はてなキーワード: 明石とは
とても良かった。
うん、本当にいい映画であった。
映画的スペクタクルはそんなにないものの、ファンとして見たかったものが十二分に見れたので、非常に満足度が高い。
作品概要を簡単に説明すると、森見登美彦原作のTVアニメ『四畳半神話大系』の世界観で上田誠の戯曲『サマータイムマシン・ブルース』をやったら……というものである。
上田誠が森見登美彦作品の映像化で何度も脚本を務めてきたことから生まれた奇妙な企画だが、「キャラクターが魅力的な四畳半神話大系と物語構成が秀逸なサマータイムマシン・ブルースを掛け合わせたら最高なものになるんじゃね?」という、同人誌的で短絡的な発想で組まれたように見える計算式が、なんとまあ見事に成立していた。
とはいえ、『サマータイムマシン・ブルース』を見ていたらある程度話の筋がわかってしまうので、一番楽しめるのは『四畳半神話大系』視聴済みで『サマータイムマシン・ブルース』未見の人かもしれない。
まあ、『四畳半神話大系』についても、視聴済みの人は知ってのとおり1話1話が独立したパラレルワールドで、今作も別に「続編」ってわけじゃなくパラレルワールドなので、全くの未見でも見られるものになってるのだけれど。
『四畳半神話大系』では憎たらしい役回りだった城ヶ崎先輩や相島先輩も、今作はキャラはそのままなのになんだかとても愛おしく思えた。
とりわけ明石さんが魅力的であった。元々魅力的なひとではあったのだが、今作で最高のヒロインになって帰ってきた。12年ぶりに惚れ直した。
『四畳半神話大系』は「私」と「小津」の物語で、明石さんはある種立ち位置があやふやなヒロインであったのだが、今作は明確に「私」と「明石さん」の関係にスポットが当たっている。
そして、それに合わせるように今作は演出の方向性を少しだけ変えている。世界観を崩さないまま。
『四畳半神話大系』では、登場人物の心情については割とさらっとした描写であったのだが、今作では少しだけウェットに心情が描写されている場面がある。
登場人物のドタバタしたコメディが繰り広げられる中に時折「青春」の甘酸っぱい香りが漂う。
その描写が、見終わってからじわじわと効いてきて、後になるほど愛おしさが増していく。
『四畳半神話大系』にしても『夜は短し歩けよ乙女』にしても、いわゆる腐れ大学生モノは「性欲」的な表現が何気なく散りばめられていたのだけれど、今作はそこが抑えめなのも甘酸っぱさに拍車をかけていると思う。
あと、「ブルース」の名を冠しているだけあって、「青」が印象的な映画でもあった。
その「青」は、黄昏時の青である。日没を迎える前のほんの一瞬の青。四畳半紀の終わりの青。
エンドロールで流れる主題歌「出町柳パラレルユニバース」では、こう歌っている。
「少しずつ影が背を伸ばしても まだまだ終わりじゃないさ 今日」
うん、本当にいい映画であった。
俺だよ。俺だってばよ。
最後まで読んでくれてないのかよ!辛くても読めよ!
今回は反省してなるべく短くするから辛抱強く最後まで読んでほしいまじで(早口)。
てかトラバ元(https://anond.hatelabo.jp/20221004223342)消えてるよう。
元増田↓
https://anond.hatelabo.jp/20221003210803
そもそも。
「雑踏事故を甘く見過ぎ」とした元増田は、明石の事故について明言していないのはもちろん、消えてしまった増田やこの増田の言った内容についても明言していない。
も、この増田の言った
も、元増田からすれば、各増田が読み手側として独自にそう解釈した、ということになるのでは?
この増田が「俺の解釈が絶対的に正しい」と言うなら、少なくとも鈍感系主人公である俺にはそうとは解釈できなかったので、その根拠を教えてほしいところ。
俺は、消えてしまった増田やこの増田と同様に「読み手側の解釈」を前提として、読み手である複数のブクマカが言及した明石の事故を事例として挙げた。
「いや、これは元増田に対する解釈とはなんら関係のない、各々が元々持っているごく個人的な見解だ」とか、なんかそういう感じの話であれば、平行線なのでここで終わり。
前にどこかで書いたかもしれないけど、俺は別に元増田を専ら批判したくてあんなそんなこんなクドい記事を書いてるわけじゃない。
俺はどの雑踏事故の当事者でもないので、明石の事故が「ごく稀な例外的事象」かどうかという議論は、個人的には正直どうでもよくなった。
明石の事故だけでなく、どの事故にも漏れなく当事者がいる(ご存命かは別として)し、どの事故にも例外なく、学ぶべき教訓がある。
俺が今回色々と調べて学んだのはそういうことだ。
という文章を、半ば前向きな、半ば祈るような思いで引用したのだ。
これでもまだ長いかな。長いな。
切実に文才が欲しいってばよ。
おわり。
オレオレ、俺だよ。
厳密には俺の主張の帰結としては反論ではなく、元増田の情報不足に対する補足なんだけど、これは俺がそうとも読める書き方をしたのが悪いな。
「この増田の主張を前提に」俺から言わせれば、ごく稀だからこそ、取り上げることに意味がある。
俺の主張の一番重要なところは、「人間が警備する限り、起こらないってことはないでしょ」ということ。
そこを
とシチュエーションを限定して書いてしまったところは俺の反省するところだけれども。実際他の増田にツッコまれたし。
「例外的事象」については、元増田の主張を前提の発言ととればまあ、「俺は」理解できなくもない。
ただ、少なくとも明石の事故の当事者にとっては例外的事象ではないだろ?
元増田や擁護した増田についたブクマカの中にも、当事者として明石の事故に言及した人たちがいるかもしれない。
その当事者たちは、明石の事故の経験によって、元増田の主張する「雑踏事故を甘く見過ぎてはいけない」ということを身をもって知ったわけだろ?
そんななかで明石の事故を例外的事象として捉えてしまって良いのか?
んでもって、「ごく稀」とはどれくらいだ?
どれくらいの期間のうちどれくらいの件数であれば、「この増田にとって」「ごく稀」であると言える?
よく言われることだし、元増田の
の「まず」にも係るけれども、曖昧な言葉遣いは、読み手側に書き手側の意図しない解釈を与えやすく、批判の糸口になりやすいから気をつけた方がいいよ。自戒を込めて。
さて、ここでまた、このやさしく暇をもてあました俺がこの増田の代わりにちょっとだけ調べてあげよう。
まず、当初俺は「雑踏事故」というワードで調べたのだけど、「群集事故」という呼び方もされているようだ。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/群集事故
ここに書かれている内容に元増田の主張と齟齬があるようには感じられなかったので、以下群集事故を調べることにする。
調べた限り、一番事例が載っていたのはこれ。
https://www.wikiwand.com/ja/事故の一覧#群集事故
で、元増田は1972年以降の事例を(宇崎ちゃん以外に)挙げていないので、
の条件で絞り込んで拾い上げると、2001年の明石の事故までに少なくとも2件起きている。
一つずつ挙げていく。
Wikipediaには項目がなかったが、昭和54年の警察白書に事例として記載がある。
https://www.npa.go.jp/hakusyo/s54/s540800.html
ただし、警察が事故の起きた当時警備業務に関わっていたか、事前にコンサートの概要を把握していたかは読み取れない。以下白書より引用。
1月、札幌中島スポーツセンターで開催されたイギリスのロックバンド「ブラックモアーズ・レインボー」ショーで、興奮した観客約500人が開演と同時にステージに殺到し、このため、いすにつまづいて倒れた観客が将棋倒しとなり、下敷きとなった1人が死亡、7人が負傷した
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/ラフィンノーズ公演雑踏事故
この公演に3000人の観客が集まり開演と同時に観客がステージ近くにまで駆け寄り演奏に興奮した一部の観客がステージに上がろうとし、それに続こうとした後続の観客が重なるようにして転倒・下敷きになったのが原因であった。この事故で死者3人・重傷1人・軽傷19人の計23人が被害に遭った[要出典]。主催者は公演前日に警察署に届出をしたが、当日は主催者スタッフのみで警備員の配置を全くしていなかったことも事故を増幅させた。
これは当時の音楽ファンの間では有名な事故みたいなんだけど、情報源を探すのに苦労した。
https://aucview.aucfan.com/yahoo/s1053964729/#&gid=1&pid=3
ちょっと目を通すだけでも、Wikipediaの記述と相違があるように見受けられる。速報だからかも知れないけど。
ことが辛うじて読み取れる。
本件に関するこれ以上の調査は図書館行って当時の新聞を読み漁る必要があり、こもりびとである俺の行動できる範疇を超える。誰か調べてちょ。
らしい。
その要綱の内容は、やっぱり探すのに苦労した。Wikipedia記載の警察庁への外部リンクはhttpでリンク切れになっていて、httpsにしてみてもnot foundだった。
代わりに見つけてきたのは↓。栃木県警が上記の要綱を受けて、内部通達した資料と思われる。
https://www.pref.tochigi.lg.jp/keisatu/n15/jourei/documents/11_2.pdf
一応、時期的にも内容的にも一致しているように見える。
詳細は各自で読んで欲しいし、俺も全文はさすがに読んでないんだけど、要綱の
警察は、施設使用公演等に伴う雑踏事故の防止対策に資するため、これら事故の過去における発生実態及び原因等の分析を行うとともに、タレント等の人気度、観客層の構成等の実態について、平素から把握に努めるものとする。
という記述をみるに、この事故は、その発生以前と以後で警察の雑踏事故に対する態度が変わったという意味で、取り扱っても良い事例かもしれない。
に、
がこの時点で加わったわけだ。
元増田は主に戦後日本の雑踏警備について話しているので、ここでは戦後(1945年以降)に限って話を進める。
群集事故件数の年次推移的な資料を探したのだけどなかなか見つからなかったので、ここは妥協して「報道されるほどの被害をもたらした事故」に限るとし、先ほどの群集事故の一覧で数えることにする。
自分で数えた限り、1945年から現在までの80年弱で、日本では明石の事故含め21件ほどの群集事故が起きている。
明石の事故の前後は、前は先述の1987年ラフィンノーズ公演雑踏事故、後は2003年の中日阪神戦でのファン乱入・乱闘騒ぎ。
ちなみに後者では死者は出なかったものの、誰が使ったか知らないが防犯用の催涙スプレーが使われたとある。なんでや阪神関係あるかわからへんやろ。
んでもって、1945年以降1972年までの28年間に13件、1973年以降現在までの50年間に8件。
当然、
といった点は考慮すべきではある。
けれども俺としては、明石の事故がというよりは、報道されるほどの被害をもたらす日本の雑踏事故自体が、数年に1〜2回程度しか発生しないという印象を持つに至った。
大きな事故は、数年に1〜2回程度。
だからこそ、恐らく雑踏警備は難しい。
ラフィンノーズ公演雑踏事故の教訓を受けて、「常日頃から情報収集に努める」という要綱を施行した14年後に、明石の事故が起きた。
そしてその主たる原因は、過去のイベントの警備計画をほぼ流用した警察らの怠慢にあった。
その14年間に色々なことがあったであろうことを隅に置いて物事を単純に捉えると、明石の事故の当事者の方々には大変申し訳なく思いつつも、警察のこの失敗に共感してしまう自分がいる。
もし俺が雑踏警備を主たる業務とする警察官(仮定が成立するかは知らん)で、5年も10年も雑踏事故が起きなかったら、全てではないにしてもいくつかの雑踏警備に手を抜いてしまう可能性を否定できない。俺怠け者だし。
長期にわたって怠慢に抗うのは、少なくとも俺にとっては、とても難しい。
おわり。
「昔の日本警察は今のインドネシア警察並みに群衆の扱い方がダメだったが、50年代以降にこんな事故が相次いだことから学び、めったに群衆事故を起こさなくなった」
ってことでしょ。
明石事故の頃は、既に滅多に群衆事故が起こらない日本になってたけど、それでも稀な事例が起きてしまって、油断は良くないからもっと対策を強化しようという話になった。
ども、俺です。
ごめん、そうも読めちゃうのかもな。
俺が言いたかったのは、「人災」であるという点で明石の件とインドネシアの件は共通しているってこと。
人災を見たらその度に、それが人災であるという以外にほとんど共通点の無い事故だとしても、頭の鉢巻をギュッと引き締めよ、みたいなこと。
他人のふり見てなんとやらってやつ。