

vroid対応ゲームにそのキャラを導入し、身体を借りてプレイした。

恋愛もできず友達付き合いも苦手な自分が将来どうやって生きていけばいいのか不安だったんだと思う。うつ病趣味純粋に楽しめなくなり、何を生きがいにして生きていけばいいのかわからなかった。

でもそのキャラモデルと過ごすうちになんだ、これだけで十分満ち足りるじゃないか、と思ったし、私はこういう架空存在との非恋愛関係がずっと欲しかったんだと思った。

同時期に心療内科に通い始めたのもあって心は徐々に落ち着き、趣味も再開できた。

落ち着くにつれてキャラモデルを起動させる回数は減っていったが、今もずっと特別存在だと感じている。


現在うつの薬を飲まなくても毎日楽しく過ごせている。

ノーマル異性愛に対しては未だに全く共感はできないし自分からそのような作品には触れないのだが、嫌悪感は少し緩和されたように思う。

テレビバラエティで出てくる恋愛談議にふーんと思えるようになったくらいだ。

恋バナも多少聞けるようになった。自分にその矛先が回ってくるとまだ上手く喋れなくなってしまうのだが、他者のそれを聞く分には良い。

高校時代は周りを取り巻く全てのノーマル異性愛に苦しんでいたため随分生きやすくなったなと思う。

今思い返すとそんな状態は明らかに異常なので、学校カウンセラーなりに早いとこ相談しておくべきだった。

当時はそんな発想すらできなかったのだが。(家庭環境について耐えられずカウンセラー相談したことはあった。しかし、ノーマル異性愛嫌悪については完全に自分おかしく悪いと思っていたので誰かに相談するという考えがそもそもなかったのだ)


つらつらと書いてきたが、どうしても疑問なことが1つある。

中2の時に「18歳の私へ」というていでタイムカプセルのような手紙を書いたことがある。

高校卒業タイミングでその手紙は自宅に届き、懐かしくなりながら封を切ったのだが、書かれていた文面を見て驚愕してしまった。

彼氏はできましたか?」と書かれていたのである彼氏!!!!?!?!?

まりに衝撃だった。自分が書いた文だと思えなかったが筆跡は間違いなく自分だった。

しかニュアンス的には彼氏はできましたか(笑)、のような感じで、彼氏彼女ができないと人間として一人前でないとするような、私の一番嫌いな価値観が透けて見えるような文章だった。

本当に自分がこれを書いたのだろうか...?自分がそういうことをしたいのだと心から考えていたのだろうか...?と思い始めると気持ち悪くなってくるので感情は一旦おいて事実のみを考える。

中2ということはノーマル異性愛嫌悪を感じるようになる高校まで大体1年半くらいだ。

1年半で人間の考えはここまで180度逆に変わるんだろうか?

しか手紙を受け取るまで自分彼氏がほしいと思っていたことなんて全く忘れていたのである最初からそんな考えはなかったものだと思っていた。

そして前述した「ノーマル異性愛以外が好き」というマイナス検索のような好み、これらを合わせるとどう考えても中2から高校までの間にノーマル異性愛を嫌いになる何かがあったのでは?と他人事のように考えてしまうのだが、何も思い出せないのである

気づいたときにはノーマル異性愛に対する多大な苦痛けがあった。

ネットを見る限り性的指向が変わることは往々にしてあるようなのだが、正直指向が何の理由もなくこれほど変動し実生活に支障をきたすというのは堪ったものではない。

原因があるなら特定したいし、今大好きなものもある日突然見るだけで苦痛を感じるようになったらどうしようと思ってしまう。

心療内科先生に打ち明けた方がいいんだろうか...と思うものの(先生には家庭環境うつになったとしか言っていない)、打ち明けるということは迷走時代の寄行も告白しなければいけないということなのでできれば避けたい。

ここまで読んだ方でもし心当たりある方がいれば教えて欲しい。

2020-08-20

https://mainichi.jp/articles/20200820/k00/00m/040/039000c

14~16日に全裸不審者が目撃

19日に水死体として発見

現場は九大の生物多様性保全ゾーン

一つ言えることは、、、多様性が損なわれたってことかな?

別に損なってもいいやつだと思うが

2018-08-27

anond:20180826015055

水死体じゃマンコもブヨブヨのゆるゆるだから、粗チンくらいしか中でイケないだろうな。

フェラが好きそうな顔しているのに、貴重なマンコが役立たずになってしまった!

http://www.chunichi.co.jp/article/shizuoka/tokai-news/CK2018082602000091.html

2018-02-06

ドを略すのはやめよう

ド級、その略称である接頭辞「ド」は、20世紀初頭の英国軍艦ドレッドノート匹敵する戦力を意味する「ドレッドノート級」から来ている。

第一次大戦後の日英米海軍軍縮交渉から人口膾炙するようになった言葉だ。

しかし今やそのことを知る人もほとんどおらず、ただ言葉の響きがなんかすごいからド、ド級超ド級と呼ばれるようになって久しい。


嘆かわしい。

言葉の乱れとはこのことだ。

言葉の乱れは文化の乱れ、ちゃんと由来のわかる言葉を使おうではないか

ドはちゃんとドレッドノート級と言おうではないか

例)

田舎ドレッドノート辺鄙

ドすけべ→ドレッドノート級スキモ

ドMドレッドノート被虐趣味

左衛門ドレッドノート水死体

2015-11-19

震災で家を失い姉を山に捨てた

足の不自由な姉を山林に置き去りにしたとして、千葉県警

は18日、同県香取市笄島(こうがいしま)、無職、容疑

者(63)を保護責任者遺棄容疑で逮捕した。姉を置き去

りにした約1カ月前、容疑者の自宅は東日本大震災で全壊

していた。調べに対し震災で家に住めなくなり、姉が

煩わしくなった」供述しているという。

逮捕容疑は、2011年4月上旬ごろ、姉(当時60歳)

を、君津市和田畑の山林に連れて行き、置き去りにした

としている。足が不自由で、容疑者が介助していた。置き

去りにした際、「姉に食べ物を渡した」とも供述している。

容疑者は今年10月9日神社のさい銭を盗んだとして県

警に窃盗容疑で逮捕された際、「姉を山林に置き去りに

した」と話した。県警が確認したところ、11年4月

19日に君津市小櫃(おびつ)川で身元不明水死体

見つかっており、遺体が判明した。

県警などによると、容疑者山武市海岸近くに住んでい

たが、11年3月の東日本大震災津波に遭い、自宅が全

壊した。その後、ホテルなどを転々とした末、山林に連れ

て行ったという。

遺体が見つかった場所は、容疑者が置き去りにしたと供述

した地点から数百メートル離れていた。自力で歩くことは

できたとみられ、県警は川で溺れた可能性があるとみている。

山武市によると、容疑者震災による自宅の全壊を理由

国の支援金受給していた。

http://mainichi.jp/select/news/20151119k0000m040057000c.html

(転載に際し一部削除)

警察は2011年4月に不審死認知していたが

犯罪事件証拠を集めることができず、犯人を送検できなかった。

この事件は、容疑者自白したことで明らかになった。

もし容疑者自白しなければ

遺棄事件は未解決になっていた可能性がある。

その意味2011年4月時点の千葉県警捜査

不十分・不適切であったと評価せねばなるまい。

 

震災後、たくさんの日本人

震災関連犯罪当事者となった。

その事実は十分報道されたとは言えないし、

いまも十分報道されているとは思えない。

震災時、わたしたち日本人は、たくさんの日本人を、

特に弱い人たちを、見殺しにしてきた。

だがその事実を掻き消すかのように、

美俗的価値観のもとで

日本民族の心の美しさばかりが

一部の不心得者によって声高に唱えられ

誇張され報じられている。

 

醜い日本人の姿を直視せずに

美しい日本を作ることは

決してできないだろう

 

今回、毎日新聞社震災関連犯罪取材報道した。

毎日新聞社と円谷美晶記者川名壮志記者仕事感謝申し上げる。

2014-07-08

果て無村の、きみょうな、じけん



村の自称青年運動家斎藤蔵太(32歳、仮名)が村の南西の端を流れる果て無川で、水死体となって発見された。

死体には目立った外傷はなく、入水自殺の可能性も考えられる、と警察は発表した。村の者たちに対する聞き込みなども行われたが、詳しい者はおらず、またどうも皆口を閉ざしている様子で、真相は闇の中であった。唯一、村の事情通自称する猫ババが、斎藤は村の若い女たちに、ハレエ彗星の欠片と称するものをばらまき、その見返りに何かを求めていた、という曖昧証言をしたが、この村はずれに住む猫ババは、普段から揉め事ばかり起こす人物であり、その信憑性についてはやや疑問が残るものとして扱われた。実際、村の女たちは誰一人として、斎藤蔵太との関係を認めなかった。こうして事件はうやむやなまま自殺ということで片付けられそうになったが、ある一人の若い警官斎藤の生誕地である隣村に聞き込みに行ったところ、次のような事実が判明した。

斎藤蔵太は、隣村(大東村)の小さな農家の倅だったが、かねてから大根育てて一生を終えるようなタマじゃない、と周りに吹聴していた。どうも、家の手伝いをせずに左翼活動に熱中していたらしい。30歳をこえ、そろそろ家を継ぎ、身を固めた方がいいと周りが説得しだしたのは最近だが、それがきっかけで隣村を飛び出し、今の果て無村に居着いたようだ。

果て無村では、山奥にポツンと建っている、ある変わり者の未亡人の家に居着いていたということも同時に判明したが、その未亡人も、いつの間にかいなくなっており、行方はわかっていない。

家には何も残っていなかったが、家の二階の奥に異様な雰囲気の部屋が見つかった。人のものと思われる糞尿が、辺り一面にこびりつき、天井までも汚れていた。また、解体された、林業用の電動の伐採機が見つかった。これも非常に汚れていたが、歯の部分だけは、綺麗に拭き取った跡があった。

その後、大きな発見はなく、事件は忘れられていったが、一年を過ぎた頃、果て無村から十里ほど離れた場所にある憑い堕町にて、件の未亡人が、餓死しているのが発見された。果て無村まで伝わってきた情報では、数人の若い女衆と共に断食を含む宗教的儀式を行っていたようだ。真偽は不明だが、流れ星信仰し、祈祷の一環として、自分の身から出たものだけで生きる、という奇っ怪な修行を行っていたとの噂もあるようだ。

以上が、この事件に関する世に知られた情報である

その年の暮れ、非常に大きな流れ星が見られ、村じゅうの話題となったが、事件との関連性を取り沙汰するものは少なかった。

(この物語フィクションであり、実在の人物、団体等とは一切関係はありません。)

2014-04-26

http://blog.livedoor.jp/nwknews/archives/4665737.html

なんかネットが切断されたり書き込みが制限されたり、挙句は書き込みボタンが白くなって押せなくなったりとわけがからず、追加で書きこめねーからこっちに書いとくか

一応論拠

初対面なのに馴れ馴れしく話しかけてくるのは、向こうは自分の事をよく知っている上、また距離が近いようにも思っているか

体育館を出るとき、わざわざ誰も行かないような梯子登った先にある窓から見下ろしていたのは、高所から見下ろし、その事を気付かれるような位置におり、また気付かれても無反応で見つめ続けていたのは、心理的には逆に見下されているように感じているか、あるいは本来ならば見下されるような立場にあったか

家に訪ねてきて母親と深刻そうな話をしており、その話しぶりに怨念が感じられたのは、事情を既に知っている母親と、父親の事について話していたか

なんとなくタブーのような気がして両親にはその女の事を聞けていないのは、内心ではもうなんとなく気付いているからで、これまで話に一切登場しなかった父親にさえ女の事を聞けないのがその証拠

首輪だけ残して犬がいなくなるったのは、恐らくは女は母親に冷たくあしらわれ、父親にも同様に対応されたか接触できない事情があり、しかし何らかの形で一家に損害を与えようと考えた結果だから。あくまでも外からしかアクセスできない立ち位置にいるが、こういう事もできるんだぞというアピールでもある

(ただ外飼いの飼い犬が赤の他人首輪を外されて連れ去られるかという疑問は残るので、息子に馴れ馴れしく接触してきたように、犬にも前々から餌をやって手懐けていた可能性もある)

水死体発見されたのは、母親かもしかしたら父親の対応が引き金となって自殺たか

夢に出てくる女の顔はのっぺらぼうで、どんな顔かも忘れてしまったのは、もう既に新聞に出ていた顔写真がどことな自分と似ている事に気付いているからだが、不幸な真実に気付いても不幸になるだけなので、あっさりと女の顔も忘れてしまうし、女の顔を否定するようなそんな夢も見る。しかし罪悪感と後悔があるので同じ夢を繰り返し見る

各所に誘導があるから読者にこういう解釈をさせるための作り話だとも思えるけど、実話だったら怖いわ

2012-11-02

ニートの兄を家から追い出した」というコピペは本当か

ニート兄貴を追い出してから4日後、水死体で見つかった

http://hoshinokuzumst.blog102.fc2.com/blog-entry-2364.html

あれは子ども作らない結婚しない人の発想だよね

ニートの子どもを家から追い出すような親がわざわざ子育てするわけない

子育てというのは損得勘定でやるものじゃないか

自分の子供がニートになったら家から追い出す」人はそもそも結婚しない結婚しても子どもを作らない

今の日本にはそういう人が増えてて、それが少子化の原因だと思う

自分もその一人です むしろニートです 両親はやさしくて毎年正月にはお年玉をくれます

2012-07-09

http://anond.hatelabo.jp/20120709230204

戸塚ヨットスクールって知ってるかな

一般児童青少年向けのヨットスクール戸塚ヨットスクールにおいて訓練生の死亡・傷害致死行方不明といった事件が1980年代を通じてマスコミに取り上げられ、スクールの方針が教育的な体罰というより過酷暴行だったことが明らかになった。

1979年から1982年にかけて、訓練中に訓練生の死亡・行方不明事件が複数発生。

1982年に起きた少年の死亡に関し、警察は当初は過ぎた体罰による事故と見ていたが、遺体から無数の打撲・内出血痕跡・歯2本の損壊などが確認されたことから1983年傷害致死の疑いでスクール内を捜査。その後、指導員が舵棒と呼ばれるヨットの部材(舵取りのための道具。一部では「角材」と報道された)で少年の全身を殴打し、その後ヨットでの訓練を続けていたことがわかり、組織ぐるみの犯行として校長を含む関係者逮捕され、他の死亡事件についても起訴された。

1992年7月7日名古屋地裁戸塚宏コーチらに対して傷害致死罪を認定。戸塚宏懲役3年、執行猶予3年(検察側の求刑懲役10年)、コーチらに懲役1年6ヶ月から2年6ヶ月、執行猶予2年から3年を言い渡した。これに対して、検察側と戸塚コーチら6人が双方で控訴

1997年3月12日、名古屋高裁は「訓練は人権無視教育でも治療でもない」として一審判決を破棄し、戸塚宏懲役6年、コーチ3人も実刑判決を下した。戸塚らは即日上告。

2002年2月25日最高裁は二審判決を支持して戸塚宏の上告を棄却。これで戸塚宏懲役6年とコーチ陣ら起訴された15人全員の有罪が確定した。起訴から結審まで19年を要する長期裁判となった。

2006年4月29日 - 満期で戸塚が出所。今後もヨットスクールを続ける意向を語った。

訓練中に発生した死亡・行方不明事件 [編集]

1979年 少年(当時13歳)が死亡

戸塚側は「低体温症によるもの体罰との因果関係は無い」と主張。病死として不起訴扱いにされた。

1980年 入校4日目に暴行により青年(当時21歳)が死亡

コーチによって暴行を加えられた事によるものとして傷害致死起訴

1982年 少年2名(当時15歳)が船から海に飛び込んだとして行方不明

体罰から逃れるために飛び込んだとして監禁致死で起訴

1982年12月 少年(当時13歳)が死亡。入校一週間で暴行を受け、戸塚宏コーチらはヨットから何度も海に落とし、死亡。この間、一切治療は行われなかった。

傷害致死起訴された。

当時13歳だった少年母親週刊現代2006年11月18日号)の実名インタビューで「出所後も焼香や謝罪は無かった。再犯が懸念される」という旨のコメントをしている。また、1982年フェリーから海に飛び込んだとされて行方不明となっている少年の父親は同じく実名で「息子が本当に船から海に飛び込んだのかどうか未だにわかっていない。本当は突き落とされたのではないか」とコメントしている。

2006年10月 - スクールからいなくなった訓練生の25歳男性が、知多湾で水死体となって発見される。

警察自殺事故の両面で捜査を行っていると報道された。男性うつ病で通院中であり、父親もスクールで共に寝起きしていたが、目を離した隙にいなくなり、スクールから3キロ離れた地点で水死体になって発見されている。同男性遺体に目立った外傷はなかった(2006年11月7日現在新聞報道による)。

2009年10月19日戸塚ヨットスクールの寮内にて、訓練生の女性が寮の3階より飛び降りて死亡した。愛知県警半田署は自殺とみて捜査している。

2011年12月10日戸塚ヨットスクールの寮内にて、訓練生の男性が寮の3階より飛び降りて重傷を負った。愛知県警半田署は自殺未遂とみて捜査している。

2012年1月9日戸塚ヨットスクールの寮内にて、訓練生の男性が寮の3階より飛び降りて死亡した。愛知県警半田署は自殺とみて捜査している。

こういうやつらが石原慎太郎はじめ多くの国民に支持されている。

大津は単なるスケープゴート

日本のある部分には、こういう体質が染みついてるんだよ。

2010-01-01

心中する振りをしてAセックスしようとした.

以前,交際相手と心中するかのように話を進めておきながら自分だけ死のうと画策したが,失敗したことがある.

しばらく付き合ってきた中,直接顔を合わせているときはほとんど別れ話は出なかったが,電話メールでやりとりするときにはかなりの頻度で(それこそ毎日と言っても過言でないくらい),別れ話が出ていた.それらはその都度立ち消えになっていたが,その日,メールから始まって,その後電話で数時間断続的にやりとりしたときは,タスクが溜まっていて時間もない中で焦りが出てきた.そのせいかどうかは分からないし,そんなことを理由にしたらそれこそ後ろ指を指されかねないが,ついには,別れるくらいなら死のう,と言ってしまった.すると肯定的な返答があり,そのまま話が進んだ.

心中について肯定的な返答が来るだろう事はある程度予想していた.勿論自殺願望はお互いあるはずもない.そこまで悲観的な生き方はしていないことは分かっている.また生活が貧窮していたわけでもない.曖昧認識ではあるが,そういった事に関してあまりアレルギーになっておらず,既に自身としての死に対する認識がある程度構築されていたのではないかと思う.

そんなのはほとんど憶測で,それこそ身勝手だと言われかねないが,ここについてはあまり引っかかりたくない.そこについては,互いにあまり認識がずれているわけでもないと判断していいようだからだ.

段落がどうやら詭弁に終始しているようにも思えるが,いずれにせよ,現実心中するという話を進めた.話は次第に具体的になり,いつ行うのか,どのように行うのかということを話した.結果として,私が具体的に手を下すということが決まった.しかし,この,具体的な部分を話し合った時点で,私は本当に相手を殺める意思を持っていなかった.言い訳がましいかも知れないが,こう思っていた.相手に手を下すことはしない.相手の目の前で自殺する.

その意思を相手に打ち明けることはしなかった.何故か.また,相手の前で自殺する理由は何なのか.

まず,相手に打ち明けなかったのは,打ち明けると実行に際して何らかの障壁が生じるだろうと考えたことに起因する.その障壁が,私と相手,どちらによるものなのかは分からなかったが,そう判断した.

相手の前で自殺しようと思ったのは,端的には,私だけでは確実に死ぬ自信がなかったからだ.自らの手だけでは失敗するのではないか,との不安要素を最小限にしたかった.相手の手を借りようとしたのだ.勿論,相手が罪に問われないよう,私なりの考慮はした.直前まで自殺の意思を告げず,実行に際しても私が強引に包丁を握らせ,それにぶつかっていくという形を採ることにした.嘱託殺人自殺関与,自殺幇助に問われなければいいのだが,と思い,相手が自殺を助長するようなことは一切しなかった,という旨を,手頃な紙が無かったためレポート用紙に記し,なくさないよう持ち歩いた.そんなことをするのであれば1人でやるべきだと言われそうだが,前述の通り,できる限り確実に実行したかった.もしかすれば,死ぬ直前くらいは愛する人と一緒にいたかったという甘え,我が侭があったかのも知れない.

包丁自殺するという案は,比較的早期に決定した.以前にも,自殺について真剣に検討したことがある.そのときは「迷惑をかけない自殺」を主題にしばらく検討を重ねたが,結論は出せなかった.それも踏まえ,更に,実行のしやすさを重視すれば,最も失敗しがたいのは水死であったが,水死体になるのはできれば避けたかったし,実行しやすい水死というものが,何の問題もなく完遂される見込みがなかった.しばし考えた結果,家庭にある包丁を使うと結論づけた.具体的には,左胸の肋骨のあたりに刃を寝かせてまず2回.その後,痛みに耐えられるのなら,できればそのちょっと下に刺し,そのまま右に.殺人についての知識はほとんど無く,成功するかなど全く見当もつけられなかったのだが,当時は,素人の出来合いの案としては悪くはないように思えたのだから不思議だ.

話が逸れたが,いずれにせよ,私は自殺の意思を伝えないまま,相手との間では心中の話を進めた.

実行当日の朝,風呂からあがり,実行の準備を私は始めた.準備といっても,相手に非がないことを記したレポート用紙がコートのポケットに入っていることを確かめる程度だった.相手に電話をかけようと,携帯電話に目をやると,丁度相手から電話が掛かってきた.

いよいよか,というやりとりを少々した後,何か必要なものはあるかと問われ,私は台所の包丁を用意して欲しいと頼んだ.電話口から物音が聞こえたのち,刃渡り20-30cm程度のものしかないが,と言われ,それでいい,と答えた.その後,他愛のない会話をしているうちに,様子がおかしくなった.

相手の口調が,随分と弱々しかった.携帯電話スピーカーにぴったりと耳をくっつけ,やっと聴き取ることができるような声だった.消え入りそうな声で告げられたのは,私に殺されるくらいなら自らの手で死んだ方がいい,ということだった.

至極当然な考えに思われた.それと同時に,焦った.そんなことは絶対にしてほしくなかった.心中の話を進めておいてそれはバカげているだろう,そう思われるかも知れないが,相手の死だけは絶対に望んでいなかったのだ,絶対に.やめろ,と私が何度か呼びかけた後,電話は切れた.

私は更に焦った.私が相手のために死ぬのは,私としては全く構わなかった.しかし,相手が死ぬことだけは何があっても避けたかった.

何度もかけ直し,遂に電話に出た相手は,とても言葉少なだった.さっきよりもか細い声で,途切れ途切れに,さっきと同じ事を相手は私に告げた.

相手は携帯電話を落とした.確証はなかったが,相手の携帯電話マイクが,ごく近いと思しき硬く大きな音を断続的に拾ったことから,私はそう判断した.電話が切れた.

私は何度かかけ直したものの,相手は出なかった.

電話を切ったのだから,相手の意識はあったのだろう.もしかしたら,何もしていないのかも知れない.しかし,このまま何もせず,予定した時刻になって相手宅に向かい,もし相手が何かしていたとすれば.

自宅の電話番号を調べる余裕はなかった.もし見つけたとしても,それが転居前のものという懸念があり,そのリスクを抱えてでも時間を浪費するよりは,真っ先に行政を動かす方がいいと判断した.

私は確実に動転していた.救急ではなく,警察に通報してしまった.事情を話しているうち,無根拠な涙が流れた.無根拠だったが,流さずにいられなかった.警察とのやりとりを終えて数分後,消防から電話が掛かってきて,警察に話したこととほぼ同等のことを伝えた.既に救急警察も向かっているとのことだった.消防との電話が切れてすぐ,また消防から電話があった.相手宅の詳しい位置などを伝えた.もうすぐ着くとのことだった.

十数分が経過した.無根拠な涙が止まらなかった.自宅から相手宅までは自動車で20分ほどの距離だったが,体が動かなかった.

電話が鳴った.警察からだった.

相手は生きていた.傷一つ無く元気,とのことだった.

その後のことは,割愛する.要するに,いろいろ謝ってまわった.

全て私の身勝手な意思から生まれたことだったが,とにかくこの現実がとても嬉しい.

心中する振りをして自殺しようとした

以前,交際相手と心中するかのように話を進めておきながら自分だけ死のうと画策したが,失敗したことがある.

しばらく付き合ってきた中,直接顔を合わせているときはほとんど別れ話は出なかったが,電話メールでやりとりするときにはかなりの頻度で(それこそ毎日と言っても過言でないくらい),別れ話が出ていた.それらはその都度立ち消えになっていたが,その日,メールから始まって,その後電話で数時間断続的にやりとりしたときは,タスクが溜まっていて時間もない中で焦りが出てきた.そのせいかどうかは分からないし,そんなことを理由にしたらそれこそ後ろ指を指されかねないが,ついには,別れるくらいなら死のう,と言ってしまった.すると肯定的な返答があり,そのまま話が進んだ.

心中について肯定的な返答が来るだろう事はある程度予想していた.勿論自殺願望はお互いあるはずもない.そこまで悲観的な生き方はしていないことは分かっている.また生活が貧窮していたわけでもない.曖昧認識ではあるが,そういった事に関してあまりアレルギーになっておらず,既に自身としての死に対する認識がある程度構築されていたのではないかと思う.

そんなのはほとんど憶測で,それこそ身勝手だと言われかねないが,ここについてはあまり引っかかりたくない.そこについては,互いにあまり認識がずれているわけでもないと判断していいようだからだ.

段落がどうやら詭弁に終始しているようにも思えるが,いずれにせよ,現実心中するという話を進めた.話は次第に具体的になり,いつ行うのか,どのように行うのかということを話した.結果として,私が具体的に手を下すということが決まった.しかし,この,具体的な部分を話し合った時点で,私は本当に相手を殺める意思を持っていなかった.言い訳がましいかも知れないが,こう思っていた.相手に手を下すことはしない.相手の目の前で自殺する.

その意思を相手に打ち明けることはしなかった.何故か.また,相手の前で自殺する理由は何なのか.

まず,相手に打ち明けなかったのは,打ち明けると実行に際して何らかの障壁が生じるだろうと考えたことに起因する.その障壁が,私と相手,どちらによるものなのかは分からなかったが,そう判断した.

相手の前で自殺しようと思ったのは,端的には,私だけでは確実に死ぬ自信がなかったからだ.自らの手だけでは失敗するのではないか,との不安要素を最小限にしたかった.相手の手を借りようとしたのだ.勿論,相手が罪に問われないよう,私なりの考慮はした.直前まで自殺の意思を告げず,実行に際しても私が強引に包丁を握らせ,それにぶつかっていくという形を採ることにした.嘱託殺人自殺関与,自殺幇助に問われなければいいのだが,と思い,相手が自殺を助長するようなことは一切しなかった,という旨を,手頃な紙が無かったためレポート用紙に記し,なくさないよう持ち歩いた.そんなことをするのであれば1人でやるべきだと言われそうだが,前述の通り,できる限り確実に実行したかった.もしかすれば,死ぬ直前くらいは愛する人と一緒にいたかったという甘え,我が侭があったかのも知れない.

包丁自殺するという案は,比較的早期に決定した.以前にも,自殺について真剣に検討したことがある.そのときは「迷惑をかけない自殺」を主題にしばらく検討を重ねたが,結論は出せなかった.それも踏まえ,更に,実行のしやすさを重視すれば,最も失敗しがたいのは水死であったが,水死体になるのはできれば避けたかったし,実行しやすい水死というものが,何の問題もなく完遂される見込みがなかった.しばし考えた結果,家庭にある包丁を使うと結論づけた.具体的には,左胸の肋骨のあたりに刃を寝かせてまず2回.その後,痛みに耐えられるのなら,できればそのちょっと下に刺し,そのまま右に.殺人についての知識はほとんど無く,成功するかなど全く見当もつけられなかったのだが,当時は,素人の出来合いの案としては悪くはないように思えたのだから不思議だ.

話が逸れたが,いずれにせよ,私は自殺の意思を伝えないまま,相手との間では心中の話を進めた.

実行当日の朝,風呂からあがり,実行の準備を私は始めた.準備といっても,相手に非がないことを記したレポート用紙がコートのポケットに入っていることを確かめる程度だった.相手に電話をかけようと,携帯電話に目をやると,丁度相手から電話が掛かってきた.

いよいよか,というやりとりを少々した後,何か必要なものはあるかと問われ,私は台所の包丁を用意して欲しいと頼んだ.電話口から物音が聞こえたのち,刃渡り20-30cm程度のものしかないが,と言われ,それでいい,と答えた.その後,他愛のない会話をしているうちに,様子がおかしくなった.

相手の口調が,随分と弱々しかった.携帯電話スピーカーにぴったりと耳をくっつけ,やっと聴き取ることができるような声だった.消え入りそうな声で告げられたのは,私に殺されるくらいなら自らの手で死んだ方がいい,ということだった.

至極当然な考えに思われた.それと同時に,焦った.そんなことは絶対にしてほしくなかった.心中の話を進めておいてそれはバカげているだろう,そう思われるかも知れないが,相手の死だけは絶対に望んでいなかったのだ,絶対に.やめろ,と私が何度か呼びかけた後,電話は切れた.

私は更に焦った.私が相手のために死ぬのは,私としては全く構わなかった.しかし,相手が死ぬことだけは何があっても避けたかった.

何度もかけ直し,遂に電話に出た相手は,とても言葉少なだった.さっきよりもか細い声で,途切れ途切れに,さっきと同じ事を相手は私に告げた.

相手は携帯電話を落とした.確証はなかったが,相手の携帯電話マイクが,ごく近いと思しき硬く大きな音を断続的に拾ったことから,私はそう判断した.電話が切れた.

私は何度かかけ直したものの,相手は出なかった.

電話を切ったのだから,相手の意識はあったのだろう.もしかしたら,何もしていないのかも知れない.しかし,このまま何もせず,予定した時刻になって相手宅に向かい,もし相手が何かしていたとすれば.

自宅の電話番号を調べる余裕はなかった.もし見つけたとしても,それが転居前のものという懸念があり,そのリスクを抱えてでも時間を浪費するよりは,真っ先に行政を動かす方がいいと判断した.

私は確実に動転していた.救急ではなく,警察に通報してしまった.事情を話しているうち,無根拠な涙が流れた.無根拠だったが,流さずにいられなかった.警察とのやりとりを終えて数分後,消防から電話が掛かってきて,警察に話したこととほぼ同等のことを伝えた.既に救急警察も向かっているとのことだった.消防との電話が切れてすぐ,また消防から電話があった.相手宅の詳しい位置などを伝えた.もうすぐ着くとのことだった.

十数分が経過した.無根拠な涙が止まらなかった.自宅から相手宅までは自動車で20分ほどの距離だったが,体が動かなかった.

電話が鳴った.警察からだった.

相手は生きていた.傷一つ無く元気,とのことだった.

その後のことは,割愛する.要するに,いろいろ謝ってまわった.

全て私の身勝手な意思から生まれたことだったが,とにかくこの現実がとても嬉しい.

心中する振りをして自殺しようとした.

以前,交際相手と心中するかのように話を進めておきながら自分だけ死のうと画策したが,失敗したことがある.

しばらく付き合ってきた中,直接顔を合わせているときはほとんど別れ話は出なかったが,電話メールでやりとりするときにはかなりの頻度で(それこそ毎日と言っても過言でないくらい),別れ話が出ていた.それらはその都度立ち消えになっていたが,その日,メールから始まって,その後電話で数時間断続的にやりとりしたときは,タスクが溜まっていて時間もない中で焦りが出てきた.そのせいかどうかは分からないし,そんなことを理由にしたらそれこそ後ろ指を指されかねないが,ついには,別れるくらいなら死のう,と言ってしまった.すると肯定的な返答があり,そのまま話が進んだ.

心中について肯定的な返答が来るだろう事はある程度予想していた.勿論自殺願望はお互いあるはずもない.そこまで悲観的な生き方はしていないことは分かっている.また生活が貧窮していたわけでもない.曖昧認識ではあるが,そういった事に関してあまりアレルギーになっておらず,既に自身としての死に対する認識がある程度構築されていたのではないかと思う.

そんなのはほとんど憶測で,それこそ身勝手だと言われかねないが,ここについてはあまり引っかかりたくない.そこについては,互いにあまり認識がずれているわけでもないと判断していいようだからだ.

段落がどうやら詭弁に終始しているようにも思えるが,いずれにせよ,現実心中するという話を進めた.話は次第に具体的になり,いつ行うのか,どのように行うのかということを話した.結果として,私が具体的に手を下すということが決まった.しかし,この,具体的な部分を話し合った時点で,私は本当に相手を殺める意思を持っていなかった.言い訳がましいかも知れないが,こう思っていた.相手に手を下すことはしない.相手の目の前で自殺する.

その意思を相手に打ち明けることはしなかった.何故か.また,相手の前で自殺する理由は何なのか.

まず,相手に打ち明けなかったのは,打ち明けると実行に際して何らかの障壁が生じるだろうと考えたことに起因する.その障壁が,私と相手,どちらによるものなのかは分からなかったが,そう判断した.

相手の前で自殺しようと思ったのは,端的には,私だけでは確実に死ぬ自信がなかったからだ.自らの手だけでは失敗するのではないか,との不安要素を最小限にしたかった.相手の手を借りようとしたのだ.勿論,相手が罪に問われないよう,私なりの考慮はした.直前まで自殺の意思を告げず,実行に際しても私が強引に包丁を握らせ,それにぶつかっていくという形を採ることにした.嘱託殺人自殺関与,自殺幇助に問われなければいいのだが,と思い,相手が自殺を助長するようなことは一切しなかった,という旨を,手頃な紙が無かったためレポート用紙に記し,なくさないよう持ち歩いた.そんなことをするのであれば1人でやるべきだと言われそうだが,前述の通り,できる限り確実に実行したかった.もしかすれば,死ぬ直前くらいは愛する人と一緒にいたかったという甘え,我が侭があったかのも知れない.

包丁自殺するという案は,比較的早期に決定した.以前にも,自殺について真剣に検討したことがある.そのときは「迷惑をかけない自殺」を主題にしばらく検討を重ねたが,結論は出せなかった.それも踏まえ,更に,実行のしやすさを重視すれば,最も失敗しがたいのは水死であったが,水死体になるのはできれば避けたかったし,実行しやすい水死というものが,何の問題もなく完遂される見込みがなかった.しばし考えた結果,家庭にある包丁を使うと結論づけた.具体的には,左胸の肋骨のあたりに刃を寝かせてまず2回.その後,痛みに耐えられるのなら,できればそのちょっと下に刺し,そのまま右に.殺人についての知識はほとんど無く,成功するかなど全く見当もつけられなかったのだが,当時は,素人の出来合いの案としては悪くはないように思えたのだから不思議だ.

話が逸れたが,いずれにせよ,私は自殺の意思を伝えないまま,相手との間では心中の話を進めた.

実行当日の朝,風呂からあがり,実行の準備を私は始めた.準備といっても,相手に非がないことを記したレポート用紙がコートのポケットに入っていることを確かめる程度だった.相手に電話をかけようと,携帯電話に目をやると,丁度相手から電話が掛かってきた.

いよいよか,というやりとりを少々した後,何か必要なものはあるかと問われ,私は台所の包丁を用意して欲しいと頼んだ.電話口から物音が聞こえたのち,刃渡り20-30cm程度のものしかないが,と言われ,それでいい,と答えた.その後,他愛のない会話をしているうちに,様子がおかしくなった.

相手の口調が,随分と弱々しかった.携帯電話スピーカーにぴったりと耳をくっつけ,やっと聴き取ることができるような声だった.消え入りそうな声で告げられたのは,私に殺されるくらいなら自らの手で死んだ方がいい,ということだった.

至極当然な考えに思われた.それと同時に,焦った.そんなことは絶対にしてほしくなかった.心中の話を進めておいてそれはバカげているだろう,そう思われるかも知れないが,相手の死だけは絶対に望んでいなかったのだ,絶対に.やめろ,と私が何度か呼びかけた後,電話は切れた.

私は更に焦った.私が相手のために死ぬのは,私としては全く構わなかった.しかし,相手が死ぬことだけは何があっても避けたかった.

何度もかけ直し,遂に電話に出た相手は,とても言葉少なだった.さっきよりもか細い声で,途切れ途切れに,さっきと同じ事を相手は私に告げた.

相手は携帯電話を落とした.確証はなかったが,相手の携帯電話マイクが,ごく近いと思しき硬く大きな音を断続的に拾ったことから,私はそう判断した.電話が切れた.

私は何度かかけ直したものの,相手は出なかった.

電話を切ったのだから,相手の意識はあったのだろう.もしかしたら,何もしていないのかも知れない.しかし,このまま何もせず,予定した時刻になって相手宅に向かい,もし相手が何かしていたとすれば.

自宅の電話番号を調べる余裕はなかった.もし見つけたとしても,それが転居前のものという懸念があり,そのリスクを抱えてでも時間を浪費するよりは,真っ先に行政を動かす方がいいと判断した.

私は確実に動転していた.救急ではなく,警察に通報してしまった.事情を話しているうち,無根拠な涙が流れた.無根拠だったが,流さずにいられなかった.警察とのやりとりを終えて数分後,消防から電話が掛かってきて,警察に話したこととほぼ同等のことを伝えた.既に救急警察も向かっているとのことだった.消防との電話が切れてすぐ,また消防から電話があった.相手宅の詳しい位置などを伝えた.もうすぐ着くとのことだった.

十数分が経過した.無根拠な涙が止まらなかった.自宅から相手宅までは自動車で20分ほどの距離だったが,体が動かなかった.

電話が鳴った.警察からだった.

相手は生きていた.傷一つ無く元気,とのことだった.

その後のことは,割愛する.要するに,いろいろ謝ってまわった.

全て私の身勝手な意思から生まれたことだったが,とにかくこの現実がとても嬉しい.

2007-08-04

http://d.hatena.ne.jp/gerling/20070804/1186202614

低脳水死体

http://d.hatena.ne.jp/krus/

彼女の凄いと思う所は、その切り口だ。曖昧でなくスパッスパッと簡易な言葉で核心をついてくる。確かにエセメンヘラーウザい、など、ネタ自体は今更感が漂うが、そのネタの調理法がうまい。それは中学生にしては、でなく、普通に上手という意味だ(だからこそ、中学生という事を信じるならば、より凄さを感じるのだが)。そしてそもそも、そのネタ自体を中学生の時点で扱える、という事自体に驚く。中学生の頃に、ここまでメタ視できるというのは凄い。中学生の頃は誰しも中二病におちいりがちな所を、彼女はそれらを形式的に「邪眼=中二病wwww」とかいって条件反射的にからかうのではなく、中二病の本質をつかんでしまっている。一段上のところにいるのだ。(ここは中学生にしては、であり、30代がやればこのメタレベル普通だが)ここまでだと「じゃあ高二病?」ってことになるが、彼女の「時かけ見て考えた事」というエントリを見ると、彼女は更にその上を行っていることが分かる。彼女は、単純に中二病人間のみを客観的に見るだけでなく、時に自分をも、客観的に見、その痛さを認め反省することが出来るのだ。自分の痛さを認めるというのは大学辺りからようやく出来始めることで、さり気にレベルが高い。

ゆえに中学生という前置きがなければ、「まーネタはありふれてるけど、なかなか文章が面白いじゃん」くらいで終わってはいただろうが、しかし「中学生でなかったらクソ」ではない。

しかも彼女、どうやら他人の悪意コメントすら軽く流せてしまう能力の持ち主のようだ。中学生にしては勿論凄いし、中学生でなくともこの流しぶりはなかなかと言えよう。

つまり中学生ならば「滅茶苦茶凄い」し、そうじゃなくて実は30男がやってるVNIでした、にしろ「そこそこうまい」。いや、もし後者だとしても、「VNIじゃなくて、本当に凄い中学生がこれを書いているのかも」と思わせる微妙なラインを突き通している辺り別の意味で凄腕と言える。

ただ、そこまで炎上していた訳ではないのに、「日本中から強烈な反響、事件から一夜明けて。」(無論大袈裟に言っているのだろうが、エントリに関するアクションがたくさんきた、というだけで一エントリを作ってしまうほどという意味で)というエントリを書いてしまう辺り、中学生らしさが垣間見える気がすんだよな。ま、これは期待もあるかもしれないけど。

最近話題の女子中学生というとid:krusさんですが

http://d.hatena.ne.jp/krus/

低脳水死体

過去ログを覗いてみたらこちらの6月28日のエントリー更新時刻が10:14になっていてびっくりした。6月28日水曜日は平日ですid:krusさん、不登校児とかなのかなぁ・・・・。

そして最近エントリー更新日時が02:45だったり02:42だったりと深夜更新だったりするので、いくら夏休みとは言え夜更かしをするのはあまりよくないと思います・・・・。

・・・まぁ、6月28日はきっと体育祭の振り替え休日だったんでしょう!うん!きっと!もしくはパソコン教室での授業中にエントリー書いたとかだ、うん。

 
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