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2022-06-05

世界は優しくなっていく

新入社員の彼、上司指導が厳しそうだから、君から来週の担当定例でチーム替えを進言してもらえない?」

と、話を受けたのは先週の金曜日の午後。

入社10年目で最早ならマネージャーになっているけど、そうならなかったしそうなれなかった担当者にそんなこと言うなよと思いつつ

波風を立てたくなく、そのオファーを受けてしまった。

その担当定例というのは管理者とチームリーダーが参加し、毎週チーム内での進捗とか課題を共有する場だ。

その場で多分言うのだろう、

「彼のスキル習得状況を考えると、そろそろ次の担当に移してあげた方がよいと思います。」

まぁ、OJTという名の育成担当かつチームリーダーである自分が言うのは間違ってはいない。

ただ、こうも思う。

かに今の担当上長職人気質で厳しいが、そこで得るものも成長するものある、そこで成長していくのもあるのだろう。

そう思うし、それを当の新入社員に問えば、おそらく彼はこういうだろう。

自分大丈夫です!」

と。しかしそれは今の優しい世界では環境的に許されない。

彼はその職人の下から離れ、ゆるふわ上長の下に行くのが組織として求められることなのだろう。

自分10年前を思い出せば、そんな配慮もなかったし、今でいうところのパワハラ常態ではあった。

それを今の様にカバーしてもらえればここに至るまでに心を病むこともなかったし、良かったんだろう。

その一方で、あの日々が自分の成長につながったのかという生存者バイアスを感じることも無くもない。

何が正解か、正解なんてないんだろうけど、今の優しくなった世界では今の彼の処遇を何とかする、それが最善解何だろう。

と、明日の午後にあるその担当進捗で彼の異動を自分が進言するのだろう。

それはまぁ間違いではないし、それが良いことなのだろう。

ただ、何とも言えない引っ掛かりを持ったまま、明日月曜日を迎える。

最近構築されてきた「優しい世界」への向き合い方がまだ理解できない30代。

世界はこれからも優しくなっていくだろうし、それは正しいことなんだろう、でもなんともその正しさに少々の違和感がある。

それをなんと表現すればよいのだろう。

なんて考えると寝れないので、寝酒で月曜日不安から逃げるんだ、そうしよう。

2022-05-13

[] そのにひゃくきゅうじゅうろく

ノッティングヒルーッス

 

今日カクテルの日らしいです。

カクテルなんてあんまり飲まないですよね、コンビニに十分おいしいお酒売ってますもんね。

お酒といえば仕事中にお酒を飲まないと仕事ができない職人気質の人も居ますね。

私はそういう現場から離れているので今もいるのかわかりませんが、普通に危険なので気を付けてくださいね

 

ということで本日は【危険状態の察知よいか】でいきたいと思います

危険状態の察知よいか危険状態の察知ヨシ!

 

それでは今日も一日、ご安全に!

2021-12-22

anond:20211222130929

谷本さんは、ホント職人気質というか、最後最後まで仕事が丁寧でしたね。

あそこまで用意周到に物事を進められる能力は、現役時代は高く評価されていたんでしょう。

2021-12-21

職人作業の様に無慈悲に人を殺す手順を読んでいるとゴブリンスレイヤーを思い出す

職人気質

屈強な体格

入念な準備

冷酷な実践行動

入り口待ち伏せして閉じ込めて殺す部分なんて完全にゴブスレ

2021-12-17

anond:20211217131455

ではこれから時代は、少数の裕福な家庭に生まれ職人気質かつ手先が器用でオタク的な嗜好を持った人だけが、少人数のマニュファクチャ的なアニメ制作をしていくと…?物語的にはありだけど、文化的には消滅だな。

普通は金持ってる人が出資してパトロンとして支えていくとか、デジタル化を促進して、ワークフロー改善して、リソース効率を高めるとか、なんかこう…あるんじゃねぇのかなぁ。

2021-12-11

anond:20211211184543

「専門料理」という雑誌とか読むと分かるけど(俺は別に本職ではないただの趣味だけど)、美食業界アニメ業界みたいなところがあってやり甲斐情熱搾取技術や素材のレベル理不尽に上がってる感じはする。特にフレンチの仕込みの面倒臭さは狂気的だし、そういう技術職人気質シェフによってすぐ他のカテゴリーに応用されて果てしなく面倒になっていく。純粋ビジネスでやってる人はむしろ客単価が高すぎないレンジにしてるんじゃないかなあと思う。

2021-11-17

特撮撮影現場における過重労働問題って

沢山仕事するやつを管理職にして手当は付けるけど残業代さないってのは良く聞く話

それでマネジメント研修が無かったり、もともとの担当業務が他の人に振り分けられずそのままってのは地獄しか見えないのは当たり前

日本は相変わらず管理業務に対しての評価は低いし、ちゃちゃっと片手間でやれば終わると妄信し続けているのも事実

  

それはもちろん即刻改善すべき事なのではあるが、クリエイティブ職業では成り立たない事がある

限られた予算時間の中でより良いものを如何にして作り上げていくか

ブラック職場だろうと納得のできる作品ができるまで妥協はしない

そういうマインド職人気質が作ってきた世界にまとも女が入ってきてしまった

とりあえず作る。時間内にそれなりの体裁を整えて一応の完成を迎える

クリエイティブな方々のアドバイスセクハラとして一蹴だ

そうやって作られたものが心に響くのか?人気が出るのか?

とりあえず話題になってる特撮作品に関しては俺は全然ピンと来ていない

  

特撮世界に女が入ったからって腐るとは思ってないけど、熱意の無い奴が入ってきたらもちろん腐る

どんだけCGごまかしてもすぐわかる

  

今回の件での学びとは「ノッてない奴は入るな取るな」だな

クリエイティブ世界サラリーマン常識をぶつけて縮小する流れこそ悪

2021-09-06

anond:20210906122516

そんな神経使う場面でさっき飲んだ缶コーヒーことなんて忘れてるよ。本人の職人気質がすべて。

2021-08-21

anond:20210821202102

わざわざリスクを取ってくれてまで上手く冷蔵庫を設置してくれるお弟子さんって、素敵な職人気質だよね。

話聞いててほっこりしたよ。

今時はそういう話をあまり聞かない寂しい時代だよね。

2021-06-26

anond:20210626085728

そんな事で、驚くとは坊やだなあ

ため口

説教

嫌味

たくさんあるよ

職人気質

2021-06-19

こだわるということは、こだわらないということである

私は同人誌を描くことを趣味としている。

私の関わる、狭いコミュニティの中で

作品内容にこだわるが為に、締め切りに間に合わなくて頒布できなくなる人」がいる。

スケジュール関係なく気に入らなければ何度でもやりなおすので、間に合わなくなってしまうんだそう。

職人だなぁと尊敬する一方で、プロじゃないなあというか(プロじゃないんだけど)仕事だったら許されんよな、とモヤモヤしてしまう。

本当に仕事じゃないし、趣味なので頒布できなくなっても良いのだけど……。

私は締め切り遵守派なので、締め切りを守るために泣く泣く捨ててる部分とかがある。

なので「作品にこだわりすぎて締め切りを守れない事」を、許容できるメンタルが羨ましい。

そして、その職人気質自体が、ポジティブで良きことげなエピソードとして語られる場面をみると

なんだか無性に腹立たしくなってしまうのだ。

作品内容に対するこだわりが「ある」ので締め切りを守れないとかいうのは

締め切りを守るというこだわりが「ない」ということではないのかー!!

…と、怒りのボルテージを上げてみたものの、私は私で

スケジュールにこだわるが為に、作品内容をないがしろにしている人」なのかもしれない。

モヤモヤは尽きない

2021-06-10

anond:20210606213415

俺もこういう体験談鵜呑みにしてビルメンになった口だけど現場ガチャ大きい&職人気質の所長や主任マンパワーで回ってる職場多すぎて、

畑違いの「カラス」とか「メガネ」聞いてもピンとこない人間ビルメンやると結構苦労するし現場によっては未経験がすぐに去っていったりする。

仕事中にも勉強できるとか暇すぎるとか言う奴いるけど、ヤバすぎて仕事振られないタイプ社内ニートだったりケースもあるので、あんまり鵜呑みにしない方がいい。

2021-05-14

10年くらい前まで政治には興味がなくて、でもなんとなく自分はいわゆる保守的人間だと思ってた。

謙虚職人気質シャイだけどやることはやる、みたいなイメージ。お天道様が見てる、と誰が見てなくても律する感じ。

イメージね。でも、そう言われていたと思う。


いまの保守と言われる人達、一番嫌いなタイプなんだけど。。!!!

ペラペラで口ばっかり。職人とは対極。教育大事にしないし。

そしてそういう人間が上に行ってる。政治だけじゃなく民間でも。私が知らなかっただけで、数十年間前からだったんだろう。

日本の土台を腐らせたいとしか思えない。

変えるには偉くならなきゃいけないんだよね。。私はもう遅いから、若者応援するなり。

2021-03-22

日本人仕事が大好きな人

昔より減ったように感じる

職人気質だったりエリート気質だったりの24時間仕事好きな人

いくら働こうが大して給与が上がらないのでやる気が湧かなくなったんだろうか

現代人で仕事が大好きって人は熱心なスポーツ選手くらいしかいないんじゃなかろうか

2021-02-11

ドキュメントを書けないエンジニアは単に能力が低いだけ

たとえば、「彼は優秀な数学者だが、論文は書けない」なんて話は、(まあよほど特殊な事例を別にすれば)無い。

一方、「彼は優秀なエンジニアだが、ドキュメントは書けない」という話は、この業界に勤めていれば頻繁に聞く。しかも、コードは書くがドキュメントは書かないことが職人気質でかっこいいかのようなニュアンスを含む場合すらある。

この違いは何だろうか?答えはこうだ。

ドキュメントを書かないエンジニアは、エンジニアとしてもレベルが低い」

ただそれだけの話だ。

ドキュメントが書けないというのは、自分の作ったプログラム設計、あるいは使っているツール等の機能理解していないということである。つまり結果的に動くものが作れただけで、その実は見よう見まねでコードを書いたりツールを使ったりしてただけということである

ソースコードドキュメントである」というのは単なる怠慢に過ぎない。実際、有名なオープンソースソフトウェアには良質なドキュメントがあることが普通である。ついでに言えば、それらの開発者は、その辺のサラリーマンエンジニアよりも遥かに優秀である

ソースコードが完全なドキュメント足り得ないのは、

等、ソースコードに直接現れない情報いくらでもあるからだ。こんなことは、わざわざ書かなくても、一定常識があれば明らかだが。

2021-01-26

居心地が良い職場を「辞める」と言い辛い

俺の職場人間関係が良好だ。皆仲がいい。

上司は温厚で細かいことに気が利く人で、よく部下のフォローをしてくれる。そして上の立場であることを鼻に賭けない。こんなに温厚な人は他に見たことが無かった。

リーダー職人気質仕事に対してとても厳しいが、内部のみならず社外の人間本社人間が頼りに来る程有能で、この人がいなければ仕事が回らないとみんな口を揃えて言う。その上、未経験入社の俺に対して手取り足取り仕事を教えてくれた。そして誰よりも仕事を背負っていて、1番自分が大変なのにいつも周りに気をかけてくれて不満ひとつさない。前にリーダーが1番疲れてるのに入りたての俺の事をすごい気遣ってくれた事があった。俺はその時男の癖に思わず泣いてしまった。社会に出てからキツい言葉叱咤された事しか無かったからだ。

先輩も温和な人が多く、仕事を教えるのに嫌な顔をする人は一人もいなかった。皆良く教えてくれた。

ずっとこの職場に居たかったが、挑戦したい他業種の勉強が楽しくなってきたのと、今の職場昇給が見込めないのと、リーダーが今年定年退職と、3つの要素が重なって退職を決意した。俺が転職したい業種は若ければ若い程良いので、アラサーの俺は一日でも早く辞める意思を伝えなければならない。

しかし、今日こそ「辞める旨を伝えよう」としても、良くしてもらった記憶が溢れてしまって胸が詰まってしまう。上司リーダーや先輩に良くしてもらった事があまりにも多すぎて、彼らの顔を見ると吸い込む息がいつも途中で途切れてしまう。今日は帰りに上司と一緒の電車に乗った。「言わなきゃ、言わなきゃ」と思ったが、結局言えなかった。

こんな時だけ「職場が糞だったらよかったのに」と思ってしまう。俺は今まで辞める意思を伝えるのにそこまで苦労しなかった。しかし、職場に恵まれるとこんなに言いづらくなるとは夢にも思わなかった。

言おうとしたら涙が止まらなくなってしまった。上司に「何かありましたか?」とすごい心配された。

俺はとうとうメンタルが狂ったのか?

自分の体の制御が聞かないので、誰か俺の勇気を後押しして欲しい。辞める意思は決まってるのに、一歩踏み出せず真剣に悩んでる。

2021-01-04

職場の大ベテランが今年定年退職なんだがその前に仕事辞めようと思ってるんだが

特定防ぐために業種はぼかす。俺の職場にその道30年の大ベテランがいて、その人がいないと仕事が回らないのが今の職場の現状だ。他所会社から転職してきた人が口を揃えて「この仕事は●●さん(大ベテラン)じゃないと回しきれない」と言う。未経験から働き出してから1年経った時に俺もそう確信した。職場人間は俺含め全員、大ベテランおんぶだっこの状態なのだ。もちろん俺がやった方が早かったり効率が良かったりすることは積極的にやっている。

ベテラン親分肌なので面倒見はいいが、職人気質なため育成能力だけは秀でていない所がある。後継者として採用されてきた人たちは全員辞めていった。取引先も職場人間もその大ベテラン便りなので、この人が定年退職を迎えた時に職場内が地獄になるのは火を見るよりも明らかだ。

そして大ベテランは今年定年退職の予定だ。引継ぎもまだなく、する宛もなく、ガンガン仕事に打ち込んでいる。俺は大ベテランから仕事を教わり、職場の中では相当面倒を見てもらった方なので、正直何も応える事が出来ずに大ベテラン退職日和仕事を辞めようと考えるのは不義理だと思ってる。思ってはいるが、大ベテラン退職後のことを考えると最近食事が喉を通らない。顔色も悪く表情が暗いと周りから言われるようになった。ボーっとすることが多くなった。

俺は今、去年から自分がやってみたいと思っている未経験の門戸が広い業界転職したいと考えていて、そこの職業訓練に間に合うように退職しようと考えている。土日にはその業界勉強もしていて、その勉強が正直いうと少し楽しい。が、本当は今の職場地獄になる前に逃げたいだけなんじゃないか?とも思う。

今日退職する旨を伝えようと思ったが、仕事始めの今日の朝出勤した時に、老体の大ベテラン笑顔で「いつもお前ばっかりいろいろ頼んで悪いな、今年も頼むぞ」と笑って声をかけてきた。俺は仕事を辞めるとしたら一番お世話になった大ベテランに先に伝えてから、直属の上司に伝えるつもりでいたが、この人の笑顔を見るとどうしても転職を考えてると言い出せなくなってしまう。

ガッカリさせてしまうと思う。いろいろお世話になったにもかかわらず他業界転職するので辞めますとは、どうしても言い出せなかった。胸の途中で痞えて息が苦しくなった。上手く喋れる気がしない。

俺は三十路手前で、転職ラストチャンスなので、できる限り早めに退職を切り出し手続きを済ませ先に進みたいが、どうしてもその一歩が踏み出せないでいる。

2021-01-02

お母さん

お母さん

コロナ仕事ほとんど失って本当に生活が大変だと思います

でもその前からあなた生活破綻していた。

妥協したくない、と言ってやりたくない仕事はやらなかった。

その職人気質尊敬するけど、私が一体今までに何百万のお金を渡したでしょうか。

私が一人暮らししながら貯めたお金を、うつ病一歩手前まで追い詰められながら働いて得たお金を、どれだけ渡しまたか



家族から助けたいとは思う。

双極性障害を持つ私の妹との二人暮らしは本当に大変だと思う。

でも私のことは誰が助けてくれるんでしょうか。

私は私が老後まで生きていけるように計画を立てて仕事をし、資金繰りをしているのに、

私は一人で生きていく覚悟を決めたのに、

「やっていけないから家に戻ってきて欲しい」と言われた時は絶望しました。

人生が終わったと感じました。



薄給だけどそれなりの生活はできていて、国内なら年に何回か旅行をして

趣味に没頭しながら気ままな人生を歩んでいこうと、

そう思っていた私は贅沢なんでしょうか。



家族暮らしている時、私はすごく気を遣っていました。

私は「いい子」なので、そうでなくてはいけないから。

妹が傷つくようなことを言うから、お母さんは妹にすごく気を遣いながら接しているから、

私は波風立てないように真面目な「いい子」でいなくちゃいけないから。



31から実家に帰って、2日に近所に初詣に行こうと思っていたけど、

私が喉が痛いと言って中止になり、私は家に帰ることにした。

昨夜から調子が悪くて、でもアレルギー一時的な咳の可能性もあるから朝まで様子を見ていたんだけど、

妹は「もっと早く言ってよ」と言ったらしい。

私には言わない。

お母さんに言う。

お母さんは、駅まで送る帰り道で私にそれを言った。

ショックだった。

私が我慢して予定通り出掛けていれば、誰も嫌な思いをしなかった。

私のせいだと思った。

私が我慢しなきゃいけないんだと気付かされた。



私が家に戻れば金銭的にもお母さんと妹が助かる。

妹とギスギスしている母の緩衝材になる。

私が我慢して心と人生を殺せば、二人は、母は、助かるんだなと思った。



私が我慢すれば。

私は真面目だから家族を見捨てられない。

見捨てたら後悔すると思う。助けてあげられない自分絶望し、責め続けると思う。

けれど我慢してまた家族暮らしても、後悔すると思う。

心を殺しながら、家族に気を遣いながら、この先何十年も生きていくことに絶望しながら。

逃げたい。

どちらに転んでも後悔して心を殺すなら、辛い思いをするなら、いっそ死んで逃げたいと思う。

そしたら何も考えずに済むのにな。

でも私は真面目だから、お母さんを悲しませるようなことはしないんだ、自殺もできない。

ただ時間が経過するのを待って、病気だか寿命かで死ぬのを待つしかない。

年取って病気になったりボケたりしても、誰も私のことは助けてくれないんだけどね。



35歳、娘の独り言

2020-12-17

anond:20201216163157

ブレンパワードを見るといいんじゃないかな。あれを見ると富野女性観(母親観)が感じられるかもしれない。同時に家族論みたいなところもあるし、登場人物みんな機能不全家庭の出身から不快に感じるかもしれないけど、面白いと思うところも多い。登場人物富野家族名前がついてるとこも象徴的な作品かも。

本で言うなら∀の癒し、内容あんま覚えてないけど「ガンダム家族論」って直球なタイトル新書もあったかな。


個人的にうまく整理できてないけど、富野監督は非常に偏見が強い人なんだよ。それは女性に対してもそう。

職人気質経験則で物を判断するからか、これはこう、あれはああと思い込んだら中々抜け出せない。違う視点を手に入れるとすんなり受け入れることもあるが、そこまでは非常に頑固。

作品女性賛美と女性蔑視が同居してるのも偏見の強さからきたもので、矛盾したことではないんですよ。

女性男性(自分)にないパワーを持ってると認めているけど、それを馬鹿にしていると言うか、決めつけてかかってる部分がある。この間限定公開されていたインタビュー動画でも、アニメ映画海獣の子供」の感性を褒めていたんだけど、その理由女性が作っていて自分には作れない感性からと言ってしまったんだよね。

これの何が問題かと言うと、その作品監督男性からです。

2020-12-16

美容師ってまじで頭悪いよね

美容院で毎回毎回嫌な思いをしないといけないのはなんでなの?

やっと納得できる美容師さんに出会たから、モヤモヤを発散してみる。

美容院に求めることなんてそれなりの技術でそれなりに切ってほしいってだけ。勘違いしてる頭の悪い美容師多すぎない?

・毎回毎回髪の量が多いことを指摘してくる(毎日ドライヤーで乾かしてるし自分の髪の毛だし知らないわけないし、言われて嬉しいとでも思っているのか?)

シャンプーの湯加減が明らかに冷たすぎる

(普通気付くし言われる前になおせ)

・しつこくトリートメントや高いカラー材を勧めてくる

(その高いメニューにしたとして具体的に何の効果があるのか説明できないのに勧めてこないで)

雑誌を読んでいる時に話しかけてくる(雑誌読みたいから読んでるのがわからないのかな)

・この後の予定を聞く(スタイリングのためというなら、最初からそういう言い方をしたらいい。どこかお出かけされるならセットしてスタイリングつけましょうか?で済む話では?)

・前髪自分で切りましたか?ww(これ聞く意味ある?自分も大した技術なんてないくせに)

・こんなに伸ばしてどうするんですか?(2年以上通った美容師に言われた。毎日ちゃんケアして毎日アセットしてる人に向かってこの言い方。○ねばいいのにと思ったし、こんなにとかいうほど長くなかったので意味不明で殺意しかなかった)

正直まだあるけど思い出してるだけで嫌な気分になるからやめました。

服を買いに行ったり、ネイルをしに行った時、カフェ…それ以外の接客される店に行った時不快な思いをする確率と、美容院不快な思いをする確率、頭おかしいくらいに美容院の方が高い。

サービス業の筆頭と言ってもいいのに、どうして客を不快にさせないという簡単で当たり前のことができる美容師が少ないんだろう?

労働環境悪すぎて性格歪んだのかな?頭弱いやつ多すぎ。

同級生美容師になる人なんて正直お察しなひとばっかりであることはもうみんな気付いてるけど、それにしたって酷い。

デリカシー教養もなくて、かといって技術もない。頭悪いって言葉が似合いすぎる。

人を不快にしないってことは、美容師には難しすぎるんだね。

あんなに近い距離で他のサービス業比較すると長めの接する職業で客に気を使えないなんて、さすが美容師

ここ1年ほど行ってるところは職人気質みたいな男のオーナー1人で経営してるからか一度も不快な思いをしなかった。

多分色々とシビアから真剣にやるしかないんだと思う

気に入ってる点↓

・量が多いねと言わない

・無理に商品や高いメニューを勧めてこない

技術もそれなりにうまい

・仰々しいお見送りはしない

・やたらと話しかけてこない

マッサージなど専門外のいらないサービスをしない

ドリンクサービスは紙パックで衛生的

金額が変わる時は最初に伝えてくれる

雑誌タブレットで読めるので、雑誌選びで傷つけない

シャンプーの時に蒸しタオル首に置いてくれる(極楽です)

並べてみるとものすごいサービスがいいってわけじゃないけど、ただひたすら客が嫌がることをしないっていうのが徹底されているなと。失礼だけどなんでこの人美容師なんかやってるんだろうと思ってしまう。

どうして客を不快にしない美容師を探すのはこんなに大変なんだろう。

おいしい飲み物とか気持ちいいマッサージとか、美容院に求めてないのよ。

ただ不快な思いしたくないの!!

おしゃれな空間毎日いて何か勘違いしてるかもしれないけど、いい加減目を覚ましてほしい

美容師って頭悪いよね

美容院で毎回毎回嫌な思いをしないといけないのはなんでなの?

やっと納得できる美容師さんに出会たから、モヤモヤを発散してみる。

美容院に求めることなんてそれなりの技術でそれなりに切ってほしいってだけ。勘違いしてる頭の悪い美容師多すぎない?

・やたらと話しかけてきて、反応が薄くても空気を読むということをせずお構いなしに話しかけてくる(察するということができない。)

・毎回毎回髪の量が多いことを指摘してくる(毎日ドライヤーで乾かしてるし自分の髪の毛だし知らないわけないし、言われて嬉しいとでも思っているのか?)

シャンプーの湯加減が明らかに冷たすぎる

(普通気付くよね?)

・しつこくトリートメントや高いカラー材を勧めてくる

(その高いメニューにしたとして具体的に何の効果があるのか説明できないのに勧めてこないで)

雑誌を読んでいる時に話しかけてくる(雑誌読みたいから読んでるのがわからないのかな)

・この後の予定を聞く(スタイリングのためというなら、最初からそういう言い方をしたらいい。どこかお出かけされるならセットしてスタイリングつけましょうか?で済む話では?)

・『前髪自分で切りましたか?ww』(これ聞く意味ある?自分も大した技術なんてないくせに)

・『こんなに伸ばしてどうするんですか?』(毎日ちゃんケアして毎日アセットしてる人に向かってこの言い方。○ねばいいのにと思った)

・思い通りの色に染めてくれない(落ちたらいい感じになるんじゃなくて、今綺麗にしてほしいんです)

正直まだあるけど思い出してるだけで嫌な気分になるからやめました。

服を買いに行ったり、ネイルをしに行った時、カフェ…それ以外の接客される店に行った時不快な思いをする確率と、美容院不快な思いをする確率、頭おかしいくらいに美容院の方が高い。

サービス業の筆頭と言ってもいいのに、どうして客を不快にさせないという簡単で当たり前のことができる美容師が少ないんだろう?

労働環境悪すぎて性格歪んだのかな?

同級生美容師になる人なんて正直お察しなひとばっかりであることはもうみんな気付いてるけど、それにしたって酷い。

デリカシー教養もなくて、かといって技術もない。頭悪いって言葉が似合いすぎる。

人を不快にしないってことは、美容師には難しすぎるんだね。

あんなに近い距離で他のサービス業比較すると長めの接する職業で客に気を使えないなんて、さすが美容師

ここ1年ほど行ってるところは職人気質みたいな男のオーナー1人で経営してるからか一度も不快な思いをしなかった。

多分色々とシビアから真剣にやるしかないんだと思う

気に入ってる点↓

・量が多いねと言わない

・無理に商品や高いメニューを勧めてこない

技術もそれなりにうまい

・仰々しいお見送りはしない

・やたらと話しかけてこない

マッサージなど専門外のいらないサービスをしない

ドリンクサービスは紙パックで衛生的

金額が変わる時は最初に伝えてくれる

雑誌タブレットで読めるので、雑誌選びで傷つけない

シャンプーの時に蒸しタオル首に置いてくれる

並べてみるとものすごいサービスがいいってわけじゃないけど、ただひたすら客が嫌がることをしないっていうのが徹底されているなと。失礼だけどなんでこの人美容師なんかやってるんだろうと思ってしまう。

どうして客を不快にしない美容師を探すのはこんなに大変なんだろう。

おいしい飲み物とか気持ちいいマッサージとか、美容院に求めてないのよ。

ただ不快な思いしたくないの!!

おしゃれな空間毎日いて何か勘違いしてるかもしれないけど、いい加減目を覚ましてほしい。

2020-12-11

anond:20201210235352

これ男オタク腐女子で違いそう

AV系の描写は女にとって害悪なことが多いから、職人気質じゃない腐女子は脱落していく

2020-12-05

萌え絵アニメーションに向いてないという勘違い


巷で話題萌えアニメオタク害悪だと主張する記事を読んだ感想である


私は萌えアニメからいわゆる硬派と呼ばれるアニメまで広く嗜む、アニメ視聴歴20年くらいのしがないアラサー男だ。

ジャンプサンデーと言ったお馴染みの週刊誌で人気の原作アニメが、テレ東ゴールデンタイム毎日のように放送されていた頃に、箸で摘んだ夕食のコロッケテーブルの上に落としブラウン管にかじりつく少年期を過ごし、最近新刊が発売された『涼宮ハルヒの憂鬱』をきっかけにいわゆる深夜アニメ世界に足を踏み入れて、今日に至ると言った経歴(他に言葉が思いつかなかった)を持っている。

視聴作品数は、履歴書に書けば人間性理由採用確率が30%減になるくらいあっただろうか。と言っても熱中度でいえば大したモノではなく、どんなに気に入った作品でも円盤を買ったり、グッズ等を買う程度だった。興奮が抑えられず感想ブログに載せたり、二次創作に勤しんだりするくらいならニコニコ動画で他の作品の視聴課金をし始めるくらいには職人気質は持ち合わせておらず、人によってはカステラ茶色の表皮だけをすくって人工甘味料(無いかも)の鋭く刺すような舌触りだけで満足するような、奇怪な楽しみかたをダラダラ続けていただけに見えるかもしれない。

そんな人間がひさしぶりに取れた休日の暇潰しに書いた文章だ。

簡潔に何が言いたいのか知りたい方は、途中全く大したこと書いてないので、最後だけを読んでほしい。

以降は今の俺以上に暇だと宣言できる、大変人間強度に優れた人だけが読み進めて欲しい。


主に作品ごとのアニメーションが持つ性質役割の違いについて横道に外れながら綴っていきたいと思う。

過去に色々な作品を目にしてきている者ならばご理解いただけると思うが、「好きなアニメは? どういうところが好きなの?」と質問を受けたとき、瞬時に心動かされた場面(シーン)が頭の中を駆け巡り、「さてどれから話せばよいものか……」と、全身が幾分高揚している自分がいることに気づくだろう。

それらはキャラクタたちと共にストーリーを辿ることで得られた感覚につけられた名前のようなものだと私は考える。そしてそれらは言葉では表せないが、私たちに中で一種の『共通言語』的な役割を担い、機能しているのだ。


例えば以下のシーンを目を瞑って思い浮かべてもらいたい。


『氷属性もつ冷徹残忍な魔女が、手に持った杖を振るった。その瞬間空間四方から無数の鋭利な菱形をした氷の刃が出現し、彼女の透明感のある艶やかな唇で結ばれる「さようなら」の言葉を合図に一斉に襲いかかってきた』


数々の映像作品を見たことがある人なら、無の空間からパキパキと音を立てながら蒼白い形作られ、魔女の妖艶な笑顔が映った次の瞬間に鋭い氷の塊が視界の中心に集まってくる2、3カットくらいの映像が容易に頭の中に流れたことだろう。

これは性格によるのかもしれないが、私は基本的には物語の進行上は「それ」でOKと考えるのだ。

「それ」とは、視聴者の頭の中で出来上がった薄ぼんやりとした2、3カットのことであり、重要なのは「それ」を我々視聴者に想起させ、作品を補完させることだと考えている。

例えば先のシーンで「魔女がどんな容姿でどんな服装服をまとい、どんな体勢なのか」とか、「魔女と言うくらいなら箒に乗っているのか」とか、「どんな服を身に纏っていたのか」とか、「どれくらい勢いで杖を振ったのか、杖の先はどこを向いているのか」とか、「氷の軌道は直線的なのか最初に外側に弧を描くなどトリッキーな動きをしているのか、時間差のある多段階攻撃なのか」などの質問されたら、スラスラと答えられるだろうか。(……私だけができないのなら怖い。ショックのあまり寝込む)

おそらくだが「いやそんな細かいところまでは……」のレベルの話だと思っている。多分これができる人はきっと絵が上手いはずだ。私は私を含め絵がど下手くその人がこの世にいることを知っている。

ぶちゃけた話、そこの解像度が高くなくても我々には多分『伝わってる』のである

しろ、それでどれくらい負傷するのかとか、実力差はどれくらいなのか、どうやって勝つのか負けるのかなどの次の展開に興味が移っていないだろうか。さらに言えば、この魔女性格はどんな感じなのか? 冷徹なのだから口調は厳しいのかとか、魔女主人公のこと気に入ったりするのか、追々仲間になる展開なのか、と言った、キャラクタの心情の移り変わる様子すら、この段階で期待してそれを軸に妄想を膨らませる人もいるだろう。

さらにここに、


『氷の魔女と呼ばれる彼女は、実は地球に住む人間の種を手に入れようと狙ってやってきた宇宙人であった。侵略活動やすいよう周りの空気自分たちの住む星の大気温度まで下げるため、彼女腰掛けているステンレス製の巨大三角から温度を奪う冷気的な何かを放出していて、空気中の水蒸気が氷結してできた塊を利用し相手冷凍保存しようとしている』


と言ったストーリーの上欠かせない設定が加わった瞬間、魔女攻撃の一連の動きがどれくらい迫力があるのかよりも、物語の展開的な動きの方が気になってこないだろうか。アニメーション上の緻密な動作よりも、ギャグ調を出すためにSDキャラデザや画面効果といった要素の方が卓越してきそうなモノである


要はその作品がどんなジャンルでどんなテーマなのか、その中でアニメーションをどう位置付けているかで、表現千差万別の答えを持っていると考えている。立体的な動きとか力の伝わり方を見て取れるようなリアリティを重視するよりも、もっと感情移入して欲しいかキャラクタの魅力を全面に出す方針があるのであれば、背景のモブと呼ばれる方々まで生き生きと動いていればその画面の映え様に感動するけど、そこに力入れるなら止め絵でも良いかキャラ造形やカラーグラデーションに力が入ってて欲しいよねって意見も当然あると思う。

この時萌え絵かどうかはあんまり本質的問題ではなくて、視聴者各々の共通言語とどれほどマッチしていて違和感あるかないかの話に過ぎないと考える。

これより先は趣味指向トレンドしか言えない領域突入してしまう気がしてならない。そこは表現の自由が担保されている以上、善悪判断軸が及ばない空間である

もしそれに対して「過去多くの作品萌え絵が使われていて、時間をかけて大衆になじんでしまたことで不当にも市民権的なモノを得てしまたからだ!」などと主張してしまっては、もはや時代(トレンド)に対する憎悪しかなく、いつまでも見えない相手との戦いを余儀なくされることになるだろう。

キャラ造形に対する文句ほど不毛なことはない。


ひと昔前にギャルゲー原作としたアニメが多く生み出される時期があった。のちにラノベ原作アニメが多く輩出される時代が訪れることになるのだが、当時としてはニコニコ動画を始めとした他メディアで取り沙汰され、言わば萌えアニメの本流とも言える地位を築いていたと思う。

ではそのどれもが、彼がいうところの『強度』なるものを有してたかというと、……なんとも言えないところはあるかも知れない。

当然のことだが何千枚という数の原画に対して、その全て原作独特の繊細な塗りを再現するのは時間的にも経済的にも叶わず立ち絵差分とスチルと効果のみで表現されていた絵に対して、話の展開にマッチするようにかつゼロから動きを盛り込むのはやはり至難の技のようで、結果的作品の持つ強みを生かしきれないまま終わってしまったものが多くあった印象がある。

その原因は、アニメ萌え絵が向いていないというよりは、テキスト……特にキャラクタの心情面に比重が大きい作品は、初めからアニメーションを十二分に活かせるだけの舞台比較的狭いように思える。キャラクタ同士のウィットに富んだ掛け合いを楽しむだけなら、それこそゲームのように会話と場面移動、要所要所で叙情性の窺える背景描写カットの繰り返しで事足りてしまい、ともすれば動作は間を持たせるためのツールになってしま可能性すらあるのだ。身もふたもない話だが。

まりなんとも言えない感じになるのは萌え絵のせいではなく、作品のコンセプトにいかアニメーションを上手絡めることができるかによるのだ。そしてそれは当然、作品ジャンルアクション主体なのかコメディ主体なのかリアル恋愛主体となるのかでアニメーションの寄与度の上限が決まってくるので、表現手法の一つである「動き」単体で評価した時、ジャンルによる偏りがどうしても出てしまうモノなのだ。画面映えする動きがなくても『十二人の怒れる男』(実写映画だけど)のような名作は生まれる。

実際のギャルゲー原作作品には、画面映えを飽きさせないようなさまざまなアイデアが盛り込まれていたけど、いよいよ話の筋から外れてしまうから割愛したい。


画面を縦横無尽に駆け巡るアニメーションは、突き詰めればただの動きであり、結局は表現手法の一つでしかなく、ストーリーとの直接的な関係がなければ、ストーリーへの直接的に干渉することはできない別レイヤー存在にすぎないとも言える。

絵コンテ等の段階でスクリーン上の動きに込めた意図に気づける目の肥えた人にとっては、「動かし屋さん」の実力が垣間見れる瞬間であり、味の決め手のような作品価値を決定づける重要ポイントなのかも知れない。

だがストーリーの展開に目が向いてしまう人々にとっては「面白い動きだな、他作品ではあんまり見ないカットを入れてるな」くらいに止まっていて、やっぱりキャラ同士の会話やその時に垣間見れる感情自分リーチできるかどうかに関心が向いてしまものだ。

昨日NHKの某番組で紹介されていたが、殆ど人間は1秒間に4,5枚の絵しか見れないらしい。一枚絵のカットの切り替え表現の繰り返しは、程度にもよるのだろうが、予算工程など諸々の事情を鑑みた時、大変妥当表現だと個人的には思う。

昨今のは様々な形が出てきたとはいえ、まだまだ異世界生モノアニメブームが続いているように見える。

少ないリソースで最大効果を期待する戦略としては非常に合理的だと思っている。

ストーリー上の役割が小さい場面では「異世界生モノあるある」やその根底にある「子供の頃に慣れ親しんだRPGの思い出」という共通言語を利用して絞り、作品オリジナルの強みにピボットを置き部分的に「動き」のリソースを割くことで相対的な画面と展開のギャップを生み出し、差別化と人気を獲得するにあたり大変都合が良いのかなと思っている。

この潮流について個人的にどうと言うつもりはない。むしろ当然の流れだと思う。個人的には長らく続いてきた「高校生部活青春ドラマ」がようやく落ち着いてきて、代わりに台頭してきたくらいの感覚だ。時代とともに変遷する価値観や需要を端的に示していると思ってる。


ところで『リトルウィッチアカデミア』というアニメ作品をご存知だろうか。

2017年に株式会社トリガーから出されたオリジナル作品で、ヒロイン少女アッコが憧れの魔女シャイニィシャリオにのようになろうと魔法学校入学し、仲間達と共に成長を遂げていくというお話である。当時OP映像を見てその作り込まれ世界観引き込まれ、全話リアルタイムで追っていた。

ご存知の通りトリガーといえば他にも『キルラキル』や『SSSS.GRIDMAN』を始めとする数々の名作アニメを世に生み出した有名なアニメ製作会社だ。

社名に違わず弾丸が飛び交うような激しいアクションシーンが特徴的で、およそ10年にわたり多くのアニメファンを魅了し続けてきた。

何の因果か、つい先日株式会社トリガーが手がけるのアニメオリジナル放送前となる『リトルウィッチアカデミア』の短編映画原画制作する新人アニメーターたちの様子を追ったドキュメンタリー動画を、失礼ながらもしゃちく☆まっしぐらしていたリアタイ当時の自分の状況と重ねながら観ていた。

今回この拙文を書こうと思ったのも、その動画を触れたあとの余韻がそうさせたのだと思う。

動画の内容が気になった方は各人で確認してもらいたい。

端的に言うと、彼らが手がける他作品と一線を画す豪快な「動き」に込められた感動を生み出すもののの正体はアニメーターたちの寿命のものだ。

そこまで心血注がなくたって、既に共通言語を獲得している我々にはその半分以下の動きであったとしてもおそらく『伝わっている』のである。だが彼らはそんな事眼中にはなさそうだ。彼ら自身が観たいものを描いているだけなのだろう。シャイニィシャリオクルクルと回りながら杖を振り動物たちの花火魔法を出すまでのたった数秒の「動き」に、何週間も終わりの見えない苦悩を重ね続けるなんて、それこそ描くこと動かすことが大大大好きでもなければやれるはずがない。私のような観ているだけの人間には理解できない世界がそこにはあった。

間違いなく時代トレンド関係なく後世に伝わってほしい作品の一つだし、アニメ好きの私は一つでも多くそう言った作品が世に出てくることを願ってやまないものの一人ではある。

だがそれがアニメの全てだとかあるべき姿だとかそういう指向性に囚われるような話でもないと思う。

だが、予算制作期間と人員の消耗等のあらゆるのリスクを考えるのであれば、それらアニメーターの生命と血が滴る作品を世に出すことは、何十人何百人の人生をかけた大勝負であり、そんなものを定期的に見せておくれよなんて烏滸がましいことを言えるほど私は偉い人間ではない。

製作陣の戦いの姿の一端を見ただけで、シャリオが振う杖の軌跡一つとっても、数年に一度しか拝めない奇跡の奇蹟と言われても納得できるし、胸の内から熱く込み上げてくるものを心地よく感じることができる。


コロナの影響ですっかり荒廃しきった今の時代、人との関わりがすっかり乏しくなってしまった(俺だけかもしれないけど)独身を生きる俺に、自然と「頑張って作ってくれてありがとう」の気持ちと、明日を頑張れる活力を授けてくれた魔法だった。

もっと色々な魔法を、『傑作』を見てみたい! その想いの強さが故にアニメ業界の現状に、文句の声の一つくらい出してみたい気持ちもわかる。

けれど、

あの世界は、我々視聴者同士が視聴者層の絵の嗜好がどうとかで文句を言い合っているレベルで語れるのものではないのだと私は思う。

私が円盤や関連グッズを購入すると言った金銭的な応援以外にできることは、アニメーターの方々が1秒でも長くアニメを大大大好きでいていただきたいと願うだけである


気づきの通り最後の2文が言いたかっただけだ。

最後まで読んでいただいた方は、こんな拙文にお時間取らせてしま申し訳ない。

良いアニメライフを。

萌え絵アニメーションに向いてないという勘違い

巷で話題萌えアニメオタク害悪だと主張する記事を読んだ感想である

私は萌えアニメからいわゆる硬派と呼ばれるアニメまで広く嗜む、アニメ視聴歴20年くらいのしがないアラサー男だ。

ジャンプサンデーと言ったお馴染みの週刊誌で人気の原作アニメが、テレ東ゴールデンタイム毎日のように放送されていた頃に、箸で摘んだ夕食のコロッケテーブルの上に落としブラウン管にかじりつく少年期を過ごし、最近新刊が発売された『涼宮ハルヒの憂鬱』をきっかけにいわゆる深夜アニメ世界に足を踏み入れて、今日に至ると言った経歴(他に言葉が思いつかなかった)を持っている。

視聴作品数は、履歴書に書けば人間性理由採用確率が30%減になるくらいあっただろうか。と言っても熱中度でいえば大したモノではなく、どんなに気に入った作品でも円盤を買ったり、グッズ等を買う程度だった。興奮が抑えられず感想ブログに載せたり、二次創作に勤しんだりするくらいならニコニコ動画で他の作品の視聴課金をし始めるくらいには職人気質は持ち合わせておらず、人によってはカステラ茶色の表皮だけをすくって人工甘味料(無いかも)の鋭く刺すような舌触りだけで満足するような、奇怪な楽しみかたをダラダラ続けていただけに見えるかもしれない。

そんな人間がひさしぶりに取れた休日の暇潰しに書いた文章だ。

簡潔に何が言いたいのか知りたい方は、途中全く大したこと書いてないので、最後だけを読んでほしい。

以降は今の俺以上に暇だと宣言できる、大変人間強度に優れた人だけが読み進めて欲しい。

主に作品ごとのアニメーションが持つ性質役割の違いについて横道に外れながら綴っていきたいと思う。

過去に色々な作品を目にしてきている者ならばご理解いただけると思うが、「好きなアニメは? どういうところが好きなの?」と質問を受けたとき、瞬時に心動かされた場面(シーン)が頭の中を駆け巡り、「さてどれから話せばよいものか……」と、全身が幾分高揚している自分がいることに気づくだろう。

それらはキャラクタたちと共にストーリーを辿ることで得られた感覚につけられた名前のようなものだと私は考える。そしてそれらは言葉では表せないが、私たちに中で一種の『共通言語』的な役割を担い、機能しているのだ。

アニメーション、画面上の動きの一つに、こうした共通言語や構図の時間的変化から読み取れる言語で感じて欲しい叙情性に補完を入れたいのか。

例えば以下のシーンを目を瞑って思い浮かべてもらいたい。

『氷属性もつ冷徹残忍な魔女が、手に持った杖を振るった。その瞬間空間四方から無数の鋭利な菱形をした氷の刃が出現し、彼女の透明感のある艶やかな唇で結ばれる「さようなら」の言葉を合図に一斉に襲いかかってきた』

数々の映像作品を見たことがある人なら、無の空間からパキパキと音を立てながら蒼白い形作られ、魔女の妖艶な笑顔が映った次の瞬間に鋭い氷の塊が視界の中心に集まってくる2、3カットくらいの映像が容易に頭の中に流れたことだろう。

これは性格によるのかもしれないが、私は基本的には物語の進行上は「それ」でOKと考えるのだ。

「それ」とは、視聴者の頭の中で出来上がった薄ぼんやりとした2、3カットのことであり、重要なのは「それ」を我々視聴者に想起させ、作品を補完させることだと考えている。

例えば先のシーンで「魔女がどんな容姿でどんな服装服をまとい、どんな体勢なのか」とか、「魔女と言うくらいなら箒に乗っているのか」とか、「どんな服を身に纏っていたのか」とか、「どれくらい勢いで杖を振ったのか、杖の先はどこを向いているのか」とか、「氷の軌道は直線的なのか最初に外側に弧を描くなどトリッキーな動きをしているのか、時間差のある多段階攻撃なのか」などの質問されたら、スラスラと答えられるだろうか。(……私だけができないのなら怖い。ショックのあまり寝込む)

おそらくだが「いやそんな細かいところまでは……」のレベルの話だと思っている。多分これができる人はきっと絵が上手いはずだ。私は私を含め絵がど下手くその人がこの世にいることを知っている。

ぶちゃけた話、そこの解像度が高くなくても我々には多分『伝わってる』のである

しろ、それでどれくらい負傷するのかとか、実力差はどれくらいなのか、どうやって勝つのか負けるのかなどの次の展開に興味が移っていないだろうか。さらに言えば、この魔女性格はどんな感じなのか? 冷徹なのだから口調は厳しいのかとか、魔女主人公のこと気に入ったりするのか、追々仲間になる展開なのか、と言った、キャラクタの心情の移り変わる様子すら、この段階で期待してそれを軸に妄想を膨らませる人もいるだろう。

さらにここに、

『氷の魔女と呼ばれる彼女は、実は地球に住む人間の種を手に入れようと狙ってやってきた宇宙人であった。侵略活動やすいよう周りの空気自分たちの住む星の大気温度まで下げるため、彼女腰掛けているステンレス製の巨大三角から温度を奪う冷気的な何かを放出していて、空気中の水蒸気が氷結してできた塊を利用し相手冷凍保存しようとしている』

と言ったストーリーの上欠かせない設定が加わった瞬間、魔女攻撃の一連の動きがどれくらい迫力があるのかよりも、物語の展開的な動きの方が気になってこないだろうか。アニメーション上の緻密な動作よりも、ギャグ調を出すためにSDキャラデザや画面効果といった要素の方が卓越してきそうなモノである

要はその作品がどんなジャンルでどんなテーマなのか、その中でアニメーションをどう位置付けているかで、表現千差万別の答えを持っていると考えている。立体的な動きとか力の伝わり方を見て取れるようなリアリティを重視するよりも、もっと感情移入して欲しいかキャラクタの魅力を全面に出す方針があるのであれば、背景のモブと呼ばれる方々まで生き生きと動いていればその画面の映え様に感動するけど、そこに力入れるなら止め絵でも良いかキャラ造形やカラーグラデーションに力が入ってて欲しいよねって意見も当然あると思う。

この時萌え絵かどうかはあんまり本質的問題ではなくて、視聴者各々の共通言語とどれほどマッチしていて違和感あるかないかの話に過ぎないと考える。

これより先は趣味指向トレンドしか言えない領域突入してしまう気がしてならない。そこは表現の自由が担保されている以上、善悪判断軸が及ばない空間である

もしそれに対して「過去多くの作品萌え絵が使われていて、時間をかけて大衆になじんでしまたことで不当にも市民権的なモノを得てしまたからだ!」などと主張してしまっては、もはや時代(トレンド)に対する憎悪しかなく、いつまでも見えない相手との戦いを余儀なくされることになるだろう。

キャラ造形に対する文句ほど不毛なことはない。

ひと昔前にギャルゲー原作としたアニメが多く生み出される時期があった。のちにラノベ原作アニメが多く輩出される時代が訪れることになるのだが、当時としてはニコニコ動画を始めとした他メディアで取り沙汰され、言わば萌えアニメの本流とも言える地位を築いていたと思う。

ではそのどれもが、彼がいうところの『強度』なるものを有してたかというと、……なんとも言えないところはあるかも知れない。

当然のことだが何千枚という数の原画に対して、その全て原作独特の繊細な塗りを再現するのは時間的にも経済的にも叶わず立ち絵差分とスチルと効果のみで表現されていた絵に対して、話の展開にマッチするようにかつゼロから動きを盛り込むのはやはり至難の技のようで、結果的作品の持つ強みを生かしきれないまま終わってしまったものが多くあった印象がある。

その原因は、アニメ萌え絵が向いていないというよりは、テキスト……特にキャラクタの心情面に比重が大きい作品は、初めからアニメーションを十二分に活かせるだけの舞台比較的狭いように思える。キャラクタ同士のウィットに富んだ掛け合いを楽しむだけなら、それこそゲームのように会話と場面移動、要所要所で叙情性の窺える背景描写カットの繰り返しで事足りてしまい、ともすれば動作は間を持たせるためのツールになってしま可能性すらあるのだ。身もふたもない話だが。

まりなんとも言えない感じになるのは萌え絵のせいではなく、作品のコンセプトにいかアニメーションを上手絡めることができるかによるのだ。そしてそれは当然、作品ジャンルアクション主体なのかコメディ主体なのかリアル恋愛主体となるのかでアニメーションの寄与度の上限が決まってくるので、表現手法の一つである「動き」単体で評価した時、ジャンルによる偏りがどうしても出てしまうモノなのだ。画面映えする動きがなくても『十二人の怒れる男』(実写映画だけど)のような名作は生まれる。

実際のギャルゲー原作作品には、画面映えを飽きさせないようなさまざまなアイデアが盛り込まれていたけど、いよいよ話の筋から外れてしまうから割愛したい。

画面を縦横無尽に駆け巡るアニメーションは、突き詰めればただの動きであり、結局は表現手法の一つでしかなく、ストーリーとの直接的な関係がなければ、ストーリーへの直接的に干渉することはできない別レイヤー存在にすぎないとも言える。

絵コンテ等の段階でスクリーン上の動きに込めた意図に気づける目の肥えた人にとっては、「動かし屋さん」の実力が垣間見れる瞬間であり、味の決め手のような作品価値を決定づける重要ポイントなのかも知れない。

だがストーリーの展開に目が向いてしまう人々にとっては「面白い動きだな、他作品ではあんまり見ないカットを入れてるな」くらいに止まっていて、やっぱりキャラ同士の会話やその時に垣間見れる感情自分リーチできるかどうかに関心が向いてしまものだ。

昨日NHKの某番組で紹介されていたが、殆ど人間は1秒間に4,5枚の絵しか見れないらしい。一枚絵のカットの切り替え表現の繰り返しは、程度にもよるのだろうが、予算工程など諸々の事情を鑑みた時、大変妥当表現だと個人的には思う。

昨今のは様々な形が出てきたとはいえ、まだまだ異世界生モノアニメブームが続いているように見える。

少ないリソースで最大効果を期待する戦略としては非常に合理的だと思っている。

ストーリー上の役割が小さい場面では「異世界生モノあるある」やその根底にある「子供の頃に慣れ親しんだRPGの思い出」という共通言語を利用して絞り、作品オリジナルの強みにピボットを置き部分的に「動き」のリソースを割くことで相対的な画面と展開のギャップを生み出し、差別化と人気を獲得するにあたり大変都合が良いのかなと思っている。

この潮流について個人的にどうと言うつもりはない。むしろ当然の流れだと思う。個人的には長らく続いてきた「高校生部活青春ドラマ」がようやく落ち着いてきて、代わりに台頭してきたくらいの感覚だ。時代とともに変遷する価値観や需要を端的に示していると思ってる。

ところで『リトルウィッチアカデミア』というアニメ作品をご存知だろうか。

2017年に株式会社トリガーから出されたオリジナル作品で、ヒロイン少女アッコが憧れの魔女シャイニィシャリオにのようになろうと魔法学校入学し、仲間達と共に成長を遂げていくというお話である。当時OP映像を見てその作り込まれ世界観引き込まれ、全話リアルタイムで追っていた。

ご存知の通りトリガーといえば他にも『キルラキル』や『SSSS.GRIDMAN』を始めとする数々の名作アニメを世に生み出した有名なアニメ製作会社だ。

社名に違わず弾丸が飛び交うような激しいアクションシーンが特徴的で、およそ10年にわたり多くのアニメファンを魅了し続けてきた。

何の因果か、つい先日株式会社トリガーが手がけるのアニメオリジナル放送前となる『リトルウィッチアカデミア』の短編映画原画制作する新人アニメーターたちの様子を追ったドキュメンタリー動画を、失礼ながらもしゃちく☆まっしぐらしていたリアタイ当時の自分の状況と重ねながら観ていた。

今回この拙文を書こうと思ったのも、その動画を触れたあとの余韻がそうさせたのだと思う。

動画の内容が気になった方は各人で確認してもらいたい。

端的に言うと、彼らが手がける他作品と一線を画す豪快な「動き」に込められた感動を生み出すもののの正体はアニメーターたちの寿命のものだ。

そこまで心血注がなくたって、既に共通言語を獲得している我々にはその半分以下の動きであったとしてもおそらく『伝わっている』のである。だが彼らはそんな事眼中にはなさそうだ。彼ら自身が観たいものを描いているだけなのだろう。シャイニィシャリオクルクルと回りながら杖を振り動物たちの花火魔法を出すまでのたった数秒の「動き」に、何週間も終わりの見えない苦悩を重ね続けるなんて、それこそ描くこと動かすことが大大大好きでもなければやれるはずがない。私のような観ているだけの人間には理解できない世界がそこにはあった。

間違いなく時代トレンド関係なく後世に伝わってほしい作品の一つだし、アニメ好きの私は一つでも多くそう言った作品が世に出てくることを願ってやまないものの一人ではある。

だがそれがアニメの全てだとかあるべき姿だとかそういう指向性に囚われるような話でもないと思う。

だが、予算制作期間と人員の消耗等のあらゆるのリスクを考えるのであれば、それらアニメーターの生命と血が滴る作品を世に出すことは、何十人何百人の人生をかけた大勝負であり、そんなものを定期的に見せておくれよなんて烏滸がましいことを言えるほど私は偉い人間ではない。

製作陣の戦いの姿の一端を見ただけで、シャリオが振う杖の軌跡一つとっても、数年に一度しか拝めない奇跡の奇蹟と言われても納得できるし、胸の内から熱く込み上げてくるものを心地よく感じることができる。

コロナの影響ですっかり荒廃しきった今の時代、人との関わりがすっかり乏しくなってしまった(俺だけかもしれないけど)独身を生きる俺に、自然と「頑張って作ってくれてありがとう」の気持ちと、明日を頑張れる活力を授けてくれた魔法だった。

もっと色々な魔法を、『傑作』を見てみたい! その想いの強さが故にアニメ業界の現状に、文句の声の一つくらい出してみたい気持ちもわかる。

けれど、

あの世界は、我々視聴者同士が視聴者層の絵の嗜好がどうとかで文句を言い合っているレベルで語れるのものではないのだと私は思う。

私が円盤や関連グッズを購入すると言った金銭的な応援以外にできることは、アニメーターの方々が1秒でも長くアニメを大大大好きでいていただきたいと願うだけである

気づきの通り最後の2文が言いたかっただけだ。

最後まで読んでいただいた方は、こんな拙文にお時間取らせてしま申し訳ない。

良いアニメライフを。

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