はてなキーワード: 西ヨーロッパとは
ゲイが祝福されない云々はともかく、
資本主義はキリスト教のプロテスタンティズムから生まれたとも考えられている
宗教改革におけるカルヴァンの思想は、より徹底した聖書中心主義であり、神は絶対的な権威をもち、人間の原罪はキリストの福音によってのみ救われるというものであった。その神による救済は「予(あらかじ)め定められている」であり、それを定めるのは絶対の権限を持つ神だけである、したがって「人間はすべて平等に創られてはいない。永遠の生命にあずかるもの、永遠の劫罰に喘ぐのも、すべて前もって定められている」とした。そのような人間がどのようにして神への絶対的服従を示すことができるかというと、現世の天職を与えられたものとして務めることでしかできない、と説いた。このようなカルヴァン派の信仰は西ヨーロッパの商工業者(中産階級)に支持されていった。そしてこの西ヨーロッパの商工業者の中から、近代社会を出現させる資本主義が生まれてきた。→『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』
いずれにせよ、神は最初から私を救うか救わないかという正解を持っているが、それは私が死んで答え合わせがあるのであって、
私が死ぬまで正解は分からない、正解はCMのあとではなく死んだあとである
だからこそ、目の前の仕事を全うするしかないし、仕事がないとしても人生を謳歌するしかないとさえ私は考えている
その、仕事を全うする、人生を楽しむ、といったことも神は最初から計画されていることだし、
もっと広く考えるならば、この世界のすべてが神が計画されていることである
つまり、自由意志があるようで自由意志がないわけであるが、個々人にとってそれはどうでもいいことなのである
なぜなら、我々人は、神様が何をお考えになっているのか、知りようがないからである
そして、それを知ることができるのはイエス・キリストのみであり、それ以外の預言者は偽の預言者である
人は神様が何をお考えになり、これからどうされようとしているのか、知る方法はないはずだからである
だから、別にキリスト教を信仰しろ、信心深くあれ、不信心は許さん、とはまったく私は思わないが、
人は機械ではなく、ロジックのみで動作するわけではなく、必ずしも論理的、科学的思考が正しいとも言えない存在であり、
特別な信仰はなくても、頭のどこかに神というか、なにか見えないものを信じる必要性さえあるように私は考える
水木しげる氏の、見えないものを信じる、にも似ているように私は思っている
キリスト教や宗教を悪と考える人たちがこの世界に多く存在することも事実である
しかし、本当に宗教が必要ないのか、人の心に平安を与える唯物論的ではない何かが必要ないのか、
個々人がそれぞれ考えておく必要があるように思う
そういえば庵野氏の昔のインタビューの中に、今の庵野氏の心情とは大きく異なっている可能性はあるが、
「飽食の時代だから心の問題を描いた」みたいな発言があったが、
たしかにそれはある側面では正しく、それがオウム真理教のような終末思想のカルトを多く生み出した
しかし、当時の庵野氏が言う、飽食の時代でなければ明日食べるもののことだけ考えるから心は問題にならない、
これは本当だろうか
もちろん、明日食べるもののことだけしか考えられなくはなるだろう、自分もそうなるだろう
しかし、エヴァで例えるなら、その極限的な状態でシンジにとってのゲンドウが死ぬ、シンジにとっての周囲の人たちが死ぬ、
でも、自分が生きてるからそれでいいや、みたいに思えるものだろうか
たしかに他人に対して思い入れがない、思い入れがない他人であればそうかもしれない
極限的な状態であれば、食料のために親が子を食べる、子が親を食べる、人が人を食べる、殺し合い奪い合う、
そういうことが起こっても不思議はない
しかし、人であるならば、どこかで我に返ったとき考えてしまうのではないだろうか
これでいいのか、何か間違っていないか、
そういった考えが人にあるからこそ、道具を発明したり、農業を発明してきたのではなかったのか
もし、人がそうでないのであれば、今でも殺し合い奪い合っているはずである
しかし、そうならなかったのはなぜなのか?
悲しいことだが、大切な人が無残な死を迎えても、これも神様がご計画されていたことである
神様の役割は、お賽銭のような賄賂をもらって人の願いを叶えることではないし、
すべての人類一人一人が不自由なく幸せになることでもないからである
逆に考えても、すべての人が幸福な世界なんてありえないとしか思えないわけで
あくまで個人的な解釈だが、まず聖書は寄せ集めの書物という考え方もあるわけで、
キリスト教の中にも聖書は無謬であり絶対的に正しいという考え方と、
いや、聖書にも間違いがある、本質的には神が絶対であり神を信じることである、という考えもある
だから、あくまで個人的な解釈だが、自分としてはキリスト教的に、
ゲイであれノンケであれ関係なく、すべての人たちが救済されるか救済されないか、という問題を抱えており、
それは神様が最初から決めているわけであるが、我々人は死ぬまでそれは分からないのである
だからこそ、一日一日を大切に生きていくしか、人にはそれぐらいしかできないのである
人は思い上がりやすく、この世界を宇宙をすべて悟ったつもりになりがちである
鋼の錬金術師のフラスコの中の小人ではないが、神に思い上がるな、と言われるまで人は自らの思い上がりに気が付かない
そして、人は基本的に怠惰であり、その思い上がりからも歴史的にも多くの悲劇を生み出してきた
神を信じなくてもいいが、自らが思い上がっていないか、常々肝に銘じておく必要があるように思う
ボノボ的な女権社会は人類に2021年現在も存在するんだがどうすんの?
なおモンゴルのあたりでは女戦士(神話におけるアマゾネス)が確認されている
https://anond.hatelabo.jp/20210301212328
イルクーツク国立研究技術大学(IRKUTSK NATIONAL RESEARCH TECHNICAL UNIVERSITY)の考古学者らが14世紀に住んでいた30歳~40歳の女性戦士の墓地を、
今夏にフブスグル県で発見した。オルドヒャル1号という発掘ゾーンから当時の女性より体格が大きく、つまり高さ180センチの女性戦士の墓が発見された。
女性を男性と同様に武器と共に葬っていた。調査団団長のアルトゥール・ハリンスキー教授は「モンゴルのアマゾンとも言えるこの女性の男性を勝ち抜ける力持ちだった」と話している。
大きな体格の女性をロングナイフと、斧、弓、銅のボール等の武器と一緒に葬っているのが非常に稀なケースだという。
戦士女性は戦争による負傷痕はなく、重症により死亡したのではと推定されている。女性の歯がほぼ全部落ちており、歯根に生じた穴が顎骨までに進んでいた痕がある。
考古学者らは骨盤と顎に形から女性だと予測し、遺伝調査により判定するという。
ロシアの考古学者らは女性戦士の墓のほか、オルドヒャル2号の発掘ゾーンからもう一つの富豪の女性の墓を発見した。
その女性の墓からヨーロッパ製のアクセサリーが見つかった。学者らは西ヨーロッパ戦争から帰ってきた夫から恋人に与えられた戦利品だった可能性が高いと、
ハリンスキー教授が結論付けている。今回の発掘調査にはモンゴル側からウランバートル大学の教員と学生のチームが参加した。
[MONTSAME] フブスグル県から女性戦士墓地、発見
https://montsame.mn/jp/read/221297
雑に性欲で括っているのものがそもそも生物において性欲に分類されていない
体外受精を行えば良い
Disdain for the Less Educated Is the Last Acceptable Prejudice
https://www.nytimes.com/2020/09/02/opinion/education-prejudice.html
より一部訳
重要なことは殆どのアメリカ人(3分の2近く)が4年制大学の学位を持っていないということである。彼らの悩みの原因は不十分な教育にあると労働者に言うことによって、エリート (meritocrats) は成功と失敗とを道徳化し、知らず知らずのうちに学歴偏重主義を広めている―大学の学位を持っていない人々に対する陰湿な偏見を。
学歴偏重主義者 (credentialist) の偏見は、エリートによる傲りの症状である。2016年までに、多くの労働者は高学歴のエリートたちが自分たちを見下しているという苛立ちを感じていた。この訴えには根拠がないわけではない。調査研究は、多くの労働者階級の有権者の直感を裏付けている;人種差別や性差別が好ましいとされない(排除されはしなくとも信用はされない)時代にあって、学歴偏重主義は最後まで残る偏見である。
アメリカ合衆国とヨーロッパでは、他の嫌われがちな集団 (disfavored groups) に対する偏見よりも、教育水準の低い人々に対する軽蔑は、より顕著であるか、あるいは少なくともあっさり認められている。アメリカ、イギリス、オランダ、ベルギーにて実施された一連の調査のなかで、 Toon Kuppens 率いる社会心理学者のチームは、大学教育を受けた回答者は、他の嫌われがちな集団に対する偏見よりも、教育水準の低い人々に対して、より偏見があることを発見した。この研究者たちは、典型的に被差別者とされるさまざまな人々に対する態度を調査した。ヨーロッパでは、このリストにはイスラーム教徒、貧困者、肥満、視覚障害者、低学歴の人々が含まれていた;アメリカでは、このリストにはアフリカ系アメリカ人、労働者階級が含まれていた。これらすべての集団のなかで、低学歴者はとりわけ嫌われていた。この研究では、大学教育を受けたエリートたちによる教育水準の低い人々に対する軽蔑的な見解を明らかにしただけではなく、エリートたちがその軽蔑を恥ずかしいと思っていない (unembarrassed) ことも発見した。彼らは人種差別や性差別については非難するかもしれないが、しかし教育水準の低い人々に対する否定的な態度については弁解しないのだ。
2000年代になると、大学の学位を持たない市民は見下されるだけではなくなった;アメリカと西ヨーロッパでは、彼らはほとんど公選職に居場所を失うようにもなった。アメリカ議会では、下院議員の95%と上院議員の100%が大学を卒業している。資格を持つ少数の人々が、資格を持たない多数の人々を統治するのだ。
これまでも常にそうだったわけではない。十分な教育を受けた人々は常に議会で不釣り合いに代表されてきたが、最近では1960年代初頭には選出された議員の4分の1が大学の学位を持っていなかった。過去半世紀の間に、議会は人種、民族、性別に関しては多様化したが、学歴と階級に関してはそうではなかった。
学歴分断の一つの結果として、公選職に就く労働者階級が極めて少数であることがある。アメリカでは、労働力人口の約半数が、肉体労働、サービス業、事務職と定義された労働者階級の仕事に従事している。しかし、選挙前にそのような仕事に従事していた下院議員は2%にも満たなかった。
西ヨーロッパ各国でコロナウイルスの陽性者数がまた急激に、同時に伸び始めているのはなんでなんだ。
寒くなったら体調を崩す人が増えて、もとからいたコロナウイルスに感染して発症する人がどんどん増えているとか?
だとしたら、日本の大都市圏も今週末くらいから急に寒くなってくるから、陽性者数の伸びが加速するのでは?
イギリス、フランスでは全土で画一的にロックダウンする必要も余裕も今度はないということで、警戒度が高い地域ごとに判断して飲食店の深夜営業禁止と夜間外出禁止を出している。
日本は東京、大阪でまた「自粛の要請」をする社会的な圧力で西ヨーロッパと似たような行動制限を実現しようとするのかな?
自粛と補償はセットでという議論はもうほとんど忘れられてるように見えるけど、また近々再燃するのでは?
イギリスでは休業を迫られた店の賃金を国が6割補償みたいな話になってるけど、日本はまた休業保証金出すか、あるいは知らんぷりするのかな?
モンゴルには女戦士(神話におけるアマゾネス)がいたとされるな
イルクーツク国立研究技術大学(IRKUTSK NATIONAL RESEARCH TECHNICAL UNIVERSITY)の考古学者らが14世紀に住んでいた30歳~40歳の女性戦士の墓地を、
今夏にフブスグル県で発見した。オルドヒャル1号という発掘ゾーンから当時の女性より体格が大きく、つまり高さ180センチの女性戦士の墓が発見された。
女性を男性と同様に武器と共に葬っていた。調査団団長のアルトゥール・ハリンスキー教授は「モンゴルのアマゾンとも言えるこの女性の男性を勝ち抜ける力持ちだった」と話している。
大きな体格の女性をロングナイフと、斧、弓、銅のボール等の武器と一緒に葬っているのが非常に稀なケースだという。
戦士女性は戦争による負傷痕はなく、重症により死亡したのではと推定されている。女性の歯がほぼ全部落ちており、歯根に生じた穴が顎骨までに進んでいた痕がある。
考古学者らは骨盤と顎に形から女性だと予測し、遺伝調査により判定するという。
ロシアの考古学者らは女性戦士の墓のほか、オルドヒャル2号の発掘ゾーンからもう一つの富豪の女性の墓を発見した。
その女性の墓からヨーロッパ製のアクセサリーが見つかった。学者らは西ヨーロッパ戦争から帰ってきた夫から恋人に与えられた戦利品だった可能性が高いと、
ハリンスキー教授が結論付けている。今回の発掘調査にはモンゴル側からウランバートル大学の教員と学生のチームが参加した。
[MONTSAME] フブスグル県から女性戦士墓地、発見
https://montsame.mn/jp/read/221297
かっこいい
前回は、日本のみならずイギリス、共産圏にもショーツ型ブルマーが存在していたことを実証した。すなわち、日本におけるショーツ型ブルマーの誕生は、女子学生の羞恥心に対する無頓着さのみから生まれたものではない可能性を指摘した。
本記事では、ショーツ型ブルマーの地理的な分布について再考し、ブルマーの分布は日本、イギリス、旧共産圏にとどまらないことを示す。
なお、外部リンクが多いせいか、複数の記事に分けなければ投稿できなかった。
ブルマーは制服の一種である。制服を導入している地域は、どちらかといえば個人の自由よりも全体の規律を重んじる文化圏であると仮定できる。これは、先ほど言及した三つの地域に共通する印象のある点である。よって、この地域の他にショーツ型ブルマーが存在している可能性があるのは、イギリスの影響が深いと思われる英連邦、およびロシア以外の共産圏である。ただし、宗教的・文化的な理由から、アジアやアフリカはそこから除かれる。すなわち、インドや南アフリカ、中国や朝鮮半島には、ショーツ型ブルマーが存在していない、と予測される。また、比較のため、アメリカや西ヨーロッパにおけるブルマーについても検証が必要と判断される。
基本的にはgoogle検索に頼る。たとえば「Soviet Union physical education」「east Germany gym 1970」などのキーワードで検索した。すなわち、国名、体育、年代を主な語句とし、それらを適宜組み合わせた。また、それでも見つからない場合は、google翻訳で現地の言葉に翻訳することを試みた。
https://i.pinimg.com/originals/57/15/4a/57154a0c2571e2ff19060b6389d11f17.jpg
われわれはすでに、イギリスにショーツ型ブルマーが存在していることは知っている。また、この国では比較的写真が多く残っていた。では、他の地域はどうか。
http://www.sgghs.com.au/our-school/our-archives/archival-photos/sporting-photos/1960-1970
https://www.youtube.com/watch?v=8L-w3wiQ_jE
https://www.youtube.com/watch?v=6lRvrpuHCF4
(提灯ブルマー?)
https://www.thecanadianencyclopedia.ca/en/article/edmonton-grads
https://www.bing.com/images/blob?bcid=S.73gWzTdZYBAvcmeCbO.xP7TFmv.....7g
https://www.bu.edu/bridge/archive/2004/02-06/bu-yesterday.html
自分は幼いころにイギリスに住んでいた。そこで現地の少女たちのブルマー姿を見た記憶があるのだが、wikipediaの日本語版、英語版の「ブルマー」の記事を確認しても、初期のだぼだぼしたブルマーしか写真がなくて、ぴっちりしたショーツ型のブルマーの画像が見当たらない。これはどうしてなのだろうか。そもそも欧米にブルマーがあったのは僕の記憶違いだったのだろうか。そのことについて探求したい。
「ブルマーの社会史」によれば、従来の通説である「東京オリンピックで放映された、ソ連のバレーボールのチームのブルマー姿がかっこよくて、少女たちが憧れた」という説が否定され、「むしろ衣料品メーカーの都合や教師の意見が採用されたもので、少女たちとしては恥ずかしがる者も多かった」らしい。言い換えるなら「提灯ブルマーからショーツ型のブルマーへの進化は、日本人男性が幾分無神経であったからだ」ということになる。この内容が正しいのだとしたら、欧米ではショーツ型のブルマーはそれほど広がっていないはずだ。しかし、今でもバレーボールのチームはブルマーとまではいわないまでも短パンが多いし、過去のオリンピックを見れば間違いなくブルマーを着用している。現代の女性の陸上選手も、ビキニタイプで運動している。なのに、画像検索をしても、ブルマー姿の女子生徒の姿がうまく見つからない。「bloomers」「gym knickers」と探しても、コスプレ用サイトが引っかかるばかりだし、「gym shorts」ではブルマーとは似ても似つかない現代のジョギング用の短パンしか出てこないのだ。イギリス人少女のブルマーは、僕の記憶違いだったのだろうか?
真偽はともかく、少女たちがソ連のブルマーに憧れたのなら、ソ連のブルマーを探すべきだろう。そういうわけで「soviet union physical education」(ソ連 体育)で検索したところ、確かにあった。ソ連の少女たちのブルマーが!
https://www.rbth.com/history/331873-physical-education-in-soviet-schools
https://galinabulakh.wordpress.com/2013/11/02/my-soviet-education/
結論。ショーツ型ブルマーを身に着けたヨーロッパ人の少女は僕の記憶違いでいはない。
僕は数時間をかけて、イギリスのブルマーの画像も見つけ出すことに成功した。
http://www.historyworld.co.uk/photo.php?id=1608
http://www.elyhighschoolforgirls.org.uk/ehs-photo-album.htm
https://www.deviantart.com/sudo5348/journal/Regulation-knickers-in-Europe-725319871
記事を読んでみるとイギリスでは「bloomers」のほかに「regulation knickers」「navy school knickers」それと、少し素材が違うかもしれないが「spandex bottoms」という呼び方があるようである。それによれば、ヨーロッパでは五十年代から七十年代にかけてを中心にこうしたブルマーが使用されていたらしい。日本と同じように、紺色をはじめとした地味な色であったようである。日本のショーツ型ブルマー全盛期とは年代がずれているのが興味深い。実際、日本のアニメを見た西洋人が「どうして日本の女の子は体育の授業のときにパンツ一丁なの?」という疑問を持つそうで、アニメを鑑賞している世代と、欧米のブルマー世代とのずれを感じさせる。もっとも、最近の漫画やアニメは、ブルマー姿の女子を見ながら育った世代によって作られていないから、普通の短パンに代わっているようだが。
https://www.youtube.com/watch?v=g_WZwt_cKjs
https://www.youtube.com/watch?v=NV-wG_I3ioc (真ん中あたりから)
この動画で見ても、やはりポーランドやチェコなど、東欧にもブルマーは存在していたらしい。
ここで一つの疑問がわいてくる。どうしてのどかな体育の授業の画像を検索するためだけに、数日を費やさなければならなかったのか。シンプルに単語の選択がまずかっただけのだろうか。
僕は疑問に思う。ただの体育の授業の風景を「わいせつ」だと断じて、オンラインに掲載しなかったのではないか、と。それとも、検索エンジンにバイアスがかかっているのか。それは杞憂・誤解かもしれない。日本人のブルマーフェチとして育った世代はデジタル機器になじみがあるが、欧米のブルマーフェチ世代はなじみがない、それだけのことかもしれない。Wikipediaの記事に細かいことが書かれていないのもそれが理由の可能性がある。事実、探せば少ないとはいえ、イギリス人少女のブルマー姿での運動会の動画はyoutubeで見つかるし、上の画像のいくつかは歴史ある学校のサイトだ。また、日本人のブルマー姿を見つけやすかったのは、日本では盗撮された運動会の画像が平気でネットをただよっているのも原因かもしれない。ブルマーはかわいいけれど、盗撮はいかがなものかと思う。
女性のファッションの歴史は興味深い。スカートの長さだけを取ってみても、足をきれいに見せたいとミニスカートが流行ったかと思えば、恥ずかしいから長くしたいという逆の流れが起こる。これは、どっちが正しいとかそういう問題ではないだろう。ファッションは身に着ける人が楽しければいいのだ。「男性を魅了したい」「見られるのは恥ずかしい」、いずれも筋の通った意見であり、どっちが正しいというよりも気分を反映したものに近い。エアロビが流行った頃、たとえば「うる星やつら」のアニメの頃なんかだと、レオタードでエアロビなんかの運動をしているのだけれど、今なんかだと短パンのほうがおしゃれだとされる。
そういうわけで、ブルマーの廃止と陸上選手の衣装の軽量化には矛盾は感じない。結局、何を身に着けて運動するかは選手本人が決めればいいことで、自分のような外野が口を出す筋合いのことではない。たとえ素っ裸で走ったところで、鍛えられた身体から放たれるオーラによって、下品さはほとんど感じないだろう。
「どうしてブルマーは嫌なの? ミニスカートや短パンと肌を見せる量は同じじゃん?」という疑問に対しては、「肌を見せることよりも、強制されるのが嫌」的なことなのだろう。僕も学校生活は楽しかったが、制服を身に着けていると落ち着かなかった。どこでもその学校の一員であることを要求されるからだ。何かを強制されるのは面倒なことが多く、だから昨今の女子生徒が制服をパンツスタイルとスカートから選択できる流れは、大いに歓迎している。
今回は、日本のみならずイギリス、共産圏にもショーツ型ブルマーが存在していたことを示した。すなわち、だぼだぼの提灯ブルマーからショーツ型のぴっちりブルマーへの進化は、日本だけではなく、世界的に存在していた流れであった。今後は、アメリカや西ヨーロッパ諸国、あるいは中国や韓国にもブルマーが存在していたかどうかを調べたく思う(上の記事には日本以外のアジアにブルマーはないとしているものもあるが……)。
そして、スクール水着やレオタードの海外における普及についても知りたい。
英語だが、「どうしてバレーボールのパンツはあんなに短いの?」と題した記事がある。ブルマー問題に一石を投じるかもしれない。
https://howtheyplay.com/team-sports/Why-are-Volleyball-Shorts-so-Short-and-Tight
アメコミのヒーロー、スーパーマンやバットマン、相棒のロビンなどのコスチュームにショーツ型の部分がある。男性のこうした短パン・ショーツ型の衣装の歴史についても研究が必要だろう。
https://www.youtube.com/watch?v=ybSMEPBhCxw
1930年のイギリス。おそらく、この提灯ブルマーがイギリスのショーツ型ブルマーへと変化していったのだろう。
続き→
deepL翻訳
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コロナウイルスに関連した差別や迫害は今や世界的に広がっています。
その状況を具体的かつ広範にまとめたものがある。
―――
"COVID-19パンデミックに関連する外国人の恐怖と人種差別事件のリスト"
―――
Google Chromeで、右クリック→日本語に翻訳してくださいと出てきますが、ちょっと訳が荒いですが、誰でも日本語で読めるようになっています。
内容はこんな感じです。
>> フランスでは、2020年1月24日に新型コロナウイルスが確認されてから、アジア人に対する嫌がらせや差別が多発した[41]。中国人、韓国人、日本人、ベトナム人、フィリピン人[42]などのアジア人を狙ったもので、中国人、韓国人、日本人の乗車を拒否するタクシーや電車が登場している[41][43]。
>> フランスの新聞『Le Courrier Picard』は、2020年1月26日に「イエローアラート」という見出しで、マスクをしたアジア人女性をトップページに掲載した。
>> 2020年3月8日、ピエモンテ州トリノ市リヴォリにある日本食レストランが、店主をからかって伝染病のキャリアと呼んだ10代の若者に放火の標的にされた。[191]
上記に限らず、中国の武漢とアフリカ人、日本の中国人と感染者。
アメリカでもエジプトでもアフリカでも世界のどこでも差別は全く存在する。
ある意味ではほぼ平等である。極端な状況下では、敵を作らずに自分たちを維持できる「弱者」も珍しくない。
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しかし、私が言いたいのは "フィランソロピーで優しく生きよう "などという使い古されたフレーズではありません。
異論はありません。世の中から差別や偏見をなくすことができるのであれば、当然それを望む。
しかし、それ以前に私が感じたことは、大きな疑問でした。それは学問的な関心といってもいい。
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中国人は武漢の原住民を差別し、日本人は中国人を差別し、ヨーロッパ人はアジア人を差別する。
なるほど、コロナウイルスの感染拡大を考えると、それなりの理由があるのですね。"見たところ、危険なのはその地域 "ということですね。
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しかし、ここで不思議なことがあります。アジア人、アフリカ人、黄色人種、黒人、彼らは世界中の多くの場所で差別されているのです。
率直に言って、黒人はコロナウイルスとはほとんど関係ないと言ってもいいでしょう。元々の差別意識が表面化しただけです。
これらの民族や地域は平等に差別されている。恐怖心に基づく差別意識だが、間違っているが筋は通っている。
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4月から5月にかけて、欧米で爆発的な広がりを見せたコロナウイルス。
世界の感染者数ランキングでは、米国だけが134万人で、5月10日現在の感染者数4億200万人の4分の1以上を占めている。
2位以降はスペイン、イタリア、イギリス、ロシア、ドイツ、ブラジル、フランスが続き、それぞれ国内の感染者数は10万人を超えている。
ブラジルを除くと、2位から7位まではすべてヨーロッパです。西ヨーロッパ」という言葉があるように、明らかに世界で最も危険なコロナウイルス汚染地域/感染地域であることがわかります。
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しかし。不思議なことに、"世界では白人、欧米人、アメリカ人が差別されている "という話はほとんどありません。
もちろんゼロではありませんが、一つの "白人差別 "を探しているうちに、"アジア人差別"、"黒人差別"、"黄色人種差別 "などが出てきます。
現在世界で拡大しているのは、中国からの第一波ではなく、ヨーロッパからの第二波であり、パンデミックだと言われています。
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これで、「白人」が清く正しく正しいことを続け、コロナ対策に成功してきたことは、まだ理解できる。
1月、2月にはすでにアジア人が "コロナ・コロナ "と称して歩き回っているという話も珍しくなかった。
どう考えても、白人は悪の化身である。それは良いことではありません。
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初期の流行に関わらず、「コロナ感染の温床」がそこに移ってしまった今、白人に嫌われてもおかしくないはずです。
そうでなければ「平等な差別」とは言えない。結果として、それは間違っている。
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ここで理由を考えてみると、結局のところ「対象は種族/元々敵対心を持っていた対象」ということになります。
"移動に制約があり、白人アジア社会はあるが、白人以外の社会はほとんどない "というのが仮説かもしれません。
このあたりを学術的に研究してみるのも面白いのではないでしょうか。
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しかし、歴史的に見ても、「白人」が十字軍と一緒にいろんなところで十字軍をして、それに逆らって全力でやっているのを見てきました。
イギリスのトリリンガル外交が、現在テロが頻発している中東で、黒人やインディアン、黄色人種への差別を繰り返して悪事を働いている状況を作ってしまったのではないかと思います。
だから、ここでは白人を正しく差別しようとするのが正しいのではないでしょうか?
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そんなことを考えていた今日この頃でした。
まあ同じ論文を短くシタ上で英語で人に読んでもらおうというクズさはかわらんけどグーグルいっぱつでできることができないのも可愛そうだからなw
大麻は、はるかに広く栽培され、人身売買され、乱用された違法薬物です。世界中の薬物発作の半分は大麻発作です。これらの発作の地理的な広がりもまた世界的で、事実上世界中のあらゆる国を網羅しています。世界の人口の2.5%を占める約1億4,700万人の人々が大麻(年間罹患率)を消費しているのに対し、0.2%はコカインを消費しており、0.2%はアヘン剤を消費しています。現在の10年間で、大麻の乱用はコカインや麻薬の乱用よりも急速に伸びています。1960年代以降の大麻乱用の急増は、北アメリカ、西ヨーロッパおよびオーストラリアの先進国で見られました。大麻は青少年文化とより密接に結びついてきており、開始年齢は通常他の薬物よりも低いです。大麻市場の分析によると、低価格は高レベルの虐待と一致しています。およびその逆。大麻は、短期的には価格非弾力的ですが、長期的にはかなり弾力的です。大麻の消費者の数はアヘン剤やコカインの消費者よりも多いですが、大麻の低価格は、経済的には、大麻市場はオピエートやコカインの市場よりもはるかに小さいことを意味します。
大麻使用の急性効果は長年認識されており、最近の研究では初期の発見を確認し拡張しています。これらは以下のようにまとめることができます。
大麻は、連想過程を含む認知発達(学習能力)を損ないます。大麻が学習期間中にもリコール期間中にも使用されると、以前に学習したアイテムの無料リコールはしばしば損なわれます。
大麻は、運動協調、分断された注意、および多くの種類の手術上の課題などの多種多様な課題において精神運動能力を低下させる。複雑な機械に対する人間の能力は、大麻中のわずか20 mgのTHCで喫煙してから24時間もの間損なわれる可能性があります。大麻に酔ったときに運転する人の間で自動車事故の危険性が高まっています。
注意と記憶プロセスの様々なメカニズムを含む複雑な情報の構成と統合を含む認知機能の選択的な障害。
長期間の使用はより大きな減損につながる可能性があり、それは使用を中止しても回復しない可能性があり、そして日常生活の機能に影響を与える可能性があります。
大麻使用に対するコントロールの喪失を特徴とする大麻依存症候群の発症は、慢性的な使用者にある可能性が高い。
大麻の使用は罹患者の統合失調症を悪化させる可能性があります。
気管および主要気管支の上皮損傷は、長期の大麻喫煙によって引き起こされます。
長期にわたる持続的な大麻摂取による感染に対する気道損傷、肺炎症、および肺防御障害。
大麻の大量摂取は、禁煙コホートよりも慢性気管支炎の症状の有病率が高く、急性気管支炎の発生率が高いことに関連しています。
妊娠中に使用される大麻は、出生時体重の減少につながる胎児の発達障害に関連付けられています。
妊娠中に大麻を使用すると、まれな種類のがんの出生後リスクにつながる可能性がありますが、この分野ではさらに研究が必要です。
ほらよ
んで?
大麻解禁派のおまえが治験者になってあたら健康な身がガンや精神病になるまで大麻吸ってくれるの?
何日目でガンができるか楽しみだね!
それとも誓約書かいとけば?みなさんのために私が重い病気になったときには治験に大麻もつかってください、いくら副作用がでてもいいですって
オーストリア | プリンツ・オイゲン(1663-1736) | オーストリアの名将。元はフランス貴族だが、軍人としてハプスブルク家に仕え、祖国フランスと戦い続けることになる。オスマン帝国との戦いでその西進を挫き、スペイン継承戦争においてはイングランドのマールバラ公と共に大活躍をした。 |
スイス | ウィリアム・テル(?-?) | スイス建国の英雄として知られる。オーストリアの代官に強いられて息子の頭に置かれた林檎を射抜き、後にその代官を射殺したことで、それがリュトリの誓いに始まるスイス独立運動へとつながったという。ほぼ確実に架空の人物だが、スイス国民が実在を信じているならそれでいいのだ。 |
スロバキア | ユライ・ヤーノシーク(1688-1713) | 伝説的な義賊。山間で商人や聖職者などの金持ちから金品を奪い、それを土地の貧民や有力者たちに渡していた。有力者は見返りにヤーノシークを守っていたという。やがて捕らえられ処刑されたが、民族意識の高まりと共に支配者への抵抗の象徴と見なされるようになった。 |
チェコ | ヴァーツラフ1世(907-935) | ボヘミア公。敬虔な信徒として、チェコのキリスト教化を積極的に推し進め、また神聖ローマ帝国に臣従して外圧を緩和した。キリスト教に反対する貴族たちによって暗殺されたが、その死の前後にさまざまな奇跡が起こったという。 |
ハンガリー | マーチャーシュ一世 | 反オスマンの英雄フニャディ・ヤーノシュの息子。ハンガリー王に選出されると、領土としては最大版図を、文化としてはルネサンスをもたらし、ハンガリーの最盛期を築き上げた。水戸黄門のような廻国漫遊譚があるらしい。 |
ポーランド | ヤン三世ソビエスキ(1629-1696) | 若い頃から各地で戦功を重ね、国民的人気を得たことで自由選挙によって王に選出された。オーストリアの首都ウィーンを包囲していたオスマン帝国の大軍を、かの有翼重装騎兵フサリア3000騎の中央突破によってさんざんに打ち破り、ヨーロッパの守護者として大きな名声を得た。 |
オランダ | ウィレム一世(1533-1584) | オラニエ公。ハプスブルク家の支配下にあったオランダの貴族だったが、カトリックへの強制改宗に反発して起きた独立戦争においてその反乱の中心となる。「海乞食」と呼ばれる船団を率いて港湾都市をゲリラ的に襲って勢力を拡大、事実上の独立を果たしたものの、戦争が続くなかで暗殺された。 |
ベルギー | アンビオリクス(?-?) | ガリアに住むベルガエ人の一部族、エブロネス族の王。「アドゥアトゥカの戦い」において、カエサルの麾下にあったローマの一個軍団を、谷に誘い込んで殲滅した。カエサルにとってはガリア戦争における最大の痛手となり、その後の反撃でエブロネス族の土地を占領したものの、とうとうアンビオリクスを捕らえることはできなかった。ウェルキンゲトリクスと似た扱いで、ガリアの自由を求めた英雄とされる。 |
ルクセンブルク | ヨハン盲目王(1296-1346) | ボヘミア王およびルクセンブルク伯。晩年には病を得て盲目になりながら、百年戦争の激戦「クレシーの戦い」に参戦して壮絶な討ち死にを遂げた。ルクセンブルクでは国を発展させた名君として評価が高いが、チェコでは戦争ばかりで領地に戻ってこなかった王として人気がないという。 |
ドイツ | ビスマルク(1815-1898) | プロイセン王国首相。普墺戦争・普仏戦争に勝利してドイツを統一し、外交でもフランスを封じ込めて欧州の均衡を保った。その豪腕ぶりから「鉄血宰相」の異名を取る。他の候補はオットー大帝、バルバロッサ、フリードリヒ大王あたりか。 |
フランス | ナポレオン・ボナパルト(1769-1821) | 言わずと知れたフランス皇帝。他の候補はカール大帝、ジャンヌ・ダルク、ド・ゴールあたりか。ちなみにカール大帝はドイツでも人気だけど出生地はベルギーが最有力らしい。 |
スペイン | エル・シッド(1045-1099) | 本名はロドリゴ・ディアス。通称はアラビア語の「アル・サイイド」に由来する。カスティーリャ王国のアルフォンソ6世のもと数々の戦いで活躍し、王によって追放されたあともバレンシアを征服するなど、レコンキスタの英雄として勇名を馳せた。後に叙事詩に歌われた。 |
ポルトガル | アフォンソ1世(1109-1185) | 初代ポルトガル王。伝説的な「オーリッケの戦い」でムラービト朝の大軍を寡兵で撃破し名声を得た。主君筋であるカスティーリャ王国と対立した後、和解して独立した。イベリア半島のイスラム勢力と戦いながら領土を広げ、リスボンまで占領した。 |
イタリア | ジュゼッペ・ガリバルディ(1807-1882) | 南米でウルグアイの「大戦争」に参加し、そこでゲリラ戦術を身につけた。オーストリアの支配のもと、統一の機運が高まるイタリアにおいて「赤シャツ隊」と呼ばれる義勇軍を結成、シチリアと南イタリアを占領すると、そのままサルデーニャ王国に献上。イタリア統一に大きく貢献した。その後も何度か軍を率いて決起しつつも、政治にはほとんど関わらないまま隠遁生活を送った。 |
問題を解決するのでなく、自分自身にとっての問題を解決するという発想の転換です。
国家の問題を解決するのは、国の犬であり人様の税金で良い思いをしてきた公務員や政治家。彼らは国と道連れに沈没していきますが、一般市民は別です。
落ち着いて暮らせる歴史地区で、バケーションが毎年ついていますから、日本も毎年長期滞在可能です。
飯は美味いは町並みは美しいは、日本の地獄絵図と真逆で幸せが感じられる良い国です。人もギスギスしておらず朗らかです。英語は国が無償で教育機会を与えてくれますので心配ご無用。セーフティーネットもありますし、大学も無償。沈没していく日本を救うには、日本人の脱出支援が必要と考えます。
http://anond.hatelabo.jp/20161204230447
様々な要因の影響を受けながら、ユダヤ人たちは強制連行を受けとめていた。彼らはもう何年もの間ゲットーに閉じ込められ、飢えと渇き、恐怖と苦痛にさらされ続けていた。そうした人びとは既に絶望し諦め切っており、連行命令に従いがちだった。強制連行の中でナチ・ドイツによってもたらされた恐怖はもはや抑えがたいほどに膨れ上がり、彼らは打ちのめされ、感覚を失い、脱出や抵抗への意志を打ち砕かれてしまっていたのだ。その上連行されてゆくユダヤ人たちの圧倒的多数は、自分たちは労働のために移送されてゆくと、実際本気で信じていた。彼らは東方への再定住に希望を繋いでさえいた。そこには仕事もあるのだから、まさか自分たちが後にするゲットーよりもひどい事はないだろうと。彼らに期待できることはもう、それしかなかったのだ。どこか知らない東の地の他には…。
いずれにせよ、ただユダヤ人だというだけで何の罪もない老若男女が連行され殺されるなど、誰にも予測のできようはずもなかった。 予測しようにも特定民族の完全絶滅など、未だかつて誰ひとり、経験したためしがなかった。
連行にはナチ・ドイツ以外の国々の警察隊も加わった。ポーランド「青色警察」、オランダ「緑色警察」、フランス、ルーマニア、ハンガリー警察、ウクライナ、リトアニア、ラトヴィア、エストニア警察その他、それはユダヤ人強制連行が行われたすべての国々に及んでいる。
多くの非ユダヤ系住民が強制連行を目撃している。玄関口から、歩道から、彼らは連行をただ見ていた。悲しみと同情を表わす顔もあれば、大喜びの顔もあった。だが大多数の人びとは、見知った仲の隣人が追放されてゆくこの痛ましい光景に、無関心なようだった。まるで彼らは、何も感じていないかのようだった…。
駅に到着したユダヤ人たちは窓を塞がれた貨物列車に詰め込まれた。しばしば100名から150名、ときにはそれ以上が、その半数ほどしか収容できない1両の貨車に無理やり押し込まれた。貨車には外から錠が下ろされ、列車が収容所入口に着くまでドイツ兵もしくは警官が随伴した。列車は何事もなければ数時間で済む収容所までの道のりを、幾日もかかって走ることが度々あった。東方のソヴィエト戦線に向かう軍用列車が通るたびに退避線に入っては通過を待ち、再出発の許可が下りるまで何時間も停車していたからである。
すし詰めの貨車の中の有様は、言語を絶していた。貨物車なので便所などひとつもなく、詰め込まれた人びとはバケツか、さもなくば床に用を足していた。換気装置も水もなく、車内の温度は夏になると水ぶくれができるほどに上がり、冬には逆に氷点下に下がった。これらの要因は収容所到着を待たずに大勢の人びとが車内で死亡する原因となった。特にポーランド領のゲットーからの便では、収容所到着時に数百名がすでに死亡していたという例もある。
ヨーロッパ西部とバルカン半島諸国での強制連行は、東欧でのやり方とは若干異なっていた。連行が決まった人びとはまず自国内の移送収容所に抑留され、数週間あるいは数ヵ月後にポーランド行きの列車に乗せられた。彼らの場合ポーランド系ユダヤ人の場合よりは待遇が良かったので、移送中の死亡率も低い。西ヨーロッパ系ユダヤ人が貨物列車ではなく客車で移送されて行ったケースもある。もちろんそれは、労働のために移送されて行くという彼らの幻想を引き伸ばすための手段に過ぎなかったが。
列車が絶滅収容所に到着するとユダヤ人たちは貨車から降りるよう命じられた。ベウゼッツ、ソビボル、トレブリンカの各収容所に着いた人びとは、ここは移送収容所であり、ここから各労働収容所へ送られることになる旨を伝えられ、そしてこう言われた−「シャワーを浴びるから衣服を脱ぐように」
脱いだ衣類は消毒に廻された。女性は衛星上の理由と称して髪を切ることを告げられた。男性は女性と子どもたちから引き離された。荒々しい殴打と威嚇の中を、丸裸にされ運命から見放され呆然となった人びとは「シャワー」へと追い立てられて行った。それは確かに「シャワー」ではあった。ただしそれは「ガス」のシャワーだった。
アウシュヴィッツでは、人びとがホームに降り立つと通常は「選別」が行われた。約20パーセント−若く体格の良い人びと−が強制労働のために集められ、「ガス室」送りを一時延期された。しかしそれと同時に、年齢も体調もおかまいなしに、到着するなり全員が何の選別もされずに「ガス室」に追い込まれた場合もある。一方では、稀にではあったが、到着した全員がしばらくの間ガス殺されずにいたこともあった。
ナチの念の入った偽装と隠ぺいのシステムの中で、「ガス室の中で絶命する」という犠牲者たちの運命は常にあいまいにされ、彼らは最期の瞬間までそれを知り得なかった。
ナチス・ドイツが構築した排除の装置は恐るべき効果を挙げた。数百万に上るユダヤ人が等しく殉難の試練を受けた。それは彼らがいまだ家庭にある時より始まり、絶滅収容所のガス室をもって終わった。
西ヨーロッパを旅していると、町のいたるところに小さくあいまいな飲食店があることに気付く。
フランスにはカフェやタバ(tabac)があり、イギリスにはパブがあり、スペインにはバルがある。
東京で似たような機能を持つ店を探すと、サイゼリヤがあることに最近ようやく気付いた。
スタバやドトールなどのチェーン店系カフェでもなく、居酒屋でもなく、おしゃれな独立系カフェでもなく、サイゼリヤである。
まず、サイゼリヤの食べ物は安いが、極端にジャンクフードの味はしない。来ようと思えば週に何回も来ることができる。ワインも安いので、つまみ類を何度もオーダーしながらゆっくりすることができる。
サイゼリヤの店舗は極端に機能分化しておらず、いろいろなことをやっている客を基本的に黙認している。
スタバやドトールなどのチェーン店系のカフェでは、アルコール類が原則として出ない。コーヒーやお茶を飲んで、サンドイッチでも食べて、おしゃべりかひと仕事でもしたら、あんまり長居はせずに帰ってくださいねというように、わりと機能が分化しているように感じられる。
最近では、吉野家、松屋、王将などのチェーン店系の飲食店がアルコール類を出すようになったが、こうした店舗はもともとゆっくりできないような造りになっている。
独立系のカフェはきれいな店舗に座り心地のよいソファーがあったりするが、食べ物と飲み物の単価はチェーン店系より高い。また、回転率を上げるためにどうしても客をコントロールしたがる傾向があるように思う。口には出さなくても、そのような視線を感じて、やや居心地が悪いことがある。
一方、サイゼリヤでは、オーダーを一度とると基本的に放置してくれる。
セロリを食べながらワインを飲んでいる自分の隣で、食事の後にドリンクバーでくつろいでいる親子連れがいる。勉強している学生風のカップル、お酒を飲みながら食事しているサラリーマン風のグループ、甘いものを食べながら談笑している年配のグループがいる。
最初のころは、なんだかごちゃごちゃしたファミレスで、やだなあと思っていた。でもよく周りを見ると、さまざまな年齢層の客が、てんでばらばらなことをやって、ずっといるという、この店のまったりした雰囲気と多様な機能は、西ヨーロッパの小さくあいまいな飲食店にいちばんよく似ていると思う。