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はてなキーワード: 生物と無生物のあいだとは

2016-04-28

http://anond.hatelabo.jp/20160427232500

似たような体験したことがある。

身体を壊して大学病院入院中、暇なので「生物と無生物のあいだ」っていう新書図書館で借りてきて読んでたんだけど、同い年くらいの看護師さんに「増田さん、よくそういう本読みますね〜。私、仕事でもない限りそういう本読まないですよ〜」的なことを言われた。

新書だし、そこまで難解な本でもないのに、なんで看護師さんからそんなことを言われなくちゃならんのか。と思った記憶がある。

普通に女子っぽくVOCEとか読んでたら、からかわれなかったのかな。

2013-03-19

http://anond.hatelabo.jp/20130319193900

本の一冊も読んでから話せってのはともかく、よりによって「生物と無生物のあいだ」はないだろ・・・

http://anond.hatelabo.jp/20130319192335

あれ読んで勉強した気になるのはちょっと……

文系方面からの高い評価に対して、理系の読者からは批判も多く出ている。「タイトルが内容とかけ離れている」「本筋と無関係な挿話が多い」「生物の知識があるものなら知っているようなことばかり」といったものが目に付く批判だが、私は、もっと本質的で体系的な批判が必要であると考える。一般向け啓蒙書に多くを求めても無意味だという意見もあるだろうが、「生物と無生物のあいだ」という本は、一般向け啓蒙書としても質の高いものではないのであり、ベストセラーとしての影響力の大きさを考えると、しかるべき批判が必要だと考える。

http://a-gemini.cocolog-nifty.com/blog/2008/01/1_d687.html

知識ゼロで「生命とは何か」とか語ってる人たち

せめて大ヒットした「生物と無生物のあいだ」くらい読んでから口開いたら?

ここでグダグダグダグダしょうもない素人議論(笑)してることの答えくらいならほぼ書いてあるよ?

哲学()とか語り出す素人野郎を見てても思うけど、なんで1ミリ勉強しないで何か語り出そうとするの?

全然理解できない。馬鹿からなの?

2011-11-25

大学生のうちに読んでおくべき新書50冊

ルポ 貧困大国アメリカ (岩波新書) 堤 未果

ルポ 貧困大国アメリカ II (岩波新書) 堤 未果

貧困(岩波新書) 湯浅

生物と無生物のあいだ (講談社現代新書) 福岡 伸一

科学する麻雀 (講談社現代新書) とつげき東北

不機嫌な職場 (講談社現代新書) 河合 太介、高橋 克徳、永田 稔、渡部

「分かりやすい説明」の技術 (ブルーバックス) 藤沢 晃治

学問のすすめ (ちくま新書) 福澤 諭吉斎藤

ウェブ進化論 (ちくま新書) 梅田 望夫

日本人の誇り (文春新書) 藤原 正彦

決断できない日本 (文春新書) ケビン・メア

臆病者のための株入門 (文春新書) 橘 玲

拒否できない日本 (文春新書) 関岡 英之

官僚責任 (PHP新書) 古賀 茂明

日本はなぜ世界でいちばん人気があるのか (PHP新書) 竹田 恒泰

お金の流れが変わった! (PHP新書) 大前 研一

わかったつもり (光文社新書) 西林 克彦

若者はなぜ3年で辞めるのか? (光文社新書) 城 繁幸

街場のメディア論 (光文社新書) 内田

行動経済学 (光文社新書) 友野 典男

日本世界5位の農業大国 (講談社+α新書) 浅川 芳裕

キリスト教は邪教です! (講談社+α新書) ニーチェ

いつまでもデブと思うなよ (新潮新書) 岡田 斗司夫

とてつもない日本 (新潮新書) 麻生 太郎

武士の家計簿 (新潮新書) 磯田 道史

死の壁 (新潮新書) 養老 孟司

バカの壁 (新潮新書) 養老 孟司

不動心 (新潮新書) 松井 秀喜

世界日本人ジョーク集 (中公新書ラクレ) 早坂 隆

決断力 (角川oneテーマ21) 羽生 善治

ツイてる! (角川oneテーマ21) 斎藤 一人

リクルートDNA (角川oneテーマ21) 江副 浩正

脳に悪い7つの習慣 (幻冬舎新書) 林 成之

宇宙は何でできているのか (幻冬舎新書) 村山

レバレッジ時間術 (幻冬舎新書) 本田 直之

ジャーナリズム崩壊 (幻冬舎新書) 上杉

日本10新宗教 (幻冬舎新書) 島田 裕巳

日本を貶めた10人の売国政治家 (幻冬舎新書) 小林 よしの

伝える力 (PHPビジネス新書) 池上

即戦力の磨き方 (PHPビジネス新書) 大前 研一

脳が冴える15の習慣 (生活人新書) 築山 節

フリーズする脳 (生活人新書) 築山 節

世界征服」は可能か? (ちくまプリマー新書) 岡田 斗司夫

世にも美しい数学入門 (ちくまプリマー新書) 藤原 正彦、 小川 洋子

多読術 (ちくまプリマー新書) 松岡 正剛

包帯クラブ (ちくまプリマー新書) 天童 荒太

原発ウソ (扶桑社新書) 小出 裕章

TPP日本を壊す (扶桑社新書) 廣宮 孝信、 青木 文鷹

「未納が増えると年金破綻する」って誰が言った? (扶桑社新書) 細野 真宏

怒らないこと (サンガ新書) アルボムッレ スマナサーラ

2009-12-23

底辺大学卒が事業仕分けについて考えた

大学研究機関でありつつ、教育機関でもあるという理屈はわかっているが、果たしてどういう配分で成り立っているのだろうかと考える。

米国システム日本大学呪縛する講座製とはかなり異なる、

教授助教授(あるいは准教授)、講師などの職階はある。

しかし、職階間に、支配-被支配関係はない。

それぞれが独立した研究者であり、肩書きは純粋研究キャリアの差である。

独立した研究者とは、自らのグラントを稼げる研究者ということだ。

研究者生命線はまさにこのグラントである。

それゆえに彼らの最優先事項は、国の研究予算あるいは民間の財団寄付などを確保することであり、それに狂奔する。

グラントこそが全ての力の源泉であり、研究資金のみならず自分サラリーもここから得る。

大学研究者の関係は、端的にいって貸しビルテナントの関係となる。

大学研究者の稼いだグラントから一定の割合を吸い上げる。

これをもって研究スペースと光熱通信費メンテナンスセキュリティなどのインフラサービス、そして大学ブランドが提供される。

生物と無生物のあいだ    福岡伸一

僕の母校における大学研究者の関係は、貸しビルテナントの関係ではなかった。

けっこうな割合を、むしろ大学のほうから吸い上げてる。

大学に雇われているという感覚が強いような気がする。

大学生の時、母校で研究費を国からとってこれる研究室は、自分研究室とあといくつかだけだった。

自分研究室は、2人の教員と10人の学生、2人の院生をかかえて、年間に1000万くらいで収支がなりたっていたと記憶してる。

名大学だったら笑われるようなしょぼい額だ。

実験実習系の授業を受け持つと降りてくる一単位あたり60万の実験実習費、最終学年の卒論実習を受け持つと学生一人あたり6万降りてくる卒論実習費、それらの収支が200万程度。

教員一人あたり50万ほど大学から降りてくる研究費が2人で100万だったと記憶してる。

それの残りは主に国から取った予算だった。

「○○から500万だしてもらえた。」「○○は一応通ったけど、5年で1200万かぁ、しょぼいなぁ」というような会話を聞いたことがあるから、まあ年平均700万というのはだいたいの計算はあっているだろう。

学科全体で国からとってきた予算も、使い道は自分研究室意見が優先的にきいてもらえてた。

研究報告書にのせる研究成果が、ほとんど自分のいた研究室データだったからだ。

ほかの研究室からいえば、実験実習費と卒論実習費と、教員一人当たりの予算、それだけで、卒論実験をさせる研究室ゴロゴロしていた。

学科全体でいえば、大学全体でいえば、研究者よりも学生授業料で養ってもらっている雰囲気が強かった。

そのせいか、指導教員は冷遇されていたと思う。

受け持つ授業が学生にとても不評なのだ。

実習も不評なのだ。

非常に難解な授業をする。(今思えば、とても役にたつことを言っていた)

実験や実習も、データだけ渡して解析方法の講義、その後の時間時間一杯解析させられた。(教員いわく「実験操作なんかそんなもの一回したって、そういやボタン押したなぁくらいにしか記憶に残らないって(笑)」)

逆に、学生に好評な授業は、パワーポイント紙芝居をする授業で、そういう授業をする教官はすごく評判がよかった。

わかりやすい授業、というかみのない授業だったと個人的には思うけれども、それは個人的な感想だから置いといて、

研究と授業なら、授業にウエイトを置いたほうが学生のウケはいい、経営母体である大学上層部からのウケもいい、という状態であったことが、可哀相でならなかった。

授業の改善要求だとか、「学科の共有財であるはずの機材を、あの研究室管理、使用を独占してる!」っというような文句がしょっちゅうだった。

2人の教官のうち、一人はなにを言われても適当に「はいはい」返事をして流していたが、一人は病んだ。

いま、2人はどうしているんだろうか。

国の事業仕分けで、研究予算が取りにくくなると、大学はどういうふうに動くのだろう?

1 国ではなく、企業財団寄付から予算をとろうと画策する。

2 研究から教育ウエイトシフトして、授業料受験収入経営する。

どう考えても2だよな。

今でさえ、東大京大を除いたほとんどの大学が、「魅力的なカリキュラム」「国家試験合格率」「就職率」、そういったことをウリにしている。

東大でさえ、外部からの予算の取得額は海外と桁が1つ違う。

ホームページで「受験生の方々へ」のページは力を入れているが、「企業の方々へ」のページはほとんど力が入っていない。

企業向けのページじゃ就職関連のことがちらほらあるばかりで、学術関連情報はほとんどのっていないし。

でもさ、少子化が進んだら、授業料収入に頼ることじたいが無理になるんだから、大学技術と知識を金にかえる方法を探していかないといけないと思う。

2009-09-13

なんかなんか、

水道橋博士×宮崎哲弥が出てる、博士の異常な鼎談ってゆう番組に、

ゲストで「生物と無生物のあいだ」の福岡伸一が出てて、

ビタミン欠乏症じゃないかぎりサプリなんか取らなくていい、って言っててさ。

で、いまどき欠乏症のやつなんかいないよって。

そいでそいで、偽薬のませる実験では4割にプラセボ効果出たって言ってて。

でさ、わたし(33歳)、にきびと毛穴の開きと疲労がすごいんだけど、

Q10とVBとってたら、1ヶ月で全部治ったのね。

他には何もやってなくてこれだけでだよ。

化粧水つけたりしても治らなかったのにね。

これさプラセボ効果だとしてもすごいよね。

むしろ、プラセボ効果得るために信じて飲み続けるわw

2009-08-06

書籍から見るゼロ年代

今年でゼロ年代が終わる.2000年が始まったときはミレニアム!と晴れ晴れしい気分であり,まさかゼロ年代なんてカタカナで時代が表されるだなんて思っても見なかった.そんなことを近頃思っていると「そういや,2000年とか2001年ってどんな本が平積みにされてたっけ?」と思ったので,簡単にまとめてみた.これは客観的な統計データのまとめではないし,選んだ本やその解説には恣意性だって含まれてると思うけど,はてブ等でフォローしてもらえたらと思う.

一般書では『だから,あなたも生き抜いて』がベストセラーであった.閉塞感のあった90年代において日本経済社会システムも崩壊が始まり,これまでのような一億層中流社会は望めなくなった.そんな時代に単なるサクセスストーリーとしてだけでなく,「生き抜く」ことを薦めるこの本がゼロ年代最初の年のベストセラーであったことは興味深い.

経済書では『経済ってそういうことだったのか会議』がよく書店平積みされていた.お金のことは銀行専門家にまかせておけばよい,といった価値観から自分の身は自分で守ろう,そのためには少しずつでも知識をつけようという価値観へ既に変化し始めているように思える.

また,9.11以前に文明の衝突論を展開していたという点でハンチントンが後にもてはやされた.『文明の衝突』は1998年

また,ソーカル事件を発端とする科学論者と科学者間の間の論争である『サイエンスウォーズ』『知の欺瞞』が出版された.一連の流れにより,科学は正しいものという固定観念が崩れ始めるが,その悪影響として疑似科学が隙間に入ってくることとなる.

2001年は一般書・自己啓発本として『チーズはどこへ消えた?』や『金持ち父さん貧乏父さん』がベストセラーとなった.これらは自分探しブームの終焉でもあり,ありのままの全肯定でもある.その他の一般書では『声に出して読みたい日本語』のような日本語ブームが始まる年である.

ゼロ年代を象徴する批評家東浩紀が『動物化するポストモダン』を出版し,アカデミズムからサブカルへの転向,遅れてやってきたエヴァ批評として有名となった.その後の現代思想批評界は東浩紀とそのフォロワーによって進められることとなる.

また,疑似科学論争の大きなきっかけとなる『水からの伝言』がブームとなり,教育界では道徳の授業で使われたり,科学者集団がその疑似科学性を啓蒙したりする騒ぎとなった.

2002年は一般書では『生きかた上手』や『声に出して読みたい日本語』,『常識として知っておきたい日本語』がベストセラーとなった.また,『本当の学力をつける本』で陰山メソッドが有名となり,公立校進学校化など各々が一律である必要がなく,教育にも個性や多様性を認めるような社会風潮となっている.とはいえ,これらの風潮は後の格差社会と繋がらないとは言い切れない.

格差社会といえば,玄田の『仕事のなかの曖昧な不安』は社会安定を失った日本の将来を予見する内容であり,当時の日本社会空気を表す本としてピックアップすることができる.

不況下における人々の意識を表すかのように森永の『年収300万円時代を生き抜く経済学』がベストセラーとなった.この年を前後してエコノミストと呼ばれる人々が盛んにマスメディアに出るようになり,銀行に預けるのではなく,個人が投資する時代になったと盛んに喧伝した.

9.11以降の社会を分析するかのように,ネグリハートの『<帝国>』やチョムスキーの『メディアコントロール』などが読まれた.特に『<帝国>』は左派に大きな影響を与えたといえる.

2004年は『バカの壁』が大いにベストセラーとなり,養老孟司ブームが到来する.その続編でもある『死の壁』も同様にベストセラーとなり,これらと時期を同じくして,新書ブームが到来.多くの出版社新書に力を入れ始める.

仕事のなかの曖昧な不安』を受ける形で『13歳のハローワーク』が出版され,自分探し(何がやりたい?)と自己肯定(何をやっても自分らしい)が同時に薦められるような時代となった.その一方で堀江貴文『稼ぐが勝ち』が売れ,Tシャツ姿で六本木ヒルズで新進気鋭の社長となっているホリエモンが多くの若者共感と多くの大人の反感を買った.この共感した若者は『希望格差社会』において希望が持てない若者たちであり,株取引による一発逆転という大平光代サクセスストーリーとは別の形の逆転劇を夢想させた.

新書ブームを背景に『頭がいい人、悪い人の話し方』,『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』がベストセラーとなった.特に『さおだけ屋~』はタイトル売りという技を駆使し,その後多くのフォロワーを生んだ.また,これまで『仕事のなかの曖昧な不安』『希望格差社会』といった「労働」というジャンルハードカバー本であった内容がついに『下流社会』と新書の形をすることで大衆化し,格差社会というゼロ年代キーワードを体現した.

また,東一辺倒であった批評界において,『嗤う日本ナショナリズム』によって社会学の北田が登場し,2ちゃんねる批評というものが生まれた.これはゼロ年代が徹底的にサブカル批評へ偏ることを決定づけた.

相変わらずの新書ブームで『国家の品格』『人は見た目が9割』等がベストセラーとなった.『国家の品格』は養老孟司から続く理系人ブームを引き継ぐとともに,後の品格ブームを起こした.『人は~』は『さおだけ~』のフォロワーであるタイトル売りであり,『なぜ、社長ベンツは4ドアなのか?』といったフォロワーも生まれた.

また現在まで続く重要な流れとして『ウェブ進化論』『Google』『「みんなの意見」は案外正しい』といったWeb論が生まれ,Web2.0玉石混淆,群衆の英知といった言葉がよく聞かれるようになった.これらの著書により,これまでYahooを使っていた人々がGoogleに移行したり,Wikipedia大衆化したりするようになった.これらのWeb論はあまりにオプティミスティックであると当初から批判されたが,アーリーアダプターにしか知られていなかったWebの様子を大衆化したその社会的影響は計り知れない.また,『フラット化する世界』がベストセラーとなり,インドの台頭が認知され始めた.

品格ブームを引きずって『女性品格』,○○力ブームを引きずって『鈍感力』などが一般書としてベストセラーとなった.また,理系人による本として『生物と無生物のあいだ』が読まれた.

データ重要となったことを示すような本として『その数字が戦略を決める』がよく書店平積みされていた.Web時代においてGoogleが大規模DBデータをため込むようになり,既存の専門家よりもデータが多くを語るような時代が幕開けしたことを告げた.

その一方で,「炎上」という言葉が一般用語化し,梅田オプティミストによるWeb論に対して,Webの負の面を大衆化させるような本として『ウェブ炎上』や『フラット革命』が登場した.

また,格差社会論は「ワーキング・プア」や「ロスト・ジェネレーション」といった言葉を生み出し,ワープア論壇やロスジェネ論壇と呼ばれるものが生み出され始めた.特に「『丸山眞男』をひっぱたきたい----31歳、フリーター希望は、戦争。」という赤木の論考は衝撃的であった.

どういう流れからか,『×型 自分説明書』という血液型本がバカ売れした.これも疑似科学ブームの一端なのだろうか.そして,はてなー大好きの勝間本『効率が10倍アップする新・知的生産術 自分グーグル化する方法』がついにベストセラー化した.いつの頃からかライフハックという言葉がよく聞かれるようになり,多くの自己啓発本書店平積みされていた.また,サブプライム問題までは外資系コンサルが重宝され『地頭力を鍛える 問題解決に活かす「フェルミ推定」』が売れた.

批評界では東にケンカを売る形で宇野ゼロ年代の想像力』が,東のフォロワーとして濱野『アーキテクチャ生態系』が現れたが,どちらも東の影響を多分に受けており,ゼロ年代批評が東一辺倒であることを決定的にした.

ロスジェネ論壇ではその名の通り『ロスジェネ』という雑誌が創刊し,蟹工船ブームが生まれた.また,秋葉原通り魔事件が起こったことにより,多くのメディアによって事件が消費され,それらは常にロスジェネ論壇,フリーター論壇とともに語られた.

##せっかくISBN記法したのに,増田だと使えないのね.

文字ばっかりでごめんなさい.

2008-11-14

福岡伸一『できそこないの男たち』は、すべての男性がいま読むべき本

とうとう、福岡伸一新書『できそこないの男たち』が本になった。

この本は今、すべての男性が読むべき本だと思う。「すべての」と言えば言いすぎであれば、生殖活動を志す人、あるいは性的に発展段階にある中学生高校生大学生大学院生(つまり性交渉の経験を問う)、これから先、女性と交わりたいと考えている人、何にせよ生殖に関わる人、子供を持つ親、そんな人たちは絶対に読むべきだと思う。願わくばこの本がベストセラーになって、男性にとっての女性について、これから誰かが何かを語るときの「プラットフォーム」になってほしいと思う。この論考に賛成するかしないかは別として、福岡の明晰な論理による思考がぎゅっと一冊に詰まったこの本が「プラットフォーム」になれば、必ずやその議論は今よりも実りのあるものとなろう。

福岡伸一という人はトンデモ学者なので(つまり言語学における水村美苗のようなものである)、僕のブログの読者では知らない人(もしくは黙殺している人)もいるかもしれないが、ここ数年、とんでもなく素晴らしい作品を書く人だ。本書は『生物と無生物のあいだ』以来の、福岡作品を愛好する者たちにとっては待望の書き下ろし作品であるが、その期待を遥かに大きく超えた達成となっている。

内容について書きだせば、それこそ、どれだけでも言葉が出てくるのだが、あえて今日はそれはぐっとこらえておくことにする。多くの人がこの本を読み、ネット上に意見感想があふれるようになったら、再び僕自身の考えを書いてみたいと思う。

一言だけいえば、これから私たちは「女性の世紀」を生きる。女性社会進出が進んだからとかそういうレベルの話ではない。女性がかつての男性のように、「人類の中心」として人類の繁栄を主導していく「基本性」になる時代を私たちはこれから生きるのだ、と福岡は喝破する。そして、そういう時代の女性以外の性の未来(すなわち男性未来)、男性の繁栄という観点からの性の意味性教育の在り方について、本書で思考を続けていく。とにかく思考が明晰だ。しかも小説のように面白い。明晰な文章を読むと、その内容が厳しいものであっても快感が得られるものなのだ、と改めて思った。

少年時代から昆虫に熱中し『生物と無生物のあいだ』でメジャーになった福岡問題提起は、「たとえば今日2008年11月7日男性と同じくらいの能力を持った女性が生を受けたとして、その子が肉体的に成長した将来、果たして男性と交わるでしょうか。自然女性一人で生きていくのではないですか」ということである。放っておけば男性は、「女性使い走り」としては生存しても、人類の繁栄を担う「性」としてはその役割を失っていくのではないか。「女性の世紀」とはそういう暴力的な時代なのだと皆が認識し、いま私たちが何をすべきか考えなければならない。

最後に本書の一節を引用しよう。

私が知りたいのは、生殖行為が、なぜあの快感と結びついているのか、ということだ。あの快感は、人間経験できる他のいかなる快感とも異なる。

(中略)

人はなぜジェットコースターに熱狂するのだろう。それは似ているからだ、と私は思う。ジェットコースターが落下するとき、人間の身体が受け取る感覚蟻の門渡りあたりから始まり、そのまま尿道と輪精管を突き抜け、身体の中心部に沿ってまっすぐに急上昇してくる感覚

このとき人間は何を感じているのだろうか。加速度である。重力がぐんぐん私たちを引きずり込む加速度。それを私たちは私たちの身体の深部で受け止める。

(中略)

自然は、加速を感じる知覚加速度生物に与えた。進化とは、言葉のほんとうの意味において、生存の連鎖ということである。生殖行為と快感が結びついたのは進化必然である。そして、きわめてありていにいえば、できそこないの生き物である男たちの唯一の性の報償として、射精感が加速度と結合することが選ばれたのである。


*本書評については他の書評にも当たることで真偽を確認して下さい。

 
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