「視線恐怖症」を含む日記 RSS

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2019-04-25

長い話

今、残業中なんですけどもうデスクで涙をこらえるのに必死で何もできないので気をそらすためにも自分の話を書きますね それぐらいは許される職場なんです。いいでしょう。私がすべて悪いだけの、きっといい職場なんです。

私は小学校中学校、合計で五年間ぐらい不登校保健室登校)でした。原因はなんだろうな。今考えてもわからないんですけど、とにかく行けなかったんですよ。なんでだろうね。

面倒くさかったんです。たぶん。鬱かなってちょっとだけ思ったりもしたけど、でも、私は当時からオタクで、ネット動画とかを見て笑ってたからただの甘えだったのかもしれない。徹頭徹尾、甘えているだけの人間なのです。小学校の三年か四年から二年ぐらい通えなくて、六年生で復帰したけど、中学校一年でまた行けなくなりました。勉強ができないわけでも無かった。昔から地頭は良い方で、ただ集中力は無かった。何事も長く続けられなかった。極度の面倒くさがりで、家事も何も一切できなかった。

両親は、学校に行きたがらない私を叱ることもなく、いろいろ考えてくれました。なんたらスクールみたいな不登校児の集まるところに連れて行ってくれたり、カウンセラーが居る部屋に週数回だけ通うように調整してくれたり。

結果としては、私は自分の中でなんで教室に行けないかからないまま中学の三年間を過ごして、そのまま都立チャレンジスクールっていう学校に進学しました。都立高校で、定時制

そこには私みたいに理由もなく学校に行けなかった人って全然いなくて、病気だとか、働かなくちゃいけないから夜間で通うとか、親が離婚してから生活が変わって学校に行けなくなったとか、たくさん理由があったんです。私はなんで自分がここに居るんだろうってちょっと思ったりもしたけど、未だに仲よく遊ぶ友達ができたのもここでした。

学校は楽しかった。

でも高校はやっぱり三年しかなくて、私は大学に行くことにしました。良いなと思った大学を目指して、母がこのころ癌になったのに無理して私に英語家庭教師までつけてもらったけど、受かりませんでした。その年だけ倍率が平素の三倍ぐらい高かったんです。なんでだろう。

結局私は担任先生の勧めで、少し遠いけど私なら絶対入れる私立大学文学部に入ることになりました。試験はびっくりするほど簡単で、これなら中学時代の私でも入れるな、と思いました。教科は現代文だけでした。

でもこの大学で、私は今でもたくさん遊びに行く友人ができたし、その一人は先日入籍しました。おめでとう。

大学は面倒くさいこともたくさんあったし、さぼったりもたくさんしたけれど、たぶん楽しかったんだと思いますバイトを始めたのも大学に入ってからです。最初は友人の勧めで飲食で働いていたんですが、給料未払いで数か月で辞めました。

次に私が応募したのは、カードゲームショップでした。ちょうど流行ってたんです。シャドバなんて出る前で、ハースストーン一部の人しかやってないし、MTGオンライン全然無かったころの話です。私はろくすっぽカードゲームなんて知らないままそこに面接に行って受かりました。

仕事はたぶん楽しかったです。結局二年半ぐらいやったのかな。みんなオタクだったし、嫌な客もいたしわかんないこともいっぱいだったけど、それでもバイトって責任もなくて気楽だったし、本当に楽しかったと思う。

その時直属の上司だった男の人とは今でもなんだかんだ年に数回会って、二人で飲んだり二回ぐらい日帰り旅行したり誕生日ディズニーしたり一緒にコンサートいったりします。私たち関係は何なのか、こうやって書きだしても未だによくわかりません。良い友人なのかな。友達以上恋人未満の関係結構好きです。気楽だし。いい関係ですよね。

そして私はバイトと遊びと勉学と文化コンテンツで日々を過ごしました。三人しかいないゼミでひいこら卒論を書き、その間に就活しました。

弊社は、確か私の学校に来ていたうちの一つだったと思います

私の父は大きな会社でそれなりに能力もあって、管理職ではないけれど責任感のあるポストについています。そんな彼と日々話をしたりしているうちに、私もこの業界にしたいな、と漠然と思っていたので、そこを受けてみることにしました。一応ほかにも数社受けました。

受かったのは二社。もう一つは金融系の会社で、少し怖くて辞退しました。その時私は卒論が楽しくて、就職の方がたぶん大事なのにそんなこと全然考えてなかったんだと思います

そうして弊社に決めました。もうゼミ以外には大学に来る予定なんてなくて、バイトばっかりしていて、オタク趣味お金を使いたかった。早く就活を終わらせたかった。

もともと視線恐怖症なのもあって、沢山の人がいる中で自分アピールしたりすることが怖かったのかもしれない。

私は卒論を頑張って(学部で優秀賞をもらいました)、大学を無事卒業して、弊社へ入りました。

入ってから、ああ、結構体育会系というか、業種のくせに古臭い企業だな、と思った事は事実でした。けど、父が言うにはこの業種の中小はみんなこんなものだという話だったので、特に気にしませんでした。自分マメさが求められる事務職は向いていないと思っていたからです。

それでも今の部に配属されて、訳の分からない言葉はいっぱいだし、教えてくれる先輩の一人は私に教える片手間ずっとグラブルをやっていた。もしかしたらグラブルをやっている片手間私に色々教えてくれたのかもしれない。

今のオフィスは、弊社の大口顧客(元請け)がほぼほぼ占めているビルです。

私は二年間、同じプロジェクトで、ワーカーホリック上司の下で仕事しました。

上司イエスマンから無茶な仕事をいっぱいもらってきちゃうし、自分ワーホリからほかの人も同じぐらい働けるとか思っていたし、謎に有り余る体力で飲み会かにも大体参加していましたが、怒らないし、わからないというとある程度は聞いてくれたりするし、たぶんとってもいい人でした。私が生意気言っても怒りませんでした。ただ彼自身は毎月残業60時間かいってるワーホリでした。いまでもそうです。

それでもそのプロジェクトは楽しかったです。つらいこともたくさんあったけど、愛着もありました。

なんだか身体おかしいな、と思ったのは去年のどこかぐらいからだと思います。去年は忙しい月が数回あって、残業が40時間を超えるぐらいの月が飛び飛びに数回ありました。

から起きるのが早くて、朝五時とかに起きちゃっていたんですが、三時ぐらいとかに起きちゃうようになりました。

私はスマホ依存症に近いものがあって、何かあるとすぐスマホを見ちゃうんですが、それのせいもあったのかもしれません。睡眠の質がきっとどんどん悪くなっていきました。

プロジェクトは今年の春が大詰めで、みんなピリピリしてたし、急な雑務も増えました。

ある日、一度、風呂場で痙攣のような現象を起こしました。

視界が一瞬真っ白になって、風呂場の椅子に座りこんだと気が付いたときには、身体のいろんなところが強くしびれていました。特に強かったのは手で、勝手に力強く握りしめられていて動かせませんでした。

母を呼びました。母は全裸で浅い呼吸をしながら手を強く握りしめている私のことをひどく心配してくれました。父も風呂場の外にはいてくれて、状態を調べたり、スポーツドリンクをくれたりしました。

その日は固まった手で何とか飲み物を飲んで、少ししたら回復しました。

でも、結局数日たってからも体調がすぐれず、午前半休を取って病院に行きました。

のしびれの正体も知りたかたからです。結果は「抑うつ状態から過呼吸引き起こしたのでは」ということでした。

医者さんには産業医面談を受けるように言われました。私は素直にワーホリ上司へそのことを話して、午後に出社しました。

休憩スペースで面談しました。診断の詳細、そして産業医面談というものを受けるかどうか。

受けるなら俺から上に言うよ。そういわれて、少し困りました。プロジェクトが本当に大詰めだったからです。私はその時まだ二年目のぺーぺーでしたが、そんな私でももしいなくなってしまったら困るかもしれないと思ったからです。結局上司はそのあと産業医面談の話はせずに、春から仕事の話をされて終わりました。

その週の金曜日、私はどうしても体調がすぐれず、うまく動けなくて、会社休みました。

もう一度産業医面談の話をしました。

私自身が、どうしてこんなにストレスを感じているかがわからなかったからです。それが仕事のせいなのか、無意識プライベートでため込んでいたのか(その時ちょうどフォロワーちょっとトラブルがありました)、単純に満員電車ストレスなのか、わからなかったからです。

翌週、私のところにやってきたのは課長でした。

別に産業医面談拒否するわけではないし、受けたいなら調整するんだけど」彼の言葉はこう続きました。「俺たちの権力より上だから部署移動とかを指示されたら逆らえないしなあ……」

課長は私が部署を移動することになってしまった場合人間リソースの低下を懸念していたのです。

「とりあえず、今月は今のプロジェクトを頑張って、春以降もう一度相談します」私は言いました。

しかしたら、本当に私が居なくなったことでこのプロジェクトクリティカルな何かが発生してしまうかもしれない。それが嫌だったのです。課長が明言してしまうことで、それが私のせいにされてしまうのも嫌だったのです。

薬を飲んでいれば出社はできました。なぜか倒れたときから咳が止まらないけれど、風邪が長引いているのだろうと思いました。

私は抗不安剤睡眠導入剤を内科でもらっていたので、薬がなくなった時についでに咳止めの薬をもらいました。

そうしたら、電車で倒れてしまいました。

咳止めとして飲んだ抗生剤と私の相性が悪かったのかもしれません。私は朝の満員電車の中でお姉さんに助けてもらい、途中の駅で降りて、でも歩けなくて、駅員さんに車いすに乗せられて詰め所みたいなところの長いすに横たえられ、母親が来るのを泣きながら待っていました。

母は病気です。私が高校の時からずっと治療しています。手術もしました。私なんかよりもずっと大変なのに、毎日ご飯を作ってくれて、こうして迎えに来てくれるのです。私は親不孝者でしたが、母が迎えに来てくれたので、駅から外に出ました。その日は散歩をして、会社休みました。

体調の悪化が治りません。毎日薬を飲まないとうまく動けません。

それでも日は回るので、春から新しいプロジェクトに参画することになりました。すでにある程度進んでいるプロジェクトは初めてでした。

私はわからないなりに、以前の経験知識を使って頑張ろうと思いました。そのプロジェクト上長は先日面談をした課長でした。

参画してから一週間ほどした日、私は唐突課長仕事の依頼を受けました。

曰く、新しく仕事必要ものを一から作るのだと。

この業種において、一から自分で作ることは大して難しくはありません。今のプロジェクトの様子確認も兼ねて、大丈夫です、やります、と言いました。

どうやら課長のその認識根本的に間違っていたらしいと知ったのは、その週末のことでした。

どうやらそれは、私が触ったことのないソフトを触って、すでに動いているシステムに「絶対ミスをすることなく」仕様追加をするというものでした。

私は困惑しました。だって自分が触ったことのないものを「ミスなく」と言われても困ります練習ができません。経験もありません。

しかも、それは私一人でやるという話でした。ベテラン技術者が後ろについてくれると言いましたが、彼は他の仕事で忙しく、週に一回、数時間様子を見てくれるだけでした。

彼がとっても忙しいのは知っていました。だから仕方ないとは思いました。上長に聞いていた話と全然違っても、もう請けちゃったと言われたら若手にはどうすることもできませんでした。

元請けからはことあるごとに「絶対ミスは許されない」と言われました。私は状況の調査から始めました。

手順書や設計書は用意されていました。ただ、前任の会社中途半端撤退していたため、それが正しいかどうかの調査から始めなければなりませんでした。

けれど、私が触ったことのないソフトウェアの設計違いを、どうやって見つければいいのだろう。それはとっても疲れることでした。

上長はいつもなぜか忙しそうで、私が疲れたとか、産業医面談の話についてを問いかけることは憚られる雰囲気でした。半分炎上していたのかもしれません。プロジェクト経験が私含め半分以上を占めていた上に、その中で唯一構築経験があった私が一人での仕事に回されてしまいました。

ベテランはしきりに「ポテンシャルを見込んで」と言いました。

ポテンシャルって便利な言葉ですよね。とりあえずそう言っておけば良い感をひしひしと感じます絶対失敗できない仕事を依頼されたなら、失敗しない人を連れてくればよかったのです。

私はそれでも何とか資料を調べて不明点を上げ連ねて、ベテラン上長との進捗報告に参加しました。訳が分からないことだらけでした。たくさんのことを言われましたが、すでに集中力平時の半分ほどしかなくなっていた私にとって、それは呪文のようでした。半分ぐらいわかりませんでした。わかったふりをしました。

産業医面談に行けなかったので、有名な精神科のある病院の予約を取りました。その時にはもう、睡眠導入剤がないと眠れない生活になっていました。

新しい病院で、紹介状は無いんですとだけ伝えて診察を受けました。睡眠導入剤のほかに睡眠安定剤をもらいました。でも、睡眠安定剤を飲んだら昼間もものすごく眠くなってしまったので、二回しか飲めませんでした。結局抗不安剤睡眠導入剤だけを今でも飲んでいます。飲まないと眠れないし、仕事に行けないからです。

このころからホーム電車に不必要に近づいてしまうようになりました。(私が使っている路線都内なのにホームドアがないのです)無意識でした。私は死にたいのかな、と思うようになりました。

転職をすればいい、とか、周りの友人は言っていましたが、どう客観的に見たって私のメンタルが弱いだけの甘えなので、私が悪いのです。昔から私が社会や親に甘えているだけなのです。その自覚があったし、転職はとっても怖いもののように思えて仕方がありませんでした。だって自分には実力がないのです。転職活動で落とされることも怖かったです。評価されないことは、訳の分からない仕事を一人でやらされることと同じぐらい怖いことでした。

今日も偉い人たちを交えての打ち合わせがありました。私はやっぱり、「絶対ミスできない」ということを念押しで言われました。それならなぜ、ソフトウェアに触ったことがないたかが三年目の私がその仕事をしなければならないのかがわかりません。他の人にも仕事内容の相談ができません。調べても全然出てきません。他のメンバーはいろいろみんなで相談しながら前に進んでいるのに、私は自分が一つわからないことがあるだけでそこに立ち止まってしまます解決策がわかりません。どうすればいいかわかりません。集中力がなくて、どうすればいいかもよくわからなくなってしまいました。

少し、辛いな、と思いました。

別に残業が数百時間だとか、あまりにも激務だとか、そういうことはありません。家族はとっても優しいです。私はきちんと笑えています。両親はたくさんのことに関して理解もあります。母は自分身体も悪くて病院に通っているのに、私が精神科に行くとき一緒についてきてくれました。

部長課長主任ワーホリですが、きちんとしてはいると思います中小ですが、それなりに長く続いている、頑張っている会社です。

から、私があまりにも社会に甘えているだけなのです。私が弱くて、今まで甘やかされてきたから、ちょっと普通なぐらいのところに来ただけで耐えられなくなっているのです。

それは悪いことだと思っていますだって私が弱いのが悪いんです。甘えなのです。でも、強くなる方法がわかりません。

どうしてこうなったんでしょう。生まれときから弱かったのでしょうか。私はどうすればいいのでしょうか。何が悪かったのでしょうか。仕事ができないことが悪いのでしょうか。

薬を飲んでいるとお酒が飲めません。友人との飲み会も、友人が気を遣って飲み放題プランを外してくれます。気を遣って一緒にソフドリを飲んでくれようともします。

優しさが申し訳ないです。私が弱いだけなのに。私が弱くて薬を飲んでいるだけなのに。

仕事が嫌いなわけじゃありません。色々考えて、正解を導き出せたときや、トラブル解決できた時はとっても楽しいです。

ただ、たぶん、もう一人だけいたら、こんな気分になっていなかったのかな、とは思います自分にとって、「絶対ミスできない」一人きりの仕事が、案外つらいのでしょう。ゆとりなのです。弱いのです。世間様に甘えているから仕方がないのです。責任を一人で負いたくないのです。「わからない」と隣に相談する環境が欲しいのです。

会社の最寄りの駅にはホームドアがありません。今は想像するだけだと思ってはいますが、段々と黄色い線の向こうを歩いていってしまって、いつか飛び込んでしまったら、と思うととても怖いです。それも、私が弱いからなのでしょう。

お母さんのごはんもっと食べたいです。

お父さんともっとお酒を飲みたいです。

生きたいです。オタク楽しいし、ちゃん毎日笑っているし、友人もいい人がいっぱいいます。でも、いつまで生きればいいのか、よくわかりません。勝手に涙が出たり、ベッドから動けなくなってしまます

私よりもっとつらい人はそれこそ数えきれないほどいるはずなのに、どうして自分はこんなにも弱いのか。どうしたら強くなれるのか。

なんで生きてるのか、わからないのです。

それを吐き出したかっただけなのです。

2019-02-16

視線恐怖症

職場とかカフェとかが特にそうだけど、ずーっと視界に人が入っている状況にストレスを感じる。

具体的には、自分が横目でその人達を見てしまっているんじゃないか、見てしまうことで不快にさせてないか不快感情自分に向けてこないか、ということが不安

いやそこまで自分ことなんて気にしないだろうと思いもするけど、ふと、あ、今横の人見てしまっているなと思ったときに、ちょうどその人がため息をついたり頬杖を組み直すような仕草をする気がする。それが僕には僕が見てしまっていることで与えたストレスによるものと思える。

偶然にしてはよくありすぎる気がして。どうすればいいんだろう。辛い。もう15年くらい続いてる症状だけど。

2017-10-06

視線恐怖症なのと人混みに疲れたので都心から1時間場所に住むようにした。

それなのに人があまりいないといないで、とても意識してしまうようになった。

今は、都心でうじゃうじゃ人がいた方が気が紛れる。

今住んでいる地域だと実際凝視されている気がするし、見返すと目が合う。そんなんだから常に誰かに見られているような気がしてきた。

もういっそのこと無人島で暮らすしかないのだろうか。

2015-11-21

世にも奇妙25周年に俺の入ってなくて残念

毎週夜8時にやってた時にリアルタイムで、その後のIFも見てた世代なんだが、

リメイクされるっぽいのが最近のばっかりて萎える。

俺はショート枠含めガチホラー系が好きなんだ。

定期的にスペシャルでやるのも縮小傾向でその枠が減り残念である

最近は感動や突拍子的なネタ系が多くてね、ホラー好きには辛い。

過去の中には記憶に残るほどの傑作があるというのに。


俺はダジャレおじさんに投票してきたよ。あれ当時怖かったもん。

どこにでも現れるおじさんの話のやつ。

他にも視線恐怖症キムタクのやつもまずまずだったな。

普通気づかないよなあ。どこかから見ているつもりでも当人に影響与えるとかさあ…

2010-07-22

人の中で浮いて疎まれる

なんでだろう。

バイト先でも学校でも浮いて疎まれる。

どうも俺は「話しかけづらい」「何を考えているか分からない」というようなタイプらしい。

初対面の人が複数人集まる場面のとき、高確率自分スルーされて他の人に話しかけられる。

別に話しかけてもらいたくはない。

完全なる非コミュで、人付き合いは望んでいない。

だけど、嫌そうな顔をされたり、付き合いづらそうな態度をとられたり、嫌われたりすることも望んでいない。

空気として扱って欲しいが、何故か嫌な顔をされたり、おおおああ!

まあ自分から人避けオーラが出ているんだろう。いやよく分からない。

俺はなんなんだ。

学校でも、自分以外に目立たない生徒は居た。

自分も目立たないと言えば目立たないのだが、悪い意味で周囲から注目されていたような気がした。

気がしたというかされていた。

なんなの俺?

水に浮く油。

いや油に浮く水だ。

俺が水だ。

一般的に空気と呼ばれるような人種も溶け込めてはいるような気がする。

空気として。

俺は浮いてる。 なにこれ? 超絶不細工だから??

なんだろう、分からない。

どう説明したらいいのか、文章にしたらいいのかよく分からない。

うまく言葉に表せない。

昔はこんなことなかったんだけど。

俺は基本的に無表情、表情が固いから怒っているように見えるのだろうか。

それとも視線だろうか。

自分視線恐怖症のようなものがあり、視線を自然な形で維持出来ない。

自分が見ていないところで自分を嘲笑している奴が居るんじゃないだろうか」

そんなことを無意識で気にし過ぎているような気がする。

だから周囲を歩く人間をもれなく監視したいような気持ちになっている気がする。

こんなことを言うと

「誰もお前なんか気にしてないから。興味ないから。」

のようなことを嫌味ったらしく言ってくる非人格者のどうしようもない下衆野郎が湧いて出てきたりするのだが、それくらい分かっている。

理屈で理解していても自分精神が変わらないから困る。

というか変えようともしていない。

昔は今の自分改善しようと思案して、色々と頑張っていたような気がする。

でも何時からか疲れきってしまっている。

枯れているような感じ。

ドライフラワー、いやフラワーじゃないな。

干物かな。

どこに行っても疎まれる。

自分を変えろということだろうけど。

俺はもう疲れた。

そんな気力はない。

でも自殺すら出来ない。

楽に死ねない。

どうしてやろうか……。

ああ分かんねえ。

俺はどうしたい?

無能なんですよ俺は。

働けない。

色んなバイトを試してみたけどどれも続かない。

なんで続かなかった?

それも今となってはよく分からない。

なんだったんだろう。

甘えと言われればそういう部分もあるかもしれないが、それが全てでは無いと思う。

というか甘えの概念いまいち理解できない。

なんなのあれ?

なんかもうレッテル貼りに使われすぎていて形骸化しているような気がしないでもないというか。

人が集まる場所に居るのが苦痛というか、多くの人がなんでもなく感じていることが自分にとっては大きな苦痛を伴なうというか。

無駄精神エネルギーを消費しているというか。

なんなんだろう。

人から仕事を教わってもよく理解できない。

人の話を聞こうとしても右から左へ通り抜ける。

頭へ入らない。

読書も苦手。

自分しか居ないような場所でならなんとかなるかもしれないけど、電車内みたいな人の集まる場所では絶対に読めない。

音読ができても意味が頭に全く入らない。

集中が出来ていないのだろうか。

まあ、周囲の人間の動向を絶えず気にしている部分があるのだから当然か。

このままじゃ死ぬしかない。

いや、自殺すら出来ないんだけどさ。

俺の唯一の救いとしてヘリウム自殺がある。

あれなら何とか出来そうだ。

個人で手軽に安楽死

でも俺だってあまり死にたくはないよ。

この世に適応できる人間として生まれてきていれば。

だけど出来ないのだから死ぬしかない。

訳がわからない。

わっけがっわっからにあ。

どうしようもない。

クズだとか生きている価値がないとか何と罵られようとも、もう知った事ではない。

知るか。

どうすればいいのだ。

知るか。

そりゃ加藤大明神様も降臨なされるわ。

でも俺はそうはならないだろうな。

そんな勇気ないし。

そもそも他人にあまり執着しないというか、いやしてるか。

周囲の評価気にしまくってるもんな。

でも殺したいとかは全く思わないなあ。

恨みもないし。

どうでもいい。

どうでもいいです。

そんなことを気にしている余裕がない。

どうしたらいいんです。

もう駄目ですね。

分かってますとも。

だめですよ

死んだ犬です

死んだ犬を蹴らないでください。

狂犬になれば保健所に連れていかれて殺してくれるかな……

なーんてねッ星

で、なんなの俺は。

病気なら病名つけてくれ。

生きられない。

バイタリティ絶無。

俺が可愛い子猫ちゃんフェイスだったら誰かに助けられていたかもな……

でも僕猫で言ったらスフィンクスみたいな奴だし。(毛のない品種の猫)

ああスフィンクスちゃんが可哀想だよね。かわいいよスフィンクス

でも俺実際禿てきてるし? でもすね毛は濃くなってきてるし?

まあゴキブリだよ俺は。

しーね!みんなしーね!

2010-03-10

23だが人生詰んだように思える

高校時代に統合失調症を発病

全国レベル部活をやっていて、それで、成績クラス10位以内をキープしていたら

ストレスフルで発病した

初診は19

大学には頑張った成果もあって指定校推薦でいけて

半年留年したがなんとか卒業した

親は毒親で

「お前なんかなにもできない」「こんなこともできないのか」と

少しのミスでも強く追求されて辛かった

「お前は障害者にうまれてくればこんな苦労はしなかった」とまで言われた

人間不信に陥って視線恐怖症も発症した

統合失調症で気力も無いし

人間不信視線恐怖症で友人は少ない

家にいても親に毒される

体調も優れないし

不況なので仕事がないし

履歴に空白ができてるし

差別されるしで働くこともできない

正直詰んだと思う

どうしたらいいんだろう

 
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