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はてなキーワード: セクシャルマイノリティとは

2018-06-23

出た!二次創作アカウントBL)で「もしかしたら…」とか言って突如としてセクシャルマイノリティ疑惑カミングアウトする奴!

わざわざここで言う必要なくない?あれなんなん?

2018-06-10

ロリにも欲情できる人と、ロリしか欲情できない人を区別する言葉がほしい

前者は圧倒的マジョリティというか、多分すべての男性がそうだと思うのだが、

後者セクシャルマイノリティと呼べるはずだし、いろいろと苦悩することもあるはずだ。

これらを区別する言葉がないと、ロリコン権利に関する議論は進まないと思う。

2018-05-28

年上のカミングアウト経験者には近寄るな

これは今日カミングアウトして話題の方のことを言ってるわけではないことはあらかじめ断っておきたいんだけど、

たぶんセクシャリティに関しては45歳~50歳くらいが世代的な分岐点

これより上だと「ひそかに悩んでたけど、いっさい誰にもカミングアウトせずに、異性と付き合い、異性と結婚し、子供を作って生きてきた」みたいな人がガチでいるんだよね。

これより下だと、さすがにカミングアウト経験という人は少ない。

カミングアウトするということは、自分セクシャリティのありかたを、他者(=社会)との関係性のなかで見つめ、考えるということ。

考えた結果、異性愛者的な生き方を選ぶ人も多いけど、ちゃんと世の中と自分とのありかたを考えた末の選択からあんがい後悔はなかったりする。

前者の人ってそういう「見つめ、考える」経験がない。

悩んではいるけど、思春期的な性の悩みにとどまっていて、ちゃん大人として考えたことがない。目をそらしたまま年をとっちゃった。

しかも結局、異性愛者としての人生もうまくいってなかったりして。離婚したり。メンタル病んだり。

そういう人にも、これだけ世の中が変わると、カミングアウトの機会がひょんなことからやってくることがあるわけです。

で、たいがい、カミングアウト相手は年下なのね。

ひとまわりくらい年下の、セクシャリティについてきちんと考えてきていて、オープンにしていて、安定したパートナーがいる、

要はちゃんとした人。

まあ、好きになっちゃうわけです。

気持ち自体は止められないから、しょうがないけど。

でも、カミングアウトはっちゃけ反動からか、平然とグイグイ迫って、盗っちゃうんですよね。

大人の男女の関係ならちょっとありえないような盗り方をするわけ。頭の中は思春期と変わらないから、おかまいなし。

おまけにまだセクシャルマイノリティへの偏見から抜けきれてもないから、男女の略奪と比べたら同性同士ならたいして罪がないと思ってる。

で、性的思考力は未熟でも、なんやかんや年上なりの巧みさもあるから、落とすのに成功しちゃったりもする。

ひとつの安定したパートナー関係を壊して。

年下の側からしたら、年上の人に「打ち明けたのはあなたがはじめて」といわれたら結構ショックなもんだし、話をきいてあげたりしてたらいつの間にか術中にハマってたりするんだよね。

まあ陳腐相談女の手法ですけど。こっちも、モテる男性ほどにそういうことに慣れてるわけじゃないし。

自分もそういう目に遭ったことあるけど、当事者界隈だとわりとよく聞く話。

年上のカミングアウト経験者には近寄るな、っていうの、わりと自分の教訓です。

30代のレズビアンより。

anond:20180528183503

まぁ確かにバイに対してはセクシャルマイノリティというか性欲旺盛なノンケが同性もつまみ食いしてるだけ的なイメージはあるなぁ

ただ同性しかいけないって奴に対してそれに固執するな(異性もいけ)みたいな抑圧があるとは全然認識できないんだけど、例えば増田はどういう時にそれを感じるの

2018-04-30

男男、男女、女女のポルノを見せて性的興奮が見られたかどうかを調査したら

ヘテロ男性は男女ポルノしか反応せず、ゲイ男性は男男ポルノしか反応しなかったのに対し

ヘテロ女性はすべてのポルノに反応し、レズビアン女性は女女ポルノしか反応しなかった

って実験結果があるというけど

(まあ確かに世のエロ本とか見てもそうだろうと思う、女性向けエロは男女モノ以外にBLGL普通に多い)

だとすると「LGBT」って何なんだろうと思う

ヘテロ女性」だと自分で思っている女性は実際は大多数はバイセクシャル、ってなら

LGBTのBは女性に関しては「セクシャルマイノリティ」ではないんじゃないか、と

しろ男女でなければ興奮出来ない「真のヘテロ女性」の方がよっぽど「マイノリティ」なのではないか

と考えると「LGBT」という基準も、男性中心社会が作ったものなんだよなあ、と思う

2018-04-27

身体的性でわけるとセクシャルマイノリティがうるさい。

性自認でわけると「イヤァァァアアアアア!!男の人がいるぅぅぅうう!!!気持ち悪ぅういい!どうして男がいるノォォォオオオ!!?問題解決できない。

2018-04-20

anond:20180420003527

この意見を聞いて思いましたがもしかしたらもともとの質問者さんは

ストレート(男女異性が性的対象)、ゲイ(同性のみが性的対象)のように完璧に人の性癖がラベルを貼って区別できるものというふうに思われているのかもしれませんね。

ですが実際には同性愛者をカミングアウトされた方であっても、その後異性と結婚をしていたり、または先に異性と結婚していてものちに同性と恋愛感情を持たれるケースも非常に多くいます

ですので「ホモ排斥しろ」というのは単純なことではなく「男同士(女同士)のセックス禁止しろ」ということではなく「同性同士で社会生活を送ることを禁止しろ」や「同性に恋愛感情を持つことを禁止しろ」といった非常に広い解釈ができるようになってきます

おそらく質問者さんのようにLGBTに非常に強い嫌悪感をお持ちの方というのは同性愛社会的認知されること自体に強い忌避感を持たれているのではないかと思います

ですが実際にLGBTなどのセクシャルマイノリティ希望しているのは同性婚社会的不利益から解放といった部分のみであり、社会的認知とは全く違った問題になります

法的な支援というのはその部分に関わってくるもので、同性婚についても法的に認められることにより社会的認知度(世間忌避感)がどの程度になるかは全く別に考えなくてはいけません。

LGBTについては数百年前より議論がされてきており、私の意見もそうした先人たちのものによるところが大きいので、むしろ現在感情論による質問者さんのような方はどんどん言ってきてもらいたいと思っているところです。

anond:20180420002141

もっともですが、差別されているかどうかということの大きな根本にあるのが法律であるということから考えて適法違法かをはっきりさせることは非常に意味があると思います

例えば仮に同性婚合法化され、男性同士、女性同士がカップルとなり男女の夫婦と同じ生活を送るようになったところで何か社会的損失があるかということを考えれば「不快感」以外のことはまずないのではないでしょうか。

LGBTを他の性癖区別するのはまさにそこで、他の性癖の大部分は違法か非常に高いレベル倫理的問題があるのに対し、LGBTやその他の性別に起因するセクシャルマイノリティ社会秩序に何ら悪影響を与えることはありません。

社会秩序、というとおそらく公平性倫理観が絡んでくるので混乱を招くのかもしれませんが。

例えば「殺人罪廃止」ということになれば社会秩序は混乱しますよね。

そういった秩序維持にとって最低限度のライン罰則を伴う法律というふうに考えていただければ、LGBTなどの性別に由来した差別根拠がないということがわかっていただけるのではないかと思います

2018-04-19

anond:20180419231228

何千回も言われてることだけどな。

LGBTなどのセクシャルマイノリティ問題なのは差別される要素が「性別であること一点であるから

ペドとかネクロフィリアとか獣姦問題なのが「性別」ではないというところで区別される。

セクシャルマイノリティ性癖の違い

って何?

セクシャルマイノリティ差別されるべきではないのなら、マイナー性癖の人も差別されるべきではないんじゃない?

2018-04-18

セクシャルマイノリティーの先生のはなし

高校生の頃、美術系の学校に通っていた

美術系の授業がたくさんあり美大芸大からも多くの講師が来ていた

その中の1人がA先生だった

先生は歳の頃は30前後スキンヘッド身長180超えてて、スラリと細身で足も長くて顔立ちもはっきりして、見たことないような柄のシャツネクタイとオシャレなスーツばしっと着こなしてて、まるでモデルみたいだった

ただいわゆる「オネエ」言葉を使う人だった

美術系の私のクラスほとんどが女生徒で、A先生はあっという間にクラスの人気者になった

作品講習では歯に衣着せぬ物言いでズバズバ言うにもかかわらず、「全然ダメ!何よこのデッサン!ここのパースが狂いまくってるじゃない!」みたいな調子テレビから出てきたタレントのようで、けちょんけちょんに言われても皆んな嬉しそうにしてい

ある時、休み時間に日直の私が黒板に書き物をしていたら、教壇に立ってたA先生のところにクラス女子が寄ってきて「先生ちょっと聞きたいことがあるんですけど…」と切り出した

の子はいわゆる「腐女子」でBLもの同人誌普段から描いている子だった

「なーに?」とA先生が聞くも、その子はモジモジしてなかなか質問を言わずA先生が重ねて問うてやっと口に出した

詳細は忘れてしまったけど、それはあまりにもプライベートな、性的質問だった

A先生が答える前に、私があんまりびっくりして動揺して、チョークがボキッと折れて床に落ちた

それで2人が私の方を振り向いたので、私は「躊躇ってた割に、すごい失礼なこと聞くんだね」と思わず言ってしまった

A先生はそれを聞いて手を叩いて大爆笑して、私の肩までバンバン叩きながら「ほんとそうよねー!!」と、私がひくくらい笑っていた

質問した子は、それで気がそがれたのかどこかへ行ってしまった

それからまた別の日、A先生が全校生徒の前で壇上に上がって話す機会があった

A先生がしゃべりだすと、他のクラスの生徒がザワザワし出すのが分かった

あちこちで笑ったり、驚くような声が上がった

先生は騒がれてもちっとも気にしない(ように見えた)で話し終えた

私たちクラスの子たちが近寄って行って、「先生すごい騒がれてたよー!」「他のクラスの子から『あれってホンモノなの?』って聞かれた!」などと囃し立てられていた

先生は笑っていた

の子たちが行ってしまって、先生が後ろを歩いていた私に気づいて、「なにが『ホンモノ』なんだか。ほっとけって言うのよ、ねえ?」と口を歪めた

私はこうしたことからA先生は当たり前だけどタレントさんじゃなくて、普段笑って上手に冗談にして返してるけど、本当は本当はセクシャリティのことを話題に騒がれるのは嫌なんだと気付かされた

一度気づくと先生には毎日のように性的からかいが投げかけられていた

生徒だけじゃなくて、先生からもだった

担任から「お前、かわいい男子生徒を見つけても手を出すなよ」と言われてクラス爆笑したり、

学年主任先生もみんなの前で「俺はその気はないからな」とか言って笑いを取っていた

尊敬していた別の講師が、「オネエ言葉なのに女の格好はしないの?」とニヤニヤ聞いてたのを見たときは、私がなんだかシュンとしてしまった

正直、私だって前はなんとも思わなかったでも先生は本当は嫌なのかもと気づいてからは、先生へのそういった性的からかいが、ヒリヒリして聞こえてきて辛かった

他人の私が、またかーってウンザリするくらいだから先生はこういう毎日をずーっとずーっと過ごしてて、怒ったりするのもとっくに諦めてるのかな、と思ったりした

だって女の先生にそういうこと聞いたらセクハラになるんじゃないの?A先生だとオールオッケーなの?

しかし私はおとなしく目立たない地味な、勇気も何もない生徒だったから、幼い義憤をかきたてられても何もできなかった

今思えばA先生オネエ言葉ではあったけれど男の格好をするのが好きといってた

当たり前みたいに先生を「同性愛者」として見ていたけれど、今思えば、恋愛対象が女か男かも、性自認が女か男かもわからない。しかし、一番大事なのは、そんなこと知る必要もないってことだった

大人になって大学社会に出てからも、美術系にはいわゆるカミングアウトした性的少数者が何人もいた

もちろん誰も表立って迫害したりはしないし、ふつうに仲良く過ごす

でも、悪意のない冗談めいた性的からかいしょっちゅう耳にした

その度にA先生を思い出した

誰もA先生を嫌いじゃなかった

みんなA先生が好きで、仲良くなりたがってた

それでも善意で、悪気なく、誰かを傷つけるかもしれないんだなと分かった

大人になって、社会でいわゆるセクハラのような扱いを受けたことが何度かあった

そのたびA先生をまた思い出した

先生、私も笑って受け流してるよ。だって相手に悪意がないのに戦っても仕方ないし良いこともないし そんな深刻な被害でもないからノリのいい女でいた方が生きやすいし

でも先生、なんかこれ削られるね

笑って流して大したことないって顔してるだけで、ちょっとずつ自分が削れていくもんなんだね

私もきっと知らずに誰かを削ってるんだね

まあ私はA先生じゃないかA先生のことが分かるわけでも代弁できるわけでもないんだけどね

今も忘れられないの

2018-04-17

ポリコレとかセクシャルマイノリティとかそういう言い方するから角が立つ

「人のプライバシー配慮しましょう」ってこれだけで終わる。

ホモネタゲイ馬鹿にするのも童貞いじりするのも本当は同じレベルで語られるべきなんじゃないのか

性的嗜好は生まれつきのものだけど童貞は本人の努力不足とかそういう話をしているんじゃない。

そもそもお前は他人馬鹿にする権利があるのかって話だ

2018-04-16

LGBTという言葉が嫌い

最初に誤解を与えないように書いておくと、別にLGBTの人たち自体が嫌いなわけではない。そこに好きも嫌いもない。

自分が単にLGBTに含まれないセクシャルマイノリティであって、LGBTけがセクシャルマイノリティである世間一般認識されることを恐れている。

特別扱いしてほしいわけじゃない。ただ、LGBT以外のマイノリティもいるんだということを知ってほしいだけ。

自分はたぶん、アセクシャルである説明すると長くなるので、アセクシャルって何?という方はググってほしい。

たぶんと書いているのは、無いもの証明できないかである。誰かが何処かに書いていていたけれど、真にアセクシャルであることの証明死ぬまでできない。だから「おそらく」としか言えない。そういうことを言うと必ず返ってくるお決まりセリフ、「まだ本当に好きな人出会ってないだけだよ」という言葉こちらに向けないでほしい。それはうんざりするほど聞いている。そういう問題ではないのは本人がよく分かっているから。私はどんな人間にも性的な魅力を全く感じないだけだ。

自分アセクシャルからかどうかは知らないが、基本的仕事であれプライベートであれ、関わる人間性別意識することはあまりない。誰にも恋愛感情を持たないのだから相手性別なんてどうでもいい。そんなことよりその人が「何を考えているのか」「何ができるのか」ということの方に興味がある。

から、とくに尖った才能のある人なんかには惹かれる。惹かれるが、それは単純な好奇心に似ている。極端にたとえるなら、スポーツ選手歌手に憧れるようなものだ。憧れは同性異性に関わらずあると思う。そして、自分にとって他人への関心は能力に対する憧れ以上のものではない。

能力というと大げさだが、美味しいお店をたくさん知っているとか、ガンプラにくわしい、とかそういうレベルでも能力だと思っているので、つまり自分が持っていないものを持っている人と仲良くはなりたいと思うことはある。ただし、友情以上にはならない。

少し前に、LGBT気持ち悪い人の話が話題に上がっていたけれど、あの記事に出てきた人は「本能的に同性愛者を拒否してしまう」と言っていた。もしあの記事で例えに出ていたのが同性愛者ではなく無性愛者だったらあの人はどう思うのだろう。それもまた「理解できない、気持ち悪い」と思うのだろうか。

アセクシャルであることで最も面倒だと思うのは、「全ての独身者恋人(あるいはパートナー)を欲しがっている」と認識している人の対応だ。

恋人いないの?なんで?」

恋人いないなら付き合ってよ」

恋人いないなんてもったいない

そういうことを言う人は少なからずいる。その人達は目の前にいる人間アセクシャルである可能性なんて微塵も考えていないだろう。そういうところが悔しい。というか、そういう社会に不満がある。

それでも10年近く付き合いのある友人たちからはその手の話題は減ってきたので、理解してもらえたのかな(あるいは同性愛者だと思われているかのどちらか)と思っている。カミングアウトしたことは一度もない。何れにせよ、恋愛関係話題を振られないのは助かっている。

問題会社人間など、そこまで付き合いの深くない人とそういう話題になったとき場合だ。これは非常にめんどくさい。

なぜ世のマジョリティの大半は、目の前にいる人間マイノリティかもしれないということを考慮しないのだろう。おそらく自分マジョリティからそういう考えにすら至らないんだろうなというのはわかる。わかるが、それが悔しい。

じゃあどうしたらいいんだよ思われるかもしれないが、まず「相手異性愛である」という前提で恋愛の話を振るのが間違っていると思う。

たとえば話している相手雑談の間に「結婚している」とか「好きな人がいる」とかもしくはその手の兆候のある話を聞いたら、「ああこの人は性愛者なんだろうな」という認識はできる。それからもう少し詳しく聞いてみれば、その人のパートナーが異性なのか同性なのか、年下なのか年上なのかどこの出身なのかわかる。そういうことがわかるまでは、異性愛者と思い込んだ状態で話をしないでほしいと思うだけだ。

今まで何度も「異性愛である前提」で話を振られることが多くてうんざりしている。

どうして一度も「○○さんが好き」とかその手の話をしたことがない人に異性愛者だと思われているんだろう。それはアセクシャルである自分にとって長年の疑問だった。その人にとっては異性を好きになるのは当たり前のことだったのだろう。でも、自分はそうではない。だから、それが当たり前である社会が嫌いなのだ

LGBTへ対する差別話題になりつつあるが、その他のマイノリティの中のマイノリティについてはまだ知らない人が多いと思う。だからLGBTという言葉けがひとり歩きしているような現状が嫌なのだ

さて、学校会社で新しい出会いが増える時期だと思うが、皆様にはどうかセクシャルマイノリティのことを頭の片隅に置いてほしいと思う。理解し、賛同しろと言っているわけではない。ただそういう人がいるということを知識として知っておいてほしいだけだ。そして、初対面の人にはできるだけ「異性愛である」前提で話を振らないでほしい。自分から言うのはお好きにどうぞ。だが、相手が話し出すまで恋愛話題は避けてほしい。それで不愉快な思いをする人がいるかもしれないから。

こういうことを、前述した記事に出てきたような人に言ったら「いちいち異性愛者じゃないか気にしないといけない社会なんて息苦しい」とか言われるんだろうか、とふと思った。

でも、今までもこれからも我々はマジョリティの皆様に気を使って生きているわけで、少しだけ少数者のことを気にかけてもほしいと思うときがあるのだ。

LGBT当事者の端くれだけど、「LGBTが気…本音」の記事炎上の仕方に違和感がある

やましい内容でもないので、オープンにしてあるほうのはてなブログで書こうか迷った内容なのですが、

私のことをセクシャルマイノリティと知らない読者さんも多いことだと思いますので、念のため自衛のためにこちらに記させていただきます

(メインの記事当事者視点で語ってしまうと、自動的カムアウトしてしまうことになるため、という意味です。)

LGBT気持ち悪い人の本音 「ポリコレ棒で葬られるの怖い」

https://withnews.jp/article/f0180406003qq000000000000000W03j10101qq000017134A

昨今、こちらの記事が「いじめる側の理論であると、かなりの勢いで燃え盛っていますが、

私の一読した感想としては、「どちらかといえば、「理解しよう」としてくださっている側」かな、と思いました。

たとえば、記事中の、

「同性パートナーだと保険金の受取人になれないんですよ! 3年前に知って驚きました。そんな不都合は、すぐ解消してあげたらいいと思うんです。」

こういったところに、このような感想がすぐ出てくるということは、ほんとうに忌み嫌っている側でもないし、共存したくないと思っている側ではないと思ったんです。

「そういう人はいてもいいと思うし、自分にはよさはわからないけれど、それが原因の不都合があるのは不平等から解消されるべき」

という思想は、決して叩かれる側の思想ではないと思うのです。

急に風潮が変わってびっくりしている、とか、自分にとっての当たり前が急に当たり前ではなくなってしまって社会の変化の早さに戸惑っている、と言ったふうに、

この記事から感じられたのは、「戸惑い」の感情でした。不理解、ではなかったように思われます

率直な感想として、率直でいいと思います

実のところ、何を美しいと感じたり、何を好ましいと感じたり、何を疎ましいと感じたり、何を吐き気がすると感じたり、するかは個人思想自由であって、見ず知らずの他人正義感から本音を語るような場ですら)「差別的から発言してはいけない」、といって規制していいものではないと思うのです。

この方はじっさいゲイ活動家の方にあって話をし、その場で相手を怒らせたわけではなく和やかに話を終えて場を去ったことでしょう。

そして、別れた後から、「あれが、本当のLGBTか、良く解らない……。自分と同じ性別を愛するなんて理解不能だ」と自分の中で反芻する。

それで、とても、いいと思います

自分は、LGBTのなかでも、(ここで具体例としてあげられた)ゲイではなく、T(トランスジェンダー)なので、

ゲイの方の感想はまた違うかもしれません。

LGBTとひとくくりにされていますが、LGBとTは本質的に違うもので、おそらく、LGBの方の納得する「社会理解」とTの納得する「社会理解」は、

段階的にかなり異なっているものであるのではないかと思われます

LGBは恋愛にまつわるマイノリティですから恋愛(~結婚、家庭)に対する社会の捉え方が変化すればそれですべて問題解決するのです。

そこで、現状のところ、上記で述べられたパートナー保険金を受け取ることが不可能だといった制度上の不都合は、解消されるような流れになりかけているように見えます

そして、制度上の不都合解決された先に求めるのは、「同性愛をめぐる目線への不都合の解消」になることかと思われます

一言で言えば、「同性愛異性愛と同じぐらい自然ものだし、同性愛からかったり、あるいは過度に神格化してほしくない」といった要望になることでしょう。

そういった段階の不都合辟易しているLGBの方からすれば、先ほどの記事の人はそのようなからかうような視点をまだ拭えてはいないですし、おそらく、自分たちを攻撃してくる対象と映ることでしょう。

自分はTのほう、トランスジェンダーのほうであり、トランスジェンダーの中でも比較的少数派のTGなので、「身体性別性自認が異なり、かつ、身体的な改造を求めないタイプになります

社会的に性自認の方で生きられれば充分、といったタイプではあるので、自分が最も求めている「社会理解」は、生まれつきの身体のまま、戸籍等を性自認のほうに変更することが可能になること、になります

まりTGは「性別というものの捉え方」にまつわるマイノリティなので、性別のものに対する社会の捉え方の変化を要求しているのです。

ちなみに、私の外見につきましては、初対面では99.999999パーセント身体の方の性別認識されますあくまで、中性的ファッションを好む人、と認識されています

性自認のほうのファッションを購入し着用しておりますが、ジャストサイズの服で、かつ社会に紛れて違和感がないものをチョイスしていますので、変な話、異性装とすら認識されることはありません。

TGである私の求める「社会理解」は、この状態で、どうみてもそういうふうに見えない「もう一つの性別」として扱え、と要求しているわけです。

……どうですか?受け入れられますか?

「うっ」と思いませんでしたか

これを認めてしまえば、社会が混乱すると私も思います

というのも、これは、今までの性別というもの概念をいったん壊して再構築するように社会要求しているわけですからちょっとハードルが高いことだと思います

目の前の男性/女性に見えるAさんについて、本人に聞くまで性別がわからないという状態です。

現代社会では、目の前のAさんはどうやら男性っぽいか男性だろう、と決め打ちしてかかることが当たり前のように許されていますが、

その行為自体が「失礼」になり、本人が「男性です」と答えるまで、どうみても男性でも「性別不明」として扱わなければいけない社会になりうるわけです。

とうてい達成されうる目標だとは思えませんし、それにこれがもし達成されてしまった場合不利益を被る人が出てくるでしょう。

初対面でまだ性別を明かしていない相手からスマート男性/女性扱いやエスコートをしてもらえない社会になるわけですから

もし、こういう風潮になった場合、かなり困惑……しませんか?

多分、先述の記事男性困惑ってこういうタイプの「困惑」じゃないかと思うんです。

同性愛違和感がないという人で、先述の男性困惑感想否定的感想を言っていた人は多いですが、確かに同性愛理解やすいんです。

でも、同性愛はすんなり理解できても、トランスジェンダーの中の狭義のTGを同じように理解することが出来ない人は結構いるんじゃないかと思います

どうでしょう

「初対面で性別不明扱いにするのは、中性的な外見の人に限定すればいいのでは?」というアイデアもありますが、それもまた、難しい問題を孕んでいます

というのも、中性的からといって必ずしもセクシャルマイノリティだというわけではないからです。確かに中性的な男女に少なからセクシャルマイノリティが紛れ込んでいるのも事実です。しかし、そうでない人も多いです。

学生のころ、中性的雰囲気同級生がたまにいましたが、その中で何人かは現在トランスジェンダーとしてカムアウトするようになりましたし、

そして、何人かは既婚者になりました。つまり、当たり前のようにいた中性的学生たちの中には、多くの異性愛者と少数のトランスジェンダーがいたわけです。

彼らの性自認が「どっち側」なのかは、外見から見分けるのは困難だと思います。私も、彼らが大人になってカムアウトしたから「ああ、そうだったのか」と知っているにすぎないですし、当時はわかりませんでした。

このあたりの事情を鑑みますと、万人が納得する「理解」や「共存」って実は結構難しいですよね、っていう感想です。

VR空間なら自由に生きられそう。

2018-04-09

アウティング暴力カミングアウト権利であれば

異性愛者が全員自発的に「カミングアウト」した場合はどうなるのだろうか。

カミングアウト権利なのだから異性愛者全員が「私は異性愛者です」と言う権利も認められる。

しかし、そうすると実質的には異性愛カミングアウトしていない者が何らかのセクシャルマイノリティということが露見するわけで、実質的にはアウティングと変わらなくなる。

セクシャルマイノリティであることを隠そうとすれば、自分を偽って「私は異性愛者です」と言うしかなくなる。

こうなると異性愛者がただ自らの権利行使することが暴力になりかねない。

2018-03-18

anond:20180318083231

日本では女性差別人種差別セクシャルマイノリティ差別なぞはそれぞれ別の問題みたいに思うかもしれないが、アメリカだとすべての差別を同一の問題ととらえて協力するらしいぞ。たとえば黒人差別反対運動女性が協力したりとか

2018-02-27

anond:20180227133418

ある社会制度差別的ではないかという不断の提起と検討は、差別のない社会を実現するうえで極めて重要ものである女性専用車両男性差別ではないかという提起も例外ではない。

だが提起の妥当性は、「他の差別と外形的な一致をみるから」という一点のみによって証明されるわけではないし、議論をそこでやめるべきでもない。...(中略)

その議論過程においては、「痴漢被害経験のある男性」の存在が指摘されるだろうし、セクシャルマイノリティを包括した社会制度必要性といった論点も出てくるかもしれない。

元増田は外形的な一致のひとことで済ましてしまっているが、そもそも差別元増田の言う意味の)かどうか、その区分けの非合理性を論ずることは重要だ。

女性専用車男子中学生が入ることは推奨されていないが、かく言う俺も中学生の時に痴漢にあったことがある。同じような境遇の子どもたちが議論の外に漏れしまっているかもしれない。だとすると彼らは選択余地無く痴漢の的にされていることになる。

しかしそれは、「現今の環境下では許容せざるを得ない差別」と「不当な差別」という区別の導入の所産ではないのである

元増田の論に乗った上で「差別だと認めろ」の要求反論するためには、区分け合理性を主張するしか無い。差別が悪だという認識がある中で、それは再検討への圧力になる。貴方の考える議論が促進されることになるだろう。その意味でも元増田の主張は意義深いと思う。

元増田が導入した視点は、現状、区別差別曖昧理解されている中に、「差別か」「であるならば現今の環境下では許容せざるを得ないか」の二段階に分けて考えることを提案したことだ。

前者の視点シルバーシート差別でないと判断できる。後者視点日本人専用車は許容できないと検討しうる。この部分は別の増田と同じ意見だと思う。

元増田: 不当な差別と現今の環境下では許容せざるを得ない差別は、外形上区別できない。だったら、変な理屈をこねて後者を「差別じゃない!」と言い繕うべきじゃない。それは前者をも免罪してしまう。

明示されているわけではないが「変な理屈」というのは例えば、”被害者の助けになっているので、女性専用車差別では無い”のようなものだろう。

しか差別の実質について、倫理的技術的・合理的歴史的観点で精査することは意義深いと思う。慎重に検討された多角的評価は、天下り的な定義に比べると説得力を持つ。問題なのは、それらを組み合わせた総合的な判断差別かどうかが判定されることの危険性だ。どの基準判断をどれだけ重要視するか? 議論の結果には発言者立場権力が大いに影響しうるし、文化や偶然によって結果が決まると思う。

ケースバイケースで意味を柔軟に引き伸ばされて運用される。少なくとも市井フェミニストリベラリストの間では差別概念はそのように扱われている。元増田はこの事態警鐘を鳴らした。

差別ではあるよね」の合意ナンセンスで自滅的

https://anond.hatelabo.jp/20180225105423

それらは不当な差別だ。でも、不当な差別と現今の環境下では許容せざるを得ない差別は、外形上区別できない。だったら、変な理屈をこねて後者を「差別じゃない!」と言い繕うべきじゃない。それは前者をも免罪してしまう。

元増田の主張の基本線は上記記述に集約されるのだが、そもそもこれはかなり疑わしい主張である。外形上区別できないならその時点で全部同じカテゴリーにくくるべきだという主張は全く自明ではないし、もっともらしいものでもない。我々は外形上区別できないもの区別すべきでないんだろうか? そんなことはない。

たとえばある人物解雇されたとして、それが雇用差別の結果であるかどうかは外形上(解雇された)の議論では決着がつかない。差別の結果として職を失うということは当然あり得ることだが、だからといってあらゆる解雇は外形上雇用差別区別がつかないので差別であるなどというのは馬鹿げた主張である元増田の主張はそのレベル

我々は提起されている「差別」(女性差別でも、男性差別でも)の実質について、倫理的技術的・合理的歴史的観点から精査を加えることができるし、そうすればよいだけの話である

そしてそれは「変な理屈をこねて後者を「差別じゃない!」と言い繕う」こととは違う。その種の精査を「変な理屈をこね」ることだと頭から決めつけて、差別論が外形的・表層的な次元に留まり続けなければならない理由はない。もちろん、提起された「差別」が差別ではないことの指摘や反論の中に「変な理屈」が紛れ込んでしまうことは当然ある。しかし我々はその「変な理屈」をあらかじめ排除することなどできないし、あらゆる指摘や反論が「変な理屈であるわけでもない。外形上区別できないものの実質を精査することを「変な理屈」と規定するのであれば、我々は差別について意味のあることをまるで考えられなくなるだろう。

さらに、

加えて、差別差別である認識されていない状況はそれ自体不正であるから、というのもある。「○○は単なる区別から差別じゃないよね~」という言辞に、どれだけの被差別者が苦しめられてきたか。そんな言い分を許さないことは、正義への一里塚だよ。

元増田は述べるが、しかしその代わりに「現今の環境下では許容せざるを得ない差別」と「不当な差別」の区別是認されるのであれば(そして、女性専用車両は前者に属するので一定正当性があるとする増田は当然是認するわけだが)、「○○は単なる区別から差別じゃないよね~」という言辞は、「○○は現今の環境下では許容せざるを得ない差別から、不当な差別じゃないよね~」に取って代わられるだけであり、彼の主張にとってこの区別是認は自滅的である

しろ、現下の社会においては「差別」という言葉に強い道徳的負荷が伴っているため、ある行為が「差別」ではないかという疑義を呈されれば、疑義を呈された側は「差別でないこと」の証明に取り組まざるを得ない。女性専用車両差別ではないかという元増田問題提起が強い反発や反響を呼んだのも、この「差別」という言葉が持つ道徳的負荷ゆえなのである

ところが「現今の環境下では許容せざるを得ない差別」という言辞は「差別のものアプリオリには否定されない」という前提の導入を意味するため、「差別」という概念が持つ道徳的負荷を希釈することになる。それが被差別者発見や救済につながるという主張は甚だ疑問である

なぜなら、「現今の環境下では許容せざるを得ない差別」という言い方によって新たな差別問題認識されたところで、それが「現今の環境下では許容せざるを得ない」と認められているうちは、その問題真剣吟味対象になることはないからだ。

むろん、これは「差別区別」のレトリックでも同様であるわけだが、要は「現今の環境下では許容せざるを得ない差別」という概念を導入すべきという元増田の主張が、彼自身が提起している問題解決に何ら貢献しない(それどころか、悪化させる恐れすらある)ことを意味している。

以上を踏まえると、「差別ではあるよね」の合意ナンセンスであるばかりか有害ものである可能性もあり、ロジック自体も自滅的であると言わざるを得ない。

言うまでもないことだが、ある社会制度差別的ではないかという不断の提起と検討は、差別のない社会を実現するうえで極めて重要ものである女性専用車両男性差別ではないかという提起も例外ではない。

だが提起の妥当性は、「他の差別と外形的な一致をみるから」という一点のみによって証明されるわけではないし、議論をそこでやめるべきでもない。

女性専用車両いかに不当に男性尊厳を傷つけるものであるか、不利益をもたらすものであるかについて、丁寧に議論すればよいだけの話である。もちろんその議論は様々な批判や反発に晒されるであろうが、そういった議論応酬以外に我々の差別に対する認識を深化させる方法はない。

その議論過程においては、「痴漢被害経験のある男性」の存在が指摘されるだろうし、セクシャルマイノリティを包括した社会制度必要性といった論点も出てくるかもしれない。

しかしそれは、「現今の環境下では許容せざるを得ない差別」と「不当な差別」という区別の導入の所産ではないのである

なお筆者は、女性専用車両自体女性安全公共交通機関の利用を保障するうえで次善的に妥当措置であると考えるが、そもそも女性専用車両存在しなければならないような社会の在り方は女性差別であると考える。女性専用車両男性差別であるという主張もそれ自体排除するつもりはないが、元増田を含め外形上の一致以外の議論提示されないので検討しようがない。現時点での本邦の司法判断は、女性専用車両男性に対する不当な取り扱いであるとは見なしていないようである

2018-02-21

ちょっと聞いてくれ

私は女で

バイというか

ビアンというか、

とりあえず彼女がいるんだけど。

めっちゃくちゃに愛されててやばい

彼女高校同級生

高校生当時はあんまり接点無かったし、

しろお互いちょっと苦手?

みたいな感じだった。

高校卒業して2年後くらいに連絡とったら、

実はめちゃくちゃ趣味が合う事を知って、

そっからめっちゃLINEする日が続いて、

それが今まで続いている、

約3年間毎日LINEしてる、

よく考えなくてもやばい

一年前、

普通に話をしてたら

セクシャルマイノリティな話になって、

彼女男性へのトラウマとか母親ネグレクトされた経験とかを聞かせてくれて、

そこからもっと親密になった。

それから数ヶ月してから、抱かれた。

なんかもう説明は省くけど、

めちゃくちゃに興奮されながら抱かれた、

その後付き合ってないのに指輪もらった、

その後好きですって言われて付き合うことになった。

それから1年と2ヶ月、

なんかめっちゃラブラブなんだがどうしよう。

こんなつもりじゃ無かったんだけど。

彼女の気の迷いに付き合ってあげて、

彼女が私に飽きてきたら別れようと思ってたのに、

なんか今でも愛されてるし、

わたしも本当に好きになっちゃったしどうしよう。

どうしようっていうか、今のところ迷いは無いか

ただの惚気なんだけども。

私わりとメンヘラ気味でめんどくさい性格なのに、

めっちゃ好きとか言ってくる。

彼女フリーターだけど

あなたを好きになってから

ちゃんとしようと思って

がんばって資格とる」って言って、

本当に資格とって上の級目指して今も勉強してるし、

「上の級とったらいいとこ就職してお金稼いで、

結婚式したいし、

純白のドレスあなた見たいし

ハワイ新婚旅行行きたいし

ティファニー指輪買ってあげるし

毎月デパコス買ってあげる」

とか言ってる、

なんかそんな、ねえ、すごい。

高校の頃の彼女から

考えられないような言葉ばかり。

人って変わるんだなぁって、なんかそんな感じ。

もし資格をとれなくても

結婚式できなくても

ハワイにいけなくても

毎月デパコス無くても、

ティファニー指輪が無くても、

それでもあなたがいたら

それでいいよって、

思ってる私。

私自身も変わったなぁって思う。

一気に書き殴ったか文章もめちゃくちゃだし、

性癖もめちゃくちゃだけど、

いろんな人生があるなぁと、

あと惚気けたかたから書いた。

皆に言いたいけど、

女同士じゃやっぱり差別がネックだ。

わかってくれる人は、

めちゃくちゃにわかってくれると思うんだ、

だれか俺らのエピソード小説とか漫画化してくれ。

ありがとう彼女

2018-02-03

だって全力で恋してる

ストレート女友達が、「飢えすぎて女の子に恋したかも」みたいなことを言っていた。

具体的にどんなことが楽しい、嬉しい、云々。

正直、ふざけないでほしいと思った。

それを笑って言っていられるなら、恋だなんて軽々しく言わないでほしい。

私がほとんど女性しか恋できない人間だと知ってくれているのに。理解してもらえていると思っていた。

恋の尺度なんて人それぞれだ。どこからが恋だ、と分ける線引きを決められる人はいない。だから自分が思ったその瞬間、恋が始まっているんだと思う。

だったら「かもしれない」なんて保険をかけるなよ。

「同性を好きになる」という私からしたら日常にある行為を、馬鹿にされたような気がした。

貴方からしたら、人生でたった一度の同性への恋かもしれない。だったら、そうやって自分ごまかして「あれはやっぱり恋じゃない」って流すのもアリなんだろうけど。

だったら私が今まで、そしてこれから先も、同性を好きになって、結局叶わないから泣いて、苦しんで、そういう行為は全て流されてしまうんだろうか。

こんなことで友達じゃなくなるなんてことはない。両手を超える年月の親しくしているし、これから彼女とはお互いの趣味を共有していくだろう。

けれど、心のどこかでこの出来事はずっと引っかかり続けると思うと、つくづく自分セクシャリティが嫌になる。

だって好きでレズビアンをやっているわけじゃないんだからさ。

こんなことを思ってしまうのだから大勢の人へのカミングアウトなんて到底無理だし。社会はやっぱりセクシャルマイノリティにとって生きづらい。

後付けで申し訳ないけれど、全ての同性愛両性愛)の人やその他セクマイの人たちがこう思っているわけではないと思う。

ただ私が、「同性に恋することを特別視される」のが嫌だっただけなんだ。

恋はすばらしいものだ。相手性別なんて関係ない。そういう世の中になればいい。

もし彼女の「かもしれない」が確定的なものになるのなら、私は全力で応援する。

2018-01-15

anond:20180115021429

私もバイです

性自認は女なんですけど、増田さんのように正直どっちでもいい。でも女性らしさを求めてくる人は苦手

ただ、好きになるタイプ女性は可愛らしい人で男性ガタイが良い人かな

女性らしい人と男性らしい人が好きなのかも。自分規範的な「らしさ」から外れてるくせにね笑

なんていうかもう正直「周りに理解求めない」ことが正解なんじゃないかなって思って生きてます

からバイってことは隠してる。理解する気ゼロなのに興味本意で嫌なことまで聞いてきて勝手気持ち悪がられるから

LGBTとかセクシャルマイノリティとかって理解してもらうのは無理なんだと思います。ほんっとに人それぞれ違いますしね

自分は本当の一部の人達だけバイであることを知ってて、普段は多分ストレートだと思われてて、時々同士で愚痴り合います

今の日本で生きる私の最適解がこれです

本当はどうしたらいいんでしょうかね?

2017-12-30

anond:20171229012556

この増田がXジェンダーだってなら、この世の女のかなりの割合がXジェンダーとなって

それは最早セクシャルマイノリティ」ではないのでは、と思う。

他もセクシャルマイノリティとされてるものって、あくまで男基準であって

女だったら珍しくもないものがそこに含まれてるよね。

バイセクシャルとかアセクシャルも、女なら本来マイノリティとは言えないんじゃないだろうか。

anond:20171230142046

中年童貞の本の中でも「自分セクシャルマイノリティだと主張しだす」というのは類型として描かれてたのでありがちな発想だと思われます

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