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はてなキーワード: 機会平等とは

2024-09-15

anond:20240915210440

機会平等自己責任につながる道だから平等主義者はなかなか推進しないという現実

完全なる機会平等が達成された暁には誰も「社会が悪い」とか「俺は悪くない」とか言えないんですよ

機会は平等にあったんだからそれを生かすも殺すも自分次第であり、失敗したらすべての責任はお前にある、というわけだ

平等主義者がその未来を望むとは思えんのですよね・・・

2024-09-05

anond:20240904192539

差別について議論するなら、以下のような内容は「文系」的には常識なので、わざわざ「賢い僕が発見したよ!」みたいに主張されると萎える。

そもそも人間思考言語構造自体が、何かと何かを分けてグルーピングすることによってしか成立しないので、あらゆる区別差別と呼ぶなら、極論すれば(たとえばニワトリニワトリ女性女性と呼ぶことまで含めて)全ては「差別」であり、それが不当であるか否かは「程度問題である

・従って、通常は「世間的に見て『不当』と判断するもの」を「差別」と呼ぶことになっており、そのため一般的用語としての「差別」という語には、「不当なものである」という含意がある。(従って自民党の付け加えは無意味であり、逆に余計な含意をもってしまうので有害ですらある。)

・図示するとこんな感じ。( /数字/ は その語の使い分けにおける境界線を指す。たとえば⑴は「A混沌(と呼ばれるもの)」と「B区別(と呼ばれるもの)」の間の境界線意味している。)

 A混沌 /⑴/ B区別 /⑵/ Cグレー領域 /⑶/ D差別

⑴ 唯一絶対的境界線

 ただし、何者も区別しない「A混沌」については、何も思考することができない、言語以前の領域なので、思考し論じる対象にならない。

⑵ 単なる相対的境界線

 通常ここに明確な境界線があると考えている人が多いがそれは誤解である。確かに、「時代文化が変わっても、明白(に見える根拠)があり、人為が働かない(ように見える)弁別がある」違いというものはあるため、たとえば液体と固体、水と氷を分けることは明白に「B区別」であり人為が関与しないかに見えるのも事実だが、たとえば水と湯を分ける境界線日本語英語で異なり、色の弁別言語によって曖昧であるように、「認識」が関与する限りそこに見いだされた「差」は人為的なものであり、人の「価値観(すなわち偏見)」から自由になることはない。その意味で「B区別」と「Cグレー」の差も所詮「程度問題であるスポーツにおける男女分け、のように、かつては「B区別」と考えられていたものが、ジェンダー論の発展や女性地位向上など諸々の状況から、「本当に合理的区別であるか」が問い直されている、などの例は、「B区別から「Cグレー」ではないかという議論が起きている例であり、逆に、近代以前は大人と一緒くたにされていた「子ども」を取り出して教育の機会を与え、社会保護しようという風に変化したのは、「Cグレー」から「B区別」へと変化した例である

⑶ 単なる相対的境界線

 ここを明確に区分できるというのは、いわゆる「ためにする」差別議論を行う人の大きな誤解である。この境界線は決して「明確に区分定義」はできず日々揺らいでおり、またその状態もっと健全状態であるあくまで、どこで線引きをすることが社会の安定と発展のために寄与するのか、を主眼として、「D差別(明らかに行ってはならない区分け)」なのか「Cグレー(判断がつきにくい、不当に見えるが法的な規制も行き届かない)」の判断は、常に慎重に検討される必要がある。その際、社会全体主義的(全体の幸福のために少数の犠牲は許容される)なのか民主主義的(少数の意見も他の意見と同等に重視される)なのか、によっても当然判断は異なることになる。また、Cと判断されたからオッケーではない、というのも重要な点であって、その判断妥当かどうか、いま必要重要問題かどうか、判断時点からの状況変化、対象曖昧でないかどうか、など、不断議論が欠かせない。

 さて、それを踏まえて話を牛角に戻そう。

 サービス業における女性優遇キャンペーンの是非、いわゆる「レディスデー」問題は、男女という一見明確な「B区別」に依拠しているように見えても、その区分合理性自体が「程度問題」に過ぎないこと、また、「女性の受けるサービス料金は男性負担させられているのでは」という疑念が拭えないことなから、「Cグレー」である判断されるが、ではそれを「D差別(明確に是正すべき不当な行為)」と判断すべきか否かについては、行き過ぎと感じる人も多いのが現状かと思う。そのことは、牛角に限らず、多くの「レディスデー」キャンペーン実施する店舗で、逆に男性から忌避されるなどの大きな営業上の不利益が出ていないことから了解される。そもそも映画にせよ焼き肉にせよ、提供者も多いことから忌避するにしても他の選択肢があるわけで、ぶっちゃけ「大多数の人にとってはどうでもいい」問題に属する。では、なぜ「差別だ」と騒ぐ人がいるのか。

 話が変わるように感じるかもしれないが、類似の例として、一部の広告を取り上げて「女性差別だ」と騒ぐ事例を考えたい。企業営利目的でやっていることで、それ自体積極的被害引き起こし法的に規制する必要があるとまでは多くの人が認識しない(つまりDではないがC)ものだが、これについても「差別だ」と騒ぐ人がいる。これは、何も学問的に見て明確にCとDを峻別してDだと判断できる、という話をしているわけではなく(もしそう信じている人がいるとしたら、それは相当に×××)、騒ぐことそれ自体によって人々の気分を醸成し、結果として社会状況自体を変化させようという社会運動一種デモ、まさにデモンストレーションという意味で。)の一種なのだ。誤解されているが、今日フェミニズムと呼ばれているものの多くはこの「デモ」であって「学問」ではない。(※)だから、騒ぐ人たちはおおむね一般常識とは異なることを主張する(常識的なことをデモで声高に述べる意味はない)が、その人たちが声高に述べることが「正しい」と証明されているわけではないし、その人たちも積極的にそれが「正しい」ことを証明したりはしない(証明できるならデモより論文で書く)。騒ぎになることこそ、デモの狙いなのだ。つまり、これに顔を真っ赤にして反論しようとするのは無意味というよりむしろデモ側の応援をしているのと同じである。従って、意見に賛成できない場合も、デモ自体スルーして別のところで意見表明なり社会行動をするなりした方がよいと思う。


 これを踏まえて、もう少し具体的に書く。「たわわ」や「宇崎ちゃん」を批判したフェミニストの狙いは激しい批判を巻き起こすことであり、それは社会運動として一定成功した。では「牛角批判をする人は、男権主義者として失われた権利を獲得するため戦略的意図デモを行っているのだろうか、それとも、論理的に「レデイスデーはDである証明できる」と考えて証明しようとしている人なのか、あるいは単に「この件で女性相手憂さ晴らししたい」というルサンチマンに過ぎないのか。私は、そのいずれであってもこれは無意味な行動だと言いたい。

  「たわわ」も「宇崎ちゃん」も、それらが女性差別「的」かと言えばそう論じることはもちろん可能だろうが、それを「D差別だ」などと言い切れば社会的には表現規制を強め過ぎる無意味有害な主張であると思うし、それ以前に指摘し是正すべき有害で明確に「D差別」な女性差別が世の中にあふれているのだから風俗業、芸能界などにおける性的搾取などはその典型だ)運動論としても拙劣だと思っているが、それらが激しい反応を引き起こしたという一点では運動論として評価することも可能かと思うし、その結果が女性地位向上にわずかでもつながったのなら全く無意味とまでは言えないと思うが、「牛角・レディスデー」問題については、まず男権主義をこれ以上社会で伸張させることにはおそらく社会合意は得られないだろうし、論理的証明は上で述べたようにほぼ不可能であり無意味でもあるし、ルサンチマンならそのエネルギーはもう少し建設的なことに使用した方がよいと思っているので、運動論としても学問的な意味でも、また俗論としても、とるべきところのない議論だなあと思っている。

 仮に、真剣にいわゆる「弱者男性問題を憂えているのなら、男権主義の伸張という方向でそれが解決されることはもう無い(過去一時的にあった「男というだけで威張ってるオッサン」があふれる社会に戻したい、などという主張は、当の男性からのものも含めて今後社会合意を得ることはできないだろう。可能になるとすれば、そういう一派を集めてたとえばイスラム教勢力と結託し革命を起こして政権を奪取するくらいしかないだろう。)ので、機会平等社会の下で結果平等いかに実現するかを考えるしかなく、つまり一種アファーマティブアクションしか対処方法がない。なので、そのためにはまずいわゆる「弱者男性」とそのルサンチマン可視化し、それを救う方策を具体的に検討するのが近道だと思う。将来的には、たとえばVR空間へのアクセス権やアンドロイドの配布などが現実的な解かもしれない。いずれにせよ、牛角女性サービスするかどうかなんて、それらに比べればおおよそ「どうでもいい」話で、議論したところで現実弱者男性は一つも救われず、差別に関する社会認識理解など1ミリも深まらないし、一瞬の憂さ晴らしにしてはただの焼肉屋迷惑がすぎるので、さっさと辞めた方がいいと思う。


※…もう少し丁寧に言うなら、主に「社会運動」を企図した活動であって、多くの人に認められうるような論理に基づき常識解体・構築する「学問」的活動とはまた異なるところに主眼がある、ということ。後者観測対象描写分析記述するものだが、前者は積極的観測対象を変化させることを目的としている。なお、社会学者の中には、学問存在価値現実を変革し社会運動となることにこそあると主張する人もいるが、その場合も、分析記述に十分な力があるなら、それは自然社会常識解体・再構築するであろう、という意味であり、観測対象描写分析記述が"いい加減"であっても社会を変革できればいーや、という意味ではないと思う。

2024-09-01

anond:20240901132220

ちげーよ!

アファーマティブアクションというカス政策に逃げず、機会平等になるよう大学が十分対応すべきだろ

それでも十分対応しても男女差があるならそれは生まれながらの興味関心の差だ

結果平等にこだわるのはやめろ

総裁選でなんで「女子枠」が争点になってないんだよ?

記者質問しろよ!

女子枠は国民の賛成を問わずに進められてる認識なんだが、この総裁選で争点にせずいつやるんだ?

男女平等のための重要な争点だろ!

文科省が認めて推進してるんだろ?

機会平等を進めるべきなのにそれをまともにやらずに雑な結果平等で何の罪もない若い世代犠牲にしてるのが文科省のやつら、ひいては政府だろうが!!

早く賛成か反対か表明しろや!国民は見てるぞ!

2024-06-20

anond:20240619133321

でもさあ、伝統的な文化価値観が人を蔑ろにしてる場合はどうするのって疑問

わかる。ほんとにそうなんだよ。元増田だけど。

世の中が保守一辺倒というのもそれはそれでどうしようもない社会だ。伝統的な価値観のなかでは自己実現できないひとをどうすんのと。

さすがに、公平性については、国の制度が、最低ラインとして補助線というか設計図を引かないと、いつまでも伝統的な価値かいっててもしょうがない。

ポリコレというのは、反省せよといって圧力かけるような動きよりは、むしろ制度としての公平性、機会としての公平性という観点に話を限定しておくのがいいってことかなと思っている。ジェンダー問題もそうだ。もちろん、制度機会平等を「合理的に」「理性的に」討議したとしても偏見がなくなるわけじゃない。

偏見はなくならないけど、近代が補助線として引いた制度の普及・概念進歩に伴い、ひとの意識は変わっていくだろうと期待する。

実際、それだけでよく、それ以上のことはあえてしないほうがいいのじゃないか

俺のほうがより反省してるぜ、なんならブラックフライデーだってキャンセルするぜ、とか、そういうポリコレ合戦不毛みえる。

普遍的価値を錦の御旗に、ひとはすべて進歩した価値観にもとづいて幸福を追求しなければならない、みたいなのは押しつけがましい傲慢と思う。

だけど、繰り返すけど、合理的にアウトなラインを引いておくということは大切と思うよ。

その合理的ラインあくま政府制度という視点限定しておかないと、市民社会の人々がお互いに印象だけでこれはセーフアウトということになると、声デカな奴の言ったもの勝ちになって暴走する、と。

以上は補足・蛇足だけど、前2件の記事を書いた意図は、そういう意図

ルーデンス(深慮)による対話と調整を訴えたエドモンド・バーク和解演説1775年3月22日イギリス議会下院)は彼の保守の出発点なんだけど、

バーク和解演説英語なら簡単に読めるし、増田が読んだ論文の背景にあるものから、もし興味があるならprudentというキーワードあたりを検索で拾って軽く流してみるのもお勧めします。

2024-05-17

フェミニスト大嫌いな人こそ、特権階級の女様が主人公ドラマ、虎と翼を見るといい

なぜなら主人公は「ひたすら恵まれている」ハイポジションリベラル女子」だから。日頃から女はズルいと怒り呆れがちな人たちが真っ先に鼻で笑うタイプの恵まれた女だから

ドラマ主人公の寅子は、投資銀行に勤める父と良妻賢母の母という大正昭和初期のアッパークラスの、それもリベラル色の強い理解あるご家庭に生まれて、その潤沢な社会資本を余すことな享受して弁護士の道を自由に邁進している。そして勉強大好きで周囲が態度を変えるほど頭が良く生まれついてもいる。そして子供のころから正義感がある。家柄が良くまっすぐ育った明るい優等生

大学に行っても目立つタイプ、拗らせミソジニーを発動する拗らせエリート同級生男子が、いつの間にかそのまっすぐな人柄にやられて好意を抱いたりする程度にはモテる

寅子の家には、父が面倒を見ている司法試験合格を目指す書生がいて(アッパークラスのご家庭ならでは)この書生とも「私たち同じ道を進む仲間よね」という異性友達ムーブをぶちかましているが、書生は寅子に片思いである。そしてこの書生よりも寅子の方が圧倒的学力がある。要するに立場的にも、恋愛的にも経済的にも非対称性が生じている年上の男性を寅子は「異性の友人」として遇している。中々のタマである

寅子は、前述した好意を抱かれていた拗らせエリートに「彼女結婚してくれとはいえない、彼女の夢を奪うことになるから」と思われて振られてしまうのだが、それまでどっちつかずの態度だったくせにいざ振られるとショックを受けたりするし、せっかく弁護士になったのに依頼が来ないのは私が結婚していない(社会的信用がない)からだ、と思いつき慌てて縁談を探してもらうがうまく行かない。そりゃそうだ。

ところが助け舟で、寅子に片思いしていた家の書生から結婚をしたいと言われる。渡りに船逃げ恥のような「条件偽結婚」だと思い込みスピード結婚を承諾するが、前述のとおり書生は寅子に片思いしていたわけで、初夜にぬいペニ状態となる。かわいそうな仲野太賀…。

と、寅子の痛さを中心に4月ドラマが始まって今日までの1カ月半を振り返った。フェミニスト嫌いの諸氏や、女はずるいと常々思っている諸氏が叩き放題の「豊かさという下駄を履いて産まれた恵まれた女様」それが寅子である伊藤沙莉が演じていなかったら大変なことになっていたと思う。

だが伊藤沙莉の演じる寅子はとっても魅力的である

「虎と翼」は、現代問題昭和初期の物語に練り込んでいる疑似歴史感が臭うドラマだが、一方でモデルになっている三淵嘉子は実在の人で、ドラマにおける寅子のキャリアや背景はモデルのそれをなぞっている。恵まれリベラルな家に生まれ弁護士になり、戦争時代突入し、色々あって戦後日本初の裁判官になるスーパーウーマンである

ドラマの寅子も恵まれた家に生まれ、厳然とした性差別がある世界を、明るく、元気に、強気に突き進んでいく。そして突き進む中で彼女は、自分が周囲と比べ恵まれていること、「自由選択ができるという」下駄を履いて生まれてきたことを徐々に自覚していく。

寅子が持って生まれた豊かな資源は、裏返せば、女に人権がなかった時代には、ここまで特権的に恵まれてなければ法曹界で働く道を切り拓くことができなかった、ということの証左だ。そしてこれを現在に照らせば、形式上男女平等になった現在の女は寅子に比べれば矜持や頑張りが足りない、という振り返りもできるし、現在でもまだまだ形式的しか男女の機会平等は達成されていないよなと振り返ることもできる(医大入試における性差別不正はつい最近出来事だが、あの時は差別だと批判する意見と、女はズルいから消耗が強い診療科を選ばないため合理的配慮だという意見に二分されていた)。

これは、女性人権がなかった頃を引き摺って今も残る男性優位の古い価値観を、改めてマーカーでなぞっていく作業であり、同時に現代の女が抱える特権性の問題も照らし出す作業でもある。

そしてドラマの中では、現代にもしっかり残っている、個人幸福を削るような価値観を改めて再発見することになる。

結婚しなければ社会的信用が得られない」、「エリート男が生きていくには従順に従う女が必要」、「女の弁護士なんて信用できない」、「自分より優秀な女は生意気で目障りだ」、「適齢期を過ぎると縁談がない」、「人は生まれた国や家や身分に縛られる」、「平等を求める声は不平等利益享受する側には届かない」、「上品批判下品な妬みには勝てない」、「お金がないと社会的意義の高い仕事につけない」などなど。昨日どこかのSNSでだれかがぼやいていそうな内容である

これらは女だけではなく、男も同様に削られる呪い価値観である。学友たちはこの呪い価値観によって法曹界で働くという夢を立たれていき、寅子は弱い立場に置かれた人を助けたいという正義実践に加えて、諦めなくてはならなかった仲間への思いを「使命」として背負う人生を選ぶことになる。

平等と戦うに十分な恵まれ武器を持って生まれて、更に先駆者の使命を背負った寅子は、おそらく来週から戦争ターンではどんどん「恵まれていたもの」を奪われていくことになるのだと思う。世紀の愚戦・負け戦の太平洋戦争ってそういうものだったから。男は戦争に行くし残った老人や女子供は空爆さらされる。男も女も人がたくさん死に経済活動は退潮する。

その時でも寅子は「正義」と「使命」をもって生きていくのだろうと思う。モデルの三淵さんは生き残ったし、何しろドラマ主人公なので正義や使命は捨てないだろう笑。

たくさんのものを奪われてなお「正義」と「使命」を失わない女がどんな生き方をするのかのドラマを私はとても楽しみにしている。

そして、形式上の機会が平等になった世界で、これまでずっと恵まれていたはずのものをどんどん奪われ不満が溜まっている人たち、「女は狡い」、「現代の女は特権階級だ」と思っている人こそ、奪われても正義と使命を捨てなかった人のドラマを見てほしいと思う。

フェミニズムドラマくっさー、と思う人も多かろうが、お勧めしたいのには、単純にドラマとして良くできているのもある。

寅子は「戦う女戦士」みたいな感じではまったくなく、前述通りそこそこの空気読めないわがままな、脇の甘い生き方をしていて、いちいちナレーションに突っ込まれている。ナレーション尾野真千子で、芝居がかったナレーションだがコメディの良い味付けになっている。

寅子の両親や兄夫婦明治家族観(男が働き女は家を守る)できわめて円満夫婦関係に描かれている。一方で嫁姑ちょっとしたストレスも描かれたり。父は帝人事件(疑獄事件)の当事者になり、リベラルエリート父親会社での立場に縛られる姿をシリアスに描いてもいる。

また、法曹界への女性進出を後押しする立場であるリベラル派の教授弁護士がしっかりと性差別をしていてフェミニズムにおける父権問題提示していたりもして、本当に痒い所にまで手に届く配慮がされている。セリフやシーンの伏線もとても豊かでドラマとして見ていて普通に面白い出演者はみな手練れの俳優だらけで演技へのストレスはほぼない。

単にドラマとしても面白いので、ぜひ。

フェミニズムドラマとしての側面については、あまりブコメが集まっていなかったがこの記事分析がとても分かり易かったhttps://bunshun.jp/articles/-/70764 これ読むと「女のためだけのドラマ」じゃないことがよくわかると思う。

ところで最後全然話は変わるのだが、昭和初期というのは実はWWIIジャンプして戦後と地続きになっていたかなり民主的かつ退廃的な時代だったらしい。「富国強兵」を叫んで強国を目指していた大日本帝国から現代にいたるGDPの推計推移をみると「戦争が無かったらこグラフの線が素直に上がっていたのではないだろうか」と感じさせるラインが描かれる(https://www.nippon.com/ja/in-depth/a04003/ 中ほどのグラフ)。まあ実際は戦争しないと色々糞づまっていたわけで後付けの皮算用しかないが。

ともかく、人が自由を求めそして退廃を享受できる程度の十分な豊かさが生まれていたのが大正末期から昭和初期の時代。ちょうど朝ドラで描かれているこの時代は、結構現代に近い時代だったりもする。

しかし、このニッポンドットコム笹川財団由来のかなり右寄り情報サイトなのだが、それでも「高度成長期ストック90年代で尽きてその後の策がねえぞ」という分析になっているのが、ちょっとだけ面白いですね。

2024-05-11

顔の良い奴が優秀とされるのではなく、そもそも顔が良い奴は優秀なんだよね

努力の機会が平等になるほどに才能が人生を分けるようになる。

その結果として遺伝子エラーが顔に現れたブサイク無能となりやすくなった。

遺伝子エラーがある奴には特別な才能があるという可能性は確かにあるが、特別な才能よりも一般的な才能をたくさん持ち合わせている方が今は有利だ。

なんでよそれなりにこなせるタイプ人間が好きな道を選んで天才となり、なんでもはこなせない奴は能力不足により淘汰されて野垂れ死ぬ

機会平等時代とは遺伝子にとっての淘汰の時代だ。

2024-04-02

anond:20240402144442

うーんとね、人が付いてくるかどうかっていうのは問題じゃないんだわ

人が付いてこなくても社会環境は変化する

今親ガチャやら教育格差やら文化資本の差を問題視されるのは「産まれときから平等」だからなんだよね。

その不平等は緩和ではなくゼロにしていくのが人道的観点から求められるんだわ

なぜ求められるかといえば、これを解消しないということは産まれから成人するまでの間の約20年の格差を認めるということに等しい

これは機会平等だけでは解消しない。世の中の仕組みを根本的に見直す必要があるんだよ。

まれてきた子どもたちを同じ条件で育てる。起きた問題はみんなで解決する。今まで以上に教育という並列化を密に進めて全員を高い水準に持っていく。そうして育った子どもたちは日本の将来を、ひいては世界問題解決する高い能力を備えていくだろう。

これを否定するということは20年に及ぶ間親の所有物として都合の良い使われ方をし、無駄な差を産み、分かちがたい溝を作る羽目になる。場合によっては所有者の都合で望まぬ労働を強いられることにもなるだろう。こういった省みられることのない不幸もなくすことができる。

2024-03-24

フェミニストはいい加減に男女平等は既に達成済みであることを認めて引退すべきなんよな。

医学部の定員の話とかあれ現場要請から現在医療体制を維持するためにやってたわけで思想が介入すべき事例じゃないし。

肉体労働の男女比を同じにしようとするのと同じ愚でしょこれ。

給料差も女性側が給与が低い職業選択する傾向が比較的強かったり上の役職に付きたがらないことが原因なわけで、

職業選択機会平等は達成されてるんだからもうええやろ。

やることないのに何かしないといけない、みたいな状況に身を置くからアニメポスターで大騒ぎみたいな変なことをし始める。

2024-03-20

anond:20240320220510

フツーの人じゃとても住めない地域(カリフォルニア州サンノゼとか。年収12ドルくらいだととても厳しい)で

これまた上級労働者レベルじゃとても買えない大豪邸に住んでる人らが心配していることが、

強盗で、強盗対策プロテクションドッグが欲しいとか言ってるが、言うほど治安いか

 

かに泥棒は金ない庶民のところではなく、金持ちのところに入れよとは思ってはいたが、要らないんだよなぁそういう機会平等・・・って感想しかならなかった

2024-01-16

さすが機会平等アメリカさん

フツーの人じゃとても住めない地域(カリフォルニア州サンノゼとか。年収12ドルくらいだととても厳しい)で

これまた上級労働者レベルじゃとても買えない大豪邸に住んでる人らが心配していることが、

強盗で、強盗対策プロテクションドッグが欲しいってなんだそれ・・・

かに泥棒は金ない庶民のところではなく、金持ちのところに入れよとは思ってはいたが、要らないんだよなぁそういう機会平等・・・

フツーの人が住めないエリアの大豪邸買ってもまだ勝ちではなく、24/365でSPおけるようになって、ようやく勝ちか・・・

日本が生きづらいらしい金持ち様はドンドン米国移住してくれて構わないぞ

 

あと大豪邸まではいかずとも、やっぱフツーの人が住めないエリアの戸建てに住んでる勝ち組のジジババじゃない人の死因が、

インフルから肺炎ってドン引きなんだよなぁ・・・

日本でジジババや基礎疾患がある人を除いて、ある一定以上の生活水準の人が肺炎死ぬってまず無いんだよなぁ・・・

さすが機会平等アメリカさん、経済的に厳しい人・生活水準が低い人だけでなく、すべての階層の人に平等Deathチャンスだぜ・・・

自分健康・丈夫具合には自信あったけどちょっと自信無くなったわ。生き残れるかこれ?

 

いまでも長期でアメリカ暮らしたいと思ってるし、何なら移住したいと思ってるが、改めて無茶苦茶レベル高ェなって思いました

2023-12-25

anond:20231224163155

箸の持ち方と言葉遣いって金の有無に関わない機会平等な育ちの良さの代表格だからな。

平等な機会の下で生じた差異機会平等主義者にとってむしろ社会善として高く評価されるのよ。

2023-03-05

anond:20230304090110

なんの意図があって勤め先が大企業中小かを書いたの?

まさか兄だけ大企業勤めでズルい!親はその埋め合わせをするべき!ってこと?

まさしく「男は機会平等を求め女は結果平等を求める」の典型例だね

うーん、キモ

2023-01-13

anond:20230112123308

男女共に機会平等になるよう働きかけるべきやろ。

例えば男性保育士とか、男性就業上の社会からの不当な偏見への対応必要

2023-01-12

anond:20230112122641

機会平等にならんからしゃあないやろ

そこまで否定するなら、どうやったら解決するっていうんや?

2022-12-26

anond:20221226163816

男は機会平等を、女は結果平等を主張するってこういうの見てたらよく分かるね

2022-10-06

anond:20221006012608

仕事に就く権利の奪取

ハリウッド性的マイノリティ当事者以外が演ずる問題が指摘されてる。

人間は誰しも働く権利を持つ。

男女機会平等、およびセクハラ防止が職場でのみ法律化されているのは、働く権利生存に不可欠だから

マイノリティの貴重な仕事の機会を奪うのは、彼らを社会から排斥する悪影響になる。

そして、イラストレーターはまずプログラマーよりもずっと少数…マイノリティだ。

2022-07-29

anond:20220729093305

お前の言う通り、まあ男女の平均化・結果平等不可能だろうが、機会平等ならどうにかなるやろ

 

俺やお前より優秀な女を、割合少なかろうが、ちゃんと発掘できるならそれでいいんだ。

 

 

結果平等でなければ平等でないとか騒ぐ、今のクソフェミニストはうるさいけど

やつらはどのみち跡継ぎいなくて淘汰されるから

とりあえずもう100年待ってみよ。

2022-07-05

anond:20220703193113

ジェンダー指数の向上は、機会平等じゃなく、結果平等を求めちゃってるから

障がい者雇用義務は、単純に「社会貢献」の特別枠だけれど

女性の昇進がそれでいいのかと言う話は、女性自身から出てもおかしくない話で

その場合求めるのは「評価の透明化」になるはずなんだよな

でも実際には、ジェンダー指数の向上を求めちゃってる

理屈としては、「男性以上に優れた才能をもつ女性存在テストなどで明白、それが昇進するのは自然」となるから

結果として社会に「女性枠」を作る方向に動いちゃうんだよな

2022-06-14

anond:20220614193055

恋愛下手ほど「告白」に重きを置いて自意識過剰になる。告白なんていらんわ。マンガじゃあるまいし

https://b.hatena.ne.jp/entry/4720991171488646722/comment/ko2inte8cu

じゃあ誰から習うの?

口伝え恋愛工学じゃなくて手本があるなら公開するべきですよね。教育機会平等憲法にも書かれているんだし。

2022-04-22

女性への期待値が低すぎる

ニュースを見ても、SNSを見ても、「女性はこんなに差別されている!!」という意見ばっかりだ。

から女性がそれに同調してないってだけで、俺の中では評価が爆上がりする。

  

例えばだけど、女性

「女に生まれて大変だったこともあるけど、男より色々と得してきた部分もある」

今日では機会平等が達成されたのだからアファーマティブ・アクションはあまり必要ない」

「女が社会進出できないのは、女自身が決めてきた選択の結果だ。女たちは夫が外で働いて稼いできてくれることに甘えている」

女子理系に行きたがらないのは、抑圧・差別というより、数学物理を嫌いな子が多いからだろう」

「たわわ広告許容範囲だ。職場ポスター掲示とは違って、あれは新聞広告なんだから閉じれば見なくてすむ」

みたいなことを言っているだけで、まともな人だなと思ってしまう。

  

もっとも、現実社会を見渡せば、女性たちもこちら側の意見多数派っぽい。

左翼フェミはやたらと声がでかいし、マスコミSNS界隈が異常ってだけかもしれない。

2022-03-27

anond:20220327094122

結果平等じゃなくて機会平等じゃないか

格差は許容するが格差固定化を許容しない

とか

職と賃金の結びつきを減らす

たとえば

公定賃金の引き上げ(保育、介護看護)、引き下げ(医師)みたいな

2022-03-03

anond:20220303102735

判ってないみたいだけど、自由競争をやるってことは、強い奴健康な奴賢い奴が勝つってことで、

少なくとも女性は強さと健康では男に劣るから

自由競争になればなるほど、機会平等をやればやるほど、女は苦境に立たされることになるよ。

 

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