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2018-01-07

ゼロ年代テン年代、大量キャラ聯合艦隊運用説について

特に増田に書く必要はなかったのだが、なんとなく投稿

たぶんガイシュツな話題だとは思うが自己満足備忘録として。


聯合艦隊運用

昨今のアニメゲームでは一作品につき膨大な数の美少女(あるいは美男子)が登場し、妹が12人程度で騒いでいた例はもはや過去の事例と化している。

我々オタクは多人数をどのように把握、認知しているのか。そこで推測されるのがラベリング、レッテリング、分類により段階的に整理されているという話である。分類というとリンネ生物分類が思い浮かぶが、実際は遺伝子や生態よりむしろ運用都合による分類が主となるため、「聯合艦隊」の字を用いる。大艦隊艦隊戦隊、というようなツリー意味だと思って頂ければよい。そのため、あずまんとかがなんか昔言ってたデータベースなんちゃらとも意味合いが異なる。聯合艦隊なんて言葉使わず普通にグループ制とか言えよという指摘は正当であるが、語感がなんかちょうどいいので採用した。


聯合艦隊運用説の概要

あなたヒロインが総勢60名前後いるアニメ製作しようとしている。しかシリーズ中にこの人数はさらに増加する可能性はしばらく高い。この作品において破綻なく全ヒロインをうまく描写する方法を考えなくてはならない。

このとき

60人前後大洗にいる人達>三凸に乗ってるカバさんチームこと歴女チーム>カエサル

というように分類分けされていれば、60回の描写ではなくチーム数、高校数の回数分の描写で60人を描くことがなんとか可能である

このように大人アニメガールズアンドパンツァーは多人数のヒロインをうまく管理できている、という説である

そしてこれはさらなる大人コンテンツにも適応可能であり、それこそ数百人のデレステ(各ユニット)、数百隻の艦これやアズレン(国籍、級型、艦隊戦隊)にも通ずる。プリパラなどの女児アニメにも通ずる部分があるかと思われる。


聯合艦隊運用のはじまり

不明であるが、始祖かどうかはさておき、ゼロ年代以降で広めた大型貢献者という意味では、東方projectがそうではないかと思われる。例え他に始祖がいたとしても、現代に影響が大きい作品、という意味では東方を真っ先に挙げてよいのではないかという意味だ。

東方は新作リリースごとにヒロイン数が増加の一途を辿っているが、「紅魔組」「旧作組」「永夜組」というような中分類、さらにその下に妖精組だとか八雲一家というような分類が存在することにより混乱しにくく、また二次創作等でもその分類内でのやりとりが扱いやすいかと思われる。意図してそうしているわけではなくとも、それが聯合艦隊運用に該当すると思われる。

それを言うなら学校部活モノの方が発端ではないのか?という反論は有力かもしれない。一応、ある高校>あるテニス部>「八雲一家」みたいな複数段階分類はあまりいたことがないという再反論を用意したが、別に分類数は一段階でも二段階でもそれ以外でもいいしあとダブルスとか学年とかあったの今思い出したので、再反論東方大影響説はここで敗れるかもしれない(急に弱気)。


聯合艦隊運用していないゼロ年代テン年代作品

たくさんある。聯合艦隊運用必須ではない。ただし人数が多ければ多いほど、艦隊編成の効果は大きくなると思われる。

例えば稼働当初、キャラ個人のアク強い個性で勇躍したデレステであるが、早い時期から艦隊編成の伏線を展開し(TPなど)、後発展開やアニデレなどで効果的に活用されることとなる(アニデレについては予想外編成や不意打ち編成の効果も含む)。また例えば、爆乳ばかりクローズアップされた及川雫がセクギル編成によりやや違うニュアンス獲得に成功するなど、キャラの扱いがいくばくか柔軟重層になる効果散見される。そもそもあんきらという戦隊が極初期から編成されていたこともある。

逆に少人数内で編成しても構わないしそれはそれで効果的と思われる(ストライクウィッチーズなど)。


聯合艦隊とは今まであったカップリングの言い換えではないか

二人や修羅場トリオとは限らないため、また恋愛関係とも限らないため異なる。もちろん艦隊内で恋愛修羅場があっても構わない。


聯合艦隊の有無、効率について、人数的な目安や制限はあるのか

特にないが、一つの目安として、12〜13人が艦隊編成なしで扱える(扱いやすい)上限なのではないかとトピ主としては睨んでいる。これは冒頭に上げたシスプリ12であると同時に、アイマス765ASの13人であり、アニメ1クールで1人に1話という計算が成り立つ(ちょっとはみでてるけど)上限値である。数百人いるデレマスからアニデレに登場したのが何人か、1人あたり何話当てられていたか、という話題を、艦隊編成もふまえて考えてみれば興味深くなると思われる。


⑦なーにが聯合艦隊運用説じゃ、お主が勝手なことを言っているだけであろう

増田なんだからそういうものである。ただし、別に客観的反論というわけではないのだが、アイマスのなかではやや後発であるsideMが「最初から艦隊編成重視になっている点は興味深い。と書きたかったのだが、単にJupiterにあわせただけではないか、あるいは女性向け作品として何か特別事情作戦があったのではないかとも邪推でき、特に後者に明るくないトピ主としてはこれ以上の探求はできない。


⑧これって三次アイドルと同じ?AKBとか坂とかLDHとか

トピ主は三次アイドルに詳しくないため十分な回答はできないが、なんだかAKBには複数グループ大人数の上で、AとかKとかBとかアンダーとか色々あるそうなので、なにがしか近いものがあるのかもしれない。


⑨これってアメコミのチームアップと同じ?

トピ主はアメコミに詳しくないため十分な回答はできない。普通は先にヒーロー個々人が十分活躍し、知名度も人気も出た後でチームアップするものではないかと思ったのだが、重厚長大アメコミ歴史ではチームアップしてから人気や知名度が出たケース(※実写映画スパイダーマンとかブラックパンサーとかが先行登場した件ではないことには注意。サイドキックソロデビューしたり襲名したりする件とも少しニュアンスが違う)もあるのだろうか。いや別に犬溶接マンソロデビューしたらしいという噂に怯えている訳ではないのだが。


艦隊編成は固定か、流動か、そもそも誰が決めているのか

編成を決めるのは制作サイドでもいいし、消費者サイドでもいい。それはさておき、編成が流動的、複数的かどうかは作品によるが、そうすることが効果的なのかどうかトピ主は懐疑的である。編成流動によって新しいドラマが生まれることはアニデレが好例となったが、あまり臨時編成や使い捨て任務部隊みたいなのが連続すると、編成の効果が薄れる気がする。

いささか脱線となるが、人数が多いながら編成が超流動的なミリシタには若干の心配がある。例えば急に「徳川マシュマロの人」と言われても、それなりに追っていなければ、この人が39人中誰と何を話しているのか思い浮かびにくかろう。これがsideMの「追いはぎにあった人」だと、「あ、そういえばその人、喫茶店的なユニットにいて…そこには厨二の人とか男の娘とか」と、とりあえず初期状態での話し相手は46人中4人、話す場所の状況(喫茶店)ぐらいは思いつく。これが聯合艦隊運用説の骨子であり、この有無の差は、覚えやすさや印象残りやすさに対してそれなりの影響があるのではないか

2017-08-31

艦これ聯合艦隊ワンパターンになった

最近イベント攻略編成は水上と機動で4種類くらいを使いまわしてるだけ。特に第二艦隊面子なんて、ほぼ固定。

今回は史実関係いかルート固定も簡単だったし、ギミック適当にやったらできたので情報すらいらなかった。

残ったのはツラい掘りとツラい資源消費。

もうなにが面白いのか分からないのにやってる。

2014-12-08

二〇一四年清水エスパルスシーズン終了の辞

9ヶ月にわたった戦いも、はや過去のこととなり、わが清水エスパルスは、今やその任務を果して、ここに今シーズンを終了することとなった。

しかシーズンは終了しても、そのために我らサポーターの務めや責任が、軽減するということは、決してない。

この残留で収めた成果を、永遠に生かし、さらにチームを強豪にするには、シーズン序盤、終盤の別なく、まずもってチームの主力層に対し、

重要な役目を持つ若手・ユース層が、常に万全の戦力を保持し、ひとたび事あるときは、ただちに、その危急に対応できる構えが必要である

ところで、その戦力であるが、戦力なるものはただ年俸や名声の物や数によってだけ、定まるのではなく、

これを成長させる能力すなわちサポーターの実力にも実在する。

百発百中の砲は、一門よく百発一中、いうなればスタジアムに毎節行くサポーターは年間に1度しか応援に来ないサポーター34人と対抗することが

できるのであって、この理に気づくなら、われわれサポーターは無形の実力の充実、即ちリピーターに主点を置かなければならない。

先般わがエスパルスが残留を得たのは、もちろん大榎監督の奮励によるとはいえ、一面また危機的状況下のサポーターの応援によるものであって、

それがあのような事例をもって、将来を推測するならば、たとえ戦いは終ったとはいえ、安閑としてはおれないような気がする。

考えるにクラブの一生は戦いの連続であって、その責務は優勝争いであれ、残留争いであれ、

その時々によって軽くなったり、重くなったりするものではない。スタジアム試合があれば、声を枯らして戦力を発揮するし、

試合が無いときは、チームの状況を見つめ、ひたすらその本分を尽くすことにある。

過去数ヶ月かの間、風雨と戦い、寒暑を冒し、しばしば強敵とまみえて生死の間に出入りしたことは、もちろんたいへんなことではあったが、

考えてみると、これもまた、長期の一大演習であって、これに参加し、多くの知識を啓発することができたのは、サポーターとして、

この上もない幸せであったというべく、なんで残留で苦労したなどど、いえたものであろう。

もし選手太平安心して、目前の安楽を追うならば、補強の外見がいかにりっぱであっても、それはあたかも、砂上の楼閣のようなものしかなく、

ひとたび引き抜きにあえば、たちまち崩壊してしまうであろう。まことに心すべきことである

むかしJリーグ創立当初無敵の強さを誇っていたヴェルディ川崎が、数年間は日本代表するチームであったけれども、一たびオーナーが手を引くと、

たちまちこれを失い、また近世に至っては、ジュビロ磐田太平になれ、世代交代おこたると、数人の主力の扱いにもフロントが苦しみ、

また過去様々な下位チームは資金力のあるチームから主力をねらわれても、これに立ち向うことができなかった。

目を転じて西洋史を見ると、スペインサッカー初期から存在するレアルマドリードは、毎年一人はビッグネームを獲得することで強豪チームをゆるぎない

案泰なものとしたばかりでなく、それ以後、下部組織の後進が相次いで、よくそ能力を維持し、世運の進歩におくれなかったから、今日に至るまで永く

伝統を守り、名門を伸張することができた。

考えるに、このような古今東西のいましめは、チームのあり方にもよるけれども、そもそもはサポーターが平安な時にあっても、戦いを忘れないで、

チームを愛しているか、どうかにかかり、それが自然にこのような結果を生んだのである

われ等残留後のサポーターは、深くこれ等の実例を省察し、これまでの応援の上に、残留の体験を加え、さらに将来の進歩を図って、

時勢の強豪チームにおくれないように努めなければならない。そして常にスタジアムに足を運び、ひたすら奮励し、万全の実力を充実して、

時節の到来を待つならば、おそらく、永遠に王国の大任全うすることができるであろう。

神は平素ひたすら鍛錬につとめ、戦う前に既に戦勝を約束された者に、勝利の栄冠を授けると共に、一勝に満足し、太平に安閑としている者からは、

ただちにその栄冠を取上げてしまうであろう。

昔のことわざにも「勝って兜の緒を締めよとある

出典・引用元聯合艦隊解散之辞」より

 
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