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はてなキーワード: 無思想とは

2018-06-01

anond:20180531213524

ウヨ動画通報祭りなんJを絶賛している左翼リベラル派もいるが

今回の件で重要なのは

なんJ民を含む2ちゃんねらー(5ちゃんねらー)の動機基本的

無思想面白主義世間で指示される物に対する逆張り志向という点な

まあ、なんJ民の中にも純粋正義感で行動してる奴、さらには自分自身が深刻な差別当事者となっている在に韓国人もいるんだろうが、全体数では少数派だろう

なんJ民の大多数はノリとか場の勢いとかで、ウヨ動画通報祭りを「楽しんで」やってる

そら楽しいわなあ

文字どおりにバンバン削除されて成果が上がってる

ヘイト動画狩りの大義名分として他ならぬ安倍晋三ヘイトスピーチ批判したお言葉を掲げてる奴もいる、堂々とGoogleyoutubeという「国際的大企業」の威を借りられる

今回の件は「権威」が味方にできている

そら楽しいわけだ

というような、ネット民快楽意識に訴える戦略をできなかったのが、既存反差別左翼の致命的な失敗点!!

正義感だけで人間は動かんよ

考えてみろ

差別的なネトウヨ動画蔓延するのは、視聴者に「俺は日本人というだけでエラい」「ネットで真実を知った俺すごい」ってな優越感の快楽をもたらすからだろ

今の左派にはそういう快楽要素が無すぎる

そら負けるわけだ

今回の件の5年ばかり前、淫夢厨が起こした「李田所事件」ってあったよな

あれは間違いなく、阿呆左翼ネトウヨ批判より100倍ぐらい有効だったと思う

正面から真面目にネトウヨ批判しても読んでくれるのは元から左派だけ

しか

ネトウヨ淫夢ネタに引っかかった! あいつらやっぱりバカだwww」

という面白ネタ、笑いになる話題ならば

から左派でも何でもない大多数の無思想ネット民

ネトウヨへのマイナスイメージを刷り込むことができる

俺はポリコレ的に正しい反差別思想啓蒙するより

淫夢厨やなんJ民のような下世話な面白主義が広まる方が

ネトウヨ価値観の相対化という意味ではよほど効果的だと思うぜ

2017-12-22

はあちゅうヨッピーナチスドイツ経験主義』というトンデモ記事への反論

こんにちはエルサレムアイヒマン警察です。上司インフルエンザで休んで暇なので、大好評炎上中のはあちゅうセクハラ告発について調べてたら id:plagmaticjam 氏の「はあちゅうとヨッピーとナチスドイツと経験主義~ハンナ・アーレントは何を語ったのか~ - メロンダウト」という記事発見

タイトルからし地雷臭がヤバイと思ってたら案の定トンデモだったので、おうちにあった『エルサレムアイヒマン 新板』を読み返しつつ反論したいと思います

炎上の経緯はハゲ大先生 id:hagex のまとめが鬼詳しいのでこっちを読んでください。→はあちゅうのセクハラ告発大炎上まとめ(追記あり) - Hagex-day info

 

件の記事ブログ筆者は、アイヒマンはあちゅう類似性を下記のように定義しています

はあちゅう氏=「自分被害者になったら告発する。いっぽうネットで実際に被害者が見えないなら加害者になれる凡人」

「凡人は無自覚悪人であること。」

アイヒマン命令によって思考行為を切り離し悪人になれたように、はあちゅうネットをかませ被害者特定しないことによって思考を切り離しているように見える。」

ヨッピー童貞いじりが誰を傷つけているのか、と擁護していたが「誰がわからない」から傷つけてもいい、なんてアイヒマンが「名前を知らない」から業務的に虐殺したのと構造的に同じだ。」

「何もはあちゅうだけに限った話ではない。ネット思考行為を切り離す。凡人が容易に悪人になりうる構造を持っている。」

ブログ筆者は「思考行為を切り離すがゆえに、無自覚悪人になる」構造があるとし、類似性を下記のように指摘しています

ブログ筆者が考える構造類似性

アイヒマン:「命令」によって思考行為を切り離す

はあちゅうヨッピー:「ネット」によって思考行為を切り離す

ですが、前提にしているアーレントの読みがそもそも間違っています

アーレントが指摘したのは「アイヒマンが何も考えていない=無思想性」ということでした。

「俗な表現をするなら、彼は自分のしていることがどういうことなのか全然わかっていなかった。」

「彼は愚かではなかった。完全な無思想性−−これは愚かさとは決して同じではない−−、それが彼があの時代の最大の犯罪者の1人になる素因だったのだ」(p.221)

アイヒマン相手匿名から虐殺したわけではありません。知っているユダヤ人も知らないユダヤ人も等しく虐殺しました。

彼は「善悪弁別する能力をまったく欠いている」(p.20)のであり、「彼は自分義務を行った。命令に従っただけではなく、法律にも従った」(p.107)のです。

アイヒマンの特徴は「自分思想がなく、善悪区別がつかず、ただ義務命令法律に忠実な男」であり「自分よりも権威のある立場の人が『正しい』と言ったなら盲目的に従う男」であるということです。

アイヒマンには、反ユダヤ主義思想教育もなかった、とアーレントは指摘しています

好き嫌いがあるゆえに行動するのではなく、一切の好き嫌いがないからこそ、自分より高い立場権威から命令されたことをマシーンのごとく忠実に実行しました。

実際、アイヒマンは「良心問題については、命ぜられたこと(筆者注:虐殺)をしなかった場合にのみ疚しさを感じた」(p.20)と述べています

 

アイヒマンのような「無思想で、法律義務命令に忠実である」人は、平和時代であれば、上司の言うことを忠実にこなす「優秀なサラリーマン」、法律など絶対に破らない「良き市民」として一生涯をまっとうしたでしょう。

アイヒマンはあまりにも「普通おっさんであるという事実について、アーレントは<悪の凡庸さ>と指摘しました。

アイヒマンはきわめて凡庸一般人であるというアーレント見解は、「ナチスは、ユダヤ人絶滅したくてたまらない極悪人狂人」という世間見解とはまったく違うものだったので、多くの反発を招きました。

 

一言でまとめると、アーレントが語る「悪の凡庸さ」とは、「平和時代ならあまりにも普通おっさん、ただし無思想善悪判断がつかないから、彼が従う権威や法が狂えばなにも考えずに極悪人になれる」ということです。

以上の経緯から見ると、ブログが「悪の凡庸さ」を誤用していることがわかると思います。もう一度、ブログ言及されていた構造をおさらいしてみましょう。

ブログ筆者が考える構造類似性

アイヒマン:「命令」によって思考行為を切り離す

はあちゅうヨッピー:「ネット」によって思考行為を切り離す

思考」と「行為」が個別にあり、それらの連結を切り離す「X」があるという前提です。

しかし、アイヒマンそもそも思想」がありません。だから自分に注入される命令義務を己のものとして実行します。

ブログ筆者が考える構造: A(思想)=X(切り離すもの命令ネット)=B(行為

アーレントが指摘したアイヒマン構造: X(命令義務法律)→B(行為

構造がなにひとつかすっていないことがわかると思います

 

そもそもはあちゅう氏はアイヒマンのような「無思想」ではありません。むしろ自己主張が強く、自分を良く見せたいタイプだと思います

善悪判断力はわかりかねますが、盲目的に命令権威に従うタイプではありません。

はあちゅうは凡人」と言うとなんとなく納得感ありそうなんですが、アーレントが言った「凡庸な悪」とは意味が違います

ネット」とか「不特定多数他人」とかも、アイヒマンにはまったく関係ありません。

 

凡庸な悪」というパワーフレーズはすさまじいものがありますし、引用したくなる気持ちもよくわかります

しかし、なんとなくキャッチー単語フレーズだけを使って独自理論を展開するのは、引用源にも読者にもどちらに対しても失礼ですし、誤解を与えます

名著や歴史的パワーワード換骨奪胎して持論を展開するのはやめてほしいです

ぜんぜん引用源を正しく参照してない記事内で、ナチスドイツという激烈ヤバイもの名前を同列に並べられたはあちゅう氏とヨッピー氏、さすがに流れ弾すぎるだろ…と思います。あとブログ言及されてる「経験主義」も「違うだろ…」て感じなんですが、続きは経験主義警察の方々にお譲りします。

 

参考文献:ハンナ・アーレント大久保和郎・山田正行訳『エルサレムアイヒマン 悪の陳腐さについての報告 新版』(みすず書房2017年

エルサレムのアイヒマン――悪の陳腐さについての報告【新版】:Amazon.co.jp:本

(所要時間:45分)

 

※もちろん「書籍を読む」行為に、明確な正解はありません。私の読解もまたひとつ意見にすぎませんから、別のハンナ・アーレント警察の方から「違う!」とおしかりの言葉を受けるかもしれません。とはいえ、いくらなんでも適当すぎる読みだと思うんで反論を書きました。

2017-08-15

ネット右翼をはじめとするネオナショナリストはとても進歩的な人たち

日本国民の「右傾化」が叫ばれて久しい。現政権は「保守政権」と自称している。

なるほど、保守。たしかにそのネオナショナリズム過去に立ち戻るような考え方のように映る。

しかしながら私はこの保守、あるいはネオナショナリストこそ日本国において最も急進的で未来希望を託している人種なのでは無いかと思えてならない。

現代日本さながらラピュタのようだ。我々の足元には確たる基盤がなく、ゆらゆらと宙に浮いている。それには様々な原因があるだろうが、今回は三つの思想的敗北によるということで話を進めていく。

まず、第二次世界大戦敗戦がある。明治以来国民支配してきた全体主義国粋主義が間違いであったことを身を以て知った我々は頼るべきイデオロギーを失った。1回目の敗北である

次に我々が依拠せんとしたのは共産主義であるソ連や他の共産国秘密主義のためにその惨状を知らない日本人共産主義桃源郷に夢を馳せた。東大闘争に始まったこの熱は日本中をのぼせ上らせたが、セクト間争い、連合赤軍、そしてソ連崩壊と暗黒面が目につき、我々は夢から醒めた。

バブル崩壊アメリカ式資本主義敗戦からずっと生き残り続けた。奇跡復興宗主国アメリカのど真ん中の大きなビルを買えるくらい、日本資本主義化において成功を収める。しかしそれは文字通り膨らんで行く泡であり、遂には弾け、資本主義さえも信じられなくなった。

主義無思想無宗教日本に残されたものは、敗戦国という烙印と無機質なハコモノだけであった。今までならば誇るべき別の点のお陰でさほど気にしないで入られた「戦後レジーム」が今更になって癪に触る。

こうしたアイデンティティ喪失によって創り上げられたのがネオナショナリズムである

先に「ネオナショナリズム過去に立ち戻るような考え方のように映る」と書いた。しか歴史上どこに立ち戻るべき過去があるというのか?日本帝国政治体制が戦禍を巻き起こし(彼らが全てアメリカの陰謀であると主張したところで同じことである米国にまんまとしてやられ冷静さを失う体制のどこが間違っていないというのか)、華々しい経済も泡沫と消えた。立ち戻るべき場所本来どこにも無い。では彼らはどうするか?

過去を作り出せ」ばいいのである

美しい日本日本帝国真実書店に立ち寄れば過去を美化している本が並んでいる。しかし彼らの言葉の指す「かつての日本」は過去ベースとしたファンタジーなのである

かの有名な江戸しぐさを思い出して欲しい。教科書にも掲載されたデマであるが、あれは全く過去ベースとしたファンタジーである。いわばベイマックスフランシストーキョーや銀魂大江戸のような「そうであったかもしれない日本」の姿であり、それは過去存在していない以上幻想以外の何者でも無い。

当たり前の話だが、戦前日本を知るものはもはや生きていない。戦争の怖さは子供にもわかるだろうが、怖い社会を感ずるためにはある程度の年齢が必要から誰も知らない、ということは現在の我々が過去を思う時、そのほとんどは幻想に頼るしかないということであるモニターの奥の二次元世界となんら変わらない。現在過去との間には次元を隔てる障害があり、こちからあちらへは干渉できない。

しかアニメネオ日本は格好がいい。しかしそれを現実で語ればアニメ脳、ゲーム脳と言われるのがオチだろう。同じようなことをやっているのがまさにネオナショナリスト達なのである

ネオナショナリストは現時点での閉塞感を解消するためにカッコいい幻想過去投影した。そして「これに戻るのだ」と主張しながら未来を作ろうとする。

結果、彼らは前しか向いていない。過去を省みてはいないではないか。これがいわゆる保守こそが進歩的な人たちだという理由である

私は右傾化否定肯定もしない。戦後から不安定さの解決のために右往左往してきた日本人を思えば、当然の帰結だろうと思う。お粗末な思想、主張だが、日本国民がそれを望むのであれば、それも良かろうと思っている。なに、高い授業料になったって構いやしない。

ただ、一つだけ加えておきたいことがある。私は先程からネオナショナリスト思想根本幻想ファンタジーアニメ的だと主張してきた。幻想現実ではない、ありえないものなのである。つまりは霊的なもの、神的なもの呪い的なもの、それらと変わりないオカルティズムだ。オカルトによって国が動くのだとしたら、あなたは怖いと思うだろうか、素晴らしいと思うのだろうか、それを尋ねてこの紙片にピリオドを打ちたい。

2017-06-25

https://anond.hatelabo.jp/20170624233515

90年代から00年代にかけて、さんざん「巫女」「メイド」を記号的、かつ無意識に消費してきたんだから陳腐化するのも当然なのだと思う。

巫女」「メイド」に関心を示した層(あえて「オタク」という表現を避ける)は、何も考えず消費していた。だからこうなる。後述するとおり、これは仕方がないことなのだけれど。

この消費が続くとどうなるか、「巫女」「メイド」を扱う作品がどうなっていくのか。それをあの時代に考えていた者は少なかった。

未来視をせず、まったくただ消費するだけだった。焼き畑農業に近い。

自らの髄脳をただ刺激し、そのニューロンと、「巫女」「メイド」の記号とを焼き切ってしまって、10年代を迎えた。

あの時代に「萌え」という風が吹いていた点が、この問題助長していると感じる。

萌え」は思索をある種放擲する営為だ。何も考えず、リラックスして作品キャラクターに触れる。ストレス社会&大きな「物語」が消えた社会に生まれた、ふわり、とした感覚

巫女」「メイド」はそういう時代経験で消費されてしまった。

雨後の竹の子のように現れた「メイド喫茶」では、ふわふわオムライスが尊ばれたという。

これは、脳をふわふわさせて無意識快楽を得られる「萌え」の具現化として、妙にしっくりきていたと、今更ながら思う。


擦り切れた「巫女」「メイド」へのキャラクター付けをどうするか。あるいは昨今流行している「記号」をどう大切に扱うか。

大衆社会個人に出来ることは存外少ないのかも知れない。今も「萌え」の風はどこかで吹いていて、無思想快楽私たちを誘っている。

この記号が、数年後どうなるか? 作り手側はどう考えているのか? なんてことをちょっと心の片隅で考えながら、作品に触れるのが、視る側としてインスタントに出来る効果的な姿勢なのかも知れない。


偉そうに書いてすまんな。増田師匠筋に当たる人物から増田は偉そうに書けと言われてるんじゃ。

2017-06-12

頭の悪さが一定以上の人は選挙投票できるのか

こんなん増田しか書けないんだけど、超頭悪い人がいたとして、その人に選挙権与えるのはなんで?

選挙の仕組みや政治のことがほとんどわからないし興味もないような、政治経済の授業はいつも寝ていたような人に選挙権ある意味は?


もちろん、近代の約150年をかけて、諸先輩が民主政治推し進めて男女普通選挙が実現したってのはわかる。非特権階級選挙政治参加できるようになった。

それはわかるけど、政治に興味もないし、政治(国政もローカル政治のどちらでも)を理解するフィーリングもない人が今あふれている。

選挙の日に投票行かずに遊びに行ってしまうような。そういう人たちへ選挙権を持たせる意味は?

折角先人が獲得した男女普通選挙権利を擲つような層に、どう響かせるか。

別に政治に参加するorしないの自由もあるんだろう。けれど、そこには初めから選択肢すら視えない、あるいは理解しない層がある。


かなり煽り気味に書いたんだけど、実際自分政治がわからない。

政党があってそれぞれ主義主張があって。市会議員はこれこれこういう会派があって、地域では誰誰さんが誰誰の後援者で。

こういうのは何となくぼやっとわかるんだけど、鮮烈には見えない。見通せない。

それでもなんとか考えて投票するけど。

もちろん完璧政治感覚を持った人なんていない。だけど、自分無思想性や勉強不足を顧みてなんだかなー、と思う。

2016-09-09

ナコルルの件 あの人にとてもガッカリした話

http://anond.hatelabo.jp/20160908185445

デ、デター!

ついにこういうのきちゃったかあ。

とっても残念ですはてこ氏。



元のゲーマーも、この増田も、要は無自覚ボンボン普通に世間で苦労してる社会人に怒られて逆ギレしてる、それだけの話。

この場合ボンボン」とは、ただ「日本人」として生まれ島国の中で特段「民族」を意識することなく育ったことを指している。「自民族中心」どころかそもそも圧倒的に無自覚に日々を安穏と暮らしてるこの子らは、自分という存在立場暴力性やら何やらに対しても全く無自覚だ。過去歴史も知らず、「日本人であること」が「アイヌの人々」に対して何を意味するのか全くわかってない。そのせいで、「ドイツ人ユダヤ人」というごく分かりやすいたとえを出されても理解できず、それが「ヘイトスピーチになり得ること」の意味が分からない。「日本人であること」の上であぐらをかいているのに、「民族性とかオレたち知らないしかんけーない」が通用すると思っている。

へ~~~~~~え。

私が述べたのは

ゲームの話してるメンションに突っ込んでいって、「殺す」のような言葉遣いを咎めるならまだしも、

アイヌ民族へのヘイトスピーチとして起訴するのは違いますよね?

実在アイヌ民族への悪意なんか無かったのわかってる以上はさ。

という論理ね。


これに理屈で言い返せなくなったら

ジャップアイヌ様では身分が違うのだから!」

身分の違いも弁えないものを知らない子供が!」

って言い出しちゃったよ。

これ反論になってるか?知性終了のお知らせしかねーだろ。


理屈で言い返すなんて生意気だぞう!」

ってか。

ダメだこりゃ。


まさしく「踏んだ人には踏まれた人の痛みは分からない」。だから「踏まれた人の反応」から推測するべきなんだよね。

ああもう私ははっきりこれには反対だ。

だってそれもう「踏まれた人」を無敵の王様にせよってことじゃん。

しかも今回のゲーマーは踏んでねーだろって話だしそもそも。


踏んでねーだろに反論できず

「「論理反論するな、身分が違うのだぞ、弁えろ!無制限のマーダーライセンスをよこせ!」

ってか。

それが通用すると思ってる方が妄想に生きてる一種ボンボンなんじゃないの。

私はこうやって逐一突っ込むけど、世間殆どの人は冷笑して通り過ぎると思うけどね。


凍結されたゲーマーポリコレ寄生虫への敵意と軽蔑だけを持ったと思うよ。

私みたいに寄生虫を解剖してその腐った了見を深く知ろうとする人間世間では少数派。


この件について、アイヌの人の側から、当該発言者の余りの無思慮・無思想っぷりについて、むしろ知らないがゆえに/知らないことそれ自体批判されるのは、全く当然のことと思うし、知らないで許されるという筋のことではない。

当該発言実在人物や実在民族への悪意や抑圧を企図表現したものではなく

それどころかナコルルというキャラ自体への敵意ですらなく

ナコルルを使って嫌がらせをする」と述べた友人への言い返しでしかない。


それはアイヌおじさんも、くたびれはてこ氏も理解出来ることだし、理解していた。

はてこ氏が理解してるということはこの増田理解してる。

ゲーマー氏はその言葉遣いについて「おじさんアイヌから字面だけでギョッとしたな」という抗議は受けてもいいが

アイヌ民族ヘイトスピーチを行ったという起訴をするのは無茶苦茶だ。


この当然の論理を非論理的威圧と脅しでひっくり返そうっていうその了見から腐ってんだよお前らは。

お前等のその了見や活動によって実在アイヌの人が何か助かる訳ですらない。

お前らが誰かを攻撃して説教したいだーーーけーーーー

ってもうバレバレからな?w


アイヌの人がどのような目に遭ってきて、いまどのような境遇にあるか、そのことへの想像力私たちがもたないで「よい」という主張であれば、これはもう政治的主張だ。本人がどういう意図で語っているのであれ、増田と元のゲーマーの彼の言っていることやっていることは、そういう政治的意味なる。その上で批判されているのだ。

なりません。

実在アイヌを全く指していないのが明らかでも「アイヌ」という文字を使っただけで政治主張になるのだー

アイヌ様側から論理破綻した滅茶苦茶なヘイトスピーチ認定に一切反論はまかりならんのだこの身分の低いニッポンジンが!

っていうルールはお前らポリコレ寄生虫オナニーオカズ生産以外のなんのポジティブ意味も持たない。

差別されてるかわいそうな人を救う効果すらない。

お前等のような邪悪人間の為だけのルールには善良な市民コミットする意義がない。



アイヌ様」側に立つことの権威パワーを過大評価してるみたいだが

権威ってのは冷笑する相手に誇示すればするほど裸の王様になっていく。

私は困ってる人を助けたいし、社会をよくしたいし、差別には大反対だけど、

悪いけど「アイヌ様」の風下に立つ気はねーわw

人類平等って信じてるからね。


さいごに

とっても残念ですはてこ氏。

あなたは理性に踏みとどまれなかったな。

自分達を批判してくる奴は全部差別者」。らくちんだねー。


もう堕ちていくだけだね。

2016-09-08

増田のわかってないところ

元のゲーマーも、この増田も、要は無自覚ボンボン普通に世間で苦労してる社会人に怒られて逆ギレしてる、それだけの話。

この場合ボンボン」とは、ただ「日本人」として生まれ島国の中で特段「民族」を意識することなく育ったことを指している。「自民族中心」どころかそもそも圧倒的に無自覚に日々を安穏と暮らしてるこの子らは、自分という存在立場暴力性やら何やらに対しても全く無自覚だ。過去歴史も知らず、「日本人であること」が「アイヌの人々」に対して何を意味するのか全くわかってない。そのせいで、「ドイツ人ユダヤ人」というごく分かりやすいたとえを出されても理解できず、それが「ヘイトスピーチになり得ること」の意味が分からない。「日本人であること」の上であぐらをかいているのに、「民族性とかオレたち知らないしかんけーない」が通用すると思っている。

もう一度確認するが、ドイツ人ユダヤ人に置き換えた場合、当該の発言いかヤバい発言になるか分からないはずはないと思うが、どうだろう? ヘイトスピーチ扱いどころか「冗談」「違う文脈」などという言い訳すら許されないだろうし、その発言したのが仮にドイツ人なら職を失ってもおかしくないくら社会的信用に関わるだろう。それは、まっとうな社会人ならそういう過去について「教育」されており、「知らない」ということ自体犯罪的だ、という共通理解があるからだ。では「アイヌ問題」に関しては? 残念ながらアイヌ問題についてしっかりとした「教育」日本場合ほとんどされていないだろう。北海道以外では、触れられることすらないのでは。だが、この日本社会で生きている「アイヌ」の人々にとってそれは生々しい日々の現実であり、まさしく「知らないこと自体が罪」なことなのだ。

まさしく「踏んだ人には踏まれた人の痛みは分からない」。だから「踏まれた人の反応」から推測するべきなんだよね。

この件について、アイヌの人の側から、当該発言者の余りの無思慮・無思想っぷりについて、むしろ知らないがゆえに/知らないことそれ自体批判されるのは、全く当然のことと思うし、知らないで許されるという筋のことではない。増田の分かっていないところは、まさにそこ。知らないで押し通そうとしていること自体が「そういう発言を許せ」という主張になっており、それは「知らないで済ませてよい」という主張とイコールになる。アイヌの人がどのような目に遭ってきて、いまどのような境遇にあるか、そのことへの想像力私たちがもたないで「よい」という主張であれば、これはもう政治的主張だ。本人がどういう意図で語っているのであれ、増田と元のゲーマーの彼の言っていることやっていることは、そういう政治的意味なる。その上で批判されているのだ。


というわけで増田および元のゲーマー発言は残念ながら「ボンボンの戯言」「子供理屈」でしかない。世の中には安易に触れていいこととそうでないことがある。ついでながら「今時の若者言葉」などという言葉に甘えず、「殺す/死ぬ」という言葉を軽々しく使うことがどういう結果をもたらすかこの機会にきちんと知るべきだ。

http://anond.hatelabo.jp/20160908103104

 
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