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はてなキーワード: 黄表紙とは

2019-11-28

anond:20191128133720

未婚も離婚も多く、独身男性が多く暮らす町・江戸からこそ芽生えた文化というものがある。

自炊をしない独身男が多かったからこそ、世界のどこよりも早く17世紀には外食産業確立した。

寿司(すし)や天婦羅てんぷら)、蕎麦そば)などは、当時は移動式屋台で売られ、今でいうファストフードとして栄えることになる。

居酒屋という業態発明されたのもその頃である

食にうるさい江戸の男たちのために、今のグルメ口コミサイトミシュランに当たる料理茶屋番付表」なるものも配られていた。

から一歩も外に出ることなく、必要食材料理は「棒手振り(ぼてふり)」という行商から買うことができた。

今でいうデリバリーフードサービスである江戸独身者たちは、モノを所有せず、必要な時だけ借りるという消費形態を好んだが、それはまさしく今のシェアリングエコノミーのものだ。


現代東京秋葉原で隆盛を誇るアイドルビジネスメイドカフェビジネスも、原型は江戸時代にあった。

アイドル写真集とも言うべき浮世絵美人画)や、マンガに相当する黄表紙という本のジャンルもこの時代に生まれた。

江戸独身男たちは、未婚のまま生涯を終え、確かに子孫は残せなかった。

しかし、彼らはその代わり、今に続く、世界通用する文化をたくさん残したと言えるのだ。

おもしろいw

2019-03-24

anond:20190324040152

オタク利用者人口の大半を占めるコミュニティ女性として参加すれば女性である利益不利益は当然ある。女性である利益を存分に享受してる女性もいる。

もちろん、例えばガールチャンネル等に見られるようにその逆も当然ある。ただことネットにおいては黎明期理工系ギークを初めとしたインテリブルジョワ男性達が築いたコミュニティを土台にした文化が連綿と今に至るまで引き継がれている為に、通常用いられる一人称が「俺」や「ワイ」であることが当たり前になっている様に基本的男性が利用する前提の文化成熟している。

また、貴女はまるで自分女性オタクけが特別迫害対象だった様に言っているがそれは私の認識とは違う。

恐らく貴女迫害の加害側に認定している匿名掲示板においては、ありとあらゆるものが時に加害され、時に賞揚され得るのだから

例を挙げると5ch、つまり旧2chにはなんでも実況jという掲示板がある。

この掲示板の成り立ちについてここでは説明を避けるが、野球を愛好し、猛虎弁と呼ばれる似非関西弁を用いてレスをする利用者が多数を占めることで有名な掲示板だ。

ここではかつて、貴女のような女性オタクを含めた「オタク」そのものが押し並べて差別されていた歴史がある。

オタク達が立てる声優アニメスレッド嫌悪され迫害対象だったのである

しかなんでも実況jへのオタク達の流入とその活動は止むことがなく、遂には相次ぐオタク迫害の波を退けることに成功し、今ではなんでも実況jにおいてほぼ恒常的に何らかのオタク関連スレが立っているという状況にまで好転せしめたのである

この事例から得られることは、迫害にあっても折れることな自己主張を続けることで迫害を退け自らの地位を獲得することが可能になることもある、という教訓である

貴女は一部の男性オタク達に対して、傍観しているだけだった、と批難しているが、そういう貴女女性オタクこそ迫害に対して傍観しているだけだったのではないか

男性オタク擬態して会話などせず、自らの女性性を存分に主張して活動すれば良かったのではないか

迫害に屈することを選んだ貴女女性オタクには何らの責任存在しないのか?

それとこれは蛇足である萌え絵少女漫画インスパイアされているという話は、結局手塚メビウスの話からまり黄表紙にまで遡ったりするので、そういった起源を主張するのは言うだけ野暮であると思う。

またコミケ起源の話についても同様だが、初期のコミケ女性主体としたイベントであったこから現在コミケ文化男性側の盗用のように批判することは、例えば少年漫画誌における男性読者の女性向け批判の様な水掛け論に回収されるのでやはり言うだけ野暮であると思う。

2013-04-20

http://anond.hatelabo.jp/20130420005320

なにも考えずにただ楽しむだけのなにがいけないのか

そうなんだよね。

「美味礼賛」(辻調理師学校設立者・辻静男の小説風評伝、海老沢泰久著)の中で、自宅でパーティーを開いた辻静男がお客の質問に対してイラッとするシーンのことを思いだした。

お客の中の一人が、「これは何を使ってるのか」「どういう風につくるのか」と、気を利かせたつもりで質問するのね。それを横の客がたしなめる。「そういう質問はよしなさい」「それを聞いてどうするんですか。知ったところでこれがつくれるわけじゃないでしょう?」と。で、件の客が「おいしいですね」とだけ言う。辻がほっとする、という。冒頭の一シーン。

ただ、これは「好きなものについて語るな」ということではないのね。事実、辻静男自身が、膨大な「料理関係本」コレクターであると同時に、山のようなエッセイを書き残しているから。「楽しむ」という行為理屈はいらないんだけど、その先まで行くと、そこには創造表現することが現れてくる。


半可通(はんかつう:中途半端な、自称「通」の人)という言葉江戸の昔からあって、人間記号的な存在から趣味にのめり込む際にどうしても「本物」より「情報」先行型になってしまタイプが昔からいるのね。たとえば、江戸黄表紙本の先駆けである「金金先生栄華夢」は、そういう「半可通」を描いた作品だったりする。「オタク」というのも、本来はそういう側面への批判を含んだ言葉だったんだね。何も生み出さない・生み出すことができないのに、生み出す側の人間であるかのような口ぶりでモノを言うカッコ悪さ。ただ、そういう「オタク」の中から本当の作り手が現れたりしたこともあって、「オタク」という言葉から悪いニュアンスが軽減されていった。

まあ、それはそれで当然かもしれない。誰だって、始めにあるのは「何も考えず楽しむ」段階だと思うしね。つまり

Ⅰ.楽しむ → Ⅱ.関心をもつ → Ⅲ.思考・分析する → Ⅳ.訓練する → Ⅴ.表現する

おおよそ、こういう段階があるんではないか、と。趣味ジャンルにもよるし、趣味に対する個々のスタンスによっても違うんだろうけど、たとえば料理という「作り手と受け手が遠いジャンル」では「Ⅴを目指すのが真の趣味道で、Ⅴを目指せない・目指さないならⅠでよい」という若干窮屈ではある考え方になるのかもしれないし、逆に読書スポーツのファンなんていう”消費”を基本とした趣味なら、「Ⅴ(作家スポーツ選手)を目指す」まで進むという人はあんまりいないから、Ⅲあたりの人が偉そうな顔をしてⅠの人がなんだか肩身の狭い思いをさせられるのがデフォとか、まあそんな感じになるのかね。


そうは言っても、所詮趣味世界で、「○○であるべき!」という限定主義者は大変だなあ、と思うわけですが。

2010-11-30

http://anond.hatelabo.jp/20101130211148

ほら、江戸時代から「改革」と称して、黄表紙とか弾圧してたような人たちのすることですから。

2008-08-18

http://anond.hatelabo.jp/20080818003122

いや、いわゆる同人はその本家取りとは全然違うだろ。

人様のキャラを使ってオマンコさせるのは、オマージュでもパロディでもなんでも無えよ!

そういや手塚絡みの著作権問題がネット上で盛り上がっていた時、浦沢直樹の「PLUTO」を二次創作と呼んでいるヤツがいて、ぶっ飛んだわ。

ああいうのを初めて本家取りというんであって、オタのズリネタと一緒にしてくれるなよ。

PLUTO」には「オリジナリティがあるから」OKなの?同人のいわゆる「二次創作」には「オリジナリティがないから」NGなの?それともエロネタで下品だからNGなの?じゃあ古典ネタを取った江戸黄表紙人情本の類はNG?あるいは浦沢直樹はOKでも田中圭一はNG?

そもそも浦沢の初期絵柄なんてあからさまに大友克洋リスペクトな絵柄なわけだけど(まあそんな人は当時山のようにいたけどね)そこは問題じゃない?

……だからね、文化ってそんなに高尚なもんじゃないと思うのよ。歴史的に見れば。模倣もパロディも山のようにあふれかえってて、そんな膨大な、そして下らない作品の中からホンの一握りものすごい輝きを放つ作品が生まれてきたりするわけで、だからといってその「素晴らしい作品」以外を全部無しにしてしまえ、なんて言えるわけじゃないってこと。

それでもまだ人のレベルを云々するなら、自分はどこで線を引くつもりなのか、その線引きは歴史的に見て間違いないと言えるレベルの線引きなのか、感情的にならずきちんと述べて欲しいね。あなたがリアルでどれだけ賢い人か知らないけど、まだここでは「全然違う」以外に何も言ってない。平気で人を貶すなら、せめて自分の賢さの片鱗くらいは見せて欲しいよ。それからついでに言うけど「本『家』取り」じゃない、「本『歌』取り」。変換ミスかと思ったら二回も使ってるから訂正しておくよ。それじゃよろしくね。

2007-10-17

孔子縞于時藍染

http://anond.hatelabo.jp/20071017144742

江戸時代山東京伝黄表紙コメディ)が世間に孔子様のご期待通り礼が浸透した場合の社会が描いている。

江戸時代の戯作黄表紙:作品鑑賞其の弐 孔子縞于時藍染(こうしじまときにあいぞめ)

http://kibyou.hp.infoseek.co.jp/sakuhin/sakuhin2.htm

当世は、朱子学藍染めの格子縞が大流行。礼を好み、金銀を嫌う世の中になった。 乞食が礼を学び、金持ち商人が金を施そうとして断られる。傾城買いも大金を使うのを色男とされ、女郎は客に金を押しつけようとする。客の息子株は大金を背負い込んだため、朱子学が孝行を勧める通り、勘当を受けようとするが、親は朱子学の通り、子供を許す。 呉服えびすや貧乏神屋と屋号を変え、悪い商品をもっと高く売ってくれと客に言われる。そば屋は無料でそばを振る舞い、金をおいて逃げ出した客をそば屋はその客を追いかけ、握り拳でその頭を撫でる。通人は木綿を着、追い剥ぎならぬ追いはがれが出没、大豊作ゆえたくさん年貢を納め、天は米と小判を降らせる。小判に埋もれた人々は何とか助かる。

何時だって理想は現実ではないので気に病むことでもない。

 
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