はてなキーワード: 蜻蛉日記とは
前半では美術を知的にとらえようとした。後半は生物学がテーマ。
平安文学のマイブームが続き、続いて神林長平とヴォネガットを読み始める。
英国の貴族や執事、メイドがテーマ。なぜか田中啓文も読みだす。疲れたので脱力系を。
シオドア・スタージョン「一角獣・多角獣」
奇妙な味シリーズがしばらく続く。たまに古いSFが読みたくなる。
ブラウン神父シリーズは途中で飽きる。「聊斎志異」を読みだす。
冊数が少ないのは、中島敦全集がぶ厚いからだ。ページ数では一冊で実質三冊ほど読んでいる勘定だ。
ひたすら中国の古典を読む。物語としては読みやすいが、脚注について調べていると意外と時間がとられる。
アーネスト・サトウを除いて中国文学が続く。明治維新が一日単位で記録されていると見落としていた事実が多いとわかるし、刻一刻と情勢が変わっていったのも感じられる。。
やっと森薫を読み始める。ハルタコミックス(旧fellows!)ばっかり。
コロナで回数は少なめ。
「パディントン」
「イェスタディ」
「JUNK HEAD」★★
生物学、脳科学、歴史、SF、海外文学が多い傾向は昨年から変わっていない。
平安時代においては源俊房と娟子内親王、小野宮実資、常陸掾平維幹、蜻蛉日記における藤原遠度などが具体例として挙げられている[18]。
戦国時代においては、徳川秀忠が、娘である千姫と大坂城を救った坂崎出羽守との結婚を良しとしなかったために、本多忠刻に誘拐されたことにして嫁がせた千姫事件が挙げられる[19]。
柳田は著書にて、折口信夫との会話にて登場したボオタ(奪ったの意)について触れている[20]。ボオタは明治時代の初期まで大阪の木津、難波、今宮にて行われていた[21]。経済的事情によって結婚が難しい場合、女性が夕方着飾って男性を待ち、男性は黙って女性を連れていく[22]。この際ボオタ、ボオタと大声で言いながら男性の家に向かい、後日仲介を挟んで親子の対面をする[22]。柳田はこれ以外に九州の長崎や博多の報告があることについても触れている[22]。
高知県大豊町ではかたぐという言葉で誘拐婚が存在した[23]。当時家の繋がりとしての意味合いが強かったが故に両親の承諾が得られない結婚に対する対抗手段として用いられた[23]。明治時代以降には当人同士の同意に依るものが多かったとされる[23]。この時直接夫側の家に妻となる女性を入れるのではなく、仲介者の家に預けることで家名に瑕がつかず、その後の両親との交渉が上手く行く場合が多かった[23]。
京都府京都市左京区の田中部落では、1928年1月1日、朝田善之助が「あの娘すきや、ぜひ嫁にもらいたい」という知人男性の希望で拉致行為に手を貸し、警察に逮捕された[24]。このとき朝田らは娘が母親と連れ立って風呂に行くところを集団で待ち伏せ、やってきたところを羽織を脱がせて頭からかぶせ、集団で担いで行ったが、当の娘が暴れて逃げたため未遂に終わったという[24]。
長野県の同和地区でも「寝連れ」(ねつれ)という誘拐婚の習慣があった[25]。
1959年に鹿児島県の大隅半島串良町で発生した強姦致傷罪の裁判で、弁護士は被告がおっとい嫁じょもしくはオツトリ嫁という、姦淫によって強制的に婚姻に同意させる慣習の存在により法を侵していないと認識していたとして無罪を主張した[26]。しかし鹿児島地方裁判所は違法性への認識だけが故意か否かを判別する要素ではなく、また被告の供述と検察官に対する供述調書から、被告はその慣習の内容が反社会的性質を持つと認識しているとして、弁護士の主張を退けた[26][27]。本件は鹿児島県内のメディアで報じられ、『南日本新聞』では日曜特集のシリーズ「希望する話題」の中で風習そのものについて調査、掲載された[28]。それによるとおっとい嫁じょは第二次世界大戦前までは鹿児島県の一部地域で残っていたものの、事件発生当時はほぼ失われていたとされる[28]。また風習自体は本来略奪婚ではなく、家庭の事情や経済的な問題からくる合意の上での駆け落ちであったことなどが記されている[28]。また、本件はこの駆け落ちであった風習を歪曲したものだとする考えも紹介される[28]。この件を通じて当時の教育委員会の主事、現地の青年団長、青年団連絡協議会副会長は改めて対話を通じて違法性を認識し、この因習をなくすことに注力することを語っている[28]。また『鹿児島毎日新聞』では「実刑三年でも軽い これを許す社会にも罪」と題した人々の事件や判決に対する意見をまとめた記事を掲載した他[29]、結婚観に関するコラムを掲載している[30]。本件は被告人の計画的な姦淫に関する事実誤認や被害者の負傷の回復に必要とされた日数とその根拠が不適切であること[31]、風習の認知度や周囲の勧めもあったことによる違法性の認識の欠如[32]、被告の背景や周囲の様子から量刑が重すぎることなどを挙げて控訴され、最高裁判所まで争われる[33]。しかし昭和35年5月26日に棄却され、三年の実刑となる[34]。
まず単純に、名前の二文字目が「子」で固定されると、必然的に読みは三音になりやすい。
これは若干の異論がある。
どうも平安時代には、今では考えられない読み方をしていた例が色々あったらしい。
たとえば、藤原良房(皇族以外で初の摂政になったことで有名)の娘で文徳天皇の后、清和天皇の母だった藤原明子という女性は『あきらけいこ』と読み、
関白・藤原基経の妹で清和天皇の后、陽成天皇の母だった藤原高子という女性は『たかいこ』と読んだ。(四音の女性名になるね)
そして、地位の高い人の諱はあまり呼ばれない。これは今でもそうで、会社の上司に対しては一般には名字+役職で呼ぶ。
昔も同じで、諱(そもそも忌み名である)は呼ばれずに地位の高い女性は本名ではなく通称で呼ばれることが多かった。清少納言や紫式部も通称だ。
結果、女性の名前は記録にすら残っていなかったり ─蜻蛉日記の作者である藤原道綱母などはその典型だ─ 名前は伝わっていても、読みが分からなかったりする。
彰子、妍子、威子、嬉子(いずれも藤原道長の娘)などが典型で、名前の漢字は分かっているが読み方が分からないのでとりあえず音読みで呼んでいる(これを有職読みという)。
青二才さん、地頭は悪くないんだからもう少しweb経由だけじゃなくて全うで体系的な知識を仕入れたら一皮剥けると思うんだけどな、
と思って彼に何冊か初心者向け(?)の本をブックオフの108円コーナーで見つけて飲み会の時に彼にあげたのだが、なかなかそれに関する記事を書いてくれないのでまだ記事になっていない本のリストと共にここに書く。
歴史人口学の大家にして時刻表鉄である速水融先生の本。拙まとめ日本人が増えすぎた人口をエド・シティに送るようになって1世紀の主な種本である。
オシムの通訳を務めたことでも知られる千田善氏によるルポ。これは必ずしも初心者向けではないが(起きたことが酷すぎるので)。
1990年前後、憎らしいくらいに強かった時代の西武ライオンズを率いた森祇晶監督の回顧録。だが青二才さんは30歳くらいなのでこの時代がピンと来ないらしい。
一番最初に出た本で、マジンガーZ格納庫編である、と言ったのだがこちらも青二才さんはピンと来ていなかった。増田もスパロボで知った人なので偉そうに言える立場ではないのだが。
ジャブロー編にすれば良かったのかもしれないが、流石にジャブロー編は108円では見つからなかった。
文字通りの平安貴族に関する本。藤原道綱母(蜻蛉日記の著者)がボンクラな息子・道綱のために恋文を代筆した話や、四位の貴族が芋粥を食べて感動する話なんかが載っている。
とある女子大で文章創作講座を受け持つ著者が、女子大生が書いてきた短編小説に現れる彼女らの生々しい生態に迫った本。ちなみに『ヤバイ』は汎用性の高い若者言葉の用例です。
じゃあ2000年前と現代で、「人間」がどれくらい「変化」したのか言ってみろよ。
理屈じゃねーんだ。何が「浮気」か、っていうのは人間の「感情」の問題で、これはちょっとやそっとの社会の変化で変わるもんじゃねえ。たとえば一夫多妻制が認められた社会でパートナーが他の人と過ごしているとき「まあ一夫多妻制だから普通だわ」って平然としてられると思うか? そんなわけねーんだよ。「源氏物語」や「蜻蛉日記」くらい高校で読んだだろ?
だからこれは、人間の本質に関する哲学的省察と膨大な時の流れや文化を超えた試行によってテストされ磨かれたテーゼに拠るくらいしか、説得力のある回答なんざ出来ねぇ問題なのよ。過去の知恵を学ぶときってのは、こういうときだよ。
1.『1984年』ではこっそりテレスクリーンの目の届かぬ場所で日記を付ける好意は「思考犯罪」らしいよ
リトル・ピープル?ビッグブラザーに反抗?そんなつもりで日記書いてる訳ではないけどね?
2.後、ちゃんと錬られた良い記事が読みたい人は新聞や雑誌、アルファブロガーの有料メルマガを買って読むといいとオラは思いますだ
3.下の記事群には一切記載されていない「はてな村」のとあるあなた 正解です
ただしアレは実際に身の回りで遭った事です
生きてきて目にして感じた辛さ悲しさ居たたまれなさが毛糸となって常時データストックされていて、琴線に触れるとその事を思い出して書かざるを得ない
というシステムです 書いたら割りとスッキリしてます 年齢を重ねるほどに愚痴を言える場所も人もどんどん無くなっていきます
これでもネガティブさのブラックコーヒーをコーヒー牛乳位には薄めて書いているつもり
今日は「ジッドの日記」のIを読んでいたけどネガティブな事やTwitterで充分な長さや内容の物も多かったので足らない
足元の蟻にも及ばない私の日記がネガティブでも中味に乏しくてもたいしたことではない 書きたいように書きます
他人がどうこう言っても書く、私のキーボードを止めるのは「仕事」と「飽き」のみ
ブログを転々と引越ししているので飽きたらある日ふらっと別のブログで書く日もくるかもしれない
日記が気に入らないなら「はてな匿名ダイアリー」を読むより『野上弥生子日記』や『蜻蛉日記』おすすめー
私はこれから嵌まりかけている『ジットの日記 I』の続きを就寝前に読みたいんで忙しいからバイバイだ