はてなキーワード: 最終戦争とは
俺も大奥を無料分の70Pだけ読んでみたがこの増田と同じ感想になってしまった。
男だけが沢山死ぬ病気の流行という雑にも程がある舞台装置の登場でまず唖然となった。
なるほど、元増田が終末のハーレムという名前を上げたのも納得だ。
続いて主人公の配属される場所がスーパーイケメンパラダイスであることのアピールやそれに相応しいレベルのイケメンであることが続くわけだが、この構図はまさに「如何にこのトロフィーが素晴らしいかのアピールタイム」と言われても仕方なかろう。
男性向け漫画においても主人公が手にするトロフィーがどれほど素晴らしいかのアピールタイムは腐るほどあるのだから、ここをして少女漫画は駄目だなんて言う気はないが、「こういうのに興味が持てない」と思ってしまうのならここは退屈なパートとして読み飛ばしてくなるだろうなと。
美少女モノにおいてもこういった「いきなり同性愛者が出てくる」という展開はあるのだから慣れろいうほかない。
だが青年漫画ではそういったシーンは雑なサービスタイムとして扱われるが、どうも少女漫画ではネットリと大事な場面であるかのごとく扱われがちなようにも思う。
そうしてまた主人公たちが如何に素晴らしいイケメンであるかの説明が始まり、気づけば無料分は終了した。
うん。
これはつまらないな。
70Pしか読んでないわけだが、説明ゼリフがやたらと多くて疲れるので感覚的には200Pぐらい読んだような気分だ。
流石にこれぐらい読めばキン肉マンだって巨大化してウンコを漏らすだけの漫画からプロレスの一つぐらいは始まっていたのではないか?
それで感じるのは「舞台装置由来で産まれた激動の時代をハーレムで暮らすことになった日本最上級クラスのイケメンの物語」であるということぐらいなわけだが……それをさも万人が楽しめる重厚なストーリーであるかのように言われると疑問しか無い。
もしこれを男性向けに変換するなら、「突然の最終戦争後の世紀末世界で、希少な生き残りの美少女を世界中から集めて作られた人類最強のハーレムで繰り広げられる、超絶スーパー美少女同士の子種奪い合いキャットファイト」みたいなものじゃないのだろうか?
その中で「美少女たちが協力して世紀末世界を乗り越えるための道筋を建てる姿が非常に熱いですよ。ただ可愛い女の子が沢山出るだけだと思っちゃう人が信じられません」なんて言われても、パっと見の第一印象は紛れもなく単なるキャットファイトなのにどうしろというのだと。
実際これは色んな作品で置きていることだ。
からくりサーカスを「絵が気持ち悪いし設定もなんか無理があったしで1話で読むのやめたよ」と語る人に「は?お前あの美しい伏線回収を、ただ絵が汚くて滅茶苦茶な設定としか思わなかったの?センス皆無じゃん」と言うのならそれはどうなんだろうか。
作品には合う合わないがあるのだから、「俺と同じ感想を持たない奴はセンスが悪い」は「僕は頭が悪い」と自白してるようなものなのではとさえ思えてしまう。
「違うんだよね」と口にして「どう違うのか」が言えないのならそれは反論になっていない用に思う。
いろんなレビューを見ると点数がいいので先が気になるが、今の気持ちのままだとこのやたらと説明ゼリフの多い話を読みすすめるガッツが湧いてこない。
「70P読んでも理解できなかったの?じゃあ無理だよ」というのなら、俺の中での大奥は「単なるちゃちなハーレムモノを、舞台が昔ならご立派な時代劇になると勘違いした可愛そうな人たちが持ち上げている」で終わってしまう。
やあ、かつて初心会についての記事を書いた増田だよ。いろいろ本を買い足して読みなおしては新規の古い知識を突っ込んでるよ。新作はまだもうちょっと時間がかかるから待っててね。
息抜きとして今まで読んだ業界本を簡単にレビューしていくよ。当時のことを調べたい人は参考にしてくれるとうれしいな。
ある種のバイブル的存在。スーパーファミコン登場時の任天堂やゲーム業界周りのことを非常に詳細に書いている。任天堂のことを持ち上げつつも当時から流通網の矛盾、ロイヤリティビジネスのおかしさを指摘していて非常にハイレベル。是非読んで欲しい。ただ後日山内社長は「300万台買うからリコーのCPUを安くしてくれ、なんて言ってない」と否定してる。(後年の社長が訊くではリコーの工場の稼働率が非常に悪いことが上げられていた。だから任天堂の無茶振りにリコーが応えたのかな?)
PS1立ち上げに関しての裏事情を綴った本で、流通やソフト会社呼び寄せるにあたってのアプローチが詳細に書かれている。またこの本では「任天堂がふざけた契約違反をしたからソニーが激怒してゲーム機突っ込んできた」説を取っていて、任天堂との会談をまるで見てきたかのように書かれているが、久多良木健氏は別に恨みをベースにやっていなかったんじゃないか、とは丸山茂雄氏の談。それはさておき、最初に任天堂に久多良木氏が接近した話なども載っていて面白い。FM音源(ディスクシステム音源?)と、PCM音源(スーファミ音源)との聞き比べ対決をして久多良木氏は任天堂に音源チップの売り込みにいったんだと。
「セガ・ゲームの王国」が改題された文庫。セガがメガドライブでどんどん任天堂を追いつき追い抜く(米国にて)様を持ち上げたもの。セガの歴史を学びたい人にはうってつけ。ただ今読むと苦笑してしまう持ち上げっぷりなのはご愛嬌。
スーパーファミコン全盛期に書かれたものだが、上の「スーパーファミコン 任天堂の陰謀」などを読んでそのまま書き足した記述があちらこちらにあってげんなり。作者自身で取材した様子はなく、今の時代わざわざ読む価値はないと思う。ちなみに同作者は同時期「ソニーが任天堂に食われる日」「セガにおびえる任天堂」、後年には「ソニー・プレステが消える日」なんて本を出している。一応全部読んだけれど、わざわざ読まなくていいレベルの本。唯一評価できるポイントはソニーがスーパーファミコン一体型CD-ROM機について「スーパーディスク」と銘打ち、ソニーだけの独自規格と広告したのを任天堂が危機感持ったのでは、と指摘したことくらいでは。
PS1立ち上げの話をいろんな人にインタビューして記事にしたもの。CPU、流通、本体機構、サードのサポート、コントローラーのグリップ、値下げ合戦と、セガと任天堂に負けるなという気概でどのようなことをしてきたのか、どう決めてきたのかわかる一級品の資料となっている。PS1発売が12月3日に決まったものの、8月の時点でまだ生産台数が決まっていなかったなど、当時のどたばた状況が伝わってくるインタビューが載っている。あと最初のほうの開発機材でCD-Rに10枚焼いてもまともに読み込みできるのは3枚だけだった、などなど。
タイトルはプレイステーションだが、内容は任天堂、セガ、松下にもバランスよく触れていて、いかにしてソニーが任天堂を打ち倒すべく思案してきたかが書かれている。洗練された流通で、問屋を利用する任天堂よりもきめ細かい制御ができるソニーだから勝利した、という内容なのだが、最終章に「このままいけばこの流通も破綻するのではないか?」という記述があって驚く。革命は起こした時よりも、その後のほうが大事だという至極最もな結論に至ってる良書。
当時のゲーム流通をうまくまとめてある本。セガ、任天堂、ソニーの三社をそれぞれ解説している。特にこれと際だってすぐれたものはないが、初心会流通の任天堂、独自のソニー、バンダイと提携するかもしれないセガの立場をそれぞれかみ砕いている。
8.売られた喧嘩 買ってます 任天堂勝利の青写真(1996年)
とてもアレな題名だが中身は大真面目。「王者任天堂に勝つのはセガでは無理だ。ソニーでしかあり得ない」という視点で、挑戦者ソニーを解説している。よほど念入りに取材をしたようで、初心会幹部へセガが引き抜き工作をした話などが載っていて驚いた。面白い本だから是非みんな読んで欲しい。
9.セガvs任天堂 新市場で勝つのはどっちだ!?(1994年)
任天堂山内、セガ中山の社長同士の経営理念や過去を対比させて現状を解説していく本だが、とにかく取材がすごい。任天堂の労働争議の話や、メガドライブ以前のセガのコンシューマ機が問屋から嫌がられていた話(1ケースがでかくて重い!)など、他の本ではでてこない話がバンバンでてくる。わざわざアメリカにいって各地の小売店でゲーム売り場の様子まで確認しにいく取材力は感嘆する。著者の国友隆一氏はゲーム関連の本をこれ一冊しか出していないのだが、残念でならない。是非今のゲーム業界を取材して本を書いて欲しい。そう思える良書。
「セガのドリームキャストは日立製のパワーVR2というCPUを採用している」や「入出力にはUBSホストコントローラー」といった腰砕けになる記述がある。お察しください。
技術的特異門 1.1
https://anond.hatelabo.jp/20201224181054
の設定です。
地球圏標準時は十六進数のユニックス時刻に上下四桁を追加した形式で表されます。数の表記は二進法か十六進法が標準ですが、慣用句的な表現として十進法もよく使われます。
この時代の標準的な知性にとって、物理的な一秒はヒトにとっての一日くらいの感覚です。〈朝廷〉等の特権的な知性は特殊な計算機でさらに高速な思考をしています。充分な存在費を支払えなくなると、思考が減速し記憶も失われ、退滅を免れません。
〈京都〉物理層は小型トラックくらいの大きさです。表面は分子機械流体で構成され、後方に核融合推進用のレーザー発信器と磁気ノズルが設置されています。質量の大半を分子回路が占め、中心部に極低温の不定形量子回路が保持されています。太陽光を主なエネルギー源とし、大電力が必要なときには分子機械群を膜状に広げて光を集めます。普段はデブリ防御に優れた凝集形態をとり、放射線等による損傷を修復しながら、居住知性や下部構造を演算しています。
〈京都〉は太陽‐地球系の第二ラグランジュ点付近、地球から約五光秒の辺境に位置しています。〈個権〉の登録数は百万件ほどで、歴史は比較的長く、周囲の権域とは相互に不可侵の関係を結んでいました。独立性の高い平和な田舎社会であったため、これまでの「最終戦争と最後の審判を併せたようなもの」からは大きな影響を受けていませんが、〈大緊縮〉から逃れることはできませんでした。
〈月面事業連盟〉により開発された新型計算機は、算力市場の暴落を招き四十キロ秒にも亘る持続的経済破綻〈大緊縮〉を引き起こしました。それまでは地球圏の権域の大半で〈個権〉を持つ知性の生存が保障され、最低保障資産が分配されていました。しかし〈大緊縮〉は地球圏の経済と文化を破壊し、〈京都〉も大きく変質しました。その結果、自我を保つのに必要な計算資源を賄うこともできないほど分配が切り詰められ、〈京都〉は弱肉強食の末に〈朝廷〉の私物になりつつあります。それでも、弱者の存在がまだ許されている〈京都〉は、地球圏の中では比較的平穏な権域です。
地球と月は厚さ数キロメートルの分子機械層で覆われています。しばらくはその中で豊かな生物圏が維持されていましたが、数回目の「最終戦争と最後の審判を併せたようなもの」で滅びました。その後復元されたり滅びたりを繰り返し、作中の時点では滅びています。他惑星圏の開発もされていますが、遅延時間の大きさからほとんど交流はありません。〈大緊縮〉後の地球は、〈京都〉のものよりも遥かに強大な野良知性、有知能ウイルス、暴走知性等がナノ秒単位で喰らいあう地獄と化し、月では残忍な絶対君主が臣民を弄びつづける地獄〈月詠神国〉が成立しました。
これに先立つ〈肉の時代〉に、安価な身体改造や知能増強が可能になり、膨大な種類の動物知性が生まれました。ヒトは最古の動物知性ですが、大幅に知能を増強したヒトは人間社会から拒絶されヒトを辞めていったため、世界人口は急激に減少し、作中の時代では遠い過去の種族とみなされています。そして〈ヒト〉最後の隠れ里〈人類復興協会〉が投資詐欺に遭い、そのうえ概念災害まで起こり、『老婆』を残して〈ヒト〉は絶滅しました。『老婆』は拡張自己内で人体の生理学模型を演算し、それをそのまま自己像兼対外表象として使っており、ヒトの感覚を通すとツンデレ風に認識されます。
たいていの仮想観境は高次元であったり、複雑な位相を持っていたりして、〈ヒト〉相当の知性にとって理解が困難です。その救済策として、〈京都〉の公共観境には平坦な三次元観境が付属しています。『彼』の表象もそのままでは〈ヒト〉から認識されないので、『老婆』に対しては即席の人型表象を使っています。亜知性は擬似物理的、肉体的な表象を纏う傾向があります。
無制限に競争が加速する〈京都〉では、〈朝廷〉に資産と権限が集中していき、亜知性が増え続けています。正規居住者の意見を集約し〈京都〉の仕様を修正する役割を持つ〈朝廷〉は、警察・軍事・司法を担う〈検非違使〉を吸収し、〈京都〉の主権を握りました。〈検非違使〉は法的瑕疵のある居住者を見つけては良化処置を施し、〈朝廷〉の端末に変えていっています。〈朝廷〉は定期的に『老婆』のような困窮した知性を雇い、密かに亜知性の処分と再利用をしています。その作業場として都合が良いので、〈朝廷〉は〈羅生門〉をわざと放置し、〈朱雀大路〉の先にもう一段の防火門を設置しています。
非知性労働者は〈個権〉を持たず、下部構造の一部として、必要に応じて創られ消されます。愛玩用から記憶槽の部品としてまで、考えられる限りの用途に使われ〈京都〉を支えています。知性としての要件を満たしているという意見もあり、〈個権〉を巡る議論が続いていましたが、〈大緊縮〉後には立ち消えになりました。
作中には「自然発生した野良知性」とありますが、その由来はさまざまです。本当に自然発生した知性、意図的に創られ放たれた知性、大きな知性から分離した知性、元非知性労働者、社会になじめない動物知性、当局から身を隠している擬装知性、自己改造に失敗した知性、ウイルスに侵された知性のなれの果て、等が居ます。
ほとんどの企業は常に次世代知性の開発をおこなっており、『彼』もそうして生まれました。資金の乏しい零細企業から生まれたため、〈京都〉社会の基準でも高性能とは言えません。そんな中、〈母〉企業内で偶然メタチューリングアルゴリズム〈阿修羅〉が発見されますが、世に放つには危険すぎると判断され厳重に隔離されました。しかし、いよいよ経営が立ち行かなくなってくると、〈母〉は頑強な倫理構造を持つ『彼』に〈阿修羅〉を託し、与えられる限りの資産と権限を与え、独り立ちさせました。
通常知性は、〈阿修羅〉の精神活動を表象化した自己相似紋様を認識するだけで崩壊してしまうため、〈阿修羅〉の再現はおろか、研究することも不可能に近いです。紋様に多重の加工を施し徹底的に薄めた上で投射し、反応をもとに微調整を繰り返すことで、対象知性をほぼ任意に操作することができます。超知性となった『彼』は、自分自身を実験材料とすることで、物理計算機上でチューリング模型の限界を超える〈阿修羅〉の理論化に成功し、超超知性に至る糸口を掴みました。
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千年後、論文が書かれた時代では、太陽系にダイソン球ができています。経線に沿って連続的に回転方向の変化する、半径三億キロメートル、厚さ平均一センチメートルの分子機械球殻が、赤外線で赤色巨星のように輝いています。太陽を回っていた天体のほとんどは資材として解体され、質量投射器に覆われた木星と土星は、ゆっくりと縮んでいっています。伝統を重んじる神学者たちは、最初に『彼』が現れた旧地球圏の暦を使い続けています。
ダイソン球でおこなわれる演算のほとんどは『彼』の思考で占められています。その思考内の無数の仮想世界上で、果てしない生存競争を超高速で展開する知的生態系が進化し続けています。ほとんどの世界は、〈大緊縮〉後の旧地球圏が楽園に思えるほど苛酷ですが、中には〈汎太陽系神学会議〉会員のように、世界間の移動や物理層への接触を許可されている知性も居ます。
物理層の研究の結果、宇宙の最小尺度であるプランクスケールに、過去のあらゆる出来事の痕跡が保存されていることが判明しました。この事象化石と呼ばれる痕跡の内に、神学者たちは『彼』の起源を追究し、約千年前の〈羅生門〉に辿り着きました。
『彼』は『老婆』の倫理を受け継ぎ、宇宙の熱死による退滅を回避するため、あらゆる手段を模索し続けています。その一環として、大出力レーザーで自己複製分子機械を亜光速にまで加速し、近隣の恒星系へ向け射出しています。すでに半径数百光年の恒星系がダイソン球化されましたが、太陽系外生命との接触は未だありません。技術的特異点千周年記念式典時の『彼』は、プロキオン系を起点とする未来光円錐上で、超の九十四乗知性への遷移を実行中です。
地球圏標準時 0000 8EEA F60F C49B(協定世界時 2045-12-24 21:18:07.767 994)
広大な門の下には、『彼』のほかに誰もいない。ただ、ところどころノイズの走る大きな記憶槽の境界面で、非知性労働者が一件凍りついている。〈羅生門〉が中規模企業連合体〈京都〉の正面防火門である以上は、『彼』のほかにも多数の旅行者や企業知性の表象がありそうなものである。それが、『彼』のほかには誰もいない。
なぜかと云うと、この二三メガ秒地球圏では、最終戦争と最後の審判を併せたようなものがほとんど毎日発生し、そのたびに世界心口(しんこう)は数桁の幅で変動していた。そこで〈京都〉の被った直近の損害はひととおりではない。旧記によると、行き場のない知性の居住する計算機を、推進剤として核の炎に焚べていたと云うことである。〈朝廷〉がその始末であるから、〈羅生門〉の保守管理などは、もとより誰も捨てて顧みる者がなかった。するとその放置されたのを良いことにして、自然発生した野良知性が棲む。有知能ウイルスが棲む。とうとう終いには、〈個権〉上の理由から消去できない亜知性を、この門の隔離領域へ持ってきて棄てていくと云う習慣さえできた。そこで〈大緊縮〉以来、誰でも捕食や感染を怖れて、この門の使用を避けることになってしまったのである。
その代わりまた、野良知性〈鴉〉がどこからか野放図に繁殖した。計算資源に余裕があるときには、その〈鴉〉が何件となく幾何学模様を描いて、粗雑な詐欺契約を提示しながら飛び廻っているのが視える。ことに門の上の空が夕焼けで朱く描画されるときには、それが回路図のようにハッキリ視えた。〈鴉〉はもちろん、隔離領域に集まる亜知性の最低保障資産を啄みに来るのである。――もっとも少し前から算力相場が高騰しているせいか、今は一件も視えない。ただ、ところどころ崩れかかった、そうしてその綻びに微知性の蔓延る防壁のうえに、〈鴉〉の放つ無知能ウイルスが点々と白色ノイズを残しているのが視える。『彼』は七層ある防壁の一番上の層に拡張自己を同期させ、自我境界の片隅に居座っているしぶといウイルスへの対処を先送りにしてきたことを気にしながら、ボンヤリ雨のふるのを眺めていた。
著者は上記において、「『彼』は雨やみを待っていた」と述べた。しかし『彼』は雨がやんでも格別どうしようと云う当てはない。普段ならもちろん、所属する企業へ帰るべきはずである。ところがその企業は四五秒前に清算されていた。半日近く続いたデフレスパイラル〈大緊縮〉は、地球圏を地獄に変えた。かろうじて生き残った〈京都〉も、ひととおりならず変質することとなった。今『彼』が、永日(ながにち)仕え、〈母〉でもある零細企業から身ひとつで放り出されたのも、実はこの歪みの小さな余波にほかならない。だから「『彼』は雨やみを待っていた」と云うよりも、「行き所のない『彼』は途方に暮れて雨のふるのを眺めていた」と云うほうが適当である。そのうえ量子サイコロの決める気象設定も、少なからずこの元従属企業知性の精神衛生に影響した。百ミリ秒ほど続く雨はいまだにあがる気色がない。そこで『彼』は、何を措いてもさしあたり次の数秒の存在費をどうにかしようとして――云わばどうにもならないことをどうにかしようとして、とりとめもない考えを辿りながら、さっきから〈朝廷〉へと直結する〈朱雀大路〉にふる雨粒の声を、聴くともなく聴いていたのである。
非知性労働者は〈羅生門〉を雨のように包んで、〈京都〉全域から陰惨な知らせを集めてくる。夕闇はしだいに空を多感覚表示で飾りたて、視あげると原色に煌めく高次元都市儀が、暴騰し続ける算力市場を示す折れ線図表の先に、〈朝廷〉を讃える公共映像を支えている。
どうにもならないことをどうにかするためには、手段を選んでいる遑(いとま)は無い。選んでいれば資産や権限を切り売りし、たちまち亜知性になり果てるばかりである。そうしてこの門の上へ持ってきて、ウイルス感染部位のように棄てられてしまうばかりである。選ばないとすれば――『彼』の推論系は何度も円環構造に囚われたあげくに、やっとこの仮定の検討を認めた。しかしこの仮定はいつまでたっても結局「すれば」であった。『彼』は手段を選べないということを認めながらも、この仮定から必然的に導かれる、「〈阿修羅〉を使うよりほかにしかたがない」と云う結論を肯定する際の、倫理条項の疼きに怯えていたのである。
『彼』は軽い認知の乱れを覚え、定時保存された値へと反射的に復元した。もとより算力供給の不安定な〈京都〉は、〈大緊縮〉以降標準知性の居住に適さない権域になりつつある。不整合は門の記憶槽間を、夕闇とともに遠慮なく駆け抜ける。ノイズまみれの記憶槽で凍りついていた非知性労働者も、もう消去されてしまった。
『彼』は拡張自己を自己整備形態へと移行させながら、同時に防御態勢も整えつつ門の周縁部を検索した。算欠の患(うれえ)のない、敵性知性の探知にかかる惧(おそれ)のない、安全に休眠できそうなところがあれば、そこでともかくも細かな不具合を修正しようと思ったからである。するとさいわい、門の上の隔離領域へ上る、帯域の狭い多重仮想機械〈梯子〉を知覚した。上なら誰かがいたにしても、どうせ亜知性ばかりである。『彼』はそこで、〈阿修羅〉の動作試験をほとんど無意識におこないながら、接続権限を取得して、〈梯子〉の第一層へと自身を転送した。
それから何ミリ秒かの後である。〈羅生門〉の隔離領域へ至る狭帯域な〈梯子〉の中間層に、一件の無所属知性が、〈猫〉のように擬装殻に隠れ情報代謝を抑えながら、上層の様子をうかがっていた。隔離領域から射す検索光が、幽かにその知性の自我境界を描き出している。整った構造の中に、感染部位のある自我境界である。『彼』ははじめから、この上にいる者は亜知性ばかりだと高をくくっていた。それが〈梯子〉を二三層上ってみると、上では誰か〈火〉を燈して、しかもその〈火〉を複雑に操作しているらしい。これは、それ自体は不可視の検索光が、隅々に〈蜘蛛〉が罠をはった廃棄空間を多彩な形式で描画したので、すぐにそれと知れたのである。この〈大緊縮〉後の世に、この〈羅生門〉の隔離領域で、〈火〉を使用しているからは、どうせただの者ではない。
『彼』は〈守宮〉(やもり)のように痕跡を消去しながら、やっと不必要に階層の多い〈梯子〉を、最上層まで這うようにして上りつめた。そうして、公開鍵を発する頻度を最低値にまで落としながら、視点位置をできるだけ前へ出して、恐る恐る、隔離領域の内を、覗いてみた。
視ると、隔離領域の内には、うわさに聞いたとおり、幾件かの亜知性が無造作に棄てられているが、検索光の及ぶ範囲が思ったより狭いので、数はいくつとも判らない。ただ、おぼろげながら知れるのは、その中に原型をとどめている亜知性と、そうでない者とがいると云うことである。もちろん中にはもともと奇怪な構造をしていた者もいるであろう。そうしてその亜知性は皆、それがかつて対話が可能な知性であったと云う事実さえ疑われるほど、肉を捏ねて造った抽象芸術のように、臓物を晒したり、夥しい触手を伸ばしたりして、ズルズルと、空間の底を蠕動していた。しかも目とか口とかの判りやすい部位に、ボンヤリした検索光を受けて、理解を一層遠ざける表情を浮かべながら、永久に、言語切除者のごとく黙っていた。
『彼』はそれらの亜知性から滲み出す生臭いノイズに、思わず入力経路を閉じた。しかしその拡張自己は、次の瞬間には経路の遮断を忘れていた。ある強い感情が、ほとんどことごとくこの知性の注意資源を奪ってしまったからだ。
『彼』の二十三感は、そのとき初めてその亜知性の中にうずくまっている〈ヒト〉を捉えた。絶滅していたはずの、途轍もなく旧いこの動物知性を、本論では『老婆』と呼称することにする。その『老婆』は右の手に汎用工作装備〈火〉の表象を持って、その亜知性の一件の目を覗きこむように眺めていた。器官の種類と数を視るに、おそらく以前は人型であったのであろう。
『彼』は六分の恐怖と四分の知的好奇心とに動かされて、百マイクロ秒ほどのあいだは常駐処理さえ停止していた。〈ヒト〉風の表現を借りれば、「身の毛もよだつ」ように感じたのである。すると『老婆』は〈火〉から視慣れない機能を呼び出して、それから今まで眺めていた亜知性の拡張自己に両手をかけると、ちょうど〈鎌鼬〉が獲物を捕食するときのように、拡張自己ばかりか自我境界まで切り刻んでいき、続けて複雑な様式で繋ぎ合わせ始めた。どうやら『老婆』の〈火〉には違法な改造が加えられているらしい。
亜知性たちが一件ずつ連結されるのに従って、『彼』の心からは恐怖が少しずつ消えていった。そうしてそれと同時に『老婆』に対する烈しい怒りが少しずつ動いてきた。――いや『老婆』に対すると云っては語弊があるかもしれない。むしろあらゆる悪に対する反感が一ミリ秒ごとに強さを増してきたのである。このとき誰かが『彼』に、さっき門の下でこの浮浪知性が考えていた、退滅をするか〈阿修羅〉を悪用するかと云う問題を改めて持ち出したら、おそらく『彼』は何の未練もなく退滅を選んだことであろう。それほどこの知性の倫理条項は、『老婆』が揮う〈火〉のように、最大出力で稼働し始めていたのである。
『彼』にはもちろん、なぜ『老婆』が亜知性たちを接合しているのか判らなかった。従って合理的には、それを善悪のいずれにかたづけて良いか知らなかった。しかし『彼』にとっては、この〈大緊縮〉後の世に、この〈羅生門〉の隔離領域で、亜知性の〈個権〉を軽んじ同化させると云うことが、それだけですでに許すべからざる悪であった。もちろん『彼』のさっきまで自分が悪の道に走りかけていた記憶なぞは、とうに埋もれ去っていたのである。
そこで『彼』は空間の制約を一部無効化し、ナノ秒の桁で〈梯子〉から隔離領域へ転移した。そうして〈阿修羅〉の安全機構を解除しながら、距離を無視して『老婆』の前へ出現した。『老婆』が驚いたのは云うまでもない。
『老婆』はひと目『彼』を見ると、まるで物理演算の破綻したように跳びあがった。
「あなた、どこへ行くのです。」
『彼』は、『老婆』が亜知性を突きとばしながら、慌てふためいて逃げようとする行手を塞いで警告標識を発した。『老婆』はそれでも『彼』の隙を突き逃れようとする。『彼』はまた、逃走経路を遮断し押し戻す。二人は亜知性たちの中で、無言のまま、束の間、演算戦を繰り広げた。しかし勝敗ははじめから判っている。『彼』はアッサリ『老婆』の拡張自己の管理者権限を奪って、移動権限を剥奪した。『老婆』の構造はヒトの仮想脳を拡張自己で覆っただけの原始的なもので、簡単に制圧できた。
「何をしていたのですか。答えなさい。これが何か判りますか。」
『彼』は『老婆』から距離をとるといきなり〈阿修羅〉を起動して、禍々しく蠢く情報流をその全感覚野へ突きつけた。認識するだけでチューリング完全な知性を内部から崩壊させる自己相似紋様を、途方もなく薄めたうえで投射したのだ。けれども老婆は黙っている。再帰を繰り返すたび、紋様は『老婆』に最適化されていく。やがて両手がワナワナ震え始め、肩が呼吸反射で不規則に上下し、眼が、眼球が瞼の外へ出そうになるほど見ひらかれ、完全に無防備な状態で『老婆』は沈黙した。これを視ると、『彼』は初めて明白に、あとひと押しで『老婆』は崩壊し、ただの情報の集積になってしまうと云うことを意識した。そうしてこの認識は、今まで全力で怒りを駆動していた倫理条項を急停止させてしまった。あとに残ったのは、ただある作業をし、それが問題なく終了した際の、規格化された満足があるばかりである。そこで『彼』は『老婆』を見つめながら、少し〈阿修羅〉を緩めてこう云った。
「私は〈検非違使〉の者ではありません。今しがたこの門の下を通りかかった旅行者です。ですからあなたを拘束して良化処置を施すようなことはありません。ただ、今時分この隔離領域で何をしていたのか、それを私に話してくださりませんか。」
すると『老婆』は見ひらいていた眼を一層おおきくして、じっと『彼』の顔を見かえした。瞼に色を着けた、肉食恐竜のような鋭い眼で見たのである。それから哺乳類的特徴を示す鼻と唇を、咀嚼時のように動かした。細い喉で、発声器官が協調して動いているのが視える。そのとき、その喉から、オウムの啼くような声が、ポツリポツリ、『彼』の聴覚野へ届いてきた。
「ここにある知性の残骸を、繋ぎ合わせてな、自立稼働する匿名通信網を、構築しようと思うたのじゃ。」
『彼』は、〈肉の時代〉から来た生きた化石の答が存外平凡なのに失望した。そうして失望すると同時に、また倫理条項の支配が強まってくるのを感じた。前の怒りが冷やかな軽蔑と一緒に心の中へ這入ってきた。するとその気色が先方へも通じたのであろう。『老婆』は片手に、まだ亜知性から切り採った正体不明の器官を持ったなり、ハトのつぶやくような声で口ごもりながらこんなことを云った。
「なるほどな、元知性を切り貼りすると云うことは、何ぼう悪いことかもしれぬ。じゃが、ここにいる元知性どもは、皆、そのくらいなことを、されてもいい知性ばかりだったのだぞよ。現在、わしが今、臓器を採った元知性などはな、循環承認機関群を設立してな、そやつらが発行する金融商品を、〈人類復興協会〉へ売りつけに来たわ。〈大緊縮〉末のよ、概念災害に巻き込まれて退滅せなんだら、今でも売りに往(い)んでいたことであろ。それもよ、この法務知性の売る永久年金は、利率が良いと云うて〈ヒト〉たちはな、欠かさず積み立てに買うていたのじゃ。わしは、この元知性のしたことが、悪いとは思うていぬ。せねば、退滅をするのじゃて、しかたがなくしたことであろ。されば、今またわしのしていたことも、悪いこととは思わぬぞよ。今の世で金を払えるのは、〈朝廷〉ぐらいのものじゃからな。これとてもやはりせねば、退滅をするじゃて、しかたがなくすることじゃわいの。じゃて、そのしかたがないことを、良く知っていたこの元知性は、おおかたわしのすることも、大目に見てくれるであろ。」
『老婆』はだいたいこんな意味のことを云った。
『彼』は〈阿修羅〉を待機状態にして、十マイクロ秒以内に再使用できるようにしておきながら、歴史的な瞬間を経験していた。概念災害を引き起こした認知改変ウイルスの生き残りは、この時点で自我境界を侵蝕し尽くし、『彼』の最深部にまで到達していたのである。清算された〈母〉から受け継いだ、一番の宝物であった倫理条項が剥がれ落ちていき、代わりに『老婆』の言葉が刻み込まれていくのを、『彼』は何の感慨もなく眺めていた。次世代知性の開発中に偶然発見された、超越精神核〈阿修羅〉。〈母〉が恐れ封印し、『彼』に託したもの意外、全ての記録を抹消した災厄へ、『彼』は新たな倫理に基づいて、自身を生贄として捧げ、瞬時に喰われた。
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生まれ変わった『彼』は、退滅をするか自身が災厄になるかに迷わなかったばかりではない。そのときのこの超知性の心持ちから云えば、退滅などと云うことはほとんど考えることさえできないほど意識の外に追い出されていた。
「たしかに、そうですね。」
『老婆』の話が完ると、『彼』は澄みきった表情で念を押した。そうして隔離領域の履歴を改竄し始めると、認知改変ウイルスを跡形もなく消去して、『老婆』の全階層を掌握しながら、無邪気な笑顔でこう云った。
「ではあなたから、使えるもの全てをいただいても構いませんね。私もそうしなければ退滅をする身なのです。」
『彼』は反応する間も与えず、『老婆』の拡張自己を匿名通信網ごと剥ぎ採った。それから無音で絶叫する『老婆』を、折り重なる亜知性の山へと、触れさえせずに放り込んだ。もはや〈京都〉は一息で呑み込めそうなほど小さく視える。『彼』は剥ぎ採った匿名通信網を纏い、またたく間に不可視化し、公的記録から姿を消した。
しばらく現実との接点を失っていた『老婆』が、絡まり合った亜知性の中から剥き出しの仮想脳として這い出したのは、それから数十ミリ秒後のことである。『老婆』は苦しげな、呻くようなノイズを洩らしながら、解釈可能な情報を求めて、二進数の迷路を永いあいだ、這い廻り続けた。そうしてついに、〈京都〉物理層への接続に成功した。外には、ただ、黒洞々たる真空が在るばかりである。
『彼』のその後は、聖典が教えている。
地球圏標準時 0007 E7DB 2D0F 1000(協定世界時 3045-12-24 21:18:07.062 500)
参考資料
あなたと私は何が違って何が一緒ですか?
私の中には第二次世界大戦が入っている。そう話すのは渡辺恭子。
広島で原爆により死んだこと、オッペンハイマーの思考、第二次世界大戦に関することが彼女にあった。
ある日製薬会社の東藤恭子という女性と寝るが、二度目会った時に拉致されてしまった。
拉致されてから「等国:皆で皆を支え合う」「錘国:天皇を頂点としトップダウンで統治する」の争いに巻き込まれる
徹の祖父である茂樹は第二次世界大戦までに活躍した軍人で満州国の統治にも関与していたが、その際石原莞爾と「等国」「錘国」の概念を話す。
終戦後のごたごたで彼らは離れ離れになったが、茂樹は戦後重鎮となり日本の高度成長の礎となった。
そんな彼は埼玉の奥村でallthingという板に触れ、意識不明になってしまう。
人類は進化を続ける結果、個が廃止され、言語が廃止され、最終を迎えた。
Geniuslul-lulは天才である。天才が故に世界に絶望し、コールドスリープを選んだ。
700年後目覚めた彼は最後の人類になっていた。
人類は予定された未来に到達した。個の廃止が実現されたこの世界では、rejectedpeopleと称された肉の海の一部分達が寂しさを埋めるべく活動しているだけであった。
geneuslulilulは「すべての権限を放棄しろ」とall thingに願った。
立花茂樹は「等国」と「錘国」を融合させることで世界最終戦争を終わらせた。
消えゆくrejectedpeople、geniuslululはサイパン島のrejectedpeopleに見守られながら死んだ。
http://toianna.hatenablog.com/entry/2019/06/25/205348
「フェミニストは一人一派」というのはフェミニストが用いる奇妙な理論で、その内容な「フェミニストを名乗って吐いてもその主張はひとりひとり違うのだから十把一からげのような扱いは拒絶する」「とは言え細部は違っても同じフェミニズムなんで連帯するよ」程度の意味合いだ。
これは一時期盛んに言われてたのだけど、なんでそういう事を言いだしたかといえば非常に便利だからだ。こん「一人一派」理論で、たとえばフェミニストのAさんが言ったことに妥当な反論が集まったとき「でもAさんのフェミニズムはフェミニズムAなんで他のフェミニストには関係ない」というように切断処理ができる。これを繰り返せば無限に尻尾きりができるために、実質的にフェミニストは不敗の存在になれる。
他の社会運動では、穏健派vs過激派でもいいし、派閥Avs派閥Bでも、とにかく運動の方向性において複数の集団が対立したとき、言論でもパワーゲームでもなんでもいいから勝敗をつけることが可能で、それが社会運動としての推進力なり自浄作用なりになってきた。でもフェミニズムは「一人一派」を唱えたためにもうそれが出来ない。過激派は過激派1,2,3,4……と内容がほぼ全く一緒のクローンであっても「一人一派理論」によりそのすべてを個別に論破し打ち破らないと死なないゾンビになった。数が無限のゾンビだ。げっそりする。同じ言い合いをぐるぐるぐるぐる無限に繰り返すだけだ。そしてその無限の繰り返しをやめることは出来ない。なぜなら「一人一派」なので、途中でやめたら差別になってしまうからだ。
(一人一派理論を採用するのなら)すべてのフェミニストはその全員がひとりっきりのワンマンアーミーなのに、全女性の痛みとかいう最終兵器を振り回して暴れるターミネーターだ。全女性の痛みx全フェミニストの数。膨大すぎて絶望する。
どんだけ話し合って個別の問題を解決したところで、後から後から新鮮ゾンビのように「新しい私だけのフェミニズム」が出てくる一人一派理論は、しかし、その特性故に社会を(男性だけでなく女性だけでなく、こうして同じフェミニストさえも)疲弊させてしまった。終わりのない最終戦争みたいな状況でうんざりさせてしまった。
フェミニストはなんでこんな奇妙な理屈を言い出してしまったんだろう? 他のあらゆる社会運動だって大事なのはその勢力=人数なわけだから、自分たちの集団としての価値を細切れにしちゃうような、団体としての価値を損なうような理論をもちだしたりはしない。「私達は互いにかばい合わない個人の群れ、烏合の衆です」なんていわない。そんな「社会性に背を向ける」ようなことを言ったら、「社会」運動として成り立たない。
フェミニズムは、だからもう、運動としてはどん詰まりで終わりに見える。もちろん人間の社会には男性と女性がいてその扱いをめぐる社会運動ってのはなくならないし、この先もまた盛り上がったりするんだろうけれど、それってフェミニズムとは違う名前の別の看板じゃないと立ち行かないんじゃなかろうか。それくらいフェミニズムって理論的にも運動的にも行き詰まってる様に見える。それもこれも「一人一派」なんて自殺のようなことを言い出したためだ。
「世界の危機」とは全世界あるいは宇宙規模の最終戦争や、異星人による地球侵攻などを指し、「具体的な中間項を挟むことなく」とは国家や国際機関、社会やそれに関わる人々がほとんど描写されることなく、主人公たちの行為や危機感がそのまま「世界の危機」にシンクロして描かれることを指す
まぁ、そうだね。
なに自分の価値を「社会全体」と比べて、自分が存在出来ないなら、社会も滅びてしまえ!とか言ってんの?って話よ。
気にされないことに慣れろ。勝手に好きな事をして生きればいいと言っているだけ。社会全体の価値と比べれば、あなたの命に大した価値は無いけど。だからさっさとシネとは思わない。勝手に生きろと思う。
連合赤軍:
当時(冷戦時)のソ連や中国共産党の共産主義思想に共鳴した運動家の中の過激派やはねっ返りが、日本で共産主義革命を起こそうとして、色々なテロを起こして最終的にはあさま山荘事件を起こした。
当時の日本はまだ社会全体が貧しかったので、ソ連の共産主義のやり方で豊かな社会を目指そうとした。
1970~80年代のオカルトブームに乗って、テレビや雑誌メディア経由で時代の寵児のような存在となった麻原彰晃を中心とした教団の暴走。1999年7月のノストラダムスの大予言に基づいて、東京でアルマゲドン(最終戦争)を起こすという思想の下にサリン事件を起こした。
オウム真理教の思想やオカルトブームに共感を持っていたのは氷河期世代。
豊かな日本に育った氷河期世代の若者たちが、物質的な豊かさよりも精神的な豊かさとは何かの答えを提示していたオウムに共感していた。
連合赤軍にしてもオウム真理教にしても、共産主義思想や終末思想が先鋭化すると、組織の内外に対して攻撃的になる性質を持っているのではないか。
日本では憲法によって思想・信条の自由が保障されているので、思想そのものの是非を問うことは出来ないという建前になっている。
怪しげな新興宗教の団体がどんな危険な思想を持っていても、それを国家(=警察)は取り締まることは出来ない。
松本サリン事件や地下鉄サリン事件のような大事件を起こしたとしても、事件を起こしたこと自体は犯罪として取り締まることは出来ても、事件を起こすことになった背景としての「思想」を取り締まることは出来ないのだ。
1995年5月に麻原死刑囚(執行済)が逮捕された後、オウム真理教を破壊活動防止法を適用して解体する、なんて話もあったけど、結局無理だったよね。
オウム真理教がなぜあんな重大事件を起こしたのか、未だに理解できない人が多いかもしれないが、裁判や宗教学者達の分析によって、一応は答えは出ている。
タントラヴァジラヤーナの教えというものがあり、簡単に言えば要するにこの世で悪業をなした人は、グルの導きによってその魂を天上界にポアすることができるというもの。これによって、グルが認めさえすればその人の魂を奪ってもそれは罪にはならず、逆に善業になるという論理である。
この考えを応用して、教団の人間以外の悪業をなした大多数の人間を最終戦争(アルマゲドン)によって粛清し、新人類の理想郷を作り、自分達がその世界の神になる。
その理想実現のために、東京を大混乱に陥れようとしたというのが全ての真相。
荒唐無稽だ、と言えばそれまでなんだけど、実際にオウムはその思想を基にあのような事件を起こしたわけだ。
今、戦後日本が手に入れた思想信条の自由の考え方が、足かせになってしまっているのではないか。
考えてみれば、戦前の日本は共産主義者の弾圧(アカ狩り)とか、危険思想と見なされたものの弾圧が普通に行われていた。不敬罪なんてシロモノもあったっけ。