はてなキーワード: 物理エンジンとは
私はオープンワールドが好きだ(以下略)。ということで、ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド(以下ゼルダ)はオープンワールドの新境地!みたいな意見や、それXXが通ってきた道なんですけど…という意見両方に対してもやっとする、それなりにオープンワールドのゲームをやってきた人から見たゼルダの感想というか、それをダシにしたオープンワールドに関する話。ネタバレはあまり含まれていないと思うけど、未プレイの人はこんな文章読んでないで早くプレイするべき。
まず、何が新しくないか、という言い方は語弊があるけど、ゼルダのゲームシステムには既存のオープンシステムから学んだであろう部分が多く含まれる。例えば、塔を登って周辺地図を開放するのはFarCry他のUBIのゲームからの引用だし、グライダーによる移動はJust Causeやバットマンのアーカムシリーズの影響を感じる。他にも食料、素材確保のためのハンティングや採取、細かく発生するサブクエスト、乗り物による移動やファストトラベルなど、「オープンワールド的な」システムが、ゼルダなりの味付けをした上で組み込まれている。
次に何が新しいか。この時代、真の意味で新しいというのは存在せず、何と何を組み合わせるか、何を入れて何を入れないかだとは思うけど、とにかくどこにでも登れるというのはかなり新しい。もちろん、源流としてのアサシンクリードやSkyrimにおける「登山」も念頭にあるのは間違いけれど、アサシンクリードでは実は点と点の移動にすぎない上下方向の移動が、面として移動できるというのはすごい。Skyrimで麓の街を経由せずにハイ・フロスガーに到達してしまった身としては、ちゃんとゲームシステムとして成立する形でクライミングが組み込まれているのはすばらしいと思う(これはクライミングを前提とした地形の設計も含めての話なんだけど、長くなるので割愛)。
実のところ、マップのあらゆる地形に立てるというのは、特にアクション系のオープンワールドでは珍しくはない。JustCauseでは飛行機からのダイビングとパラシュートでどこにでも行けるし、Crackdown(RIOT ACT)やSaints Row 4では自身の身体能力により高層ビルの屋上にも軽々と登れてしまう。ただ、こういうアクション寄りのオープンワールドは大味になりがちで、一番高いビルに登るには、ちょっと高めのビルを経由するだとか、戦闘も上空からミサイルぶち込みますみたいな感じ(これはこれで好きだけど)だったりするので、移動の自由さを確保しつつ、精度を持って成立させているところは他にはない感じがする。
精度という意味では、任天堂のいうところの物理エンジンと化学エンジン(http://game.watch.impress.co.jp/docs/news/1047403.html)による謎解きその他もすばらしい。これは従来のゼルダからの流れももちろんあるけど、手持ちのアイテムでスイッチが押せたり、ダンジョン内のオブジェクトで火をつける代わりに火の矢を射つだとか、思いついたことが実際にできて通用するし、従来Havok神の加護のもとでは成立し得ないと思われてきたことを実現しているという意味でも出色の出来だと思う。
ということで、ひとまずの感想としては
よくある洋ゲーのオープンワールドゲーを、複数煮詰めて煮込んでアクを取ってゼルダ味をつけたようなゲームといえば、そういう感じなのだが、これが、よくもまぁ最終的にキッチリとゼルダ味に仕上げたな、という出来だと思う。
にかなり近いんだけど、今までのオープンワールドの要素とゼルダ的なるものを組み合わせて出来上がったものが総体的に新しいプレイ体験を供していると言っていいんじゃないかなー、どうかなー。
以下蛇足
武器、盾、弓のインベントリ管理(具体的には「すてる」)が面倒なので改善してほしい。方向キー+Rスティックの左右で選択だけど、下で捨てるとか。
追記
追記カッコワルイのはそうなんだけど、滑空(グライダー)について。言葉が足りなかったのが悪いんだけど、空中である程度の高さにいれば常に滑空動作に入れることで移動の自由度が上がる例として挙げたので、神々のトライフォースや時のオカリナのコッコを指して(というか今作も出来るよね)すでにあったと言われても、うん、そうじゃないんだよねという感じ。これ以外のゼルダに関しての滑空についてはわからないのでごめんなさい。というか、神々のトライフォースも時のオカリナも(3DS版だけど)プレイしたし、洋ゲー好きな人は任天堂のゲームとかあんまりやらないんでしょみたいのも偏見ですよねー。
それを体験する
それが昔のゲーム
作った人とやってる人のやり取りだと思う
作った人が隅々まで作って、やる人はそのなぞを追いかける
裏で色々な設定や世界観を作られているけど、それは主人公であるプレイヤーが自分で調べる事であってゲーム開始時から表には出てこなかったはず
ゲームだけを全部終えてもその全てが分かる訳でないものも多かったと思う
後で設定だけを知ったり出来たりする
なんで自分がこの問題にたたされえいるのか、この世界はどうなってるのか、知らない
だから建物や部屋ファンタジー?では施設とか遺跡とか、そういうものを調べる
好奇心で興味津々で
少しずつゲームを進めるのに必要ななぞが解けてそのたびに一歩前進、最後に主人公のたたされてる最大の問題を解決する
それがゲーム
今のゲームは世界観や設定がまず最初に示されていて最初から全体像が見えてる事も多い
プレイヤーはまずそのゲームをするためには世界の設定や仕組みを覚えて活用しないといけない
プレイヤーは謎解きよりも示された設定どおりに作業をこなすだけ
それとプレイヤーの相手をするのはプログラムで物理エンジンとかがプレイヤーの接客をする
全体像が最初から見えているから謎解きとか自分が調べて探索して明かされるなぞとかそういう楽しみは無い
やってる人は裏がどうなってるのか分かった分かった上で自分は知らない事にしてゲームの主人公に付き合う
盛り上げる為に人間関係やドラマとか演出とかそういうもので感動を取ろうとする
でもそれだけだと謎解き無しなので、ゲームの本質と関係ないミニゲームのような謎解きを入れる
プレイヤーは自分が今何で戦ってるのかもあまり理解し無いで進んでる事も多いんじゃないかと思う
それをしなきゃ進めないからやってるだけ
物理エンジンとかいってるけど、それぞれ個別に作るのを面倒だから一つのもので一括処理してるだけだと思う
一つ作る事で全てに適応できる
でも全部同じ事が起こる訳だから、結局一つ作っただけって事になるんだよね
空き缶とTVと電話があったら
空き缶を殴ってもTVを殴っても電話を殴っても同じように壊れる
それがもともとのだったら
空き缶を"調べた"ら、間違って下に落としてしまう
TVを調べたら、電源を入れて視聴する事出来て
全部動きはするけど全部予測できる同じようにしか動かない反応なのと
調べるたびに何が起こるか分からないのとはぜんぜん違うと思う
登録されてる単語の文字列を自動的に並べて文章を作るプログラムで書かれた小説と
人が書いた小説読むのの違いだと思う
確かに小説プログラムは毎回違った文章を自動的に無限に作るけどそれを読んでいて楽しいのかどうか?
もしもたたいたものが物が壊れたりするんだったら
新しい物体を見つけるたびに壊してみたいかどうだか
もしも、触ったもので何がどう反応するのか分からないなら新しい何かを触るたびに期待できるかどうか
最初はああこうなるんだぁって感動すると思うけど、二三回いじったらもう興味が消えると思う
アングリーバード以前の物理ゲーと呼ばれていたそれらは物理エンジンに胡坐をかいて、物を壊す以上のことを考えてなかったの。
物を壊す主体が鳥だったり、失敗すると豚がどや顔したりといったゲームの為の物語の機微がなって無かった。そこが大きな違い。グラフィックは演出の要素だけど、演出はグラフィックで為されるものじゃない。注意召されよ。
キャッスルクラッシュ系でAngryBirdよりもシステムが凝ってるFlashフリーゲームはいくつもあったし、「ゲームの為の物語の機微」なんて、それを突き詰めたFFこそ批判されてるわけだし。つか、AngryBirdのアレって「物語」なの?既存のCastleCrash系の「敵の城をぶっ壊せ!」と大差無い気がするんだけど。
「アメリカ人に受けてるかどうか」と「真っ先にiPhoneに移植した」以外に目を見張る部分があるとは思えん。少し早く流行定着していたタワーディフェンス系はこういう騒がれ方してなかった気がするんだけど、何か違うの?