はてなキーワード: ゴミ捨て場とは
なんとかならないのかな。
逆ギレするかひたすら聞こえない振りをするあやつら。
そもそもたまたま1匹追い払ったところで
コバエかゴキブリかのように沸いて出るあやつら。
平日朝に車に乗る一般市民はほぼ出勤通学のためだ。
空き缶乞食は日々増えている。
この町全体に30匹いるとしたら1080万だ。
毎日毎日300kg近い空き缶が出るというのもスゴイ世の中だが。
1080万丸々とは言わないがいくらか自治体を潤すわけだろう?
こちとらただでさえ少ない給料からクソ高い税金払ってるってのに
勘弁しろよ。
複雑な話なのはわかってるさ。
家捨てて乞食やれって勧めるみたいだしな。
マジで。頼むわ。
そうした光景を見ると、途端に夢がなくなる。
だってそうじゃないですか。
テレビゲームの世界なら、〝どう見ても勝ち目のない戦いに挑むロマン〟は人を魅了するかもしれません。
だがしかしですね、現実世界では弱き者はただひたすらに弱いのです。
ウチはこれ以上、シバきにシバかれ、心に巨大なカサブタがいくつも出来ている弱者を見たくありません。
ヒョロ短い人のブサイクな乾燥ヅラに、屈強で鬼長い人が上から下に拳を――まさに滝の流れの如く振り下ろす。
NO! それ犯罪ですよ٩(๑´3`๑)۶
「殴りてぇ。あやつを殴りてぇわぁ~」
誰でも彼でも、一度や二度はそのような怒りのエネルギーを燃やしたことが、あると思います‼
人類は総じて直情型のボケナスなのは致し方ありませんし、誠に残念で、清く回転していた地球が黒く腐るような、大残念な事実でしょう。
さようではございますが、人類は「我慢」によって文明を発達させたのです。
それをお忘れではないでしょうか?
つまりですね、暴れる高身長の人類は、文明を破壊する地球のガンに他なりません。
それにより、ウチの神経は大分高まっておりますし、脈拍は測りきれないぐらいに速度を増していて、今にも悪魔様に絶対服従してしまいそうなのです。
高校生時代、ウチの男友達であるコンボウ君が、自分よりも7センチ大きな女の子に愛の告白をすると、「小さいのが……ちょっとネ」と即座にフラれていました。
春の夕暮れ時、にんにくサプリメント常用者の朝立ちを思わせるようなピンとした姿勢で。
ちょっとだけ残る陽射しに背中を押されて帰宅する様は、まるでおいたをしたちびっ子のようでした。
ここまで書いておいて申し訳ないが、今さっきお母さんが部屋にジャマしに来たせいで、しっかり考えていた劇的なオチが全て消え去ってしまった。
お母さんは、「ゴミはないかい? 捨てて置いて上げるよ」と好意を持って接してくれたのだが、文章書きに集中していた俺は、「うるせぇボケ。二度と顔見せるな。消え失せろタコナス」と罵った。
どうして最愛のお母さんに、そこまで思慮分別のない悪質な言葉を放てるのか。
俺は何時間も自問自答した。その間ずっと、胃の中心に鉛を投げ入れられたかのような重い、重い、重い、罪悪感に包まれていた。
条件反射とはいえ、生みの親に酷い言葉をぶつけるなんて人間失格だ。
切ない気持ちのゴミ捨て場があるなら、そこに虚し過ぎる俺自身をぶち込みたい。
いっその事、死んだ方が良いのかもしれませんね。
私は主催本部ブースでインフォメーション役のようなことをしていた。私が在籍していた企業の催すイベントではパンフレット全参加者購入制で、パンフレットにはサークル一覧の他に当然の事ながら注意事項と会場図面が記載されていて、パンフレットを見れば全てとは言わないが、大体のことがわかる。
しかし、主催本部へ質問にくる参加者の大部分はそのパンフレットに記載されている事を聞きにくるのだ。
例えば「出口はどこ?」「ゴミ捨て場はどこ?」サークル参加者なら「発送した荷物の受け取りはどこ?」等だ。
先述したがパンフレットは全参加者購入制だからこの質問にくる人々はパンフレットを持っている。だが、皆読まないのだ。サークル側に至ってはサークルチケットと共に要項と荷物受け取り場所が記載されている図面も送っていた。でも、読まないのだ。わからなかったらとりあえず聞けばいいと思っているから。
正直所持しているパンフレットに載っている事をわざわざ本部まで足を運んで聞く姿は滑稽に感じる。
繰り返すがパンフレットはゴミではない。わからないことがあればとりあえず開いてみて欲しい。読んでもわからないことがあればそれはこちら側の責任だ。遠慮なく聞いて欲しい。
年収・労働時間とも自分のほうが多く、夫のほうが時間のゆとりがあったが(年換算500時間)、結婚当初から、ゴミ捨ては自分がやっていた。
特に缶・ビンは、市販の飲料・アルコール類を一切飲まないので、ほぼ100%、夫が出したものだ。
ゴミ捨て場が目の前だった時は、それほど苦ではなかったけれど、マンションに引っ越して以来、ゴミステーション(24時間ゴミ捨て可)が遠く、負担に感じるようになった。
1年ほど前に子どもが生まれて以来、オムツを捨てるため、ほぼ毎日、ゴミ出しをしている。
しかし、相変わらず、夫はゴミを捨てようとせず、ゴミ箱が満杯だと文句をいう。
自由に外出できなかった出産直後だけは、頼み込んで、時々、捨ててくれた。
今は、頼んでも、面倒だ、出勤時は時間がないと言って、代わりに子どもと遊んでいる。
もちろん、ゴミをまとめる行為は一切しない。通販で届いた荷物のダンボール箱は畳まず、不要なチラシは机の上に置きっぱなし。
毎日、抱っこ紐またはベビーカーに子どもを乗せ、両手にゴミ袋を持ち、よろよろしながら慌てて出かける。
一体、何をやっているのだろう。出産前は、ほとんど自炊せず、お互いに家事は二の次だった。
家事・育児の分担について考えず、イメージだけで、子どもが欲しいなんて願うべきではなかった。
夫は、中華鍋や出刃包丁など、調理器具を買い集め、気が向くと料理をするが、食器は洗わない。洗うのはザルと鍋だけ。
離乳食を始めて以来、洗い物の量が増え、やはり負担が重く、例年以上に、手はあかぎれだらけになってしまった。
育児休業期間中の今はまだしも、仕事復帰後は、さすがに一人では厳しい。
問題は、本人はまったく自覚がないこと。「はてな」嫌いだから、ここに書いても届かないけど、人任せのその態度は間違っている。
たとえば、ドローンに液体を積んで無差別な何かをやらかす輩が現れたとして、どうやったら被害を最小に抑えられるだろう。
繁華街のゴミ捨て場とかなら、機体を設置した瞬間もわかりづらいし、そこから上昇しながら液剤を散布するだけでも、いろいろ厄介なことになると思うのさ。
その液体が可燃性だと、とても面倒だよな。
そこそこ人生に絶望してる人間が100万をドブに捨てる覚悟で創意工夫をすれば、とても鬱陶しい事件を起こすことだって出来るんじゃないかなぁ。
[追記]
別にドローンが危険だと言いたいのではなく、加害行為に知恵とアイデアを注ぐ輩にはどう対処すればいいのかなぁという、ボンヤリした考察です。
電車の網棚にガソリンを置くだけでとても嫌な事件を起こせると思うし、かといって乗客の手荷物に対して全数チェックは不可能だ。
「起点を排した統一的な呼称が無くなる」というのはわかる。それがどう「問題」なのかがわからない。ただ、俺が見落としていることがあるかもしれないので、それを知りたいと思って食いついている。
ラベルがなくなれば認識しづらくなるのは、個人の認識レベルでもそうでしょ。
山田さんが戸籍筆頭者なら、子供も山田姓で、母親が鈴木姓を名乗っていても戸籍上の姓が山田なら、子供は自分の家を「山田家」であると認識できる。
ここでわからないのは、俺は山田-鈴木一家について「ラベルが無くなる」と考えていないこと。だって無名一家になるわけじゃないから。むしろ「山田家」も「鈴木家」もどちらも正式なラベルだし、どちらで読んでも正統だ。
混乱する? 今までの流儀に慣れていた人にとっては混乱するかもしれない。が、既に述べたように日常生活の家族単位で複数の姓が混在することはあり、ほとんどの場合で特定の人を起点とした関係性で呼んでいるのだから、たいした問題ではない、というのが俺の立場。役所の人は今までと手続きが変わって混乱するかもしれない。それをコストと呼ぶなら確かにコストだろう。
子供は混乱しないよ。生まれた時からそうなんだから。スミスさんと佐藤さん夫妻の子供は自分をスミス一家でありかつ佐藤一家であると認識して何も混乱しない。
町内会のゴミ捨て場の清掃担当とか、家の誰かを起点にする意味が最初からないことから、
山田さんの身内の誰かが不祥事を起こしてたときに「山田さんちも大変ねぇ~」みたいな、誰のことを言っているのかぼかして表現したいときまで。
いや、こういうシチュエーションで、話をしている人は戸籍筆頭者名が何かなんて一切気にしないと思うんだが。
それが「山田さん」になるか「鈴木さん」になるかは夫妻がどう自己紹介するかとかどっちの存在感が大きいかとかいくつかのファクターがあるけど、山田さんで通じるなら誰も何の疑問も持たずに山田さんを使うだろう。
近所に山田さんが複数軒あったら、自然発生的に姓以外の識別子を使うでしょ。同様に、山田-鈴木夫妻の呼称も自然発生的に決まると思うんだけど。
現状の日本(大多数が夫の姓に揃える)文化であれば、近所の人は山田-鈴木夫妻を自然に「山田さんのお宅」と呼ぶようになる可能性は高いだろうとは思うけどね。その際に鈴木花子さんはいちいち「いえ鈴木です」と訂正してまわることはしないだろうし (実際の別姓家族はそう運営してるから)
前のレスで書き忘れたが、これは「日常的な呼称の問題」ではなく、起点を排した統一的な呼称がなくなる、という問題。
日常に使わなかったとしても、あくまでどこかに正式(というと語弊があるかもしれないが)な呼称が存在しているかの問題な。
書類上の概念として、山田-鈴木夫妻を「山田家」あるいは「鈴木家」という単一のラベルで扱えなくなる、というのはわかる。だが事務手続きの話ではないという。
ラベルがなくなれば認識しづらくなるのは、個人の認識レベルでもそうでしょ。
山田さんが戸籍筆頭者なら、子供も山田姓で、母親が鈴木姓を名乗っていても戸籍上の姓が山田なら、子供は自分の家を「山田家」であると認識できる。
これが戸籍上の姓まで違うなら、自分と父母を含めた集団を「山田家」と呼ぶ理由を失うことになり、
個人的な関係性から父-自分-母をつなぐものとして「自分の家族」を認識するしかなくなる。
「日本」という国だって、「自分たちが住んでいる国」と認識するより、「日本」というラベルがあったほうがわかりやすい。
何か具体的なシチュエーションで、「◯◯家」全体を呼称する唯一のラベルが失われることによる不具合ってのを出してくれたら、俺も理解できるんじゃないかと思うんだが、例えばどんなケースがあるのかな。
「誰を起点にしているのか明示しない」ことはそれだけで使い勝手があるんだけどな。
町内会のゴミ捨て場の清掃担当とか、家の誰かを起点にする意味が最初からないことから、
山田さんの身内の誰かが不祥事を起こしてたときに「山田さんちも大変ねぇ~」みたいな、誰のことを言っているのかぼかして表現したいときまで。
オッサンだけど、カバンが重いって毎回驚かれる。
入っているもの
・折りたたみ傘
・モバイルバッテリー&ケーブル (10000mAhで超重い)
・カード類フォルダ(財布が膨らむのが嫌でカードだけを別にして整理してる…要るのかこれ?)
・名刺入れ
・ティッシュ、ウエットティッシュ(濡れてるのがあると便利。最近はコンビニで付けてくれるやつを入れてる)
・地図とかメモとか印刷した紙(裏紙としても使えるので、使い終わったのも放置気味)
・RICOH THETA&ミニ三脚(まだ飲み会で使えるグッズ。女子に持たせてボタンを押させるといい)
・マンションのゴミ捨て場の鍵(朝の出勤時にゴミを捨てるので…)
・500mlペットボトルの水(水を外で買うと高いだろ?)
小学生の頃から親のPCでネット漬け。ネット漬けといっても小中学生が回る範囲なんて限られていて「インターネット=おもしろフラッシュ」程度の認識しかなかった。
ネットを使えるやつはみんなフラッシュを見ていたし、学校でも友達の家で遊んでいてもどのフラッシュが面白いだとかそんな話ばかりしていた。
だから、いつもみている「おもしろフラッシュ」から「エロフラ」にたどり着くのは自然なことだった。
「おもしろフラッシュ」を見るために親の設定したフィルタリングを平然と破るようなクソガキなのに「エロフラ」を見るのはすごくイケナイことのような気がして、胸の鼓動がざわついた。
その体験は、資源ごみに出されたエロ本をこっそり覗き見る感覚と似ている。リビングにあるPCでフラッシュを見ながら馬鹿笑いしつつ、親が部屋から消えた隙に高速で「エロフラ」へのリンクをたどる。広告ばかりでたらいまわしのリンク群に苛立ち、悪質な釣りやブラクラもかいくぐり、辿り着いた目的のページは画面上からゆっくりとページが描画されていき、ページが読み終われば今度はフラッシュのロードが始まる。常に背後のリビングをちらちらと確認しながら目線と片手はせわしなく動く。ようやく始まった「エロフラ」は甘美としか形容できない代物で、翌日学校に行っても四六時中「エロフラ」が頭のなかを駆け巡る。家に帰るとすぐPCを立ち上げ、ブラウザが立ち上がるのを待ちながらエロフラまでの道筋を頭のなかで巡らせる。まさかお気に入りに追加するわけにはいかない。その頃にはお気に入りは既に自分の登録したネタサイトばかりで、親の見ているサイトは端っこにちょこんとあるばかりで、それも使用されているのか疑問なぐらいであったが、少しでも自分が“ああいうサイト”にアクセスしたという痕跡を残すわけにはいかない。履歴の消し方もちゃんと調べていた。こんなひどく回りくどいことなんてせずとも当時からインターネットの世界には無数のエロにあふれており、そういった世界に精通したクラスの識者からは「一本道」がすごいという情報がもたらされ、男子のひそひそ話の中では呪文のように「一本道」の言葉が繰り返されたが、そういったサイトに直接アクセスする勇気はなかった。ゴミ捨て場のエロ本をひっそり持ち去る勇気はあっても、本屋のエロ本コーナーに堂々と入り浸る精神は持ち合わせていなかったのだ。
そうしてあの頃の自分は、何度も何度も同じ「エロフラ」を見てオナニーばかりしていた。
高校に入ると、周りのやつらはみんな携帯やPCを持っているのが当たり前で、自分も念願かなってノートPC(家族と共用という条件付きだったが、実質自分専用のようなものだ)を買ってもらっていた。
そうなると、どんなエロサイトを見ているかなんて話題も事欠かなくて、クラスで人気があったのは「X-video」だった。まるでそれがエロサイトの代名詞のようにも扱われ、「x-Hamster」とどっちがエロいかなんていうくだらない話題で盛り上がった。そういったバカ話の中でよく起こったのが三次元と二次元の対立で、おかずは絶対三次元派と二次元に限る派が両者相容れぬ論争を巻き起こした。しかしこれはいくら話し合っても不毛なことだと互いに理解してか、相互不干渉という態度で解決した。しかし時折、三次元派に“絶対おすすめ!”としてエロ漫画を送りつけたり、二次元派に不要な雑誌付録のDVDを押し付けたりとささいな嫌がらせが続いた。そんな三次二次戦争での自分はもちろん二次元派に分類されたが、別に三次元が駄目なわけではなく、あとで三次元派が話していたマル秘動画をひっそり検索したり、同じく三次二次の垣根を持たない派を見つけて情報をシェアするなど賢く立ちまわった。一方で、三次元派勢力の有力者が二次元にクツワ替えするなどの騒ぎもあり勢力図は混迷を極めたが、それは別の話だ。
中学時代に毎日危険なインターネットの波をくぐり抜けてオナニーライフを送っていた自分が、クラスメイトの話に漏れ聞いたエロ動画を探すくらいじゃ満足するはずもなく、自分がインターネットに求めるエロは次の段階に至っていた。
「おもしろフラッシュ」を卒業した自分が次に辿り着いたのは「2ch」であった。「おもしろフラッシュ」同様、多数のネタが供給される一方で「2ch」はインターネットのエロの秘境でもあった。
おっぱいうpスレは言うに及ばず、自撮り系の新鮮なエロ画像が毎日生産されるそこはまさしく「天国」とでも言うべき場所で、親が定めたPCの使用時間ギリギリまでうpを粘り、PCを見れない間に流れてしまった画像には涙をのんだ。再うpを行ってくれた者に対しては惜しみない賞賛を送り、また自分も画像を取り逃がした者にたいして手を差し伸べるのを惜しまなかった。うpされる画像にかけられているパスワードにはいくつかのパターンがあって、それを知らなければ画像は拝めない。学業よりも真剣にパスを学んだ。自撮り系の三次以外にも24時間いつでもどこかでエロ画像スレは建っていたし。「欲しいエロ漫画の1ページをアップすると、全ページうpしてくれる神」なんてものも存在した。おおらかな時代だったのだ。自分もアンダーグラウンドな世界に誘われ、よりスリルのあるエロを求めてWinnyに手を出しかけるも複雑さに断念した。同時期にtorrentの使い方が広まり、「エロゲを丸々一本あげる神」も多数出現したが、スペックもHD容量も低いノートPCでは体験版の時点で動かないソフトも多く、エロゲをやるには至らなかった。しかしわざわざゲーム本体をやらずともエロい公式サイトはいくつもあり、サンプルCGを使って何度もオナニーをした。それらのCGもかかざすダウンロードし、ノートPCのHDはエロ画像で埋め尽くされていった。
ダウンロード違法化が施行されると「2ch」からは一気にエロコンテンツの姿が消えた。よりアングラな一部の専門板では引き続きエロ画像の供給が行われ続けたが、いつも利用していた雑談系の板からエロが消え、エロを求めいた者は自然と場を移さなければならなくなった。
自分が次に行き着いたのは「RPGツクールエロゲ」だった。その界隈ははっきり言って無法地帯のような有様で、大体のゲームはあたりまえのように無修正なものが公開されていた。またしても自分は天国を見つけてしまった。製作者の大半が素人な「RPGツクール」は当たり外れも大きいが、当たりなソフトは一般的なゲームソフト以上の作りこみがなされていて、ゲームとしても非常にやりこみがいが高い。シチュエーションはマニアックなものが多く、普通の人ならば受け付けないような描写もあったがそれが逆に興奮を誘った。
それと同時期に、違法なコンテンツの扱いが厳しくなった「2ch」では、オナニーの方法に焦点が当てられていた。「オナクール」に騙され冷えた下半身を暖めながらブラウジングしていた最中見つけたそれは自分に衝撃を与えた。音声による誘導のみで人を絶頂に導くそれは「催眠オナニー」というもので、自分はこれに生活リズムが崩れるくらいにのめり込んでいった。「思い込みが激しい性格」で「想像力も高い」というのもあってか「催眠オナニー」は自分にとって相性抜群で、様々な音声に魅了されていった。しかしハードな音声は体力を消耗させたり、術後のメンタルに影響するものもあり、仕方なく自粛した。それくらい「催眠オナニー」は強力だった。
「催眠オナニー」から遠ざかった自分が次に行き着いたのは「pixivランキング」サイトだった。「pixiv」も毎日のようにエロ画像が生産される、素晴らしいサイトだったが、自分には何か刺激が足りなかった。アングラな世界に浸かりすぎた自分には「pixiv」程度の健全なサイトでは刺激が足りなかったのだ。何を言っているのかわからないかもしれない。しかし今、コンビニでエロ雑誌を普通に買える年齢になっても、昔拾った捨てられていたあのエロ漫画がどうしても忘れられないのだ。
爆サイで予備知識を仕入れ、ストリップを見に行った。
客の8割は老人。ネットとは無縁で、「お○んこくぱぁ」なんてコトバ、知らないだろう。
1枚500円の「お○んこくぱぁ」写真をせっせと撮ってこの業界を支えている、そんなやさしい世界。
(ちなみに「お○んこくぱぁ」のことを、業界用語で「オープン」というらしい)
書評ブログで知った『ワンダー』(R・J・パラシオ)を読んだ。
夢と幻想のアメリカ社会。映画の『ペイ・フォワード』を思い出した。
1枚500円の写真にも似た小さな「親切心」の積み重ねが、社会を変えていく。
でもやっぱり『悪意のファネル』(一田和樹)。
日々の「炎上」という焼却処理では追いつかない。
ネットに頼ることなく、「お○んこくぱぁ」を見てすごす老後を送りたいけど
6/14のことだ。仕事が終わり、かねてより約束していた飲み会が大阪某所であった。
酒に弱い自分も、今日は久々だからとそこそこ飲酒もし、解散後も日本橋の店やカフェを巡って楽しい時間を過ごして実家へと家路についた。
最寄り駅を降り、駅舎を出て歩きはじめ、自宅までちょうど半分くらいに差し掛かった頃、急に猛烈な便意を催した。
今まであまり感じた事のない、急激な下痢の予感。飲み会での飲酒飲食、その後のカフェでのコーヒー摂取がかなり負担になっていたのだろう。
深夜でもあり、周りに人気はほぼゼロ。もしこれが自宅そばでなければ、迷わず茂みに飛び込んでそこで放出する事も出来たが、生憎と遮蔽物も無い住宅地。
いくらなんでもそんなところでのグソは出来ないし、万が一ご近所に視られたら…無理な注文であった。
これまでも間の悪いタイミングで催し、限界ギリギリで難を逃れた経験は比較的あった。今回も何とかなるだろうと、お尻の筋肉に喝を入れて自宅に急いだ。
しかしこれがいけなかった。判断力も鈍っていたのであろう、あまりに急激に動きすぎてしまったのだ。
アルコールも回っているせいか、一歩一歩がとてもしんどい、ぜーぜーと息も上がってきた。
自宅前に立ちふさがる20数段の階段が非常に恨めしい、なんとか耐えきり、登りきった。
後は30数メートルまっすぐ進めば、実家が見えてくる。視界にそれが入ったとき、安堵感からふっとお尻の筋肉が弛緩してしまう。
突然、むりゅむりゅっとひり出されてくる感触に戦慄する・「ああ・・・!あああああああっ・・・・!!!!!」
無意識にお尻に手を当てて走る、もうなりふり構ってられない、とにかく走る、ちょっとくらい出てしまうのは仕方ない、とにかく鍵を開けてドアを開け、便所に駆け込むその一心だった。
自宅前のポーチに辿りつこうとした時だった、遂に粘ついた下痢状のモノがいよいよ溢れ出す感触が尻全体を覆い、太ももを伝って、靴の中にぬるっと入る感触を覚えた。
思わず、夏目漱石先生がうんこを漏らしてしまったくだりが頭に思い浮かんだ瞬間であった。
終わった、全てが・・・
汚れきったお気に入りの白いズボン、まだ新しかったベージュの皮靴、おろしたての靴下、全て見事に下痢便に染まってドロドロであった。
深夜なので、誰も外に居ない。放心状態でそれらを脱ぎ捨て、下半身裸の状態で、そばの排水溝で残りをすべて出し切り、もはや一人ではどうにもならないと悟って実家のインターホンを押した。
父親が出た。事の顛末を伝えて助けを呼ぶ。静かに出てきてくれ、後始末に使う雑巾、ビニール袋、水遣り用ホースなどなどを府一派りだしてもらい、下半身を洗い流した。
複雑な表情を浮かべつつ、時折怒りが抑えられず私の頭を殴りつつも、後始末を献身的に手伝ってくれた。全く頭が上がらない、情けない気持ち、消え入りたい気持ち、感謝の気持ち、アタマがぐるぐるした。
先に寝ていた母親と妹も起き出してきたので、全てが露見した。さすがに外には出てこなかったが、翌朝から今に至るまで一言も私と会話を取ろうとしない。家の中ですれ違うと露骨に避ける。妹にいたっては、私を汚物を見る目そのものであった。
父親にはここ最近の外出、生活態度からありとあらゆるお叱りを受けた。元々、あまりに出来の悪い息子なため、こういう事態になると日頃押さえている言葉が続々出てくるのも致し方なく、私はただ無言でうなだれ続けるしかなかった。
漏らしたブツの後始末すら、自分一人でやりきれず手伝わせたのだから、全く以て情けないの一言なのである。風呂の中で思わず、ほろりと泣いた。とにかく情けなかった。そして唯一叱ってくれる父親に対する感謝も。
その夜は全く眠れず、夜が白み始めた頃を見計らい、暗すぎて出来なかった後始末の残りを、一人庭先で手早く済ませ、汚れ物はすべて新聞紙にくるみ、ビニールを何重も被せ、ちょうどゴミの収集日という事もあり、ゴミ捨て場に。
記憶を総動員し、漏らし始めた当たりの場所もくまなく調べ、落ちていた汚物を回収し、雑巾と水入りバケツで手早くアスファルトをこすり続け、水を流し続けた。懇意にしているご近所さんのそばで零していたのだから、間違っても放置なぞ出来ない。
全てをやり終え、もう一度風呂に入り直した。上がった頃、父親が起きてリビングで待っていた。
表情は相変わらずの渋面だったが、日課の新聞を読み終え、外に出て汚れや臭いがまだ目立っていないか、共にチェックをしてくれた。
なんやかんやで気を回してくれる父親の存在が、本当にありがたく感じた。恐らく、今日の出来事は一生、言われ続ける事であろう。
願わくば今後、この私の失態が、笑い話に出来るようになるよう、少しでもマシな息子になれるよう、頑張ろうとちかいつつ、その朝も出勤した。(終)
やっぱりお葬式にたくさんの人が来てくれてそこでたくさん泣いてもらえるような人生を送りたいよねとカズくんは言っていて私はそれにニッコリとそうだねと答えたけれど嘘だった。自分が死んだ後のことなんてどうでもいい。そこで性格悪かっただの男に色目を使っていただの人の好感度ばかり気にしていただの言われたとしてもどうでもいい。事実だし。いやもしも事実じゃなかったのだとしてもやっぱりどうでもいい。だってもうその世界に私はいないし。だから私がそれを聞いていたいけな心を痛めることもないし、暴力とかをふるわれて実際に痛みを覚えることもない。いや、あこれ葬式で悪口言われるわ、と思いながら死んでいくのはやだよ? よーし騙しきった―っていう清々しい気持ちのまま死んでいけたとしたらの話ね。それならそのあとでなにが起きようが、それこそ実は嫌われすぎてて死体がゴミ捨て場でキャベツの芯とかゴキブリの死骸とかおっさんが使ったコンドームとかと一緒に火葬されようがどうでもいい。自分の知らないことはないことと同じだ。
みたいなことを小学生の頃お母さんに言ったらすごく悲しい目をされて、ほんとうのことをほんとうのまま口にすると誰かを傷つけることになるって知った。世界はウソとほんとうがちょうどいい割合でブレンドされていて、それを吸ってみんなは生きている。だからウソ百パーセントもほんとう百パーセントも、きっと人間には毒なんだ。そんなふうに原因を勝手に解釈して、じゃあこれからはちゃんとそのルールを守って生活しないとな、と、なんとなく人生の方針が定まったのが中学生に入ったくらいのころだった。
開き直ってしまえばあとは楽で、ほんとうのことしかなかったはずの私の言葉にウソを混ぜるのは簡単な作業だった。ちょちょいのちょい。カロリー消費ゼロ。ダイエットにすらならないくらい。でも一つ問題もあった。それは、ウソとほんとうが水と油みたいに、混ぜても分離するようなものだったらよかったんだけど、実際は水と牛乳みたいに、一緒にしたら簡単に混ざってしまってもとに戻すことができないものだったことだ。だからもうそこから私の心に透き通った水が返ってくることはなかったし、水と牛乳が混ざったそれは薄白く濁っていて、とても綺麗と言えるものではなかった。汚い水。さいてー。それだったら、と思った私は、そこに大量の牛乳を注ぐことにした。ドボボボボー。嘘、嘘、嘘。最初に水が入っていたから飲んでみるとちょっと薄いけれど、見た目は完全にただのきれいな牛乳になった。なら誰にも飲ませなければいい。それで大丈夫。私は綺麗でいたいんだ。それが水でも牛乳でも、綺麗であればそれでいい。私は私を守る。
とか固く決意していたのに恋っていうのはホントにやばい。飲ませたいんだもん、カズくんに。私の心を。バレちゃうのに。でも薄い牛乳だなあなんて思われるのは嫌だから、かと言って飲む前に汚い水って思われるのは一番嫌だから、私はどんどんさらに牛乳を注ぎまくることにした。毎日毎日。そうすりゃいつか敏感じゃなきゃ気づかないくらいの濃さの牛乳になるでしょ。お願いカズくん! バカ舌であって!
なんて言ってわかってないふりをして自分をごまかしているけれど、ホントは最初からどんどん水を注げばよかったんだ。ちょっと牛乳を入れて混ざっちゃった、元に戻らなくなっちゃった、って気づいたらすぐに、毎日毎日、水を注げばよかった。あーあ。間違えちゃった。でももう戻れないし。ってな感じで後悔しながら、でもカズくんは手に入れたいから毎日牛乳を注ぎ続けている。しにて~。なんつって。めっちゃ生きたい。けどつらい。どうしよ。こんなふうになってる人なんて世の中にたくさんいるんだからそんなことでギチギチ悩むなとか言われそうだけど黙ってろ。私は私の人生なんだから私のことはおおごとなんだよ。部外者はどっかいけ。かっこカズくん以外。
カズくんと初めてセックスしたのは去年の秋頃のカズくんの部屋だった。そこからズルズルセフレみたいな感じで続いている。とはいっても正彼女に近い位置取りのセフレだもんね! はーあ。な~にやってんだか。ばか。愛されてー。まあホントはカズくんって名前じゃないし実際はさすがに小学生で悟ったとかそこまでマセガキじゃなかったけど、おおむねそんな感じで私は生きている。似たような女の子頑張れ、なんてことは全く思わないけど、男の性欲って醜いんだな、とは思います。結論それ?
昨日はいつもより早く起きて、いつもより念入りに身支度をして、いつもより少し早く家を出た。
気分も良かったので、朝ごはんでも食べて出勤しようかなーと思ってたら、猫が轢かれていた。
ご機嫌で家を出て一分で沈む。つらい。
いつもなら素通りするけど、なんとなく素通りができなくてコンビニへ。
飲み物を買って、一番大きな袋に入れてもらって猫の元へ戻る。
大きくて綺麗な猫だった、首輪は無かったけれど痩せてなかったから飼い猫かもしれない。
死んだ猫は猫の形をした肉じゃなく、やっぱり猫だった。
目を閉じてやりたかったけど、上手くできなかった。
口から血を流していたけど体は綺麗だったので、袋を裏返してできるだけ直接触れないようにして袋に入れる。
体の裏側には血がべったりと付いていて、当たり前だけどやはり猫は死んでいた。
なんとか苦しくないような体勢で袋に入れて、とりあえず道の隅に置く。
このまま公園にでも埋めてやれればいいのだけれど、出勤中なのでそんな時間も無い。スコップも無いし。
ゴミ捨て場に置いておくのも猫に失礼な気もするし、そもそも猫の死体は何ゴミなのか分からない。
犬の散歩中のおばさんが声を掛けて教えてくれたので、区役所に電話する。
受付時間の30分前だったので、その場の住所を控えて猫をその場に置いて出勤する。
道で猫が轢かれていたので回収して欲しいとの旨を伝えると、シジュウですね、と言われた。
死獣ってことだと思う。向こうとしては仕事なんだろうけどずいぶんドライなもんだなぁと思った。
その場の住所や連絡先を伝えて電話を切る。
仕事帰り、猫はいなくなっていた。役所の人が回収してくれたのだろう。
コンビニで買った少し良い猫缶を置いて手を合わせる。
少し迷ったけど、缶は開けずにそのまま置いておく。
別の猫が食べに来てまた轢かれたら立ち直れない。
良いこととか悪いこととかより、これはもう自己満足だ。
でもなんとなく、あの猫が今まで生きてきてここで死んだことを、誰かがちゃんと知ってあげるべきだと思う。
翌朝、猫缶は無かった。血の跡はまだ少し残っていた。
ジバニャンみたいな感じであの猫がこの道に居ればいいのになーと思ったけど、
多分、明日にはその猫のこと忘れてるのだと思う。
でも、今はまだ、彼がなかなか素敵な体をした猫だったことは覚えているから。
お疲れさん、どうぞ安らかに。
弾き語りを基本スタイルに活動する、新少女世代言葉の魔術師。'14夏はTokyo Idol Fes、フジロック、ロックインジャパンに出演、音楽の中ならどこへだって行ける通行切符を唯一持つ、無双モードのただのハロヲタ。あとブログ。
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[ 嫌い ] 煙草、宇宙、高所、バンドマン、無知、結末がもやっとしている映画、掃除、匿名の悪口、元彼全員、セットリストの提出、遅刻する夢と単位逃して卒業できない夢
とりあえず適当に、敵対してた野郎が下校しようとしてるところにすっとんでって、いきながり殴りまくった。
「俺じゃねえ、俺じゃねえってば・・・いてえやめろよ・・・もうやめて」
「てめえじゃねえなら真犯人つれてこいや。そいつが白状したら許す。俺は今日から、お前と、思い当たるやつを順番に殴り続ける」
なんていってたら先生がきて取り押さえられた。
翌日あたりに、なんか仲のいい友達がゴミ捨て場あたりでボロボロに捨てられた俺の靴を発見してもってきてくれた。
ゴミ箱に捨てて新しい靴を買った。
大人になったいまとなっては、いっけん仲のよさそうなやつが実は根に持ってやってた可能性もあったかとも思う。
それ以降、靴がなくなるようなことはなかった。
俺の親父はドケチだった.
とにかくドケチだった.
口を開けば「カネがない」とグチった.
貧乏だった.
食う物と言えばパンの耳,着るものと言えばボロ雑巾みたいな古着だった.
ガキだった俺は友達が持っているスーファミが羨ましくて親父にせがんだ.
帰ってきたのはゲンコツだった.
そんなカネねえ,と.
ドケチなクソ親父め.
でも俺はあきらめなかった.
キャラクターをテレビの中で自由に動かせるのに,熱中していた.
根負けしたのか,なんとかしてやると言い出した.
俺は興奮で眠れぬ夜を過ごした.
どうやら友人から譲ってもらったらしい.
なんだか嫌な予感がしながら電源を入れたら,文字しか出てこねぇし,なにすりゃいいのか分からないし,
まさに「コレジャナイ~」と泣きながら手足をバタバタさせてダダをコネたい気持ちになった.
やっぱりクソ親父はクソ親父だった.
曰く,
「これさえあればゲームを作れるらしい.そんなに欲しいなら自分で作れ」
始めはとっつきにくかったが,やってみると面白かった.
「ゲームを自分で作れる」という魅力的な言葉に酔っていたのかもしれない.
これでいつか俺も,F-ZEROを作ってやるぞと,本気で思っていた.
ゴミ捨て場から拾ってきた古いベーマガを読みながら,小さなゲームを作っては楽しんでいた.
始めてジャンケンができるプログラムを作った時の感動は忘れられない.
グラフィカルなゲームは作れなかったが,友達も一緒になって楽しんでくれた.
だが中学2年に上がるころ,長年連れ添った俺の愛機が突然動かなくなった.
ついに寿命が尽きたのだ.
俺はこの世の終わりのように感じた.
まるで愛犬に死なれたような気持ちだった.
しばらく学校も休んだ.
今思えば前の持ち主から数えて10年近く,よく動き続けたものだと感心する.
ドケチな親父は,当然だが新しいPCを買ってくれるわけはなかった.
帰ってきた言葉は
「そんなに欲しいなら自分で作れ」
新聞配達で稼いだ金で少しずつパーツを買い集めた.
始めて自作PCが立ち上がった時は感動した.
親父に本を買ってくれと言ったら,始めは渋っていたが,ボロボロの技術書を何冊か古本屋から調達してくれた.
ヴォルトのアルゴリズムとデータ構造と,クヌースのThe Art of Computer Programmingもあった.
難しすぎたし技術的なところが足りないから,遠くの図書館までわざわざ出かけて技術書を借りてきては読みふけった.
学校の授業中にも読んでいた.
プログラミングの技術はもちろん,画像処理のための数学の道具についても勉強した.
同級生が2次方程式や因数分解をやっている横で,三角関数や行列計算をしていた.
特にアフィン変換には感動させられた.
こんな風に言うと,さぞ数学の成績がよかったのだろうと思うのかもしれないが,テストの点はそこそこだった.
コードを書くのに必要な概念として知っているだけで,証明問題は苦手だった.
それと,古典や社会の時間は全部すっぽかしてノートにコード書いてたから散々だった.
高校に入ったあたりでX windowシステムを使ったグラフィカルなゲームを作れるようになった.
出てきた敵を撃つだけの簡単なインベーダーゲームに始まり,オセロ,ブロック崩し,ウィザードリィみたいな迷宮探索ゲーム,思いつく物何でも作った.
友達の家にもPCがあるところが多くて,Windowsに移植して簡単なネットワーク型対戦ゲームなんかを作ったりもした.
ここまで本格的にゲームプログラミングをやっていると,さすがにジャンクパーツを集めただけのPCでは性能に不満が出ることが多くなってきた.
ビルドの待ち時間が長くていらいらしたり,友達の家で動くゲームが自分のPCで動かなかったりした.
「自分で稼いで買え」
親父はどこから取ってきたのか,俺でもこなせる程度の仕事を持ってきた.
始めはパソコン教室のバイトだったり,ゲームのデバッグだったり,まともなバイトだったのが,
ある日学校から帰ってくると,何に使うのかは知らないが,明日までにこういうコードを書けと言われて徹夜でプログラミングしたりするようになった.
プロの書いたらしいコードを読んで書き直す作業は,かなりの勉強になった.
給料は親父から手渡しで貰ったが,今まで見た事もないような額になった.
その金で新しいマザーボードとPentium IIと32MBメモリを何枚かと,自分の開発環境用にWindowsPCを作った.
こんな感じで高校には通っていたものの,勉強らしい勉強はほとんどしないで過ごした.
それでも,手に職はあるわけだし,しばらくは同人ゲームでも作って過ごそうと思っていた.
だけど親父は反対で,大学ぐらい入れと言い出した.
それでもやる気のなかった俺に,
一体何が起こった,このクソ親父,脳の病気にでもかかったかと本気で疑った.
どうやら正気で言っているらしいと分かると,俺も必死に勉強を始めた.
そうは言っても,中学時代から受験を意識した勉強なんてさっぱりしてこなかった俺には,何をどうしていいのか分からない.
しかも,やっぱり親父はドケチで,塾や予備校なんていく金は無い.
しかたがないから高校時代の友達で,頭のいい大学に行ったやつにお世話になることになった.
厚かましくも,キャンパスにまでついていったりしていたから,新入生として入って行くと顔見知りに驚かれた.
親父は約束通りPower Macintosh G3を買ってくれた.
だが,俺の親父はドケチだった.
「せっかくいいパソコン買ってやったんだから,そいつで学費ぐらい稼げ」
さすがにそいつは無いだろうと思った.
自分で遊ぶ分くらいは当然稼ぐつもりだったが,学費丸ごととは.
いくら国立大学とは言え4年分の学費となると200万ほどになる.
しかも教科書代やもろもろを考えると300万円は無いと厳しい.
300万円稼ぐために俺ができることと言えば,やはりゲームを作るぐらいだった.
志望動機を聞かれて,
「ゲームを作って300万円ほど稼ぐためです」
と言ったら爆笑された.
金が必要な理由を言ったら,一瞬でお通夜みたいな空気になったけれど.
先輩が相談に乗ってくれて,成績優秀なら学費は免除になったり半額になったりすることを教えてくれた.
それならなんとかできそうな金額だった.
プログラミングをしているだけなのに,「お勉強」として扱われるなんて.
今まで何気なく使ってきた道具に,こんなに深い基礎理論があるなんて,知らなかった.
講義が終わったらサークル棟に入り浸って,入学祝いのMacintoshで朝までゲームを作ったりしていた.
学費を稼ぐためのゲームだが,やはりエロゲを作ろうということになった.
ただし,そのためには絵師が必要だということで,先輩が漫画研究会から絵師をスカウトしてきた.
一目惚れした.
こんなちっこくてクリクリして可愛い女の子が,こんなドエロい絵を描くなんて!
俺の頭はすっかり茹だって,も~だめだ~という感じになった.
それから,なんやかんやあって,結果的に彼女は俺の嫁になった.
詳細は伏せるが,なかなかにこっ恥ずかしい青春を送った.
今まで○とか■とか,ちょっとしたドット絵でしかなかったキャラクターに命が吹き込まれるようだった.
先輩たちが,売上金を快く俺にカンパしてくれたおかげでもある.
満ち足りた大学生活だった.
スーファミはもう時代遅れになったが,自分の作ったゲームが本当に発売されて,ゲーム機の中で動いているのを見た時は嬉しくて泣いた.
娘が生まれた時と,どっちがと思うくらい泣いた.
さて,俺のドケチな親父だが,娘が生まれてほどなくして死んだ.
あんなにドケチに金を惜しんでいたのに,財産も何も残さず死んだ.
遺書を読んだら,葬儀は簡素に親族だけで行うように,とあった.
親戚付き合いらしい親戚も居ないし,どうせ誰も来ないだろうと思っていたが,
葬式当日には呼んでもないのに大勢の参列があって,なんだこれは,人違いかなにかかと思った.
なんでも,親父の運営するNPO法人の従業員だとか,親父の寄付金で建てた養護施設の代表さんだとか,
親父とは無縁の世界の住人だとばかり思っていた,立派な善人ばかりだった.
家に居ないことの多い親父が外で何をしているかなんて興味なかったし,どうせ競馬かなんかで稼いでるんだろうと思っていた.
葬儀が終わって,ちょっとした額になった香典の山を眺めていると,
「さあ自由に使っていいカネだぞ.お前はそれで何をするんだ?」
そんな声が聞こえてくるようだった.
なんだかむかついたので,その金は今まで通った学校にプログラミング関係の本を寄付するのに使うことにした.
一銭も残さずに,全部.
それでもなんだか負けた気分だったから,ボーナスをつぎ込んで,倍額にして寄付してやった.
ドケチなクソ親父を,見返してやった.
最高の気分だった.
それが6年ほど前の話だ.
ところで最近,小学校に上がった娘が,アニメに出てくるようなフリフリなドレスを着て学校に行きたいと言い出した.
もうそんなお年ごろになったのか.
子供には不自由させたくないと思っていたが,調べてみると我が子の眼鏡にかなう服は,日常的に着る服にしては,ちょっと高い.
悩ましい問題だ.
さて,どうやって安上がりにすませようか.