はてなキーワード: 避暑地とは
近所にはものすごいおうちがいっぱいある。普通の家とすごい家が通りによっていろいろ建ってて、自分の家は新興住宅地にありそうな普通の一戸建て。
立派な庭園の家は多くて、バスケットゴールとか置いてあるのは全然普通で、中には長く続く高い門がすごすぎて家が全く見えない家とか、何部屋あるのか外からじゃ皆目見当もつかない家とかある。
ただ、近所付き合いのあっさりした地域なので町内会でも細かく分かれた同じ班の限られた人にしか会ったことない。
でも今回バチェロレッテ見てて
この家々の持ち主は必ずしもここにだけに住んでるんじゃなくて「神戸のおうち」「仙台のおうち」という感じで複数の家を持っているのかもしれないのか!と初めて合致して、目から鱗。いやー庶民には思い至らなかった。別荘地ではないから、そういう考えなかったわー。
都内に何個かおうちある家庭とか避暑地に別荘を1つ持つ家庭とかなら確かに出会ったことあるし、多拠点生活もわかるんだけど、近所の豪邸と繋げて考えたことなかった。生活拠点が大きな規模でいくつも存在するとか世の中には考えもつかない生活の仕方があるんだなぁ。
いや本当にそうかはわかんないんだけどね。
いつもお仕事ありがとうございます。
○○です。
詳しい内容や条件は、下記をご覧ください。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
【作業内容】
【期間】
≪研修期間≫
6/8~6/19(予定)
≪実務期間≫
※1会場あたり10日間開催予定(10/10までに10会場稼働予定)
※1会場開催期間中は、週1~2日の休み予定(シフト制・現地宿泊)
【現場】
○○県内の各会場
8:00-18:00予定
【お支払い】
男性:ダーク系スーツ・白ワイシャツ・ネクタイ(派手でないもの)・黒革靴
女性:ダーク系スーツ(パンツ、スカート可)・白ブラウス・黒パンプス
【その他】
宿泊先は、基本1人部屋(現地宿泊の予約状況により複数人部屋になる可能性有り)
宿泊時の食事支給(1日3食予定、宿泊先の都合で食事用意無い場合は食費支給(上限設定予定))
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ご興味がある方、ご質問等ある方いらっしゃいましたら、
下記の応募方法をご覧になってご応募ください♪
<応募方法>
宛先:....co.jp
本文:登録番号、氏名
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私はときおり家族と軽井沢に行く。何度も行っているので、めぼしい観光地はほぼ巡ってしまったかもしれないが、まだ行っていないところもそれなりにあり、それを目当てに足を運んでいる。それ以外はおいしいものを食べたり、宿で温泉に浸かったり、一人でふらふら近場を歩き回ったりと、各々が好きなように過ごしている。
別に、家族の仲が悪いわけではない。ただ、趣味が違う相手に無理して付きあうこともないし、その方が互いにいい時間が過ごせると思っているのだ。興味がないものにつき合わせてしまうと、こっちとしても心苦しい。それだったら、昼間は好き勝手に過ごして、夕飯時に一日の感想を共有する方が楽しい。
そうしたわけで、私は一人でふらふらとバスを乗り継いで美術館巡りをしていた。朝のうちだったのでバスの遅延もなく、目的地のハルニレテラス近辺についた。グーグルで調べたところ、目指す田崎美術館はそこから歩いてそれほどかからない。だから私は、ふらふらと美術館まで足を運んだ。
軽井沢は大小さまざまな規模の美術館がある。それぞれは離れていてアクセスがやや不便だとはいえ、私のように緑の中でぼんやりと絵を観るのが好きな人にとっては、都心の喧騒を忘れさせてくれる場所だ。小規模なところはすぐに観おわってしまうし、ほとんど同じ作品ばかり展示されているのだけれど、それでも久しぶりに同じ絵と対面するのは、旧友と再会するみたいな気持ちになる。
ただし、田崎美術館を訪れるのは今回が初めてだった。というのも、開いている期間が短いからだ。軽井沢の美術館は概して冬季は閉館していることが多い。ゴールデンウィークになってさえ、まだ閉まっているところが多いくらいなのだ。ここはやはり避暑地なのだな、と思われる。冬になると鬼押し出し園と絵本美術館くらいしか空いていない。
入るとそこは自然光が差し込むコンクリートの空間だった。作品保護のため直射日光は直接当たらないが、中で歩き回るには十分に明るい。私は田崎廣助の描いた山岳の威容を眺めつつ、自分は山に関してはまったくの無知だな、とつくづく思い知らされた。もしも私が山に詳しかったら、峰の形や周囲の地形からどこが描かれているのか、題を読むことなく知ることができただろうに。そして、どれほどその土地の雰囲気を伝えているかを感じ取れたはずだ。
環境省かどこかの国立公園の写真の小コーナーを見終わり、中庭を挟んだ向かいの建物をぼんやりと眺めた。もしかしたら、向こうの建物にも展示の続きがあるかもしれない。そう思ったが、向こうの建物の入り口らしきものが見当たらない。現に、中庭で困ったようにうろうろしている女性がいるではないか。
「すみません」
「私も入り口がわからないので、ちょっと係の人に尋ねてみます」
私はすぐにとって受付のベルを鳴らし、事情を説明した。係の人は親切に、道なりに行けばいいと教えてくれた。歩いていくと、確かにドアらしいものがあった。入り口がわかりにくかったのは、そこにカーテンがかかっているからだった。つまり、風呂場のカーテンのように磁石で留めるしくみになっていて、そこが扉だと遠目にはわからなかったのだ。珍しいタイプの入り口があるものだ。
私は女性を案内し終えると、ゆっくりと展示を眺めた。作品ばかりではなく、色紙や葉書もあった。中には欧州から出した手紙もあり、興味深かった。文体が私の祖父によく似ているのだ。田崎廣助は私の祖父よりも三十ほどは年上になるはずだが、戦前の教育を受けた人に特有なのだろうか、きびきびとして気持ちの良い文章だった。
そうして夢中になっていると、後ろから呼び止められた。振り返ると先ほどの女性である。
「先ほどはご親切にありがとうございました」
そう告げて一礼し、微笑んだ。
私は驚いた。というか、恐縮した。ただ係の人に道を聞いて案内しただけのことだ。それなのに、ここまで丁寧に頭を下げられるとは。いえいえ、と慌てている私に、彼女は重ねて感謝の言葉を伝える。女性にこんな笑顔を向けられたことなんて、ない。
もしかしてこれはチャンスなのではないか、と頭の片隅で声がする。一緒にお茶ぐらい飲めるのではないか。片隅にティールームらしいところがあるが。もう一つの冷静な声がする。彼女は単に育ちが非常に良いお嬢様なだけだ。私のような人間に、そんなチャンスがあるはずがないだろう。さらに皮肉な声がする。君は最近、美術館で現れる迷惑な男性の話をネットで読まなかったか。女の子に浅薄な知識を自慢をしたり、つきまとったり、そんな人間だと思われてもいいのか。美術館はナンパスポットではない。そして、私の引っ込み思案な性質が頭をもたげた。知らない人と話すのはつらい。ひとりになりたい。
そういうわけで、私は彼女と丁寧な会話の応酬をして、田崎美術館を立ち去り、セゾン現代美術館に向かった。徒歩だったが、想定していたよりも時間がかかった。歩きながらも、私は後悔していた。思い出してみれば、本当にきれいで上品な人だった。私は、丁寧な日本語を使える女性に弱い。はっきり言って理想のタイプだった。なのに、みすみす逃すとは。私はとんでもない馬鹿なのではないか。よく後輩の女の子が、旅行先でいつも親切な人にお茶をごちそうしてもらって嬉しい、って笑っていたではないか。
そんな思いも、セゾン現代美術館を一周し、テラスでサーモンサラダを食べているうちに薄れてきた。自分はいつも、そういうちょっとした親切心を行為と取り違えてみっともない真似をしてきたではないか。気にすることはない。これはいい思い出になった。それに彼女はせいぜい女子大生、対して私は三十を超えてしまった。釣り合うはずがない。
せいぜい、きれいな思い出としていつまでも覚えていて、どこかでまた会えたらいいな、と妄想するくらいにしておけば十分なのだ。テラスでナボコフを読みながら、そんなことを考えていた。
父親の単身赴任で母子家庭状態の共働き家庭で育ったので、専業主婦がいる家の余裕を結婚してから知った。
子供の頃、いろんな事で困って母に相談すると、やっかいごとを持ち込むなと露骨に嫌がられた。
相談をしても文句を言われたり、怒られたりとやっかいごとを持ち込んだことへの怒りをぶつけられるだけで解決はしなかったので、「この人に聞くだけ時間の無駄」と思うようになった。「何でも自分でやる手間がかからないいい子」なのではなく、人間不審なだけだった。
ちょっと気に入らないことをすると、それだけで手が飛んできた。子供心にも感情で殴ってるというのがわかっていた。
学生時代に帰省して家でゴロゴロしていたら、家事をするように怒られた。「こんなだから恋人の一人もできないんだ」となじられた。
いとこが先に結婚した時は「いとこは大人だ。自動車ローンだって組めるし。それに比べておまえはなんて子供なんだ」となじられた。
子供ができた時、名付けを親にさせなかったことで、「子供が子供を育てている」となじられた。
大人になってから、「うちの子には反抗期がなかった」などと外でうそぶいているらしいが、反抗期がなかったのではなく、信頼関係が無かったのだと思う。
結婚して、相手の家にしばらく逗留した時、圧倒的な余裕のようなものを感じた。
せかされるようなギスギスした感じはなく、全般的にゆったりした時間が流れていると感じた。
全般的に何もしないで自分のことをしている時間があるという印象で、時間に追われるように生活していた自分とは大違いだと思った。
ヨーロッパの人は長期休暇で避暑地に行って、朝から晩まで何もしないで椅子に座って寝ているらしいけれど、まさにそれを見ている感覚。
相手からは昔おねしょをした時に親に「大丈夫だよー」と慰められて落ち着いたという話を聞いたけれど、うちだったら「この眠い時に何してくれとるんじゃ」という顔で事務的に粗相を処理されたのだろうなと思った。いや、自分はその方法しか知らないので、自分もそうしてしまう気がする。
今の日本は相手の家のような家を無くして、うちの実家のような家を増やそうとしているように思う。
保育園の時間があるからと嫌がるなか無理矢理乗り物に押し込められる子供を見ると、デジャビュを感じてしまう。
予め宣言しておくと 皆が口を揃えて言う「雪質が最高だから」という理由は当たり前すぎて聞き飽きているだろうから、それ以外のことを書く。
自分はバックパッカーでアジアの遺跡や寺院巡りを中心にいろいろと旅している。寒いところは大の苦手だ。
その数々の旅の中で印象的で記憶に残っているのが5年くらい前にミャンマーかラオスかのゲストハウスのドミトリーで同室だったオーストラリア人との会話。
会話前略
豪人「Yeah! I went トーキョー アァンドゥ ヌィスィクォ」
ニセコが外人に人気だということは当時知らなかったし、確かまだ民主党政権下の円高で訪日外国人客もそんなに多くない時代だった。
(・・・・・逆にバックパッカーにとっては円高の恩恵を受けて非常に楽な時代だった)
東京はさておき、京都でも沖縄でも奈良でも広島でもなく謎のピンポイントの地名らしき名前を言われて混乱した。
最初は聞き間違えかと思ったが何度か聞き直した挙句、北海道のニセコという超マイナーなスキー場ということがわかった。どうやら雪質が良いらしい。
当時は「ほーん、雪質が良いってだけでわざわざ赤道超えてはるばる来るんやなぁ スキーヤー、スノーボーダーの熱意は大したもんやな」程度に捉えていた。
しかし、今年ようやく念願叶ってニセコに行くことが出来たことでほとんどの疑問が解決出来た。 これは確かにニセコに外人が押し寄せるわけだ・・・。
卵が先か鶏が先か、というツッコミを受ける話になってしまうのだが・・・・
スキー場スタッフはおろか 山小屋 レストラン 町中のタクシー ホテル 温泉 飲食店に限らないスキー場周辺の一般住民 ほとんど全てのに対して英語が通じる。
メニューや標識看板、放送などもほぼバイリンガル。 英語が公用語ではないアジアの他の観光地と比べても遜色ないレベルかもしれない。
そのへんのホテルの中にある売店(ビールとかおつまみを買うところ)でも使える
たしか、ゲレンデのレストランはSuicaだのEdyだのiDだのも使える機械があったと思う・・・けどちょっと曖昧。違ったらごめんなさい。
ゲレンデに適切に配置されたロッジの中に暖かくて清潔で広いトイレがあり、かつ十分に数があって全く並ばない。
個室の中もそれなりに広く、重ね着していても快適に用を足すことが出来る。
スキーウェアを着ながら用を足したことがある人にしか伝わらないかもしれないのだけれども・・・
うんこを愛する増田達にはきっとこの素晴らしさは伝わると願っている。
単に広いというと禿山に広がる広大な斜面を想像されるかもしれないのだが
独立した4つのスキー場がところどころで繋がっていてかなり自由に行き来することが出来る(特に東から2番めのヒラフは桁違いに広い。完全立ち入り禁止のとこも勿論あるので全部が全部入れるわけではない。)
コースとコース、スキー場とスキー場の間に生えている木々がちょうど良い塩梅の間隔でコース間滑走が楽しい。
この木々の間隔をうまく伝える語彙力の低さを強く自覚していて、非常に歯がゆい。死語だがボキャ貧。
全部が全部ではなく一部のリフト等は15時半あたりから終わってしまうのだが、かなりの広範囲のコースでナイターが楽しめる。
そして、友人曰く珍しいことなのだがリフトのみならずナイターでも一部ゴンドラが動いている。
朝に羽田から新千歳に飛んで、昼過ぎとかから20時半とかまで滑れる、しゅごい。
他にもフードが着いていて雨風を避けられるリフト(座ってても寒くない)をはじめとするスキー場のインフラ面が他のスキー場と比べて秀逸。
4つのスキー場を結ぶNIZEKO UNITED シャトルは、全スキー場共通のリフト券を持っていれば無料で利用可能。 時間もスキー場によっては23時過ぎまである。
例えばナイターのないニセコ花園リゾート近くの宿に宿泊していても、夜までナイターのあるヒラフで滑ってそこからバスで晩飯食べに行ってからバスで温泉行ってバスで帰ってくるみたいなことが可能。
あとは若干行動に制限が生まれて不自由ではあるが、スキー場とスキー場の間にある宿であってもだいたい近くに停留所はあるので宿の選択肢を広く持てる。
需要があるから供給もあるという話ではあるが、温泉や日帰り温泉を受け付けているホテルが多い。朝6時から24時までやっているところも。
私が行った温泉はすべて休憩室が完備されており、湯上がりにビールでも飲みながら暖かく快適に友人を待つことが可能だった。(仮眠も可能)
余談になるが、温泉が好きなのは日本人だけであって"西洋人は公衆の場で裸になるのに対して恥ずかしいと感じる"という思い込みがあったのだがニセコで完全にそのバイアスが崩れた。
あいつら温泉に酒持ち込んでめっちゃリラックスして楽しんでやがる・・・・もしかして日本に来る人は特別なのだろうか。
もう一つ余談。 温泉等に良く付いている有料のマッサージ機について。
私の観測範囲内では今まで国内旅行においてほとんど誰も使ってるところを見たことがなかったのだが、ニセコでは外人が凄い高い頻度で利用していた。 技術立国、クールジャパン!
コンビニのセイコーマートがあるヒラフ十字路近辺には流しのタクシーが高頻度で走っているし、電話したら各ホテルやレストラン、温泉まで来てくれる。
湯上がりに外を歩くと髪の毛が凍るレベルの外気なのだが、23時を超えて温泉から宿までのわずか数百メートルのためにタクシーが来てくれた時は有り難さで涙が出た(初乗り+割増の660円だけで申し訳ない気持ちだった)
「北海道なんだから当たり前だろ!」と思われるかもしれないが、スキー場から歩いて行ける範囲内で美味しい店が多いという条件って実は意外と難しい。
繋がってるスキー場を渡った上で、理由6のシャトルバス運行をうまく絡めると無料でさらに選択肢が広がる。
"「雪質が最高だから」という理由以外のことを書く" と言ったな あれは嘘だ
正直雪質が良いって言われても初心者だからそんなんたいして違いとかわかんないわー 関係ないわーって思ってたんス
でも、初心者こそパウダースノーで雪質の良いところで練習すべき! こけても全然痛くないし、痛くないからちょっと大胆なことも練習出来るし上達も早い!何より滑るのがチョー気持ちいい!
毎日大量に雪が振るからシーズン中(2月途中くらいから悪くなるらしい)は新雪でフカフカだし、朝に頂上まで行ってそこからヴァージン・スノーのみを使って下まで降りるのが至福の快感。
絶対に人生で一度は行ったほうがいい。凄い貴重な体験が出来る。超絶オススメ!!!!!!思いっきり背中押すから若いうちに行っとけ!!!!
http://tech.s-cubism.jp/blog/archives/3723
以下、ニセコに限らず日本全体に当てはまることではあるのだけれども理由追加。
10の理由と言ったな あれも嘘だ
オーストラリアとは2時間差、ニュージーランドは4時間差らしい。
たしかになーと納得。
日本人が軽井沢に行く感覚・・・というよりは夏にスイスやフィンランドに行く感覚?
自分の経験だけど、今シドニーとかメルボルン等の都市部ではランチでお高くない普通の店でも2000円を軽く超えてくる。(だからこそ日本のラーメンが1杯1000円超えてても人気だったり)
あとは本題と外れるけど、ホノルルのワイキキで丸亀製麺に行列が出来てたりで現在海外における日本料理の一部は所謂日本にとって一昔前のマクドナルド的な存在だったり。
日本人からするとスキー場のラーメン1000円とかカツカレー1500円って 「うげぇぇぇぇぇえ」ってレベルだけど、彼らからしたら安いのだろう。
らしいのでそうなのかな。他の観光地も組み合わせた上で、夏も寄ってみたいって思いました。
おそらく最大の理由。全ての理由を経て、来訪した経験者の満足度が高かったんだろうね。
その満足度の高さが、さらに客を呼び好循環を産み出している最強の状態。
台湾やタイ、マレーシア他東南アジア等暑い国々のお金持ちが涼みに来る とか
そういうのではなく、ニセコは本当に肌感覚として明らかに白人が多いんです。英語も超綺麗な発音でネイティブ。
純粋にスキー、スノーボードが大好きな欧米人が遊びに来てるな!!って今回の旅行で印象を受けました。
若干日本人と比べてマナー悪い部分とかも無くはないんですが(セイコーマートのコンビニの灰皿とかゴミが投げ入れられていて惨状だった・・・・) 文化の違いも体験出来るし素晴らしいところです。
重ね重ね、一度は冬のニセコに訪れて見ることを強くオススメ致します。
乱筆失礼致しました。
気付かぬ間に400近くもブクマが!!
若者のスノボ離れとかウィンタースポーツの国内人口現象とか言われてるけど、なんだかんだ皆さん興味はあるということでしょうか
(それともはてな村の平均年齢が・・・・・ おっと誰か来たようだ)
https://www3.nhk.or.jp/news/business_tokushu/2017_0227.html
やっぱ資本の力が大きいんですね。やや不動産価値がバブってるってのも含めて理解が深まりました、URLの紹介、有難うございます。
他の方が指摘されてるように、日本人にとってのハワイみたいな位置付けがオーストラリア人他外人にとってのニセコなのかもしれませんね。
>超マイナーうんぬん
釣るつもりは全くなかったのですが、寡聞に付き大変失礼致しました。
当時まだ若く、関東からちょっと足を伸ばせる範囲の群馬長野新潟のスキー場数個(白馬、湯沢、水上など)くらいしか知らなかったので完全に無知でした。
あとなんか積雪量の関係で新潟とか日本海側が最強で北海道は劣るとか思い込んでました・・・・。
無理に他のスポーツに例えるならばサーフィンをほとんどやったことない人が「青島?どこそこ?」みたいなレベルの話です。
完全に東京中心の悪い意味での中華思想でした、お詫び申し上げます。
釣るつもり・・・・・といえば逆にトイレの項目で、はてな村の皆さんが大好きなうんこネタを振ったのに誰も食いつかなくて寂しいです(`;ω;´)
やはり漏らさないと駄目なのか。
原因は、母と妹が「強い水圧じゃなきゃシャワーを浴びた気がしない」という理由で毎回お湯の蛇口を限界まで捻ることにあると思っている。
限界まで捻らなくても、途中からもう水圧は変わらなくなると思うんだけど……
で、限界まで捻るから閉めるのがめんどうくさくなるのか、いつも蛇口を全開にしたまま手前のシャワーの蛇口だけとめてお風呂から出てくる。
いよいよ水圧に耐えきれなくなって、蛇口の根元が壁から浮いてきてしまい、お湯がダラダラこぼれてくる。
ここ一年ほどは蛇口を開けると「ボー」という音が出るようになり、夜は特にその音が響くのが気になる。
もう何年も母に「水道屋さん呼ぼうよ」と頼んでいるのだが、その度喧嘩。今夜もそれでマジギレ。
「限界まで開けるから水圧がかかるんだよ」っていうと「私たちのことを責めてる!!」ってキレられる。「あんただって洗面所の蛇口ちゃんとしめてない」とすり替えてきたりとか。私はしめてる。大体は妹だ。でもこういう話が始まると無言で部屋に消える。私がその手を使うと母は私を部屋から引きずり出すというのに。
他にも、家の機能で完全に壊れてるところがあって、常識的に考えてそれは一刻も早く直した方がいい!と思うんだけど、それも言うたび母逆ギレ。
でも、つらさの本質は、結局家の決定権は祖父母にあるということなんだ。母方の祖父母と一緒に住んでるんだけど、母も祖父母も親離れ子離れできてない。もちろん母の言うことは聞き入れてもらえない。
私は壊れてるのが気になるし、そういうのを直して維持しながら暮らすためにお金があるんじゃん、と思う。
母から「おじいちゃんとおばあちゃんに言って」って言われるからちょくちょく訴えかけてるんだけど「お金がかかるのよ」って言われる。そりゃかかるよ!!!!!
母と祖父母は自分たちの考える理想の豊かな生活のために無駄遣いしてばっかり。
「都内に家がある、土地がある」ということだけが自分たちの誇りだから、マジで勘弁してってときがけっこうある。
お墓参りの帰りに揃って鰻食べるの一回控えたら、それで水道直せるんじゃないかなあ。
家の壊れてるとこ直さないことのほうがよっぽど変だよ。
祖父母は自分たちではなんにもしなくて、友達も全然いない。そのくせ親戚か知り合いの話ばっかりしてる。夏は避暑地にたてた別荘にいって孫たちの自慢。よその本当のお金持ちのひとたちに恥ずかしげもなくマウンティングしてる。数年ぶりについていってあげたら、行きつけのごはんやさんの人が私のことすごい知っててめちゃくちゃ恥ずかしかった。大学のこととか、高校の部活のこととか。やめてほしい。お店の人にも、祖父母のつまらない自慢話に付き合わせてしまって申し訳ないと思う。
はやく家から出たいんだけど、私は第一子長女で下に男の子もいない。
母もそうだった。「家を継ぐ」ことだけを求められてきた、かわいそうな人だ。
祖父母から「家を継ぐ気はあるのか」って言われる。拒否したらどうなんのさ?
つーかなに名家気取ってんだよ。マジ大した事ない普通の家だろ。
ホントにちょっとした不動産があるだけで、ただの成金なんだ。しかも最近知ったんだけど、別にご先祖様から代々受け継がれたものというわけでもない。え?そんなもんだったの?って思った。そんなもののために私たちはこんなに縛られているの?
あるだけですごいのも、ありがたみも、よく分かるけど、身の程を知ったほうがいい。
墓参り行く度に「あなたもこのお墓を守るのよ」って言われてきた。正直もうたくさんだ。
おかげさまで大学まで行かせてもらえて何不自由ない暮らしもさせてもらえてるけど、それ以外の精神的な安らぎみたいなものはまったくない。とにかくつらい。
就職が決まって、人事の人からも「最初の1〜2年は実家にいたほうがいいよ、都内ならなおさらだよ」と言われるけど、私はとにかく自分が自分らしく生きていけるように、自由を手にするためだけにここまで頑張ってきた。
中学の頃から「家を出て一人で長く暮らしていくための様々な力をつける」ことを目標にして、大学受験も就活も乗り越えた。
それでも家での私の評価はとても低い。
根暗とか元気がないとか生活力が低いとかやたらガミガミ言われるけど、勉強だけしてればいいっていってたのはどこの誰なんだよ。
それでも一歩家から外に出れば、そんな私を良いと思ってくれてる人がたくさんいるんだ。
なんで自分たちの死んだあとのことばかり気にしているの?
こんな気持ちは本当にもうたくさんだ。
こういうエリアにはどういう訳か、ペンション経営者OR夫婦で経営などで、一定の割合でオーガニックおばさんが出現する。
説明しよう。
オーガニックおばさんの特徴
・亭主はペンション経営者おじさん、もしくは陶芸家崩れおじさん。
・髪の毛は染めない事が自然に逆らわない事でいいことだと思っている。
・化粧はしない、もしくはかなりの薄化粧。薄化粧といっても、都会のそれではなく、オーガニック化粧とでも呼びたい独特の自然の風合いを活かした化粧である。
・自然食を好むのは当然として、しまいには買ったほうが明らかに品質が良く安いものまで、自家製に凝りだす。
・子供達も自然派というと聞こえはいい自由奔放な教育。宗教にある程度の嵌まる人と対して変わりのないレベルに育つが、子供は意外と冷静でおとなになると自然と痛い両親から離れていく
ブラがない
仕方なく合わないサイズを買ったとして、洋なし体型で上半身は貧相だから寄せて上げる肉もない
ちょっと胸元開いてる服着てかがむと高確率でブラあるいは乳首が見えそうになる 見晴らし良すぎだろ 避暑地のコテージか
胸の大きい女性はブラのサイズがなくて~という話を巨乳ならではの悩みみたいに話すが、貧乳だってブラはない
有名メーカーとかでもA以下はそもそも作ってもいないところもたくさんある 需要の層が薄いから 腹立つ
そしてこういうことを書いても巨乳の人は共感してくれなくて、「A以下なんかブラジャーする必要がない」みたいなことを言ってばっさり切り捨ててくる
揺れるものがなくてもこっちにだって乳首はついてるんだぞ 巨乳は貧乳の乳房には乳首もないと思ってるのか ちくしょう おっぱい大きくなりたい
人に誘われて風立ちぬを見た。
宮崎映画は子供のころはよく見たけど最近はあんまり見てなくて、金曜ロードショーも飛び飛び、劇場で見たのは千と千尋くらいで、
全般的になんとなくストーリーはわかるけど思い入れは無いって感じ。
周りの感想はみんな褒めてて、いい映画だって言うから知り合いに好きじゃないとか言えない。
つーかそもそも否定意見も前記のとおり宮崎映画に詳しくないから語るほどのあれがない。
っていうか単にこじらせてるだけの逆張りなんじゃないかって気もする。
最初の感想は漠然とずるいっ思った。あとこれを好きになれない自分はだめだって思った。
ぼやーっとしててなんでそう思ったかは最初よくわかんなかった。
庵野の声のせいなのか、そういう演出なのかどうかは知らないけど堀越二郎という人間が普通の人にしか見えない。
にもかかわらず主人公は周りの人に褒められる、惚れられる、トントン拍子で話が進んでいく。
マイナスの描写を一切されないで、ひたすらプラスの描写しかしない。っていうか演出としてわざとマイナスなことを書かないようにしてるのが見える。
たとえば初めて自分で作った飛行機が落ちるという唯一の挫折シーンでも、
飛行機がうまく飛びました!→気がつくと避暑地に→飛行機が落ちた回想
っていう風に、一番いいところで落とすとショックが大きいからワンクッションおいて描写してる。
このシーンで、あ、この映画は戦争の汚いところも、技術者としての苦悩も書かない気だなって思った。
いや、それはそれでいいんだけど、でも堀越二郎という人間が凡人にしか見えないから、二郎をほめるシーンがすべて白々しく見える。
凡人だったら辿るはずの汚い道を全部見ないで、美しいものだけ見て、やりたい事やって、それは天才だけに許された特権だろ。お前凡人なのになんで天才扱いでそれやってんだよ。
ずるいずるいずるい。
どのシーン、どのキャラみても悪いシーンがない。
ヒロインが二郎さんともっと長く一緒にいるために私孤独なサナトリウムにも耐えるわ!っサナトリウムに行って、
何十分か後にやっぱり飽きて戻ってきて、いちゃいちゃしだしてもなんか良いことに書かれてる。
周りに反対もされるけど結局みんな認めて、でもやっぱヒロイン死ぬけどなんか素敵なことしてる風な扱い。
友人も嫌なとこがまるでなくて、ほんとに良いやつとしか描写されない。ホモっぽいくらい良いやつ。
上司も一瞬嫌なやつに描くけど結局二郎を褒める以外のことをしない。
自主研究会のシーンなんかではわざわざ褒めるシーンを入れる。
ストーリーの一貫性なんか気にしないでとにかく、ひたすらだけ素敵だけが書かれていく。
んでふと気がついた。あ、これは単なる萌えアニメとかの類なのか。
イタリアとドイツと日本の飛行機だぜー全部個性があって違うんだぜ?最高だぜ?かっこいいだぜ?そいつの極めつけがゼロ戦だぜ。やっぱゼロ戦かっこいいぜ。
ヒロインは外国文学をたしなむお嬢様で、若いころに運命的な出会いをした仲で、美人で病弱で、しかも結婚初夜は自分から誘ってくるんだぜ?ひゅー。
あぁ、なんだ、僕が勝手にこじらせて切れてるだけか。サブカル気取ってるから素直に良いっていえないのか。
そらみんな面白かったって言うよね。娯楽映画だもんね。娯楽映画を面白いって言うのは当たり前じゃないか。
……という話を耳にしたことはありませんか?
オーストラリアに比べ明らかに安い。
と、いうのが業者の謳い文句です。
「治安が悪そう」
「汚そう。ゴキブリいっぱいいそう。外国人とルームシェアなんて
本当のところはどうなのか?
不安に思う人も多いと思うので。
ひとりでも多くの人に、このコスパの良さと
※フィリピン・バギオ地区にあるBECIという学校の感想になります。
http://beciryuugaku.blog.fc2.com/
入っていませんでした。
「安いし、教師もしっかりしてるし、オススメだよ」
と言われ、ろくに調べもせずフィリピン留学を決意。
(値段に惹かれたというのもありますが)
四ヶ月、スクールに通いました。
結論から先に言うと
すごくコストパフォーマンスが良かったです。
もちろん、アメリカやカナダに比べたら、ネイティブがいないという
デメリットはありますが、教師のレベルはネイティブとほぼ同じ&
マンツーマンレッスンなので初心者の方でもレベルに合わせて喋ってくれます。
TOEIC 550点からたった2ヶ月で780点までアップしました。
簡単な英会話も出来るようになり、特にスピーキングとリスニングが
明らかに伸びました。
ならない状況になるので、ひたすらスピーキングの経験がつめます。
まだまだついていけませんでしたが、単語がしっかり聞き取れたり
ティーチャーとゆっくりディスカッション出来るようになったり、
(もちろん、しっかり勉強すればの話です。
毎日飲んで遊んでいてはここまでスコアは伸びなかったでしょう)
しっかりサポートしてくれたので、安心してフィリピン留学を楽しむことが出来ました。
物価の安さを活かして、一万円で一泊二日のバカンス旅行も楽しめました。
フィリピン英語留学の一番のメリットは、やはり東南アジアならではの
更に、先進国でマンツーマン授業をとると費用が跳ね上がってしまいますが
フィリピンではマンツーマン授業が基本であり、思う存分スピーキングの練習や
何故こんなに安いのかというと、
食事も100~200円あればお腹いっぱい食べられますし、お酒も一瓶50円という安さです。
ちなみに、先生の月給は6000ペソ(約1万2500円)らしいです。
①マンツーマン授業の質の高さ
上記で少し述べましたが、マンツーマンレッスンこそ
分からないところを細かく教えてもらうことが出来ず、
更に言えば、グループレッスンだとしゃべる機会が少なく
時には教え方が下手な先生や、
喋ってくれるので安心です。
マンツーマン授業をやっていると、自然と先生とも仲良くなれますし
教えてもらったりと、勉強を苦なく勧めることが出来て
先生の質ですが、値段が安いぶん、
先生は全員、4年間大学で英語と教育を学んできていますし、発音もかなり綺麗です。
試験テクニックや模擬テスト、TOEICで頻出のボキャブラリー等
私も1ヶ月だけ参加していましたが、TOEICスコアが150点近く上がったので
TOEICのスコアアップを狙っている方には、とても有効だと思います。
IELTS・TOEFLラス(以下、アイエルツクラスと呼びます)は
私はずっとこのクラスに参加していましたが
講座は有料(一ヶ月1万円・週5日、平日のみ)ですが、スピーキングとライティングは
発音と並んで日本人が最も疎い部分で、更に独学がしにくい分野でもあります。
アイエルツクラスの講師はアイエルツを熟知した、言わばエリートの講師が
学校が大量に保有しているのですが、アイエルツを教えられる先生は
限られているため、事前に頼んでおいた方が良いです。
アイエルツのスコアをクリア出来たのは、ここの講座によることが
大きいです。
東南アジアというと、物凄く暑いというイメージがあると思います。
確かに、マニラは非常に気温が高く、毎日30度を超える地区です。
夜もぐっすり眠れるし、勉強に集中出来る最適な気温です。
避暑地としても優れているので、夏に留学するのがおすすめです。
巨大ショッピングモールはありますが、娯楽といえば酒場かレストランか
勉強している生徒が多かったです。
言っても過言ではないでしょう。
その点、バギオ・BECIは十分条件を満たしていると思います。
以上が、私が感じたフィリピン英語留学の主なメリットになります。
期待はずれを味わうことになるかもしれません。
人によっては発音がなまっていたり、
ワケにはいかないのが実情です。
②娯楽の少なさ
かなり味気ないと言えます。
唯一の救いは、テレビでアメリカの映画やドラマが見れることぐらいです。
もっとも、ネイティブ英語なので並のレベルでは雰囲気しか楽しめませんが……。
事前にノートパソコンに海外ドラマや映画(二カ国語対応のもの)を
ある意味、BECIの最大の弱点と言えるかもしれません。
学校で支給されるご飯は、良くも悪くも『合宿所のメシ』レベルです。
また、韓国人経営のため、韓国料理が多く辛めの料理が多いです。
なので、ご飯はあまり期待出来ません。
ローカルレストランで食べているようです。私もその一派でした。
しかし、マニラからバギオ地区には高速バスで5時間かかります。
トータルで考えると8時間弱なので、時間的にはアメリカ等とどっこいどっこいです。
距離的なメリットを考えると、マニラかセブにある学校の方がメリットがあります。
ただ、マニラは暑くて危険、セブは物価が高いというデメリットがあります。
⑤停電が多い
(これはこれで、ハングリー精神が刺激されて良いのですが
目が悪くなること間違いなしです)
発展途上だと思いました。
なんじゃこりゃ、と思うかもしれませんが事実です。
フィリピンでは、新卒の年齢が20歳であり、BECIは比較的新卒を多くとっているので
20代前半の教師が多いです。おまけに、女性が中心なので必然的に生徒と教師の間で
(マンツーマンで、しかも同じ先生と2ヶ月も一緒に授業をしていれば
・避暑地としても最高です。
・発音のクラスが非常に良いです。
その他、部屋や学校の画像、教科書レビューなどについての情報は
http://beciryuugaku.blog.fc2.com/
コスパの良さを実感してもらいたいです。
そこまで金持ちなら避暑地の1つや2つ行ってそうだが?海外でも田舎度が高い所に行ってそうだが?
スイミングスクールは高収入のステータスではない。むしろ低収入層から幅広く行かせることのある習い事の1つ。
極端すぎ、そんなの滅多に居ない。それ程高層だけで生きてるのになんでそんなのに出会うのか?
こういった反応を求めてたなら、おめでとう、よく釣れたね。
低学歴の世界の記事をよく見るんだけど逆に高学歴の世界(?)の話をしたい。
生まれも育ちも都内。
郊外とか、田舎とか、ネットとかテレビで見る風景しか知らない。
行っていた幼稚園は、超絶金持ち幼稚園で、幼稚園まで基本、車で送り迎えだった。
車のドアは、専用の人があけてくれた。
それが「普通」だった。
小学校も都内の私立に通った。休みはどこの家庭も海外旅行に行っていた。
スイミングスクールはほぼ全員行ってたと思うし、家庭教師がついている子もたくさんいた。
中学・高校で「悪いこと」といえば、ルーズソックスをはくことぐらいだった。
いじめもあったけど、たいしたいじめじゃなかった。不幸の手紙レベルだった。
さすがに18ぐらいになると、自分がとても贅沢な生活をしていることに気づいた。
と思った。
だが、それは「普通」なんじゃなくて「上の層」だって知ったのは社会人になってからだった。
海外旅行行ったこと無いとか信じられないし、
月の小遣い5000円とかありえないし、
世間知らず!といわれるかもしれないが、本当に信じられない。
数年前に結婚し、夫婦2人もはたらいている。税金高いな。とは思ってる。
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使いかた難しいですね。
アンサーはどう書くのがマナーなんでしょうか・・。
ちなみに釣りではないです。
郊外とか、田舎とか、ネットとかテレビで見る風景しか知らない。
そこまで金持ちなら避暑地の1つや2つ行ってそうだが?海外でも田舎度が高い所に行ってそうだが?
「もっと郊外に住めば家賃減らせる!」的なコメントが多かったので、
極端すぎ、そんなの滅多に居ない。それ程高層だけで生きてるのになんでそんなのに出会うのか?
絶賛ばかりですが正直な感想を申しますと、「おもしろくなかったけど、何度か観たい映画」というところでした。
批判的な感想をあまり目にしないので、この一週間、絶賛に対して指摘したい部分を時々考えました。それを時間書けずに一発で書きます。荒くてごめんなさい。
・ストーリーに波がない。
「生きねば」と書いてあるポスターや、ボロボロに燃えてしまった後の戦闘機っぽいものと、それを見て呆然と佇む主人公の絵に、
「戦争に揉まれながら、どんな恋や葛藤があるのかな〜!」と思ってしまいますが、はじめからわかってた展開をただ踏まえてるだけな気がしました。
予告編では泣けましたが、本編では泣こうとおもっても、、、、?なかなか泣けない。
とにかく長いです。一緒に行った人は寝てました。最後のユーミンの歌の、長い長いPVみたいでした。
幼少の頃から非凡な存在として描かれていて、そのままです。しかもお坊ちゃま。
人格も優れている主人公がどんな壁を経験して、奮起するドラマなのかと思いましたが、、、右肩上がりのまま、、、右肩上がりにフライ。
これは厳密には違う指摘ですが、菜穂子と再開する避暑地の重要なシーン。
あれも「なんで今は仕事しないの?オフでも飛行機のこと考えてるキャラが何してんの?」と内心思いながらでした。しかも、これも長い。
それを消してくれる説明も無かったような気がします。
・SEが口
これはなんかの朝のニュースでやってたのを着替えながら見たので知ってましたが、どうやらSEのほとんどは口で人が作ってるようです。
でも、それが耳障りなんです。なんの意図があったのか知らないので残念ですが、その意図を知らない私からすると違和感で集中できないのです。
途中から、製作者側が「今回のSEは人の声が作ってるんですよ」とドヤ顔で言ってたらと思うと、それをどうやって論破するか。。。そんな怒りの妄想に集中力がいってしまいました。
・庵野秀明の声
幼少期が終わって、いきなり声が変わります。それで「『ジブリの主人公の声をエヴァ監督の庵野秀明が担当』なんていうニュースを何かで見たが、これか・・・」とその時に思い出しました。
とにかく、びっくりするほどスムースな口調で人間らしさゼロ。10のテンションで話してきたキャラに対して、4くらいのテンションで返す主人公。しかし、相手は自然に10のテンションを保ったまま会話している不自然さ。
例えて言えば、片方は大男が体をうねらせて豪速球を投げているのに、それを受け取る主人公は直立不動でボールをキャッチし、腕だけ動かして投げて緩いボールを返している感じ。その不自然なキャッチボールはラストの一言まで続きます。
製作者の意図としては「理系の人っぽさを出したかった」ということですが。理系独特のドライさってのは違うと思います。
成功に仲間や上司が昂ぶっている時にタバコ吸ってどっか見てたり、菜穂子が王子様アピールしてるのに「晴れてきました」とかいってるだけで理系っぽさは出たと思います。
その点、同じ理系でも今放映中の福山雅治のやつとかは、たしかに理系っぽい感じはします。
百歩譲って、理系な人が抑揚のない声で話すとしましょう。でも、見る側としては少なくとも僕は違和感で集中できないんですね。不自然なコミュニケーションを意図的に作ってドヤ顔してる制作側に本当にいらっとした。
ヒロインが嫁入りするシーンで、嫁が高橋留美子の漫画のキャラにしか見えない。
そもそも、結核の嫁が病院抜けだして来て嫁入りを済ませるっていうのはとてもむずかしいと思う。
ただの美談ですよね。ちび上司が普段と違ってお祝いしてる方が胸を打たれました。
これは単純すぐり僕の勘ぐりでもあるのですが、いちいち飛行機とか鯖の骨とかに「美しい・・・」とかいうところに、デザインに対して強いこだわりを思っていたジョブズを投影させてたのかなって思っちゃいました。
シンプルに美しい見た目=優れてる、という考え方を持っている二郎アピールが多いんですよね。
もしジブリもジョブズに敬意を表すなら、普通に「敬意あります」とか言えばいいんであって、作品にわざとらしく言わなくてもいいんじゃないでしょうか。
とにかくうるさいんですよね。忘れた頃に出てくる。「また!?そんな(にデザイン好き)なの?」みたいな
でも、まあ、ジョブズが話題になる前からsimple is the best的な価値観はありましたので、あんまり強気で言えることじゃないです。
以上を踏まえて「風立ちぬ、傑作!」みたいな空気は、なんかつっこみたくなります。
「ジブリがやったことならすべて良し!たとえ理解できなくても良しと言う!白も黒と言えば諸手を上げて黒に賛成」みたいなダサい空気です。
確かにジブリの過去作は素晴らしかったです。でも、今作はどうでしょう。ほんとうにそうおもってますか?と。いや、過去作も実は「良さげ」雰囲気だけの作品だったのかも… ?
なんちゃって、それは言いすぎな気がしますが、否定なんかしたら自分がバカっぽい立場になるって思ってませんか?
僕もそうゆうのが怖いのですが、これを書いた反響とかを楽しみたくてネットに書きました。
以上です。
ちなみに、個人的に一番良かったシーンは、幼少期の夢の中で雑誌に出てた有名なイタリアの設計士と出会い、刺激をうけるところです。
あの夢の中には、生まれや、能力や、物理法則すらも超越した、ピュアな(実現したい世界としての)夢だけでした。
そしてあの空間にいる間は、「自分のヴィジョンは世界の偉人と共有できる程のものなんだ」という高揚感は、とてもこんなことを言うのは憚られますが、僭越ながら共感できました。
色々文句もありましたが、終わってみると、確かになんだかスッキリした映画でした。
それが何かは、わかりません。それが不思議な魅力でしょう。
自分はジブリと育ってきたような年代で、現在は「アラサーw」と自虐を言う時期に入った年代です。
「風立ちぬ」は今回の作品で初めてです。
一番好きなジブリ映画は「もののけ姫」。理由は興奮するからで、メッセージ性などはあまり気になりませんでした。
一番心躍った映画は「バトルシップ」。一番泣いたのは「アイ・アム・サム」。という単純な人間です。