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2009-07-13

新彊ウィグル自治区の南方(南彊)に警備重点を移行

新彊ウィグル自治区の南方(南彊)に警備重点を移行

カシュガル、ホータン、イリを周永康(公安ボス)が緊急視察

カシュガル、ホータン、イリはイスラム教聖地をかかえ、多くの敬虔なウィグル人が住まう。北部ウィグルと異なり、工業化、近代化が進んでいない。

北部(北彊)はガス、原油などの生産基地があって石油化学金属冶金などの産業が発達したが、南彊は核実験場とされたり、砂漠地帯が北彊とを地形的に分けているためだ。

イリでは1997年「イリ暴動」が起こった。ホータンでも昨年は数百のデモがおこり、またカシュガル中世からのイスラム城が取り壊され、世界遺産の指定を自らはずし、住民を近郊のアパートに強制移住させた。

カシュガル城旧市内の破壊は文化と歴史破壊であり、「あれはまさにバーミャン石仏ミサイル破壊したタリバンの暴挙に匹敵する」と批判が強い。

さてウルムチでは騒擾から一週間を閲し、モスクの一部が再開され、街は平穏を回復した、かに見える。

モスクの再開を当局が許可したのは犠牲者の葬送をウィグル人が行うためであり、しかしモスクや周辺の壁には「密告奨励」のビラが貼られている。

ウルムチには6月に広東の玩具工場でおきた漢族との武力衝突以後、同工場で働いていた600名のウィグル労働者が帰っている。

在米華字紙の論調は「上は国家安全部から下は武装警察まで総力をあげて『テロ』に挑んだと言いながら、大規模な騒乱を防げず、これは政府無策による虐殺であり、政府責任がある」とするものが目立つ(たとえば博訊新聞網、7月12日)。同紙はつづけてこういう。

工業化で恩恵を受けたのは入植した漢族が殆どであり、石油企業金融、輸出企業などにウィグル人が雇用されておらず、教員北京語強要されて以来、30万人のウィグル教職員が追放され、貧富の差はますます拡大した。とくに王楽泉・書記とその家族は比べる者がないほどの富を得た。

中央政府は実態をみずして、胡錦涛は「『宗教指導者』『民族分裂主義』『テロリスト』の“三股勢力”が騒擾の原因である」などと言いつのり、団結を叫んだものの、『中華民族』の標語は虚ろであり、このあまりの少数民族への虐待に、かれらウィグル人が民族記憶を呼び覚まし、国際社会における汎トルコ主義に目覚め、独立を目ざすのは自然の流れと言える」。

7月11日には中央政治常務委員の周永康(政法委書記)は国務院ならびに軍の高官を引き連れて、急遽、ホータン、カシュガル、イリを視察し、「ウルムチはおさまったものの、これら三地域では暴動再発の危機は高まっている」とした。

カシュガルは嘗て短命に終わったとはいえ分離政権が存在した地域でもあり、『三股勢力』が猖獗している。ホータンもイスラム原理主義過激派が強いカシミール国境と近く、テロリスト密輸ルートである」などとして、特別警戒に入った(多維新聞、7月13日)

2009-07-12

河南省福建省江蘇省から14000名のパラシュート部隊が新彊へ

武警は蘭州、南京から交代要員がウルムチ入り、軍の配備も異常事態か

1989年天安門事件では首都を護衛する肝腎の部隊が動かず、地方からきた部隊が学生集会に突っ込み鉄砲を水平に撃った。多くの死体は軍が隠した。

7・5ウルムチ事件では、デモ隊に加わったウィグル人らに軍が水平に発砲し、多くの死傷者がでた。軍は死体を隠した。

あの朝日新聞ですらこの事実を報じた。 http://www.asahi.com/international/update/0712/TKY200907110280.html

当局の発表では死者184,うち74%が漢族だという(笑

BOXUNG NEWS(博訊新聞網の英文版)は、12日付けで「パラシュート部隊が新彊に集結している」と伝えている。河南省福建省江蘇省からの部隊、およそ14000名で、これらの地方空港で搭乗が確認されている。軍の移動に民間機を使うことがあるからだ。

また多維新聞網(7月12日)によれば、蘭州からきた武装警察が四日間の夜勤を終え、10日夜、南京からきた武装警察の部隊と交替したという。蘭州部隊はウルムチ市人民広場の第一中学に駐屯していたことを多維新聞記者が目撃した。彼らは街の辻々にたって警戒に当たっていた。

2009-07-11

新彊ウィグル自治区に駐屯の特殊兵団は百万人に増えていた

王楽泉・書記はこれまでの更迭説を跳ね返し「血の弾圧」を中央から評価された。

中国共産党のやり方は世界常識の百八十度反対側にある。血の弾圧をすればするほど、出世するのだから。胡錦涛チベットで民衆の不満を血の粛清のぞみとんとん出世階段を駆け上った。王楽泉は中央委員である。

さて中国はウィグル自治区の騒擾における死者の数を増やした。184名。犠牲者民族構成は漢族犠牲が74%だって!(新彊ウィグル自治区の最新の人口構成は漢族が73%)。この数字は信憑性が薄い。まるで語呂合わせではないか。

世界ウィグル会議」(カディール女史が代表。ワシントン)は直ちに声明を発表し、「死者は最大3000名に達するだろう」。またNYタイムズは「漢族ギャング団が武器を手にしてウィグル人を襲撃した」事実を明記した(7月11日付け、ネット早版)。

ウアルカイシ(吾爾開希)は台北記者会見し、「天安門事件の死者を中国共産党は最初から最後まで作為した。今度も数千の犠牲がいるはずである」(『自由時報』)蘇貞昌(前台湾首相)も同紙に寄稿して「自由と人権を尊重する立場から、われわれはウィグル人を支援するべきではないか」と訴えた。

さて、今時ウィグルの騒擾で長らく謎とされてきた「新彊兵団」(新彊に駐屯する特殊軍隊)の謎の一端が明らかになった。正式名称は「新彊生産建設兵団」という。

石油ブームが漢族人口を激増させ、ウィグル人を石油とガス産業から排除

既報のように毛沢東時代に中国人民解放軍という事実上の「侵略部隊」は山東浙江省からの部隊が主力だった。後年、これに上海からの若者が追加され、1960年代には五十万人といわれた。

簡単に言えば革命後、余力を新彊とチベットに侵略軍として派遣し、将棋のコマのように使い捨て、生き残っても中原に帰還して貰っても困る。食い扶持が減る。だから現地に残留させ、「生産」とか「建設」とかの美辞麗句で飾り、実際は自活せよ、というわけだった。これが『新彊生産建設兵団』発足の経緯である。

『新彊兵団』は独自の養鶏場養豚場、農場をもち、自作自給の食糧による駐屯を続けてきたため独立部隊の性格もあった。この兵団のなかに党細胞と独自の行政、独特の自治、検察司法どころか銀行大学も持ち、企業経営も展開してきた。『行政』は中央組織をまねて「台湾弁事処」まである。

現有は十四個師団、保有する農場は100以上、建設企業が500以上で社会事情単位は3000もある。100万人と推定される構成員の89%が漢族だという。

同期間、住民の強制移動により中国各地から新彊に300万人が移住したため漢族人口比がまたまた増えた。ウィグル人の怨嗟の的となった王楽泉(新彊ウィグル自治区党書記)はソ連崩壊直後に新彊に入ったが、おりからの石油ブームで採掘、輸送ビジネスを展開し、一族郎党を山東省から率いてきた。石油ブームにより200万人の新規移住があり、漢族人口が増えていた。

もともと王は石油技術に明るく、また共産主義青年団(団派)出身のため、一時は胡錦涛との関係が緊密だったという説もある(NYタイムズ、7月11日)。しかし十六年という長きに亘る駐在は珍しく、赴任地が長ければ長いほどに利権の独占状態が進んでいることもまた事実であろう。

2009-07-10

「7・5新彊事件」が暴いた権力闘争の醜態

新彊利権構造にメスを入れようとした団派を江沢民派が強く妨害

9・11テロ事件」に由来するかのように新彊ウィグル自治区騒擾を「7・5新彊事件」と多くの華字紙が命名し始めた。

民族対立の根深さが露呈したが、一方において中央の権力闘争がある。

その醜悪な側面はこうである。

すでに小誌が分析したように「新彊覇王」こと、王楽泉・党書記は腐敗の象徴、新彊のプロジェクト利権を総覧し、政敵をばったばったと倒し、山東省閥で周囲を固めた。北京五輪前後から、そのあまりの腐敗ぶりを「団派」(胡錦涛主席の出身母体)が攻撃目標としてきた。

胡の右腕・李克強(政治局員)は手勢の秘書軍団のなかで、ふたりの副官のスキャンダルを賀国強に握られ、胡錦涛が不在中に賀ら上海派は習近平ら太子党と組んで、李を追い詰める手はずが組まれていた(博訊新聞網、7月9日)。

このスキャンダル情報温家宝首相側近からもたらされ、内蒙古赤嶺山西省臨分、遼寧省本渓、黒竜江省鶏西などの銀行口座に李克強の手勢らの不正蓄財の口座の証拠が挙がっているという。

表面的には広東省書記の王洋と新彊ウィグル自治区の王楽泉との対立があり、このバランスを崩すためにも、不正蓄財の材料は、それがでっち上げであれ何であれ、重要ファクター、一気に政局を変えることが出来る。

かつて1979年、トウ小平四人組追い落としのために葉剣英、華国鋒の力を梃子とした。89年天安門事件は李鵬ら守旧派にとって、目の上のたんこぶ=趙紫陽追い落としの絶好の機会を与えてくれた。

上海江沢民残党」「広東の反王洋(アンチ団派)」が、この場合、呉越同舟した。

江沢民に近い王楽泉のポストを守り、むしろ厄介者の王洋を失脚させる。そのためにはスキャンダルでっち上げてでも、李克強の政治力を弱める。そして胡錦涛イタリアのG8サミットに出かけた隙を突いて、留守番チームが団派の政治力をそぎ落とすという筋書きだった。

公安筋を牛耳る周永庚も、どちらかと言えば上海派である。

上海派が張り巡らした利権構造上海メガロポリスから北京中南海をも猖獗し、正義より腐敗を、公正より不正を愛する権力亡者らが党の権威を嵩に、やりたい放題の金儲けに没頭してきた。

上海派のモットーは「何事も政治的事件がおこらず平穏にカネを稼ぐ」。

正義感の残る団派の若手にとっては許し難い奴らである。

王楽泉が蓄財した金額は天文学的であり、新彊ウィグル自治区の武警、軍はもとより党組織の末端細胞にまで腐敗のお裾分けが配られ、あたかも王楽泉の私党、私軍とまで言われるほどだった。

9日、胡錦涛北京に帰国し、九人の政治常務委員全員が出席するという異例の会議が開催された。

東トルキスタン独立は夢か

新彊ウイグル自治区歴史的にも文化的にも文明的にも、もともとウィグル人の土地であり、1944年から1949年まで「東トルキスタン」という独立国だった。

中国植民地獲得を目的東トルキスタンに侵略し、ウィグル指導者宗教指導者多数を殺戮し、新たに漢族の入植を政策的に進めた。

東トルキスタン独立死滅せられ、「新彊」という土地名がつけられた。新しい辺境、という意味である。

侵略軍は1949年から53年にかけて新彊に進駐し、農地を開墾してそこにどっかと居座る。この駐屯部隊は北京天津江蘇省湖南省そして山東省の兵隊から成り立っており、合計33万人の軍隊が駐屯を開始した。

以後、1962年から66年にかけては上海若者およそ十五万人が送られた。

他方、1949年から1984年にかけて、300万の漢族ほかの異民族が移住し、ウィグル自治区の北部一帯をしめる。シルクロードの北側、天山山脈の雪解け水に恵まれ、古くからオアシスが多い。当時、新彊ウィグル自治区人口は約1000万人。三分の一が漢族となった。

ただし新彊ウィグル自治区の南方は土着の民が多く、漢族の入植はきわめて少ない。理由は核実験場と、工業化に向かない土地だから。

98年からの西部開発政府プロジェクトは、この北部の漢族居住区が対象とされ、ガス、石油開発、高速道、橋梁鉄道、官舎、駅舎などのプロジェクト漢族企業が独占し、ウィグルの民は農業に従事しているだけだった。新田開発も、移住してきた漢族にのみ供与された。

ウィグル農民と漢族の都会生活者との所得格差はますます開いた。

警察、軍、金融銀行石油化学、ガス、行政組織教職等々、近代化に必要な職種はほぼ漢族が手中とした。

ウィグルの民には現場労働やリキシャ、個人商店、羊肉レストランいがい、進出できる職場もなく、まして教育現場北京語強要され、ウィグル語しか喋れないウィグル人は教師の職も追われた。

「とくに原油、ガス、石油化学従業員にはひとりのウィグル族もいない」(BOXUNNEWS、7月7日付け)。

アルカィーダやアラブイスラム原理主義過激派は、貧困が原因である。

ウィグルから多くの若者国境を越えてアフガニスタン入りし、アルカィーダの秘密軍事基地で訓練をうけていた。

新彊ウィグル自治区のウルムチ市内は戒厳令下、街は静寂を取り戻した。街のいたるところに軍隊が駐屯して目を光らせている。力による平定。これが平静である。

それが如何に表面的なことかは共産党自身が知っている。

【衝撃映像】 必死で逃げるウイグル人を集団リンチ

http://www.nicovideo.jp/watch/sm7587829

http://www.youtube.com/watch?v=1EHABkjxAoE

ウイグル労働者襲撃事件

http://www.nicovideo.jp/watch/sm7560115

ニュースアンカー(2009.7.8)によると ・ウイグル人が法的・経済的圧力をかけられて半強制的に各地の工場へ移送されており ・8000人の労働者が働いている中国広東省のこの玩具工場へも600人が移送されてきた ・失業した一人の漢人が腹いせに「ウイグル人が漢人女性を集団暴行した」とデマを流し ・中国当局はそれがデマであると否定したが ・デマネットを介して漢族の間に広まった ・200人ずつ三交代制で働いていたウイグル人のうち夜勤200人の帰寮を漢族労働者6000人が鉄パイプで武装して待ちかまえ ・ウイグル人を一人ずつ致死または瀕死まで殴り続けた ・事件は2~3時間続いた ・10人程度が辛うじて脱出できた ・警察は虐殺を止めなかった。

(編注:逮捕ゼロ

ウイグル争乱 - ラビア・カディール女史は記者会見写真を見せながら言った。「偽物、合成です」。

華(はな)も(西側の批判の)嵐も踏み越えて行くが共産党のいき(のこる)道

G8で、胡不在の穴を埋めた国務委員、突如「ドル基軸体制」を攻撃した

「ウィグルの母」=ラビア・カディール女史は記者会見写真を見せながら言った。「偽物、合成です」。

あの南京大虐殺とかの、合成写真、偽物写真オンパレードを思いだした。新華社を通じてプレスに配給されたウィグル暴動の写真、多くは偽物、場所も時間も異なる明確な証拠を示してカディール女史が記者会見に臨んだ。

http://www.chinadaily.com.cn/

(↑ このサイト写真<1>を参照)

逆に漢族の優位を証明する写真もある。手に手に混棒、ぬんちゃく、スコップを凶器替わりにもった漢族の自警団(?)、みんな体格が言い。つまり軍の「便衣隊」である。漢族の軍は漢族を守り、かれらがウィグル族を殺傷する現場を傍観していた、という。孫子兵法は言う。「やられる前にやれ」。

そして場所はイタリア。西側先進国からウィグル弾圧、人権蹂躙を非難される前に中国は反撃攻勢を仕掛けた。

G8の晴れ舞台胡錦涛不在の代理演説をした国務委員は「ドル通貨基軸は不公平、ドル支配体制は代替通貨が必要だ」と、あたかも中国非難をすりかえるごとき先制攻撃にでた。

中国代表の演説は、オバマ大統領の目の前、ブラウン首相もいた。しかしブラウンは言った。「おっと、聞いていなかった。しかし大事なことは世界経済が回復軌道に乗りかけているときに重大な変化をもたらすような発言(は慎しむべきだ)」(フィナンシャルタイムズ7月9日)。

新彊ウィグル自治区の騒擾をおさめるために胡錦涛が言ったのは「一刻も早い治安回復」。公安担当の孟建柱が続けた。「責任者を(死刑を含む)厳罰に処す」。世界ウィグル会議は、拘束された1400名余りの殆どがウィグル人であり、漢族が武闘による殺害をしたが、その犯人は捕まえていない、と記者会見している。

▲新彊ウィグルレアメタル埋蔵を確保したあとはアフガニスタンへ照準

そして、この緊急事態をもろともせずに、中国国有企業アフガニスタンで銅山開発の大工事を始めた。CMGC(中国冶金集団)と江西銅業は、アフガニスタン歴史始まって以来の数十億ドルもの資本を投下し、カブール近郊のアイナク銅山開発を正式に開始した(チャイナディリー、7月10日)。

同銅山は1974年に発見され、ソ連技術者が試掘を繰り返した場所。埋蔵推定1300万トン。

中国はアイナク銅山に28億ドル強を投下し、ほかに毎年4億ドルアフガニスタン政府に操業費用として支払い、かわりに年産20万トンの銅を産出する。同銅山はほかに数億トンの鉄鉱石埋蔵があると見積もられている。

2009-07-09

ウイグル騒乱、胡錦涛主席イタリアサミットを中途退席して帰国

習近平(副主席)が事態の収拾に陣頭指揮。軍を増派、血の弾圧を正当化

あの「通州事件」は、おそらくこのような筋書きだったのだろう。

警備の任にある保安隊が在留邦人の名簿を密かに収集し、ある日突然、日本軍の手薄をついて襲撃を開始、これ以上の残忍な殺害方法があるかというほどの残虐な手法で、日本人二百数十を殺害した。

ウィグル族の東トルキスタン独立運動地下組織を炙り出す方法は、いったんデモを許可し、デモ隊に紛れ込んだ特殊部隊公安スパイ暴力行為にでる。

デモを呼びかけた「世界ウィグル会議」をテロを煽ったという罪をなすりつけ、カディール女史の西側のおける名声をおとしめようとする。ダライラマを口汚くののしる遣り方と同根である。

弾圧の口実をつくり、デモ隊に発砲して指導者を消し、さらには「ウィグル人は暴徒」と宣伝して、活動家を一斉に逮捕・拘束する。これは共産党常套手段であり、驚くには値しない。

漢族はウィグル族を奴隷としか認識していないので、この機会に便乗して徹底的な殺戮を繰り返す。

武装した漢族のウィグル人襲撃、ウィグル商店街破壊行為に軍も警察もみてみないフリをしている。

ついでウィグル思想指導者でもあるイルハム・トカティ(中央民族大学教授)を7月7日に拘束した模様(博訊新聞、7月8日)。イルハム教授は穏健派だが、ウィグル歴史的文化的価値を尊重することを呼びかけていた人物として知られる。

北京にもどった胡錦涛はどんな命令を下すか?

そして滑稽なことに中国外交部は「オランダドイツ中国大使館の安全と尊厳を守るように要請した」(人民網、7月8日)

オランダ中国大使館前には200名近いデモ隊が現れ、ウィグルの弾圧を許すなと訴えた。

ドイツでもミュンヘン領事館に火炎瓶が投げられた。

このように過剰に反応する手段も政治宣伝の一環。過剰な自己防衛は、在日朝鮮族がときおり不利な政治状況に陥ると、通学中の女子学生民族衣装ナイフで切られるという「年中行事」にも似ている。

一方、中国共産党指導部にはかなり深刻な動揺が拡がり、対策チームが発足した。

胡錦涛不在のことゆえに次期総書記に有力とされる習近平の「腕試し」にもなる。胡錦涛チベット自治区書記の時代に、徹底的に「暴乱を鎮圧した」功績によって、トウ小平に認められた。

習近平も、ウィグルの反乱を力で平定し、いかに「安定を確保するか」の政治的力量が問われる場面でもある。

対策チームは習近平を基軸に周永康(中央政治常務委員)、王楽泉・ウィグル自治区書記、孟建柱・公安部長らが出席して騒乱を「テロ」と位置づけた(多維新聞網、7月9日) 

中国政府、ウルムチなど五都市戒厳令、軍を大規模に動員し血の弾圧を再開

死者は500人以上に達した模様・・・しかし新華社筋は156名死亡と情報操作

「7.5ウルムチ事変」と後世の史家は名付けるかも知れない。

暴動に発展したウィグル人の怒りは文革以後最悪の被害をもたらした。

世界ウィグル会議(議長=カディール女史)が呼びかけた平和裡の抗議集会は、混入した過激派公安スパイなどの策動によって暴動となった。日頃の漢族に対する鬱積、不満、憎悪が一気に爆発し、多くの一般ウィグル人も加わったためだ。

新彊ウィグル自治区省都=ウルムチは人口230万人、漢族が七割をしめ、経済の90%を支配する。

新彊ウィグル自治区そのものは原油、ガス、レアメタルの宝庫。砂漠核実験場として無造作実験を繰り返し砂漠の民、およそ十九万人が被爆して死亡している。

ガス、原油漢族によって「盗掘」され、これもウィグル人から見れば、自分たちの財産が不当に収奪され、利益漢族が独占している構造となる。侵略者としての漢族宗教弾圧者としての漢族、支配者としての漢族

したがって父祖の地を自分たちの手にもどそうとする独立運動が起きるのは当然であり、「東トルキスタン」としての独立を求める主流派と「ウィグルスタン」としての独立を求める派、さらにはアルカィーダに走る若者グループがある。

中国はこれらを「分離主義」として、あたかも犯罪者のごとく扱ってきた。

7月5日夕方から発生したウルムチ暴動は、官製情報によっても、死者156名、負傷800名、パトカー二台、タクシー10台、公共バス190台などが焼かれ、106軒の商店や民家が放火、損壊被害にあった、という(日本マスコミ大手は新華社発表の140名死亡という数字を使っているが、BBC、フィナンシャルタイムズ、NYタイムズなどは156名としている)。

中国政府外国人特派員のウルムチ入りを禁止せず、いやむしろプレスセンターを設置して情報の一元管理、官製情報だけをあたえ、インターネットは切断されている。

中国は「ウィグル独立過激派による暴力」というイメージ外国プレス宣伝しているが、ワシントンのカディール女史は暴力根底から否定、ミュンヘンに本部のある「世界ウィグル会議」も、暴動の原因を否定し、あくまで平和な行進を呼びかけたに過ぎない、としている。

暴動は伊寧、ホータン、カシュガル、アクスなどにも飛び火した模様だが、軍四万が動員されたという以外の情報はいまのところない(7日午前五時現在)。

ウルムチでは王楽泉・党書記が「企業の三日間の休業」を命じ、ただちに戒厳令を敷いた。以後、情報管理されるため、正確な数字の把握は不可能。血の弾圧が開始される。

世界ウィグル会議」は「死亡者は五、六百名に達している」としている。

日本ウィグル協会のサイト

http://www.turkistanim.org/japan/news.htm

2009-06-29

漢族がウィグル族の雇用で劣情を破裂

広東で民族対立のはて、流血の暴動が発生した

広東省民族対立による大規模な暴動が発生、死傷者数百名をだした。

この事件は広東省東部の昭関市で09年6月25日に発生した。香港資本の「旭日電子玩具工場」で漢族従業員ウイグル従業員が対立、武器を用いての大乱闘となり、流血の暴動に発展した。二名が死亡、百十八名が負傷、このうち十六名重症という。

香港資本は労賃を安く上げるため仕事さぼり文句が多いだけの漢族雇用を忌避する傾向があり、五月にウイグル人を大量採用したばかりだった。ウィグル族は漢族に比べると従順賃金も安く済むため、経営者が集団で雇用を招致するからだ。

このため漢族vsウィグル族のささくれだった対立が激化、寮内では万引き、強盗、強姦事件が続出していたという。漢族は「あいつらが来てからおかしくなった。ウィグル族は第二の日本鬼子だ」とすべてを少数民族田舎物の所為にした。

博訊新聞網(6月28日付け)に拠れば、地元警察四百が直ちに現場に出動、パトカー救急車の出動は48両におよび、六カ所の医院が緊急患者を受け入れた。このために152名の医者看護師が動員されたという。

少数民族の暴動を重視した党中央は直ちに連絡部会を開き対策を協議、周永康、孟建柱という二人の中央政治常務委員が出席した。

トップの政治局員が直々の指示は、いかに党中央が、この問題を切実に受け止めたかを物語るだろう。周も孟も公安検察規律警察を束ねる中国KGBの元締めだからだ。

また広東省委員会書記の王洋は事件発生翌日に、はやくも省内関係部署に指示をだした。

死亡した犠牲者の遺族に補償問題を提示し、また義援金をあつめよ、公安警察は事件の真相究明を徹底し、早急に責任者逮捕し、適切な処理を行うと共に香港企業に対しては新彊ウィグル自治区から大量の雇用をするのは好ましくない旨を警告した。

民族間のバランスを計ると共に、今後の治安回復のためにも新彊ウィグル自治区からきている女行員の安全を確保し、一刻も早い社会の安定を回復せよと訓令した(博訊新聞網、6月27日)。

漢族のウィグル差別がこのようなかたちで露呈したケースとなった。

2009-05-28

中国政府チベットに次ぐ文化破壊の愚挙進行中。

ウィグル人の居住区とイスラム文化遺産破壊しつつ辺境「開発」。

景気刺激策のばらまきで少数民族の習俗をついでに破滅させる一石二鳥

アルタイ山脈モンゴル露西亜カザフスタン中国を東西に貫く。

その頂点とみられる、ベルーハ山は標高4506メートル、カザフと露西亜国境を分ける。中国側の「アルタイ市」は、地理的にウルムチの北方およそ600キロ、「阿弥泰」の漢語を当てるが、原住民はもともと漢族ではない。

ちょうどアルタイ市の位置は中国モンゴル露西亜、カザフ国境であり、北のロシア側はアルタイ共和国

明らかにウラル・アルタイ系の民族が住んでいた。

周辺は金、水銀ウランなどレアメタルの宝庫である。

アルタイ山脈の雪解け水は中国領内で「ウルンクル河」と呼称される河川カザフスタン側へ注がれ、ザイサン湖にたまり、そこからカザフ語の「イルティシ河」となって、カザフ北方を東から西へのび、ロシアへ流れ込むと西シベリアのオムスク市あたりまで達し、他の河川に合流する。

山岳地帯だが、水資源には恵まれる。

さて当該地域は山岳地帯、地震が多い。

アルタイ市の北側は北屯鎮をいわれ、河の北岸を新都心「北屯新区」とする計画が決まった。景気刺激策の57兆円プロジェクトに便乗し、三年間で四億元を投資する。

くわえて民間企業への貸し出しを十億元以上と見込むそうな。

2010年にはアルタイに繋がる鉄道高速道路開通も予定されている。巨大な開発は新都心つくり、新空港整備などに置かれ、アルタイ樹氷でも有名なので、冬の観光客が見込めると「取らぬ狸の皮算用」もやっているが、真の狙いはレアメタル確保である。

そしておそらくは過激派の温床となるのを防ぐために新都心を築くのだ。

中国共産党善意政治目的だけで辺境開発をするわけがない。

すでに新彊ウィグル自治区には14の空港がある。予算の分捕り合戦、あげくに地元デベロッパー賄賂、手抜き工事。危なっかしい工事予測される空港を、新彊ウィグル自治区では三つ、新たに増やし、合計17の空港を構築する。イーニン、アクス、ウルムチなどの空港は大規模な改修工事、クチャは移転工事が進んでいる。

砂漠オアシスカシュガルでは?

新彊ウィグルの西端、カシュガルという砂漠オアシス都市世界的にも有名だろう。キルギス国境を接する街、イスラム教聖地エディカル・モスクがあることでも知られる。

このカシュガル周辺がM6・8の地震の襲われたのは08年10月5日だった。同地区では1902年にもマグニチュード8・0の大地震があり800名前後の死者がでたという記憶がある。

夏は摂氏30度、真冬は零下十五度という寒暖差がはげしいカシュガルシルクロードの要衝として古くから栄え、駱駝が闊歩して胡人の隊商が行き交い、むしろ漢族の入植が遅れた。

殆どがイスラム教徒だった。

中国イスラム教徒にとって、カシュガルのエティカルモスク参拝は、メッカ巡礼のごとく聖地への憧れ、1422年の建立。正門12メートルミナレットは18メートルの高見櫓として左右に立ち、壁面にはイスラム文化の文様が彫り込まれている。

カシュガル市は、このエティカルモスクを中心にユスフ・ハズ・ジャジャブ(カラハン朝の大侍従)の墓、シルクロード博物館バザールが拡がって「カシュガル旧市街」を形成した。

近郊にはアバク・ホージャ(新彊イスラム白壇派指導者)の墓、30キロ北東には千年以上前の莫爾仏塔が砂漠のなかに蜃気楼のごとく残る。

このカシュガル旧市街という文化遺産を「地震対策」を名目に建て替え、住民を近郊に「新市街」を建設し、高層アパート移転させるという無謀なプロジェクトが展開され始めた(ヘラルドトリビューン、5月27日付け)。

すでに900世帯が立ち退き、残り13000世帯も「地震がくるから移転を急ぎなさい」と市当局から煽られて、強制的な引っ越し準備に明け暮れている。

「これはイスラムの文化遺跡破壊ではないか」と前掲ヘラルド紙が批判を繰り出した。

カシュガル市当局は対象住民と何回も話し合いを持ったと言い張るが、住民側は立ち退き日程と保証金を聞かされただけ、プロジェクト全体の費用はとりあえず4億4000万ドル、これに57兆円の景気刺激予算から追加の配分がある、という。

イスラム教徒を分散居住させ、治安対策にする?

 

二十日以内に立ち退けば、保証金の他に30ドルの報奨金、一ヶ月以内なら15ドルの報奨金が貰える、と即物的なカネの宣伝を繰り返し、ウィグル人の住居という習俗、文化風習を無視してプロジェクトを急ぐ。

この結果は、さらに漢族支配への敵愾心を増幅させたようだ。

どうやら中央政府治安対策上、イスラム教徒過激派の集合場所を分散できると踏み、省政府カシュガル政府の高官はプロジェクトでカネが転がり込むと踏み、土建屋的発想が文化遺産保存という考え方もついでに破壊した。

北京の文化関係者のあいだにも不評で「愚かな政策」と吐き捨てる者がいるが、国連ユネスコ世界遺産」登録リストから北京政府意図的にカシュガルをはずした。「これは政府高官の命令と思える」と文化遺産関係者が憶測しているという。

チベットに次ぐ文化破壊の愚挙、ますます深刻化している。

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