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2018-12-21

日付と駅番号ゲートウェイが持ち回り制になったとしたら

2月目白駅(JY14)はバレンタインゲートウェイになるんだろう

2017-06-05

http://anond.hatelabo.jp/20170605085225

駅の通路ではなんか割り込みみたいな奴が普通にウジャウジャいると思う

すごいラッシュでそこ割り込んでもしょうがないだろみたいなとこでも1人分割り込んでくる

詰まったところを追い抜いていくのとは違う

目白駅に限った話でも大学生に限った話でもない

目白駅ホームエスカレーターで割り込む日本女子大学生がひどい

エスカレーター前に長蛇の列ができており、

彼女達はエスカレーターの進行方向とは逆から降りて合流をしてくる。

それを律儀に1番後ろまで並べというつもりはない。

しかし、車の合流と同じく1人ずつ入るべきではないのか?

彼女達は後ろに並ぶ長蛇の列をせき止め、

こちらの列が1人進む間に5、6人をねじ込んでくる。

この事象は毎朝8時30分頃には発生している。

日本教育を受けているとは思えないそれを見たければ、

目白駅にお越しください。

2016-09-08

今、目白駅から降りながらVAIOノートパソコン持って配信していた女は誰?

半開きで肉肉しくて歩くスピードパワー系の、

アメリカンな服きた知障ぽいひと

たぶんいますネット配信してる?

おしえて!

2013-08-16

東京生まれ東京育ちだが、東京ってひとくくりにするな。

〜 http://janesuisjapanese.blogspot.jp/2013/08/vol14.html を読んで感じたこと。

父方は曾祖父の代から、母方は祖父の代から東京に住んでる。

父は木挽町で生まれ泰明小学校銀座中、塾高から慶應大学に行った。

いまでは父方の祖父母は広尾引っ越ししまっている。

だが、父は木挽町が好きなようで本籍はいまでも木挽町だし、僕も生まれた時から初詣家族揃って鉄砲洲に行っている。

また、父と仲の良い小学校同級生はいまでも銀座で店を構えてる連中が多く、父は今でもスーツ銀座同級生に仕立ててもらっているようだし散髪も同じくである

一方、母は下落合で、小学校から大学まで白百合だ。

目白駅から祖父の家まで行く目白通りは、いまでも好きな道の1つである

から地元での話はあまり聞いたことがなく、言うのは学校の近所の話だったり、就職してから出来た友人の話の方がよく聞く。

僕はと言えば生まれたのは小石川で、その後、馬喰町恵比寿一番町南青山東麻布と都内を転々としている。

転々としているのは父の気まぐれだと思う。同じ町に住んだのは一番長くて7年程度だった。

それにずっと集合住宅だったから、地元という感覚の町が無い。

また小学校から大学まで私立なので同級生も皆、住んでいる所がバラバラだった。

家が近所の奴もいたが、多くは電車で数十分で、遠い奴は葉山とか佐倉三島などもいた。

勿論、三島の奴は新幹線通学だ。

から、”地元の友人”というものもない。

住んでる所が一緒、ではなく学校習い事、塾が一緒という点でのつながりしかない。

しかに、今でも出身校の近くを通る時、弁当屋の親父は元気かなとか、

授業抜け出して行った定食屋はどうなったとか考えるし、

最近外苑前表参道の駅が奇麗になったなあとか、

南青山みゆき通り外国のブティッグが増えたなあと、変化したことに感慨があるし、

軍艦パジャマは相変わらず下品だなと、逆に変わっていないことに安心感みたいなものはある。

でも、それぞれに取り立てて愛着がある訳でもなく、それに昔から転々としていたから、

つの間にかよく通っていた店や建物が、久々に行ったら無くなっているというのも当たり前のことだ。

また、ある種の観光地の近くに住んでたこともあり、田舎者に囲まれて育ったこともあり田舎者に対して特段の思いも無い。

そもそも田舎者とは要は東京者に対するヨソ者という感覚だけれど、僕には地元が無いのだから田舎者という概念を持ち得ない。

東京は本当に巨大で、とてつもないマチの集合体だと思う。

よく地方の人が「マチに遊びに行く」という意味での「マチ」が東京には無数にある。

それに「マチ」によって空気全然違う。

白金台の裏の方のお屋敷ばかりのあの空気後楽園の雑多な仲にも昭和的なにおいがある空気一番町空気がキリっとしているし、麻布は昔からの重みを感じる。

マチの空気はそうそう変わらない。(表参道同潤会を壊したのは駄目だと思うが)

東京とひとくくりにするから、毒を浴びるんだと思う。地方出身者にレイプされた気になるんだ。

もっと自分の住んでる町を愛して下さい。せっかく地元があるんだから

地方出身者がトウキョウをスクラップ&ビルドしたとしても、あなた地元の友人関係までは壊せないでしょ。

2013-04-25

目白夜明け前

 目白駅のあたりまで来ると、景色下町とはずいぶんと様相が変わってくる。

 どちらも古い家が点在していることに変わりはないが、このあたりの家々は門構えがしっかりとしていて、古いというよりは貫禄があるといったほうがしっくりとくるだろう。空間的な余裕を持って家は建てられ、太くたくましい植木がうっそりと枝を広げて街灯の光を遮っている。

 駅の向こう側にぽっかりと黒い空間があるが、あれは大学だろうか、それとも病院だろうか。目白駅のそばになにがあるのか、私は思い出せなかった。

 日暮里から延々と、私は山手線沿いを歩いてきたのだった。ほとんど気まぐれに歩き始めた道は意外に入り組み、ともすれば線路を見失いそうになる。夜中であるために電車も走っておらず、道標となるあの特有の音が聞こえないのが余計に道を困難にしているようだ。それでも、目白あたりまで歩いて来れば、線路伝いに歩く要領は覚えてしまう。

 私は早足に暗闇を歩いた。夜の街はひっそりとしていて、大きな通りですらもほとんど車が走っていない。首都高にはトラックが走っている影が時折見えるが、静寂から鑑みれば、とてもここが東京だとは思えなかった。

 月はもうとっくに沈んでしまっていたが、街灯の明かりが届かないところまで来ると、かわりに星明りが私の足元を照らす。星明りを明るいと思うことなど、山奥の空気の澄んだところまでいかねばないのだと思っていた。でも、私の足元にできているのはまさしく影だった。

 私は外を歩いているのだった。ここは光の入らない函の中ではなかった。空の色は黒というには少し薄く、まだ夜が明けていないというのに、カラスがもうどこかで鳴いている。その体が闇とほとんど同じ色のせいで、私からはどこにいるか認識することはできないが、いつもは恐ろしく思える風切り音を、今は無性に聞きたかった。たしかにそこに呼吸するものがいて、かすかな光を享受しているのだと、その生き物とわかちあいたかった。

 混乱を混乱として頭の中にとどめたまま、時折私は空の色を確かめるために足を止めて背をそらした。仰ぐたびに空の色が変わり、目に入る明るい星の位置が少しずつ動いている。空気晩秋のように冷え込み、私は両腕を抱いて白い息を吐いた。息を吐くたびに、体の中の淀んだ空気が掃き清められていくような錯覚をした。

 うっすらと白み始めた東側の空は徐々に濃い色に変わり、まだ西側に残る夜に溶けている。深い藍色の空は弧を描き、靄のようにうっすらと筋雲が線を引いているのが見えていた。夜と昼の継ぎ目はどこにもなく、朝に追いつかれつつある星ぼしが姿を消そうとしている。夜明けが近づいているのだ。その光景はいかにも静かで、そして整然としたさまを保っていた。ただひたすらに、美しかった。

2007-07-31

山手線

くそどーでもいいことを思い出したので、チラ裏のつもりで書いとく。

小1か小2の頃、山手線一周ってどれだけ凄いことなんだろうと思って、ある日実行しようと、最寄の目白駅に行った。

「おおさき」とか「たばた」とか聞き慣れない駅名にワクワクしながら、水筒を持ってちょっとした遠足気分だった。

目白駅に着いて路線地図を見上げていたら、ふと重大な疑問が浮かんだ。

山手線一周電車賃っていくらだ?」

そりゃ相当するものだと思って、千円くらいは覚悟の上でお小遣いを握り締めていたのだが、路線図には金額が載っていない。

仕方なく駅員さんに訊いてみることにした。

俺:「山手線一周するのって電車賃はいくらなんですか?」

駅:「どこか途中で降りるの?」

俺:「…いえ、降りません」

駅:「ん??、じゃあ入場料だけだね」

俺:「Σ (゜Д゜;)」

なんだか急に夢から現実へと引き戻された気がした俺は、そのまま一周を敢行せずに帰宅した。

ちょっと大人になった一日。

 
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