はてなキーワード: 月丸とは
しばらく作って、工数を概算するとどうやら2ヶ月丸々かかるようで、それもさらに膨らむかもしれない
これはちょっと作り切れるか不安だな、と思って調べてみると、以下のような記事があった
はじめてゲーム開発する前に知っておくべきこと
https://tsubakit1.hateblo.jp/entry/2018/07/30/223410
なるほど、どうやら最初はもっと軽い、「とにかく完成させる」ことを目指すべきらしい
思えば自身も以前の会社でゲーム開発サークルに入ったものの、Unityでのチュートリアル完成までこぎつけられなかった……大抵のメンバーがそうだった
というわけで、ゲームと呼んでいいかも怪しい哲学的に単純な習作のクソゲーをツクールで製作(?)した
それをプレイヤーとしては馴染みがあったふりーむ!やフリーゲーム夢現にアカウントを作って申請してみたが、どうやら審査があるらしい
通るのかもしれないが、こんなクソゲーをいちいち審査待ちにやきもきする時間ももったいない
(なんとなく申し訳ないとも思う、まぁあれらのサイトにクソゲーがないかと言われれば自称を含めて膨大にあるのだが……)
そこで色々考えた結果、「専用のアカウントでGoogleDriveに公開して増田にリンクを掲載」で、個人的な以下の要件を満たせることに気付いた
・正直DLはされなくてもいいが、公開という形は取りたい
読まれなくてもネットに公開はしておきたい、という気持ちは案外一般的なんじゃなかろうか
少なくとも私は処女作のクソゲー(?)を習作として一作目に数え、次へとステップアップするにはこの段階を踏みたいと感じた
なので、墓に埋める、あるいはタイムカプセルや畑の肥やしの気持ちでここに置いておく
これ自体は誰の目にも留まらなくていいから、今後とも腕を磨いて本命の製作が無事進みますように、と
一作目「問答タイム」
https://drive.google.com/drive/folders/16Z-f5il_aGDga9YoTbRBf6d5V9AgqALT?usp=drive_link
これであとは、自分が辞めるまでに締切のある案件をやるのと、修正対応をちょこちょこやるくらい。
上司からはちゃんとした引継ぎマニュアルの作成指示が出てきた。
しかし引継ぎマニュアルつっても、俺のやってる仕事って基本的に
「案内文書をちゃんと読んで、わからない部分は先方に確認して、そのとおりにやれ」
ばっかだから、そこには出てこない注釈を経験則でつけていく感じかなあ。
やっぱりどんなにダラダラ引き延ばそうとしても3週間あれば終わってしまうのではないだろうか。
ひと月丸ごと休めるくらい有休があれば良いけど、そうじゃないので、退職前の休みは土日祝合わせて精々10連休くらいになりそう。
まあ本当にもうやることなくなったら、マジでやること無いので出勤してもパソコン前に座ってるだけになりますがどうしますかって上司に確認するか。
ネットサーフも好き放題やれるわけじゃないし、やることがないってものすごい苦痛だから、極論すれば現場のお手伝いに行っても良いくらいだけど。
しかし欠勤で休んだり退職日があまりにも早まると収入面がアレなので、適度に引き延ばす調整はしなければ。
1社辞退し忘れていたとこがあるので、辞退の連絡もしないと。
面接は残り2件。
本命の内定受諾済だし、マジで破格の条件が出てこない限り志望順位がひっくり返ることは無いけど、
こちらの我儘聞いてくれた日時なので最低限の礼儀として面接に行かせていただく予定。
あと個人的なキャリアアップとして、やっぱり社労士、行政書士、簿記2級は順番に取得すべきだと思った。
その3点持ってれば今後もし何かあっても転職にはあんま困らないだろうし、独立だってできなくはない。
この3点の資格持ってる方、勉強体験談とかあれば教えていただけないでしょうか。
頑張り過ぎず頑張ります。
・30代・女。安全に二人も子供産むのは難しいかもしれないねって年齢
相談所のシステムというか入会後の流れをざっくりと書くと以下のような感じ
↓
↓
連絡先を結婚相談所を介して教えてもらう。
3回ほどデートして『真剣交際』に進むか、お断りするか決める。
↓
『真剣交際』になったらあとはもうデート重ねたり親族に会ったり。
↓
お互いのキリの良いタイミングで『成婚退会』。
プロポーズされたら成婚退会って感じ。
・お見合い
私の場合、お見合いの申し込みは40件/月くらい。実際にお見合いしたのは10件/月かな?
全員に会うのなんてもう無理なのでどうしても厳選しないといけなくなるんだけど、
どうせ借りるならスキルマ凸礼装付き…くらいな感覚になっていくのが辛かったな。
「うわ絶対会いたくない無理」みたいな人は全然いなかったので、大分心苦しかった。
お見合い自体は、一時間喋るだけでも結構合う合わないは分かるもんだな~って感じ。
よその相談所の会員からも申し込みが来るので、同じようなオタクだったのは半数かな。
漫画読むよ~配信サイトでアニメ見るよ~ってだけで普通の人も多かった。
・仮交際
なるべくお見合い後、一週間以内に1回目のデートをするように、って相談所からは言われる。
実際、2週間近く空くと気持ち冷めちゃうというか、同時並行で他の人とも仮交際なりお見合いなりしてるから、
よっぽど第一印象良くないと他の人に抜かれてしまうってところはあると思う。
でもお見合い予定がもう入ってて、デート予定を入れるとこ無い…みたいなことはやっぱあって、難しいね。
交際ってなってるけど、結婚に向けての準備期間って感じだった。
親へのご挨拶とか、親同士の顔合わせしたりする。この辺は人によるんじゃなかな。
「これをしなさい」みたいな指示は男性側に来てるんだと思う。私側には特に何にも連絡が無かった。
希望によっては6か月まで伸ばしても良いみたいだけど、6か月以上になるなら成婚とみなされて成婚退会になる。
こんなシステムなので、3か月前に初めて会った人との結婚意識すんの?!って人は辛いかもしれない。
痒いところに手が届く!みたいな感じでは無くて、「求めよ。されば与えてやらんこともない」という感じ。
「これから6か月以内に成婚退会目指しましょうね!!」って口酸っぱく言われたから、
見込みのない会員をズルズルと泥沼化させよう、みたいなことは考えてないとは思うんだけど、
どんな人にも手厚くきめ細やかなサポート、という感じでも無かったかな。
こちらから何も言わなければひと月丸々っと何の連絡もなかったり、
電話で話して10分で面談終了だったりしてた。(スカイプみたいなテレビ電話とかですらないんだ~とは思った)
分からないことが分からないタイプとか、先んじてアレコレやってくれないと…ってタイプには辛いと思う。
あれどうするの?これどうするの?ってはっきりしてるタイプにはいいかも。
一応、デートごとの「振り返り」(※感想文みたいなのをカウンセラーに毎度送る)に
ちょっと不安なこととか書くと、アドバイスとか面談しますか?みたいなこと言ってくれるんだが、
逆に言うとここに書かないと本当に何もないんじゃないかな。
こんな感じなので、結局カウンセラーとはそんなに話さなかったかな。
連絡が遅い&途切れることも多かったし、後回しにされてる感はちょいちょいあった。
もっと注力したい会員がいて、そっちに担当者がつきっ切り、みたいな。人手が足りなくてカバーしきれてないって印象。
こんな感じ。自発的に動ける人には良いんじゃないかな~という感じかなぁ。
相談所側からこの人どうですか、こちらはどうですか、土曜にお見合いセッティングしときましたよ
ってアレコレ持ってきてほしい人には、あんまり適さないかもしれない。
あとは婚活関係ないんだけど、一番「どうなのよ」って思ったのは、お金を振り込む口座番号の記載ミス。
メール本文と添付された書面の文中で違う口座番号が書いてあった。個人的には結構大きな金額を振り込む先なので困った。(尋ねたら訂正してくれたけども)
4年前、2028年のことだがちょうど仕事で二ヶ月丸々ペルー→パキスタンに出張していて、例の大型アップデートを逃してしまった。
手違いで会社側が不在届を提出しておらず、予備週間にも取りこぼされた。
まあ4年も前のこと、ver2.33の皆さんには思い出さないかもしれないが、4年前のアップデートでマルチタスク能力が格段に強化されたのは知識として知ってる人も多いと思う。
まさに地獄だった。出張から帰ってきたら仕事量は冗談抜きで4倍になっていた。会議を聞きながら書類作成、書類作成しつつも会議で意見を述べたり質問をしたり。って、あたりまえか。まあ今のみんなにはできて当然だし、4倍のさらに倍の仕事もこなせるのが普通のことなのかもしれない。が、アップデートを逃した俺には出来なかった。それまで俺はいわゆるエリートだった。販路開拓のために海外を飛び回る一流サラリーマン。ネイティブと変わらず話せる英語が自分の誇りだった。それが突然「無能」と呼ばれるようになってしまった。当時プライドが高かった俺は苦しんだ。転職を繰り返したが上手くいかず、ついには清掃や警備など昔の俺なら底辺と見下していたような仕事にまでついた。が、そこでもマルチタスクが求められた。同僚は当然のように12枚の監視カメラの映像をさらいながらカップラーメンを食べ、ソシャゲ(ソシャゲといっても昔の人間が考える猿のおもちゃのようなものとは違う)に興じていた。
アプデでクリエイティビティが強化された、正確には大脳皮質がどうたららしいが俺には理解できなかった。ともかく、その強化で周りの趣味がガラリと変わった。俺がそれまで好んでいたバラエティやお笑い、アニメや漫画は低俗で幼稚園児でも見ないくだらないものとなった。代わりに流行り始めたのが、昔なら博士課程でやっていたような学問と研究、抽象芸術、作曲や演奏活動。仕事で打ちひしがれて帰ってきて、テレビをつければ流れるのはわけのわからない数学の証明、それが理解できて当たり前で、むしろわからない俺が馬鹿。音楽も難解になった。音の数が圧倒的に増えて、俺には理解不能な多量の音の羅列になった。でも、俺以外の人間には音楽なのだと言われた。
流れ着いて入った工場の寮では、毎晩仕事仲間が集まって超複雑なルールのボードゲームをやっていた。自分の駒が24種類あって、山札が5種類、伝言ゲーム形式で11の単語を回し、それからサイコロも使うわけのわからないゲームだ。でもみんなそれが出来て当たり前だった。昔で言う将棋みたいに、ちょっと聞けばルールがわかるものという扱いだった。俺はそれを黙って見ていた。プレイできないことがわかると知障扱いされるからだ。
耐えがたかったのは、感覚過敏だ。俺は感覚過敏ではなかった。大型アップデート前は。それが、みんながアップデートしたことによって俺だけが感覚が異常に過敏だということになった。32年では、防疫的観点から全身をラップのようなもので包むのが当たり前だが俺かはこれがめちゃくちゃ辛かった。みんな当たり前だという顔をしていたが。それに、食べ物も味もアプデ後におかしくなった。すっぱいのに辛くてさくらんぼに似たフルーティな香りがついた茄子のような野菜、とか。そんなものばかりが出てきた。俺は焼肉と白米以外食べられなくなった。それでも白米はタバコの煙のような味がしたし、焼肉はメロン香料で味をつけるのが一般的だったが。食べられないことより、何より辛かったのは皆が俺を偏食扱いすることだった。俺は普通の味覚をしていたのに、突然病気のように扱われるようになった。
恋愛なども不可能になった。アプデ前は彼女がいたが、アプデ後に流行った高度な言葉遊びのやり取りに馴染めなかった。俺も昔はハイスペで、彼女もまた才女だったから、彼女は俺がウイットに飛んだ素晴らしい返しをすることを期待していたのに。例えばこうだ。彼女が「縦に並んだ魚のほうが左にあるけれど、地位ある鳥は歌わないものだわ」とか意味不明なことを突然言い出して、それに対して「あるいは薔薇も散る前は」とか言わなくちゃならない。外せば露骨にガッカリされる。適切な答えを出せたら彼女がどう反応するかはわからない。一回も正解したことがないからだ。ともかくこういう暗黙のやり取り?が出来ないせいで俺は生涯独身決定になった。あと性行為中に数字当てゲームをするのも人気らしいができる気がしない。ともかく異性と愛し合うこともできなくなった。
俺がこの増田を書き留めるのは、2.33だか、3.14だか知らない最新の人間に自分の現状を知ってもらいたいからではない。俺のような人間がこの時代にいたことを証明するために書いている。
もう一人落ちこぼれているという辛さも感じなくなった。もう前みたいに働いてないのも大きい。今は国の施設で保育園児みたいな扱いを受けてるよ。3桁掛け3桁の掛け算の暗算の練習をしてる。保育園児でもこれぐらい楽勝なのに、ここの施設の住人は全然出来ないんだよな。ただ毎日虚しくて虚しくてならない。
次のアプデでは有機的肉体の限界を突破することがテーマになるらしいから、見た目まで変わるんだろうな。
ただでさえ言葉が通じない知的障害者扱いされているのに、身体障害者扱いまで加わるんだろうな。各地でエレベータのない高層ビルが立ってるあたり、ジャンプ力が上がるのか?それとも空でも食べるようになるのか?肉体さえ失うのか?ニュースは見てるんだが難しくてわからないから想像しかできない。
ともかく言えることはひとつ、ちゃんとアップデートしないと俺みたいになるぞ。つって、もう俺みたいな取りこぼしは技術的に出てこなくなってるらしいけどな。
荷揚げ屋という職業をご存知だろうか。
石膏ボード、PB、ベニヤ、鉄筋や木材など、建設現場で使う重量物を指定の場所までひたすら運ぶだけのお仕事である。
あらゆる下請けのそのまた下請けという、これ以上無いだろうというくらい弱い立場だが、その弱い立場を微塵も感じさせない屈強でイケイケな男たちが腕を奮って仕事に励んでいた。
どれくらいイケイケかと言うと、サブロク(畳一畳の大きさ)12mm厚の石膏ボード6枚(大体80kg)を横に抱えて走って運んで涼しい顔してるくらいのイケイケっぷりである。
石膏ボード運びはその需要の高さと、見た目の華やかさもあって荷揚げ屋の花形であった。YouTubeで動画がたくさん上がっているので、参考にして欲しい。
それはさておき、私は数年前、そのイケイケ集団の中に混じって一年ほど荷揚げ屋をしていた。
色々事情が重なってまとまった金が必要だが、確たるスキルも無い私にとって、身一つで稼げる荷揚げ屋は天職の様に見えた。実際、昼夜無く働いて月70万稼いだこともあった。
私が荷揚げ屋を始めてちょうど一年経った頃、東京五輪の開催が決まった。
建設現場はその話題で持ちきりだった。やれこれからは景気が良くなるだの、都内にマンションがたくさん建つだの。
少なくともその頃は、現場でネガティヴな意見はあまり聞かなかったように記憶している。
しかし、私は東京での五輪開催に、当時から否定的な立場だった。それは別に斜に構えてるとか、厭世家的な気取りでもなんでもなく、荷揚げ屋をやりながら、建設現場の実情を目にしていたからだ。
まず、職人さんに若い人が本当に少なかった。60代70代を超えたような歯ボロボロのお爺ちゃんが、5000万程度の中産階級向けマンションの建設現場の職長を平気でやっている。特に左官系に顕著であった。
次に、建設現場の労働環境も酷かった。週休1日は当たり前で、元請けが発する工期短縮の音頭のもと、終盤には一月丸々休みなしというのもしばしばあった。
狭い土地に高い建物を短い納期で建てる都合上、どうしても休憩スペースや仮設トイレ、仮設水道などの管理がおざなりになり、形容のし難い濁り方をした水が地面を流れてるわ、副流煙で視界は真っ白だわ、歯抜け爺は固まったモルタル缶やらグラスウールやらを平気で近場の可燃ゴミのカゴに放り込むわ、はっきり言ってカオスだった。
また、たまに若い人がいるなと思ったらアジア系の外国人労働者で、現地語のラジオを大音量で鳴らしながら作業をしていたりする。これは内装屋に多かった。
中層マンションの現場でそれなりに高い給料を貰えているのは元請けの現場監督と、エレベータの設置作業員くらいなものだ。後はほとんどが日給で、たくさん稼ぐにはとにかくたくさん働くしかない。
私は荷揚げ屋という仕事は嫌いではなかったのだが(身体も鍛えられるし、色んな地域に出かけられるし、女の子にもモテたから)、建設現場がどこも上述の様な雰囲気で、東京五輪を前にしながらどの元請けもそんな現状を変える気がさらさらなさそうなのが気に食わなくて、辞めてしまった。
もう数年経つが、今の建設現場はどんな感じなのだろう?やっぱり歯抜け爺や、外国人労働者や、現場内不法投棄が蔓延ってるのだろうか?
ちょっと気になる。
当時大学1年生。
就活に直結するタイプのインターンではなく、多分ちょっと特殊な「人間的成長」やら「社会勉強」を目的とした研修に、長期休みの2ヶ月丸々使って参加した。
今思えば本当に馬鹿だったんだけど、大学で人間関係も学業も上手くいっていなくて自分がグラグラだった私は、インターン先のボス(以下A)の洗脳にまんまとかかってしまった。
Aは弁が立って表面上はとても魅力的だった。この人についていけば何とかなると思わせる何かがあった。むちゃくちゃなスケジュールでも文句を言わず働いた(働いた、という言い方で正しいくらいの貢献は少なくともしていたと思う)。お前はまだまだだから俺が育ててやる、というAの言葉に乗せられて、規定のプログラム期間が終わっても私はそこに通い続けた。
次第に泊まり込みで仕事をすることが多くなった。最初は仕事場で寝袋で寝ていたけれど、ある日Aが体も辛いだろうし俺のところで寝ろというようなことを言い出した。さすがに最初は固辞していたけれど、盲信具合に拍車がかかっていたため、最終的には頷いてしまった。
ここから先は思い出すだけで吐き気がするくらいなので簡単に話すけれど、言葉通り一緒に寝るだけではもちろん終わらなかった。寝ている時に体を触られていることには気付いていたけど何も言えなかった。だんだん距離感があいまいになっていったある日、Aが言った。「彼氏が出来たときのために練習しとくか?」
まだ恋愛的にも性的にも経験値がゼロだった私は何を思ったのかその人に恋愛感情に近しいものを抱いてしまっていたようで、その先は転げ落ちるように早かった。
学業を疎かにしても何も思わず、何を目的にしてなのか自分でも分からぬまま、仕事をしにいってはAに抱かれる日々が1年弱続いた。私はそこに愛を見出したつもりでいたけれど、本当は分かっていた、私じゃなくてもいいんだってことは。他の女の影だって数え切れないほどあった。
他にもいろいろな要因があって、私はすっかりメンタルをやられてしまった私は、実家に強制送還された。
その間、Aの周辺にいた人と話していて、Aは他の女性、というか周りの女という女に手を出しているような男だったことが分かった。ある人にはレイプまがいのことまでしていた。
しばらくAと離れたこともありやっと洗脳が解け、自分のアホさに嫌気が差すと同時に、Aへの怒りがふつふつと湧いてきた。
今もそれに端を発する不眠や鬱に苦しめられ続けているが、少し時間が経って、過去のこととして自分の中で整理がついたこともあって、ここに投稿してみた。自分にも非はあるし被害者ぶるつもりもないけれど、Aにはそれなりの制裁が加えられてほしい、と思いつつも何も出来ないから、せめて次の被害者が出ないことを祈るしかない。
当時大学1年生。
就活に直結するタイプのインターンではなく、多分ちょっと特殊な「人間的成長」やら「社会勉強」を目的とした研修に、長期休みの2ヶ月丸々使って参加した。
今思えば本当に馬鹿だったんだけど、大学で人間関係も学業も上手くいっていなくて自分がグラグラだった私は、インターン先のボス(以下A)の洗脳にまんまとかかってしまった。
Aは弁が立って表面上はとても魅力的だった。この人についていけば何とかなると思わせる何かがあった。むちゃくちゃなスケジュールでも文句を言わず働いた(働いた、という言い方で正しいくらいの貢献は少なくともしていたと思う)。お前はまだまだだから俺が育ててやる、というAの言葉に乗せられて、規定のプログラム期間が終わっても私はそこに通い続けた。
次第に泊まり込みで仕事をすることが多くなった。最初は仕事場で寝袋で寝ていたけれど、ある日Aが体も辛いだろうし俺のところで寝ろというようなことを言い出した。さすがに最初は固辞していたけれど、盲信具合に拍車がかかっていたため、最終的には頷いてしまった。
ここから先は思い出すだけで吐き気がするくらいなので簡単に話すけれど、言葉通り一緒に寝るだけではもちろん終わらなかった。寝ている時に体を触られていることには気付いていたけど何も言えなかった。だんだん距離感があいまいになっていったある日、Aが言った。「彼氏が出来たときのために練習しとくか?」
まだ恋愛的にも性的にも経験値がゼロだった私は何を思ったのかその人に恋愛感情に近しいものを抱いてしまっていたようで、その先は転げ落ちるように早かった。
学業を疎かにしても何も思わず、何を目的にしてなのか自分でも分からぬまま、仕事をしにいってはAに抱かれる日々が1年弱続いた。私はそこに愛を見出したつもりでいたけれど、本当は分かっていた、私じゃなくてもいいんだってことは。他の女の影だって数え切れないほどあった。
他にもいろいろな要因があって、私はすっかりメンタルをやられてしまった私は、実家に強制送還された。
その間、Aの周辺にいた人と話していて、Aは他の女性、というか周りの女という女に手を出しているような男だったことが分かった。ある人にはレイプまがいのことまでしていた。
しばらくAと離れたこともありやっと洗脳が解け、自分のアホさに嫌気が差すと同時に、Aへの怒りがふつふつと湧いてきた。
今もそれに端を発する不眠や鬱に苦しめられ続けているが、少し時間が経って、過去のこととして自分の中で整理がついたこともあって、ここに投稿してみた。自分にも非はあるし被害者ぶるつもりもないけれど、Aにはそれなりの制裁が加えられてほしい、と思いつつも何も出来ないから、せめて次の被害者が出ないことを祈るしかない。
http://anond.hatelabo.jp/20150526222449
後日談。
7月頃に10月人事での異動希望を出したけど通らなかったので、もう無理と思って11月に初めてメンヘル行って即診断書もらって、1か月丸っと有給取って(繰越分含めて37日余ってたので余裕だった)、12月から別部署に異動させてもらったら、1月に元部署が解体した。
一歩間違えてたら解体と同時に変な部署に飛ばされてたと思うと、我ながら運が良いなと思う。
今はちゃんと考えられる様になったし、打ち合わせでも自分の意見を発言できるとこまで回復した。仕事の効率も当時の5倍くらいには戻ったと思う。
当時、とにかく頭が回ってなくて、親戚の集まりとかで気が回らないのが特に義母や義妹に印象が悪かったっぽくて、奥さん経由で愚痴られてて本当につらかった。今は、だいぶ気を使えるようになって、とくに不評でもないみたい。
自分のアスペ疑惑は相変わらず残ってるけど、メンヘルで相談したら、子供~会社で常にハブられて友達がいないとか経験ないなら、アスペじゃないと一蹴された。
残念ながら、冬ボーナスの査定で1ランク下がったけど、春の給与査定で評定下がってなければ、今のところ損害は軽微、ボーナス10万+診療2万位(薬治療は無し)。
最初に言うのもなんだけど、俺は頑張って来た。
大学は中々のところに入ったし、就職だって相当のところに決めた。
多分、傍から見れば申し分ない人生なんだろうと思う。
でも、この歳になってやっと気づいたけれど。これってそんなにいいものじゃない。
だって、仮に俺の収入が日本人平均の二倍あるとしたって、俺は日本人平均の明らかに二倍以上努力してきた。
はっきり言って、全然得をしてない。いや、お金がモチベーションにつながってる人なら「得をした」と思えるのかもしれない。
でも、正直言って俺は全然得をした気がしない。
最近、嫁が子どもを作れないことがはっきりわかった。これで、俺が仕事を頑張るモチベーションは完全に失われてしまった。
これまで「子どもは好きな勉強を思う存分やらせて博士まで行かせてやろう」と思ってたんだけど
最早それも無い話に。養子を取ろうかな、とも思ったのだけれどそこまで貪欲にも何故かなれない。
毎月毎月、口座の残高だけが増えていく。でも、俺と嫁の使うお金は貧乏学生だった頃からほとんど変化していない。
一ヶ月、二人で20万円で既にあまる。嫁の収入は俺ほど高くないけれど、嫁の収入だけでも既にお釣りが来る。
俺の給与は毎月丸ごと口座に貯まっていく。こないだ見たら、結構な額になっていた。
家でも買うか、と思ったけれど俺も嫁もそれは別に欲しくない。どうしたものか。
仕事辞めなさいよ、と嫁は言う。楽しくない仕事やってもしょうがないでしょ、子どもできないんだから楽しく生きなさい、と。
でも、仕事を辞めたところでやりたいこともそんなにない。大学院に入りなおして博士までやろうかな、とも思ったけれど、
そういう気力も沸いてこない。なんなんだろうな、これは。
昔、俺は凄く貧乏で、その頃はお金がとにかく欲しかったからモチベーションは凄くあった。
でも、今思うとそんなにお金が欲しい理由って無かったし、思えば十分に幸せな生活をあの頃からしていた。
8畳のワンルームで同棲してた生活で、実際のところは十分だったんだろうと今になって思う。流石に今は2LDKに住んでるけれど。
ヒモになろうかな、と思うこともある。でも、それはそれで退屈だろうしどうしていいかわからない。
なんていうか、さ。皆何を糧に毎日を頑張ってるんだろうか。
例えば徹底的に満たされていない生活っていうのは、それはそれで非常にヤル気の出るものだと思うんだ。
でも、このダラっと満たされた生活の中でもう一回何を始めたらいいんだろう。代理母?馬鹿馬鹿しいよね。
どうしたらいいんだろうな、本当に。このまま気がつけば30歳になって40歳になってくんだろうって気がする。
でも、欲しいものが本当に無いんだよな。昔はたくさん欲しいものがあったけど、今は何も欲しいと思わない。
仕事を辞めたいか、といわれれば確かに辞めたい。今の仕事は全然楽しくないし、人生をどんどんドブに放り込んでる気がする。
でも、ドブに放り込む作業でも無いと何をしていいか本当にわからない。どうしたらいいんだろうなぁ。
もしかして、俺は子どもが出来ないとわかったことが結構ショックなのかな。がっくりきている。