はてなキーワード: 監禁事件とは
http://ch.nicovideo.jp/nhorror
あなたの周りに、20代後半から40代の、いわゆる「ホラー映画にうるさい人間」はいるだろうか。
ラブロマンス。SFサスペンス、ファンタジー冒険譚。数ある映画の中からとりわけ「ホラー映画のみ」に熱を向ける人間だ。
もしいるのであれば、その方に「なぜホラー映画を見るようになったか?」と聞いてみてほしい。おそらくはだいたい同じ答えが帰ってくるはずだ。
『たまたま深夜につけたホラー映画が面白かった』。間違いなく彼はそう答える。
ところでどういったわけか、2015年現在。深夜にテレビを付けてもホラー映画は「やっていない」。呪怨とリングの新作が出るたび旧作が再放送される程度だ。
鏡を使ってキャンディマンを呼んだり、ジェイソンが宇宙に打ち上げられたり、
世界がゾンビまみれになっていることに最後まで気がつかない酔っ払った男たちの映画は、地上波では流されないのだ。
血がだめなのか怖いのがだめなのか。とにかくやらないのだ。
ニコニコ生放送では現在「ニコ生ホラー百物語」と称して、夜9時前後からホラー映画・モキュメンタリーを毎日数本流している。
ラインアップを眺めると、確かに大半はアイドル主演の見る価値もない駄作や、明らかにやる気のないフリゲの実写化だ。
だが飛び飛びで「おっわかってるな」という作品があったりする。
『ムカデ人間』の虜になったキ印の男が創りだした世にもおぞましい地獄絵図、「ムカデ人間2」
おぞましさの中に光る鈍い倫理をラース・フォン・トリアーを思わせる映像技法で描いた、「ビー・デビル」
世界で初めて内蔵描写を映画に盛り込んだ伝説の傑作、「血の祝祭日」
冒頭から女の顔をグチャグチャにする。風船ガムを噛みながら乳房をもみしだく女を後方から金槌で一撃。目玉を掘り出し、潰れたトマトのような顔面のあらぬところにねじ込む。ビルから飛び降りた女をこともなく自動車が引きつぶしていく。「ゴアゴア・ガールズ」
シャム双生児の兄が巻き起こす殺人の恐怖を描いた「ヒルズ・ハブ・アイズ」「サランドラ」に並ぶ奇形カルトホラー、「バスケットケース」
極限の残酷描写、解釈を生むラストシーンが賛否の声を轟々と呼んだホラー史に残る大問題作、「マーターズ」
そしてなにより、『暴力』以外に何もない見るもの全てを不快にする、「スペイン一家監禁事件」である。
今までは「まーた『フッテージ』流すんかよ」というセレクションだったはずなのだが、これは明らかに「わかる」人間が選んでいるセレクションだ。
今のなまっちょろいテレビに「これを見習え」とは言わない。ただただこの洋画ラインアップを並べてくれたドワンゴの誰かにただただ拍手を送りたい。
「夜にたまたま見たホラー・スプラッタ映画」。これの代替になるコンテンツがまさかニコ生になるとは思いもしなかった。
少しでも興味がわいたら、どうかたまたま見てほしい。国外映画については傑作だと断言できるものばかりだ。
しかし「スペイン一家監禁事件」を大勢で見れる機会なんてもんがくるとはなあ…。
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ここまで書いたあとで気付いた。このラインナップはどうやら「続・死ぬまでにこれは観ろ!」(http://korehamiro-kingvideo.com/)とのコラボらしい。
カント愛した元院生、存在感薄く 岡山・女児監禁容疑者:朝日新聞デジタル
監禁事件の犯人が、阪大大学院博士課程でカントを中心とした倫理学を専攻していたという報道があり、
当初の報道では「アニメ好き」に焦点が当てられていたこともあり、
ネット上では「カント好きだと犯罪者になるとか報道しないのかね」といった皮肉が多く見られた。
確かに、何か単体のものが犯罪と結びつくという短絡的な発想は戒めなければならない。
「アニメ好き」だろうが「カント好き」だろうが「無職」だろうが、それらを犯罪と結びつける報道はあってはならないだろう。
しかし、現実的に何か複数のものの組み合わせというのが、犯罪と密接な関係を持っているということは認めるべきではないだろうか。
この犯人の場合であれば、「カントなどの倫理学・哲学専攻」の「博士課程に行くも論文かけず、就職失敗」した一方で、「美少女アニメの愛好」という趣味を持つ人物であった。
これらの組み合わせは、明らかに今回の犯罪に結びつく心理的要因の大きな要素だったと言えると思う。
実際、哲学や倫理学というのは、思考や常識の前提に対して疑問を投げかける学問で、かなり危険(社会性の逸脱という意味で)なのは事実である(「カント危機」という言葉さえあり、クライストはそれで精神を病んだ)
博士課程(しかも阪大)に行って、それなりのプライドを持つに至る一方で、周囲がエリートコースを歩みながら、自分はまともな職を得られないというのは、精神的にきついのは事実である。
美少女アニメというのが、現実のつらさを忘れさせてくれるもので、容易に現実逃避の対象となり、それが現実対処能力を下げうる危険性があるのは事実である。
もちろん、これら単体と犯罪を結びつけるのは戒めなければならない。
いわゆる「カント危機」と称される精神的危機を乗り越えて、独自の哲学や思想を築き上げた哲学者、思想家は枚挙に暇がない。
博士課程に行くも、周りはうまくいく一方で自分は就職に失敗し、生きる気力をなくしてしまうも、その挫折を乗り越え、その後の自分の人生を誇り高く納得して歩んでいる人は数え切れない。
美少女アニメを楽しむことと、現実社会とうまく付き合っていくことを両立させている人は、必ずあなたの周りに一人はいるだろう(隠しているかもしれないが)。
だから、これらを犯罪と結びつけるステレオタイプは排除しなければならない。
しかし、これらの組み合わせが、今回の「少女監禁」という犯罪に至った心理的要因ではなかったかと意見を述べることがタブーであってはならない。
事実として、複数の状況や要素の組み合わせは、共同体の常識や規範を乗り越えさせ、犯罪を犯す要因となるのだ。
僕はあの秋葉原の加藤の供述を読んだときにもそう思っていた。単体要因の「非モテ」でも、「母親との関係」でも、「職場でのトラブル」でもなく、それらの組み合わせが犯罪へと向かわせたのだと。
あるいは、また思ったのだ。「灘・ハーバード・楽天」という組み合わせが悪いのだと。別に、灘や、ハーバードや、楽天が悪い訳ではないと。
どれか一つ、それが「公立高校」であったり、「慶応」であったり、「Google」であったりしたら、こんな女性トラブルを起こさなかったのではないかと。
ある単体の要素と、そこから人物判断をイコールで導き出してしまうのは、単なるステレオタイプである。
しかし、複数の特定の要素や経験の組み合わせというのは、明らかにある種の心理的状況を生む原因となりうる。それは事実である。
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<追記>
"容疑者は、他者を道具化したいとの傾向性を克服すべくカントを敬愛していたが、ついに自己の傾向性に負けた、とするのが妥当な解釈。容疑者とカントの親和性は明らか"
https://twitter.com/Sukuitohananika/status/492910624356065281
"実際にカントはこういうタイプの人間たちに向けて倫理学を書いたとすら言えるのではないか。事件とカントは無関係、風評被害と言ってる人はちゃんとカントを読むべし"
https://twitter.com/Sukuitohananika/status/492911628392742912
こういうのは匿名ダイアリーで言っても耳を傾けてもらえないが、実名で哲学の教授が同じようなこと言ってくれると信憑性が増すなぁと思った。
「カント好きは犯罪者」と「犯罪を起こした彼の心理の中で、その行動とカントへの偏愛とのつながりがありうる」は全然違うんだよ。何か前者とともに後者もタブーにする傾向が最近見られるのが好きじゃないのでこのエントリーを書いた。
そう、今分かったけど、この前者と後者が混同されつつあるのが嫌なんだ。あと、俺は偏見を生みたい訳ではなくて、同じカント好きとして、彼の心理を理解したいからこう言っている。
「カントと犯罪が関係あるわけない」と簡単に言い切ってしまえる人は、彼の心理的状況を真剣に考えたくもないのだと思う。
博士課程まで行ったけど年も食って就職がうまくいかないだとか、カントへの偏愛だとか、アニメポスターを部屋中に貼るとか、彼がどういう心理状況で日々を暮らしてきたのかを真剣に想像してみようとも思わないのだと。
彼が美少女誘拐を行おうと思った時に「傾向性」という言葉がよぎらなかった訳がないのだ。
もちろん、犯罪者の心理なんて理解したくも想像したくもないという立場はそれはそれでありだとは思うが。
だから、僕は秋葉原の加藤も、許されざる殺人をしたのは事実だけど、「ああ、こういうことの組み合わせで、こういうことを起こす心理状況になるのは分からんでもないなぁ」と僕は共感(empathy=in+pathosという意味で)してしまうのだ。
コメントを見ると、僕の表現ゆえだろうけど超誤解を生んでいるし、誤読から変なステレオタイプを生みそうなので、このエントリーは消そうかなと思ったけど、一応残しておく。
つまりさ、ジョブスが言った「connecting the dots」に近い話なのよ。人はある特定の要素や経験を結んであるストーリーをつくり、自分自身を把握し、ある行動を起こす。
彼の中で、アニメとカントと就職できなかったことというのは、何らかの形で結びついて、あるストーリーができていると思う。
もちろん、彼の供述を待つ必要がある。でも、それは明確に意識されていないので供述されないかもしれないとも思う。これはインタビューしてみないと分からない。
とにかく、これまでの経験や嗜好というドットのつながりと、起こした行動の間に、関連性を見出すのは自然だろう。
もちろん、そのつながりというのは「恣意的」に行われる。経験は無数なのだから、どれをつないで自分のストーリーを作るかは恣意的だ。僕も勝手に彼のドットをつないで彼のストーリー仮説を作っている。
だから、「アニメ好きで・カント好きで・博士課程無職」に加えて「恩人との出会い」というドットをさらにつないで、挫折を経た最高の人生のストーリーを描いている人も恐らくいるだろう。あるいは「博士課程無職」を何らネガティブなドットとして捉えない人もいるだろう。
どんなに否定的なドットの積み重ねにも、肯定的なストーリーを描く人はいるし、あるいは、肯定的なドット一つで人生展望ががらっと変わるというのはよくある話だ。
だけど、今回犯罪を犯した彼はどうだっただろうか、「カントへの偏愛や就職失敗や美少女アニメ好きは彼自身の心理の中では少女監禁を起こすに至るような関係があったのではないか」と考えるのは、否定されることだろうか。
人の心理を想像するうえで、そういった作業は欠くことができないとさえ僕は思う。
あと、カントは「他者を手段としてのみならず、目的としてとらえよ」と言っているのは有名だし、傾向性に逆らえと言っているのは常識として書いたので、そこに誤解が生じたのかもしれない。
そんなカントの言葉に彼がなぜ惹かれたのか、彼自身が善きこととは何かという問いを抱えていたからだろうか、最終的になぜカントの言葉に従えなかったのか、などと考えるのは彼の心理を探る上で重要だろうとやっぱり思うし、それは哲学的な問いでもあると思う。
小学生にして発育が良くなって女子高生のそれと変わらない体型が増えたから、
ミニスカートにニーソックスとか穿いてたら目移りするのは当然で、
目の前に可愛らしい女の子がそういう格好してたら、犯人じゃなくても犯したいと思うのは異常だろうか。
アニメや漫画のせいだけじゃなくて、エッチなファッションが著しく風俗街の女共と変わらなくなってるから
まるで襲ってくれ、レイプ願望のある女の子が町中を充てもなくうろついてたら普通は放っておかないと思う。
ましてや、そういう子たちを保護しようとしても周囲の大人が皆してこいつはこれからレイプしようとしてるとか
円光しようとしてるとかおっかない事を言っては警察に通報したりして、結局この間迷子だった少女を保護して警察に送り届けた男性が
誘拐未遂か何かで逮捕起訴されてたから、良い事も悪いように受け取っては逮捕される事もしばしばある。
そうなると男の方も善意が悪意に取られるならと誰も少女たちに対する性犯罪が起ころうとしても保護できずに終わってしまい結果、
未然に防げたはずの性犯罪も防げなくなる悪循環に陥ってしまう。
自分が他人から如何に色眼鏡が見られているか自覚した方が良い。
アニメや漫画だけじゃなく、最近は小学生でもかなりきわどいエッチな水着を着て疑似フェラチオをしたり股間をくぱぁする画像や映像だって出回ってる。
LINEやツイッターでも不用意に彼氏とのハメ撮り画像や映像を流したり、そういう事態にならないように断ったりすべきだ。
でなければ仮に別れた時にリベンジポルノとか言って過去のプライベートなそれらを流出させられたりして、最悪社会復帰が難しくなったりする。
少女たちの貞操観念はこうしたツールが増えれば増えるほど低下していってる。
故に回りの良識ある大人たちが彼女たちを見失わないように指導してやるべきなのだ。
例えば保健体育とかでレイプされそうな時にゴムを持っておくというのは逆効果だ。
ゴムを持っているという事はレイプされてもいいと犯人に思わせるだけである。
※長いです。それと、過去性犯罪に遭われた方はフラッシュバックにご注意下さい。
小学校高学年の頃だったと思う。
親と喧嘩して、夜8時くらいに家を飛び出したことがあった。
行くところもなく街中をふらついてたら、男に家まで送ってあげると話し掛けられ、車に押し込まれた。
家がバレるのはまずいと思ったこと。
仕事の帰り?え、小学生なの?大人っぽく見えるね、などとニヤニヤしながら言われたこと。
怖がらなくて良いからね、公務員だから信用してねと、免許証を目の前にかざされたが、よく見えなかったこと。
耳を塞ぎたくなるような卑猥な話を延々とされたこと。
タダで送ってもらおうなんてムシが良すぎると言われたこと。
伝えた家の方向とは違う、人気のない、小さな川のそばで車を停められたこと。
ドアを開けて叫ぼうとしたが、手で口を塞がれたこと。
男の手のひらに唇が触れて気持ちが悪かったこと。
その後男は私をどうにかするのを諦めたのだろう、何もしないからこういうことはやめてくれと言って、
私が開けた助手席のドアを閉め、運転を再開して元の道に戻った。
解放されるまでずっと、男の吐く暴言を聞き続けることになった。
私は謝ったり黙ったり、時々相槌を打ったりしながら、降りる許可が出ることを祈りながら待った。
最終的には自宅から少し離れた交差点で、家のすぐ側だからと嘘を吐いて“降ろしてもらった”。
男は窓を開けて「気を付けて帰るんだよ」などと言って手を振った。
私は「送ってくれてありがとうございました」と頭を下げた。車が走り出してからも、しばらくそのままの姿勢でいた。
ナンバーが見える位置で顔を上げたら、通報するつもりだと思われるかも知れない、怒って戻って来るかも知れないと思った。
顔を上げた後も、男の車が小さくなるまで見送った。これだけ離れれば、例え男の車が引き返して来ても何とか逃げられる、そう確信出来るまで。
それから家まで全速力で走った。
親には話せなかった。部屋でひとりになってから、恐怖と屈辱と、誰にも言えない苦しさとで泣いた。
今回の岡山の誘拐監禁事件について、被害者はテレビを見て寝転がっていたのだから誰も傷付いていないだの、
11歳の子供に。この先何年も閉じ込められていたかも知れなかったし、命を取られてもおかしくなかった状況から生還した被害者に、
一体何を求めているのか。
手足を縛られてぐったりと衰弱した様子で保護されたなら文句はないけど、とでも言うのか。
彼女が生きて帰って来られたのは、彼女の行動が、彼女の選んだ選択肢が、間違っていなかったからだ。
意図してのことかどうかは分からないが、生き残ったのだから正しかったのだ。
パジャマを着て、アニメを見ることを選んだから、彼女は帰って来られた。
他のどんな行動が犯人をどう刺激したかなんて誰にも分からない。
何故無理矢理にでも車から飛び出して逃げなかったのか。何故お礼など言ったのか。もしも免許をちゃんと見ていたら、名前を覚えていたら。
顔を上げてナンバーを見ていれば。何度も何度も、何故ともしもを繰り返した。
そして当時は分からなかったことが、成長と同時に分かるようになってくる。
男が自分に何をしようとして車に乗せたのか、今でもはっきりとは分からない。
それでもあの時どんな悍ましいことが起こり得たのかは、だんだん解ってくる。
私はあの男に、欲望をぶつける対象として選ばれた。傷つけても良い、傷つけてやろうと思われていたのだと思い知る。
私はあの時の自分を褒めたい。褒めて抱きしめてやりたい。
あなたは上手に立ち回ったんだよ。何も間違ってなかったんだよ。悔しかったね、警察に突き出してやりたかったね、
でもあなたが殺されず、犯されず、怪我もせず生還したということは、そういうことなんだよって、慰めてやりたい。
【追記】
ブコメで暖かい言葉を下さった方、ありがとうございます。
どんな言動が加害者を刺激し、逆上させるか、相手や(もっと言えば同じ相手であっても)状況によって、全く変わってくるだろうと思います。
私の場合で言えば、車のドアを開け叫ぼうとしたら相手が怯みましたが、ほんの少しの差で殺意を抱かせてしまったかも知れません。
逆に、ずっと黙っていたらもっと早く開放されたのかも知れません。
何が吉と出るか凶と出るか全く分からないのです。
とにかく、間違った行動に出たから被害に遭ったとか、被害が増幅したとか、そういうことが言いたかったのではありません。
もし不快な思いをされた方がいらしたら、大変申し訳ありませんでした。 ‹2014-7-22 23:31›
【追記2】
「助かった=正しかった」としてしまうことは危険なのでは、といった趣旨のコメントが数件ありました。
前回の追記は「大人でも正しい行動を取ることは難しいのにあなたはよくやった」という旨のコメントを頂いた時点で「しまった、迂闊だった」と思い書き足したものです。
この日記を書いた時、岡山の事件の被害者を揶揄、非難する声に心底腹が立っていました。それは今も変わりませんが、加害者のターゲットにされて、深刻な被害を受けることになってしまった人への配慮を欠いていたと思います。ごめんなさい。
これは「自分の考える被害者像と違う。だから被害者として認めない」という声にNOと言いたくて書いたもので、
「助からなかった人、深刻な被害を受けた人は、正しくなかった」と言いたかったわけではありません。そんな考えは毛頭ありません。
一方、「運が良かったから助かった」と言い切ってしまうことも出来ませんでした。
情報ソースを出すまでもなく、岡山県倉敷市で小5女児を誘拐監禁した容疑で男が捕まった。
http://news.livedoor.com/article/detail/9061769/
【倉敷行方不明】被害女児の母親と父親の正体が と ん で も な く ヤ バ イ !!! 2ch「母親のインタビュー動画見た人いる?一切出てこないってヘンじゃね?」
http://www.news-us.jp/article/402097986.html
とにかくアタマの悪い連中が好き勝手に書いたものがまとめられている。
少し引用する。
これで、母親を疑うなってのが無理がある
これ以外に考えるのはちょっと無理がある
かなり厳しいと思えるが・・・
ネトウヨの顕著な傾向だと思うのだが
結論を決めつけるという例がここでも見られる。
推測をするのがダメだと言っているのではない。
推測をするのは勝手だが、上記にみられるように
「これ以外に考えるのはちょっと無理がある」
元に使うべき言葉ではないと思う。
こういうのを感情的決め付けともいうらしい。
http://matome.naver.jp/odai/2139981440515380701
まぁ、嫌なら見なければいいという話なのだが...。
倉敷市女児不明事件、犯人と思われる人物のネット相談が怖すぎると話題に
http://www.kimasoku.com/archives/7773557.html
2ちゃんのVIPに「好きな人ができました」というスレを立てた人物が
魚拓にあるスレッドを読むところ、今回の容疑者像とかなり重なる部分はあるのだが
細かなデティールが違ってたりもするので無関係なのかも知れない。
(まだ断定はできないとは思うが)
スレが進むうちに「スレ主は本当に今回の事件の犯人ではないか!?」
その止めようと促す人間の中の、とある書き込みを読んで感動に近いものを覚えた。
141 2014/07/17(木) 17:09:31 ID:4WrJDn4LyQ
1さんへ
私は貴方の恋心を否定するつもりはありません。
この世界でいくらロリコンと卑下されようが異常者と蔑まれようが
古来より文学になり、芸術になり、多くの人間の共感を得てきました。
ですが何故多くの人々がそれらを文章や絵画等にする事へ没頭したのでしょうか。
健やかな魂は日、一日と世界のあらゆる事象を飲み込み、成長を続けます。
心も体も儚げな少女から大人へと変貌するのはあっという間です。
聡明な貴方はきっとそれにも気づいておられるのでしょう。
だからこそ今、この瞬間にでも変わりゆく前の彼女と接したいと思い悩んでおられるのでしょう。
貴方が接触しようとしている少女は貴方の恋焦がれる少女とはもはや別の存在なのです。
もし彼女との接触が成功したとしても、貴方はすぐに落胆する事になるでしょう。
日々少女から女へと変わり行く生身の人間の姿を貴方はきっと受け止めきれないでしょう。
そこには今より更に深い渇望と憤りが待っているだけです。
142 2014/07/17(木) 17:15:25 ID:4WrJDn4LyQ
続き
絵を描く事です。
多くの先人達がそうしてきたように、
あなたの少女を永遠に貴方だけのものにする為に、貴方は絵を描くのです。
貴方の求める少女は貴方の絵の中で永遠に純真無垢なまま生き続けます。
何度も言いますが、貴方の永遠の少女はこの世には存在しないのです。
努々そこを履き違えて誤った行動は起こさぬように。
目先の単純な刺激で多少満足したとしても、
そして現実が貴方を襲い、貴方の憎悪する曖昧で無知蒙昧な人間によって
貴方自身の何もかもが否定され、その崇高な想いですら曝され、辱めを受けるでしょう。
気が狂うくらいに無事に帰ってくるのを望まれているよそ様の宝物です。
彼女に何かした所で貴方の欲望も、餓えも、何も満たされることはありません。
それどころか貴方が大切にしていた全ての事に虚実入り混じった泥を塗りたくられ
見知らぬ他人にその思いの丈を口汚く罵られている様を思い描いてください。
一時の衝動で自ら汚してしまわぬ様に。あなたの永遠の光と成す為に。
かの少女に接触するのはお止めなさい。そこに貴方の求める光は無い。
犯罪は良くない。
そうは思うが、ロリコンが犯罪なのかというとそうではないと思うのだ。
(念のため、断っておくが私はロリコンではありません)
その話を知り合いにすると、その彼も同じ経験があり、こう言った。
「そういうの読んで、同じ人間でもこうも自分とは違う奴がいるんだって思う」
確かにその彼はそう思ったのかも知れない。
しかし、殺人を犯したものも、かつては人を愛したことのある者もいて
同じ人間なんだと私は思うのだ。
どこか自分とつながる部分があったのではないかと思って
あの男にしたって、代々武士の家に生まれ
宅間守は幼少の頃、しつけとして暴力をふるわれることがしょっちゅうだったそうだ。
「お前なんか産まれてこなければよかった」と罵詈雑言を浴びせたと読んだ。
もちろん被害にあった子供の親御さんのことを考えると
こんなことを書くのは不謹慎と思う。
「今のは、誹謗とか批判ではのうて、純粋のワシの心から出たほんまの気持ち。わかってもらわんでもええ。言いたい事はまだある。それは、殺してしもーた子供達にや!わしが殺したガキどもは、わしの自殺の為の踏み台の為に、生きていたんやな!ほんま、感謝しとる。 あのガキが8人死んでくれたから、 俺が死ねるんやから 感謝せなあかん!死んでくれてありがとう!!でも、死刑になるだけやったら3人で十分やったな。残りの5人はおまけで感謝しといたる!あははははははは!ほんまおもろい!ワシは死ぬことびびってないで。 遺族にはなにもできへんし最高や!、世の中どんなに金かけてもワシに一瞬にして殺されれば勝ちも負けもあらへん!。 世の中は公平やない!。わしは世の中の不条理をあのくそガキにわからせてやったんや。ワシみたいにアホで将来 に何の展望もない人間に、 家が安定した裕福な子供でもわずか5分、10分で殺される不条理さを世の中に分からせたかったんや、世の中勉強だけちゃうぞ!、とあのくそガキに一撃を与えたんや、 死ぬ前に世の中の厳しさが分かってよかったな、感謝せいよ。ワシはいままで散々不愉快な思いをさせられて生きてきた、でも、今日は、ほんま ワシは気分がええわ。 ワシを悩ませた糞親にも嫁の家族にも迷惑かれてな!親戚に守がいますなんて 千年たってもいえへんな!こんなケッタイなおっさんに一瞬や!ぶすぶす事件は、ほんま!、おもろい!、 ほれでも、ワシはまだ満足はしてないで!」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%99%84%E5%B1%9E%E6%B1%A0%E7%94%B0%E5%B0%8F%E4%BA%8B%E4%BB%B6
こんな言葉を被害者家族もいる場で叫ぶのはどうかしてると思う。
思うが、この発言から宅間守の人間としての弱さを読み取ることも出来ると思うのだ。
「わかってもらわんでもええ」
「ワシは死ぬことびびってないで」
「世の中どんなに金かけてもワシに一瞬にして殺されれば勝ちも負けもあらへん!」
「世の中は公平やない!」
「ワシは死ぬことびびってないで」 → 本当は怖い
こう私は理解する。
もっともサイコパスと言われる人は、人心を惹き付ける魅力があるとも聞くので
この言葉も宅間守自身が自己を擁護するために放った言葉なのかも知れないが。
「こんな犯罪を生み出した『社会』にも責任があるのではないか!?」
という考え方を私はしているのだと思う。
しかし「人が人を殺したい」と思ったことが一瞬でもあったとしても
私はそれが異常なことではないと思っている。
かといって、実行に移すのはまったくもってオススメしない。
ただ私はそういう人たちに心情を寄せる傾向があるだけだと思っている。
性癖というのは根深いもので、言葉で簡単に説明が出来るものではないと思う。
そういった願望を抱くことは今のところ、この国では違法ではない。
男が女を好きになるように
女が男を好きになるように
また男が男を好きになるように
女が女を好きになるように
それを簡単に「死刑でいいよ」なんて言葉で簡単に片付けるなと言いたい。
犯罪がよくないのは当たり前の話で
それに「何があったとしても俺は人を殺さない」と言い切れる人はいないと思う。
もしいれば、それは想像力の欠如じゃないかと思う。
こうしたことを発言すると「不謹慎」だとか「ズレてる」と他人からは言われる。
はたしてそうなのか。
なので、匿名ダイアリーにて自分の思うことを書かせてもらいました。
やはり私は、ズレているのだろうか。
北原みのりが見ているかどうか、エゴサーチで見つけられるかわからんが書いておこう。
これはひどい事件であったし、犯人は厳しく罰せられなければならない。
しかし、問題はその後の報道だ。倉田真由美はテレビで女児をつれた成人男性を犯罪者呼ばわりするような発言をした。ニュース番組では犯人がオタクだったことに引っ掛けて不当にそれを強調し、オタクを犯罪者予備軍として差別するような流れを作っている。
ろくでなし子の件では、それより前から規制を受けてきたオタク界隈からボロカスに叩かれている。なんでかといえば、北原みのり氏がその言動のために敵視されているからだ。
もちろん、利害関係はあるだろう。だが、今の相互不信の局地というべき状況はあまりに不健全である。表現規制問題にせよ、ジェンダーの問題にせよ、本来は利害の衝突こそあれど、交渉や妥協あるいは止揚はできるはずだ。むしろ、マチズモの文脈で相対弱者たる男性オタクの課題を解決していくことはジェンダーの側面からも目指すべきことだろう。
さて、話を戻そう。倉敷の誘拐事件でオタク、特に男性オタクは今、不利な状況に置かれ、謂れのない蔑視に苦しんでいる。北原みのり氏は反差別の旗手として、あるいはのりこえねっとの共同代表として、これに助けをしてほしい。何も、ポルノ的で少女性を消費する萌え文化を無理に擁護する必要はない。ただ、オタクであろうと差別はいけないと言えばいいだろう。
この間、twitterで山本夜羽根氏から塩を送られただろう。あなたが今度は塩を送れば、この極度の相互不信から脱する糸口が見つかるかもしれない。
私は、それを期待している。