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はてなキーワード: 変人とは

2021-12-28

anond:20211228094522

豊田佐吉が寝食を忘れて紡織機を作っていたとき、近所の人間から変人あつかいされていたが、

もし近所の人と家族付き合いするために「きのう何くったの?」とか雑談しながら開発やめてたら、トヨタという会社自体存在していない。

極端な例だが。

ようはその場の雰囲気でウェーイ仲いいねぇやって家族ごっこ平和めでたしめでたしでよかったねにするかどうかの違い。

2021-12-26

最近観たBL

 いま、『白昼堂々』(長野まゆみ)を読んでいるんで、読み終わったらまとめて感想書こうと思ってたんだけど、なかなか読み進まないので、忘れぬうちにこっちだけ書いてしまおうと思い、参上した次第。

ドラマ『美しい彼』最終回




あらすじ

 小山告白されたところを清居に目撃されてしまった平良。しばらくは未練たらしく清居に電話をかけまくっていた平良だったが、今度こそ清居との関係は終わりだと思い、電話するのを止めた。一方清居は、自分のことを熱烈な視線で見詰めてくる平良小山に心変わりをしたり、かと思えば違うといい、そのくせ一方的関係を絶とうとしてくるのが理解出来ない。平良から最後メッセージを受け、清居は二人の思い出の場所に向かうが……。


増田感想

 毎度言ってるけど平良役の萩原利久と清居役の八木勇征がほんと良くて……。すごい、平良と清居は実在したんだ! と、一原作既読者の私は思うのだった。演技がいい、表情がいい、ものすごく。

 原作では平良と清居の気持ちのすれ違いぶりは真面目に心配するところというより笑うところなんだけど、このドラマ版ではシリアス路線に持ってきた。ちなみに原作を知らない人に向けて説明すると、原作小説『美しい彼』はBLレーベルから出版されたガチBL作品なので、男同士で恋愛するということがあまりにもデフォルトというか、ゲイですが何か? といった感じでそこはあんまり気にするところではないのだ。平良と清居が両想いなのに中々くっつかないのは男同士だからじゃなくて、平良変人から。それに尽きる。平良は極め付きの清居オタクであり、清居のことを神だと思い込んで崇め奉っているために、清居は平良とごく普通カップルみたいな恋愛が出来ずにムキー! ってなる。そういう関係

 ここは告白するとこ、ここはキスするところ……普通ならそういう流れでしょっていうところで、平良が清居への敬虔信仰心によってスッと引いてしまうところ、ドラマではすごく上手に表現されてていいなって思うんだけど、そこで清居が「えっ、なんで……?」って悲しい表情するとこ、演出のせいで本気の悲劇度高くなりすぎてて可哀想過ぎないか? と思った。まあ、ドラマドラマ原作小説とは違うんだから、これはこれでいいのかもだけどさ……清居可哀想過ぎね? と思ってスンッてなっちゃったというのが本音。まあ、実写映像からね……。『きのう、何食べた』のドラマ版でシロさんがキレると本当に恐くてケンジが可哀想なっちゃうし薄っすらDV感出てしまうのと、同じかな。実写は怒りとか悲しみが笑いになり難いのかもしれない。

 で、原作よりも可哀想さ増し増しになってしまった清居が平良を追っかけて行った場所が夜の高校教室という、突如として有りえんシチュエーションになってしまったのでまたスンッてなった。いや、防犯システムに阻まれて入れねえから。という常識レベルのこともあるけど、夜の暗さがシリアスを過剰にしているのは、個人的にはちょっときじゃないなという感じ。ひらきよは悲喜こもごもなところが良いと思う。悲だけでは、物足りない。

 しかし!! 肝心の清居怒りの告白シーンが湿気っぽすぎて微妙だったのを、ラスト自転車2ケツシーンが軽く吹っ飛ばしてくれた! ずっと平良背中合わせで後ろ向きに荷台に座ってた清居が、前向きに座って幸せに満ち足りた表情で平良背中に顔を埋めているの最高。一見人間離れしたキングが見せる等身大の微笑み最高。そして、それに気付いた平良がすごい気持ち悪い笑みを浮かべつつやっぱり幸せそうなのも良い。原作だと「デュフッ」とあからさまなキモオタな笑い方をする平良なんだけど、萩原利久はそれをリアルキモさのニヤケ笑いで表現してくれるの、匠の技だなと思った。

 ラストシーンは清居こと八木勇征の美ボディを見よ! と言わんばかりのあれでちょっと笑ってしまったけど、平良と清居の幸せそうなもぞもぞ感は良かった。こういうBLとしてのラブシーンを誤魔化さないところは良いけど、これから時代はこういう表現は許されなくなってしまうのかなあ。男女の恋愛ものでも、ここまで裸体の美を全面に出してくることって、今時なくないかな。


ドラマ版全部観て思ったこと。

 俳優さん達の演技がすごく良くて、背景セットがすごくセンスあってオシャレで良くて、時々演出微妙。うーん、やっぱり原作のある映像作品はどんなに原作ストーリーが違ってもキャラクター原作から飛び出て来たみたいっていうのは、一つの喜びな訳で。原作既読勢としての満足度は高かったけど、ドラマとしてすごく良いかっていうと正直微妙かな。出来の良さでいうと『ちぇりまほ』には及ばず『何食べ』には遠く及ばない感じなので、ひとにおすすめは出来ないかなあ。続編出て欲しいけど、これでは出ない気がする……。

2021-12-24

ジラブのネタはつまらない

今週の不毛な議論を聞いてて、山ちゃんワードセンスの高さってのを改めて思うのと同時に銀シャリの鰻の狂気と、橋本の軽快かつ上手い物言いが楽しかったわ。

で、今日仕事しながらマヂラブコント議論についてふんわり考えていたんだが、考えてみたら南キャン漫才もどちらかというとコント漫才よな。

俺がマジラブを漫才と認めたくない要因として、変なことをしているだけってところだったんだが、そもそも南キャンM1漫才も間違いなく変なんだよ。

だって、お医者さんやりたいって言っているのに相方は火を怖がるサイをやるし、これはクリリンの分!って言いながら殴り掛かってくるし。

間違いなく、ただ変なだけだし、ジャンルコント漫才に近いのよ。

それを笑いへ昇華できるのは山ちゃんツッコミが一貫して普通の人としてのスタンスで真綿で締め付けるような一見優しいツッコミであの異常空間コントロールできているか

これに近いのがアンタッチャブルのM1のネタも、ザキヤマがただ暴れているだけで同じように柴田一般人感性突っ込みしてコントロールできている。

どちらも、コントよりの漫才でマジラブよりも絶対面白いと自信をもっていえる。

さらに、変なことをしているだけかつ、キャラクターよりかつコント漫才で言えば中川家なんかがあげられるが、あれは細かすぎて伝わらないものまねと似たようなベクトル

あるあるネタに近いものまねを連発しながらネタを進めていく。

あるあるネタなので変人が登場しても比較的受け入れやすネタといえる。

M1取れてはいないが今の千鳥ネタなんかも大体大吾が暴れ倒してノブが激しいながらも突っ込む。

やはり一般人感性に近い所だ(イカ2貫!?等)

M1優勝者で言うならノンスタイルなどは変人が入れ替わる形式をとっている。

石田ボケるとき井上一般人普通感性に立って突っ込む。

井上がいつものあの気持ち悪い感じを出すと、見ている人たちを代弁するかのように石田が突っ込む。

スリムクラブ雰囲気が独特だが、ネタ構成も概ね近い形ではある。

マヂラブに近いベクトルだと笑い飯があげられる。

ダブルボケというシステムだが、ボケ方が独特すぎて世界観に入るのが難しい。

M1取っているがラストイヤーのお情けにしか見えなかった。

この二人もただただ二人が暴れ倒しているだけで見ている人たちを世界観に引き込むほどではないと感じる。

まりマヂラブの場合は、漫才かどうかではすでにない。

野田がただただ暴れ倒してて、村上がそれを見守る形式突っ込み視点がない、いやツッコミはしているだろうが野田の暴れっぷりに負けてしまっている。

バランスが取れておらず、ただただ置いてけぼりになる。

冷静に見れば見るほどつまらないんだなと改めて思う。

じゃあなぜM1とれたのかというと、芸人さんの話を聞いていると

「強力な個性にあこがれる」癖があるのかなとは思う。

強力な個性にあこがれ、それを面白いと捉える癖と言い換えてもいい。

実際M12020の結果は圧勝ではない、接戦でマジラブがたまたまた勝っただけ。

実際M1 2020において、巨人師匠、塙が見取り図に、松本、上沼がおいでやすこがに、富沢志らく中川礼二がマジラブに入れている。

志らくに関してはM1審査員としての力量に疑問を感じている人は少なくない、中川礼二そもそもネタ性質上、一見個性大爆発に見えるあの手のネタにあこがれを抱いているように見える、富沢に関してはそもそもセンス型に近い人なのでキャラクター寄りのネタ大好物だ。

もし志らくが別の審査員だったら、もう少しロジック寄りのネタ作りをするタイプ、例えばノンスタ石田だったらどうなっていたかと思いを馳せるところではある。

そんなことはない、マヂラブは面白いという人たちはもう一度冷静にマヂラブのネタを見て、さらには有吉の壁に出ているときなどの彼らを冷静に見てほしい。

私は彼らのネタで笑い転げたことは全くない。

2021-12-09

前澤くんは苦手だが

zozo時代に色々ぽかしてる変わった人と思っていたし、退職後はますますと金だけある変人に磨きがかかっていた。お金配っていても極力関わりたくないタイプ。どちらかというと本人より取り巻きの方が怖い。

ただ、本人は宇宙に行くと宣言してからかなり短時間でここまでのことを出来たわけだし、なんだかんだいって出来る人なんだろう。

良い意味で嫌いじゃなくなった。苦手ではあるしお金配りにも取り巻きにも関わらないけど

全方位に迷惑をかけたり宗教化してる人に比べれば全然良い。

anond:20211208175131

(媚びる学生(女)が悪いわけではないが)媚びる女+変人教員、までは、まだギリギリセーフにも見えるけど、その先に、そもそも大学教員から目線で、「自衛」できなければ「悲劇」が生じる、という言い方と結びついちゃうところは、かなりマズいと思う。だって批判してる人からしたら、その語り口はあくま加害者目線しか見えないのだから

たとえば、あなたに姉や妹、あるいは娘がいたとして、その人が痴漢被害にあったときに、ある評論家が「男目線」で語り始めて、(儚げな女が悪いわけではないが)儚げな女+支配欲を満たしたい男がいるとき、男の側が「自制心」を働かせないと「悲劇」が生まれちゃうんだよね、とか言い出したら、ちょっと「ハァ?」ってならないか。コレ犯罪なんですけど? お前どっちの味方しとんねん、みたいな。そこまでいかなくても、この評論家痴漢加害者の側に同情的に語ってるなあ、とは感じるんじゃないかだって悲劇」なんて言葉は、ここでは明らかに加害者の側が職を失うなりする「悲劇」であって、被害者の側は「悲劇」とかじゃなく単に「被害」なんだから。(ここで、「悲劇」とは、人間必死抵抗しようとしても神の定めた運命に逆らえないというストーリーのことを指す、というギリシャ悲劇における定義まで出そうとは思わんけど、痴漢セクハラ被害に遭うことを「悲劇」とは言わんでしょ。日常的にも。)

まあ、件の文章そもそも万人向けではないと思うんだよね。たとえば大学教員同士が自省的に取り交わす文言としてはアリかもしれない。ただ、その物言いを全くの第三者がみたときどう見えるかについては、誰が見るか分からないネットに書く以上は、想像めぐらしてもいいと思うんだよ。

あ、あと一箇だけ追記するね。タイトルの「衝撃を受ける」というのは、単に驚いたという意味じゃないよね。「お前ら(ネトフェミもどきの連中って)馬鹿じゃねーの?」って意味じゃね? もしそういう意図でなく、単に「驚いた」という意味で使ったんだと言うなら、増田ちょっと自分言語感覚を疑った方がいいと思う。たぶん無自覚でいろんな人に顰蹙を買ってると思う。

anond:20211208175131

変人非モテでなくとも同じことやらかすしな。

イケメン無罪って?

イケメンにやられたら被害を訴えても誰も信じてくれないし自分が悪かった事にされるから口を噤むだけだよ。

anond:20211208175131

変人がやらかす」って単純な話じゃなく、

媚びる学生がいる+教員世間知らずでやらかす

って言ってんじゃん

「媚びる学生が悪いわけではない」とは言ってるけど、「媚びる学生には正しく対処しなければならない、一部の教員はそれをしくじる」って話なら、学生が媚びさえしなければ被害には遭わないんだろ

「なるほど、そもそも媚びる学生問題なんだな」って思わないか?少なくとも自分はそう読んだ

2021-12-08

anond:20211208163716

一定数媚びる女がいて、それに対して経験少ない変人教授勘違いちゃうこともあるから媚びるのはやめたほうが身のためだという完全なセカンドレイプじゃん。おぞましい

anond:20211208214908

熊楠変人すぎるので子育てがどうとかそういう次元では無い気がする。

この増田を”セクハラ擁護”と読んでる人がいて衝撃を受ける

大学教員から見た大学でのセクハラ問題

anond:20211208125716

どこからどう見ても、「変人非モテ勘違いしてやらかしちゃうんだよねえ」としか書いてない

セクハラ擁護どころか、大学教員蔑視のような文章

女が悪いどころか、大学教員キモいのような文章

どこをどう読むと「女が悪いとセクハラ擁護している」ように感じるのだろう?

不思議でならない

anond:20211208162139

勘違いする変人権力持たすからこうなるんだ、って書いてるだけで、セクハラは仕方ないなんて書いてるか?

変態教員揶揄する文にしか見えないけど

anond:20211208163119

グレーな男だけど、別にモテるわけじゃないよ。まあなんだか知らんけど有能な人妻からは多少気に入られたことがある。変人枠として気になったんだろうが

anond:20211208125716

一定数媚びる人がいる」「大学教授変人が多い」

から事故が起きてしまうのはやむを得ないと言いたいのか?

媚びるのは悪いことではないし(媚びる男だっているだろ)、変人からって人間社会で生きていくなら勘違いしてはいけないんだよ。

いい加減アップデートしてほしい。

大学教員から見た大学でのセクハラ問題

別に特別なことは書かない

大学に限らない当たり前のとこしか書けない気はするが、とりあえず書く

学生時代も含め、今まで16年ほど大学にいる中で身近で見聞きしたセクハラは2件

ひとつ学生から学生のもので、先輩から後輩へのもの

これは大事にならずうやむやになった

もう1件は先生から学生のもので、これは学生卒業と同時に告発して、先生自主退職して終わった


一般的に言われる権力勾配の差とか、研究室密室性とか、そういうのはもちろん影響はあるとして、どうしても気になる点を書いておく

一定数、媚びる学生がいるのだ

権力勾配がある、ということは、「教員がそれを盾に学生を好きにしようとする」ほうに捉えられがちかと思うが、それだけではない

権力勾配を利用しようと、学生自身先生に媚びるのだ

小学生の時から担任先生に気に入られようとする子はいただろう

あれが身についちゃってる子が一定数いるのだ

で、それに対する対応としては、普通先生はそういう学生から危険雰囲気を感じるので、距離を取る

媚びに気付かないふりをして、距離をとる

だって媚びる学生の腹の中なんて打算の塊なわけだろうから、多少甘えられる程度だとメリットより危険が上回るのなんて分かりきってる

先生からすると恐怖しかないのだ

しかし、その恐怖心の働かない先生がいると、デレデレしてしまうのだろう

これは、一般企業でも、先輩や上司に媚びる新人なんて珍しくなかろうと思うし、それと同じ話だ

ただ研究室密室性と、研究者非モテ気質がそれを止められないケースがあるということ

(追記 念のために強調。これは媚びる学生が悪いという話じゃない点に注意して欲しい。一定数必ず存在するのが媚びる学生なので、教員は必ず正しく媚びる学生に応対しなくてはならない。そこに失敗してセクハラをしてしまうのは絶対教員責任である)



次に、大事なこととして、研究者変人が多いということ

ガリ勉から大学デビューして研究オタクやってます、みたいな人がやっぱり比率として普通より高い

コミュ力人間性が多少イカれてても、研究者としてすごければやっていける世界でもある

まりは、企業よりも変人が多いということ

そうなるとどうなるか?というと、異性の好意勘違いちゃうんだよ

一部の女は、心底尊敬したり入れ込んだりすると、平気で好きとか言ってくる

もちろん、恋愛的な意味での好きではないのだろうが、キティちゃん大好き、リラックマ大好き、もう全部これで揃えたい、大好き!みたいな感じと変わらないノリで教員に好きと言ってくる

それを本当に恋愛的な好意だと勘違いちゃうおっさんいるから、悲劇が生まれている

あくまでその道のプロとして、ゆるキャラ的な意味で、好き、なのである、ということを忘れちゃいけない

好きなのは本当に間違いなく好きなんだろうけどね、じゃあ性的関係を結びましょう、とは絶対に結びつかないんだよ

ウマ娘やってても、これもう恋愛的な好意を向けられてらんじゃないの?みたいな雰囲気出してくる子がいるけど、あれを真に受けるとセクハラトレーナーになるんだ

スーパークリークに付き合おうと言ったら、それは困りましたー、ってセクハラになるんだよ

それと一緒

こんな若い女が俺のこと好きになるわけない、というのは、自分学生時代同級生女子学生モテたか考えればすぐわかることなんだけどな

ウマ娘トレーナーくらい、ああ、俺はお前のトレーナーだ、お前のファンからな、みたいに距離が取れる人じゃないと真に受けてセクハラしてしまうのだろう

普通勘違いしないんだけどね、一部が勘違いするのさ


教員教員で、普通の人は自衛している

女子学生面談するときは人目のあるロビーでするとか、居室のドアは開ける、とかね

居室のドアにガラスがはまってて中が見えるような部屋なら、多少嫌だとしても、ガラスカレンダーとかで覆って中を見えなくしてはいけない

中が見えるというのはお互いの身を守るために大切なことなのだ

何度も言うが、お互いの自衛がお互いを守るのだ

食堂学生といつも行ってても、女子学生しか来てない日は、俺はひとりで食堂にいくようにしている

放っとかれたと思われる方が、行きたくない食堂に誘われたと思われるより安全から

あと、最大の自衛は恨まれないこと

セクハラしてないのにセクハラしたと言われる動機を持たれてはいけない

大体の教員はそうやって意識してるのに、一部の変人変態馬鹿なことやってたびたび問題が起きるからため息でる


まあ、もちろん根っからセクハラ魔人はいるだろう

それは本物の悪だ

個別のケースだと本当に巨悪のセクハラ魔人に当たってしまった人も多数いるだろうから、知らない人が個別ケースを云々してはならない

ただ、大体は、非モテ非モテであることを忘れちゃったことによる悲劇かなと思うよ

非モテは一生非モテであることを忘れずに生きてほしい

非モテ非モテを忘れると可哀そうな被害者を生むので、それはあってはならないのだ

2021-12-03

anond:20211203100604

気難しいしねちっこい変人で禿げだけど嫁子供もいるっぽい

俺は割と好き またこいつ変なこと言ってると思ったり出来るし

一生牛丼マンだった

一生牛丼マンというのが増田でも話題になっていたけど、まさに自分がそうだった。

と言っても理由があって

・滅茶苦茶給料が低く生活するだけでいっぱいいっぱい

コンビニが当時いた会社から微妙距離がありしかも混んでいる、また通勤路にコンビニは無し

・昼休みは1時間あるんだが何故か自分だけ30分以上取ってると嫌味言われる

から仕方無く近所にあった牛丼屋でバーッと飯食べてすぐに会社戻って仕事をしていた。

別に牛丼なんて好きじゃ無いけどオフィスにいたら頭痛がするぐらいストレスだったから、唯一の解放される瞬間だった

そんなある日いつもの様に忙しく昼飯食べて帰ると

牛丼臭い牛丼太郎~♪」とか「そんなに牛丼好きなら牛丼屋で働いたら?w」とか

上司に相変わらず嫌味言われたから、遂にブチ切れてしまって会社脱出し、地下にもぐった。

しかし、地下でくすぶっているような俺達じゃあない。

筋さえ通れば金次第でなんでもやってのける命知らず、不可能を可能にし巨大な悪を粉砕する、俺達、特攻野郎Aチーム!

 

俺は、リーダージョン・スミス大佐通称ハンニバル

奇襲戦法と変装名人

俺のような天才策略家でなければ百戦錬磨のつわものものリーダーは務まらん。

 



俺はテンプルトンペック。通称フェイスマン

自慢のルックスに、女はみんなイチコロさ。

ハッタリかまして、ブラジャーからミサイルまで、何でもそろえてみせるぜ。

 

私は、エミー・アマンダアレン通称エンジェル

チームの紅一点。

情報収集は、美貌と頭の良さで、お手のもの

 

よお、お待ちどう。俺様こそマードック通称クレイジーモンキー

パイロットとしての腕は天下一品

奇人変人?だから何。

 

B・A・バラカス通称コング。

メカ天才だ。大統領でもブン殴ってみせらぁ。

でも飛行機だけはかんべんな。

 

俺達は、道理の通らぬ世の中にあえて挑戦する。

頼りになる神出鬼没の、特攻野郎 Aチーム!

助けを借りたいときは、いつでも言ってくれ。

2021-11-28

anond:20211127234449

エリザベスホームズみたいなバカ女が真似してくれていて、変人のリトマス紙になってんねん。

2021-11-27

宮沢賢治の『ツェねずみ』の話

 宮沢賢治全集を読んでいる。

 清廉なこころのあり方と幻想的な描写、というイメージで語られることが多い作家だと思うが、まだあまり作品を読んだことがない人で、このぐらいの理解でいたら、損をしていると言いたい。

 宮沢賢治の良さは他にも、観察眼を突き詰めると対象への愛情とともに冷徹さを伴う好例のような、少し寒気がするほど容赦のない描写や、人を食っているとしか思えない異様な会話劇があって、これはサンドウィッチマン文字起こしされた漫才を読んでいるのと同じくらい笑える。みんな読んだらいいと思う(『気のいい火山弾』『毒もみのすきな署長さん』がおすすめ)。

 さて『ツェねずみ』だ。

 これも宮沢賢治短編で、ある種の人間とそれが引き起こす不幸のことを、他の文芸作品では触れた経験がないぐらい明らかにしており、衝撃だった。

 ツェねずみという一匹の鼠が屋根裏に住んでいる。

 ツェねずみは要領が悪い一方で欲が深く、性格ねじ曲がっているので、誰かから親切を受けても、「もっと自分のためになるように優しくすることもできたのに、それを怠った」という考え方をするため、みんなから死ぬほど嫌われていた。

 本来なら恩を受けた時点でプラス(という表現もアレだが)のはずが、工夫次第でもっとプラスにできたはずのことを、そうしなかったので実質マイナス、というのがツェねずみロジックだ。

 だから「損失」を弁償しろ、とツェねずみは主張する。

 ツェねずみ自分理屈をどう考えているのかは書かれていない。

 不合理だという自覚があるのか、常軌を素で逸しているのか。

 宮沢賢治がここに意識的言及していないのかはわからないが、明示されていないことが実に効果的だと思う。俺は、「最初自分でもムチャな理屈だと思っていたが、言い続けているうちに世の中がこれで渡れることがわかったので、次第に正気を失ってきた」と読む。

 そんな中で、唯一ツェねずみに優しく接するものがいた。「鼠捕り機」だ。

 宮沢賢治作品では、物体でも機械でも平気で人格を持って話し始めてしまう。木の柱だとかバケツだとか、そういうものだ。

 他の物体がツェねずみに嫌気がさして付き合いをやめていく中、鼠捕り機だけはツェねずみと仲良くしようとする。

 その理由は、鼠捕り機が(宮沢賢治時代でさえ)人間社会にはもう不要、という扱いになっており、邪魔者とみなされていたので、鼠捕り機も他に親しく付き合える相手がいなかったからだ。

 鼠捕り機は自分に仕掛けられた魚の頭やハンペンを、あえて罠の扉を閉めないことで、ツェねずみ交流を持つ。本来的には殺される者と殺す者という構造であったはずが、ねずみの強欲(と狂気)、鼠捕り機の孤独によって、いびつな友好が成立する。

 悲劇は、ツェねずみ尊大さに制限がかからなかったこと、そして、鼠捕り機の忍耐が特別優れていたわけではなく、通常の寛大さしかもたなかったことで生まれる。

 ツェねずみは、相手機械の本分を放棄して食べ物を与えてくれているという、ある種の奇跡自分に起きていることに気づかない。この幸運をどん欲に消費し、さらに良い物を鼠捕り機に求める。相手ののしることさえする。

 あるとき、鼠捕り機はののしられて一瞬われを忘れ、罠の扉をおろししまう。ツェねずみは閉じ込められ、お互いは本来の、殺される者と殺す者の関係に戻る。

 機械悲劇の方が、俺には身近に感じる。

 鼠を殺さない鼠捕り機、という存在は非常に奇妙だ。まともに生きにくい変わり者であると同時に、現代社会風で言えば「意識が高い」「キャラクターが立っている」という考え方も、できなくはない。

 ただ、自分が変わっていることを自覚して、それを生きる上での背骨にしてやっていこうとすると破滅が起きる。

 変わり者は、自分変人だと知ると、まるでこれが一種の才能と考えたくなりがちだが(個性が重視されるはずの現代ではなおさら?)、実際は関係がない。世の中的には本当はなんの意味もないことだ。

 なので、「変わり者として生きていこう」という目標基本的破綻するさだめにある。

 社会からは、なんでもいいか普通にやってくれ、と要求されるし、より強大な理由としては、変わり者自身の中にもちゃんと「普通」の部分があるからだ(鼠捕り機でいう罠としての本分)。

 社会と自らの内側の本性によって、人間は結局、まともに生きていかざるを得ない。鼠捕り機でいえば、優しかろうが意識が高かろうが、罠は罠らしく獲物を殺して生きていくしかない、ということだ。

 一方、ツェねずみの強欲と狂気も身に覚えがないこともない。

 対象が親しい人間でも漠然とした世の中全体でもいいが、基本的自我というのは、幸運をあり得ないものとして感謝するのをおこたりがちで、むしろそれを平時ベースとして、さらに豊かなものを求めようとする。

 要求する相手が生身の人間だろうと、社会という概念だろうと、いずれにしてもこんなことはいつまでも続かないので、いつか破綻を迎える。

 破滅した側の人間はこれを不幸だと感じるだろう。

 自分の望むものが度を過ぎていたので客観的には不幸でもなんでもないが、こういう「幸福幸福として認識できないバグ」が心理に埋め込まれていることが、別の意味で「不幸」ではあるかもしれない。

 おそろしいような気がすることとして、ねずみと鼠捕り機のカップリングは、ある種の人間関係として、友人・恋人家族同士の間で、思いのほかこの世で多く起きているような気がする。

 たぶん社会のあちこちで、「自分には特別な才能があるから少し変わった生き方でもやっていけるし、罠としての本分を超克して目の前のねずみと生きていける」と錯覚した鼠捕り機と、「まあこれぐらいは相手要求しても飲むだろう」と思い込んだねずみが、ある日双方のブレーキアクセルをぶっ壊して悲劇を生んでいる。

 また、俺が自分で感じたように、一人の人間の中にも、ねずみと鼠捕り機の両方が住んで同居している場合がある。宮沢賢治の『ツェねずみ』を、俺は『気のいい火山弾』と同じでサンドウィッチマンとか千鳥漫才台本とおなじくらいのつもりで読み始めたが、人間の本性と世界との関わり方の運命的な破滅についておそろしく冷徹に書かれていて感嘆した。すげえと思う。

 難しいのはねずみと鼠捕り機の関係で、鼠捕り機は自分の忍耐が切れて相手をとって食ってしまう前に相手から距離を置いた方がいいと思うが、人間という存在希望も美しさも、鼠捕り機が自分の本性を乗り越えたり、周囲から押し付けられた役割放棄して世の中を意識的サヴァイヴしていくことで描かれがちだということで、実際それに成功した人は素晴らしいと思うし、この辺は正直どうにもならんのかな、と思っている。

2021-11-26

今日京大変人ワナビーでいっぱいだなあ。必要条件十分条件ってのがあって、変なことをしても君の憧れている変人にはなれないよ。

anond:20211126125812

ガチインテリってはっきり言って変人いからな

超絶理系のがカルトとかオカルトハマりやすかったりするのも、俺らの1000歩先を行ってると科学オカルト境界すら曖昧な先を見てるせいなんじゃないかと思うわ。

2021-11-25

anond:20211124160544

まぁ、自分愛知医大人間だけど、名大出身のやつの頭のおかしさは異常。確かに名大教養教員はまともなやつ多いが、臨床系は変人が多すぎる。名市と岐大と、浜医の出身者は厳しいこと言うけど、落としどこをつくってくれるのでまだマシ。阪大出身とか噂と逆レベルにおとなしい性格で驚いたよ。というか、愛知医大のゴタゴタは大概は名大権力勾配が関与しているし、最近藤田が慶医に肩入れしているせいかますます名大の変なやつが愛知医大に注入される傾向が強化されているので、名大出身のやつが愛知医大学生を詰める現場に遭遇すること多し。愛知医大は母校出身者は少なくてもいいから、名大以外の教授を増やしてくれ。

2021-11-22

普通の人ってどこにいるんだろう

Twitter増田はてブには普通の人はいないのは確かで、

こんなところで話題になってるような出来事は大抵普通の人にとってはどうでもいいことなわけじゃん。

まあ例えばこの前燃えてた温泉むすめの件だとかも、

普通の人にとってはどうでもいいことじゃん?

そういう人たちってどこにいるんだろう。

ネットお気持ちを表明してコミュニケーション取ったつもりになるような、変人じゃなくて。

普通の人は。

変な人

微睡んでるいまなら上手くかけそうなので書きます

僕の中には二つの世界共存していた。

ひとつは皆と共にいるこの一般的世界。もう一つは僕のみが知る世界


順を追って話していく。昔の僕は夢を見るのが好きな子供で一日中寝てばかりいた。

大体1時間睡眠で40分くらいは夢を見るんだけど、時々特殊な夢を見ることがあった。

他の夢と違うのは、自由に行動できること。出来事第三者視点で見るんじゃなくて意思があって考えて話したり動いたりしている。

あと夢の自覚があること。これは現実じゃないんだっていう強い感覚を持ってる。

夢の中にいるのは半分くらいが現実の知り合いでもう半分は知らない人たち。

ある程度夢の深さを調節?できて望めばずっとその世界に居続けることができる。

ずっといるとどんどんとリアリティが増してきて会話の文字ひとつひとつや触覚や痛覚まで現実とほぼ変わらないくらいまでになる。

まるで夢の中に飲み込まれていくような感覚




中学の頃から白昼夢のような感じで眠らなくとも夢を見れるようになり、授業中とか1日の半分くらいは夢の世界に行ってた。

これは夢というよりも妄想に近いかもしれない。

テロリスト学校侵入してくる妄想したことがある人は多いはず。あの類の妄想を起きている間ずっと授業中・部活中問わず続けているような状態だ。

そうすると少しずつどっちが現実か夢か自分自身認識出来なくなってくる。

テロリストが攻め込んできてクラスメイトバリケードを築いている夢が現実になり、のんびりと授業をしている空間はいつのまにか夢になっていた。










夢と現実の違いは何?

僕にとって夢が本来場所になりつつあった。夢の中で教師に授業を受け、友達と遊び、家族と夕食を食べた。

次第にこっちの世界の人と話さなくなり機械のようにただ黙々と日常を過ごした。

体は現実で動いていても頭の中は常に夢の中にあった。日常無意識のうちにこなすようになった。

コミュ症そのものだったが何故か成績が良いから周りもとやかくは言わなかった。変わってるんだ天才変人だ、そんな扱いで済まされていた。

高校生になった。高校が控えめにいってカス(*受験少年院と言われるとこ)だったので、夢で現実から逃避できたのはありがたかった。高校生活3年のうちクラスメイトと話した日数はおそらく100日にも満たない。

登下校や昼食、休み時間など常に1人で過ごした。ただ全く寂しさはなかった。常に心は夢の中にあり妄想の友人と共に過ごした。

受験期になり流石に勉強に集中しようと思って、高3の夏休み前に夢の人たちに少し出かけると言い、暫しの別れを告げた。受験が終わるまでの少しの期間ではあったがある程度寂しさがあった。


そうしてこっちの世界に戻り、受験に集中するようになった。

その時くらいから段々と現実に引き戻されてきてそれと同時に訳のわからない苦しみが湧き上がってきた。

それまでは現実がどうなろうとどうでもよかった。成績が悪かろうが人にどう思われようが何も感じなかった。

正常な人間が夢の中の出来事で悩まないように僕も現実出来事では悩まなかった。当然夢の中は僕の自由から悩みなどない。

ただ現実を生きると成績を上げたいといった欲が出てくる。これが辛い。

成績を上げたい→上げなきゃいけない→上がるはずなのに上がらないといったふうに欲が焦りを生みプレッシャーを強く感じた。

過剰な悩みとストレスを捌く能力もなく、どんどんと知能と成績が下がっていった。頭に学んだ内容が入ってこない。文字文章として理解できない。

あと今まで別にどうでもいいって思っていることに気を使わないといけなくなった。

夢ばかりでろくに人付き合いもしたことがない僕は気づかないうちに人として基本的能力喪失していた。

ときちんと接すること、強制されずに机に向かうこと、他の人が普通にできることを今更習得しなければいけないしんどさとそこからもうあっちの世界逃げられない苦しみと。何度も逃げ込もうとしたが受験に失敗したらもう生きていけない、そんな焦りが邪魔をした。

大半の人が経験してるストレスへの対処法とかそんなものを全く知らずに生きてきた自分にとってこの苦しみは重すぎた。



今更辞めても中途半端になる、そう思いながら1年近く苦しみ何とか大学入学した。

晴れて受験から解放された時、普通人間としても生きていきたい気持ちが既に芽生えていた。

それとあっちの世界に戻ろうとした時、もうそ世界がかなり薄れてきてたのがわかった。

戻りたくても人の記憶が消えて靄がかかったような夢しか見られなかった。

もうどうしようもない、戻れないし戻らない

普通になろう、そう決心して大学生活を過ごした。

普通人間らしく振る舞うことを心がけて少しでも社会に馴染むように振る舞った。

サークルに入りバイトをした。友達と昼食を食べ、休日には旅行に行った。

ただどうやっても馴染むことができない。普通がわからない。人と普通に接することができない。

この現実から逃げていた数年間の代償はあまりに大きく周りについていける気がしなかった。

普通を教えてくれ、どうすればいいのかわからない。精神的に不安定になり、人付き合いを辞めた。相変わらず文章は読めないままだった。

正直大学で学んだことなんてほとんど記憶がない。

苦しくなって大学を辞めようと思った。けどもし辞めたら本当に生きていけなくなる、冗談じゃなく生命危機に陥る。高卒で働いてもうまくいかないほど自分が弱いことはわかっていた。

知力に頼るしかない、そう思って色々と知識を増やし、資格を取った。そうしていれば少なくとも排除されることはない。

そんな感じでこっちの世界適応し始めてもう数年になり最近はなんとなく苦しみも減った気がする。


今でもどっちが幸せだったんだろうと考える。両方の世界で生きることはできない。

僕は現実を選んだ。

多分夢の世界に行ったっきりになってたら僕は頭のおかしい人、精神病者として分類されることになってたんだろう。

友達に1人そういう人がいる。話している時も常に夢の世界にいるような人で僕があった中で文句なく1番の天才だった。今は隔離病棟にいる。

から見たらキチガイ、でも本人は多分幸せなんだと思う。ずっと幸せだけを感じられる生き方ならそれはい人生なのかな。

少し羨ましく感じる今までの自分とそれを否定するここ数年の自分がいる。

でもまあ人生幸せならいいじゃんね


話は少し変わるけどボケ老人ってこんな感じなのかなって思う

から見たら徘徊とかそういうのでも本人の頭の中は幸せに満ちてる

そうであればいいな

今日さっきまで寝てた

戻ることができた

昔いた人は随分と減ったけど新しい人たちがいた

正直多幸感の塊だった

全てが自由でなんでもできる空だって飛べるし法を犯してもある程度捕まらないようにだってできる

これからどうしようかなって悩む

2021-11-15

anond:20211115153136

「よっしゃ!あんまりええ男やなかったからクソダサ女装ったろ!」なんて謎のモチベーションを持った変人はそうおらんわけで

要するにその女の普段レベルがそれってことやで

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