はてなキーワード: 日本海軍とは
ロシア船「北方領土は全部俺らのだから。平和条約結んでやるから経済援助よこせよ阿部君。」
日本政府「はーい、わかったー」
日本船「どうしよう。首相様のメンツがなくなる。最近は北朝鮮がミサイルを撃ってくれなくなったし。何か日本が強いとアピールできることないかなあ。」
ネトウヨ機「おっ。韓国船はっけん!遠くから見てもシルエットで一発でキムチ海軍だとわかる俺らは精鋭。徴用工判決だの慰安婦だの調子に乗りやがって。低空飛行でビビらせてやるぜ。これが日本海軍伝統カミカゼアタックだ。さあ恐怖しろ!」
韓国船「あっちいけ意地悪ヒコーキめ!えい!(レーダービビビ)」
ネトウヨ機「うわー、なんてことするんだー」
日本政府「えー?なんの話かなー?レーダー当てちゃだめだよー、公表しちゃうからねー」
北朝鮮政府「映像公開されちゃったよ、ガッツリうつっちゃってるよ、韓国ちゃんダメだよーなにしてんのー」
韓国国民「また日本がなにか言ってるー、わるいの日本だよね?」
非正規空母はある。要するに最初から空母として建造していない空母は全て非正規空母だと言って良い(ただし、日本海軍の類別に従う場合に限る)。
空母は任務別・設計別・役割別に異なる名称で呼ばれることがあるので混乱する
当初から航空母艦として設計された戦闘用艦艇のこと。日本海軍独自の言い方。
既存の戦闘用艦艇、または、商船から改造された航空母艦のこと。日本海軍独自の言い方。
フューリアス(大型軽巡洋艦から改装)や赤城(巡洋戦艦から改装)、神鷹(貨客船から改装)はこれに該当する。
現代には存在しないが、『かが』などの全通甲板型DDHが固定翼機の運用能力を獲得したら、事実上この類別として扱われる可能性がある。
飛行甲板を乗っけた輸送船。
格納庫は無い、と言われると驚くかもしれないが、これでも商船にカタパルトを乗っけただけのCAMシップよりは良かったんだ。理由……は書く必要ないよな。
現代には存在しないが、フォークランド紛争で王立海軍が運用したコンテナ船をこれと見なすことは出来るかもしれない。
アメリカのニミッツ級、フォード級、そして、フランスのシャルル・ド・ゴール級のみが該当。
ロシア海軍が原子力空母と原子力駆逐艦からなる原子力艦隊の整備を計画している……が果たして可能だろうか?
また、中国の003型は原子力となる予定。彼等は原潜を運用しているので、ド・ゴールと同じく原潜用原子炉を転用する方法を採れば建造は可能だろう。
飛行甲板を装甲甲板化した航空母艦のことで、第二次大戦期特有の類別(というか、現代の空母を指して装甲空母なんてわざわざ言わないだけだが)。
急降下爆撃で用いられる中小型爆弾に対する抗堪性が得られる代わり、トップヘビーとなるために格納庫を小さくせざるを得ず、同時期の空母に比べて排水量の割に搭載機数が少ない。
ハバクック計画(または、ハボクック計画)で建造予定だった航空母艦の俗称。
大西洋の戦いで空母不足に直面していた王立海軍が、カナダから切り出した氷塊を海に浮かべて空母を作ろうとした計画。
後に氷塊では無く、パイクリートと呼ばれるおかくずと水を混ぜた液体を凍らせた氷を使うように計画変更された。
膨大な予算と鋼鉄の消費が見込まれ、また、アメリカが山ほど護衛空母を作ってしまったり、レーダーの性能向上などの影響もあって不要と判断され、計画は放棄された。
テレビ番組『怪しい伝説』でパイクリートの再現実験が放映されている。一見の価値はある。
冷戦期のアメリカに20年ほど存在した攻撃目的の空母を指す類別。
後にCV/CVN(多目的航空母艦/多目的原子力空母)になった。
冷戦期のアメリカに20年ほど存在した対潜目的の空母を指す類別。
一線級機を運用できなくなった旧式空母は軒並みこちらに割り当てられた。
後に類別は無くなったが、それはこの種別に該当する空母が軒並み廃艦やヘリ揚陸艦に改装されたため。
ほぼ商船構造。いわゆる週刊空母はこれ(エセックス級みたいな立派な空母はアメリカといえども隔月刊でしかないよ)。
アメリカが冷戦期に計画した廉価な艦艇。計画は勧められたが、強襲揚陸艦に吸収される形で消滅した。
その面影はスペインのプリンシペ・デ・アストゥリアスと、タイのチャクリ・ナルエベトに残っている。
CV(航空母艦)ではなく、IX(雑役船)として就役していたアメリカ特有の区分。
Uボートや日本海軍の攻撃を受けない安全な五大湖で空母搭乗員を育成するために、五大湖用の客船を改造して用いられた。
第二次大戦の影の殊勲者。
ウルヴァリンなど。
1959年から1992年まで、空白期を持ちつつアメリカに存在した。
一線級機を運用できなくなった退役空母を訓練用途に割り振ったものである。
なお、空白期の1971年から1978年までは、CVTという別艦種が存在している。
何故なら強襲揚陸艦の主兵装はあくまでも海兵隊であり、主任務は海兵隊の上陸であるため。
搭載する固定翼機はS/VTOL機であるハリアーIIかF-35B。
ヘリやオスプレイなどの輸送用艦載機を搭載せずにS/VTOL機を主に搭載する制海艦的な艦載機編成もある。
このため飛行甲板ではなく、水上に着水した水上機を引き上げるためのデリックを持っている。
航空巡洋艦は歴史上2種類存在していて、1つは既存の巡洋艦を改装し、比較的多数の艦載機の運用能力を付与した艦である。
もう片方はソビエト海軍・ロシア海軍が現在も運用するアドミラル・クズネツォフと、キエフ級。
前者は日本海軍の最上型で、前甲板の主兵装はそのままに後甲板を飛行甲板化している。類型に伊勢型航空戦艦がある。
似たような重巡・戦艦級の主砲を持ちつつ航空機運用能力も持った艦は戦間期にはアメリカなどでも計画されている他、モスクワ級やしらね型などの汎用艦よりも艦載機運用能力が高い現代戦闘用艦艇はこの系譜とみなしても良いかもしれない。
後者はモントルー条約との兼ね合いと、ソビエト海軍の戦略上の問題で大型対艦ミサイルを搭載した航空機搭載巡洋艦として就役した。
※モントルー条約は勘違いしやすい。まず、空母は名指しで海峡通過を禁止されているわけではない。
空母の海峡通過が事実上禁止されているのはArticle 10とArticle 11、Annex IIの合わせ技による。
Article 10では、如何なる国家に所属するのであれ、マイナー戦闘艦艇と補助艦船の自由通行権を認めている(ただし、Article 14によって15,000tに制限される)。
Article 11では、黒海沿岸国は『主力艦』であれば、トン数の上限無く通過が可能であることが記述されている。
Annex IIでは、航空母艦は『主力艦』、および、マイナー戦闘艦艇とは別枠として扱われている。
このため、如何なる国家であれ、航空母艦の通過は不許可になると解釈できる。
ちなみに、空母の定義そのものは1936年ロンドン海軍条約に依っており、『航空機の運用を主目的とする戦闘艦艇』である。このため、水上機母艦も含まれる。
ソビエト海軍・ロシア海軍のアドミラル・クズネツォフとキエフ級は大型対艦ミサイルを搭載し、『主力艦』の定義の一つである10,000t以上の水上戦闘艦である、と主張することによってArticle 11の対象として海峡を通過できるようにしている。
また、ソビエト海軍には対艦ミサイルを搭載できる水上戦闘艦艇が少なく、条約抜きにしても両艦級は対艦ミサイルを搭載した可能性は高い(例えば、9月に舞鶴に来たウダロイ級のあの大げさなミサイル発射管の中身は対潜ミサイルであり、IIRC、対艦ミサイルは搭載できない。あのサイズになっているのはミサイルの下に対潜魚雷をぶら下げているため)。
最も非正規っぽいのはMACシップだと思う(名前的にも、来歴的にも)
-----
IXとAVTを追加
氷山空母を追加
https://anond.hatelabo.jp/20171218231443
批判派の一人として言わせてもらうけど、少なくても俺が批判してるとこそこじゃないから!
酷評してる人の評価みると大体、今までのスターウォーズシリーズで培ってきた世界観をほとんど覆してしまった、というのが主な所なのかな。
違うよ。全然違うよ。
ルークのやさぐれ感は全然違和感なかったよ。むしろ予想通り。だって前作で自分が作ったジェダイアカデミーを弟子のカイロにぶっ潰されておまけにカイロが暗黒落ちしてファーストオーダーに入っても何もせずにほったらかししてた状態だもん。そりゃ面倒なぐあいにこじれちゃったんだろうなぐらいには思ってたよ。むしろジェダイの古い経典を後生大事にしてるルークの目の前で「ヒャッハー!!」と派手に過去の遺産を燃やし尽くしてくれたヨーダの英霊にはスカッとしたよ!
レイの出生の謎がなんでもなかった点もよかったよ。俺もスカイウォーカー家の内輪もめ話にはうんざりしてきたから、それを綺麗さっぱり吹っ飛ばしてくれたのはむしろ良かったよ。まぁ突然フォースの新要素が次々追加されて、あれはご都合良すぎじゃね?と思いつつも許容範囲内だよ。
俺がボロクソいっているのは、こういう新要素を吟味する以前にベースとなる話運びが酷すぎる!!!ってこと。結果的に話が何も進展しなかったあのコードブレーカーを探す流れ(これ40分ちかくあったよね?)、終盤の「マジで?うそでしょ?」と思わず叫んだ取ってつけたようなキスシーン、とにかくバカばっかりのレジスタンス軍。。。
とくにイライラ絶頂だったのがバカぞろいのレジスタンス!まともな戦略もなくただ特攻&玉砕するだけしか能がないってお前らは旧日本帝国軍か???大体序盤の戦闘なんて前作で新デススターをぶっ壊した後の撤退戦の続きなんだから、ポー・ダメロンもただ味方が逃げ切れるまで時間稼ぎしてればいいのになんで戦略上まったく意味のない敵艦隊攻撃にうつるの?あれで死んだ味方ってはっきりって犬死よ?後半の籠城戦でもまったく意味わかんない特攻をしかけて同じく数少ない生き残りの部下もどんどん無駄死にさせていく。
とくにあのレジスタンス軍の対敵艦爆撃機のダメっぷり。デカい、トロイ、その上すこしでも敵からの攻撃を受けたらあっというまに誘爆おこして撃沈という糞デザイン。あんなの味方の戦力が圧倒的で制空権を完全に握ってないと乗組員はほぼ死亡確定の日本海軍の回天ばりのクソ兵器やん!!!そのうえ無重力状態の宇宙で敵艦に「爆弾投下」してる絵を見せられたあたりで序盤そうそうで「あーこの映画ダメだわ」ってまじめに見る気なくしたよ。
むしろあんな無能レジスタンスはさっさと全滅させてファーストオーダーに宇宙征服してもらったほうがよっぽど宇宙も平和になると思いました。
あとあのカジノ街でのエピソードも、捕まってたまたま牢屋に入れられた部屋にコードブレーカーもどきがいて、怪しい男のまま一緒について行って、最後は結局はファーストオーダーとつながってた裏切り者でしたって。まじ???なんのフリも伏線もなくあんな重要キャラを偶然登場させてあの展開ってありえなくね???
SF映画を見てるんだから、現実にはないウソの映像みてるってことはわかってるんだよ。いまさら「宇宙空間で爆音なんてない!」なんて野暮なこと言うつもりないよ。ただSF映画を作るんなら、もっと上手に観客をだましてくれってことだよ。それが脚本の流れや設定があまりに雑すぎて肝心のストーリーに入り込めないの!
俺はむしろ見終わったあとツイッターみたら町山さんとかが絶賛してたのを「ネタばれ警察がうるさいから皮肉でほめてる風にいっているんだろうな」ぐらいにしか思ってなかったもん。数日たってあれ本気でほめてたんだってわかったときの断絶間!!!
あと「最後のジェダイ」の評価が二分してるのは本国の米国でも一緒だよ。もうおれは映画本編よりも数週間もしたらyoutubeにアップされるであろう「最後のジェダイ」をネタにしたツッコミ動画やコメディ動画だけを楽しみに次回作まで生き延びますわ。
数年前に流行り、今も続いている艦これのお陰で、日本海軍の軍艦が一部で話題になった。
確かに日本海軍は世界3大海軍に成長したわけだし、艦にも技術面・戦略面で色々野心的な試みが散見される。
「それで、実際その艦達はどれだけ役に立ったの?」と訊かれると、「世界屈指レベルで凄いのはいない」と言わざるをえないのだ。
嘘だと思うなら、艦これの中華パクリゲーとして出発し、今やタバコに対する電子タバコくらいのポジションを確立した、戦艦少女のwikiでも読んでみるといい。
で、そんなヒマすらない人のために書くと、以下のようになる。
まず大型艦というくくりでのみならず、普通の人にとって軍艦の筆頭として思い浮かぶ戦艦だけど、ビスマルク級、ドイッチュラント級、フッド、クイーンエリザベス級といった欧州勢の存在感が輝きまくっている。
次点でアイオワ級、ノースカロライナ級といったアメリカ艦が来る感じ。
金剛型?飛行場を艦砲射撃したけどあっさり復旧された、霧島がワシントンと夜戦で戦って結局沈められた、以外になんかあったっけ?
大和型…と書いて「無駄に温存された挙句、ワンサイドゲームで沈められたデカい艦」と読むんだっけ?
長門?日本の象徴という名の引きこもり。だって同じ象徴艦でも七つの海を行幸し、海戦で華々しく(?)散ったマイティ・フッドと比べたら格が違いすぎでしょ。
戦艦と並ぶもう一方の大型艦で、事実上現代の海戦の王者として君臨する空母は、これはもう完全にアメリカの一人勝ち。
赤城加賀蒼龍飛龍は、結局ミッドウェーで「大正義」ヨークタウン級に沈められたことが一番大きな記録になってしまっている。
翔鶴型は「数の暴力には勝てなかったよ…」を戦歴で証明しただけ。結局太平洋戦争のMVPは瑞鶴じゃなくてビッグEだったわけだし。
最後に中小型艦艇だけど、これまたアメリカのフレッチャー級とタイコンデロガ級だけでお腹いっぱいという現実。
特型?陽炎型?雪風みたいなごく僅かな艦を除いて次々戦没したよね。
その他、世界最強と言われ、夜戦がお家芸だった日本の軽巡・駆逐も、レーダーを用いた遠隔攻撃や潜水艦の群狼戦術、艦載機の空襲の前に全て敗退。
悲しい話です。
少なくとも戦歴で自慢すると墓穴掘ることになると思う。
この条約が締結される頃の東アジア世界は、近代的国際法を掲げながら、実際には弱肉強食を旨とする西欧列強が浸透してくる時期にあたる。当時朝鮮は清の冊封国であったが、鎖国政策を国是としていたため、国際交流は非常に限られていた。しかしそのような朝鮮にも1860年代以降国際化の波(外圧)が押し寄せ、海上から西欧諸国が訪れるようになる。朝鮮と西欧列強との出会いは、概ね芳しいものではなかった。たとえば1866年にはフランス軍がキリスト教徒虐殺事件(丙寅迫害)の報復として軍艦7隻総兵力1000人で朝鮮の江華島を攻撃・占領する丙寅洋擾が発生し、1871年にはアメリカ合衆国もジェネラル・シャーマン号事件(1866年発生)の報復として軍艦5隻総兵力1200人艦砲85門で朝鮮の江華島に攻撃・占領を行っている(辛未洋擾)。丙寅洋擾と辛未洋擾は朝鮮と通商を行うための侵略であったが却って斥和碑を建てるなど攘夷につながった。
当時朝鮮の政権を担っていたのは高宗の実父興宣大院君である。清朝から西欧列強の情報を得ていた大院君は、断固として鎖国を維持する姿勢を貫いた。これは中国における西欧側の非道を知ったこともあるが、朱子学以外を認めない衛正斥邪という思想政策を積極的に推し進めたことから分かるように、大院君は中華思想的発想の持ち主であり、その点から西欧諸国を夷狄視していたことも理由の一つである。その強い姿勢は「西洋蛮人の侵犯に戦わない事は和議をする事であり、和議を主張することは売国行為である」と書かれた斥和碑を朝鮮各地に建てたことに窺うことができる。このように当時の朝鮮では攘夷熱が高まっていた。
また朝鮮では、文禄・慶長の役時に、中国が朝鮮を守ったため、今回も中国が朝鮮を守ってくれるに違いないという立場であり、小島毅は「中国は東アジア全体にとっての親分だというのが朝鮮の認識ですから、親分である中国に自分を守ってもらおうとするわけですね」と述べている[2]。
他方、西欧列強が迫っていた東アジア諸国の中で、いちはやく開国し明治維新により近代国家となった日本は、西欧諸国のみならず、自国周辺のアジア諸国とも近代的な国際関係を樹立しようとした。朝鮮にも1868年12月に明治政府が樹立するとすぐに書契、すなわち国書を対馬藩の宗氏を介し送った。江戸時代を通じて、朝鮮との関係は宗氏を通じ行われてきたためである。しかし国書の中に「皇」や「奉勅」といったことばが使用されていたために、朝鮮側は受け取りを拒否した。近代的な国際関係樹立は、はなから躓いたといえよう。
この問題は、日朝双方の国交に対する思惑がすれ違ったことが原因である。日本側は従来の冊封体制的な交隣関係から、条約に基礎づけられた関係へと、日朝関係を変化させることを企図したのであるが、一方朝鮮側はこれまでどおり冊封関係にとどまり、その中で日本との関係を位置づけようとしていた。前近代における冊封体制下において、「皇上」や「奉勅」ということばは中国の王朝にのみ許されたことばであって、日本がそれを使用するということは、冊封体制の頂点に立ち朝鮮よりも日本の国際地位を上とすることを画策したと朝鮮は捉えたのである。
征韓論を唱えた西郷隆盛。ただし江華島事件及びその後の日朝修好条規締結に対して義に悖ると批判していた。
1868年以来、何度か日本からの国書がもたらされたが、日朝双方の思惑の違いから両国の関係は円滑なものとは言えなかった。書契問題を背景として生じた日本国内における「征韓論」の高まりに、大院君が非常な警戒心を抱いたことも一因である。また釜山においては日朝両国の官僚同士が険悪となっていた。長崎の出島のごとき釜山の倭館に限定した国交を望む朝鮮側と、対馬宗氏から外交権を取り上げて外交を一元化し、開国を迫る日本との間に齟齬が生じたのである。釜山の倭館は朝鮮側が日本、特に対馬藩の使節や商人を饗応するために設けた施設であったが、明治政府は対馬藩から外交権を取り上げ、朝鮮との交渉に乗り出そうとした。その際、倭館をも朝鮮側の承諾無しに接収し日本公館としたことから事態が悪化したのである。結果、必要物資の供給及び密貿易の停止が朝鮮側から宣言される事態となった。
日本側も単に国書を送りつけるだけだったわけではない。版籍奉還という日本国内の難問を無事に乗り越えた1870年、朝鮮との国交交渉を有利にするため、冊封体制の頂点に立つ清朝と対等の条約、日清修好条規を締結した。これにより冊封体制の維持を理由に国交交渉を忌避する朝鮮を、交渉のテーブルに着くように促したのである。
1873年に対外強硬派の大院君が失脚し、王妃閔妃一派が権力を握っても、日朝関係は容易に好転しなかった。転機が訪れたのは、翌年日清間の抗争に発展した台湾出兵である。この時、日本が朝鮮に出兵する可能性を清朝より知らされた朝鮮側では、李裕元や朴珪寿を中心に日本からの国書を受理すべしという声が高まった。李・朴は対馬藩のもたらす国書に「皇」や「勅」とあるのは単に自尊を意味するに過ぎず、朝鮮に対して唱えているのではない、受理しないというのは「交隣講好の道」に反していると主張した。これにより朝鮮側の対日姿勢がやや軟化した。
国交交渉再開の気運が高まり、1875年に交渉が行われた。日本側は外務省理事官森山茂と広津弘信、朝鮮側は東莱府の官僚が交渉のテーブルに着いたが、やはり書契に使用される文字について両者の認識に食い違いが生じた。この他森山の洋服着用など欧米スタイルを貫こうとする姿勢に朝鮮側が嫌悪感を示したことで交渉ははかばかしくなかった。交渉の停滞に業を煮やした森山は4月には砲艦外交を行うことを日本政府に上申した[3]が、三条実美の反対があり、川村純義の建議により日本海軍の砲艦二隻(雲揚および第二丁卯)が5月に派遣され朝鮮沿岸海域の測量などの名目で示威活動を展開した。その後雲揚は対馬近海の測量を行いながら一旦長崎に帰港するが、9月に入って改めて清国牛荘(営口)までの航路研究を命じられて出港した。
詳細は「江華島事件」を参照
9月20日、首都漢城に近い江華島付近で、雲揚所属の端艇が朝鮮砲台から砲撃を受ける事件が発生した(江華島事件)。雲揚は反撃し、永宗島の要塞を一時占領、砲台を武装解除し、武器、旗章、楽器等を戦利品として鹵獲した。この事件における被害は、朝鮮側の死者35名、日本側の死者1名負傷者1名(のち死亡)であった。事件は朝鮮側が日本海軍所属の軍艦と知らずに砲撃してしまった偶発的なものとされ[4]、この江華島事件の事後交渉を通じて、日朝間の国交交渉が大きく進展した。
明治政府のお雇い外国人ボアソナードは、事件を処理するために派遣される使節への訓令について、以下を決して朝鮮に譲歩すべきではないと具申した。
またこれらが満たされない場合、軍事行動も含む強硬な外交姿勢を採ることをも併せて意見している。これらの意見はほとんど変更されることなく、太政大臣三条実美を通じて訓示に付属する内諭として使節に伝えられた。さらに朝鮮に対する基本姿勢として、三条はこの江華島事件に対して「相応なる賠償を求む」べきとしながら、使節団の目的を「我主意の注ぐ所は、交を続くに在るを以て、・・・和約を結ぶことを主とし、彼能我が和交を修め、貿易を広むるの求に従ひときは、即此を以て雲揚艦の賠償と看做し、承諾すること」だと述べていた(強調、加筆者)。これは欧米列強の干渉を招かないよう配慮すべし、という森有礼の言が容れられたものである。
さらにボアソナードのいう軍事行動も含む強硬な外交姿勢も、日本は忠実に実行に移している。使節団一行には軍艦や兵士の護衛がつき、威圧効果を朝鮮側に与えようとした。また交渉が決裂した場合に備え、山縣有朋が山口県下関に入り、広島・熊本両鎮台の兵力をいつでも投入できるよう準備していたのである。さらにいえば、日本の砲艦外交的姿勢は無論朝鮮の屈服を促すものであったが、同時に日本国内の「征韓論」を唱える不平士族の溜飲を下げることも狙ったものであった。
ただこのように軍事的高圧な姿勢を表面上見せながら、当時の日本は軍費の負担という点からいって、戦争が好ましいとは考えていなかった。また戦争の発生がロシアや清朝の介入を許すきっかけになるかもしれず、その点からも極力戦争は避ける考えであった。
以上をまとめると日本側の交渉の基本姿勢は、以下の二点に集約される。
砲艦外交を最大限推し進めながら、実際には戦争をできるだけ回避すること。
江華島事件の問罪を前面に押し出しながら、実質的には条約を締結し、両国の懸案で長年解決しなかった近代的な国際関係を樹立すること。
また対朝鮮政策は、実質的には朝鮮の宗主国である対清朝政策でもあり、清朝の干渉をなくすべく事前に清朝の大官たちと折衝を重ねることも日本は行っている。19世紀、欧米列強のアジア侵略に対抗するため、清朝は朝鮮やベトナム、琉球などの冊封国を保護国化あるいは併合することによって皇帝を中心としたアジアの伝統的な国際関係をそのまま近代的国際関係へと移行させて清の地位と影響力を保持しようとし、冊封国に対して保護国化、モンゴル、チベット、新疆などの保護国に対しては植民地化を強めようとしていた。
この時期の東アジアは、日中朝そして西欧列強の間における複雑な絡み合いが相互作用する場が形成されつつあった。日朝間の国交交渉再開もその結果としてもたらされたものであると同時に、また別の歴史事象の原因でもあったのである。
あの設定なら、世界としてはかなり狂ってる。
あれだけ大仰に演出して一回ってことはあるまい。
あの世界、轟沈しない艦娘は史実上生き残った艦だけに限られる。
それ以外はくびきの餌食だ。
なぜ、雪風や響でないのかとか思う所はあるけれども、少なくともあの海域を支配していたのは、深海棲艦吹雪だ。
問題は、吹雪が融合しても、他の深海棲艦が消えたわけではない点で、作品世界的には終わりと言うより始まりなのだろう。
あれで吹雪が「卒業」するなら、もっと端的にゴールを示せるのだが、ゲーム的にもプレイヤーへの配慮的にも、出来ない演出とも言える。
http://togetter.com/li/1056062
なんていうかさ、あの世界が時間が巻き戻らないループ世界と仮定した場合、深海棲艦が同じ場所に同じように湧いて同じように戦闘がおこるってわけでさ・・・・
アホらしいと思わんか?その設定。
何度やっても、「くびき」とやらに引きづられ、いろんな艦娘が入れ代わり立ち代わり再着任してたはず。
吹雪の着任だって、着任前の記憶とか、劇場版で初めて確認するようなことじゃないでしょ。
まるまる1期使ってスルーされてたのに、真剣な顔でさも重大事のように確認する赤城と加賀。
興醒めも良いところだよ。
提督はいないんだからともかくとしてさ、長門や加賀辺りは、もっと諦観してないとね。
出撃に意味がないような空気を感じさせたり、抗ってる焦燥を出さないと。
劇場版を受けた補完で、それっぽくTVアニメを語ることはできるけれど。
あの箱庭を維持するために無理が為されてたのだとしても、もっとディストピア感ださないと、後付過ぎてさ・・・・
あの設定なら、世界としてはかなり狂ってる。
日本海軍は壊滅なんだから、ほとんどの艦娘は、「くびき()」とやらで轟沈するはずで、そのつど深海棲艦としてPOP。
轟沈から再着任のサイクル、どの程度なのかね?とか、そっちが気になったよ。
マジないわ。
アホくさいわ。
ないわ。
・自分としては「普天間基地は早急になくすべき、そのためには国外・県外移転が望ましいが、それを望まない日本政府の決定があるならば、『沖縄県は(普天間基地の代替としても)県内に新基地を作ることに反対したが、日本政府が地元の反対を権力で押し通して基地を作った』という手順、ストーリーで作るべきだろう。それが将来的に沖縄県民の利益に繋がる」と考える、以下理由
直線距離にして600kmほどでかい、それぞれの地域・島によって歴史も現在置かれている状況も違う
那覇市などの南部に住んでいるとそんなに米軍を意識はしない、でも中部に住むと、広大な米軍基地の周辺にへばりついて、分断されぎゅうぎゅうに押し込められて生きている感を受ける、場所によっては騒音がほんとにきつい。北部は…実はよくわからない、『北部』という主語も相当でかくていろんな立場がいるだろう。
南西諸島などの離島は沖縄本島とはだいぶ状況が違う、まず米軍基地や訓練空域がない、交通事故をMPに仕切られた経験もないので米軍問題がどこか他人事だ。それより実感としてあるのは本島・宮古島間の中国艦船通過だったり、尖閣諸島問題だったりするので、気分的に日本政府に強くあって欲しい、保守よりの風潮があると感じる、歴史的にも沖縄本島の政権からの差別や軽視があったらしいが、その辺はよくわからない。
そんな感じなので、ひとこと『沖縄県民』と言ってもその意見は多様で一つに絞れないのは当然だと思う。九州電力の川内原発についての福岡や奄美大島の人たち意見も同じようになるのでは。
ケンカになるから、ほとんどの場合自分と在日米軍・国防関係で自分と違う意見や明らかに間違っている知識(沖縄県が負担している米軍基地の割合は実は22%だとか)と出会っても、なるほどあなたはそういう考えなのですネーとスルーする。大体の人がそうじゃなかろうか。なので、声高に自分の考えを主張出来る人は、自分の周りがほぼ同じ考えだと誤解しやすい状況が生まれるのではないかと思う。
しかし中国に関してはだいぶヘイトがたまっている、親戚一同が集まっている席でTVで中国関係のワイドショーなど始まると、まるで『1984年』の二分間憎悪のようにその場が中国への罵倒で満たされ、中国に寛容な意見などは一切ない。ネットなどで、(基地反対派の)沖縄県民は親中派など言われているのを見るとう~ん?と感じる。おそらく、アメリカの覇権は絶対派、強い日本をとりもどせ欲しい派、基地には反対だが中国のため作らないといけない派、いま沖縄県民が分断されている状況は中国のせいだ派など、いろんな現状に対して不満を持っている人たちの、非難の矛先として中国が選ばれ続けているのだろう。中国観光客がお金を落とし続けているお土産物屋やホテル業界の人でも、中国人を語るときはまずは悪口から入る気がする。
・そんなわけで、『沖縄県民の意見』については、切り口によってでどんな意見でも出せるだろうと思う
基地内に土地を所有し土地使用料が入ってくる人、軍人・軍属相手の商売で生計を成り立たせている人、そもそも基地内で働いている人、基地のすぐそばに住んでて毎日轟音でテレビの音声が聞こえなくなる人、毎日基地を大回りして通勤する人、過去に事件事故で家族が被害にあったことのある人、米兵さんと結婚した人、数年前に大阪から引っ越してきた人、その子ども、みんな沖縄県民であって、その意見は統一できない思想は自由なので当然だ
・ただ一つあるのは『選挙の結果』だろう
手続き論として多少の瑕疵はあるかもしれないが、選挙の結果で先の知事の決定は間違いだったとの判断が出たら、地方自治体として決定を考え直す権利ぐらいは当然あるのではないかと思う
(米軍基地はどうするべきか)
・普天間基地はなくすべきだろう、それは日本政府、米軍、沖縄県民、宜野湾市民、ほぼ全員が危険なので早くなくしたいと考えていて、それを人質に取る形で新たな負担をどうするかというのが現在の問題だと考えている
・そもそも普天間基地及び在日米海兵隊の問題は、そのまま廃止する、国外(グアムなど)に移転する、沖縄県外(徳之島など)に移転する、といった選択肢がある中、日本政府の、米軍の協力な武力を引き続き国内に置きたい、という思いと、沖縄県外に置いてもらうよう説得するのは無理だった、という調整不足の結果、まるでそこしか唯一の回答がないかのように沖縄県内新基地の建設が進められているが、要するに日本政府の意向と失策の結果を押しつけられているだけじゃないかと思う。
・よく「防衛は国の専権事項」だから地元自治体は黙って国の決定に従え、という意見を見るが、本当にそうならば日本国中どこにでも好きに置けるはずで、「唯一の選択肢」なんておかしいことになる、自由じゃ無かったから現状があるんだ。
・ではなぜ沖縄県内に代替基地を作るかというと、沖縄県の位置とか、離島という閉鎖された環境とか、亜熱帯のジャングルが訓練に向いているとか、連携すべき他の米軍部隊が多くいるとか、歴史とかとにかくどんなにでも理屈はつくが、結局は『現在そうだから今後もお願い』につきると思う
・「現在そうだから今後もお願い」これを呑むと終わりだ、沖縄県の基地負担は未来永劫、永遠に続くことになる
この国では『現状』の強制力がとにかく強い、どんな理不尽も、不平等も、論理破綻も、現状を維持すべきとの意思の前にはなすすべがない。抗うにはすさまじい労力が必要になり、そもそも論理が通用しないため、結果反対派を自力救済、暴力に向かわせる力がある。
まあ現状維持って結局、楽な方、楽な方、低い方に流れてるだけなんだが。
・なので新基地建設については、暴力に訴えてまで反対するのは悪手だし、どのような反対があっても最終的には建設されてしまうだろう、それが日本政府、ひいては日本国民選択の結果なのだから、という思いがある。
・その上で、沖縄県という地方自治体としては、新基地建設を絶対認めてはいけない、と考える。認めたらそれこそ最後、沖縄県民の将来的な損失を、これから永遠に撤回不能な悪しき前例を産むからだ。
・そもそも沖縄県内にある米軍基地は、沖縄県がここにどうぞと言って作られたところは一つもない、すべて銃剣とブルドーザで住民の意思を無視して作られた物だ、という前提がある。なのでそれを変更が困難な『現状』として引き継ぐのだ。新基地建設に同意してしまうと今度は『沖縄県、地元住民は新しい基地を建設することに同意した』という新しい現状が生まれてしまう、そしてそれを覆すことは絶対に出来なくなる。あの日あのとき新基地建設を認めたんだから今度もお願いね、と言われ続けてしまう。
・政治的な決定は言った言わない、0か100かでどんな条件を付けても無駄だ
前世紀に普天間基地の代替として、名護市への新基地を認めようとした際、「軍民共用」とか「15年期限」とか色々条件を付けたはずだが、それらはすっかり忘れ去られ、「一度は認めると言った」という一部のみが取り立たされる、ヤクザの脅迫を一緒だ。なので絶対同意せず、『地元の反対を国が強権で押し通し、強制建設された基地』というストーリーを持った基地にする、というところが落としどころではと思う。
(余談)
みんな『次の戦争』に備えるとき、記憶の中にある先の戦争がまた繰り返されると勝手に思ってしまう。だから今度もうまくいく、今度こそうまくいく、と戦争の準備を整える。
第一次大戦を教訓にマジノ線を作ったらベルギーから攻め込まれてあっという間に降伏したフランスや、日露戦争みたいな一発逆転を夢見て沈没した日本海軍とか
みんな『次の戦争』を考えるとき、太平洋戦争みたいに島々を巡った占領戦が行われるはずだ、そのときは今度こそうまくやってやる、と無邪気に考えすぎなんじゃないか。次に日本が宣戦布告されたり、するときは
https://twitter.com/0830yukkey/status/764047717567832066
ユキオ0830 @0830yukkey
@Fruskiy001 はじめまして。先生の記事やご本を買いまして勉強してます。ところで、先生の本のない言おうを内田弘樹という作家が盗作した疑惑がありますがご存知ですか。http://anond.hatelabo.jp/20160627202408 調べたほうがいいと思います。失礼します。#盗作
https://twitter.com/0830yukkey/status/764048377247961088
ユキオ0830
@0830yukkey
@Fruskiy001 先生の本は、見つからないのでもできる限り新刊で買いますので、がんばってください。盗作だったら悪いことなので許しちゃいけないと思います。
https://twitter.com/Fruskiy001/status/764073832046927873
敵国のご隠居 @Fruskiy001
@0830yukkey どうも拙書をお読みいただき、有り難うございます。その件は当方は存じ上げておりませんが、体調が回復したら、少し調べてみようかと思います。 本当にわざわざご連絡いただき、有り難うございました。
以下経緯
内田弘樹氏寄稿による雑誌「丸」掲載の記事に対し、2chにて当該文には、アイオワ級に関するWikipedia記事
(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%82%AA%E3%83%AF%E7%B4%9A%E6%88%A6%E8%89%A6)
からの引き写し、および当該Wikipedia記事の底文となっている、
『歴史群像太平洋戦史シリーズVol.58「アメリカの戦艦」』 学研、2007年5月。ISBN 978-4-05-604692-2。
大塚好古 『【第6章・第1部】3万5000トン型新戦艦「ノース・カロライナ」級』。
上掲記事からの文章剽窃が認められるのではないかという疑義がなされたものである。
====
http://shiba.2ch.net/test/read.cgi/anime/1458575380/460-507
軍事趣味雑誌「丸」7月号に内田先生が「不動の高速戦艦チャンプ「アイオワ」級」なる記事を書いているが、わずか6ページの記事に、一読して「おや?」と思うような記述がどっさり。
以下に明らかにおかしい個所を列挙する。
「1938年」が「エスカレーター条項が」にかかるのなら、「……したため、1938年にエスカレーター条項が発動」と書かないといけないだろう。
国語的におかしい。「保有枠を戦艦、」のあとに脱文があるのではないか。
「最大統制口径」なる用語は初めて見た。「主砲口径制限」が普通だろう。
ここでの「条約」は、日本が1934年に不延長を宣言したワシントン条約のことである。
文中「ワシントン」が出てこないのはどういうことか。
ワシントン条約失効に伴い新戦艦を計画したのは米英も同じであり。日本だけの話ではない。
ここは「ワシントン条約失効により建造される日本の新戦艦の性能を」で文を始めるべきであった。
1940年予算建造の「イリノイ」「ケンタッキー」はどこへ行った。
船体が長くなり、機関が強化されるとなぜ重心が上がるのか?
船の用語で wet は「湿った」ではないだろう。意味をとれば「波をかぶる」ということである。
また、アイオワ級がウェットだと言われるのは、艦首寄りの船体を細く絞ったために艦首浮力が減り、水面下に突っ込んだ時に浮き上がる力が少なくなったからである。
このへんウィキペの丸写し。
「口径が延長」はおかしいだろう。「砲身長が延長されたため」だけでよく、カッコ内は不要。
ほぼウィキペの丸写し。
4機積めるはず。
矛盾してるだろう。
これはサウスダコタが狭すぎたということで、アイオワだって狭くて不評なのである。
「しかし居住設備は当初計画時1900名強だったのが、戦時の実際の運用では2800名~2900名と1000名近く増加し、極めて苦しい状態だったのは事実である。艦内スペースはかなり不足していたらしい(世界の艦船545集より)」
ローズヴェルト大統領を降ろしたのはカサブランカではなく、500km以上東のメルセルケビル(オラン)。
こう書くと、いかにも「ミズーリ」が仁川を砲撃したように感じられるが、実際に砲撃したのは東海岸の三陟である。
アメリカは古い巡洋艦を何隻もミサイル艦に改造している一方、1950年代に新造されたミサイル巡洋艦は1隻だけ。
いまウィキペをざっと見てみたら、「ミズーリ」に特攻機が突入したところの記述もウィキペの丸写しだった。ひどいもんだよ。
降伏調印式の日付、明らかにwikipedeiaの戦艦ミズーリの項内の
>ミズーリは8月21日に東京に上陸する占領部隊のため200名の士官及び兵士をアイオワに移乗させた。その後8月29日に降伏調印式準備のため東京湾に入った。
を早とちりしたままその後の
>日本政府および軍の降伏文書調印式は、9月2日に東京湾(中の瀬水道中央部千葉県よりの海域)に停泊するミズーリの甲板上で
>副砲は当初ウースター級軽巡洋艦に搭載された一五・二センチ両用連装砲が搭載予定だったが、重量の問題と同砲の開発が遅れたとこで、サウスダコタ級と同じ
>三八口径五インチ連装高角砲が両舷中央部に各五基装備された。射撃指揮装置としては、Mk4レーダー付きのMk37射撃指揮装置が合計四基搭載された。
>副砲は当初ウースター級軽巡洋艦に搭載された15.2cm47口径両用連装砲を採用予定だったが、重量問題と開発遅延のため、結局ノース・カロライナ級
>やサウスダコタ級と同じ12.7cm38口径両用連装砲が採用され、これらを両舷中央部に各5基搭載された。
>副砲の射撃指揮装置は、Mk4レーダーを装着したMk37 射撃指揮装置が艦橋全部に各1基、加えて一番煙突の両舷部に各1基の計4基が搭載された。
>当初、副砲はのちに「ウースター」級軽巡洋艦が搭載した六インチ四七口径連装両用砲の採用も検討されたが、重量の問題と同砲の開発遅延によって、前級と同型の
>五インチ三八口径連装高角砲が艦の中央部に各四基搭載されている。高角砲の射撃指揮用としては、Mk4レーダー付きのMk37射撃指揮装置が前後の艦橋部に各一基、
>一番煙突側部の両舷部に各一基の計四基搭載されていた。
丸パクリとは失礼な。wikiの参考文献をパクリつつwikiからは要約の仕方をパクってるだけだぞ
https://twitter.com/0830yukkey/status/764047717567832066
ユキオ0830 @0830yukkey
@Fruskiy001 はじめまして。先生の記事やご本を買いまして勉強してます。ところで、先生の本のない言おうを内田弘樹という作家が盗作した疑惑がありますがご存知ですか。http://anond.hatelabo.jp/20160627202408 調べたほうがいいと思います。失礼します。#盗作
https://twitter.com/0830yukkey/status/764048377247961088
ユキオ0830
@0830yukkey
@Fruskiy001 先生の本は、見つからないのでもできる限り新刊で買いますので、がんばってください。盗作だったら悪いことなので許しちゃいけないと思います。
https://twitter.com/Fruskiy001/status/764073832046927873
敵国のご隠居 @Fruskiy001
@0830yukkey どうも拙書をお読みいただき、有り難うございます。その件は当方は存じ上げておりませんが、体調が回復したら、少し調べてみようかと思います。 本当にわざわざご連絡いただき、有り難うございました。
以下経緯
内田弘樹氏寄稿による雑誌「丸」掲載の記事に対し、2chにて当該文には、アイオワ級に関するWikipedia記事
(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%82%AA%E3%83%AF%E7%B4%9A%E6%88%A6%E8%89%A6)
からの引き写し、および当該Wikipedia記事の底文となっている、
『歴史群像太平洋戦史シリーズVol.58「アメリカの戦艦」』 学研、2007年5月。ISBN 978-4-05-604692-2。
大塚好古 『【第6章・第1部】3万5000トン型新戦艦「ノース・カロライナ」級』。
上掲記事からの文章剽窃が認められるのではないかという疑義がなされたものである。
====
http://shiba.2ch.net/test/read.cgi/anime/1458575380/460-507
軍事趣味雑誌「丸」7月号に内田先生が「不動の高速戦艦チャンプ「アイオワ」級」なる記事を書いているが、わずか6ページの記事に、一読して「おや?」と思うような記述がどっさり。
以下に明らかにおかしい個所を列挙する。
「1938年」が「エスカレーター条項が」にかかるのなら、「……したため、1938年にエスカレーター条項が発動」と書かないといけないだろう。
国語的におかしい。「保有枠を戦艦、」のあとに脱文があるのではないか。
「最大統制口径」なる用語は初めて見た。「主砲口径制限」が普通だろう。
ここでの「条約」は、日本が1934年に不延長を宣言したワシントン条約のことである。
文中「ワシントン」が出てこないのはどういうことか。
ワシントン条約失効に伴い新戦艦を計画したのは米英も同じであり。日本だけの話ではない。
ここは「ワシントン条約失効により建造される日本の新戦艦の性能を」で文を始めるべきであった。
1940年予算建造の「イリノイ」「ケンタッキー」はどこへ行った。
船体が長くなり、機関が強化されるとなぜ重心が上がるのか?
船の用語で wet は「湿った」ではないだろう。意味をとれば「波をかぶる」ということである。
また、アイオワ級がウェットだと言われるのは、艦首寄りの船体を細く絞ったために艦首浮力が減り、水面下に突っ込んだ時に浮き上がる力が少なくなったからである。
このへんウィキペの丸写し。
「口径が延長」はおかしいだろう。「砲身長が延長されたため」だけでよく、カッコ内は不要。
ほぼウィキペの丸写し。
4機積めるはず。
矛盾してるだろう。
これはサウスダコタが狭すぎたということで、アイオワだって狭くて不評なのである。
「しかし居住設備は当初計画時1900名強だったのが、戦時の実際の運用では2800名~2900名と1000名近く増加し、極めて苦しい状態だったのは事実である。艦内スペースはかなり不足していたらしい(世界の艦船545集より)」
ローズヴェルト大統領を降ろしたのはカサブランカではなく、500km以上東のメルセルケビル(オラン)。
こう書くと、いかにも「ミズーリ」が仁川を砲撃したように感じられるが、実際に砲撃したのは東海岸の三陟である。
アメリカは古い巡洋艦を何隻もミサイル艦に改造している一方、1950年代に新造されたミサイル巡洋艦は1隻だけ。
いまウィキペをざっと見てみたら、「ミズーリ」に特攻機が突入したところの記述もウィキペの丸写しだった。ひどいもんだよ。
降伏調印式の日付、明らかにwikipedeiaの戦艦ミズーリの項内の
>ミズーリは8月21日に東京に上陸する占領部隊のため200名の士官及び兵士をアイオワに移乗させた。その後8月29日に降伏調印式準備のため東京湾に入った。
を早とちりしたままその後の
>日本政府および軍の降伏文書調印式は、9月2日に東京湾(中の瀬水道中央部千葉県よりの海域)に停泊するミズーリの甲板上で
>副砲は当初ウースター級軽巡洋艦に搭載された一五・二センチ両用連装砲が搭載予定だったが、重量の問題と同砲の開発が遅れたとこで、サウスダコタ級と同じ
>三八口径五インチ連装高角砲が両舷中央部に各五基装備された。射撃指揮装置としては、Mk4レーダー付きのMk37射撃指揮装置が合計四基搭載された。
>副砲は当初ウースター級軽巡洋艦に搭載された15.2cm47口径両用連装砲を採用予定だったが、重量問題と開発遅延のため、結局ノース・カロライナ級
>やサウスダコタ級と同じ12.7cm38口径両用連装砲が採用され、これらを両舷中央部に各5基搭載された。
>副砲の射撃指揮装置は、Mk4レーダーを装着したMk37 射撃指揮装置が艦橋全部に各1基、加えて一番煙突の両舷部に各1基の計4基が搭載された。
>当初、副砲はのちに「ウースター」級軽巡洋艦が搭載した六インチ四七口径連装両用砲の採用も検討されたが、重量の問題と同砲の開発遅延によって、前級と同型の
>五インチ三八口径連装高角砲が艦の中央部に各四基搭載されている。高角砲の射撃指揮用としては、Mk4レーダー付きのMk37射撃指揮装置が前後の艦橋部に各一基、
>一番煙突側部の両舷部に各一基の計四基搭載されていた。
丸パクリとは失礼な。wikiの参考文献をパクリつつwikiからは要約の仕方をパクってるだけだぞ
潮書房光人社、月刊「丸」2016年7月号掲載記事、筆者、内田弘樹氏
http://shiba.2ch.net/test/read.cgi/anime/1458575380/460-507
軍事趣味雑誌「丸」7月号に内田先生が「不動の高速戦艦チャンプ「アイオワ」級」なる記事を書いているが、わずか6ページの記事に、一読して「おや?」と思うような記述がどっさり。
以下に明らかにおかしい個所を列挙する。
「1938年」が「エスカレーター条項が」にかかるのなら、「……したため、1938年にエスカレーター条項が発動」と書かないといけないだろう。
国語的におかしい。「保有枠を戦艦、」のあとに脱文があるのではないか。
「最大統制口径」なる用語は初めて見た。「主砲口径制限」が普通だろう。
ここでの「条約」は、日本が1934年に不延長を宣言したワシントン条約のことである。
文中「ワシントン」が出てこないのはどういうことか。
ワシントン条約失効に伴い新戦艦を計画したのは米英も同じであり。日本だけの話ではない。
ここは「ワシントン条約失効により建造される日本の新戦艦の性能を」で文を始めるべきであった。
1940年予算建造の「イリノイ」「ケンタッキー」はどこへ行った。
船体が長くなり、機関が強化されるとなぜ重心が上がるのか?
船の用語で wet は「湿った」ではないだろう。意味をとれば「波をかぶる」ということである。
また、アイオワ級がウェットだと言われるのは、艦首寄りの船体を細く絞ったために艦首浮力が減り、水面下に突っ込んだ時に浮き上がる力が少なくなったからである。
このへんウィキペの丸写し。
「口径が延長」はおかしいだろう。「砲身長が延長されたため」だけでよく、カッコ内は不要。
ほぼウィキペの丸写し。
4機積めるはず。
矛盾してるだろう。
これはサウスダコタが狭すぎたということで、アイオワだって狭くて不評なのである。
「しかし居住設備は当初計画時1900名強だったのが、戦時の実際の運用では2800名~2900名と1000名近く増加し、極めて苦しい状態だったのは事実である。艦内スペースはかなり不足していたらしい(世界の艦船545集より)」
ローズヴェルト大統領を降ろしたのはカサブランカではなく、500km以上東のメルセルケビル(オラン)。
こう書くと、いかにも「ミズーリ」が仁川を砲撃したように感じられるが、実際に砲撃したのは東海岸の三陟である。
アメリカは古い巡洋艦を何隻もミサイル艦に改造している一方、1950年代に新造されたミサイル巡洋艦は1隻だけ。
いまウィキペをざっと見てみたら、「ミズーリ」に特攻機が突入したところの記述もウィキペの丸写しだった。ひどいもんだよ。
降伏調印式の日付、明らかにwikipedeiaの戦艦ミズーリの項内の
>ミズーリは8月21日に東京に上陸する占領部隊のため200名の士官及び兵士をアイオワに移乗させた。その後8月29日に降伏調印式準備のため東京湾に入った。
を早とちりしたままその後の
>日本政府および軍の降伏文書調印式は、9月2日に東京湾(中の瀬水道中央部千葉県よりの海域)に停泊するミズーリの甲板上で
>副砲は当初ウースター級軽巡洋艦に搭載された一五・二センチ両用連装砲が搭載予定だったが、重量の問題と同砲の開発が遅れたとこで、サウスダコタ級と同じ
>三八口径五インチ連装高角砲が両舷中央部に各五基装備された。射撃指揮装置としては、Mk4レーダー付きのMk37射撃指揮装置が合計四基搭載された。
>副砲は当初ウースター級軽巡洋艦に搭載された15.2cm47口径両用連装砲を採用予定だったが、重量問題と開発遅延のため、結局ノース・カロライナ級
>やサウスダコタ級と同じ12.7cm38口径両用連装砲が採用され、これらを両舷中央部に各5基搭載された。
>副砲の射撃指揮装置は、Mk4レーダーを装着したMk37 射撃指揮装置が艦橋全部に各1基、加えて一番煙突の両舷部に各1基の計4基が搭載された。
>当初、副砲はのちに「ウースター」級軽巡洋艦が搭載した六インチ四七口径連装両用砲の採用も検討されたが、重量の問題と同砲の開発遅延によって、前級と同型の
>五インチ三八口径連装高角砲が艦の中央部に各四基搭載されている。高角砲の射撃指揮用としては、Mk4レーダー付きのMk37射撃指揮装置が前後の艦橋部に各一基、
>一番煙突側部の両舷部に各一基の計四基搭載されていた。
丸パクリとは失礼な。wikiの参考文献をパクリつつwikiからは要約の仕方をパクってるだけだぞ
書き殴るよ
何かと話題の艦これ。楽しいよね。楽しかった。でも途中でなんだか飽きてしまってやめちゃった
提督の間で香ばしい空気が流れてきたのも嫌だった。なんだかバカらしくなってしまったのだ
艦これ、サービス開始当初よく言われてたのが「軍・兵器クラスタに新規が入ってくる!よかったね!」ってこと。
これまで排他的で新規お断りします状態だった軍・兵器クラスタにとって艦これは起爆剤だった。
寂れた村に大量に移住者がやってきて、よーし町おこしだ!盛り上がるぞーとなってたわけ
実際、艦これをきっかけに軍や兵器に興味を持つ人は確実に増えた。プラモも売れるし万々歳
でも古参軍オタの中には新規を歓迎しない人もそれなりにいた。「にわかが萌え美少女で海軍語ってるんじゃねーよ」みたいな
毎週そんなことを誰かがTwitteで呟いて、炎上してた。たいてい垢消しまで追い詰められて。中にはまとめられて住所特定されて晒される人まで出てきた
まぁ、ここまではいい。よくないけど、まぁいい。にわかdisってもいいことないしな
とにかく、艦これ勢は古参軍オタの排他的な態度を嫌ってた。はずだった
サービス開始からそれなりに時間が立ち、提督の数も相当な数まで増えた。
俺も加賀さんを愛でる日々だった。裸エプロンが似合う秘書官1位加賀さんを平和に愛でていた
未だに艦これは炎上ネタ筆頭。タイムラインに流れてきたものやはてブ上位に来たものに目を通すこともあった
コメント欄はいつも荒れていた。そして毎回目につく高評価なコメントはだいたいこんな感じ
「艦これの〇〇な設定も知らずに批判してるんじゃねーよにわか」
いや、それ言っちゃダメでしょ。我々提督が忌み嫌っていたのはそういう態度でしょ。そういう古参軍オタでしょ
そんな細かい設定なんて提督以外しらねーよ。一般人にそれ求めるなよ
Twitterのタイムラインを眺めていると、みんな艦これの話をしている。当たり前だ、自分と趣味が合いそうな人をフォローしたんだから
ずっとそんな世界に浸っていると、みんな艦これの詳細な設定まで精通していることが常識って錯覚に襲われるんじゃなかろうか
別に艦これに限った話じゃないけど、そんな当然のこともわからない人たちが艦これに群がっていることを意識した時、何かが急激に冷めていった
そういう低学歴っぽい人と同じコンテンツを遊んでいると言う事実に耐えられなくなった
俺はストパンとかも好きだ。ガルパンも好き。つーか美少女が闘ってるのはたいてい好き。なのはとか。CCさくらとか
戦う美少女もの、特に軍事絡めてくると的外れな批判が飛んでくることも多かった。それに反論する奴もたくさんいたし、たくさん見てきた
俺も大した人間じゃないし、アニメ見てる奴の中には高学歴から底辺までひと通りいることも知ってる。でも艦これだけ、嫌になってしまった
なんで艦これだけ嫌になっちゃったんだろう。よくわからん。SNSが一般化して、そういうやりとりがわかりやすく可視化される時代になったからかもしれない
今は遠巻きに眺めるのみ。アニメは楽しみだけど、早速「艦これはこの設定じゃないと認めない!」みたいな人も大勢出てきていてかなしいよ
かつて忌み嫌っていたはずの古参軍オタのポジションに提督が座り、外野からアニメから入ってくる新規までいびる。歴史は繰り返す
>「進撃1942」が韓国でリリース後9日で100万ダウンロード達成! 株式会社gumi
https://gu3.co.jp/news/archives/2386
これだ。
http://www.youtube.com/watch?v=kDWD0YlKd24
ぜひ見てほしい。
見たか?
見たな?
『日の丸を付けた航空機』が雑魚キャラよろしくパカスカと撃ち落とされ、
よくよく見れば航空機も零戦、一式陸攻、連山などなど、かなりの種類の日本軍機が登場している。ヤラレメカとして。
でさー。
韓国でこれが売れるの分かるんだよ。
でもさー。
日本企業がこれを作るってどーなのよ。
国内向けなら、それこそ、P38ライトニングを使って日本軍をボコボコにする「1942」ってゲームをカプコンが、
ファミコンより前に出してたけどさ?
だったらさー。
これ国内向けにも出したらどうなのよ?gumiさん。
進撃1942は国内展開しないのはなんで??
こういう売国行為するgumiとかいう企業と、国光宏尚 とかいう社長。
どういう顔だったっけ?と思って検索したら
http://2011.myojowaraku.net/2011/10/hironaokunimitsu/
ああ・・・そういう系だったのかな?さすがだわ。
今流行りの艦これきっかけでもいいし、その前からの軍艦好きでもいいんだけど(自分は後者)、日本の空母の戦没の経緯について調べると、あまりの惨状に目を覆いたくなる。
ミッドウェーで米艦載機の奇襲を受け、たった数発の爆弾で海の藻屑と消えた南雲機動部隊の4空母。
潜水艦の魚雷攻撃で艦載機用燃料タンクを損傷、気化したガソリンが充満→引火爆沈した翔鶴と大鳳(特に大鳳は魚雷一発だったはず)。
数々の海戦をほぼ無傷でくぐり抜けた歴戦の殊勲艦なのに、飛ばす飛行機がなくなってしまった結果、最後は僚艦ともども米艦載機の囮になって沈んでいった瑞鶴。
「昼間の艦載機の攻撃と夜間の潜水艦の雷撃、どっちがヤバいんですかねえ・・・」という究極の選択の結果、潜水艦の魚雷であっけなく沈んだ信濃。
こういう史実を目の当たりにすると、当時の日本海軍が軽視していた要素がハッキリ見えてきてしまう。
即ちダメコン、レーダーやソナー等の電子機器の開発、そして兵站。
いくら国力というかマンパワーに限りがあるにしたって「艦が燃え出したら実質助からない」だの「目視で何とかする」だの、ちょっとあり得ないでしょうって感じ。
そしてこれらを軽視した結果、空母のみならずあらゆる艦種において、日本海軍は地獄を見ることになったわけで。
結局、海戦に限って言えば、日本は航空機と潜水艦に負けたと言っていい。
一応、戦後はそれを教訓にダメコンと電子機器は徹底的に強化したらしいけど、海自結成後に一度も実戦が行われてない以上、本当に?という感は拭えない。
というかかなり不安を感じる。
勿論これらが充実していたから太平洋戦争に勝てたかどうかは別問題だけど(そもそも開戦時ですら国力が10倍くらい違っていた相手と戦うという決断は・・・という話も)。
艦これにおいて、難易度が跳ね上がる難関ステージとして有名な2-4。
クリア方法は色々あれど、自分的に最も楽だと思う方法を書いてみる。
一番楽にクリアできる方法を一言で言い表すなら「唯一の敵は羅針盤と言い切れる程度に、強い艦隊を育成すること」これに尽きます。
もう少し噛み砕いて言うなら「北東ルートにさえ入れば、ボス戦だろうが道中戦だろうが、やられる前に叩き潰す艦隊を育成する」こと。
まさに「人事を尽くして天命を待つ」戦い方です。或いは「ロジカル脳筋プレイ」でもいいです。
まず、かなり長丁場のステージです。
ボスまで最低3戦(ボス戦は最短で4戦目)、ルートと運によっては5戦もこなすことになるため、駆逐や軽巡・雷巡といった耐久の低い艦種には非常に厳しいです。
しかもこのゲームには連戦補正といって、4戦目以降は弾薬の残量の関係から、ダメージにマイナス補正がかかる仕掛けがあります。
4戦目でフル火力の80%、これが5戦目になるとなんと40%、更に6戦目以降はたったの5~10%と、恐ろしいくらいに補正がかかるため、ボス戦で多くの敵艦を取り逃がして敗走する一因に。
また攻略ルートのうち、北西のルートでは最悪6戦目がボス戦になるため、それがこのルートでの攻略を絶望的にしています。
ただでさえ艦娘の損傷具合でダメージ補正がかかるのに、その上で連戦補正とはなかなかに深刻な要素です。
願わくば東のルートか、北東のルートで「気のせいだった。」を引きたい所。
また真のラスボスと言われる羅針盤の確率計算は明らかに偏っており、正直このステージでボスまで辿り着ける確率は、恐らく20%もありません。
なので運が悪いとクリアできるまで何度も何度も出撃するハメになります。
更にボスも道中も強敵揃いなので、機先を制して打ち負かすことで、被害を最小限に抑える必要があります。
これらを踏まえて、割と千載一遇のチャンスを絶対に逃さない準備をしない限り、クリアは覚束ないということです。
というタイトルをつけた時点でお察しですが、ここはもうwiki等にある通り、編成は戦艦4正規空母2の王道以外あり得ないでしょう。
もちろん全艦改造済で、特に戦艦の火力と装甲だけはMAXまで近代化改装。空母もできるだけ値を上げておきます。
これ前提です。大事なことなのでもう一回書きますが、大前提です。
何故ならボス戦は複数の敵戦艦に正面から激突する、文字通りガチの殴り合いになるので、相手の攻撃に耐え、かつ総合火力で勝るほうに軍配が上がるということ、道中の被弾で撤退に追い込まれていては話にならないからです。
ですから建造でもドロップでもいいのでなんとしても揃え、改造・改装まで進めて下さい。
多分、殆どの提督さんが扶桑姉妹、伊勢姉妹、金剛姉妹、赤城、加賀、蒼龍の混成になると思います。それでおkです。
なお、オール戦艦編成は正直微妙。というのも戦艦は先に倒せる弱い相手(具体的には耐久の低い軽巡駆逐)を優先的に狙うことが多いので、肝心の本丸(戦艦・空母・重巡)に攻撃を向けさせるためには、空母による開幕爆撃で雑魚を一掃する必要があるからです(でないと高い運用コストに見合った仕事を期待できないとも言える)。
ちなみに空母は戦艦とは別の意味で色々高くつくクセに結構脆く、特に高レベルになると劣勢になった日本海軍が安くて固い基地航空隊に切り替えた気持ちを痛感することになりますが、今の段階でそんなことは考えず、空母の運用に慣れて下さい。
それぞれ火力と耐久に難があるので、確実に足枷になります。戦艦や正規空母の育成用艦隊に組み込むならいいんですけどね。
これだと資材的にキツいのはよくわかりますが、クリアした提督は皆そうやって大きくなったんです。厳しい言い方で申し訳ありませんが。
とはいえ2-4を攻略するくらいの司令部レベルだと、空母のうちクエ報酬の赤城はともかく、もう1隻を建造で揃えるのは正直難しいと思うので(加賀も蒼龍も2面でのドロップ入手が現実的だと思う)、赤城と軽空母1隻で挑戦するのも可。その場合轟沈リスク回避のためにも、必ず軽空母を旗艦にして下さい。
また戦艦1隻を雷巡に変える場合はボス戦まで大破しない、開幕雷撃を確実に当てるといった運が要求される他、夜戦でカットインもしくは連撃を狙える装備(北上ならカットイン、大井なら連撃狙いかな)を施すなど決して簡単な選択ではないので、それでもコスパを取るかはよく考えて決断して下さい。
その上で戦艦に長射程以上の砲を例外なく1門以上装備し、火力120以上を確保して下さい。手段は問いません。
徹甲弾だろうが主砲ガン積みだろうが、とにかく先手必勝、戦艦以外はクリ一発で撃沈してお釣りが来る火力が一番大事なんです(戦艦相手でも二確が理想)。
実際にやってみると、道中戦ではいささかオーバーキルに見えるくらいの破壊力を発揮しますが、ボス戦を昼間の砲撃戦のみで決着させようとした場合、上述の連戦補正もあって結構ギリギリというのが実情。
空母は艦戦スロを確保し、それ以外は艦攻ガン積みor艦攻:艦爆=2:1にして下さい。
一発の破壊力重視で艦攻ガン積みが鉄板なのは勿論ですが、火力の安定性を加味して少し艦爆を入れてもおk(特にホロとかの強力な艦爆なら入れるといいでしょう)。
いずれにしても艦戦は必須。何故か?そう、これだけやっても、どうしても先手を取れない相手がいるからですね。
詳細は次のパラグラフで。
どうしても先手を取れない相手、それは敵空母が繰り出してくる艦載機です。
道中戦にて高確率で当たる、実に嫌~な相手ですね。
開幕爆撃で蹂躙されるわ、こっちの艦載機を撃ち落とされてカスダメになるわボーキサイト吹っ飛ぶわで、散々な目に遭った提督も多いはず。
でもこれ、実は強みであると同時に弱みでもあって、空母の射程は一番短く、開幕爆撃後の攻撃ターンは基本的に最後です。
つまり戦艦の砲火力主体なら、開幕爆撃さえ凌げれば勝ちなんです。
逆に、こちらが空母主体の艦隊を組む時の弱点でもあり、それを補うためにあえて砲撃不可なのに中射程の砲を積む戦法があるのはご存知の通り。
では具体的にどう凌ぐかというと、「艦戦と対空砲火で迎撃する」のが定番。
そのためには「空母の一番大きいスロに烈風等の強力な艦戦を積む」「一番対空値が高い戦艦に三式弾を積む(もちろん火力は120キープで、できれば対空電探も積む)」のが非常に有効です。
なんだ基本じゃんって?じゃあやってみろ。
最初から最後まで単縦陣です。最大火力で短期決戦型なのに、それ以外の何があるんでしょうか?
必ず疲労なし・ダメなしの状態で出撃し(少しでもダメが残っていると集中砲火を浴びますよ)、道中の夜戦は勿論パス、中破までなら構わず進撃します。
ボス戦は旗艦撃沈、もしくは随伴艦4隻以上撃沈で勝利できるはずなので、もし昼戦で達成できなければ迷わず夜戦を選択しましょう。
以上を準備の上で出撃すると、それこそ道中は物凄い勢いで敵が沈みます。
しかも装甲をきちんと強化していれば道中の損害はせいぜい小破、上手く行けばほぼ無傷で済んじゃったり(稀に運悪く大破しても、限界まで強化した結果なら諦めがつくというもの)。
まさに絵に描いたようなワンサイドゲームで、脳汁或いはもっと変な汁が出まくりかも。
ただ興奮し過ぎて、艦娘が大破しているのにミスオペで進撃とかしないように。
さもないと轟沈のトラウマが貴方を待っています(経験者は語る・・・)。
轟沈、特に2-4攻略時の空母轟沈は非常に痛いと思うので、出撃時には細心の注意を払いましょう。
史実におけるミッドウェーの空母喪失がどれだけ深刻だったか体験してみたいなら止めませんが。
公式のアナウンスに従い、決戦艦隊を構成する艦娘のレベルは、平均30くらいになるよう育てましょう。
十分強い艦隊で臨めと書いたそばから矛盾する内容かも知れませんが、どうもこのゲーム、廃人のパワープレイを見越してのことか、ボスに比べて強すぎる艦隊には羅針盤運が極端に悪くなるみたいです(体感)。
ですのでレベルを上げすぎた場合、敵艦の強さ等とは別の次元で海域突破が困難になります。
その時は戦艦を重巡や雷巡に、正規空母を軽空母に替えるなど、艦隊を編成する艦種を見直す(弱くする)と効果的なようです。
見方を変えれば、遠征で資材を補充=北東ルートに行くまで継戦能力をキープする簡単なお仕事っすよ。
確かに出撃回数が数十回になることは珍しくありませんが、運と根気さえあればサルでもクリアできるステージってことです。
それでは、健闘を祈ります!
読んどけってだけの話。
ってのがあって。まあ当方軍オタなんで、うっかりミスとかは笑って流せても、ドヤ顔で史実とまるで違うことを書いてあるとムカツクのは避けられない。若い頃はコメント欄に喧嘩売りに行って当然、ぐらいの行動力はあったが、おっさんになったのでブコメで一番気になったことだけ指摘しておいた。
そしたら、
ってえらく挑戦的なブコメを(自分に向けたものかは分からないが)書いてる人がいた。その後さらに
「ページ作者の希望によりブックマークの一覧は非表示に設定されています」
になってさらにモヤモヤ。ミスの指摘が図星だから消したのかよ、みたいなネガティブ全開思考に。
まあ「分かりやすい物語」を優先して書いたらあんなかたちになるかな、とは思わなくもない。思わなくもないけど、史実か史実でないかといわれたら困る。
以下蛇足
=====
全部書くとキリがないので海軍兵備に与えた一番大きな影響だけ書くと、
「遠くから大砲を撃っても戦艦は沈まない、という常識を覆した」
ことになる。それまでの常識では、戦艦の主砲とは取扱が難しく、発射準備も大変で撃てる回数も少なく狙いを付けるのも難しい、と弱点だらけで、海上での決戦で使い物になるとは思われてなかった。
ところが、アドミラル・トーゴーに率いられた日本海軍は、常識外れの遠距離の交戦で、大量の大口径砲を効果的に使い、ロシア艦隊を完膚無きまでに叩きのめしてしまった。
この結果、「この常識って実は時代遅れじゃね?」とこっそり疑っていた人たちが一気に表舞台に登場、各国ともその教訓を適用させた新型戦艦の建造に一斉に走る。その競争に勝って新戦艦の第一号の栄誉を担ったのがイギリスの「ドレッドノート」であり、以後その名に倣って新世代の戦艦はド級戦艦、あるいはそれを超えるという意味で超ド級戦艦などと呼ばれるようになった。
話を端折って第一次世界大戦が勃発&終了。
実は日露戦争から大戦勃発まで10年しかないのだが、この間の戦艦を巡る話を書いてると本の1冊ぐらいの分量はすぐに埋まるので端折るしかない。
大戦の教訓は、実は日露戦争と比べると分かりにくい。10年後に分かりやすい答え合わせのできた日露戦争と異なり、両次大戦の間には20年の時間があり、そこに軍縮条約と世界恐慌という、全列強の軍備を歪めた/正したイベントが転がっているせいである。また、参戦国によって教訓の受容の仕方(解釈)も違っていたせいでもある。
といっても分かりにくいと言って逃げているわけにも行かないので、いくつか項目を挙げる。
後知恵で言えば、ドレッドノートによって始まったはずの「戦艦の時代」はこの戦争中に終わった。
大金を投じて整備された戦艦群は、戦争に大して影響を与えなかった。戦艦同士が殴り合う大海戦こそ起きたものの、それで戦争の展開も国家の命運は、ほとんど変わらなかった。仮に何らかの代替手段があれば、この時点で戦艦という兵器が滅んでも不思議ではない位、悪いニュースである。
また、戦争中、イギリスを一番脅かしたのは、ドイツの戦艦ではなく潜水艦だった。島国イギリスが必要とする、物資を運ぶ船を沈めまくり、危機的な状況に追い込んでいる。
「一番の脅威になった敵に対抗できない、そんなものが主力兵器と言えるのか?」とも論難されるようになったわけである。
もちろん、潜水艦以外の普通の艦船相手なら、戦艦はなんなく撃沈できたし、潜水艦の能力自体もまだまださっぱりだったので、戦艦の存在意義自体が否定されたわけではなかった。しかし、この理由は一世代後、二次大戦が終わってから戦艦にとどめを刺すことになる(後述、しないかも)。
「空」という新しい戦場が導入され、攻撃力はともかく、偵察力が爆発的に向上したことで、海軍のあり方が大きく変わることになった。
それまで、敵艦隊を見つけるには、偵察艦を方々に派遣してマストの上から見張るという手段しかなかった。航空技術はそれを変えた。つまり、遙かに高速で遙かに高い場所から偵察できるようになった。
大戦当時、飛行船で空から偵察する、という圧倒的なアドバンテージをドイツ海軍は有していた。
イギリスにそんな結構なものはなかった。さりとて、航空機は発達途上であり、飛行船ほどの長距離を飛べる飛行機もなかった。やむなく、海面を滑走路とする航空機、水上機を使おう、として、北海の気象条件に阻まれる。
海だから波浪という物があり、荒れやすい北海の気候は水上機の実用性をがつんと引き下げた。
この偵察能力の差は決定的な物であり、イギリス海軍が規模と伝統で劣るはずのドイツ海軍相手に苦しい戦いを余儀なくされる大きな原因となった。一方が相手がどこにいるかを察知し、他方が何の情報も持たないなら、それは勝負になるはずはない。
誰が考えても、空を支配できない海軍に将来がないことは明白だった。
イギリスは水上機に見切りをつけ、普通の航空機を運用できる艦艇の開発に取り組むことになる。航空母艦の誕生である。
先述の如き変化はあったが、列強の海軍は引きつづき、より強力な戦艦を求めていた。理由は色々あるが、
が最大の物で、「相手が持っているから対抗するために必要」というたいていの軍備に適用できる理屈がこの場合にも機能した。
そこで各国は第一次世界大戦の教訓を反映させ、より高速で、より防御力に優れ、より攻撃力の高い戦艦を作ろう、としたところで、その高価さに気付くこととなった。最先端技術の塊になった当時の新型戦艦は、作って運用するだけでもとんでもない金食い虫だった。
無理矢理現代に置き換えると、最先端のスーパーコンピューターと巨大な工業プラントを合体させたでっかい超合金の塊を、高速で自在に航行させるようなものだから、まあ、安いはずはない。
日本の海軍整備計画だった『八八艦隊』など、国家予算に占める割合が3割4割は当たり前というとんでもない代物となった。
日本より遙かに豊かだった米英にしても「これなんか違くね?」と政治家たちが考え始めるようになった。
もちろん、戦争が差し迫っているとか、他に代替手段がないとかであれば、無理してでも兵器を作らねばならない。ならないが、当時はそんな世界情勢ではなかった。
結果、軍縮会議が開かれ、各国は軍備に制限をかけることとなった。
よくある誤解として、
「太平洋戦争が始まるまで、各国の海軍兵備に対する考え方とは大艦巨砲主義で、戦艦がすべてだと思われていた」というのがある。間違いである。。
「戦艦は高価なばかりで戦争の役に立たない」「戦艦廃止も現実的な選択肢」 >
けれども海軍中枢と政府の間で戦艦vs航空機論争が繰り広げられる中で、現場の艦隊指揮官達はそんな論争の行方とはまったく別に一つの結論に達しつつありました。それは「空母がなければ艦隊決戦は勝利できない」という認識です。航空機が戦艦を撃沈できようができまいが、海戦で敵空母を撃破してしまえば味方艦隊は一方的な砲戦観測ができ、遠距離砲戦で圧倒的な優位に立てるからです。そして戦艦を撃沈できるかどうかは別として爆撃、雷撃も自由に実施できます。 >
こうして「空母は敵空母を発見次第、敵戦艦ではなく敵空母に対して攻撃隊を指向する」という海戦ドクトリンが確立され、マニュアル化されます。1930年代に日本海軍が強く意識していた「アメリカ海軍の制空権下での艦隊決戦という概念」とはこうした考え方です。海戦で空母が無ければ勝てないことは空母を含む艦隊の演習を繰り返すだけで確信される極めて明快で誰もが理解できる事実でした。海軍中枢と政府との間で交された「戦艦vs航空機」などといった派手な議論は現場の艦隊にとってはどうでも良かったのです。 >
戦争で使われた艦の多くは、 大戦が始まる前にすでに建造されました。太平洋戦争をまだ知らない設計者や軍人が、「次の戦争はこうなるだろう」という予想のもとで作った艦です。しかし彼らの予想は全て覆され、艦艇たちは思いもよらない戦いに挑むことになりました。 >
togetterなんぞにリンクを送る気など毛頭ないのですが、あまりにおかしな言説なので叩いておく。
「艦これ」を契機に学ぶ、日本海軍とSEGAの類似性とは? - Togetter
艦これが流行って『なんで日本海軍負けたの?』って聞かれる事が増えたのだけど、『着眼点は非常に鋭く、良い戦術を多数生み出すも微妙に足りてない上層部と時代先取りしすぎておっつかない開発コストで先細った』に対する『あぁつまりSEGAってこと?』で壊れた腹筋を返せ。
大日本帝国海軍の上層部が生み出した「良い戦術」ってなんだろう?
急降下爆撃は帝国海軍発祥じゃないし、航空戦で強かったのもゼロ戦の機体性能とパイロットの腕、爆撃・雷撃を命中させるのもパイロットの腕と魚雷の性能だったし。
運用中の陸上攻撃機の航続距離が異様に長いのを利用してイギリスの東洋艦隊を航空兵力で壊滅させたり、フィリピンを爆撃して航空機根こそぎぶっ壊して戦争序盤を優位に進めた、くらいしか戦術的に良かった点なんてないと思うんだが。
「時代先取りしすぎておっつかない開発コスト」との指摘も、曖昧すぎて何を指しているのかわからない。
三式弾なんてコスト以前にパフォーマンスがダメダメだったし、彗星の水冷エンジンなんて稼働中から整備士に嫌われてたらしいじゃん。
艦上戦闘機の次世代機もなかなか性能面でゼロ戦上回れなかったし、レーダー類や通信技術もミッドウェイ海戦の時点でアメリカに遅れを取ってたわけで。
航空母艦の飛行甲板だって色々試してたわりには全然時代先取りしてなかったし。
時代を先取りしすぎってのは「変なものばっかり作って」という揶揄のつもりなのかな。気球爆弾とかは確かにあったけど、そういうの明確な敗因として挙げるのはキツい気がするが。
そもそも「微妙に足りてない上層部」と「開発コスト」が足りてれば勝てた、というのが大きな間違いで、あのまま勝つには、後釜のいない空母機動部隊を終戦まで無事に運用できる戦術・戦略と、ゼロ戦がジェットエンジン積んだ戦闘機と互角に格闘できる戦法を組織的に確立し、大和の対空砲手が爆撃機を「トンボとりでもするかのように」撃墜しまくり、彗星程度の機体性能の爆撃機がVT信管の炸裂すら避けつつ敵空母に急降下爆撃を命中させまくる、くらいの奇跡が重ならないと無理だったわけで。
その他海軍の敗因
・どう考えてもそのタイミングじゃねぇだろって所で無駄に巨費を投じる
・多方面に手を伸ばし過ぎて維持できなくなる
これもどこで無駄に巨費が投じられたのか具体的に書いてないからわからない。戦中の大和型3番艦信濃の改装か、戦前の大和型建造くらいしかないと思うが、他に無駄に巨費を投じたプロジェクトってあったか?
軍艦を運用する石油がないから南方作戦が必要なんだし、ニューギニア・珊瑚海方面も大量の資源の供給元であるオーストラリアとアメリカ本土の遮断が目的なんだから、どっちもやらないと戦争終わらないし。
南方もニューギニア~珊瑚海も手出しせずにアメリカ海軍とだけ正面で戦ってれば良かったなんてのは、艦隊決戦で勝ったほうが戦争勝利、みたいな取り決めでもあると思ってるんだろうか。
インド方面のことであれば、あれは陸軍の作戦だから、海軍はあまり関係ないしね。イギリスの東洋艦隊を追っ払う意味でインド洋までまで機動部隊が出撃したことはあるけど、それは一時のことだし「維持できなくなる」原因にはなってない。
陸軍と海軍の仲の悪さは確かに有名だけど、別にこれで重要な作戦に何度も失敗してるわけじゃないしなぁ。
確かに問題点の1つだったとは思うが、明確な敗因として挙げるのは無理があると思う。
「一回盛大にコケたら最後まで取り戻せない、つまり一度もコケられない薄氷を踏むような戦況」は敗因ではなく、敗因はその戦況の原因であるところ「兵器を生産する資源の少なさと工業力の低さ」「レーダー類や戦力の高い航空機を開発する技術力の低さ」なんじゃないの。
確かにメガドライブあたりの家庭用ゲーム機ハード戦争で緒戦は好調だったセガが、次世代機のセガサターンでは他社の兵站の前に屈してドリームキャスト投入を余儀なくされ、そこでも決定的な負けを喫して撤退、その後は平和憲法を守るように戦争には参加していないというのは「大日本帝国海軍はセガ的」なのかもしれないが、その理由が『着眼点は非常に鋭く、良い戦術を多数生み出すも微妙に足りてない上層部と時代先取りしすぎておっつかない開発コストで先細った』で共通する、というのは間違った認識なんじゃないの。
せめてエルトゥールル号の件と100年後の恩返しの件を日本人ももっと知ろうぜ
俺も知らんかったから偉そうなことは言えん。
http://shuchi.php.co.jp/article/1325
そして両国の友情を考える際、日本人が決して忘れてはならない事件が、昭和60年 (1985)に起きています。イラン・イラク戦争下のテヘランからの日本人救出です。 イラン・イラク戦争は昭和55年(1980)に始まりましたが、昭和60年3月、イラクによる イランの都市空爆を契機に両国の都市攻撃が激化。イランの首都テヘランにもイラク空軍機が 襲来するなど、情勢は一気に緊迫化します。さらにイラクのフセイン大統領は、3月17日に 「48時間以降、イラン上空の航空機を、民間機であろうと無差別攻撃する」と宣言しました。 各国は大慌てで、自国民救出のための救援機を送ります。しかし日本の救援機は来ません。 自衛隊の海外派遣不可の原則のために自衛隊機を送ることができず、日本航空は労組の反対も あって「航行安全の保証がない限り臨時便は出せない」という方針を打ち出したのです。現地 の日本人は八方手を尽くしますが、他国の航空会社はどこも自国民優先で、乗れる飛行機はほ とんどありません。 いよいよ刻限が迫り、現地邦人の誰もが絶望の淵に沈んだ時、手を差し伸べてくれたのがト ルコでした。トルコ航空機が危険をおして215名の日本人を救出してくれたのです。しかも、 当時、テヘランには600名を超えるトルコ人がいたにもかかわらず、日本人を優先して助けて くれました。 「なぜ、トルコが?」。日本人は皆、不思議に思いました。直接のきっかけは、1つは駐イ ラン・トルコ大使のイスメット・ビルセル氏が、駐イラン日本大使の野村豊氏の懇願を受け、 本国に救援機派遣を要請してくれたこと。もう1つは当時、イスタンブールに駐在していた伊 藤忠商事の森永堯氏が、知己であったトルコのオザル首相に直接、救援を依頼したことでした。 しかし、それらがあったとはいえ、自国民より日本人を優先して救出するほどの決断を、な ぜトルコは下してくれたのでしょうか。その背景には、この救出劇から95年も前に起きた、あ る事件で結ばれた強い絆がありました。トルコの人々は、それを忘れずに日本人を助けに来て くれたのです。その事件こそ、エルトゥールル号遭難事件です。 明治23年(1890)9月16日夜半、台風の荒れ狂う和歌山県串本沖で、オスマン帝国(オス マン・トルコ)の軍艦エルトゥールル号が遭難。600名余の乗組員のうち、司令官オスマン・ パシャはじめ500名以上が死亡または行方不明という大惨事になります。 彼らは、明治20年(1886)に日本の小松宮彰仁親王がトルコのイスタンブールを訪問した ことへの答礼使節でした。東京で明治天皇に拝謁し、オスマン帝国の最高勲章を奉呈した帰路 に悲劇に見舞われたのです。 これに対し、事故現場の串本・紀伊大島の人々は、遭難者の救助に全力であたり、危険を冒 しながら69名を救出しました。当初トルコ人を収容した樫野地区は60戸はどの小さな集落で、 しかも裕福な暮らしではありませんでしたから、トルコ人の介抱は決して容易なことではあり ませんでした。しかし、なけなしの食料や衣類を惜しげもなく提供し、普段は正月にしか食べ ない白米を炊き出して食べさせ、さらに時を知らせる鶏もつぶして振る舞ったのです。 明治天皇も知らせを受けるや、政府を挙げての救援を命じ、トルコ人の生存者たちは手厚い 看護を受けた後、日本海軍の軍艦で翌年1月2日にイスタンブールに帰還しました。また、こ の事件が報道されると、日本全国でトルコへの義捐金を募る動きが澎湃として沸き起こり、現 在の貨幣価値で1億円ともいわれる金額がトルコへ届けられたのです。 この日本人の真撃な気持ちはトルコに伝わり、トルコで親日感情が大きく高まりました。こ れが後の、イラン・イラク戦争への対応などの一連の動きにつながっていくことになったので す。