はてなキーワード: クラスタとは
ネット上のサービスで何らかのコミュニティを形作るものは、大きくわけて二種類ある。
前者はぼっちでも参加することができるが、後者はできない。この単純な違いがわかっていない開発者が多すぎる。
普通に使っていればその中で0からコミュニティが作られるようなサービス。Twitter、deviantARTやpixiv、ネトゲなどがこれにあたる。
Twitterとpixivには、フォローに相手の承認を必要としない文化が浸透している。言い換えると一方向な段階から双方向な関係に至るステップを自然に踏める。
ネトゲの場合は少し違う。ネトゲには一方向な段階というのは殆ど存在しないし、無理に行動すれば現実世界のストーカーと同じように迷惑になるだろう。ネトゲが現実世界と違いTwitterなどと似ているのは、低いリスクで他者との接点を持つことができる場が豊富にある点だ。マッチングや共闘や敵対が前提となっている場や大規模なグループでは、常識的な挨拶ができるかどうか程度で他者との接点を持つことができる。
このような場は現実世界では少ない。子供のうちはクラスや部活が似た役割を担っているが、友人ゼロのまま一度社会人になってしまうと余程の行動力がなければチャンスがないし、友人ゼロのまま社会人になってしまう奴にそんな行動力があるわけがないので死ぬまで友人ゼロ確定になる。
しかしそんなぼっちでも始められるのが、"一方向な段階から双方向な関係に至るステップを自然に踏める" "低いリスクで他者との接点を持つことができる場が豊富にある" "コミュニティを作ることも視野に入れたサービス" なんだ。
コミュニティがあることを前提としたサービスは、登録すると最初にお友達を探してくださいとなったり、そもそもFacebookでしかログインできず友達リスト利用が前提になっているようなサービスだ。Facebook自身もこれにあたる。
"コミュニティを作ることも視野に入れたサービス"には参加できても、"コミュニティがあることを前提としたサービス"には参加しないという人々はぼっち以外にもいる。例えば、Twitterの知り合い同士でネトゲを始めてみたり、その逆はあっても、ネトゲの知り合い同士でFacebookを始めたり教えあうというケースは殆ど聞いたことがない。たとえオフ会をやるような人々でもこの傾向は強い。
サービスを作っている側の多くはFacebookのヘビーユーザーなので、ここに大きな壁があることに気づいていないと感じることが度々ある。
この壁には"ぼっち属性だから"や"リア充クラスタではないから"で済ませてしまうよりも深い問題があると思う。
Facebookは現実世界のコミュニティに機能を追加するようなものだ。Facebookの友達リストを前提とするようなサービスも同じだ。それをとてもありがたがっている人たちがマジョリティだろうとも思う。それに、似たコミュニティがいくつもあっても仕方ないから、オンリーワンのFacebookを下敷きとして機能追加していったほうが理にかなっているという理由もわかりやすい。開発側にとってもFacebookのコミュニティをそのまま持ち込めることのメリットは計り知れないだろう。
しかしその一方で、Facebookとそれを下敷きとするサービスは現実世界のコミュニティを持ち込めない人々にとっては分厚い壁でしかないし、既存のコミュニティの拡張でしかないサービスには面倒臭さしか感じなくなっている人々にとっては重荷になる。
その辺が、僕がFacebookをできないしやらないし、ずいぶん昔にネトゲの知り合い同士で始めたmixiもすぐに見なくなった理由だ。
せっかく魅力的な機能を持ったサービスがあっても、Facebookの友達リストを使いますとなっているともうそこで脱落してしまう。Facebookで捨てアカウント取って、友達0で始めてもその中で軽いフォローの関係が広がるように作られているのかもしれないが、そうとわかるような配慮があることは殆ど無い。
最近だと、ビートロボというサービスがとても面白そうだったので始めてみようと思ったのだが、ビートロボの中で0から近い音楽の趣味の人と繋がりそうな説明なのにFacebook前提だったので登録以前でドロップアウトしてしまった。本末転倒だと思う。好きな音楽が近い人が好きな音楽を見つけるのに、どうして現実世界の友人関係に依存しなければならないんだろう。リア充開発者はこれが本気でわかってない。現実世界の関係を持ち込めることがメリットにしか見えていない。
いつも不思議だなーと思っていることがある。
それは、自国の行った戦争犯罪について追及する熱意をみせている一方、
自国の受けた戦争犯罪、他国の行った戦争犯罪について無頓着な(あるいはそのように見える)人が多いこと。
以前「原爆投下は神の罰」という、およそどの立場からしても許しがたい発言があった。
この発言の折、慰安婦や南京関連のエントリをシコシコ積み重ねていただけの人たちがいた。
原爆関連の記事に、彼らのブクマはほとんどと言っていいほどみられなかった。
もちろん、何にリソースを割くかは自由だ。身近な自国の戦争犯罪について述べるのを中心にしてもよい。
ただ全ての戦争犯罪を憎む心が根底にあるのなら、ブログの記事にせずともブクマで「これはひどい」程度の
言及はできたのではないか。クリックして数文字打ち込むだけでその態度は表明できたはずだ。
そのわずかな手間すら惜しんだのであろうか。片手落ち、いや片手両足頭落ちと言っていい。
それとも、他国の戦争犯罪については何とも思っていないのだろうか。
彼らには全ての戦争犯罪を憎む気持ちがあるのかないのか、速やかに表明していただきたい。
http://bylines.news.yahoo.co.jp/ohnishiren/20131113-00029763/
生活保護制度のなかの「扶養義務」とは、民法で定められた規定にのっとり、親・きょうだい・子どもなどの家族・親族で扶養できる状況の人がいたら、可能な範囲で支援をしてもらう、というものです。
親戚って似たクラスタの集まりじゃない?DVをする人がいる親族がいる場合、遠くない親族にもそういう人がいるケースが多い。働かない親族も、1人いれば遠くない親族にまだいたりする。自営業が多い一族とか、サラリーマンが多い一族とか、”家族・親族”には類似性がある。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B2%A7%E5%9B%B0%E3%81%AE%E6%82%AA%E5%BE%AA%E7%92%B0
金持ちの親族は金持ちで、貧乏の親族は貧乏。生活がかろうじて成り立ってる貧乏が、貧窮して立ち行かない親族を養うことになるんじゃないの?
改正法には反対だ。
横増田自身ならともかく他人の画像を転載してこの手のコメント求めるのってどうかなーと思うよ
ちゃんと画像転載の許可は得たのかなと疑問に思うのでこの人についての感想はノーコメント
言葉を選んで答えるならアニメやゲームで得られる幸せは所詮現実逃避の幻想の中の幸せに過ぎない
異性に認められて仕事して社会に受け入れられてこそ初めて周囲の「期待値」を満たせて自分を認められるわけで
それが努力しても満たせないという人々の苦しみは他の事に逃避しても「ポジティブ」を押し付けられても癒されない
「異性に異物としてではなく異性として認識されたい」「世間に受け入れられたい」この二つは本能に根ざす「願い」だから
努力してもこの願いが人格云々以前に知的能力的に叶えられない人生に煮詰まったクラスタの一部の人達が右や左やマイノリティにもチラホラいて
TLに災厄をもたらしたり特定の人物に何年間も粘着したり、誹謗中傷で「目立つが勝ち(誰か相手して)」という考えを持っていたり、botで嫌がらせしたり
そういう傾向が見受けられる
「ポジティブ」な生き方なんて押し付けられてもこの手のネットでくすぶらざるを得ない人達にとっては紙の上に描いた餅を「喰え、喰って黙れ」と無理矢理
口の中に押し込もうとされているようなもので精神的に抑圧される苦痛しか与えないってことです
ポジティブなこと言う方は「私、良い事言ったーはい、愚痴はおしまい(ニコニコ)」で済むんだろうけどね
長年生きてきて世の中の人々に軽い気持ちで「無能」「不必要」だと言われ続けハートにヒビが無数に走っている人にとっては傷に熱湯を浴びせられるような
もので苦しくてもがきも暴れもするだろうさ
その光景を見て「愚か」だと笑うことも「頑張れば希望がある」なんて言葉で誤魔化すこともできない
http://staff.hatenablog.com/entry/2013/11/05/182205
はてダ時代は技術者クラスタがほとんどで、目立つことよりも正確性やら網羅性やらのほうを重視して事なきをえていたが、
はてなブログとはてなキーワードが関連付けられた事により、目立ちたいだけのはてなブロガーがさっそく意味も面白さもないキーワードを作り始めている。
あまつさえ、よってたかってそのキーワードをブックマークし始めている。
内容すらない推敲すらされてないタメ口のだべりがホットエントリに並ぶだけでもうんざりなのに、
次は受け狙いの一発ネタみたいなキーワードがホットエントリにならぶのだ。
身内が作ったキーワードばかりブックマークしてもスパムなのかそうでないのか判定がつかない。
もはや今話題のエントリをピックアップするという、はてブの意義は完全に消滅するだろう。
はてなブログとキーワードが連携された事はいい。むしろ順当だ。
スパロボに「ブラックホールクラスター」という技持つキャラが居たのは憶えてるけど流石にPS2からは遊んで無いのでうろ覚えだから
そのキャラとは無関係で普段使っている「クラスタ」という言葉とある歌手のダンスを見て思いついただけ
ここは「アバンティの日常会話」「人生相談」「青春アドベンチャー」「ラジオ深夜便」「オールナイトはてな」を組み合わせたような
確かに、開発とかデザインのようなものだけを担当することの多い社員だと、他社とメシとかより自分の仕事早くこなしたい、のほうが多いかも。
ディレクションとか営業とか経営者とか、新規開拓というか、色々打ち合わせとか根回しとかが必要な人達はメシを有効に使う人いるかも。(経費でおごりだけじゃなく、一緒にメシ(自費)でも食いながら次の企画の話でもしようや、とか)
前者はどっちかというと日常でメシしながら仕事の話するよりも、休日にまとめて勉強会なりでそういう見地を広げる人が多い気がするな。
後者はそもそもメシを食いながらのほうが契約とりやすい気もするな。
ということで、メシが食える人が成功するかどうかは単なる機会を広げるだけで、直接は成功に寄与してないけど、成功しやすくなる "クラスタ" がある、ってことかもなぁ。
大正解! 大切なのはそういう人達に「楯突かない」「近寄らない」「目を付けられない」こと
ネットとかでも人生やハートこじらせすぎて人から鬼に変化した人が一日中餌を探してウロウロしてる
ネトウヨでもマイノリティでも他人に対してこじらせすぎた人が怖いのは同じ
横増田は日帰り出張中帰りが遅くなりそうな時は、その地域の防犯情報と数日間他者への攻撃性が異常に高くなっている人がその地域にいないか
調べてから出かける 居たらなるべく方違えるかエンカウントしないようにできるだけ工夫してから出かける
情報の流れる拡散性の速度やスパムID垢の背景とかクラスタ階層や流れ、方向性 炎上記事仕込みシステムとかにも気をつけながら書いている
増田に書かれている記事ほぼ全記事をヲチしてるのが流す情報を炎上系記事まとめサイトがチェックしてるから増田にも滅多なことは書かない事にしている
だから「匿名」で書くわけですよ 鬼に「実名」を知られた人達がネットでどうなったか この十数年ずっと見てきたんで
そういう事があると知っている人達ほど「匿名」をdisって「実名」をやけに他人に奨めたがるんで
自分の「匿名」を守りたいから他人の「匿名での行動」も尊重する
見つけたのは超偶然。〇ヶ月前に流出騒動余波でリアルタイム検索で「〇田」入れてみたら
偶然出てきた
一見意味が無い文字の羅列に増田の多くの記事をほぼ改変していたけどそこで重要となってくるのは
取り巻きクラスタの属性と取り巻きクラスタが地理的に何処なのかと
ネガティブなイメージをクラスタ全体でマッチポンプ?してるんだよね……まぁ、現代っぽさがある。正直アホかって思うけど
「http://over-lap.co.jp/bunko/narou-award/」の検索結果 - Yahoo!検索(リアルタイム) http://realtime.search.yahoo.co.jp/search?tt=c&ei=UTF-8&fr=sfp_as&aq=-1&oq=&p=http%3A%2F%2Fover-lap.co.jp%2Fbunko%2Fnarou-award%2F&meta=vc%3D
はてなブックマーク - 小説家になろう×オーバーラップ文庫 WEB小説大賞開催! http://b.hatena.ne.jp/entry/over-lap.co.jp/bunko/narou-award/
第一回オーバーラップ文庫WEB小説大賞開催 - 主にライトノベルを読むよ^0^/ http://d.hatena.ne.jp/nunnnunn/20131005/1380995266
世の中にはどうあがいても周囲の期待値に到底程遠く沿えない人達がいるわけですが
そういう人達がネットに望みをかけて現実に願いを叶えようとするときに起きる惨事(ネット炎上)
を「選ばれなかった人達問題」と呼んでいる
他人の職場や学校に電話して「抗議」とかいう名の嫌がらせをおこなったり
ネットでの評価や地位を現実に反映させる為に他人の揚げ足を探して取るような事ばかり書いたり
毎日延々と気に入らなかった人を性的に貶める書き込みをおこなったり
そんな事をケイゾク的に行っている人は日本のネットではせいぜい100人もいないというのが長年ネットやってきた実感だけど
一度上記に書いた人達に目を付けられたらやっかい長期間粘着される
で上記な人達が周辺クラスタにうろうろしてるの知ってる人達ほど