はてなキーワード: 預金通帳とは
札幌中央署は26日、詐欺の疑いで、札幌市東区伏古4の4、会社社長、千代信人容疑者(45)を逮捕した。
逮捕容疑は、昨年4月から5月にかけて、経営する健康食品販売会社名義の預金通帳などを偽造。日本政策金融公庫札幌北支店から、運転資金名目で融資金計500万円をだまし取った疑い。
同署によると、千代容疑者は融資を受ける際、同支店に通帳3通を提出。実際の残高は計約2千円だったにもかかわらず、715万円の残高があるように偽造していたという。
千代容疑者は、維新政党・新風の前道本部代表。2007年の参院選道選挙区などに計4回出馬、いずれも落選した。
(北海道新聞 2009/11/26 13:59)
http://www.hokkaido-np.co.jp/news/donai/202125.html
(フィクションです)
大学院を修了後に上京して、大手の暗殺系企業で五年間勤務していた。エキサイティングな職場だった。厳しい先輩と、ハードな仕事を次々こなした。待遇は悪くなかった。三年目には年収が手取りで一千万円を越えた。ただし昼夜もなければ公私もなかった。殺しても殺しても依頼は尽きなかった。この激務は終わりのない日常なのだと気付いたちょうどそのとき、仲の良い同期が死んだ。ブレインストーミング中に流れ弾が頭部を撃ち抜いたのだ。桜散る春のことだった。
ゴールデンウィークも休みなく働き続けた僕は、翌週に四十度の熱を出した。近くの病院が出した診断結果は「ただの風邪」。それだけ体が弱っていたのだ。やりかけのプロジェクトがあったのでなんとか会社へ向かおうとしたが、体は動かなかった。動け、動いてよ、という言葉を自分に呟いた。動かない。結局、東京に来てはじめて自宅で時間を過ごすことになった。一日が長かった。ワンルームにはテレビも冷蔵庫もなく、ゴミ箱さえない。がらんと広い死んだような家で、死にかかっていた。
翌日も体調は戻らなかった。誰かと話をしたかったが、学生時代の友人とはもう長いあいだ連絡をとっていなかった。アドレス帳を開いてはみたものの大半の顔が思い出せない。仕方がないので、一日を布団にくるまって過ごした。誰の訪問もなければ、誰からの電話もなかった。恋人からの電話さえなかった。きっと僕は一日中働いていると思ったのだろう。ふだん彼女から着信があっても返事をしなかったのは僕なのだ。夜中にふと目が覚めて、さめざめと泣いた。ひとしきり泣いて、僕は退職を決意した。
一週間かけてなんとか体調を戻した僕は、どう退職を切り出すか迷いながら出社した。待っていたのは、リストラの宣告だった。「なぜかは君も分かっているだろう」とミシガン大卒の上司は言った。どうやら寝込んでいるあいだ会社からのメールに対応しなかったというのがその理由らしかった。「クライアントはおかんむりだ。責任はとってもらう」上司ははっきりとそう言った。パソコンは会社に置いたままだった、と言い訳する気にはなれなかった。外資系は違うな、と僕は妙に感心した。「暗殺者はともかく、外資系はやめておきなさい」と言った母の言葉を思い出した。
僕はそのとき二十九で、違う業種に足を踏み入れるにはすこし遅かった。そして同業他社へ進むには内情を知りすぎていた。残されていたのはフリーの暗殺者として独立する道だけ。僕はそうした。もちろん最初はうまくいかなかった。貯金を食い潰す毎日だった。サラリーマン時代はなぜ、あんなに高いスーツばかり買っていたのだろう。足にぴったりフィットするようオーダーしたストレートチップの革靴も。
ほどなく恋人にも捨てられた。馘首になったことを打ち明けたら「結婚する気はあるの」と聞かれ、返答に窮したらそれっきりだった。これまでに殺してきた人達の家族に明日殺されるかもしれないのに、それはそれとして「結婚しよう」と答えるのが誠実な態度だったのだろうか。僕にそんな自信はなかった。
その時期、前職の顧客からぽつぽつと頂く仕事が僕の命綱だった。貧乏はつらい。しかしそれ以上につらいのは、暇なことだ。仕事一筋だった自分には余暇の楽しみ方など分からなかった。暇を潰そうにも相変わらず我が家にはなにもないまま。だからと言って、これまでに買ってきた恨みを思うと街をぶらぶら歩く気分にもなれなかった。夜になるたび、実家に戻ろうかと真剣に悩んだ。母にはまだ退職の話さえしていなかった。
好転の契機は価格を見直したことだった。それまで用いていた大企業譲りの価格体系は、プラン、オプション、割引制度が複雑怪奇で、一般顧客には理解が難しい。そんな当たり前のことに気付くのに半年かかった。ゼロに近付いていく預金通帳を眺めて、ふと分かった。実際のところゴールド・プランだろうとプラチナ・プランだろうと、顧客にはどうでも良いのだと。殺して欲しいから暗殺者を頼む。それだけの話。そこで原則、一人につき二十万円と改めた。コンサルティング・フィーはなし。メンタル・サポート・オプションもなし。分割払い不可。にこにこ前金一括払い。失敗したら全額キャッシュバック。失敗などしたことなかったので、なんの問題もなかった。
ネット系の暗殺企業でCFOを勤める後輩の薦めに従い、なけなしのお金で簡単なネット広告も始めた。「これからは暗殺もネットで依頼する時代ですよ」と後輩は言っていた。正直に言って半信半疑だったが、ほどなく新規顧客を獲得できるようになった。暗殺系企業は大手顧客ばかりに目を向けていて、リテール向けのネット進出に出遅れていたのだ。ネット系の暗殺企業はいずれもベンチャーだが、急速に顧客の支持を集めている。僕はその波に乗った。
すこしづつではあったが、充実した忙しい毎日が戻ってきた。殺して、殺して、殺す毎日。正直に言って、サラリーマン時代は企業闘争に関わるプロジェクトばかりだったので、個人から依頼される仕事の大半が痴情のもつれであることには閉口した。それでも、大事なお客さんであることに変わりはない。ある時は依頼者の夫を殺し、ある時は依頼者の夫の浮気相手を殺し、ある時は依頼者の本妻を殺した。
独立して一年が過ぎた。流れは上向きだった。そこに不景気がやってきた。
仕事はもちろん減った。不景気で依頼人が減ったのはもちろんのこと。しかしそれ以上に、不景気で暗殺者になろうとする輩が大勢現れたのが問題だった。仕事が減るという結果は同じかもしれないが、なお受け入れがたかった。なんでもどこかの週刊誌が資格がなくてもできるフリーランス仕事として大々的に紹介したらしい。誰でも簡単、いますぐ暗殺者! というわけ。「一にも二にもコストカット。これからは自分で殺す時代」なんてことを言うコメンテーターまで現れた。
自分の腕は鈍っていなかった。一年を通して失敗は一度もなかった。評判だって悪くなかった。だからこそ仕事が減るのは堪えた。後輩が連絡をとってきたのはそんな時だった。場所は青山の隠れ家風フレンチレストラン。「安くないけど、いい店でしょう?」後輩は最初にそう言った。彼の働くベンチャー企業は今や暗殺系で一番の成長株。週刊誌にそそのかされて始めた素人暗殺者を大量に抱え、コミッションで稼ぐビジネスモデル。飛ぶ鳥を落とす勢いだ。
「それで、景気はどうですか?」後輩はそう続けた。もちろんこちらの景気を理解しての発言である。「今日はなんだい」と僕は言った。それから後輩は休みなく喋りまくった。要約すると:これからは暗殺にも無料の時代がやってくる。クリス・アンダーソンという人が「フリー」という本を書いているそうだ。「無料の暗殺が世界を変えるんです。嫌な人間のいない世界になりますよ」彼は言った。
「無料でどうやって生活するんだ」僕が言った。後輩は待ってましたとばかりに答える。「広告ですよ。殺害現場を広告にするんです。ちょうど三億円事件でカローラが有名になったみたいに」「面白い話だとは思うが、そんな広告を出稿するクライアントがいるか」「いますよ」後輩は笑った。「有名になれば勝ちなんです。有名になるためなら、どんな広告でも売る企業ばかりですよ。だいたい、クライアント以外はそれが広告であるかどうか分からないんですからね。たまたま殺人事件を通じてなにかの商品が有名になるだけです」
「無料で殺される人間は不憫だな」僕は言った。「殺されればなんだって同じですよ」後輩は答えた。「そうか」僕は頷き、彼の心臓にナイフを突き刺した。いつもどおりの手口。失敗するはずがなかった。入念にナイフをえぐると、後輩は一言も発さずに死んだ。僕は後輩をテーブルクロスに包み、店主に一言言い残して店を出た。景気が良かったときによく使った店だった。後輩はこの世界で生きるには目立ちすぎた。
翌日、コンビニのATMで二十万円を引き出した。趣味のひとつもないので、家賃と食費以外には使うあてもない。とりあえず向こう二ヶ月は暮らして行けそうだ。僕は家に戻り、布団にくるまって寝た。明日はなんの仕事もない。
(ブクマコメントなどありがとうございます。PCが故障中なので自分のサイトではなく増田に投稿しましたが、いつもより反響があって嬉しいやら切ないやらです。http://youkoseki.com/text/ にその他の短編小説をあれこれ掲載していますので、良ければどうぞ。また三十路から小説家デビューする方策や、いまどき短編私小説を募集している媒体情報などご存知でしたらご教授下さい)
正式には「空き巣狙い」と言うらしい。
http://dictionary.goo.ne.jp/search.php?MT=%B6%F5%A4%AD%C1%E3&kind=jn&mode=0&base=1&row=1
留守の家をねらって忍び込み、盗みをすること。また、その人。あきす。
盗まれる対象が金品や貴重品だけとは限らなくなっているのが最近の怖いところだな。
特に、「自分しか使わないから」とユーザIDやパスワードをブラウザに保存しまくってる人などは、場合によっては免許証や預金通帳を盗まれるよりも深刻なダメージを受ける事になりそうだな。物や金と違って、盗まれた事そのものが発覚する可能性も低いだろうし。
用意するもの
半年分の給与明細 預金通帳 印鑑 ICプレーヤー 申請書です。申請書って何?どこでもらえばいいの?という人が大半だと思いますが自分で作らなければいけません。生活保護課にいっても担当者が「この人には生活保護が必要だ!」と認めた人しかもらえません。もともと生活保護の申請書なんて存在せず、それぞれの生活保護課の人間が勝手に作っているだけです。あと売って金になるものは売らなければいけません。それだけは覚悟しましょう。(家とかクルマとか)毎月の給与が10万以下なら申請できると考えてください。貯金は20万以上あると申請できません。
2、日付
4、生活保護を申請する理由 「病気だとか会社クビになったとかetc」
これだけ書いとけば何とかなります。
きちんと申請書に「生活保護を申請する!」と最後に書いておくことは忘れずに。
1、弁護士のところに行き「今から生活保護の申請をするのでついて来てくれと言う」
お金が結構かかるし、しかも弁護士によっては断られる可能性もあります。そういうときは手当たりしだい弁護士をあたりましょう。
2、役所の生活保護課に行き、生活保護を申請したい。といえば別室に案内されます。このときからICプレーヤーで音声を録音するのをわすれずに。ここで一人で来るよるよう言われますが、一人でいっては生活保護申請は不可能です。
弁護士に同席してもらいたい。といいましょう。
役所の人間は「生活保護を申請するときは一人で担当者と話し合うことになっている」といわれますが、引き下がってはいけません。
「私はこの人(弁護士)がいないと精神不安定になって会話ができない。」といいましょう。ここでたぶん「けんか」というか口論というかいろいろおきますが、
なんどもいいますが弁護士がいないと申請は不可能です。粘りましょう。
3、ここで担当者に自分がいかに生活に困っているか訴えましょう、担当者はきっとこういいます。「○○課にいってくれ、○○課にいくことになっている」「生活保護ではなくホームレス支援センターに入ってくれ、いやホームレス自立センターに入ることになっている」。20歳から55歳ぐらいまでなら「キミはまだ働ける!なまけるな!ハロワークにいって就職活動を十分してからこい」こういわれます。「給料がでるまでの1ヶ月が耐えられない、もちこせない」といいましょう。というかもうここは屁理屈対決です。がんばれしかいえません。
あと「借金があると生活保護受給できない」といわれますが、これもうそです「借金の返済に生活保護費を当てる可能性があるので生活保護をしないのが望ましい。」というだけです。借金の返済に生活保護費を使っちゃいけないことは法律で決まっています、「借金の返済にはつかわない!自己破産を生活保護受給後にする!」といいましょう。
あとこの「なになにすることになっている。なになにしなければいかん」とかは「なになにしたほうがいい。なになにするのが望ましい」ということです。別に法律で決まっているわけではありません。だまされないように気を強くもちましょう。あと暴言は絶対はかれます。女性なら風俗で働け、男性ならその年にもなって恥ずかしくないの?とか言われます。怒ってはいけません。担当者の調査に2時間は協力しましょう。
4、2時間たったら生活保護申請書をたたきつけましょう。担当者は「受け取らない」「うちの書類じゃないから無効」とかいってきますが、無効ではありません、書類の体裁をなしていればそれは申請書です。たたきつけたらICプレーヤーで会話を録音していることを伝え、さっさと部屋から退出しましょう。ここでは絶対に口論が起きます。書類をだしたらさっさと部屋から逃げましょう。なんども言いますが無効ではありません。有効です。
5、ここから担当者は家族親族に電話を昼夜問わず電話をかけ、なんとか援助できないのか、毎月3000円でもいいから援助できないかと、ヤクザみたいな対応をとることがあります。ここで家族親戚が一言でも1000円でも援助できるといってしまえば、生活保護申請が不可能になります、きちんと「自分は生活保護をうける。援助は絶対しないでくれ!」といっておきましょう。
6、1ヶ月前後で「受給できない」と書類が家にとどきます。たぶん理由のところに「まだ働ける年齢のため」とかいてあると思います。まだ働ける年齢のためであっても保護はうけれます。これから都道府県長あてに「不服請求」をださなければいけません。弁護士に相談して書き方を教えてもらってください。ここで弁護士も「ムリなんじゃない」とか言ってきますが、無理ではありません、とりあえずさっさと不服請求しましょう。
7、不服請求をしたらもう一度生活保護課にいき、「不服請求」をしたと伝え、もういちど申請書をだしましょう。
9、ときどき警察OBや○暴対策の職員が家にきて辞退の書類を書けといってきます。怖いですが絶対に辞退書をかかないようにしましょう。これは下記につながります。
北九州市小倉北区の独り暮らしの男性(52)が自宅で亡くなり、死後約1カ月たったとみられる状態で10日に見つかった。男性は昨年末から一時、生活保護を受けていたが、4月に「受給廃止」となっていた。市によると、福祉事務所の勧めで男性が「働きます」と受給の辞退届を出した。だが、男性が残していた日記には、そうした対応への不満がつづられ、6月上旬の日付で「おにぎり食べたい」などと空腹や窮状を訴える言葉も残されていたという。
これが一番大切なことなんですけど、弁護士費用は高いです、あと申請にも時間がかかります。「お金がなくて生活保護申請するのにお金がないと生活保護申請はできない」これは覚えていて欲しいです。
矛盾していますがしかたありません