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はてなキーワード: 全国ネットとは

2024-04-20

埼玉から差別なくす会」を[市民]団体表現出来る新聞バグ

埼玉から差別なくす会』の武内暁という代表者とは?



責任を取れ」「恥を知れ」 傍聴席からやじ、垂れ幕 「虐待禁止条例」で揺れた埼玉県議会、最終日は混乱

https://archive.is/ZPnHV

傍聴席で垂れ幕を掲げやじを飛ばし市民団体「世なおし埼玉県民の会」の武内暁共同代表


「ザコども」発言埼玉県警の60代警部補 市民団体質問状に「不適切発言」 蕨のクルド人排除デモ現場

https://archive.md/n3dcT

団体世話人武内暁さん(75)は本紙の取材に「面談説明してほしい。謝罪もしてほしい」と話した。


子ども安心して生きられる国に」 「九条俳句事件女性作者 浦和トークイベント

https://archive.md/wip/XyZV6

裁判支援した武内暁(さとる)さん


今こそ問う『表現の自由』 九条俳句勝訴5周年のつどい(社全協協賛イベント)

https://archive.md/wip/av8Wp

九条俳句勝訴 5 周年のつどい実行委員会

共同代表武内


いまの息苦しさを打ち破る!…表現の自由市民の手に 全国ネットワーク設立集会

https://archive.md/wip/FvgcR

武内 暁さん(司会、主権者市民立場から

武内 暁さん: 九条俳句応援団をやっている。各方面議論必要で、事実を踏まえて考え、議論する。議題設定を権力側ではなく、市民の側でつくっていくこと。当面ネットワークは各地の表現検閲規制情報提供をよびかけ、共有して知恵を出し合うことをやっていきたい。


私たちの声で必ず再開「不自由展」 東京緊急集会

https://archive.md/3CXgr

表現の自由市民の手に全国ネットワーク」が主催し、約100人が参加しました。

 同ネット武内暁さんは


<くらしデモクラシー>「表現の自由守る」全国ネット 市民団体、来月設立忖度に立ち向かう」

https://archive.md/wip/zl0te

だが、その後も行政側の「自主規制」は全国各地で相次いだことから九条俳句問題当事者団体代表を務めた武内暁(さとる)さん(70)らが「問題を繰り返させず、権力への忖度(そんたく)や息苦しさに立ち向かおう」と、同じような問題を抱える全国の人々に「表現の自由市民の手に 全国ネットワーク」の設立を呼び掛けた。


埼玉監査委員告示第十二号

https://www.pref.saitama.lg.jp/kenpou/bn/R04_11/1122_t365/item/20099/t365_20221122i20099.pdf

第1 監査請求

1 請 求 人

蓮田市 辻 忠男

さいたま市大宮区 菅井 益郎

さいたま市桜区 武内

さいたま市浦和荒畑 正子

さいたま市見沼区 石垣 敏夫


市民団体という表現への違和感

埼玉から差別なくす会

・世なおし埼玉県民の会

・「九条俳句市民応援団

表現の自由市民の手に全国ネットワーク

同じ人物がこれらの社会活動団体として動いているということを明記せずに【市民】というだけの肩書で良いのだろうか?

https://archive.is/vVDla

森友デモ衆議院第2議員会館前。はじめに実行委より「告発プロジェクト」の発表がありました。安倍総理夫妻を皮切りに「忖度官僚」など次々に刑事告発していくとのこと。写真プロジェクト共同代表田中正道さん、武内暁さん。藤田高景さん。

2024-04-08

anond:20240408134812

地方県庁所在地クラスにあるコワーキングスペースなんかだが、そう言う感じで運営しているところがある。

ワイは出張に行った時に気に入ってスポット利用で使ってるやで。でも最近は土日に気晴らしにドライブがてら行く事もおおいんや。

2024-03-27

暇空茜氏の国賠訴訟冷笑過小評価するブクマカ増田

暇空茜氏が東京都相手取って起こした国賠訴訟判決東京地裁であり、原告勝訴となった。

これについて、以下のように「金の無駄遣い」「公表済みのものなのに無駄」などと冷笑したり過小評価する増田ブコメが多数あった。以下に例示する。

ブコメからhttps://b.hatena.ne.jp/entry/s/getnews.jp/archives/3516673https://b.hatena.ne.jp/entry/s/togetter.com/li/2338562より)

◯開示請求時には未決定で正当な黒塗りだったが、決定後につつがなく公開されたものを、開示しろ無駄裁判したという事例。これぞまさに公金の無駄遣い。あれ、アノンさんたち公金の無駄遣いを責めていたのでは?

◯暇さん「勝訴して開示させたぞおおお」←すでに開示済資料 アノン「うおおおおお尊師尊師!」

◯この件の要約→ https://shorturl.at/gjmF4 /この件で何か追加で明らかになった事実はなく(公開情報から)、こんなことを大々的勝利かの如く受け取る針小棒大の歪んだ事実認識が暇アノンの特徴。ブコメにもおるな。

◯小さな内容に対して過大に騒ぐのはよっぽどネタがないんだなあと思う反面、今も福祉現場で踏ん張ってる人らにはこの空騒ぎ負担となるんだろうな、とも。

◯詳細みると大した内容ではないな

メディアが扱うほど重要な内容の判決ではないわな…

◯え、そんな勝ち誇るような事か? 開示請求時に”未定”だったものがその後すぐ決定&公表されたが、申請の日付ベースで”まだ未定だから公表できない”って答えが返ってきちゃたってだけでしょ。お役所仕事

増田からhttps://anond.hatelabo.jp/20240326133035のツリーより)

◯1億5千万使って1万円www 暇アノンコスパ感どうなってんだよwww

◯つーか¥11,000の裁判なんて当事者裁判所の職員しか知らんよそりゃ

◯「既に公開されてる情報だけど俺が請求した時には黒塗りだったのは許せん」なんて無駄な訴えを常人は起こさないか

◯国との裁判ではほとんど勝てないのに勝ったのが大金星!って暇アノンたちは騒いでるけど、勝っても11000円しかもらえないようなラインだと裁判起こさないだけなんじゃないの?と思っている

◯この程度で勝訴なんて言ってるの?

また、これに類する発言がX(旧Twitter)などSNSで、主にリベラル系の人々からなされているようだ。

役所的な意味合い

このように、主な批判は訴える労力と結果が見合ってないことが中心のようだが、こういった裁判の結果は、役所的に、また法律実務・学問的な意味でも非常に意義深いことだ。

私は数十人の弁護団を組まれ国賠訴訟を起こされた経験しかないが(地裁で負けた。高裁最高裁で完勝)、敗訴が確定した場合役所の捉え方は次のようなものだ。

その役所はもちろん、全行政機関として、そのような対応はできなくなる(から勝てよというプレッシャーがある)

したがって、本件の場合金額多寡や既に公開済みという事実以上に、今後行政機関がそのような対応を取れなくなるという意味合いが非常に強い。もちろん本判決が確定したら、だが、最高裁までいかなくとも、各自治体でこういった情報は共有される。

金額多寡について

行政争訟の場合、実務や行政法学的には金額多寡ほとんど関係がない。

というか実質的違法性違憲性を確認するために行うような訴訟が多く、「違法確認はできたけど損害がないか賠償はなし」だとか「損害賠償10万円」だとかのものが実務上、また行政法学的に重要意味がある。(例えば靖国参拝違憲訴訟なんてのは一人一万円の請求国賠を起こしたりしている)

ちなみに私の地裁での敗訴事案は数万円程度のものだったが、全国紙全てと複数全国ネットで報じられ、法学雑誌裁判例の解説までされた。高裁最高裁での勝訴のときベタ記事のみで裁判例の解説もしてもらえなかったが…

こういった、採算度外視行政を詰めに詰めて適正な運用を行わせるって正にリベラル左派や多くの弁護士達が、立憲民主党共産党と組んで行ってきたところじゃなかったの?そういった方々からの称賛がないのが不思議だね。
というか、公務員法律家・学者でなくともコンプライアンスの厳しい昨今、多くの社会人にとってもこのあたり常識じゃないのかな?もしかして、「少額の賠償で済むなら違法行為なんて気にしない」なんて公言していい世界があったりする?(そりゃ内心に秘めている人はいるだろうが)

更に突っ込んだ実務上の意義

暇空茜氏の判決文にこうある。(https://note.com/hima_kuuhaku/n/n79afbbc8b647

基準時は…実施機関裁量に委ねられるものではないのは明らか…

◯本件条例においてのみ、その基準時を開示請求等の時点と解すべき理由はない

この見解を引き出しただけでめちゃめちゃ意義深いよ。

もちろん学問上は当然とされてきたことだけど、裁判例として行政機関に「この点でてめーらに裁量はねーんだよ」という意味はね。

追記ブコメ

一般論として、単に国賠訴訟原告が勝訴したというだけでは、法学的に意義深さは無いよ

最後の「更に〜」を参照してね

今までこれは裁判では触れてこられなかった部分でかなり意味のあることだよ。

2024-01-17

anond:20240115234918

この方を大雑把に「防災研究第一人者」として、しかも御本人は「これから指摘することは、私の責任でもあります。」と述べているにもかかわらず見出しでは「初動に人災」「阪神の教訓ゼロ」とするのは、世論ミスリードしたい気持ちが見え見えで憤りを覚える。

記事を読んだとき石川県防災アドバイザーとしての自分自身反省と読めたのでミスリードしているとは感じなかった。

室崎さん記事に対する一連の批判は、発災直後から報道が、今回の地震津波被害想定外だとする世間の印象を色濃く反映しているように思える。

例えば、asahi記事に対するこんなブコメ

blueboy まったくトンチンカンだな。問題は初動でミスたことじゃない。初動のミスのあとで修正できなかったことだ。大量の一般車両交通渋滞させたのだから車両の選別をして、渋滞を解消するべき。今も。

初動というのは、実のところ、災害時の緊急対応計画にかかれた想定シナリオ以外に動くのは難しい。発災直後の行政の状況というのは情報洪水であり、いちいち判断をしている人的・時間的な余裕はない。だからこそ計画重要なのであり、初動は行政各部署が被害想定を部署別のタスクとして平素からいかに予習しているかにかかっているのだ。

したがって交通渋滞という点での初動のミスは、交通規制計画にかかれていなかったことなのであって、あとで修正できたかどうかはほんとリーダー資質によるという話でしかない。室崎さんの指摘は、現場での判断ミスではなく、計画の欠如という点にフォーカスしているということはまず抑えておきたい。そのうえで室崎さんは前例にないことが起こってしまたことに対する対処提言をいろいろしている、というふうにみるべきじゃないかと思う。

室崎さんの指摘で、情報発信の在り方もそのひとつ

例えば奥能登へは入らないように、としたが、石川県全体に入らないように受け止められたのではなかったかもっと良い周知の仕方はなかったが、など。

増田がいうように、情報発信に問題があったという指摘は重要だ。

石川県能登方面への不要不急の移動は控えてといっているし、個人から支援物資は、受け付けないといっているし、不通や片交だらけの道路で緊急車両邪魔になるとわかって、一般車両の通行禁止が始まった、みたいなニュースもみる。こんな形で「やれないこと」ばかりを伝え、やれることを伝えない報道の仕方も、一般人にはできることはない、というムードを作っていると思う。この点では室崎さんの指摘に同意せざるを得ないと思ってる。

その一方で、増田が以下にいうように

ボランティアによる大渋滞阪神・淡路大震災でも発生したが、それが大きな問題でありコントロール必要があるとされたのは東日本大震災震災以後。被災地に向かう車両許可証を貼っていたのを覚えておられる方もいるだろうと思う。

そのように議論が進んでいる中、室崎先生のこの考えを支持する研究者や行政担当者ほとんどいないと断言できる。

これはその通りだと思う。また、数日前、鍵屋一さんもNHKで、一般の方々、今は待つときです、と強調していた。

しかし、では、肝心のボランティアコントロールって、報道の側面ではどうですか。また行政はそれを明確に示してるだろうか。

どう活動すればいいか、があまり報道されないし、情報提供もされていないのが現状でしょう。

待つことばかりが印象づけられ、実際にいち早く現地入りして活動しているNPOなどもいるのにあまり報道されない。

1日の発生以来、自分がかつて泊まった宿などが心配で、関心を強く持っている一部地域の宿やお店などのSNSをずっとチェックし続けていたのだが、

一週間くらいすると、XXNPO支援を受けて頑張ってます!みたいな投稿がちらほらみられ始めた。

なかには、発災から驚くべき速さで準備を整え、現地入りし、ニーズ調査を開始、物資を届けているNPOもあった。世の中には山岳救助なみの準備が必要とされそうな事態でも迅速に駆けつけるNPOがいると知ったのは個人的には希望だった。実績の多い「震災がつなぐ全国ネットワーク」や「RSY」だ。また被災者SNSで偶然「MAKE HAPPY」という団体を初めて知ったが、世の中、いざ鎌倉みたいに駆け付けられる団体がけっこうあることを心強く思った。

これらの活動たまたま能登半島の特定被災者(以前、北陸旅行宿泊したことのある宿や酒蔵)に関心をよせていたから知りえたのであって、報道だけをみていたらわからないことだった。能登町や穴水町などで数多くのNPO支援団体活躍が聞かれる一方で、奥能登まではまだまだ悪路でごくわずかの団体しかいけていない、という具合に、どのあたりに今現状、支援が進んでいるか、全く進んでいないかぼんやりとしたイメージみえてくる。

苦しんでいる被災者を目の前にして、「道路渋滞するから控えて」ではなく、「公の活動を補完するために万難を排して来て下さい」と言うべきでした。

という室崎さんの考えは、災害対応コントロールという観点からは暴論にみえるかもしれないが、一理あると個人的には思っている。情緒的な言い方をすれば、公けではない活動による突破ブレイクスルーの側面を信じているし、実際そのインパクト無視できない。

いや、むしろ日本防災理念というのは、法律上も公けというのは、自助、共助を補完するものなので、公助が整うまで待てという理屈は実はいびつだ。

ただ、室崎さんが指摘している処方箋が筋が悪いという指摘も確かだ。例えば

 どんな被災地にも、スタンドプレーのように目立とうとする迷惑ボランティアはいます。そういう人たちに向けて、ブレーキとしてのメッセージ必要なのは分かります

 しかし、今回は「控える」の一色になったことで、被災者にとても厳しい結果を招いたと思います交通渋滞問題ならば、例えば緊急援助の迷惑にならない道をボランティアラインとして示す方法もあったのではないか、と思います

というとき、このボランティアラインというのが、どうにもその場の思いつきっぽく響いてくるのも確かだ。

かりにも室崎さんが防災アドバイザーであったのなら、すでに計画の中において方法論が確立され、いざというとき判断をしなくていいように、ボランティアコントロール行政タスクとして、緊急対応計画タイムスケジュール表に記載すべきだったと思う。それを例示としてしか示せないのは計画性の欠如だと思える。

そもそも阪神の教訓というのは、発災直後の、行政部署別の個々のさまざまなタスクタイムラインがなんらかの被害想定をもとに明確に決まっていなかったから初動が遅れた、という問題意識だったはずだ。目標管理型のタスク管理、これが阪神以来、災害関連死が問題となった中越を経て、東日本熊本へとずっと教訓として積み上げられてきたはず。膨大な情報洪水忙殺される発災後リーダーシップには限界がある。現場判断時間をとられ過ぎてはいけない。だからこそ、刻々と変化する現場ニーズ翻弄される前に、計画において予め想定する事態ニーズ)とタスクと何日後までに達成するという目標を明確にする、というノウハウが蓄積されてきた。例えば避難場所トイレ整備ひとつとっても、発注から目標個数まで細かいスケジュールをあらかじめ想定しているのが防災計画だ。

室崎さんが、インタビュー記事の数日前、自身SNSで以下のような提言をしているのは、まさにそういうところだ。

(2)課題解決必要な専門支援者を率先的に受け入れる

 支援あるいは復興では、「残心補填」で先を見ながら必要資源の事前確保をはかることがかかせません。救命救助のニーズが一段落した段階で、大量の消防隊が1週間後の今になって投入されているが、後手に回っている典型例です。今、何をしなければならないのか、3日後に何をしなければならないのかを考えて、必要人材資源を早めに送り込まなければなりません。孤立を解消する活動震災関連死を防ぐ対応瓦礫撤去整理の活動被害事態を明らかにする活動住宅再建に向けた判定と相談業務などが急がれます

 この段階で、「一般」の定義上から目線でされているのが気になるのですが、「緊急部隊邪魔になるので、一般支援者やボランティアお断り」というメッセージが、声高に叫ばれています。その結果として、劣悪な避難所の支援や隅々まで物資を届ける活動が疎かになり、再建や復興相談に乗ることも疎かになっています。ようやく、昨日から自衛隊食事提供が始まりましたが、避難所のケア被災者相談自衛隊消防隊にしていただけるのならいいのですが、・・。

 保健衛生、瓦礫撤去物資配送被災相談などの対応をはかるには、経験技能を持った専門的ボランティア積極的かつ戦略的に受け入れる必要があります。いまこそ緊急援助隊のみ優先の発想を切り替える必要があります

この点では、初動の遅れ、というのは計画必要タスクを想定不足だった、ということだ。緊急対応計画の不備という問題に跳ね返ってくる。

室崎さんが阪神の教訓がゼロになった、と自省するとき、それは室崎さんが指摘する初動における情報収集体制のみならず、ボランティア活動コントロールについて計画面での想定の甘さも検証される必要があるのだろうと思う。しかしながら、指摘されていることは至極真っ当なことだし、経験に裏打ちされたことばかりだ。

しかし、問題は室崎さんの自省として書かれたからどうだとか、室崎さんが第一人者かそうでないか、なんてことではない。

死ぬほどどうでもいいことだ、と思っている。ああこれはないな、とおもうところはあっても室崎さんの言葉から光るエッセンスをくみ取れば十分なんだよ。

2024-01-16

松本人志ダウンタウン)の功

M-1グランプリでの漫才歴史松本以前、以後に分かれるの惹句は盛りすぎ。ダウンタウン漫才はさほど斬新でもそこまで面白くもなかった(勿論、新春ヒットパレードの外ロケ披露した2分間漫才初見所ジョージが絶賛するほどの力量はあった)。彼らの醍醐味コントでより発揮される。「半笑い」という言葉代表される日常エアポケット、気まずい空気言語化表現(芝居)で笑いに昇華した。(ドリフとんねるずのような)大掛かりな、特異な設定に頼らず飛翔と着地をやすやすと熟す。華丸大吉はごく初期の妖精コントに衝撃を受けて笑いを目指したという。斬新な世界観を伝えるためのメジャーリーガーのような細かな調整、テクニックを重視したコンビでもあった。中川家一般人ものまね新聞勧誘員の夫と行動を共にする妻)を初披露した時(明石家マンション物語)、その目新しさ、完成度に共演の有田上田土田らは文字通り震え上がったのだが、さんまはこんなもの全国ネット通用する芸ではないとクスリともしなかった(後にさんま中川家に夢中になるのはご存知の通り)。ダウンタウンは修業時代にたまに花月舞台に立ち、団体客のおっちゃんおばちゃん爆笑させていたという。初見独自世界に導く技術を備えていたのだ。さんま紳助巨人上沼恵美子初見で才能を見抜いたというが殊更自慢するような話ではないだろう。

ダウンタウンがいなくても(或いは当初の予定通り松竹入りしていたら)サンドウィッチマン猿岩石霜降り明星トゥナイト存在しても、バナナマンや日社など後続のNSC出身者は世に出れなかったかもしれない。「日本お笑い歴史松本人志以前、以後に分かれる」は決して過言ではないのだ。

最近でも「キングオブコントの会」でオオボケ枠だった東京03豊本を進行役、ツッコミ役で機能させ、ライス関町存在自体をフューチャーするといった見事な手腕を見せた。

増田が初めて彼らの才に舌を巻いたのはNHK東西の若手を集め、お題で即興漫才をするコーナーで披露した漫才コント浜田トラックドライバー松本は夜道に佇む怪しげな女という設定。僅か一分あまり漫才が二本。その斬新さ、面白さ、完成度は同じ若手は勿論、ゲストの先輩芸人もおそらく、一手も間違いがない、将来は貴方ライバルとなると大山康晴が断言した羽生善治少年を見る谷川浩司の心境だったと思われる。

とりとめもなく長々と書いたが「一人ごっつ」まで視聴していた浅田彰(今年は眼鏡流行る)あたりが解説言語化してくれたらなあと思う。

2023-12-29

西山事件とColaboの情報漏洩取材源の秘匿

NHK2023年亡くなった人として、元毎日新聞記者西山太吉肯定的に取り扱っている(「昭和31年毎日新聞社に入社し、政治部記者として活躍しました。」としたり、全体のトーから肯定的としていいだろう(https://www3.nhk.or.jp/news/html/20231215/k10014279221000.html))。

しかし、西山事件といえば

情報を、外務省女性職員を酔わせて半ば強引にセックスして手に入れたこと」(女性人権無視)、
毎日新聞から報道ではなく社会党に持ち込んだこと」(報道のためではなく政争のために情報漏洩)、
「持ち込んだ資料女性職員痕跡を残したこと」(取材源の秘匿をしなかったこと)

記者として全く首肯できないことをやっているんだが、何故称賛する人が後をたたないのだろうか。何と言ってもこの人を称賛する小説が書かれ、全国ネットドラマ化放映されるくらいだからね(運命の人検索

Colaboに対する誹謗中傷取材源の秘匿についてあれほど重要視するブコメの並んだブクマカならきっと同意見だろうと思う

◯「記者として全く首肯できない」< 記者場合は「報じたことの重要性・公益性」という評価軸を重視すべきだし、取材手法正当性を欠くからといって報道内容を否定できるとは限らない、という点を見落としてますね。

西山事件にて、詳しくないのに、単純化するのは、感心しない。

へー公益性があったり、西山事件に詳しくなったら相手方人権無視して、取材源の秘匿をせず、他者情報漏洩することが認められるの?

詳しく教えてほしいものだ

NHK のページを見に行ったら、その「活躍しました」以外は淡々事実が書いてあり肯定否定もないのだが...

この記事を紹介するNHKツイート

権力暴走をチェックするのが新聞の本当の使命である

新聞記者 #西山太吉さん の言葉です

沖縄返還を巡る日米の密約存在報道機密文書違法に入手したとして有罪判決を受け、その後も問題の追及を続けました

というか、肯定的意味がなければ「追悼」なんて記事で取り上げないでしょ

2023-12-13

俺もネットミームの一つぐらい残したかった

仕事でアレオレが出来ない。

マジで

たとえば強盗がやってきてそれを退治して、人質になった女の子でも救って全国ニュースになれば出来るかも知れない。

でもそれは俺の仕事ぶりが評価された結果じゃなくて、無謀な特攻が偶然成功した奇跡として扱われるだけだ。

しろ「下手したら女の子が死んでたぞ」って一生叩かれるかも知れない。

俺にはそんなデカギャンブルは出来ない。

ってゆーかそういうのが嫌で小さい仕事をしたくて転がり落ちた結果今ここにいる。

でもやっぱ人生にアレオレがないのはしんどすぎる。

子供の頃に友達と言い合った冗談のいくつかが形を変えて全国ネットになったような気がすることがあるが、それはよくある「あの替え歌最初に作ったのオレ」みたいなもので、結局他の地域にあったなにかの変化によるものだと思う。

本当にちゃんとアレオレするにはリアルタイムでオレが何かを作るしか無い。

でも上手くいかない。

レビューコメントで変な言葉作ってみたことはあるし、それが制作者に拾われて「ちょwww流行語狙えるwっw」みたいに褒められたこともあるが、それがその後1年以上生き残ったことはなかった。

俺はなにかを残したい。

ネットミームで十分だ。

仕事で結果を出すのは諦めた。

しろ仕事においては巨大なバベルなかに潜む失敗ジェンガの一つとして蹴り出されたことで辛うじて汚名を残さずに済んだトラウマが辛すぎてもう何かを目指したくない。

こういう時、人はフリーゲームマンガを作るんだろうな。

タダという力、0円という無限にも近い下駄を履くことで巨人ひしめく世界に突っ込んで英雄になろうとする。

でも今はもうプロ作品が0円だ。

もう無理なんだ。

フリーゲーム話題になるたびに「でもどうせ無料ならソシャゲでよくね?」みたいな事が言われるしな。

じゃあやっぱネットミームしかない。

造語しまくって頭おかしくなるしかないんだ。

うんうん無意味だな。

辞めよう。

レオレに憧れるのを辞めましょう。

凄いな野球選手

ただ適当に言っただけの言葉ネットミームかよ。

ズルすぎる。

やっぱこの世界は強いやつが勝つんだ。

許せねえよな。

そういうのが嫌だからPPAPみたいなのを流行らせて「どや?ワンチャンあるかの運ゲーやろ?」ってするんやろな。

この世が運ゲーなら上手くいった奴らも結局は環境ガチャと親ガチャと才能ガチャ当てただけの運ゲーマンだもん。

運ゲーマンの癖に偉ぶってる奴ら本当ウゼーよ。

2023-12-01

anond:20231201134026

天下のTBS,、全国ネット取材受ける日くらい、

白塗りメイクで隠すやろ・・・


日本人1億2千万人に見られるんやぞ?

デヂタルタトゥー未来永劫残る。

2023-11-21

心に爪痕を残していった男

露出トンボ」という男がいた

彼はおそらくゲイで、間違いなく露出狂の変態だった

彼に「課長さんよお…」と話しかけ、全裸で縛って野外に放置する(多分想像上の)存在がいて、露出トンボ氏は「やっ、やめてくれ…」と言いつつなすがままそういうストーリーで己の全裸写真Twitterにアップし続けている変態だった

ガチ豪雪の中、己を後ろ手に縛り勃起しながら兎跳びをしている彼の姿には実際鬼気迫るものがあって、俺はフォローこそしなかったが、ときどき「露出トンボ」と検索しては、その雄雌を見に行ったものだった

捕まったらしい

そりゃあ捕まるよなあ……と素直に思う

あきらかにプライベートプロパティじゃなさそうな野原で裸になってんのがまずダメで、勃起してるからなんの言い逃れもできねえし、Twitterにあげてんのがトドメ

捕まるべくして捕まっていて、むしろ遅すぎたくらいだ

捕まったのは2019年とかその辺りだったと思う

それから先は音沙汰なしだ

しかしたら復活しているのかもしれないが、少なくとも俺は知らない

彼のアカウントはなぜかまだ残っている

今でも、ときどき検索して見に行くことがある

捕まる前に彼がハマっていたらしい、「有名商品CMに、全裸クネクネ動く自分の姿を縮小・合成した映像」を見るたびに、なるほどなあ、と思う

全国ネットで老若男女に広く見られる、たとえば洗剤なんかのCMで、綺麗な女優さんが洗剤のボトルを手に持ち、それをニッコリ笑顔カメラに向ける

その洗剤のボトルの上には、変な色で、全裸で、縛られて勃起した露出トンボ氏が、いかにも惨めな様子でクネクネしている映像が貼り付けられている

露出としては究極のシチュエーションだよなあと思う

と同時に、なんというか、知的変態性だとも思う 

メタ的というかなんというか、「女の裸を見て興奮」なんてことは実際その辺にいるシカとかでもできるようなことだが、「CM自分全裸映像を合成して興奮」というのは、万物の霊長のなかの、さらにある程度限られた個体でなければ到達できない域の、高度に知的変態行為

ちなみにエッチなこと全般変態とよぶ向きがあるけど、俺はアレには反対で、だって変態っていうのはねじくれた性的欲求の発露に対して向けられる言葉なんじゃないのか

ただのセックスなんてガとかですらできる行為のどこに捻れや歪みがあるのか、定規で引いた直線みたいなモンで、変態のヘの字もねえよ

そういう意味で、露出トンボ氏はまさに変態だったと思う

元気にしていてほしいと思う

たとえばモルディブなんかの美しい青い海をバックに全裸緊縛勃起ウサギ飛びをしていてほしいと思う

それはひとつ物語最終回となりうると思う

2023-10-31

名古屋近辺に住んでるのでハロウィンニュースというと、全国ネットでは渋谷スクランブル交差点規制ローカルではオアシス21(イベント会場になったりするだだっ広い空間)の規制の話ばかりになる

今日一日その話を見ながら他の地域にもスクランブル交差点オアシス21のような場所、要はコスプレした暇人が騒ぎに来るスポットがあるんだろうかと気になった

実際どうなんだろう

2023-10-24

そういう意味では全国ネットテレビってすごいよな

視聴率1%でも最低でも70万人くらいは見てる計算になる

1%とか時間帯によっては打ち切りレベルじゃん

 

星街?か誰かのファン

Youtube登録者200万人だぞ!知ってるだろ!みたいな感じ出してるけど

実際の視聴者数って多くても2万人くらい、アーカイブ再生回数も50万回とかでしょ

 

全国放送視聴率1%の番組MCやってるんだぞ!知らないわけないだろ!とか主張されても

は?知らんが?それ見てる奴おるん?って感じじゃん

やっぱテレビって規模が違いすぎるよな

2023-09-18

anond:20230918091139

めちゃくちゃ分かる

東京の店とか人気スポットの紹介全国ネットでやるけど「ふーん」以外の感情が湧かん

あれ東京の人だったら身近な事として楽しく見れるんだろうなあってずっと思ってる

2023-09-12

anond:20230912213321

NHKですらかたくなにマスクという言葉を使わないようにしているように見えるから別に地方局に限った話ではないのでは?

119はとっくにパンクしているし、医師会警鐘を鳴らしているけれど、全国ネットですらそういうのって拾わないね

..ああ、地方局そそういうのは地方の話なんだから拾って啓蒙すればってことか。

なんでだろうね。

もう、「マスク」という言葉を言ったら負けだと思っているみたいなやつ?

2023-07-28

東京ってメシがマズイよね

東京に住んでたときに思ってたんだけどメシがすげーマズイ

マズイ理由は明白で人が多すぎてマズくてもやっていけるから

例えばめちゃくちゃ田舎喫茶店だと、他の選択肢がなくて客が必ず来るから潰れない

東京だと初客だけで十分やっていけるから潰れない

から無駄に高いしサービス悪い

そんで1年もすればさっさと次の店で出店、っていうビジネスモデルが成立しちゃってる

最近だとインスタ映えしか気にしてないから味がゴミの店ばっかりだし

それを芸能人全国ネットで「おいしい〜〜〜」とか言ってるの見てらんない

食べログが唯一の救いだったのに3.8点問題以降はご覧の有様、って感じだし

Google Mapレビューメニュー以外はアテにならない

ちょっと美味い店は行列が凄いことになっててほぼ無理だし

まぁ並んで食べても「こんなもんかよ」っていう店ばっかり

それこそ大阪福岡あたりで並んで食べる店と比べたら段違いというか国が違うレベル

ラーメン東京が一番!」とかロクに地方行ったこと無い奴が豪語してたりして

北海道行ったら腰抜かすんじゃ無いかこいつら、と思う

ご当地食べ物もんじゃ焼きとか言ってる時点でお察しくださいっていうレベルだし

東京上陸!」とかいってタコベルが来てチヤホヤしてるの見て愕然としたわ

2023-07-19

anond:20230719072039

前島密飛脚全国ネットでない事と世界手紙が届けられない事で佐々木荘助(飛脚問屋側の代表)と話し合った結果、郵便制度に並行する形で飛脚問屋は陸運元会社として再組織され(更に「内国通運」を経て現在日本通運)、小荷物現金輸送従事した。飛脚として活躍した人々は、郵便局員や人力車の車夫などに転じていった。

2023-06-30

フリーレン

金曜ロードショーで初回を放送するんだ。2話からどうなるんだろ。

それで、調べてみたら、日本テレビ全国ネットでやるのね。

太っ腹。

2023-06-01

松本人志氏への提言審査員という権力中田敦彦 書き起こし 1/2

https://www.youtube.com/watch?v=fHrzrL06I2A

動画も見てね。収益化停止してるということで書き起こししました。

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今日はですね、「THE SECOND漫才トーナメント」という大会についてちょっとお話ししていけたらなと思っておりますね。

いやーまずね、あの「THE SECOND」が放送されたタイミングと同じタイミングオリラジ

アカデミーって僕らのYouTube大学で、藤森くんとの番組生放送してた。生放送という

プレミア配信してたんでね。うわ、裏被ってるよと思ったんですよ。

なんかコメント欄でも「『THE SECOND』とかぶせんじゃねえ」とかって、「もうお笑い芸人が『THE SECOND』とかぶせんな」とかあったんだけど。ふ~ん。あっ、かぶってんだぁ。

僕「THE SECOND」って知ってたし、興味なくはなかったんですよ。言ったらもう

知り合いとか先輩が出まくってるから。あぁ、あの先輩どうなったのかなとか、知り合いどうなったか三四郎とか同期だしね。

うーん。言ったらギャロップさんとかもね。若手の頃に大阪劇場でご一緒させてもらったりとかそういうのもあったからねぇ。もうベテラン枠。15年以上が出るんですよね。大会でね。で、客評で決めていくと。そこまで知ってたんだけども。いつかってまでやってない。こっちはこっちでさ、あのスケジュールがあってこの日にっていうのが、たまたま一緒だったから。

あ、そうなんだ。わ、一緒かぁと思いきや、視聴者層の違うし。何だったら戦いだと。常にね。あらゆるコンテンツつうのはずうっと戦いだから。やってるじゃねえかぐらいの感じで

オンエアしましたね。

その結果ね、僕のほうのYouTube大学が急上昇ランキング4位までいきまして。相方のほうの後編は急上昇ランキング1位になりましてね。よかったなあと思いましたよね。その「オリラジアカデミー」木本さんにも活躍していただいてみたいな。そういうのもあって。

でも裏だったしって思ったんですけど。だって見ないで何か論じるのっておかし

よねと思って、見たわけですよね。

ギャロップさんですとか三四郎漫才を見ましたし。大会のあり方そのものも含めてね。

中田がどう思ってんのかっていうことですよね。はい。ここなんですよね~。

これでさネタ面白かった云々っていうのもそれもあるんだけど、大会のもの

どういうふうに中田、捉えてるのかっていうことで言うと。

本当にいろんな側面があると思う。単純に「M-1自体そもそもは「M-1」との兼ね合いの中で生まれ大会じゃないですか。「M-1」はテレ朝でやってて。この「THE SECOND」ってフジテレビでやってるんでよね。

そんな中でテレ朝が作ったこの「M-1」っていうのがいろんな、その後賞レースできましたけども、すべての雛形になってるような形ですよね。

というのもお笑いで言うと東京ってああいお笑いの賞レースって。

ショータイムのショーのレースじゃなくて受賞の賞ね。賞レースって我々言ってるんだけど、賞がついてるレースだよね。こういう大会自体が、関東あんまなかったんですよ。テレビ局は。でもこれ、関西文化大阪ABCお笑いグランプリとかなんとかMBSアワードとかなんかいろいろあるみたいなんですよ。

でもその吉本の中でも大阪東京って全然文化が違うから、その東京人間がじゃあ大阪に行って大阪の賞をとれるかっていうと相当厳しいんですね。大阪の賞は大阪芸人のものだっていうのが、大阪テレビ局の中でも芸人さんの中でも視聴者の中でもどっかあるんですよ。

から東京から来た奴らっていう感じだから、なんかね大阪の賞レース文化ってちょっと遠くに見てたんだけど。ただ吉本興業ってすごくその賞レースを中心とした事務所なんですよ。だからそのテレビでどれだけ売れたか以上に漫才の賞を取ってるかどうかで劇場のギャラが上がる下がるとかっていうのがあったりしたんだよね。少なくとも俺がいた時は。

から僕はずっと不平等だなと思ってたの。なんで、東京はショーが少なくて大阪はショー

がいっぱいあるのに賞を取ったらギャラが上がるんだよって。フラットじゃなくない? 大阪超有利じゃんとかいろいろ思ったわけ。

でもそれはそれで、テレビ局全国ネット東京にあるんだから東京芸人は売れやすくて有利じゃないか大阪から移住しなきゃいけないんだぞとか、いろんな理由があるから

必ずしもね。そのどっちがっていうのはないと思うんだけども。その大阪の賞レース文化っていうのはなんかすごく遠くに見てたんだけども。

そのM-1っていうものができて僕はそこに吉本って入ったの、「M-1」ができた後ですから

2004年NHK入って5年にデビューするんですけど、2001年に「M-1」始まって。僕は大学生の時に大学1年生の時に「M-1」ってのが始まったっていうのがね。覚えてますから

その「M-1」の大会存在意義っていうものも含めてこのセカンドができたわけですよね。「M-1」っていうものは要するに1年目から10年目までしか出れなかったですよ。まず

これは島田紳助さんが10年やって売れないんだったらもう諦めてもいいんじゃないかっていうことでお笑いという、いつ売れるかわからないけれど、そのためがゆえにズルズルやっちゃうという芸人さんを産まないために10年目までに光を浴びないんだったらやめなはれ

というですね。

そういう言ったら厳しい愛の鞭のような意味を持った年齢制限だったわけですよ。

ところが1回終わるんだよね。「M-1自体がね。なんでかって言うともちろん紳助さんが辞める辞めないとかもあったんだと思うんですけど。それ以上にやっぱりこう、10年目までのおもしろい人たちが大概出ちゃって。ちょっとこう、「うーん…。なんか、どうする?」みたいな状況になった中で。「THE MANZAI」とかできたり、(一緒に?)しましたよね。

そんな中でまた戻って、15年まで広げたんだよね。芸歴15年まで出れるようになったわけ

よ。この時点でかなり中堅に優しい大会になったんだよね。

これ10年って、俺が、俺はずーっとこう最初デビューした時に武勇伝っていう

もの自体そもそも漫才じゃないっていうことで準決勝まで行けたんだけど決勝に上がれ

なかったんですよ。

そこから漫才じゃなきゃいけないんだと思ってずっと漫才やってたんだけど、漫才自体が俺が一番向いてるフォーマットじゃなかったんじゃないかって思ってたし。僕らの実力不足でいけなかったんだよね。優勝も決勝までね。ずーっと敗者復活とか準決勝で敗者復活。ずーっと。そんな感じだった。

そんな中で、でもまあ10年でやめれるっていう側面もあるわけよ。あれって。

芸人からすると。もう出なくていいっていう側面もあるわけよ。ところが15年まで広がることによってずっと出なきゃいけなくなっちゃうんだよね。

ここね。でも15年で言ったら解放されるって所があるわけよ。解放されるのか? それともチャンスがなくなるのか? この2つの視点があることがすごい大事なの。

で、「THE SECOND」始まったんだよね。15年以上のキャリアの。ということはだよ? これ、全キャリアがその賞レースに向かうことになったわけですよ。

この「M-1至上主義っていうのが「M-1」で見出された人たちはたくさんいるん

だけど、俺からすると正直みんな「M-1」目指しちゃってもなーって思ってたんですよね。

もちろんいろんな意見あると思うよ。「お前は決勝行ってないんだから黙ってろ」とか

いろんな意見あると思うけど、「M-1」ばっか目指しちゃうんですよ。みんな。

売れるために「M-1しかないって思ってる人もすごい多かったのね。今、わかんない。「YouTube頑張れ」とかっ言う人もいるかもしれないけど、「M-1しか

ないと思って、「M-1」で何とか売れるために1年準備して「M-1」に行くんだけど、「M-1」のすごいところって、発掘してるっていう側面もあるんだけど、選抜してるっていう側面がすごい強いから。言ったら「M-1」で優勝したとか準優勝したとか、それぐらいの功績を残した人たち以外は、言ったら日の目を見ない大会なんですよね。あんまり

特にM-1」の決勝出たけど、下位だったっていうコンビって、逆にレッテル貼られたりするじゃないですか。相当しんどいんですよね。僕の感覚からすると、お笑いって

漫才だけじゃないんですよ。まず。

漫才が偉いとかも実はないんですよ。だけどあの大会のすごいところは、漫才が偉

いっていうふうにしたところで実はみんな2001年からお笑いの流れしか知ら

ない人って漫才ってすごいもんだって思ってると思うんですけど。

実はそれよりちょっと前って、言ったらボキャブラとかの時代って漫才師のほうが少なかったんですよ。ネプチューンさんとか、ナインティナインさんとかロンブーさんとかの世代

ってどっちかというとそのショートコントとかコントとかそっちのほうが多くて、漫才ってちょっとレトロ演芸になりかけてたところがあったんですよね。

それをルネッサンスしたのが、復興したのが、復活させたのが「M-1」だったわけなんですけど、そういう風に相対的に見ると漫才っていう演芸コントっていう演芸とそれ以外の演芸っていうのは実は本当はフラットなんですね。

みなさんの中で落語漫才どっちが偉いですかとかって言われてもなんか「う~ん、知りません」って感じじゃないですか。だけど昔は落語のほうが圧倒的に偉かったですよ。これ。

落語家さんは出番が黒い文字で書かれてて、それ以外の漫才師さんとか手品師さんとかそういう人たちは全部赤い文字で。色のついた文字で描かれて紹介されて落語という主の演芸を賑やかす、いろもんって言われてたんですよね。そういう感じで時代によってこの演芸格式が高いっていう認識って全然違って。

ある時は落語、その後である時は漫才みたいになったりもしたんですけど。それはすごく相対的ものなんですよ。すごく相対的もの。そんな中で「M-1」っていうものがもたらしたのは、僕から言うと漫才至上主義に近いものでそれのカウンターカルチャーに置かれちゃったのが「エンタの神様」とかなんですよね。

エンタの神様はどっちかっていうと「ボキャブラ」とかそういうのもそうなのかもしれないですけど、テレビバラエティの中で言ったら何でもいいからやるっていう感じですね。

もちろん漫才とかもやる時間もあったけど、漫才時間は「エンタ」ってすごい少なくて漫才師は出づらいって言われて、タカアンドトシさんでも「コントで出ろ」とか、サンドウィッチマンさんでもコントで出ろとか言われて、コント漫才を直してやるぐらい、お茶の間センターマイク1本で2人が立ってるだけの演芸は伝わりづらいだろうっていう五味和夫さんの強い意向によってコントにしていくっていう。そっちのほうがテレビ的じゃない?っていうそういう流れの中でやられてたんですけど。

から言ったら「エンタ芸人と「M-1芸人って、2種類あるとしたら、なんかエンタ芸人のほうが一発屋の扱いを受けることのほうが多くないですか? でもね、冷静に考えてほしいんですけど、エンタ出身で売れ続けている人もいっぱいいるし、「M-1」出たけど一発で終わった人もいっぱいいるんですよ。

そうですよね。「M-1」の決勝に出たけど、今その後出てない人も全然いるんですよ。だけどなぜか「M-1」で決勝を出て、その後売れてない人ってのはあんまり一発屋だって言われないんですよ。こういう、まず流れがあるんですね。なので、「M-1」は漫才格式が高いっていうふうに見せた流れがあることと、キャリア10年って限定してたんだけど、それを伸ばしたっていうことがあるっていう事がまずあるんですよね。

そんな中で、僕がもう1個問題だと思ってるのが、実はその若手がすごく、その「M-1」に集中しすぎちゃって、逆にチャンス減ってんじゃないかなと俺は思った時期があったんだよね。他の出方、いっぱいできるんだもん。「M-1」に向けてだけやる人、すごい多くて。

減ってる?チャンス、もしかしてって思うこととか。あとね、他の賞レースとの大きな違い。これ、功罪両方あるんですけど。「M-1」って圧倒的に審査員に光がめっちゃ当たるんですよ。審査員がなんて言うかっていうのは超重要なんですよね。

特に松本さんだよね。松本さんが「うーん、もっと点数入ってもよかったと思いますけどね」って言ったら、順位が低くてもものすごいフォーカスされたりしますよね。あれがもう圧倒的な特徴なんですよ。この「M-1」の「M-1」の圧倒的な特徴が、審査員ものすごい力があって、審査員ものすごい光を当てられる。

あんなに審査員が華々しく登場する賞レースってないんですよ。最初の1時間ぐらい、実はネタ始まるかなと思う。始まんないじゃないですか審査員の紹介が、結構長い大会なんですよ。だからこそ成功してるとも言えるんですよ。

他の大会見てると、重みがあんまりなかったりするんですよ。要するに言ったらネタ番組差別化が図れないんですよね。だからこそ大御所審査員のほうが厳しいこと言うとかがすごいフォーカスされますよね。上沼さんがとろサーモンさんに対して何か言ったとか、和牛さんに対して何か言ったとかもすごい注目されるように、紳助さんがなんか言うかとか。

でもなんせとにかく松本さんがなんか言うかっていうところすごく強かったわけですね。M-1ってね。これが大きな特徴。そんな中で、僕がずーっと思ってたことは、松本さんがあらゆる大会にいるんですよ。

これ冷静になって考えてほしいんですけど、「1本グランプリ」にもいらっしゃいますよね。「滑らない話」もいらっしゃいますよね。漫談でも大喜利でもいるんですよ。なんだかんだで、その若手を審査するっていうお仕事めっちゃ多いんですよ。それは第一人者からカリスマからっていう意見もあると思うんですけど、今までもカリスマ的な芸人さんってたくさんいたんですよ。

たけしさんとかさんまさんもそうじゃないですか。でもたけしさんやさんまさんはそんなに審査員いっぱいやらないんですよ。ここが松本さんの特筆すべきところで。

松本さんはあらゆる大会主催して、あらゆる大会の顔役になってたんですよね。ここで非常に重要なことが、賞の審査員が、どのジャンルでもですけど、実はその業界で一番力を持つことが大きいんですね。例えば、だから芥川賞ってすごい有名な賞ですけど。

芥川賞審査員をやっている作家が一番偉いんですよ。実は。なんでかというと、どの作家がいい文学かっていうのを規定できるからなんですよね。この文学がいけてる。なぜなら、こうだからだっていうふうに決められる作家が一番偉いんですよ。

から太宰治とかは、それを賞を、僕に、芥川賞を僕にくださいとか言って審査員にお願いしに行って断られたりとかっていうことがあるわけですよね。

それぐらい、その審査員って権力なんですよ。この権力分散していたらまだいいんですけど集中してるんですね。なんせ漫才だけでキングオブコントもそうですよ。キングオブコントにもいて、「M-1」にもいるって、要するに言ったら、主流二種競技なんですよ。漫才というかコントって。その両方にいて。なんと大喜利にもいて、漫談にもいるんですよ。4種競技。5種競技だとしたら、全部のジャンル審査委員長松本人志さんっていうとんでもない状況なんですよね。これって。

たぶん他の業界だったら信じられないぐらいの独占状態にあるんですよ。これ、どうなるかって言うと、松本さんがおもしろいっていうか言わないかで、新人キャリアが変わるんですよね。その権力集中っていうのは、1個の見方で言うと松本さんがそれだけ偉大な人だから求められてるんだって見方があると思うんですけど、求められてるっていうことと、実際にやるっていうことはちょっと違うことなんですよね。

求められてたとしても、冷静に考えたら実際にやることがその業界のためになるかどうかでいうと、もう僕の意見で言うとあまりためにならないと思うんですよ。なんでかって言うと一つの価値基準しかないっていうことは、それ以外の才能は全部こぼれ落ちるからなんですよ。

その人の理解できないお笑いに関しては全部こぼれ落ちていくんですよね。いや、とはいえ中田とはいえ、それでうまくいったんじゃないか、「M-1」は成功したんじゃないかっていう議論があると思うんですけど。

もちろん素晴らしい芸人さん出てったんですけど、この「M-1」における成功って何なのかってことだと思うんですけど。それってネクストスターの発掘じゃないですか。

まり本当の成功って松本さんを超える芸人が出てくることなんですよ。「滑らない話」「M-1」この「キングオブコント」「1本グランプリ」もう何年もやってますよね。「M-1」にいたっては2001年からから、言ったらもう20年近く。休んでいった期間があるとはいえ20年以上やってるんですよ。20年やって、松本さんを完全に超えたっていう芸人さんをこの全大会全部やってですよ、誰か産んだんすかって言うと、誰かが新しい大会審査委員長になって、みんなが納得するような人が出てきたら、もしかしたらそれは成功したっていえるかもしれないですよね。

ところが、新しく始まった「THE SECOND」のアンバサダーという役割は、松本さんなんですよ。わかります? つまり20年間松本さんは松本さんを超える才能を発掘できなかったんです。発掘できなかったのか、どうなのか。

それとお笑い回は、今向き合わなきゃいけないと僕は思うんですよね。みなさんがどう思うかわからないです。僕の意見だけ言うと、ここのっていう、このアンバサダーという立ち位置がすごい微妙立ち位置ですよね。なんでかっていうと、審査に影響を与えない大会の顔だけを求められてるわけですね。権威だけとしてアンバサダーってあるわけじゃないですか。

ブランドアンバサダーかいますよね。でもそれは広告塔であってブランドディレクターではないですよね。クリエイティブディレクターとかではないから、広告塔になってくださいという言い方なんですけど。ただね、ここ、すごいポイントなんですけど松本さんってめちゃめちゃ評価に介入していくタイプの人なんですよ。

今回それが浮き彫りになったのがマシンガンズさんの時ですよね。マシンガンさんが自分たち書き込み自分たちについての書き込みを読み上げていくぜって言って、「マシンガンズがこういうふうに言われてる! なんでだよ!」って突っ込んでいくっていうネタがあるわけですけど。

それをやってすごいウケたわけですよね。ウケた後に、「いやでも、あの紙を出すのっていうのが、どう捉えられるかな」っていう意見を言ったわけですよね。あれがいわゆる介入。

価値観への介入に値するわけですね。

M-1」でもそういうことはたくさんやってきたんですよ。「M-1」でも、もっと受けてもよかったけどなとか、もっと点数入っても良かったけどなってなった時に、「あっ、えっ? そうか。点数はもっと高くあるべきなんだ」と。「この人たちは面白かったのにうけなかったのは間違いなんだ」っていう。あれは審査とか、価値への介入なんですよ。

それをまあ積極的に求められてるから審査員なんじゃないかっていう見方で言うと、今回審査員ではないにもかかわらず価値に介入していったんですよね。その価値への介入を、しかも今回凄かったのが、跳ね除けちゃったんですよね。客票が。マシンガンズが勝っちゃうっていう。だから余計に変な感じになるわけですよね。

「ん? どっちなの?」っていう。紙を出しても良かったの?良くないの?

2023-04-19

anond:20230419220105

それにしては、今回の犬の銅像とかそれなりに有名じゃない?

といって、自分は知らなかったんだけど。

から、余計謎なんだよね。

マイナーでかつ小規模ならそれが通じるけど、

そこそこ有名なモチーフ画像全国ネットで流したら気づく人いない?

2023-03-15

巷に溢れかえる幼稚なマウント創作物が嫌いすぎる

近年のドラママンガに物凄く多い相手方に明らかに間違った主張を言わせて主人公論破させて主人公を美化したり持ち上げるマウント創作物がとにかく嫌い。

気持ち悪いし見てて共感性羞恥ハンパない

相手の主張が一理ある物だったり主人公に考えさせる余地があったりするとストーリーとして面白い主人公がその主張を打ち破るカタルシスがあるがそれがないからつまらない。

逃げるは恥だが役に立つテレビスペシャルヒラマサが女が劣化がどうたらこうたら~を論破するシーンとか作者がヒラマサを操ってるピアノ線が丸見えで恥ずかしくて堪らなくてチャンネル変えた。

女性劣化する云々の思想が間違った物であるのは自明だがいくら正論でもそれをわざわざ全国ネット論破してドヤアを見せつけるのがキツい。

スカッジャパンとかツイッタースルメロックマンガとか見せられてる感覚

誤読されそうなので言っておくが別に女性作家が悪いと言いたいのでは無い。

鋼の錬金術師とかそこら辺を物凄く書けていて感動した。

他にもKAKERU作品とか美味しんぼとか深夜のダメ恋図鑑とかクロエ流儀とかテロール教授とかスルメロックとか男性向け・女性向け・一般向け・オタク向けわずこういう異常な作品が出回っていて本当に見る度に不快になる。

子供向けアニメザンボット3Gガンダムですら対立する二つの正論とその乗り越えを描いてるんだぞ。

嫌なら見るなって言われそうだけどダメ恋やテロールみたいな見えてる地雷はともかくKAKERU作品逃げ恥みたく途中でいきなりぶちこまれたら対処のしようがないから。

いくらカタルシスが得たいにしても子供向けアニメが出来ていることが出来ないのは幼稚すぎる。

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