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はてなキーワード: 自己暗示とは

2010-09-04

脳までとけそうに疲れてる

変な夢を見た。

気付くと、来年の春になっていて、

わたしは体育館卒業式の練習をしている。

出席番号が後ろから4番目の私はずっと待たされて、

ようやく卒業証書を受け取る順番になったところで、

体がふらふらした

気付くと地面が揺れていて、

天井の照明もゆさゆさ揺れている。

大きな地震だった。

津波が来るぞと先生が言って、

集団下校になった。

震源は秋田県

でもあまりにひどいゆれだったか

私の住む横浜もゆれたらしい

そして、青森ウランの再処理工場が爆発して

チェルノブイリみたくなって

もう世は終わったなと思った。

それが一昨日の夢。

で、今朝その続きを見てしまった。

気付くと来年6月になっていて、

今度は千葉大地震

電車が2日間動かなくて、

首都大停電

私はベッドに腰掛けながら、

横浜の海が重油で汚れていくのを見ていた。

なんか切ない気持ちになった。

すごく変な夢を見て

なんか気持ち悪くなった。

酒田に住む祖母と叔母のことが心配になった。

ここのところそういう内容の章節を3、4冊読んだのと

夏休みチェルノブイリについての作文を書いたせいかもしれないけど、

そんなこと、実際にあったら怖いよね。

イタリア留学している友人からメールがあって、

向こうは活火山がたくさんあるからそれを想定した訓練が学校であったみたい。

日本って、地震国で、しか人口密集だから

いろいろ訓練とかしないといけないはずだけど、

でも、あんまりできてないよね、きっと。

春にペルーかどこかで地震があって津波警報が出たときも、ほとんどの人が避難しなかったみたいだし。

関東大震災とかあったらほんとに終わるよね。

まあ、そんな話はいいんだけど、

いい夢を見るには、いろいろ自己暗示かけたほうがいいみたいだから

今日ペンギンぬいぐるみを抱いて、

アロマの香りに包まれながら寝てみます

このごろ、暑さもあって疲れてるみたい。

自室にもクーラーがほしい

今日殺人的な暑さだったから、

箱買いのアクエリアスもあと1本だけになっちゃって、

でも、買いに行くのもめんどいし、

すべてに疲れました

冷えピタしい

2010-05-17

自分で考えられないクズ加速度的に増大してる

自分で物事を考えられない人間は、より所にする価値観・思想・行動規範を外部に求める。

これが大衆心理の基本原理だ。

ネットメディアテレビ新聞といったメディアと違って、大衆に多様な価値観・思想・行動規範を与えた。

多様性というと聞こえはいいが、要は自分に都合の良い価値観・思想・行動規範を、自分で考えるまでもなく入手可能になったということだ。

ネット検索すれば簡単に自分に都合の良い考え方が手に入る。簡単に借り物の人生が歩めるという寸法だ。

借り物の人生を一度選択すると、そう簡単には元に戻れない。

自分の足で立つことも出来ないような人間が、いまさらネット無しで生きていけるだろうか?

これがまさにネットメディアの負の側面なのである。

.

よくよく考えてみてほしい。

自分でものを考えられる人間であれば、わざわざ価値観・思想・行動規範を借りずに済む。

たとえネットからヒントとなる情報を得るにしても、最終的に考えるのは自分自身だ。

自分の中の確たる尺度で、決断を下すことができる。

そういった人間はごく一部、比率で言えば、1/1000以下の人間が自分の頭で考えられる側の人間だ。

思考力の優れた人間は世の中にたくさんいるが、自分で考えられるかというのは実は別問題なのである。

いくら緻密で的確な論理を展開できる人間でも、しょせんは借り物の知識と哲学にとどまっている人間も少なくない。

自分で考えられる人間というのは、そういう人間たちとは一線を画する。

つまり、自分で考えて確かめ、自分自身の考えに確信を持てるかどうか。そこに違いがあるのである。

.

確信と言っても盲信ではない。盲信というのは、しょせんは自己欺瞞である。

自分の中ではある程度間違ってそうな気もしてるにも関わらず、「考えるのめんどくさいし、間違いを認めるのが怖いから、正しいってことにしておこう」

と考えて、自説を頑なに信じ込もうとする。それが盲信である。

確信というのは、盲信とは違って、自己暗示なしに疑いようもなく素直な気持ちとして正しいと信じられるということである。

もちろん、100%正しいと信じていなくてもよくて、高確率でもっともらしいと信じているという意味である。

.

そのような確信を、自分自身の考えに対して抱ける人間が果たしてどれくらいいるだろうか?

これは自信家であるかという問題ではなく、個々の考えに自信を持っているかという問題でもなく、

真理探究の基本姿勢が貴方にありますかということを問うているのである。

2010-05-03

起業心構えメモ

起業して5年経つが、創業間もない頃の日記自己暗示のように毎日見ていたメモ(本から引用)を晒してみる。


極めれば、唖然

鬼神のごとき一点集中

恥知らずの熱狂ディスペンサー

気持ちが暗くなったら勝てない

もうダメだと思ったら深刻に考えるよりおもしろがった方が良い

人間は一生勉強だと思って達人になることを真剣に考えよう

一貫性にとらわれず常に変わって行く

何が起こるかわからない人生をたのしむ

過ぎた事をくよくよしない

自分の腕を頼りに

 輝く個性を頼りに

 同志のネットワークを頼りに

 プロジェクトを頼りに

 成長を頼りに、生きる」

ブランド人になるのに欠かせないものは

どんな犠牲を払ってでも成長しようという意思であり

精神の自由と矜持だけは命がけで守ることである。

さて君は何を売る?

私は気が狂ったように次々と新しいものに飛びつき、試し,手を出している。そうしなければ生きて行けないからだ。

喝采を浴びるか罵声を浴びるか、そういう仕事が好きだ。

頼りのになるのは自分の腕だけ、その腕を磨いておかなければ明日にでも食いっぱぐれる。個人事業主の売り物は自分の実績とプロジェクトしかない。

それは、期待を裏切らないもの、人の心をいやすもの、ぐっとくるもの。

2010-04-16

[]失敗や成功は「打率」に例えると上手くいく

自己啓発は無理を言う

よく自己啓発系(笑)のセミナーとか、研修とかで「上手くいくと思えばうまくいく」みたいなことを暑苦しく語る人がいるけれども、そんなのできれば苦労しないよ。ということも多い。

そういう人はそこら辺に目をつぶって「ともかく上手くいくと思え!」みたいな事を言うからこっちとしては、うぜぇ、うさんくせぇ、その程度の反応しかできない。

自分の失敗が「壁」になる

よくスポーツ選手なんかがやっているけれども、「シュッ」と声に出すことで拳速が実際に上がるボクサーの例とか、「お前はヒョウだ」というような自己暗示によりタイムをあげるランナーとか、自己暗示によりものごとを上手く進められるようになることはいくらでもあると思う。でもさ、実際目の前に何回も失敗の山がつもっていくと絶望的な気分になって、自己暗示どころじゃないわけですよ。



「壁」を打ち破る簡単な方法(ついでに打ち破れない壁を見抜く)

で、そこで「打率」をもとに考えてみるわけ。

10回やって3回上手くいくようなら打率3割。

バッターとしては一流レベル

それ以上の成果があがれば3割越え。中には5割とか、7割とかのバッターも。まぁ大概の成果においては前向きになれるわな。イチローですら4割は瞬間的。


逆に3割届かないなら致命的に向いてない何かをしようとしてないか考えるべき。



そういうわけで

イチローはやっぱり凄い。

2010-04-13

ここまで他人に迷惑をかけておいて

平気な顔で煽るクズ達。

クズがたくさん集まって醜悪な笑顔をさらしてる。

それでも自分達は良い人間だと集団で自己暗示をかけて

笑ってるんだろうな。不気味なやつらだ。

2010-04-02

白い紙への恐怖症

ttp://semiprivate.cool.ne.jp/blog/archives/001044.html

「真っ白な紙が怖い」という漫画家の嘆きをよく読んでいたが、確かに全くだと賛同する。

仕上げ段階というのは作業量的には一番面倒だけど、一番楽でもある。何すれば良いのか分かっているからだ。だが、毎月の事ではあるのだが、あらためて描き始めようとすると、どうやって書いたら良いのか分からなくなっていることに気がつく。やり方がわからないのに、やらなきゃいけないということだけは明白だったりする。・・・・趣味なのに、なあ。

経験則からすると、ここで必要なのは、自分自身にむけての自己暗示だ。それっぽく「描けるフリ」をして、ゴチャゴチャそれっぽく作業をやっていれば、なんとなく弾みがついて、なんとなく出来上がっているものなのだ。

だが、描き始める前は、書ける気がまるでしない。みぞおちが冷たくなるほど怖い。ついついネットサーフィンとかにふけってしまったり、こんな意味なしブログを書いて、現実逃避をしたりする。・・・マンガなんて趣味なのになあ。

たぶんこれは、就職活動に出られないニートの気分に近いのだろう。

対応策としては、なるべく軽い準備運動からだ。

僕の場合は、ひたすら紙に線を引くとか、A4の紙に自分の手をひたすらたくさん描くとか、やればできることを繰り返してみるのだが。

2010-03-31

ttp://d.hatena.ne.jp/tenkyoin/20100306#p2

オタク文化が抑圧や言い訳の産物だっていう側面が、クールジャパン的な文脈では無視されがちなのがちょっと気になる。

アメリカってのはhentai dubbing(Google検索すれば出てきます)なんかをやるような国だ。向こうの変態ってのはなんちゃって変態じゃなくて、自己暗示なのか本物さんなのかは分からないけど、本音と建前を使い分けないガチばっかりだと思う。

日本hentai表現の横溢さは、ピラミッドの上側の「本物さん」を支える、膨大な「言い訳層」「ルサンチマン層」「なんちゃってロリコン」「にわか」がいるおかげなんじゃないか、とも思うんだよね。

ダーガー現実と虚構を区別しない人だったと思うし、アーティストMr.って人も現実と虚構を区別しない人だったように見受けられる。

だけども日本オタクってむしろ、宇野常寛がしばしば揶揄するように、本当はバイト先のお姉さんと付き合いたいけどフィクションに対してはロリコン擬態する、みたいな人たちが一定層いるわけで、ただそれが、言い訳ルサンチマンの産物だからいかんのかというと、そうはいってもその半分だってやっぱりある種の嗜好だと思うし、そういう人たちが文化市場を底上げしていると思うんだよね。

ともかく、アメリカにいると

1)個々人には本当のセクシュアリティがある

2)個々人は自分の本当のセクシュアリティを見出さなくてはならない

3)本当のセクシュアリティは一貫したものであり、キャラ売りや空気読みによって使い分けられてはならない

みたいなイデオロギーが強すぎて息苦しいね。 そしてさらには、

4)個々人は自分の『本当のセクシュアリティ』をエクスプリシットに自己主張しなくてはならない

という強制力まで働いたりするので、よけいに質が悪い。

『本当のセクシュアリティ』なんて定義できるわけねーだろ、半分はキャラ売りと空気読み、それか防衛機制だよ、って言いたくなるけどね。「本物さん」はいつの時代も少数派なんじゃないかなあ。と、思ってしまうのである。西洋人セクシュアリティ論を読んだり聞いたりしていると。

2010-03-05

http://anond.hatelabo.jp/20100305172608

自己暗示もこめて気持ち荒く息をしたり頑張ってる

コレ、必要ないから。

息、がんばる必要、全然ないから。

逆におかしいから。

で、元増田は、どんなAVが好きなの?

AVそのまますると、それはそれでダメだけどさ。

人によって性癖はちがうからさ。

それを教えてよ。

あと、セックス中は喋っていいからな。

わかってるよな。

手順とか考えるの疲れたら、相手にどうして欲しいか訊くってのもありだから。

大丈夫だよな?

http://anond.hatelabo.jp/20100305165725

http://anond.hatelabo.jp/20100305170405

十分、伝わってるから。相手に。

AVでも男優って淡々と手順踏んでやってるから。

もう後は、冷静に手順踏めよ。めんどくさくても。

相手の反応を楽しむもんなんだよ、セックスは。

だから、相手をちゃんと観察するの。

興奮ないからたまに手を使わないと勃起が維持できないっす

あと手順に詰まった時に変な空気が流れることが多い

自己暗示もこめて気持ち荒く息をしたり頑張ってる

心を無にして淡々と流れるように出来るようになれば解決するのか…

それでダメなら、彼女の性欲を満たす手伝い(ペッティングとか)してあげるのはどうだろう。

元増田がそれすらもしたくない、というなら無理だけど……。

マジですか

女の子はそんなことして欲しがるものなのか

なんか逆は聞くけど(妊娠してる奥さんが夫の処理をするとか)その発想は無かった

淡々とやっていいなら彼女のこと大好きだし勿論いくらでもします

2010-02-12

考えるのをやめた。

こんな下らない事書いてた俺です。

http://anond.hatelabo.jp/20090320165958

本当なら、小学生編を書き終えた後、次に中学編、高校編へといくはずだった。

だけれど、3日かかっても、1週間かかっても、全然進まない。

書けない。

まとめられない。

中学は、自分が生きてきた時間の中で、一番素敵な時間だったからかもしれない。

高校は、何もない時間だったからかもしれない。

それ以降も、何もない時間だったからかもしれない。

書いている最中も、これからの事をどうにかしないとと、毎日毎時間毎分毎秒、色々と考えてぐるぐるとめぐらせている事もあったと思う。

出来るだろ。

出来ません。

やれよ。

無理です。

長年染み付いた腐れ根性は、1週間や2週間そこらでは取れなかった。

自己暗示も全く効果はなかった。

考えて、吐いて、泣いて、考えて……

そんな日が続いていた。

4月の末日、突然両親から、もう無理しなくてもいい等と言われた。

今までぐるぐると、考えて、吐いて、泣いて、色々としてきた事はなんだったのか。

何を言っているのか理解出来なくて、何をどうすればいいのかわからなくなって、何も考えられなくなった。

というよりも、考えるのをやめた。

崩れた。

食欲がわかない。

睡眠欲もわかない。

性欲もわかない。

動けない。

みるみる痩せて、15kg位体重が落ちた。

65kg位だったのが50kg位になった。

身体が軽くなった。

頭は重い。

何もない。

一番酷かった頃に戻ったようだ。

それより酷いかもしれない。

父の顔も、母の顔も、家族の顔すらまともに見れない。

初夏の頃、とうとう祖母に死にたいのだとこぼしてしまった。

今まで誰にも一度も言った事ないのに。

以前は用事をしつつ、少しずつ言語勉強したり、ブログを書いたりしてたけれど、あれ以降何も出来ていない。

何か新しいことを、そもそも何かをしないといけないのに、何もない。

あれから毎日、仏壇の前で、はやくそちらに連れていって欲しいとお願いをしている。

事故に遭って死なないかな。

事件に巻き込まれて殺されないかな。

死の病に罹らないかな。

ハハッ。

もう1年近く経ってしまったけれど、何書いてるかわけわからん

30を前にして、さらに酷い事になった。

1年ってすごく早いな。

2009-12-08

ぼくは

今、風呂を入れる間に書いてみよう。大学生/男 の長ったらしい自分語りですよ と。


自分は、いわゆる「性同一性障害」という奴なのだと思う。

でも割とメジャーなそれでなくて、なんというか男女の境界線上に自分がいて、それは「男4割、女6割」の範囲を含んでいる。そのような微妙なもの。

さかのぼれば幼稚園児の昔から、性別の区分けになんとなく違和感を持ち続けてきた。というか、その区分けの中にうまく居座れない自分を感じてきた。

アスペルガー症候群でもあるのかもしれない。

近しい人から指摘された特徴(人の気持ちがわからない、空気が読めない、熱中しすぎる、コミュニケーションストレスによるの吃音など)は、症状によく合致する。

そんな感じで、クラスメート糾弾されたりしながらも本人のん気に暮らしていたのだが、

もれなくやってくるあの、「二次性徴」に怯えるあたりから性別的違和感は増大してくる。


あれは中三あたりか、ふと気がつくと、すねの体毛が何となく濃い。よく見てみれば全身もなんとなく。陰毛が生えた。

もう気持ち悪くて仕方ない。このまま行くと父さんみたいな、男みたいになってしまうと感じた。

ちいさいころから自分は、将来男にはなるまいと何故か思い込んでいたしていたのに。

毛が生えては剃る、をヒステリックに繰り返すが、「剃る程濃くなる」旨の情報を耳にし、青ざめる。どうしようもないので放っておく事にした。


骨張ってきたり、声が変わる。そうした肉体の変化が嫌で仕方なかったので、毎日嫌だ嫌だ嫌だと強く念じ続けた。

そうしたら、他の男子たちよりは性徴は遅れたのかな。

頑張って念じてたけど結局高校あたりで完全に男になってしまった。

よりによって180cmも背丈がある。外見はやせ型で細面、顔面は(男として)普通じゃないか、という感じに成り果てた。

もう手遅れだったので、諦めて、気にせずに、男の肉体で恋愛でも満喫しようじゃないかと言いきかせた。


で色々あり彼女が出来たりして、満喫し、大学に進学する。

それから数年たって、割と鬱っぽくなり、その原因や、異常に天邪鬼な性格の元はなんなんだろうと自分の行動・思考を鑑みて、自己分析をして行き着いたのが、上述の「性同一性障害」という答えだった。(色々な精神、肉体の障害や病気など調べたけど、これが一番ストンと来た)


なんだーおれは自分の体が嫌いで仕方なかったのかー、と気がついた。

試しに口紅を塗ってみたら、ちょっと似合っていてドキドキしたけど、どうも行き過ぎていて直視できなかった、スカートで外出もしたけれどそれはそれで違和感

まるっきり女でありたい訳でもないようだ。

彼女に「力の加減ができてない」と怒られるのも、脳内認識する肉体イメージ現実とのギャップ故だな多分。とか。とかとか。

しかし、二次性徴の不可逆な変化にとっくに負けてしまっていて、もう何も取り戻せずこのまま愚痴愚痴思いながらおじさんになっていくのか。溜息だ。

二次性徴以来毎日本当ずっとストレスだった。この違和感にもいいかげん疲れたので。

ので、耐えきれず彼女に話してみた。おととい。(彼女ってのは高校の時から同じ人)



そうしたら、案外あっけなく笑って抱きしめてくれた。

正直話しているときは生きた心地がしなかったが。

更に、「今からでもどうにかできないの?」と。

明確に女になりたいならまだわかりやすいが、ほぼ中性に位置するだろう自分の場合、どうすればいいのかわからん

女性ホルモンを摂取できないかと考えていた事はある、と伝えたら、「ちょっとだけそれをすればいいんでない?」と。

会話文は超簡略化しているが、なんだかとても背中を押された。ひとりの人として愛していると言ってくれた。

それも有りなのか。有りなのか…


リスク等色々あるのだけれどね…まあ少し雰囲気だけでも変われたらいいかも。

だったら病院で処方してもらいたい。でないと怖いし。

…けど、(性同一性障害の)程度が半端すぎて肉体的な治療ステップには移れないだろうな。

ニッチって一番どうしようもなくて、損だなぁ。

  


根が深い悩みに直面。そんな最近。はじめてここまで言葉にしました。

自分語りによる匿名ダイアリ汚し申し訳ありませんでした。もうしません。

つか風呂忘れてたよ



翌日追記、書き留めておきたいこと

ここに書いたことは、大きなテーマではあるけれど、それを人生目標、生きがいにはしたくないなと思った。

つまり自分の全てをそれ色に染める必要は別にないよね?って言いたいのです。

そういうの関係なく、自分の目で捉えたい景色が沢山あるし、色んな物をつくり、沢山の人と話したいよ。

と、こんな風に自己解決風になって、数日後落ち込んでいるのがいつものパターンなのですが。

というか翌朝この文章見て恥ずかしさでどうにかなりそうだったけれど。

まあ 自分深刻すぎwwwうけるwww とか茶化しても始まらないし、ね。

さあ夕飯はじゃがいも味噌汁たまごかけご飯だ。

翌々日更に追記・もう書きたいこと書いてしまえ

性同一性障害アスペルガー症候群も、分類名。どうもマジョリティが判別し易いようにラベルを貼っつけている印象が拭えない。

↑の当事者が、自分落ち着けカテゴリーを見つけてほっとする気持ちはわかるけれど、

結局、本当に仲良しな友人や家族との関係では、そんな分類名は必要がないんだ。意識する必要もない。

あんまり念仏みたいに唱えて、自己暗示をしないようにしよう。


(しかし、社会の中で自分らしく生きるには、周囲に最低限認知してもらう為に、分類名を使うしかないってのも理解できる。つらいな。)

2009-10-19

同僚たちに流されない;自己ペースでじっくりと

同僚たちが資格取得にやる気になっているからと行って、それに影響されるなよ。

ともすれば、なにくそと対抗心が燃えてしまう。

そこは俺の張り合う戦場じゃないってばよ。

俺は俺のペースでやる、とこの前決めたじゃないか。

流されない。

焦らない。

じっくり取り組む。

焦るとパフォーマンスが悪くなる。

それに、もっと俺自身のための時間を持とうと思ったんだ。

仕事と割り切っているはずの作業や勉強をまるで自分の夢であるかのように自己暗示かけて頑張るのはやめるんだ。

たしかに仕事に必要な分の勉強は必要だ。

でもこれまで能力に対して過負荷だった。やり過ぎだったんだ。

とにかく俺は俺自身を取り戻さないと。

2009-10-17

合格しようが落ちようが、これで最後。

もともと自分の興味にはあまり関係なかったじゃないか。

自己暗示かけてまで頑張る意味はない。

心も体も限界を超えているんだから、尚更だ。

「脱出」の勉強をしよう。

2009-10-10

しあわせがみんなできまったものなら


 仮に喜びの強さ、重さを量で示せるとして。
 ホームレスのおじさんがやっとコンビニ弁当にありつけたときの喜びの量と、
 アフリカで飢えに苦しむ子どもが運良く食べられるものを手にできたときの喜びの量。
 ふたりがそれぞれ感じた喜びの量は同じぐらいなんだと思う。

 「幸福は相対的なもの」だってだれかがいってた。
 そりゃアフリカのそうした子供コンビニ弁当なんてものにお目にかかれたら、かなりうれしいに違いない。
 ホームレスコンビニ弁当に対する気持ちと比較すれば、たしかに幸福は相対的なのかもしれない。
 でももう少し正確に言うなら「個人の幸福は、かれが属する集団が決めた価値観に基づく」んじゃないのかな。
 この「集団」は広いのから狭いのまでいろいろあるけど、だからたとえば「うつは甘え」って見方は「つらさの基準」が違うことにも関係あると思うんだ。

 よくきく「昔の子どもはそんなことでヘコたれやしなかったぞ!」ってお叱り。
 あれがずれてるなーって思うのは「現代の子ども」と「昔の子ども」が違う集団で、幸せの基準も違うから。
 「甘やかされて育った甘え」っていうのも、全体的に環境がよくなってるから「文化的最低限」みたいなの基準が高まってて、苦しみも高度(あるいは低レベル)になった。
 これで説明できない? できてないかなあ……。


 きょうテレビをみていて、おもったこと。
 「うつであることを保障する環境」と「うつになりやすい環境」と「うつになっても文句を言われない環境」ってやっぱ似てしまうよ。
 人それぞれって言葉がのさばりすぎるのは避けたいけれど、かといってこの三つがみんないっしょくたにされてじゃあ全部いらねーよ!そうだ気持ちの問題だー!ってなるのはもっとやだ。
 でも、テレビから聞こえるぐらいの知識で価値観がそれほどゆるがせるとも思えない。
 目に見えない苦しみにもだえつづける人々を目に見える形でささえるにはどうすればいいか……って考えたけど結局わかんなかった。

 とりあえず、子どもはもっと遊んだほうがいいと思います。
 ケータイネットがあたりまえだとしても、知識だけためこむ仕組みは、たぶんよくない。
 「統合失調症」とか「境界性人格障害」とかって、耳で聞いたらなんかおもくてつよそうだし。
 キャラ濃いし。個性的で一目おかれそうだし。てか個性ってなきゃダメらしいし。でも受け入れられたいし。
 そうやってなんとなく気に入ってそんな気がするって言ってるうちに、
 本当にそうなっちゃうことは、たぶんあるだろうから。そういう自己暗示が。
 なんだかよくわからない不安に病名をつけたらほんとにその病気なっちゃうことは、たぶんあるから。
 その結果、精神疾患が『物語』になってしまったら、抜け出すのはかなりつらいんだ。


 あと、こわいことがある。
 教室に「心のケア」なんて言葉を文字通りにもってきちゃったら、先生たちがみんなフロイト先生メガネかけなきゃ子どもが見えなくなっちゃったりしないかっていう、たぶん杞憂
 むずかしいことはわかんないけど、子どもの気持ちはわかるって先生はすごく大事。
 そういう先生が周りにうながされてメガネメガネってあわてちゃって、もともと掛けてたメガネが見えなくなっちゃったり、裸眼でもみれたのにかえって視力落としちゃったりするのが、こわい。

 ……思い入れがつよすぎて、うまくまとまらなかった。
 ごめんなさい。

2009-10-04

http://anond.hatelabo.jp/20091004215105

早朝コンビニバイト夜勤シフト明けならハイになってるだけだし、眠いから元気なつもりで自己暗示かけたりしてるだけだと思うけど。自己肯定感?20代も半ばになってきてバイト以外の職歴がなかったら普通に追い詰められてるか自暴自棄になってるかのどっちかだぞ、それこそ9割。

道路工事資格職だったり、鳶は鳶でその社会正義があったりするから自己肯定感はあるかも知らんけどそれもなあ。彼らちゃんと自分が底辺なのはわかってて、でも正しいことをやってる!っていうヤンキーみたいな感じだから、自己肯定感だけ、じゃないぞ。

2009-09-25

友達を作る能力がなさすぎて困っています

中高の友達と彼女はいるけど四六時中連絡取れるわけじゃないので暇。もてあましても周囲の人々に迷惑なので友達を作ろうと彼女マイミクコンタクトを取る。

一回目。変態キャラの人に変態的なことを送ってみる。その人本人からではなく、周りの数人からいたずらメールが帰ってくる。その後、彼女から「マイミク切られた」と苦情。ちゃんとしようと思う。

二回目。ちゃんと良識的で教養あるっぽい内容。ちゃんと話はできて、チャットする。本や音楽の話に対して、自分が思うこととかを話してみる。相手の話を聞き、自分なりに考え直してみる。楽しんでいたはずが、チャットを一方的に切られたと思ったら後にその会話を揶揄する内容の日記翻訳&要約すると「スノッブきめぇ精神病院いけ」。いい加減にしてくれと彼女に言われる。

サークルには入っていない。というのも、やりたいこと(一応、学術系?)ができるサークルで一番まじめそうだったものが新歓未成年に平気で酒を勧めるような内容。飲んではいけないと思ったうえ、活動内容にかかわるような話を聞いても「まあ今は難しいこと忘れて飲もうよ」。また「文系だと就職厳しいから」といった話をすると「君なんでそんなに暗いの?」。一番まじめそうなのでもこんなのかとムカついてどのサークルにも入らなかった。結果、孤立自業自得だけど代替案はほしいと考えて、上の失敗。

思えば二外のクラスでもそんなことが起きてた。一番最初に仲良くなった人が、こちらが誰と話そうとも割り込んでくるうっとうしい人だったので遠ざけたらすべての関係性を失った。これもしょうがないと思う。

演習クラスでは数人と仲良くなった。そのうち一人の女子と悩み相談的なメールを交わす中「大丈夫だよ」「心配ないよ」みたいな長文メールを送りまくったら無視される。気持ち悪がられたというより怖いと思われたのだろう。その後、向こうから暇つぶしメールが送られてくる。普通の会話。その程度には許してくれてありがたかった。他の男子と仲良くなり、そのうち一人とは割と話せる間柄。ただし向こうが忙しいので会ったりはできない。というより会わせる名目が浮かばない。

思えば、目的事情がない限り人を誘ったり呼び止めたりできない人間だった。気になる人がいた時はいったんその場から離れ、用件を捏造してから戻ってきて呼び止めたりもしていた。会話の流れを頭の中で脚本みたく組み立て、その通りに行かないと二度と話しかけられない。旧友や彼女からは「そんな考えすぎなくてもいいのに」といつも言われる。考えすぎない方法を知りたいのに。気楽にやったら即座にボロがでるじゃん。

たぶん、友達になろうとした人を遠ざけたり変に距離を迫ったりするのが傍から見ていると気持ち悪いんだと思う。わかってはいる。ただ「まじめに」「楽しませよう」とするたびにスベってしまうんだ。それが余計不気味に見えるんだ、多分。

中学以降で新しいクラスとかに入った際は、いきなり突拍子もないお笑いキャラを演じて相手をびっくりさせてきた。それなりにウケていたし、場も和んでいた。というより最初から臨界点を計算づくで見せとけば、後で素の自分に引くような人は最初から去ってくれるだろうという願いだけれど。事実、いまだに付き合えてる仲間は全員その時に近づいてきてくれた人だったし。本当の人間関係しかほしくないとか考えてた。

正直今、薄く広い人間関係を得たい。……いや、どうなんだろう。でもとにかく、良かれと思ったり楽しませようと思ったことで周り中に迷惑を掛けるようにはなりたくない。自分でも何をどうすればいいのかわからないけれど、もっと普通になりたい。みんなと楽しくやりたい。それなのに、四方八方に迷惑なことを繰り返してしまう。今度こそうまくやろうといいながら、このままだと多分ずっと。

僕は何がおかしいのでしょうか。絶対何かあると思うのですが。

追記 精神障害とかについて

自己愛性人格障害アスペルガー症候群自分で疑ったことはありますが、問題がそれほど致命的じゃないので病院にいけません。

授業や課題をサボるようなやつなので病的な潔癖症でもないですし、単純にプライドが高いんだと思います。

学校でイスぶんなげて暴れたことが小中高とあるので精神科に通ってたことはありました。

今は「この瞬間イスをぶんなげなくてはいけない」「でなきゃお前クズ死ね」みたいな変な強迫観念はないので行ってませんが。

そのときの病名は統合失調症だったらしいですが、「聞こえない声が聞こえる」とかは中二病キャラにあこがれて自己暗示してただけなので仮病だったと思います。

でも「病気を装おうとする」ことと、「こうしなくてはならない」みたいな変な考えは何かおかしい気がします。

2009-08-20

http://anond.hatelabo.jp/20090820192000

理論物理なんて今も昔もお先真っ暗のとこと比べてどうするんだ

君もしかして生物系?

就職終わってるのに自己暗示精神を安定させてるのかな?

2009-08-05

これからどうしたらいいのか?

http://anond.hatelabo.jp/20090805102130

 

クール淡々と、情報収集の過程を羅列している元増田に感服しました。

 

元増田のQ.  「これからどうしたらいいのか?」

私の考えるA. 「いったん、彼のことを保留する。 保留の間、たとえば、リアルの知人に好意を持つようにしてみたり、バーチャルなほかの人の情報を収集してみたりする。」

 

理由は二つあります。

 

理由1) 彼にひかれないようにするため。

 いまの元増田の状態で、彼に挑んだら、かなりの確率でうまくいかない(=彼にひかれる)とおもいます。

 はじめの接触は上手くいったとしても、あとあと必ず、ボロが出てしまうでしょう。

 自分より、自分過去をよく知られている(※リアルでは会ったことさえない過去を!)というのは、大部分の人にとって、気持ちの悪いことです。

 いったん時間を置いて、彼について仕入れた知識を、ある程度揮発させると、彼とうまくいく確率が上がると思います。

 (元増田は、ほかの女性の影がチラついていることをすごく気にしているようですが、

  ほかの女性に先んじることができたとしても、元増田自身がうまくコトを運べなかったら、結局すべてが無駄になってしまうので(>_<))

 

理由2) 情報収集にかけた手間と時間を、恋心と誤認してしまっていないかどうか確認するため。

 うまく言語化できていなかったら、ごめんなさい。

 要するに「これだけ一生懸命調べているんだから、私は彼のことを相当好きに違いない」という自己暗示的な部分とか

 「これだけ一生懸命調べたんだから、どうにかして彼とリアルでうまくいきたい」という本末転倒な部分とかが、

 出てきていないかを確認するのは、元増田幸せにとっても、悪くないことだと思います。

 彼ではない他のひとにむけて、同じような関心を向けたり、情報収集を行ってみることで、そのへんが確認できるのではないかと思います。

 

最後に。

結局、会ってみないと判らないことのほうが、(もちろん)たくさんたくさんあるので、

(悪い例だと 元増田が許容できないくらい”実は、すんごい息が臭い”とか、”食べるとき、へんな音を立てている”とか。

 本人は気付かないから、インターネットにはUpしないし(出来ないし)、周りの知人だって、そんな大人げないことをインターネットに書いたりしない。)

保留期間を少し置いたのち、一度、会える機会をつくるのがイイと思います。

 

キッカケはインターネットでも、引っ越しを考えられるくらい生活圏が近かったりする(のですよね?)のも何かの縁だともいえるので、

元増田と彼が、うまくいくといいなと思っています。

2009-06-17

ついさっきフラれた

相手は大学部活の後輩。

ずっと前から好きだった。

彼女は社交的で気立ても良く、俺のヲタ話にも乗ってきてくれた。

むしろ、彼女の方が積極的なくらいだった。

車、漫画鉄道から始まり、それこそ女の子らしい趣味のものまでどんなことでも詳しかった。

才媛という言葉はこんな娘のためにあるのだろう。

そんな彼女の話を聞くのが好きだった。

そして、明るい顔の裏にほんの時折覗くネガティブな面も自分好みだった。

いや、劣等感に苛まれやすい卑屈な俺を安心させてくれた、と言うべきか。

モテるだろうな。当然彼氏はいるだろう…。

また、これまでの人生で何度かあったように今回も何もできずに終わるのだろう。

そう思っていた。

だが、去年ふとしたきっかけで彼女メアドを交換することができた。

メールダメ元でご飯に誘ってみた。

オッケーだった。

1回目のデートはそこそこ話も弾んで盛り上がった。

俺は車を持っていなかったので、家まで彼女の車で送ってもらった。

別れ際、遠ざかる彼女の車に手を振った。

彼女もこちらを見て笑顔で振り返してくれた。

自分的には成功といって良かった。

もちろん、彼女としてはデートなどとは思わず、単に先輩から飯をおごってもらったくらいにしか思ってなかっただろうが。

そして、翌日の部活から俺のダメ人間っぷりが炸裂した。

彼女と会っても目も合わせられない。

話しかけられても、どうしていいのか分からず生返事。

彼女がこっちへ向かってくると、とりあえず近くの他の娘に話しかけてその場をやりすごす。

好きすぎてどうしたらいいのか分からない。

何を話しても彼女マイナスの印象を持たれそうで話すのが怖い。

もちろん、避けるのが一番のマイナスなんてことは分かってる。

分かってるんだが勇気が出ない。言葉が続かない。

彼女の気を引けるような気の利いた言葉を紡ぎ出そうと必死だった。

でも、しゃべり下手な自分にはそんなことできるはずもない。

結果的に自分エゴをそのまま彼女にぶつけてしまったカタチとなった。

結局、部活ではほとんど話せず。

彼女にとっては訳が分からなかっただろう。

もしかしたら、何か粗相をしてしまったのだろうか?

そんな気持ちにも苛まれたかもしれない。

しかし、自分には面と向かって話す勇気を持つことができなかった。

それが何週も続いた。

このままではいけないと思い、次の食事の誘いのメールを打った。

社交辞令かもしれないが、彼女の返信は少し嬉しそうだった。

そりゃそうだろう。なんといっても、自分が何かをやらかしたという可能性が消えたのだ。

それと同時に、俺の評価は「挙動不審な人」もしくは「メールでのみ人当たりの良いメール弁慶」になってしまった。

2回目のデートは最悪だった。

俺の挙動不審っぷりをフルスイングで発揮。

話は常にとぎれとぎれ。

彼女の食べる姿をじっと凝視

自分が用意してきた話題を空気を読まず無理矢理話し出す。

会計では俺が出そうとするも彼女は固辞。

「もう先輩とは食事に行く機会はないと思うので」という言葉が胸にささった。

別れ際、家の前で停まった車の中で蚊の鳴くような声で「次もまたご飯に誘っていいかな?」と聞いた。

彼女の返事はただ「はい」のみだった。

遠ざかる彼女の車に手を振った。

手は振り返してくれたが彼女はこちらをみることは無かった。

情けなかった。

ロクに女性をうまく扱えない人間が行動を起こして、結果的にその娘を傷つけてイヤな思いをさせてしまっただけだった。

もう彼女を誘うことは俺にはできなかった。

しかし、半年ほど前のことだった。

部活でその娘の親友たまたま二人きりになった。

その親友は何事もズバリ言う娘で、俺も何を考えてるのか正直測りかねてる娘だ。

その娘が急にこう聞いてきた。

「先輩ってA子(俺の好きな娘)のこと好きですか~?」

俺は部活でA子を好きな素振りなど一度も見せたことなかったし、

そのA子の親友は時々何の脈絡も無く物事を話すので、

おそらくloveじゃなくてlikeのほうだと判断し

「うん、好きだよ」

と気軽に言った。

次の週の部活から、A子の俺に対する態度が少し変わった。

積極的に話しかけてくれるようになった。

訳が分からなかったが俺は嬉しかった。

もう忘れてもらえたのだと、許してもらえたのだと思った。

しかし、時間が経つにつれてA子の親友言葉が引っかかってきた。

A子は親友に俺のことを相談したのではないか?

→そして、それを親友が聞いて「俺がA子のことが好き」だと総合的に判断

→A子の親友が、俺に「A子が好きか」を聞く

→俺の返事は「A子が好き」

→それを親友から聞いたA子、気を良くする

→A子「それならそうと早く言ってくれれば良かったのに」

以上、俺の妄想

その妄想確信となるまで半年かかった。

何か新しい出来事があったわけじゃない。

ただ、自己暗示を確実なものとするのに半年かかったというだけだ。

約1年ぶりにメールでご飯に誘う。

オッケー出た。

おまけにメールの文末に「楽しみにしてます」ときたもんだ。

社交辞令?そんな言葉、俺の辞書には無い。

そして、今日デートに行ってきた。

この半年のうちに車を購入し、デートにはそれで臨んだ。

車の中で話も弾んだ。

万全とはいえないが多少の気遣いもできたつもりだ。

この一年彼女はより大人の女性になっていた。

俺を上手く手のひらの上で転がせるくらい。

終始、彼女のペースだった。

俺は情けないが彼女を頼もしく思った。

そして、帰りに送って行った時、別れ際に告白した。

「俺はずっと前からA子ちゃんのことが好きだったんだけど…」

やはり、目を見て話せなかった。

彼女沈黙した。

俺は沈黙に耐え切れずに

「うーん、やっぱダメ?」

と合いの手を入れた。

「ごめんなさい、私同じ学校の人とは付き合う気になれなくて」

人間関係の広い彼女らしい答えだった。

「以前、付き合っていた人がいたんだけどその人が束縛する人で…。

そんなこともあって『付き合うって何?私を束縛したいの?』

って思うようになったんです。だから、今は男の人と付き合うのは考えられません。

それに今まで何人か告白してくれた人もいたんですけど、今オッケーしちゃうとその人たちにも申し訳なくて…」

「そっか、困らせたみたいでごめんな。でも、そんなこと言ってると一生誰とも付き合えないよ?

いや、俺と付き合ってほしいからいってるんじゃなくて。」

「はい。でも、今は付き合うとか考えられないです。」

こうして振られた。

最後は「告白してくれた人たちは私が断ったら、疎遠になっちゃうんです。

でもそんなの寂しいですよね。もし良かったら、いい先輩後輩関係でいましょう。」

と言われた。

とっさに「振られても俺はA子の味方だよ」と口走った。

A子の顔が少し歪んだような気がした。

俺は冗談っぽく

「じゃあ、付かず離れずってカンジで(笑)

と言った。

A子は笑ってくれた。

結局、A子にとって俺がどの程度の存在だったのか分からないままに終わった。

自分勝手なのは重々承知しているつもりだ。

自分は相手に何も与えず、しかし、相手に何かを求めてばかりいるクズであることも分かってる。

でもせめて、「好き」か「嫌い」か「どうでもいい」か、それくらいは言ってほしかった。

いや、「好き」はどう考えても無いのだが。

はっきり言わなかったのが彼女なりのやさしさだったのだろうか。

まあ、自分に害を為した挙動不審な先輩を立ててくれる時点で彼女のやさしさに疑問を持つべくも無いが。

一度はフイになった(した)チャンスをまだあると思ってた。

それに関しては自分の思い込みの深さ、思考のキモさに呆れるばかりだ。

ただ、「好きだ」と言えてよかった。

あのままでは一生直接伝えられなかったであろうことを伝えられてよかった。

誰とも付き合えないという言葉が本当ならこれから彼女はどのように生きていくのだろうか?

彼女が一人で力強く生きていく姿も容易に想像できる。

でも、願わくば俺を気遣っての嘘であってほしいなぁ。

まあ、まだ若いんだし、そんな矜持などアテにならんか。

ああ、今年の花火大会もまた一人か。




長文すまない。

所々、訳のわからない部分もあると思うがそれもすまない。

こんなどこにでもあるようなフラれ話、誰も興味ないだろうけど。

こんなこと増田でしか書けない。

ありがとう増田

俺、明日からも頑張れそうだ。

2009-05-31

http://anond.hatelabo.jp/20090531005554

  1. 毎朝自分に向かって自己暗示をかける
  2. 鏡に向かうときは自分で微調整をしてもっともよい顔をするものなので、鏡を見ていない時の顔にも注意する。具体的には写真ガラスなどに映る自分を常に確認しておけばよいと思う
  3. 化粧する
  4. 自分に合った方向の美を求める
  5. すべて諦める

2009-05-20

http://anond.hatelabo.jp/20090520065822

親友になりきれない友達気分だったら、「上手くやってる」より悪質な馴れ合いになる危険大。

どっちにしろ、「誰とでも友達」も「誰とでも上手く」は実社会に出たら絶対にありえない自己満足でしかないから餅もいいとこ。

それにしても自称「誰とでも」な人ほど、周囲の目に気付かないよねー。

でも、「自分は誰とも上手くいかない」より「自分は誰とでも上手くいってる!」って自己暗示の方が良いから誰も強く言わない。

2009-03-25

http://anond.hatelabo.jp/20090325141416

ならない方法というにはちと安易じゃないか?

・規則正しく毎日出勤

職場の席は窓際(閑職じゃないよ!)なので日照は十分

・朝のうちにウォーキング30分+通勤で徒歩片道15分

・毎食朝ごはん野菜ジュース温野菜主食

自己暗示は小さいころから得意だぜ!

↑これでもうつになるくらいだから。

まあ、「うつ病にならない方法」って言いきっちゃうあたりが、

お気楽能天気で予防にはよさそうですよね。

「えーショックーちょっと鬱入るんですけどー」みたいな「鬱」にはいいのかも。

うつ病にならない5つの方法(基本生活編)

自分が実践している、うつ病にならない方法を以下にまとめます。

■規則正しい睡眠日光を浴びる

これが崩れていると、根アカな人でもうつ状態になることがあります。

深夜だけ働いて、昼間は常に寝ている人は要注意です。

日光を浴び足りない場合は日サロへ行く

抵抗のある人が多いかもしれませんが、

日サロで紫外線を浴びることは、日光浴並みに効果があります。

日照時間が短く「冬期うつ」の人が多い北欧などでも、

強制的に人工の紫外線を浴びてうつ病を予防することがあるそうです。


有酸素運動をする

時間ほど、少しきついと感じるくらいの汗が流れる運動をします。

血流を全身に流し、汗を流し生命の機能を活性化させます。

また、人間は走りながらくよくよ考えるのは難しいので、

そのうち頭の中がクリアーになってきます。


栄養を取る

味の苦いどろっとした系の野菜ジュースなどオススメです。

栄養剤からの栄養摂取でも問題ありません。

必須栄養素は必ず摂るようにしましょう。

私の場合は一時期、米と少々の肉のみで過ごしていたら

体が重くなり、朝に体を起こせないようになってしまいました。

うつとか以前に、体が危険でした。

■鏡に向かって自己暗示をかける

自分に合った言葉でいいのですが、

毎日鏡の中の自分を見て、声をかけてあげます。

たとえば、

「目ヂカラ、オッケイ!」

ラブラブ俺の上腕二頭筋ラブラブオレの上腕三頭筋!」

きらりんアタシ!今日も出発!」

など、自分で好きな言葉なら何でもよいです。

当然ながらポジティブ言葉を選びましょう。


以上、うつ病にならない5つの方法(基本生活編)でした。

機会があれば、実践編(オフィス編)を載せたいと思います。

2009-03-20

前進するためには。

今年で29になる。

10年も篭もっている。

人としての経験値は中学生以下だろう。

もう抜け出せないかもしれない。

それでも立ち上がって前に進まなければ。

いざ色々考えると。

吐き気がする。

動悸がする。

崩れそう。

ここ数日自己暗示をかけてみてる。

前に進めるように。

明日はどうだろう。

にっこりと。

今までの事を振り返ってみるか。

記憶あいまいだ。

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