はてなキーワード: 次世代シーケンサーとは
またか。どうでもいい話だ。まあ、どうでもいいので、顕性と潜性になってもいいと思うよ。
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/togetter.com/li/1700955
みなさんが生活上どういう場面で優性と劣性という言葉に出会うのかわからないが、仕事上日常的にこれらの用語を用いている職業がある。遺伝専門医と遺伝カウンセラーである。これらの専門家の職能集団からなる学会が、「日本人類遺伝学会」。「日本遺伝学会」ではない。わかりにくいな〜と思われると思うが、これは欧米にある同様の名前の学会の日本語訳だから(つまり優性or顕性と同じ問題だ)。
日本人類遺伝学会は、The Japan Society of Human Genetics
日本遺伝学会は、The Genetics Society of Japan
英語にしてみるとなおのこと、「顕性と潜性」に勝るとも劣らないどうでもいい違いだが、しかし所属している人間は丸々違うのである。
日本遺伝学会は静岡の三島の国立遺伝研が率いる学会であり、進化とか集団遺伝とか縄文人とか、そういったことをやっている(と思う)。生物学とか数学とか(遺伝学は割と数学が幅を効かせる学問)。世界的な遺伝学者であった故木村資生先生はこっち。一方日本人類遺伝学会は国内の遺伝病患者を診ているような医療機関(ほぼ大学病院)が持ち回りで運営している。病気寄りで、医者が中心。国際ヒトゲノム計画のときも、日本代表は日本人類遺伝学会の榊先生だった。別に取り合いになったわけではなく、国立遺伝研は「そんな労働みたいなくだらないことに研究者を参加させるわけにはいかない」とかいうわけで参加を拒否したらしい。一方、日本人類遺伝学会会員は比較的、労働的な研究を好むような気がする。次世代シーケンサーとか。
さてここで優性/劣性を、顕性/潜性と変えようとしているのが日本遺伝学会である。
日本人類遺伝学会はそうでもない。なんだかやる気のない声明文を出している。
興味深いのは、ヒトを、遺伝性疾患を診ている日本人類遺伝学会は大して興味がなく、サルとか縄文人の日本遺伝学会が必死に優性/劣性を変えようとしている、という構図である。
実務的に見ると、常染色体劣性遺伝性疾患の患者さんが、「劣性」という言葉に強いコンプレックスとか別に感じていないように思われる。
なんなら、常染色体優性遺伝性疾患の患者さんが自分は優れているだなんて鼻にかけるなど微塵もあり得るはずがない。
そうである。単純な話、常染色体劣性だろうが、常染色体優性だろうが、伴性劣性だろうが、辛いものは辛いのが遺伝病である。言葉遊びはどうでも良い。
優性だから優生思想で優遇されそうもないことは、ちょっと遺伝カウンセリングを受ければすぐわかる。
そう、優性疾患の原因バリアントは、劣性疾患よりも強い選択淘汰を受け、集団頻度が低いのである。ほとんど全ての人間が、劣性バリアントをヘテロ接合体の形でたまたま持っているが、優性バリアントをたまたま持っている非遺伝子疾患の人というのは定義上いない(浸透率の問題はあるが)。
そしてまた、優性だろうが劣性だろうが遺伝性疾患には耐え難い精神的辛さがつきまとう。なぜならそれは遺伝する病気だから。親が自分を責めずして誰を責めることができよう。そんな親に、自分を責める必要はないと伝えるのが遺伝カウンセラーや遺伝専門医の仕事である。優性とか劣性とかどーでもええわ!遺伝病そのものが差別の対象であり、取り組むべきはスティグマとしての遺伝病という見方の改善である。優性・劣性にこだわるのは実務を知らない人間たちである。私たちには他に、もっと先に、もっと多大な時間をかけて解決しなければならない問題がある。
もちろん、世の中というのは実務者というブルーワーカーとは関係なく変わっていくので、いずれみんな特に迷いもなく顕性と潜性に変わっていくだろう。精神分裂病を統合失調症と言い換える、至極どーでもいい言葉遊びがきちんと定着したのと同じように。
統合失調症になって何か変わりましたか?誰かが救われましたか?
まあどっちでもいいっすよね。
そんなことよりも実務家は、本当に深刻なことを防ぐために努力しなければならない。
うつ病になりやすい遺伝的因子を持っていたら、就業時に差別される・・・そんなことを許してはいけない。そんな社会にならないように、今すぐ動かねばいけないんです!私たちは実務家で、馬鹿だから、優性とか劣性とかいう言葉で誰が不幸になるのかよく知らない。しかし、遺伝情報差別禁止法がないために不幸になる人間は、今後きっと現れる。一刻も早く手を打つべきなんです。
くだらない言葉遊びはやめよう。本質的な意味で、今のゲノム研究の進歩は危険だ。現代のゲノム研究の進歩に基づき、社会倫理的にまずやらねばならないことは、遺伝情報差別禁止法だ。優性か劣性かの言葉遊びなんかじゃない。みんな目覚めてほしい。
数学と物理学と化学の人間を全部足したくらいの人間がいるように思う。
だって、理学部で生物系の教室にいる人間、農学部の人間、それから医歯薬獣医の人間、あと看護とかがエッセンシャルを持ってる。
科研費やら学振の採用者一覧を見ても広義の生物学に分類される(できる?)ようなテーマは4割くらいを占めている。
何が言いたいかというと、人口が多いので教科書の古本がたくさん流通しているので教科書が安く手に入る。
それから研究が盛んでどんどんアップデートされるので、すぐ版が重なる。前の版は安くなる。
エッセンシャルでいうとアマゾンで1円から手に入る。まあそれは第一版なんだけども。
インターネッツでも、英語で検索しさえすればかなり有用な学習サイトがある。
ケンブリクラスの大学の、講義の内容をまるまるアップロードしてる先生もいる。それこそようつべで15回分見れたりする。15回は半年分の授業の回数だ。
あとTwitterで暇な日本人のバイオの先生方が文科省の悪口を言うためのアカウントを拵えてるので、ぶりっこして質問すれば丁寧に教えてくれる(場合もある)(最近面白い漫画を教えてあげると喜ばれる(場合もある))。
最近は論文もタダで読めるところがとても多いので、最新の情報も手に入れようと思えば手に入る。そうでなくとも論文の海賊サイトを使えばほぼあらゆる論文が入手できる。論文雑誌の総説という、まあまとめコンテンツみたいなやつをめいっぱい読んでればめちゃめちゃ賢くなれる。まあまあな大学院生と同じくらい強くなれる。
学術分野の英語はそんなに難しくない。小説よりは簡単だ。なにが簡単かというと、Google翻訳に入力するのが簡単だ。コピペできるのでね。まあそれは冗談ですが
そんなこんなで根気があれば相当勉強できる。何年か前に、アメリカの高校生が根気よく勉強して研究したところ、すい臓がんの早期発見できる方法を発見したので界隈ではニュースになったりもしている。PLoS ONEというタダで読める結構な雑誌の、次世代シーケンサーの膨大なデータを目で見て発見したらしい。極端な話、パソとフレッツで論文が書けるという時代である。実験を一切しない論文というのもあるくらいだ。
というわけで生物学の教科書は高くない。高いのは生物学の敷居なのだ。一歩またいだら無限にも思える未開の地が広がっているのが生物学ということでガッテンしていただけましたでしょうか。