はてなキーワード: 未来のためにとは
めちゃくちゃおかしい。
なんで税金払って、政治家はその税金をクソみたいな使い方しかせず、政治都合で非合理的な税金の使い方をしたり、癒着企業に垂れ流したりする。
税金は未来のために使われない。少子化対策なんて騒ぐだけで何もしない。
高齢化も騒ぐけど、自然発生したていにして国民に諦めさせようとしている。
超延命大国の日本は、その老人の延命には上限なく限界ギリギリまで税金が使われる。
教育も知ったことではない。世界がSTEM領域、科学、テクノロジー、エンジニアリング、数学の領域に教育を集中しようとしているのに
未だ何の役にもたたない文系科目で溢れる日本。さらに勉強しなくても卒業できる大学システム。
気持ちは分かるけどさー
そりゃ既婚者が、日本の未来のために子供産んでくれたのなら、独身だって「ありがとうございます既婚者様」ってなるけどさー
結果的に日本の未来に貢献してはいるけど、子供作る人って、「日本のために」「国が滅びるから」って気持ちで作ってなんかないでしょ?
欲しいから作ったんでしょ?
自分が欲しくて作ったのに、文句を言うから、疑問に思ってるんだと思う
日本のために子供作ったんだからもうちょっと融通してよ!なら、その通りだわかりました。ってなるけどさ。
将来に貢献してるってのは結果論であって、じゃあもし、国として、人口増えすぎで、子供は作らない方が喜ばれる、まあ作ってもいいけど、ってなったら、増田は作らないの?日本のために。
欲しいから作るでしょ?
既婚の人は何かにつけて、子供がいないと日本の未来が、っていうけどそんなの後付けにしか聞こえないんだよね
そーはゆーても、子供は国の宝だと思うので、既婚者の人には感謝してるし、いろいろ大変かもしれないけど、他人に後ろ指指されることも馬鹿にされることもない絶対王者の勝ち組なんだからなんで苦しむのかよくわからないわ
俺の家の地域は、二十年ほど前に、区画整理と道路の拡張の話が出た
しかし当時の60~80代の地域の奴らが大反対をし、逆に30~40代の働き盛りは、車通勤時も道が狭くて大変だし、子供の通学も道が暗くて狭くて怖いし、救急車も消防車も入れないし、と賛成した
地域は二つに割れ、老害たちの時間と暇をもてあました大規模反対運動に、若手は勝てるわけがなかった
俺たちが生まれ育った土地を変えるというのか!移転しろだと!許さない!が老害の言い分だった
そして、区画整理と道路の拡張は流れ、それから何件かの家がぼけた老害がストーブを倒したり、天ぷらあげたりしたのを忘れたりで、全焼
もちろん、区画整理されていないので、消防車は入れず、近隣の若者のバケツリレーで対応
道が狭いので足腰の弱った老害は夜に歩いていて溝に落ち骨折。入院。そのまま戻れず死亡
まさに自業自得。
別地域でも同様に区画整理の話が持ち上がった。この地域の老人たちは「未来のためには便利に車が通れるようにしたほうがいい」という賢人ばかりで、その地域は立派になった
大金をもらって地域を出て行った老人たちは、町中の便利なところに土地を買い悠々自適
道が整備されたことでスーパーなどが増え、新しい家がたくさん出来た。今は土地価格も上昇し、あの地域の者はみな金持ちになった。
区画整理をしなかった我が地域は、住みにくいからと老害の子供は実家に戻らず遠くに行き、老人ばかりが増え、人が減ったので商店3件は全部潰れ、バスの本数が減り、とうとうバス停もなくなった
残った老害たちは不便な中生活していたが、一度流れた区画整理の話がもう戻ってくるわけがない
市は、地域のためを思って言ったのに、大反対をされたトラウマがあり、再度の区画整理の話はしなかった
そして20年
死んだもの、老人ホームに入った者。そんな反対の元気もない者。病院にずっといる者。
二十年ぶりに区画整理の話が持ち上がり、当時30代だった人たちが「待ってました!」と立ち上がり、ものすごくスムーズに、反対一つなく話が決まった。
とても嬉しい。
日本さあ、増税の嵐と将来の保証減額の嵐で国民に未来なさすぎだろ。
これも全て税金で薬とか上限なく処方しまくったり、無駄に延命しまくって国を老人で埋め尽くそうとしている政府がゴミすぎるからだろ。
日本破壊したいやつに政権を乗っ取られてしまってまじで終わっている。
そこから先は自己都合による延命だ。だから長生きしたいなら自分で金を貯めておけ。
そんなことを子供の未来より優先する日本の社会は国家として破綻している。
こんな日本みたいな自転車操業している国なんかもう何年も続かない。社会に持続可能性がないんだぞ、意味わかるかな?馬鹿だから持続可能性って言っても理解できなさそう。
暴動がおきるレベルまで増税して終わるか、老人と若者のバランスが崩壊しきったタイミングで国家として継続できないんですけど?
破綻してない今だから老人はどうするんだって言えるけど、時間の問題だろ。
未来のために尊厳ある死を選ぶ価値観が日本にないから世界一老人率の高い負担だけを強いられる国になったんだな。短絡的な馬鹿ばっかりでまじで終わっている
思い出す。
強く押しすぎて、
向こうの終端に勢い良くぶつかり、
弾みでその子が地面に叩きつけられた。
「やべえっ」と急いで駆け寄ったが、
その子は泣かなかった。
ぐっと涙をこらえていた。
強い子だなあと思った。
上の事を思い出して「やっぱり強い子だったんだな」と思った。
そのショックで配送車ごとバックレた。
自分も死のうと思ったが、
祖母の事も思い出した。
そう考えてた。
祖母は女学校に通っていて、結婚するまで農作業は経験しなかったそうだ。
慣れない仕事だし、ヒルが脚に張り付いて血を吸うのが嫌だった。
何度か実家に逃げ戻ったが、その度に義父(私の曽祖父)が優しく迎えに来た。
この曽祖父は、昔聞いた話では競輪にのめり込んで借金を作ったらしい。
ろくでもない人だったんだろうなと思っていた。
が、今回の話で印象が変わった。
父は曽祖父に懐いていたというし。
そして、押しも押されぬ(訂正: 「押しも押されもせぬ」)オフクロといった風格の祖母が、
嫁いだばかりの頃は何度も逃げ出していたということに驚いた。
親戚の青年に話を戻す。
「周りに相談していれば」「いったん逃げていれば」
などと簡単には言えない。
だが…。
地面に叩きつけられても涙をこらえていたあの強さが、
いさぎよすぎる早まった行動に結びついたのでは、と感じる。
恥ずかしくて情けない体験談は、やはり人前では話せない。
だが、ここなら書ける。
その前に、ここに失敗談を書き残したい。
「死にたい…」と口にしただけで
「開き直ってもいいかもよ」と
助言してくれるようになるかもしれない。
そんな未来のために、
たくさんのコメント、ありがとうございます。
感情に任せて投稿した後、後悔したり疲れ果てたりで、しばらくこのページを開くことができませんでした。
祖母が私に話した時点では、曽祖父はもちろん祖父も亡くなっていました。
この話は、私が職の定着に失敗し続けていた時期に、祖母と私の2人だけの場で話してくれたことです。
そのような状況で嫁ぎ先に遠慮して、本当は強引に連れ戻されたのに「優しく迎えに来てくれた」と嘘をつく必要はないと思います。
また、私がその場で「ひいじいさんは競輪で借金を作ったって、昔、聞いたことがあったから、ろくでもない人なんだと思ってた」と言うと、祖母が「そんなことないよー。優しい人でね。あんたの父さんもよく懐いてて、じいさんが死んだ時はワンワン泣いてたもの」と話してくれたので、やはり、強引な感じで連れ戻したのではないと私は思います。
ただ、曽祖父が迎えに来た反面、祖父は夫として家の長男としての立場のため迎えには来なかったそうで、「ああ、昔の社会はそういうものだったのか」とは感じました。
その青年は私よりも背が高く、体つきも良く、身びいき抜きでイケメンでした。
しかしどうしても、彼の死について、とやかく言いたくなります。
自分の能力を過大評価したり、目標を高く設定したり、「こうしなければ」と自ら重荷を背負うことは、誰にでもあると思います。
私は今でもそうですが、長い引きこもり期間と心療内科への通院を経て、ようやく自分のペースを掴んできたと思います。
そして自分の若い頃を振り返ってみると、能力のないくせに自信過剰で、何でも真に受けて深刻に捉えてしまう人間だったと感じます。
暴走して職場に迷惑をかけて、辞めて、死のうとして、それを何度も繰り返して、ようやく「根本の価値観に無理があった」と気づきました。
嫁いだばかりの頃は何度も逃げていた祖母は、結婚2年目に子供が生まれてからは落ち着いたそうです。
それは、祖母が農作業に慣れて体を鍛えて強くなったおかげもあるでしょう。
ただ、私の想像ですが、1番の理由は祖母なりのペースを掴んだおかげではないかと思います。
私が小さかった頃、盆暮れ正月に帰省するほかに春に田植えを手伝うこともありました。
その時の祖母は、よく休憩を呼びかけていました。
もちろん歳のせいもあるのでしょう。
しかし、急がず焦らず、しかしたゆまずに働き続けるあの姿勢が、祖母がたどりついたマイペースだったのではないかと、今、そう考えています。
私の父についても話します。
私はそのおかげでこの歳でも自室に引きこもっていられるのですが、昔はその働きぶりを真に受けて真似しようとして、調子を崩すことがありました。
ただ、ずっと働き通しに見える父も、時折休憩したり、ふらっと散歩に出かけたり、洗車したり、夜には酒を飲んだり、夜中まで仕事した時は遅く起きたりして、極端に疲れないように気をつけているそうです。
私と違って立派に働いている兄も、つらい時は酒を飲むと言っていました。
私の周りの人々の「無理のないマイペースな生き方」を思い出すと、あの子はマイペースを掴む前に亡くなってしまったのではないかと、そう考えてしまいます。
借金を抱えた段階ではどうしようもなかったとしても、経営状況が悪くなり始めた時、出店する前、大学を中退する前などに、彼が悩みを打ち明けやすい環境を整えられなかったのかと考えてしまいます。
心を病んだ私のような人間が親戚にいるのに、なぜ私はその方面での支援ができなかったのかと悔やまれます。
…ただ私は、調子がいい時は無職のくせにお節介を焼きたがって、のめり込みすぎて疲れ果てることがよくあるので、どこまで役に立てたのかは分かりませんが。
上のような事情があり、「親戚の連絡を密にして再発防止を!」などの分不相応な行動を起こすのは控えて、ウェブの力を信じて、この話が誰かの役に立つことを願って投稿しました。
批判的なコメントもいただきましたが、「確かに、自分の思い込みが強すぎる」とうなずくことも多く、自分の手綱を引くことができました。
また、「押しも押されぬ」が誤用だとは知らず、びっくりしました。 ( ×「押しも押されぬ」→○「押しも押されもせぬ[=しない]」 | ことば(放送用語) - 放送現場の疑問・視聴者の疑問 | NHK放送文化研究所 )
健康寿命が伸びるのはいいことだけど、寿命まで伸ばしたら社会保障の観点からも年金受給開始を遅らせたり増税したりする必要があるよね。年寄りはいいけどこれからの世代はたまったものじゃないし、未来が暗かったら子供を作ろうなんて思うわけないわけで。
そのくせ、子供いない人は増税だと知恵遅れレベルの役人は増税ボタンを連打する。
介護する人は薬漬けの老人の介護に追われ先が見えない。どこまでお薬爆弾で延命されりゃ気が済むんだ。
限りある税金をむやみに延命された老人への年金、介護費用、医療費のために無駄に使われるが政治家は知ったことではない。これは未来ある人間への冒涜だろ。
介護期間が長すぎて日本人は労働だけで生涯を終える。そりゃ幸福度もド底辺なまでに低いわ。
さらに日本の老人は医療費は湯水のようにわいてくるタダ同然のものと勘違いしているから、お茶飲む感覚で病院に通う。
もう税金からその医療費が出ているって認識もない以上に、未来のために税金を使おうって認識がなさすぎる。その点は欧州を見習え。
つまり社会的教育が足りなさすぎるっていうか、政治家が無能すぎるのが諸悪の根源で、持続可能性のある社会を作るって認識がないから自転車操業みたいな国になってしまった。さらに馬鹿な政治家は未来に対する政策を何もせずただただ暴動が起きるまで増税を繰り返す。社会保障も減らし続ける。
日本って歴史ある国だし、いろいろな文化があっておもしろいと思うわけだが、この20,30年政治に携わった馬鹿によって超超高齢化社会で回復不能なまでに悪化し実質破壊されたわけだが、へらへら笑ってる国民も国民で同罪だと思う。
国として持続させるためにはやはり老人は死ぬべきだし、過剰医療で寿命だけ伸ばすのって愚の骨頂なわけだ。
せっかく医療が進歩したのに使い方を誤って、単純に社会に老人が溢れ税金はこれから死にゆく人間に集中的に使われる。
健康寿命は伸びてもいいけど、介護年数までは伸ばさなくていいんじゃないの?医療の進歩と安楽死ってセットで初めて社会が健全になるというのに、延命のみで、結果社会が老人で溢れて未来が見えない。
80歳まで介護なく生きることができたならもう満足でしょ、それまでに悔いなく生きて、安楽死とかで後世に負担を残すことなく生涯を終えること社会のほうが健全なのだが。
安倍さんがようやく東京で演説をしてくれたので、子どもと一緒に聞きにいきました。
池袋の駅前に集まった人の数はものすごくて(アンチも含めて)、枝野さんや小池さんのときとは比べものならないくらいでした。ヘリが飛んでたり交通整理の警官がうるさかったりで大変だったけど、演説の全文を書き起こしました。
https://anond.hatelabo.jp/20171014230038
https://anond.hatelabo.jp/20171015174223
も合わせてご参考まで。
みなさん、この選挙は北朝鮮の脅威からいかにして国民の命と幸せな暮らしを守りぬくのか。それを問う選挙であります。そしてこうした中、いかにして子どもたちの未来を切り開いていくのか。これを問う選挙であります。
先般新潟で街頭演説をしておりましたら、安倍さん、この地域は横田めぐみさんが通っていた学校があるんだよね、めぐみさんを助けてください、そう話しかけられました。お母さんの早紀江さんも、お父さんの滋さんも だいぶお年をめされた。なんとしてもお二人の手でめぐみさんを助けることができる、その日がやってくるまで私たちの使命は終わらない。そういう決意を新たにいたしました。
昨年トランプ大統領と会談を行った際、今年の2月10日の首脳会談においても、私はこのめぐみさんの話、そして拉致事件、核の問題について時間をかけて話をしました。この前の国連演説においては、世界が最も注目するアメリカ大統領の演説においてトランプ大統領は、米国の大統領としてはじめて、めぐみさんについてふれてくれました。私はうれしかった。
首脳会談を行ってお礼を言った。そして11月にトランプ大統領が日本にやってくる際に、どうかめぐみさんのご両親、そして被害者のご家族に会ってください、そして日本からこの問題を変えていかなければいけないというメッセージを発してもらいたい、そうお願いをしました。そうしたらトランプ大統領は、晋三わかった、ひどい話だ、この問題を解決をしていくためにも米国は全面的に協力するよ、そう約束をしてくれました。
この拉致問題についても核問題についても、あるいはミサイル問題についても、アメリカや国際社会に連携をしていかなければなりません。中国の習近平主席ともこの問題について話をしました。ロシアのプーチン大統領やあるいはドイツのメルケル首相とも話をしました。そうした外交努力をもって、先般国連において、北朝鮮へ厳しい制裁を下す決議が、満場一致で採択をされました。北朝鮮へ対して厳しい圧力をかけていかなければならない。それは政策を変えるためであります。
安倍さん、そんなに圧力かけて大丈夫ですか。戦争になりませんかという方がおられます。確かに気持ちは分かります。私は紛争なんてまったく望んでいない。闘争を望んでいる総理なんて世界にはいないんです。
みなさんこの20年間、わたしたちは話し合いのための話し合いは意味がないということを経験してきた。94年の核合意。北朝鮮はもう核開発をやめるという約束をした。そして日本や世界は支援した。でも北朝鮮は私たちの目を欺いて開発を行っていた。そして残念ながら貸した400億円、一円も戻ってきていない。
でも私たちはこれを飲み込んで、そして話し合いを続けてきましたが、そして2005年、北朝鮮はもう一度核放棄をするという公約をしました。でも残念ながらみなさん、次の年には核実験を行なったんです。私たちの誠意を欺き、そして話し合いを時間稼ぎに使って、核やミサイルの開発をしていたんです。もうわたしたちに、騙されてる余裕はないんです。
本来北朝鮮は、勤勉な国民がいて豊富な資源がある。しっかりと北朝鮮が新しい道を歩んでいけば国民を豊かにできる。北朝鮮に明るい未来がやってくる。でもみなさん、北朝鮮がミサイル問題や核問題をそして拉致問題を解決しないのであれば、北朝鮮には明るい未来はないんです。いま北朝鮮が意図的に緊張を高めている今こそ、私たちがぶれてはならないんです。みなさん、北朝鮮の脅かしに屈してはならないんです、みなさんそうじゃないでしょうか。北朝鮮の側から政策を変えます、話し合いましょうと言ってくるようにもっていきたい。そう考えています
あの当時のことを思い出していただきたいと思います。日本全国を黒い雲が覆っていた。ひどい円高で、工場や会社はどんどん世界へ出ていった。中小企業や下請け会社はついていけないから、お店や工場を閉めるしかなかった。若い方がどんなに頑張ったってなかなか就職できない、そういう時代だった。
みなさん、日本のGDP、経済力は1997年536兆円、過去最高になりました。でもその後はデフレです。成長できなかった。民主党が政権をとってからはとうとう500兆円をきって、493兆円になってしまった。あのとき民主党政権はなんと言っていたか。人口が減少すれば成長なんかできない。こう言っていました。
でも私はそう考えない。正しい政策さえしっかりとすれば日本人はやればできる。成長させられる。その思いで、三本の矢の政策を進めてまいりました。結果どうなったか。民主党時代、493兆円まで落ちたGDPが543兆円、過去最高。みなさん50兆円も増えたんです。やっぱり日本人はやればできるんです。人口が減少していたって、政策が正しければ成長していくことはできる。
みなさん、株価も22年ぶりの高い数字になった。わたしは株持ってないから関係ない、というかたがおられるかもしれませんが、そうではないんです。みなさんにとって大切な年金がこの株式市場で運用をしていますから、この4年半で年金の資産は46超円も増えてもう心配しなくていい、という状況を作り出すことができました。
また海外からの観光客は800万人から2400万人まで増えた。今年はもっともっと増えていくと思う。この海外からの観光客。日本人の観光客はだいたい5万円使う、でも海外からの観光客は15万円使う。ですからいま海外からの観光客が日本で使っているお金は、4兆円になりました。民主党政権時代はたった1兆円だった。4兆円になって、もっともっと増えていくと、こう思います。
そしてみなさん。中小企業、大切です。
わたしは総理になって従業員10人の町工場を視察しました。その町工場の社長さんのお父さんがいった、言いつけ。それは、従業員を大切にしろ。そのお父さんが残した言葉を大切に、中学や高校を中退して入ってくる従業員、彼らを会社が応援をして定時制高校を卒業させました。
そしてこの会社は、リーマンショックで厳しくなってしまった。民主党政権時代とくに厳しくなっていった。でもお父さんのいいつけを守って彼は誰も解雇せず、がんばって雇用を守った。その後政権が変わって、だんだん状況が良くなった。従業員はこの彼の思いにこたえて、一生懸命工程を改良して、生産性を上げた。そして販路を拡大したんです。その結果いま、みなさん自動車のスピーカー端子のメッキは、世界中を走っている車の約3割は、この工場から生まれているんです。
まさにこれが日本の中小企業の力です。日本人の力なんです。わたくしは頑張る中小企業を応援をして行きます。
たとえば新しい機械を買った。お店を新しくした。そうやって売上を伸ばしたり、生産性を上げて、従業員の給料を上げようと思っている。そういう小規模事業者に、私たちは投資をしたい。固定資産税を半分にする、約3年間半分にするという政策をスタートしました。いまもう3万人の方々が使っている。
またみなさん、大企業の社長に求められなくて、中小企業や小規模事業者、小さな会社やお店やさんに求められるものは何か。それはみなさん、個人保証です。設備投資をしようと思って銀行からお金を借りると、個人保証を求められる。家や土地や家財一切を担保にしなければお金を借りられない。一回失敗すれば終わりなんです。
本人はもとより家族も人生を失うかもしれない。これはやっぱりおかしいと私たちは考えました。そこで私たちは新しい仕組みを作りました。一定の条件を整えれば、小さな会社でも個人保証抜きでお金を借りられるようになったんです。こうした努力も実って、あるいは経済がよくなって、みなさん、前の政権よりも中小企業の倒産はなんと3割も減らすことができました。
もっともっと私たちは中小企業を応援してまいります。みなさん、2009年、私たちは政権を失いました。でも政権を失っても私たちは自由民主党という名前を変えようとは思わなかった。悪いのは党の名前ではない。やっぱり私たち自身に責任があった。何回何回も車座集会を、ミニ集会を開いて皆さんの声を聞いて、真剣に反省をしました。そして、ひたすらに政策を磨き、鍛えてきました。
私たちは三本の矢の政策で政権を奪還しました。デフレから脱却をして、経済を成長させ、雇用を作って、国民を豊かにしていく。こうお約束をし、一つ一つ私たちは実行してまいりました。
雇用は185万人分増えました。そして今日も、若い方にこの街頭に足を運んでいただきました。若い方にとってはやっぱり正規雇用がいいでしょう。正社員になりたい。多くの人はそう思っている。とうとう日本は、一人の正規雇用を求む求職者に対して、一人分の正社員の職がある正規雇用、有効求人倍率1倍を、それを私たちは初めて成し遂げることができました。
前の政権ではどうだったか。私たちに対して正規雇用がないと言って批判していた前の政権時代はどうだったかといえば、あの民主党政権時代は、正規の有効求人倍率は0.5倍しかなかったんです。つまり2人の求職者に対して1人分の正規の職しかない。そういう状況だったんです。
批判だけをしていても、やっぱり何にも生まれてこない。大切なことはしっかりと政策を立てて進めていくことであります。そして、うれしかったことは、この4月、高校や大学を卒業して就職した若いみなさん、就職率は過去最高水準になりました。この前会ったお年寄りが、私にこう言っていました。
安倍さん、最初の孫は運が悪いことに民主党政権時代に就職をした。だから、就職がなかなか決まらなくて悩んでいる孫を見るのがつらかった。でもねえ、次の孫はおかげさまで行きたいところに行けたんだよ。こう言ってくれました。
みなさん、若いみなさんが、自らの手で未来をつかみとることができる社会。そして働きたい人が働くことができる社会。この社会こそがみなさん、希望ある社会ではないでしょうか。私たちはこれからも未来ある、意義ある、希望ある社会をつくっていきます。
この選挙は、どの党に日本を託すか、これを決める選挙です。同時に、誰にこの地域を託すことができるのか、それを決める選挙です。そして、誰を信用することができるか、誰が信頼できるか、それを決める選挙でもあります。当選するために、ころころころころ政党を変える人を信用できるでしょうかみなさん。当選したいがために看板を替える人を信用できるでしょうかみなさん。
どんなに厳しくても歯を食いしばって、自分の信念、政策を遂行するには、がんばるしかない。北朝鮮の脅威から、国民の命と幸せな暮らしを守り抜くことができるのは、子供たちの未来のために、日本の未来のために、その未来を切り開いていくことができるのは私たち自由民主党そして公明党であります。
この選挙はもっと厳しい選挙になる。みなさんの一票を必要としております。どうぞ皆さん、よろしくお願いを申し上げます。ありがとうございます。
俺が総理になったらすげーぞ。
日本の場合、早くリタイアしたほうがいいんだよね。だって年取ると固定観念に縛られて、思考が停止してるじゃん。もうそんな人間が権限持つとかまじで会社には害悪。
非合理性に何の美学もないのに、ステレオタイプってやつは思考を停止させる。
こんな頭のまわらない爺どもはさっさとリタイアさせたほうがいい。
財源どうするんだって?
医療費は当然見直すよ。
年寄りの1割負担とか、生活保護者はゼロとかマジキチ。もう病院が老人カフェになってるやんけ。その大量の薬、ポップコーンかなんかと勘違いしてんじゃねーの?
安すぎて無駄に足を運んでるこの状況は無視できないっしょ。税金吹っ飛びすぎや。
年寄りは3割負担、普通の人は5割ね。もう自分の健康は運動するなり生活習慣を見直すなり個人の努力で維持すべき。
あと安楽死は必要。介護だってするほうもされるほうも双方が望んでないのに、マンパワーだけでなく税金まで無駄すぎ。
50歳から年金出すんだぜ?それって、人生悔いがないように計画持って生きてもらうためだ。
だから生にしがみつかずに、介護が必要になったら安楽死に積極的に頼ってくれ。
現在の働いている人たちって将来に不安を感じながら生活している人って多いと思う。でも言い方を変えれば死期を自分で選択できるってことでもあるんだ。
50歳から年金は出すけど、100歳まで50年も出せない。だからその長生き分は個人の努力でカバーしてくれ。それが平等ってもんだ。
あと、少子化対策は絶対必要だよね。若者の絶対数が少なかったら出生率上がったってもう機能しない。
さっさと手を打たないと。
子供1人いる家庭は、母子家庭でも生活可能なような金額は出す。
人数に応じて、そこは補助を増やしていく。子供居るだけで、バイトで生活できちゃうくらい。
まず大学教授、なるのすげー苦労するんだぞ!わかってるのか?海外に長いこと留学して論文発表しまくってようやくなれたのに、雑用だらけでモチベーションの維持ができないとかまじありえん。
雑用はちゃんと、どうでもいい人間にやらせる。その代わり日本の研究者すげーって言われるように研究に打ち込んでもらいたい。
でもF欄はまじでいらん。MARCHにすら届かないようなレベルの大学に補助金なんてだせるわけねーだろ。そんな学歴ビジネスするくらいならもっと有益に時間も金も使おう。
政治家主義国家なんてやめやめ。民主主義を取り戻そう。香港とか他人事みたいに思ってるかもしれないけど、日本も共産党ばりに政界はやばいぞ。
議員年金や退職金なんて撤廃。国民の立場がわからんやつがどうやって国をよくするんだよ。
あと、アホなタレント議員なんて絶対なれないようにする。立候補する条件としてある程度の筆記試験くらいクリアするだけの最低限の知識は証明してもらわないと。まあ不倫大好き今井さんのようなやつは絶対受からないレベル。レベル高い試験とは言ってないよ。
熱意なんて、議員になってしまえばそりゃ税金使い放題、熱意くらいいくらでも出せるわ。まあその熱意のベクトルは違う方向向いてるけどな。それにまじで国民騙されちゃう。
あと、税金の使徒も限りなくクリーンにする。これはまじでない日本とか、意味がわからん。搾取されまくりやん。
舛添とかテレビで貧乏装ってたけど、億単位の金を溜め込んでるらしいな。政界に携わるやつなんて、こんなもんだ。
だから政治家が儲かる仕組みは絶対に与えちゃいけない。日本を良くするんだったら、給料安くたってこんなやりがいあることはないでしょ。
自分が総理だったら、やめたあと、もちろん議員年金も退職金もいらない。
どう?投票してくれる?
戦後日本の経済を牽引したのは「とにかく奴隷を低賃金で雇って、物を作りまくって売れば勝てる」というスキームだった。これは「とにかくガムシャラに働く」という昭和の価値観そのもので、何しろ頭脳労働でなく、体を動かせばいいだけだった労働者たちはとにかく働いた。昭和の労働者たちは、家族のために、未来のために、バカ丸出しの精神論を振りかざしてガムシャラに働いたんだ。しかしそれはうまくいった。考えてこのやり方を選んだのか、それともただ“今まで通り”やっていただけなのか。このやり方というのは「欲しがりません勝つまでは」という戦時体制をそっくりそのまま引き継いだだけだった。しかし偶然にしろ何にしろ、これがその時代の勝ちパターンだったので、うまくいったんだ。日本は高度経済成長を迎えた。そしてこの黄金の勝ちパターンに乗っかって世界を席巻した最も代表的な企業といえばTOYOTAだろう。自動車産業はずっと日本の花形だった。今までは。
今、2017年になってまで、ほとんど同じやり方しかできない日本に本当にヤバさを感じる。製造業からサービス業に至るまで、戦時体制をそのまま引き継いだかのような奴隷労働の名残りが未だに色濃く残っている。いわゆるブラック企業だ。“それしか知らない”んだ。日本人はそれしかできない。
もはや物を作って売れば良い時代は終わった。より品質の良い“物”を、より安い値段で大量に売ればよかった時代は、終わった。ではこれから先「価値」となるものとは一体何だろうか。
一つ例を挙げよう。今、googleなど世界有数の企業が自動運転カーの開発をしている。自動で動く車は世界を変えるだろう。都市計画を丸ごとひっくり返し、遊びから仕事まで個々人の生活スタイルに重大な変革をもたらす。電話の登場のように、ラジオの登場のように、スマートフォンの登場のように。自動運転カーは世界を変えるだろう。
これから先、人類の間で求められる「価値」とはこのようなものだ。物を情報化できれば、今まで以上に圧倒的な活用ができる。ここにはまだまだ開拓の余地がある。ほとんど全てのものはインターネットに接続させることができる(が、まだされていない)。ここに伸びしろがある。付加価値を与える余地がある。機械学習が有効な分野であれば、それによって大変な革新が得られるかも知れない。ただ物を作って売れば良い時代は終わった。しかしただネットに繋げば良いというわけでもない。物を“どのように”情報化できるか、だ。或いは有形物でなくとも、コミュニケーションや、異性との出会いや、他人からの承認など、元々無形物であるものを、どのように高度に情報化し活用できるか、だと思う。これから先、求められる価値とはこのようなものだ。
TOYOTAは車を作れる。しかしその車に(これからの時代それが当然になるであろう“自動運転”という)付加価値を加えることは、できない。これが先進国であった日本の象徴的かつ決定的な終わりとなるだろう。
ブラック企業の組織構造・組織体質は「ただ物を作れば良かった時代」には最適なものだった。憎まれようが嫌われようが、昭和の時代にはあれが最適解だった、という事実は認めなければならない。しかしこれからの時代はそうではない、ということだ。俺は日本人をとりわけ優秀だとも無能だとも思わない。問題は組織の体質、社会の構造にある。これを変えるのにあと何十年かかるだろうか。それまでに一体、どれほど落ちぶれるだろうか。
うちの婆ちゃんは99歳。もう100になろうとしている。
もうひとりで何もできない。
介護が必要だが、気を使うタイプなので、精神的にしんどい思いをしている。
うちの両親も70を過ぎていて若くない。介護がしんどそうだ。
死ねるなら死にたいと言っているが、人間誰だって苦しみたくない。
安楽死があるなら、どれだけ助かるか。
医療は進歩した。でも人によっては望みもしない長寿が与えられる。
日本が裕福な国で、それらの保証が無理なく捻出できるならまだいい。
でも日本の医療制度は超多額の税金投入によって、超安価に誰でも受けられる。結果、長寿が生まれる。
医療に税金、介護に税金、寿命が引き伸ばされるから、長きに渡って支払われる年金。介護する労力までも消費する。
それでいて、現役で働いている自分の将来の保障はもう、軽々しく削られる。
日本の医療が社会を破壊しているのは明らかだが、一向に変わろうとしない。
民主主義のはずが、誰も得してないという有様。
いや、うまい汁を吸っているのは医療に関わる人間と、政治家くらいか。
やっぱ政治家は若い人間じゃないと駄目だ。頭回ってないじゃん。
立場も国民と同じじゃないとダメだ。なんだよ、自分らは議員年金だの退職金って。いつの時代のどこの王族だよ。
一度麻生さんが、安楽死について言及したら、マスゴミが故意に間違った解釈をして報道したことがあった。
政治家も問題だと思ったが、それよりも中韓派のマスゴミが日本の社会を破壊するために、情報操作して、安楽死は導入されないように誘導しているんだなって思った。
私は、二度、整形をした。ぱっちりと二重瞼にした。二度の整形をした理由。結論から言うと、私が今まで友情の絆で結ばれていた、あるいは貴重な友人関係という人脈でつながっていたと思っていた事は、私の思い込みで、それらの過去にしがみつくことを辞めて、私自身の決別のためだった。
ずっと、一重で腫れぼったい、身長160cm体重55kgの私は、大学、大学院と、容姿至上主義に負けず、勉強、就活、色々と努力してきたつもりだった。周囲から「頑張り屋さん」「素直で良い子」という言葉をそのまま鵜吞みにするような、馬鹿正直な生徒だった。
同じ学校の同期に片思いをした。同じ専攻、似たような趣味・価値観。二人でいるときは笑いあって趣味の話で盛り上がる事が出来たけれど。陰で私を外見やしぐさを茶化して皆で馬鹿にして盛り上がるような人だった。卒業して、精神的に経済的に自立したら、告白しよう。同じ土俵に立てるように、立派な女性になろう。マナー教室に通いだし、教養に関する読書も増やした。中学時代からしていたボランティア活動も更に幅を広げて取り組んだ。家族のための介護の勉強や、看護知識、知らない分野の勉強をして、皆にとって役に立つような、自慢できるような娘として存在したかった。そして、初めて容姿に気を遣うようになった。それだけじゃ飽き足らず、私はアイプチに手を出した。
卒業と同時にアイプチデビュー。就職して、アイプチするようになってから、周りの男性の態度が違った。自信がつくようになり、私は体重も減量した。といっても美容体重ではなく50kg。初めてチヤホヤされたもんだから、上手く笑顔で対応が出来ない。調子に乗る事が出来なかったのは、不幸中の幸いだったかもしれない。「美人なのに、高飛車じゃあない。」謙虚な姿勢のまま、順調に社会人生活を送ってきたつもりだった。いっそ、埋没しようか。
けれど、一重の自分が、私の心の中にいた。退職後、自然の奥二重の埋没にした。チヤホヤされることはなかったものの、一重の時の様な迫害を受けるようなこともなかった。
そして、同窓会。意中の彼はいなかった。しかし、みんな私を見て「綺麗になったねー!」「お美しくなって…」「可愛いと思ったけど、綺麗になった。本当に。大人になったね。」社会人学生も学部上がりの同期も、みんな「埋没」した私をほめた。アイプチだった私だったら、もっと褒めてくれてたのかな、なんて下心もあった。
疎遠だったみんなと改めてFBの連絡先も交換したりした。「実は毎月ホームパーティーをしていたんですよ。今度は貴女もご招待しますね!」「勤務先が近い人だけで女子会しようよ!」色々と声をかけてくれた。
それから数か月後、彼らからこれと言って飲み会やパーティーなどと言った招待は、受けていない。そう。全部社交辞令だった。学校を卒業して同窓会までの間の10年。やっぱり私は仲間外れのままだった。
そして同窓会を欠席していた意中の彼は、卒業早々に、赴任先で出会った女子大生と結婚。今は一児のパパになっていた。私の10年間、本当に何だったんだろう。
私は、私が思っている以上に、みんな私の事は眼中に無くて、話さえ上がらない程度の存在だった。容姿も外見も整えて綺麗になった?と思われる姿でみんなと再開しても、実際はメールもLINEも、FBでのメッセンジャーも、来なかった。
もう、いいや。そんな気持ちになった。私は、私が一番「気持ちが良かった時の目」になるために、アイプチをしたときの目に近い二重にする事にした。全切開という、まず二重が外れない手術だ。
整形は、私にとって縁のないものだと思ってた。それが恋をし、快感を覚え、そしてショックも覚え、怒りを原動力に美しくなることに決めた。・・・・瞼だけだけど。
もう、今までの学友と会う事もない。だから私は、これからの未来のために、この顔で生きていく。今度こそ、私と友達になってくれる人達と出会えるために。
たぶん、年収とか金の話題を出したのは増田の娘が先。その教員の反応からの推測だが、八割方そうだと思う。
直接「お金が儲かるからなりたいです」と言ったのでなくとも、「ぷろぐらまーになって、将来お父さんとお母さんに楽をさせてあげたいです」
とか(拗らせた教員に「金が目的?」的な嫌みを吐かせるような)ことを言ったことに対する答えなんだろう。
つまり、その教員は実際にプログラマの年収がどうこう言いたいんじゃなくて、
増田の娘の「可愛げない(と自分が感じた)」夢の話に嫌みが言いたくて、
IT土方のことを読んで聞きかじった「オトナの知恵」をひけらかし、増田の娘にマウンティングしただけだよ。
増田が心配すべきなのは、教員の反応の不思議さや、事実との相違をダメ押しのように反論してみた結果ではなく、
いささか空気読めない理系脳の自分や娘が、その少々ゆがんだ担任教師に「可愛げない親子」と認識され
マークされてるらしいことのほう。その教員はたぶんガチ文系で、むしろコンピューター苦手なほうだろう。