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はてなキーワード: 葉鍵系とは

2019-04-28

anond:20190427065547

90年代前半、セーラームーン百合同人誌が大流行してアンソロ本も各種刊行されて大売れした事実って

https://www.amazon.co.jp/dp/4893931326/

https://www.amazon.co.jp/dp/4938827042/

なぜか百合歴史では忘れ去られてる

百合姫の前身百合姉妹の創刊時に百合作品歴史をふり返るみたいなコーナーでも無視されてた

当時は、それまでBL同人誌を描いてた腐女子が、セーラームーンを題材にしてBL文法表現術で百合二次創作にしたのが凄く多かったんだよ

が、1990年代セーラームーンに続く「男主人公がいない女の子ばかりメインで多数出てくるメジャー作品」があんまりなかったので、一過性のもので終わった

レイアースとかの百合二次創作アンソロはそれほど多くは出なかった。ウテナも単発人気どまり同人シーン全体を塗りかえるほどの影響力はなかった)

百合オタを1980年代から続けているオサーンに言わせると、今ほど百合二次創作が盛んな時代はなく、本当に不思議

だって2000年前後ごろ(マリみてブーム直前)とか、男性向け二次創作は非エロも含めて葉鍵系エロゲが全盛期、基本は男主人公×女キャラだった

それが2008年前後東方ブームあたりからけいおん他の芳文社きらら系や艦これラブライブみたいな、「男主人公がいない女の子ばかりメインで多数出てくるメジャー作品」の大豊作が恒常的に続いてるのは、実に不思議な感じがする

ちな、1980年代から百合オタ老人の自分はとりあえずダーティペアを挙げとくが、エスカレーションとか言う人もおる気がする

2018-10-27

萌え絵についてオタクが見ていない不都合な真実

ここで語る萌え絵は00年ごろに完成したエロゲ表現様式としての絵柄を指す。なぜならそれが初めて萌え絵と呼ばれた絵柄であったという歴史があるからだ。

現代感覚萌え絵範疇を広げた挙句その源流を少女漫画やらミュシャやらに求め出すアホはすっこんでろ。

さて、現在萌え絵と呼ばれている絵柄は幅広いが、元々萌え絵とは00年頃に絵柄が完成したエロゲ絵のみを指していた。

萌え絵少女無垢性を表現したものという言説もあるが、そんな綺麗事萌え絵一般アニメ絵マンガ絵に多大な影響を与えて却って薄まってしまった現代からこそ言える戯言であり、元は少女が脱いで媚態晒すシチュエーションとセットであったことを忘れてはならない。

しかしながら完成した萌え絵エロとセットであった期間は非常に短い。多分10年もない期間のことだろう。具体的には、Windows98の発売によりPC向けのエロゲーで表現できる絵が豊かになった98年頃からCLANNADが発売した04年までだ。

萌え絵の完成というのは当時のオタク界にとってはエポックメイキングであった。

ここで当時の萌え絵の特徴について整理したい。

まず、よく挙がるのが非常に大きな目の表現である。これが萌え絵の大きな特徴であることは間違いない。ただ、ここだけを以って萌え絵の源流は少女漫画だと語る人も多いがそれは間違いだ。萌え絵少女漫画には大きな隔たりがある。それを作っているもう一つのキーワードが立体感である

萌え絵には大きな目の他にもう一つ、丸っこく柔らかい影をつけて体の立体を表現しているという特徴がある。その表現は平面的な水彩塗りを主とする少女漫画には存在しないものだ。そしてその表現は、女性の裸体を質感をもって表現するという必要性と、当時のCG塗りに使われていたPhotoshopエアブラシというツールの二つが合わさって発明された。

体感を持つ体に大きな目が合わさって初めて萌え絵となったのだ。

この萌え絵という表現様式は控えめに言っても非常に優れていた。可愛いエロいを初めて両立させた絵柄だったからだ。

それまでのエロ絵と言ったら劇画調のものが主だった。一方で可愛い絵と言ったら少女漫画吾妻ひでおあたりで、これらにエロティシズムを感じるのは当時のオタク定義ロリコンと呼ばれたオタクの中でもさらに一握りの人々だけだった。つまり、このころはまだ可愛いエロいは両立していなかったのだ。

それを両立させた萌え絵エロゲーというジャンルから現れたのは必然であった。

そして萌え絵エロとセットになっていた時代を終わらせたのは、エロゲー界に流行った泣きゲーというジャンル物語だ。

泣きゲーというジャンルエロゲーは、KeyLeafといったエロゲメーカーが得意とするものだった。いわゆる葉鍵系である。これらのメーカーが出すエロゲーはエロゲーでありながらエロはおまけ的であり、その価値は泣かせる物語にあった。

この泣かせる物語は正直エロとは相性が悪かった。だが、萌え絵にはそれらの物語ともマッチする懐の深さがあった。萌え絵エロのみに価値があるわけではなかったのである

これらの物語萌え絵マッチは、元はエロゲーの絵柄として発生した萌え絵からエロを剥がすことに成功した。

そしてそれから萌え絵エロゲーを表現する絵柄であったというコンテキストから解放され、アニメ絵マンガ絵に多大な影響を与えていくのである。その過程萌え絵自身もどんどん進化していき、今となってはエロティシズムとは無縁の絵柄に到達したものもある。

一方で、エロゲーの絵柄としての萌え絵も残り続けた。可愛いエロいを両立させ続けている絵柄だ。

さて、ここで萌え絵性的ものだと言って批判する人々が連想している萌え絵とはなんなのか考えてみよう。

今のオタク萌え絵と言って連想するのはエロコンテキストから引き剥がされた現代萌え絵だ。

だが、萌え絵性的だと殊更に槍玉にあげる人々が連想しているのはエロコンテキストにべったり沿った、いわゆる原義通りの萌え絵だろう。それらは主流派ではなくなったが今でもまだ存在している。

これでは両者の話が噛み合わないのは当然である

さら萌え絵性的だと批判する人々がなぜ萌え絵特別視するのか考えると、そこには萌え絵が実現した可愛いエロの両立が非常にショッキングものであることが大きな要素になっているだろう。

萌え絵以前はエロといえば劇画であり大人世界のものであった。一方で可愛いといえば少女漫画であり、子供特に女の子のためのものであった。しか萌え絵可愛い世界エロを持ち込んだのだ。

これが子供を守る親の視点から見て、ショッキングでないはずがない。

から私自身は萌え絵が好きなオタクであるが、個人的には萌え絵批判する非オタクの大人批判宜なるかなと思っている。

そして、萌え絵といえばエロゲー用の絵柄であったという歴史に目をつぶり、萌え絵エロくないと言い張って萌え絵批判批判するオタクには幾らかの憤りを感じる。

重要なところを復習する。

まず、初めて萌え絵と呼ばれた絵柄はエロゲー用に完成された可愛いエロを両立する絵柄であること。

それは一般的に見て非常にショッキングな絵であり、それを受け継いだエロ萌え絵が今も存在していること。

これらを今のオタクは忘れてしまったのだろうか?少なくとも今のアラフォー以上で20年くらい前からオタクをやっていたような人は覚えているべき歴史ではないのか?

これらの歴史をまるでなかったかのように扱い、萌え絵エロいという人を一方的非難するのは非常に不誠実ではないだろうか?

萌え絵と呼ばれている絵柄は非常に豊饒で、エロとは無関係のものが主流だ。それは確かな事実である

一方で萌え絵エロゲからまり、今もそれを引き継いだエロ萌え絵存在するのも事実である

普通に考えて、萌え絵性的ものだと批判する人々が連想しているのは後者だ。前者に引きずられて後者連想している場合もあるか。

だが、それが考えられずに、あるいはわざと無視して萌え絵批判批判を返すのは非常に不実だと言わざるを得ない。

萌え絵の元の定義を今一度思い返してほしい。

ブコメレス

id:cloq 萌え絵の源流はエロゲ絵であり、萌え絵性的描写とは関係ないと言い張るオタクは嘘つきだって話だよ。

2018-10-07

anond:20181007094537

ナディア作品人気でキャラ人気は低かった。男性向けはそれほど無い。脱がされるのはエレクトラさんとイコリーナさん。

らんまは当時貴重なTSキャラなので脱がされまくっていたが、次点シャンプー。この二強であかねは圏外。

あと90年代男性向けならロードス島戦記天地無用プリティサミー、それに葉鍵系特にTo Heartが入るのでは?

葉鍵は2ch設立直後(1999)に独立板になったくらい。

2018-03-06

anond:20180303064407

地方の未放送地域の話があったので思い出した、おっさんの昔話に付き合ってほしい。

といってもエヴァの話ではない、

エヴァの後、00年前後インターネット話題葉鍵系PCゲームだった時代があったのだけど

そのころに、実際にゲームプレイしていなかった人、少なくなかったと思う、自分はそうだった、仲間がいたら教えてほしい。

自分は、家にPCがなくて、学校計算機センタから参加していた、同じ仲間はいたと思う。

今だと、ゲームスマホ用のF2Pが主流で、本編を触れずに話題に参加する人は少ないだろうけど、あの時代はそうではなかったんだ。

2018-02-27

りりぱっぱってなんだっけ

葉鍵系ワードだったとは思うんだけど

2016-07-09

ギャルゲラノベみたいな主人公中心ハーレム物って恋愛好きにとっては

麻薬みたいなもんだったんだろう

恋愛要素はおまけの少年漫画、女主人公で今一入り込めない少女漫画

恋のライバルとの駆け引きで疲れる群像劇

それらに比べたらハーレム物は手軽にラブラブを疑似体験できる

ゲームをしたいんじゃない。攻略をしたいんじゃない

ラブラブを疑似体験したいのに、難易度邪魔

現実がムリゲーなのになんでフィクションまでムリゲーなんだよ、な層

さら漫画アニメはどうしても三人称的になる。ゲーム小説一人称的になる

一人称ゲーム小説恋愛物がオタク流行ったのって、おそらく同級生以降

それまで流行ったラノベってバトルだしね

さら葉鍵系PCの普及・低価格化と丁度マッチしてさら流行

その頃には同級生ナンパ要素も消えた

一人称恋愛物という麻薬に触れてしまったので、

三人称恋愛物が弱くなってしまったんではないか

と言っても、実際にゲーム小説プレイ・読んだ人よりも、

アニメのみの人が多いだろうから、なんとも言えないが

2010-06-14

はやぶさ

むーん。やはり「何かが犠牲になる」ことは人を安易に感動させてしまうんだなあ。葉鍵系に通じるものがあるぜ。

せめて"19XX"や『斑鳩』以後の世界に住む俺はもっとすごいドラマを作れないとなあ。

2009-05-13

http://anond.hatelabo.jp/20090513183705

エロゲ買ったこともアダルトサイトに行ったこともない女増田ですけれど、報道記事を読んだとき、「ひょっとして『レイプレイ』のことかな?」て思った。

自分では全然プレイしなくて興味がなくても普段からwebぐるぐるしてたら「葉鍵系」て言葉だとか「誠死ね」だとか「NTR」だとか、それなりに有名なエロゲ登場人物名前とかゲーム名とか勝手インプットされてくし。「嫌なら見るな」ってよく言われるけど、その手の情報をシャットアウトする方が難しい。

で、私の中では『レイプレイ』というのは痴漢レイプができる上に中絶までさせられる類まれな陵辱系3Dゲームらしいという情報入力されてて、逆に言えば他の陵辱系のゲームって『臭作』っていうタイトルぐらいしか知らないんだけれど、ブコメ見ててもタイトルがなかなか特定されずにみんなが首ひねってたから、特定できないほどこの手のゲームって多いのか!とショックを受けてたんだけど。

実際のところどうなんですか。その程度のシチュエーションならありふれてるんですか。

それともそこまでひどいのはほんとになくてファンも少ないから知名度が非常に低くてタイトルが特定されなかった(私の目に触れたのが本当にたまたまだった)んですか。

海外人権団体の目にも触れたぐらいだからそれなりに有名なタイトルなんじゃないかと思うんだけど、実はそんなことなくてアングラ的にごくごくひっそりプレイされてる作品だったとしたらちょっとかわいそうかなと思う。(でも本当にアングラだったらこの件で知名度が上がったことで本気で手に入れたい人は全力で入手しにいくだろうし箔がついてよかったのかな)

自分では調べる気にもならないけれど、エロゲにおける陵辱ゲーの割合ってどのくらいで売り上げ割合ってどのくらいなんですかね。

2008-12-22

http://anond.hatelabo.jp/20081222083240

DOS全盛期の、たとえばアリスソフトあたりで、そういうエロゲっていっぱいあったような・・・

いわゆる葉鍵系泣きゲーばかりがエロゲじゃないっすよ。

2007-10-06

京アニ版のCLANNAD - 原作から抜け落ちた描写・変わった描写(1話時点)

原作シナリオから自分が気になった所だけを抜粋したので、他の人が作ればまた別の物になると思います。2話以降で後付けで説明されたり、回想の形で挿入されたり、時間軸をずらして取り入れたり、というのも当然あると思います。京アニが、この長大な作品の、何を描いて何を描かないのかという取捨選択の趣向を見守っていきたいと思います。

また、あとから追記するかもしれません。→少し追記しました。

「町」とその開発への言及

やたらと自然が多い町。

山を迂回しての登校。

すべての山を切り開けば、どれだけ楽に登校できるだろうか。

直線距離を取れば、20分ぐらいは短縮できそうだった。

代わりに「売地」が写される。

アバンタイトル

女の子】「それでも、この場所が好きでいられますか」

………。

女の子】「わたしは…」

【朋也】「次の楽しいこととか、うれしいことを見つければいいだけだろ」

【朋也】「あんたの楽しいことや、うれしいことはひとつだけなのか? 違うだろ」

女の子】「………」

そう。

何も知らなかった無垢な頃。

誰にでもある。

【朋也】「ほら、いこうぜ」

最後の地の文が抜けている。

何も知らなかったから言えた台詞、無垢だったから言えた台詞。
 自分はこの町が嫌いだというのに、この場所を好きでいたいと考える女の子
 自分は変化を求めているというのに、変化を恐れている女の子
 ちょっとした反感から口を滑らせた、聞き覚えのいい正論

ネタバレ(文字白色):いずれ「変わって欲しくないもの」を手に入れて、そして失ってしまったときに、この言葉は自分自身に跳ね返ってくることになる。

ちなみに、アニメでは地の文の「………。」の箇所で、朋也が視線を落とし、次のシーンで朋也の顔が隠れることで反発を表現している。

朋也と春原の状況説明(若干ネタバレ)

母を亡くしたショックでだろうか…残された父は堕落していった。

アルコールを絶やすことなく飲み続け、賭け事で暇を潰す生活。

少年時代の俺の暮らしは、そんな父との言い争いにより埋め尽くされた。

けど、ある事件をきっかけにその関係も変わってしまった。

俺に暴力を振るい、怪我を負わせたのだ。

その日以来、父親は感情を表に出さないようになった。

そして、俺の名を昔のように呼び捨てではなく、『朋也くん』とくん付けで呼び、言動に他人行儀を感じさせるようになった。

それはまさしく、他人同士になっていく過程だった。

まるで殻に閉じこもっていくように。

今と過去との接点を断ち切るように。

突き放すならまだ、よかったのに。

傷つけてくれるなら、まだ救われたのに。

怪我についての描写はアニメではまだ無かった。

うちの学校は特に部活動に力を入れているため、地方から入学してくる生徒も多い。

そんな生徒たちは親元を離れて、ここで三年間を過ごすことになるのだ。

俺のような学生生活に夢も持たない人間とはまったく違う人種

関わり合いになることもなかったが、こんな場所にあいつ…春原は住んでいるのだ。

春原は元サッカー部で、この学校にも、スポーツ推薦で入学してきた人間だ。

しかし一年生の時に他校の生徒と大喧嘩やらかし停学処分を受け、レギュラーから外された。

そして新人戦が終わる頃には、あいつの居場所は部にはなかった。

退部するしかなかったのだ。

その後も別の下宿に移り住む金銭的余裕もなく、この体育会系学生が集まる学生寮に身を置き続けているのだ。

春原のドキュン

【春原】「ま、一年連中をどければ済むけどね」

【春原】「はい、ここ、僕たちの席ねーっ」

座って歓談していた一年連中に向かって、にこやかにガンを飛ばす春原。

【春原】「とりあえず学食いったら、誰かいるだろうからさ、ジュースでもおごらせようぜ」

【朋也】「そんなのばっかだな、おまえは…」

【春原】「よし、じゃ、いこう」

やることもなかったから、ついていくことにする。

【春原】「ねぇねぇ、ジュースおごってよ」

春原が後輩を捕まえて、そうせびっていた。

【春原】「百円じゃなくて、二百円」

【春原】「ふたりぶんだから。あっちの人も」

【春原】「うん、君、いい奴だねぇ。なんかあったら、僕たちに言っておいでよね」

【春原】「僕たち、学校の外ではぶいぶい言わせてるからさっ」

朋也の鬱屈

他の男子も、何事かと窓際に集まり始めていた。

…鬱陶しいこと、この上ない。

どんな奴かは知らないが、ミーハー連中と一緒にされたくない…。

あの中にいたら、むかついて誰か(主に春原)を殴っていただろう…。

暇つぶしには最適。

一日の授業を終え、放課後に。

春原の奴は最後までこなかった。

結局、今日俺が話をしたのは、朝に出会った女生徒だけだった。

朋也と渚の距離感

【朋也】「好きにしてくれ」

見捨てて、ひとり坂を登り始める。

ただ…

そんな不良に見えなかったから、話しかけてしまっただけだ。

それだけだ。

女の子】「あっ、待ってください」

どうしたものだろうか…。

遠慮なく、話を聞きすぎたような気がする。

気にならないといったら、嘘になるが…

気にしないよう、務めよう。

これからは、あいつ一人で頑張るしかないことだった。

進学校における受験対策に取り組むクラスメート達との距離感

三年で、ここに来ているのは俺たちふたりだけだった。(智代登場のシーンふたりは春原・朋也)

【朋也】「友達、作ればいいじゃないか、また新しく」

女の子】「時期が時期ですから、みんなそういう雰囲気じゃないです」

【朋也】「三年生だったか…」

三年といったら、もうクラブも引退寸前なのに…

それをこれから頑張ろうなんて…他人の目にはどう映ってしまうんだろうか…。

新入部員だと言っても、三年生だと知れば、部員たちの反応は当惑に変わるだろう。

ひとりでも知り合いがいれば良かったのだろうけど…。

アニメでは代わりに、同級生が朋也と春原の事を噂している描写と、委員長が不良生徒に話しかける珍しい事態に周りの生徒が注目している描写が入る。

渚を眺める女生徒視点

【女生徒】「見て、あの子」

【女生徒】「ほら、あそこ」

窓際にいた女生徒が窓の外を指さして、隣の連れに話しかけていた。

【女生徒】「ひとりで、パン食べてる。なんか、一生懸命で可愛い」

【女生徒】「どこのクラスの子だろ。あんまり見ない子だね」

アニメでは女性徒を下から眺める

自己紹介シーン

女の子】「頭の手は…なんですか?」

【朋也】「いや、別に」

女の子】「そうですか…」

【朋也】「ああ」

しばらく彼女は呆然と、俺はその後ろで彼女の頭に手を置いて、ふたり立ち尽くしていた。

端から見れば、おかしなふたりだっただろう。

【朋也】「俺はD組の岡崎朋也

【朋也】「あんたは?」

女の子】「…B組の古河渚です」

【朋也】「よろしく」

古河】「はい、よろしくお願いします」

遅すぎる自己紹介

ふたりだけは、出会いの日の中にあった。

古河】「………」

古河】「それで…」

古河】「演劇部はどこにいったんでしょうか」

【朋也】「よろしく」

古河】「………」

古河】「はい、よろしくお願いします」

古河】「………」

古河】「で、演劇部は…」

【朋也】「よろしく」

古河】「はい、よろしくお願いします」

古河】「で、演劇部は…」

【朋也】「よろしく」

【朋也】「ひとりで帰れるか?」

古河】「はい、もちろんです」

【朋也】「ハンバーグでも食って、元気つけろよ」

古河】「え?」

古河】「岡崎さん、すごいです。今晩、ハンバーグにしようと思ってました」

この箇所は原作でも印象的なシーンであり、電撃G'sマガジンで連載中のCLANNADの第一話も、ここをクライマックスにしていたため、この描写が抜かれたことに違和感を感じる人は多いようだ。

ただ尺の問題上「お連れしましょうか」のシーンを第一話のクライマックスにする事に決めたとしたら、

といった理由で、かなり難しいのではないか、と思う。

ハンバーグ伏線古川家のシーンで回収されている。

家から飛び出し渚宅へ

こんなところに来て、俺はどうしようというのだろう…

どうしたくて、ここまで歩いてきたのだろう…

懐かしい感じがした。

ずっと昔、知った優しさ。

そんなもの…俺は知らないはずなのに。

それでも、懐かしいと感じていた。

今さっきまで、すぐそばでそれを見ていた。

子供扱いされて…俺は子供に戻って…

それをもどかしいばかりに、感じていたんだ。

………。

「もし、よろしければ…」

代わりに、電灯のついた部屋を見上げる。

プロローグ(ネタバレ) (追記)

一面、白い世界

………

雪…

そう、雪だ。

今なお、それは降り続け、僕の体を白く覆っていく。

ああ…

僕はこんなところで何をしているのだろう…。

いつからこんなところに、ひとりぼっちで居るのだろう…。

………。

雪に埋もれた…僕の手。

それが、何かを掴んでいた。

引き上げる。

真っ白な手。

女の子の手だった。

ああ、そうだった…。

僕はひとりきりじゃなかった。

彼女の顔を覆う雪を払う。

穏やかに眠る横顔が、現れた。

そう…

この子とふたりで…ずっと居たのだ。

この世界で。

この、誰もいない、もの悲しい世界で。

完全なネタバレ(麻枝准の他作品のネタバレも含む)なのでここから文字を白色に(匿名ダイアリー続きを読む記法が使えないようだ。キーワードリンクも消せない。)

ゲームでは、開始時点は幻 想 世 界編であり、そこから始まる本編は長い回想のようなものだと解釈できる。

(もっとも幻 想 世 界では時間が意 味がなさないので『回想』という表現は相応しくないかもしれない。)

麻枝准が自ら企画した作品は最初のシーンに後から繋がる、戻ってくる、という話が多い。

  • ONEという物 語の構 造は主人 公が、幼い頃の悲しい出来 事が原 因で思い描いた「えいえんのせかい」から始まり、そこで各ヒ ロ インとの学園でのエピソードを回想することによって、元の世 界に戻る動機 付けを見い出して回 帰する話である。学園エピソードの前半ではそれが回想だと気付かない作りになっている。(より正確に書くと,メ タな位置にいるはずのプレイ ヤにとってはリアルタイムの出来事が、作品中の主人 公にとっては回想になっている、という捻れた構造になっている。)
  • AIRゲーム版では、OPムー ビーの最後から繋がるシーンで、ラス トシーンの少 年が呟く「さようなら」という言 葉を国崎行人が夢うつ つに聴いている。(この時点では何のことが分からない。)これはアニメ版では抜け落ちてしまったが、代わりにアニ メではEDの少 年に「昔の事を思い出していた」という台詞を言わせている。A I Rのプロローグ「我が子よ、良くお聞きなさい。これから話すことは大切な事、これから・・・」のシーンも、クライマ ックスで再び使われている(これはアニメ版でも一緒)。このシーンはプロローグで使われたときは国崎行人と,その母 親を想起させる( 注:「力」を持つ者に課せられた、はるか遠い約束,というフレー ズに基づく)が、クライマッ クスで使われたときは「最初の翼 人」が自らの子 供に語りかけた台詞になっている。
  • 智代アフターが回想なのは自明なので省略。

アニメ版ではプロローグを省いているため同じような仕掛けはやらないつもりなのかもしれない。

(仮に、アニメでも本編が回想である、という前提に立てば、アバンの『二人が出会った瞬間「光が揺らめ」いて彩度の上がる演出』は

朋也の思い入れ(「今思えばあの頃から俺は・・」的な)の反映とも解釈できる。)

しかし回想は積極的に使われていて、視聴者は、作中人物である朋也の主観的な時間軸を行ったり戻ったりする。

(注:以下では「語られる」=物語として表現される、の意味

  • 13:20の「なんてな、他人に説教なんて出来る人間か俺は」のカットで、そこまでのシーンが回想だった事が分かる。この回想の特徴はどこから回想が始まったのか定かでないところ、少なくとも初見では回想だと気付かせないところである。その後、先ほどの回想シーンの続きである自己紹介シーンになる。そして消しゴムの欠片を投げつけられ回想が終わる。ここでは出来事の語られる順番は「回想される過去の時間」→「回想している今の時間」になっている。(回想のきっかけは、授業が暇だったからだと思われる)
  • 16:33から 時間を潰そうにもすることがなくなって途方にくれた朋也が古河パンを訪れるときに入る回想。帰宅時に渚が自宅を紹介してもらった記憶を思い出している。ここは回想だと明確に分かるシーンである。この回想は、視聴者がまだ見たことの無いシーンになっている。つまり、ここでは出来事の語られる順番が「回想している今の時間」→「回想される過去の時間」になっている。(回想のきっかけは、することが無くなったからだと思われる)
  • 20:54から 朋也が家に帰りながら、渚との別れを思い出す回想である。回想は音声だけであり、映像リアルタイムである。このシーンでは「回想している今の時間」と「回想される過去の時間」の出来事が、同時に語られる。(回想のきっかけは、自分の家の惨状を思い描いたからだと思われる)

(書きかけ)

メモCLANNADMAD的である理由
 静止画MADムービー(静止画とテクストの断片と、音楽シンクロ)、葉鍵系MAD全盛期(訴訟警告前)、動ポモMADムービーに関する記述(トレンドパロディ原作感動の再現)
  音楽キャラクターが、世界連続性を担保しているー断片の羅列が世界を表現する
    麻枝准執筆方(音楽イメージが無いとシナリオが書けずCDを延々と探している)、「ゲーム音楽は1/3」という麻枝の発言
    「キャラ」が連続性を担保している(テヅカイズデッド)
  ADV形式ゲームの記号性(動ポモ)
 CLANNADシナリオに対する二つのアプローチ:エクセルによる時間管理(監督石原達也) 全エピソードのカード化と、パズルのような組み合わせ(脚本家志茂文彦)
 

ハルヒの成功がもたらしたもの:
 キャラクターメタ物語性の確認:SFミステリーギャグロマンスも同じキャラクターで可能である。(昔から。フルメタだってギャグリアルだし、FFのようなRPGだって、(何故日本の作品にはシリアスな作品にもギャグがあるのか(ask john)),麻枝准は何故シリアスエピソードで笑いを入れるのか(ONEのバニ山バニ夫、Kanon舞エピソードのウサ耳、CLANNADアフターの風子参上、リトバス最終エピソードの丁寧に伏線まではってある筋肉大増殖)
 時間軸を各自の脳内で再構築できる視聴者層が、商業的に成立する規模(DVDの売り上げがトップクラスになる程度には)はいた事の発見
 「仕掛け」れば見つけてくれる視聴者と、その情報が直ぐに広まるネットワークキャラ紹介の波線の演出は智代アフターだよね、白地の背景で「朋也の後を渚が・・」ってとこも智代アフターのOPかも?
EDのウサギはONEのバニ山バニ夫。EDのだんご大家族映像NHKっぽいのは、当然だんご三兄弟パロディだから
シーンのトランジションワイプなのはゲームのADVのパロディ
猫。幽霊
智代登場シーン。不良サングラスギャラリーが映り、顔から汗がたらたら流れる→闘いたいわけじゃないけど、ギャラリーがいるから後に引けなくなってるのかな。不良が持ってる武器フライパンってことは、ゆきねえの取り巻きかな、みたいな解釈話も含めて
 
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