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はてなキーワード: 落胤とは

2019-05-03

旧皇族って本当に皇室Y染色体持ってるの?

DNA鑑定もない時代にどうやって鍛冶屋の息子だった伏見宮貞致親王落胤だと判定できたのかさっぱりわからん

皇籍離脱した人は全員伏見宮貞致親王の子孫だから伏見宮貞致親王男系じゃなかったら旧皇族天皇になった時点で男系断絶なんだが

2018-03-18

anond:20180318154613

源氏末裔天皇落胤かどっち選ぶ?となったら源氏末裔を選ぶんだよ。

なんせ直近で500年間日本支配していたのは将軍からな。

2017-03-11

http://anond.hatelabo.jp/20170311234350

DNAが近いのは、神功皇后三韓を征伐したときに連れて行った兵士落胤から

稲作は黒潮経由で日本に伝わったもの朝鮮半島に伝わった。

もちろん文化も全部似ているのは日本オリジナル

だいたいこんなとこでいい?

全部ウソだけど。

2013-09-05

婚外子差別の件って、根っこは「ご落胤」だよね

まず婚外子問題の前提知識は、↓がよくまとまってる

[コラム]「婚外子相続差別違憲判断について小町脳的Q&A

http://topisyu.tumblr.com/post/60289597573/q-a

ポイントになるのは実は3つで

  1. 父親が認知した婚外子が、相続権を持つ
  2. 認知は、戸籍上届け出るか、遺言のどちらか
  3. 遺言とは、本人が死んだ時の遺産の処分に関するもの

ぶっちゃけて言えば、親父が庶子に無茶な財産継がせないように、婚外子の但し書きが入ってる。

庶子って言葉が暗に示す通り、こりゃイイトコの旦那が外に囲った女(庶民)に産ませた子供って意味だあな。

島耕作シリーズ読め。

部長なり社長ってのの、イイカンジのエピーソド扱いで、その手のネタが出てくるから

んで、島耕作シリーズの憧憬みたいなモンは、現実にもありうる。

「愛した女の子供に、良くしてやれなかった……せめて遺産くらいは」

みたいなのが爆発すっと困るから、ってことだ。

ほれ、あんまり最近聞かねえけど、結婚ってイエを結びつけるもんだから

家柄だ何だって話になるっだろ。

まりは、「別にイエの結びつきだし、本人同士は生理的に無理でなきゃアリだろ」って話。

んだから、「家庭はあるが、愛した女は別」とかそういう昭和な話になる。

明治期はそれこそまさにお殿様のようなお大臣しか話題にならなかった庶子が、

島耕作シリーズに載る社長部長の話になって、という、そういう流れよ。

からまあ、時代の流れじゃねえの?

親父が死んで遺言状開いたら弁護士が青ざめてよ、

「俺の愛した女はマサミだけだ。その子であるタカシを遅ればせながら認知して、財産を全て与える」

とかって、聞いたことねえ名前が出てきて家族騒然、みたいな話にゃ、もはやならんだろ。

馬鹿家督からイエを守るための法律ってのを無くすのも、近代国家にゃ必要だろうよ。

2008-12-10

過去日本家族概念は、血統主義だけじゃなかったらしいよ

日本家族概念は別に血統主義じゃないんじゃね? - 捨身成仁日記 炎と激情の豆知識ブログ

http://d.hatena.ne.jp/buyobuyo/20081210/p2

を読んで。

ちょうど読んでいる本に、面白い記述があったから引用するね。

『「娘をもっている親で、若衆が夜這いに来ないようなことなら、親のほうがそのこと

を苦にした」ということを高知の西の端の中村で、土地の教育関係の人からきいた。

熊野山村で、「複数の若衆が行っていて、もし娘さんが妊娠したりするとどうなる

のですか」ときいてみたことがある。故老はおだやかな表情で、「そういうときは娘

に指名権があるのです」といった。故老によれば、たれのたねであるかは問題ない、

たれもが村の若衆である、たねがたれのものであっても似たようなものだ、という思

想が基底にある。娘は、自分の好きな感じの、あるいは将来を安定させてくれそうな

若者を、恣意的に指名すればよい。』

         司馬遼太郎が考えたこと9 南方古俗と西郷の乱 より

そのあと、司馬は「たねに対する不厳密性」についての考察をひろげて、

アジア遊牧民族には骨への信仰(おとこのたねが子供の骨を作る、といった感じの)

があり、朝鮮中国儒教社会を取り入れながらも、そういう点は

北方遊牧民寄りの信仰だった、と述べて、

そういう意味で少なくとも西日本農村漁村は南方的だと述べている。

そしてまた、文章は本題の薩摩の南方的な気風に戻る。

この文章だけを鵜呑みにするわけにはいかないけれども、

そういう「たねに対する不厳密性」が南方の気質によるものだとしたら、

ここはよく考えなきゃいけない問題なんじゃないかな。

今は南方だろうが中央だろうが、高知だろうが京都だろうが、

同じ「日本」として捕らえているわけだけども、

そういう過去の変遷を踏まえずに「日本家族概念」ってひとくくりに

論じてしまうのは、乱暴なんじゃないかなと思った。

もちろん、天皇家なんかは、血統を重視していたのは間違いないわけだし、

「ご落胤」なんて言葉があることからも考えると、

血統を重視する考えが存在していたことは間違いない。

いろんな概念が混在していたと見るのが、やっぱり妥当だよね。

結局、家族概念に限らず、

日本過去のことを論じるときには、

やっぱり地域性が重要な要素なのは間違いないと思う。

一日で全国どこにでもいけるような今の

日本に住んでいるとその認識が薄れがちだけど、

かつての日本は、もっともっと広かったんだから。

現在日本の主流の概念が、血統主義であることは事実だけど、

だからといって過去から脈々と続いてきたか

どうかは違うんだよ、って話でした。まとまってないね、ごめん。


それにしても、司馬遼太郎って話そらすことに関しては名人芸だよね、あそこまでいくと。

 
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