はてなキーワード: 方向音痴とは
方向感覚というものがそもそも存在しているのかは、分からないが。
デパートに入って、エスカレーター2~3階昇ったらもう入口の方向がわからなくなってしまう。
商店街も店に入ったら、自分がどっちの方向から歩いてきたのか分からなくなってしまう。
電車に乗った時、想像と反対に電車が動き出す(電車に乗った後180度回転することがあるため)。
この辺りは正直方向音痴の人あるあるなんじゃないかと思っている。
この前、古いゲームだがメガテン?をやって、ダンジョンを見た時に自分の感覚に非常に近くて感動した。
本当にあんな感じで、一人称視点で永遠に自分がまっすぐ前に向かって歩いていて、自分が右に曲がったのか、世界が左方向に90度回転したのか、感覚的に分からない。
地図を一瞬見ただけで、目的地に行ける人はすごい。本当にすごい。
一瞬で方向がわかるのだろうか?そういう人って、一体何を見ているんだろう。
地図上の建物の形や、道路の角度を、現実のものと照合している?それとも常に東西南北を把握してるんだろうか。
最新の車のように、上からの視点が搭載されているんだろうか。それとも、逆に自分の足元に地図があるように感じるのだろうか。
最近はコンパスを持ち歩き、おおざっぱな目的地の方向に歩いていくという手段をとっている。
駅の検索をしていた。Google mapが出てきたので覗いていると懐かしい地名が目に入った。
「今どうなってんだろうなあ」なんて軽い気持ちでそちらに寄り道することにした。
卒業した小学校や一部のスーパーはまだ昔のまま残っている。いや、昔のままというわけにはいかない。小学校は体育館を改修したり遊具がなくなっていたりと、場所は変わってないが昔とは少なからず趣が異なっていた。
通学路を歩いてみる。・・・・・全然わからない。多くの空き地に住宅が建てられ、当時あった家も建て替えられたりしているので景色がまるで違う。道路も増えている。
実際に歩けば距離感を掴めると思うが、Google mapだと見知らぬ街の風景に思えて方向音痴になる。どこを歩いてるかわからなくなってくるくらいだ。
迷子になったら途中で地図に戻ってまた黄色い人を落として地図の中に入る。
まさか生まれ育った街で迷子になるとは思わなかった。たとえそれがGoogle map上だったとしても…。
どうにか当時の自宅までたどり着いた。その家はまだ建て替えられてはいなかった。見た目もそのままで他の誰かが住んでいるようだった。
走馬灯のように幼い頃の記憶が蘇る。隣の家に1つ下の友達がいてよく遊んだな。ここの家の塀にボールをぶつけて苦情を言われたな。集会所で夏祭りをやったな。
もう数十年経ってるから細かいことまで思い出せない。なんとなくそんなこともあったなと懐かしむ程度だ。
自宅の周囲も散策してみよう。近所にあった八百屋や幼稚園はもうなくなっている。何年かに一度綺麗な花を咲かせていた山桜の林もなくなっていた。
随分と変わったなあ。
そこで人間が生活していく以上街並みの変遷は世の常とはいえ、自分の中身も書き替えられたような感覚になり空虚な不安を覚える。
また、年々変わり続けていくそこでの生活を考えると面白くもある。
そうか、今住んでいる場所も変わり続けてるんだよな。その場で暮らしていると見逃してしまう。時間が連続していると変化に対して違和感を持たずにやり過ごしてしまう。
懐かしくもあり、新鮮でもあり、なかなか有意義な時間を過ごしたと思っている。
機会があれば子どもでも連れて実際に行ってみるかな?
個人的に好きだったマイクラ実況シリーズ、投稿者をピックアップ
だいたい6〜10年前の実況シリーズに偏っていますが、あんまり目くじら立てて怒らないでね
ゆっくり実況者。初投稿は10年前。動画シリーズは複数のシーズンで分けられており、現在はeason9に突入。ちゃんと数えてないから何とも言えないけれど、パート総数は700をゆうに超えていると思う。
現在も数日ペースで動画投稿を続けており、おそらく古株としては最も元気な動画投稿者。アプデについていけなくなる等の理由で減速してしまう投稿者は多いが、ここまで活躍できるのはまさに鉄人。
方向音痴要素はシリーズ開始時によく見られたが、Season4あたりからほぼ見られなくなった。現在は、センスの高い建造物の建築や、アプデ新要素の紹介、レッドストーン回路を駆使した大型機械やトラップタワーの開発を行う動画が多い。
当時「方向音痴のマインクラフト」と双璧をなしたゆっくりマイクラ実況。シリーズPart1の投稿は9年前。昨今の動画に見られるコテコテの編集は一切なく、非常に原始的なマイクラ実況動画となっている。今でも根強いファンが多い。
マイクラ実況動画は4年前から投稿されていないが、今年9月にマイクラのテスト動画を投稿。かつての実況動画の雰囲気をそのまま残した動画で、沢山のファンがコメント欄で喜びをにじませた。
村を整備・発展させていく企画の実況シリーズ。初投稿は7年前。全裸のスキンに衝撃を受けた視聴者も多かったはず。
当時は村人の繁殖条件が非常に緩く、村人とアイアンゴーレムが人口爆発を起こして大変なことになった。
最近、ファンが現行バージョンで村を再現してくれた。当時のデータは破損により遊べなかったらしい。
Part1の投稿は9年前。黄昏modをテーマにした2人マルチプレイの実況動画。黄昏modって9年前にもうあったんだね。
動画の冒頭に入る茶番が滅茶苦茶懐かしい。茶番→OP→本編っていう流れの実況動画が、当時は本当に多かった気がする。
全裸スキンの実況者その2。初投稿は10年前。最近はAmongUsの動画が多いが、マイクラの配信もほそぼそと続けている様子。
投稿者のえふやんはゲーム実況者以外にも活動。旅動画の「ぼくらは新世界で旅をする」シリーズは、当時色々な意味で画期的だったと思う。
TwitterでAmong usのミニアニメがバズっていた時、えふやんが作ったことを知ったときはとても驚いた。
ニコ動のみで活動していたゆっくり実況者。シリーズ初投稿は10年前。
TNTを多用した大規模な整地を好み、地図一面を灰色に染め上げてしまうようなえげつないプレイスタイルから、「爆弾魔」と呼ばれ人気を博した。
ボ◯バーマンのスキンは、後ろから見た時に乳首にしか見えないのがポイント。
動画シリーズは5年前に途絶えてしまう。コミュニティのプロフィールによると、バージョンアップについていけずモチベが上がらないらしい。
コミュニティ限定配信は行っており、蒸発してしまった訳ではない。
最後にかつてのマイクラ/マイクラ実況の個人的あるあるをご紹介。
せっかく出てきても、うっかりクリックしてページを送ってしまうのがお約束。当時はエンチャントにラピスラズリは必要なく、エンチャ本は無かった。
村人との交易なんて無かった時代、シルクタッチと幸運Ⅲのツルハシは今以上に貴重品だった。
どの実況動画にも必ずと言っていいほど登場した豆腐建築。木材で建てれたらまだマシな方で、資材の収集が間に合わず土で仮拠点を建てた実況者も多かった。
クリーパーがやってきてリフォーム(爆破)され、劇的ビフォーアフターするネタもよく見かけた。
今では一発目の拠点にも関わらずクオリティの高いものを作ってしまう投稿者が多い気がする。クリーパーが匠と呼ばれることも少なくなった。
っていうか、そもそもイチからサバイバルモードの実況を行う投稿者が少ない。
長時間にわたる作業はカットせずに倍速で流し、倍速中に質問コーナーを設けることが多かった。現在では再生回数を稼ぐためか、テンポを重視しカット編集しまくる動画が当たり前。
カット編集が入るときは「ました工法」なんて演出があったりしたけど、今では見なくなっちゃったね。
当時は感圧ピストン式のトラップタワーが流行。その後、アップデートにより大量のトラップタワーが死亡したことは、今となっては昔話である。
アイテムの運搬は氷+水流で、すべて素手で回収・分別。回収場所から手の届く場所にチェストを大量に置き、どんどんアイテムを入れていかなければならなかった。
疎遠な遠方の友人だった。人生の転機にあたって悩んでいたので応援してあげたら、それが彼女の心に触れたようだった。人の心にふれる喜びを感じて、僕もとても嬉しくなった。その後幾つか内面を打ち明けるメールのやりとりをしたら、この人に久しぶりに会いたいなと思った。帰郷の折にグループで会ったけど話足りない。次の帰郷の機会に、今度は二人で会うことにした。
自分のことを包み隠さず話せる人と、他人の耳を気にせず深い話が出来たら、最初はそんな気持ちだった。彼女はもっと距離を縮めてくれていいよというサインを送ってきている...ように感じた。どこで会うか、そんな計画をメールで立てているうちに、彼女からのメールを待ち遠しく思っている自分に気付いた。僕は恋している、と思ったら、その恋に惹き込まれるのはあっという間だった。二人で会ってみたら、彼女も僕に恋しているのはすぐ分かった。世界がぐるんと回った。
家族のために、自分の仕事のために、とても一生懸命に生きている人だった。若い時に一人旅をする中で自分のやりたい事を見つけたという話。その行動力が素敵だと思った。同じような時に同じような旅をした自分を重ねた。論理的に緻密に考える人ではない。自分の感情や思いを言語化するでもない。それでいて大事な事はちゃんと分かる。翻って僕は自分の恋の話さえ文章に書かないとそれについて考えることが出来ない。地面を這い回っている僕には、空を翔ける鳥を見上げるような思いがした。そして、それなりに辛い経験や自分の思い通りにならない事にぶつかってきたのに、そういう人生の転機にあたって、砕けるでも諦めるでもなく、与えられた境遇に新しい生き方を見つけていく様が、とても自由だと感じた。自分はこうであらねばならないという拘りがないから、どのような形に押し込まれても平気のようだった。そんな生き方があるのか。なんと美しい。それに加えて、分かりやすい可愛らしい弱点。方向音痴。虫が苦手。その落差が子供のようでとても愛らしかった。彼女の全てがとても大事で愛おしいものに感じた。自分の中に誰かを想う気持ちがこんなにも泉のように湧いてくるなんて、長らく忘れていた。
でも、遠距離の恋は難しかった。会いに行けるのはせいぜい三ヶ月に一回位。彼女は彼女で子供がいて時間もほとんど自由にならない。会えない間に少し遠ざかった彼女の気持ちを温めて、打ち解けてきた所でいつも時間が終わってしまう。折角遠路会いに行ったのに、子供が発熱して小一時間さっとお茶するだけで終わってしまった事もあった。そんな大変な中、出てきてくれただけでもありがたいことなんだ、そうは思う。そんな大変な時にありがとう、とむしろ僕が謝った。でも一方、急に空いた午後の時間を一人で埋めないといけないのは、とても寂しかった。本屋でちょっと立ち読みをしてみて、せっかく帰郷してきたのになんで僕はこんなどこでも出来ることをしているのだろうかと思う。地元で有名な日本庭園を散策するが、どうしても彼女の事を考えてしまう。寂しい。今日どうしても銀行に行かないといけないから夕方じゃなくて午後早くにさよならしたい、と会ってから言われた時もあった。そういう事もあるだろう、頭では分かる。でも、よりにもよって、僕があなたと逢えるこの三ヶ月に一度の日でないといけないのか。彼女には何も言えなかった。そんな事を言って何になるというのか。でも、そうやって口に出来ないで自分の中に溜め込んだガッカリは僕を蝕んだ。
逢えない代わりにと僕は手紙に心を託した。身の回りの事を、自分の感じたことを、昔の話を、彼女の素敵なところを、折りに触れて言葉にし、書き送った。自分が手紙魔だと初めて知った。言葉にするようになると、心動かされる事に対するアンテナが敏感になる。世界が一段と鮮やかになったように感じた。しかし、彼女からの返信は段々間が伸び、短くなり、やがては会う算段や電話する時間の調整とかの実務的なやりとり以外はぷっつりと途絶えた。彼女には自分の思いを言葉にするのは大変な労力を要する事らしかった。素の自分をさらけだして真心を込めて書いた手紙に何の反応もないのは寂しかった。僕に興味を失ってしまったのだろうかと何度も自問したが、届いた手紙は大事に読んでいるという彼女の言葉を信じて書き送り続けた。彼女を想う気持ちを自分の中に確認するように言葉にして送り、手応えのないその行為の虚しさに絶望して傷つき、そんな循環を数カ月おきに繰り返した。
恋という、人と気持ちを通わせることの美しさを一番感じられるはずの時に、僕は未だかつてない孤独を感じた。
長い文章だから良くないのかと思い、メッセンジャーを試したこともあった。短い文章や写真。重い気持ちを乗せるから筆が止まるのかと思い、もっと軽い話題を心掛けたこともあった。思いついたように返事が来る時もあれば、一週間経っても既読にさえならないこともあり、やはり僕は傷ついた。
電話、というかビデオ通話が出来る時はとてもよかった。画面に映る彼女は大体は饒舌で、鈴のように笑い、僕の贈ったアクセサリをいつも付けてきてくれた。僕は彼女の周りで起こっていることを聞き、昔話をせがみ、唐突に愛の言葉を呟き、はにかむ彼女を見て心を満たした。しかし、この大切な機会は中々回ってこなかった。
一方的な関係の辛さに耐えられなくなると、僕は助けを求めるメールを送る。彼女は時間を捻出してくれて、ビデオ通話で話し合う、そんな事が何度かあった。そうやって話し合って分かってきたのは、彼女が僕を大切に想う気持ちと、子供の手前罪悪感を感じる気持ちとの間で、葛藤があるという事だった。そうか、それで僕は混乱したシグナルを受け取っているのか。
しかし、この二年の間、彼女が僕を想う気持ちの波も、寄せたり引いたりしなが全体としては確実に下がっているようだ。葛藤というのは二つの相容れないものの間で選べずにもがき苦しむ事を言う。彼女が苦しんでいる様子は僕には伝わってこない。彼女は「二つの相容れないもの」の間の優先順位をハッキリ付けたように思える。彼女にとって僕が何なのかは分からない。彼女はそういう事を説明してはくれない人だから。
僕ももう、彼女にとって僕が何なのかを言葉で確かめようとしてはいけないように感じている。もう何度も試したのに分からないままなのだ。彼女には答えようのない問を投げかけたってしょうがないではないか。誰がそんなウジウジした話を何度もしたいと思うだろうか。僕だって彼女に喜んでもらえるような楽しい話だけがしたい。あの鈴のような笑い声を聞きたい。
だから、言葉で問う代わりに、僕は一生懸命アンテナを張って、ビデオ通話越しの声やボヤケた彼女の表情からそれを読み取ろうとする。でも考えれば考えるほど分からない。僕のことを特別に思う気持ちはある、という。でも、それは何か美しい花のように、あれば嬉しいけれども無いならないで構わない、そういう性質のものに思えて仕方がない。僕はもっと自分に自信がある方だと思っていたが、一週間経っても既読にならないメッセージに、返事のこない手紙に、僕の自信はすっかり打ち砕かれてしまったようだ。
僕が自分の愛を言葉にし続ける事をやめた瞬間に、僕と彼女の作ったこの儚い波打ち際の砂の城は波に呑まれて跡形もなく消え去ってしまうようにしか思えない。あの美しいものが、そんな風になくなってしまうなんて。こんなに大切な人が僕の世界からいなくなってしまうなんて。耐えられない。この人は僕の事を大切だと言ってくれているのに。
しかし、一方的に愛を伝え続けるのに僕はずっとは耐えられない。言葉にすることで研ぎ澄まされた、僕の大切な気持ちが路傍に打ち捨てられるように感じるたびに、僕は自分が、自分の愛がどんどん無価値なような気持ちになる。そもそも、そんなに一方的な関係は、普通、恋ではなくて片思いと呼ぶのではないか。
僕はどうしたらいいのだろうか。
疫病が始まって以来初めて、遠路を訪ねて、彼女に会いにいく事にした。
この恋は、どうなるのだろう。
ただ、どうも競馬もパワプロもアイドルも通ってこなかったオタクなので、それ以外のゲームを探している。
適当にグーグルに頼んでも、最初だけ触ってあと飽きるんだよな。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
3面くらいまではやったな。
一周クリアまでやった。
・原神はガチャやるとこまでやった。
やってて(そういやまだゼルダクリアしてねーや)って思ってスイッチ起動してる。
ただ、難易度高くてゲーム用コントローラー(スマホ用)買わざるを得なかった。
ニ周はクリアした。
・クトゥルフと夢の階段もハマったけど、クリアはしなかったな。クリアあるのかアレ?
そこそこはまった。
・skyも好きだったけど、久々に起動したら(何するんだっけ?)ってなって辞めてしまった。
・grimvalor良かったな。
クリアした。
めっちゃ楽しみにしてたのに何なん?
・alter ego良かったな。
一周した。
・florence良すぎ。
あれはマジでいい。やれ!
・ダンジョンメーカーも一時期ハマったな。
でも久々に起動したらUIがごちゃごちゃしてて別物になってた。
でも、やっぱり明確に終わりのないゲームって飽きない?
・cat:crash arena turboはすげーハマってた。
あれだけはダラダラと続けていたな。でも課金するまでじゃなかったなぁ。
・ウィズローグ何で終わったん?
・lunino cityいいぞ。
・monument vallayすき。
・時空の旅も好きだったな。
・hookも良かった。
・魔女の泉も良かった。中学生くらいのときにやってたらアイールディと結婚したいとか言ってたはず。
・chameleon runもすげー難易度上がるところまではやったんだぜ?何であんなに難しくするの?
とりあえず今グーグルプレイ辿ったら(あれ?こんなゲームやったっけ?記憶ないわ)ってのがぞろぞろあった。そのなかで印象的だったものを上げた。
リネージュ2Mもすごい取り上げられ方してたから気になってダウンロードしてみたけど、始まってから何もしないでレベル20くらいになって(何だこれ?)ってなったくらい語彙力低下した。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
そうよ。なにもスマホで楽しむのはゲームだけじゃないよな。今まで時間取れなくて読めなかったなろう小説とか読めばいいよな。と思って積読してたやつ消化する。方向音痴がどんどん迷宮の奥に進むやつめっちゃおもろい
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
反応ないよな…そりゃ…って思ってたらブクマ少しついたから返事返す
Tavern Rumble ・まじかよ。全然知らないゲーム投げてきやがって。しかもすげー良さそうじゃん。ありがとう。マジ感謝。
人形巨大兵器に転生・面白そうだな。じゃあ暇なときにコレも追加して読んでみるわ。ありがとな。
イローナモバイル・これめっっちゃ期待したんだけど最初触った感じ、普通のスマホゲーみたいで止めちゃった。途中から面白くなるのかな
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
なんかけっこうブクマくれたのね。
family islandやガーデンスケイプとか、ぶつ森系は触りだけでどうも止まってしまうのよなぁ。falloutの拠点制作も、とりあえず攻められないようにタレットガンガン置いて放置してたし。
ARK:Survival Evolvedもアーリーアクセス時に買ったけど、拠点整備しないといけないっていうのでやってない。Valheimも拠点系だと思ってて手を出すの躊躇してる。
音ゲーはmusedash買うかどうするかめちゃくちゃ迷ってる。でもグルーブコースター買って10面くらい進んで止まったからもしかしたら自分には合わないのかも…。音ゲーやるなら今持ってる楽器鳴らせよ!って自分の中の誰かが言うからかな。
Imbroglio気になったけどiosか。アップルは楽器もゲームも豊富でいいよな。アップルアーケードのあのフィギュアを動かすみたいなゲームめちゃやりたい。
って思ったらなんか良さげのゲーム出てきたんだけど。
とりあえず欲しい物リストに入れておこう。
猫将棋癒やされるな。
どうぶつしょうぎはすげー単純で良かったぜ。
派生でオストルっていうボードゲームもなかなかよかった。いや、アレ派生か?まぁいいや。
ズィーマ?って思って調べたら、タイムマシンの仕送りアドベンチャーやったわwwwシュールだったなw
その流れでLifelineってメッセージゲームやり始めたんだった。今思い出したわ。
どうぶつタワーバトルは流行りに乗り遅れた感あってやってない。俺にキャッキャ楽しめる友達がいたら一緒に「このありえない積み方www」とかスクショ撮って笑い合ってたんだろうな。クヤシイ
ゴーストトリックはやったわ。
たしかipod touch持ってたときだったかds持ってたときだったか。面白かったよね。
nizっていうかwizardryやりたさにアレコレダンジョン探索系入れまくったし、それこそ女神転生やら世界樹やらPCでもそういったゲームやりまくったからなぁ。コレはどのダンジョンゲームにも無い!ってものが出たらやりたいなとは思ってる。
逆転裁判もやったよ。でも流石に続きすぎじゃない?最初はめちゃくちゃ面白くて興奮したのに。裁判ゲームなんて凄く画期的だったし!
方向音痴のやつはこれ
https://ncode.syosetu.com/n7361gs/
名もなき猫(nameless cat)はアイワナ系かぁ。pcでレインワールドとCeleste、VVVVVV持ってるな。でもアクション系苦手なんよ。結局
アクションは死にゲーをじっくり(勘弁してくれ…)ってなりながら人間性が削られるので、ダクソ系で十分。
魔法使いの約束は乙女ゲーか!?あー。確かに乙女ゲーは未経験だな。女性向けの漫画は読むんだけどなぁ。何でかゲームはやらんかったなぁ。
メギド確か2面に進むところで止まったんだよな。何が俺に刺さらなかったのかなぁ。
7年後に待ってるやったよ。クリアしたよ。DLC買うか迷った。でもちょっとdlc高くない???
でもこの間映画になるとかならないとか中国市場に出したら赤字だったとかの記事読んで(dlc買ってやるか…へへっ)って思ったけど全体的に高くないかい?
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
Tavern Rumble やった。
英語かぁ。未知のゲームでワクワクするものだったら頑張って翻訳作業しながらやるんだけど、スラスパ系だからなぁ。まものローグがゲームキャスト激推してたからそっち気になるなぁ。でもレビューでは賛否両論だから、好きな人は好きって感じなんだろうなぁ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
何か色々な人が見てくれたのね。ありがとね。
全然知らないゲーム教えてくれて(あ、やっぱり他人からおすすめ貰うのいいな)って思ったわ。
それと、(コメントなんて読まねーよな)とか思ってたけどいざ書かれたら全部読んでる自分がいたわ。バズり記事やツイートでもほぼ読んでるんじゃないのか?って思った。だからごく一部の批判や悪口みたいなのにも反応してしまうんだな。とかゲーム全然関係ないことふと思った。
右も左も東西南北もわかるけど、理解したりするのに時間かかるから面倒、っていう人もいるんじゃないかな?
ガチでわからん人っていうよりは、理解する意欲がないから"分からない"でいいや、みたいな人。
当時高校生だった私は3.11のその年に福島県の大学(会津大学)に入学しました。あれから10年も経ってしまったので、私のごくプライベートなことについて書きます。
2011年の3月11日に、私は茨城県の博物館の中にいた。高校の卒業式が終わって、車の免許を早々にとったらしい友人と二人、車で博物館にきていた。地震のとき、私は吹き抜けの空間の中心にいて、長い振動の間、博物館全体のガラスは轟々と鳴り響いていて、「ああ、私は、今日が命日なのだなぁ」と人々の動揺の中、思った。
実際にはガラスの耐震性能が高かったので、館内にはけが人はいなかったようだった。
信号機の止まっている、徐々に昏れていく道を、車中でほとんど会話もなく急いで帰った。急いで帰ったけれど、通常の2倍以上もかかって家についた。
私は地震の直後、2ちゃんねるに張り付いていた。「福島の原発がやばいらしい」そんな書き込みを見て、いよいよ日本は終わったんだ、と私は思った。
私が高校生の頃、世界の原発事故のドキュメンタリーが大好きだった。チェルノブイリ、スリーマイル島、東海村。「原子力」という尋常ではないエネルギーが生身の社会に取り込まれて、人間の内側におとずれるということに私はなんとも言えないグロテスクさを感じて、親や友達に気持ち悪がられながらも読んでいたのだった。
当時、特にJCOの臨界事故のNHKのドキュメンタリーは何度も読み返したものだった。事故が起きた時、「出奔した原子力」に対しての(政治的・肉体的・精神的)人間の無力さ、弱さのコントラストがあまりにもどぎつく、生々しく顕れていたからだった。
私は地震が起きて、一、二日後にはリビングのこたつを占拠して、こたつのど真ん中にデスクトップPCを置いて、情報官気取りで気象シミュレーションをみたりしていた。そして、家族にも協力してもらい家中のシャッターを閉めた。それくらい、当時私は怖かったのだと思う。
私は震災の年、福島県の大学に入学した。私の地元の同級生にも福島県の大学に入学する予定だった子がいたが、辞退したらしかった。大学の入学式は遅れて執り行われた。ガイガーカウンターを買った方がいいかな、とか、「あそこには近づかない方がいい」とまことしやかな噂を聞いては少し怖いな、という思いが常に頭にあった。
しかし、入学してみると、その話はなんとなくしてはいけない話に思えてきたのだった。それはその土地に長く住んでいて動くことができない人たちには、惨い話であるからである。私もいつの間にか、放射線の話はしてはいけない気がして、話題にするのをやめた。すると、怖いという感情もいつの間にか薄れていった。
しかし、時々、放射能汚染される夢を見ていた。これはつい福島県を離れる少し前まで見ていたのだった。
私の当時住んでいたアパートには窓の近くにベッドがあって、その窓の外には何年も取り込み忘れたバスマットが干してあった。私の覚えている夢では、実はそのバスマットは大気中のチリや雨に放射性物質がたっぷり含まれていて、そのバスマットの線量が高くて、実は私の身体が蝕まれていて……という夢であった。何年もそのバスマットを干しっぱなしにしてしまったのは、もしかしたら、そういうことに対する無意識的な恐れから触りたくなかったのかもしれない。
私は、大学で特にパッとした研究もできないでいるのに何年も何年も大学にいた。でもそれが良かったのかもしれない、と今では思う。福島県という土地に「土着」して、私なりの感覚で放射能の感じ、特にその怖い感じの中に居たということが。
私はもともと怖い思想の持ち主だと思う。正しいと思ったら、それに突き進んでしまう。人の感情も、中学生くらいから読まないように生きてきてしまったため、無視する癖がついてしまっている。だから、原子力という「科学技術がコントロールから外れた状態」の中に当事者として生きた、というのは私が、私の歴史にとって重要なことなのである。もちろん、日本にいたら誰だって当事者なのだが、私は福島県に住まわず当事者と思えるほど賢くない。
3.11から10年が経って、私は福島県から遠い場所に住んでいる。今は遠くから考えることしかできない。
最近、原子力、ひいては(科学)技術についての論考を読んでいる。1950年台、まだラジオな世の中で、近未来的なもの、技術とか科学が大きな期待を背負っていて、すごくキラキラしていたであろう時代、人々は核の技術に対して、今でこそ信じがたいが「核兵器の利用は良くないが、核の平和的利用こそ人類の幸福につながる」と本気で思っていたようなのだ。多分、今でいうところの、テレビのCMでIT系の企業がたくさん広告を打っていて、ITの企業に勤めていることが一種のステータス(少女漫画に出てくる男性がIT企業勤め!)になっていて、AIすごい!VRすごい!仮想通貨すごい!IoTすごい!みたいなイケイケドンドンな感じだったのだろうと思う。そんな時代、「核兵器はまだ可愛いもので、核の平和利用こそ恐ろしい」と指摘した人、ハイデガーがいた。今でなら、「AI, VR, 仮想通貨,IoTで大量殺戮するのはまだ良いことで、それらの平和利用こそ恐ろしい」と言うのと同じことなのである。今でなら炎上やむなし発言なのである!しかし、このアナロジーを単なる面白おかしいアナロジーとしてだけで捉えていいか。彼は世の中の潮流とは全く違う発想を省察によってしたからこそ、核の平和利用の危険性をかなり早く認識できた。
ハイデガーは「技術」について『放下』の中で、(科学)技術に対して「その価値を認めつつ、それに対して否、と言う」 ―ーこの本のタイトルにもなっている、「放下」という態度が大事なのではないか、と言っているらしい。(まだ『放下』は直接読めていないので、「らしい」でごめんなさい。)
そして、彼は思考について、「計算する思考」と「省察する思考」とに分けて考えており、彼は「科学は考えない("Wissenschaft denkt nicht")」、科学は計算する思考であって省察ではない=「考えていない」、というしかたで核の平和利用について否、と言ってみせた。
「科学は考えない」
これは、理系の立場で仕事している者にとっては「耳が痛い」ことなのではないか。しかし、耳が痛いからこそ考える価値があるのではないか。
彼の言っていることを私は理解できる気がするのだ。科学は進歩的に進んでいく。その「ひたむきに進んでいく」ということが「科学は考えない」と彼が言う理由なのではないかと私は思う。何か、ある方向に、引っ張られるように「進んでいく」。立ち止まる者は厄介者として排除される(Publish or Perish)。ハイデガーは技術を批判するだけではない。もちろん価値を認めつつ否定するという態度を彼は実践している。私も技術がなくなったら困る。方向音痴の私はGPSが無くなったら、地図が無くなってしまったら、とても狭い世界を生きることになってしまう。だから難しい、ある意味、矛盾の中を生きなければならない。
私は、実は博士過程を休学した。プライベートも荒れてしまったし、閉塞感でいやだったし、どうしても、論文が書けなかったのだ。
私は小さい頃から哲学が好きだったらしい。「最近、哲学系の本を読んでいるよ」と昔の友人たちにいうと、みんな「よく哲学的な話してたもんね」と言ってくる。
でも、私が文系に進学しなかった理由が、「確かなものが何もないと怖い」という恐れからであったし、国語がとても成績が悪いし、理系ってなんかかっこいいとか思ってたのもあって、ずっと理系の研究室で研究していて、哲学とか諸々の教養がほとんどないのだ。
「哲学を最近やってる」と言うと大半の人に苦い顔をされる感じがする。「中二病が抜け切っていないな、こいつ」と言いたげなそんな感じ(笑)。おそらくそれは哲学に「生産を止める」作用があるからなのではないだろうか。無意味で、ある意味破壊的な作用が。
以前、こんなことがあった。課外活動で何人かで集まってスマホアプリを作ろう、となったときに、誰かが「xxさん(有識者らしい)から教えてもらった方法で、xxという仕方でブレーンストーミングすると良いらしい」と言った。私は「なんでその方法でなければならないの?」と、ある意味チームの士気を下げるようなことを言ってしまったのだ。こういう「そもそも論」(哲学)というのは「生産を止めてしまう」。イヤな感じに水を差す。だから疎まれる。
しかし「生産を止める」という行為が実は重要なのではないか。世の中的に、「生産的=いいこと」という認識がある。生産を止め続けないことがそれほどいいことなのだろうか。これこそが、ハイデガーが批判するところの「考えない」態度ではないか。「より幸せに、より便利に」を目指すために科学や技術を信じて、生産、生産、生産、とひたむきに努力してきた末の原発事故ではないか。
昔の時代、原子力は「兵器として利用されることはとてもよくないことであるが、平和的に利用するならむしろ幸福に導く」と信じられていた。
今の時代も同様に、情報技術や生命科学が「非倫理的に利用されるのはとてもよくないことであるが、平和的に利用するならむしろ幸福に導く」と信じられている。「再生可能エネルギーでなら、持続可能な社会が実現できる」とも信じられている。
もし、「なぜ地震大国に原発つくったらヤバイという今ではあたりまえの認識を持てず、当時誰も水を差す人がいなかったのだろう?」と考える人がいるならば、なぜ、現代においてもその人が水を差す人にならないのかが不思議なのである。だから、私はあえてこうして水を差す、ということをしてみたい。
ということで、私の全然論文を書けていない「生産しなかった」大学時代も、この哲学的態度の実践とみなしてこの文章を締めくくることにする。
個人的に「かわいい」が悪い意味で使われない裏にはしょうがないかどうかがあるかと。
赤ちゃんだったらそりゃほとんどのことはできないし、猫だって人間に比べれば何もできない。
増田の場合、身長からくるものは「かわいい」だってしょうがないもの。
同じ単語だから同じ意味なのだったら冗談も存在しなくなるし縦読みとか文節でたまたま同じ音になった言葉も慎重に選ぶべきになるんじゃないの?
一般論としては意味のある指摘だけど、少なくとも「靴紐を結べないのがかわいい」と「方向音痴なところがかわいい」は同じ意味の「かわいい」だと思う。
自分にだけ甘いけど他人に同じことされたらキレるとかクズもいいとこだけど自分がそれでもつきあいたいならそういうものだとする以外になにも手段ってないきがする
これは同意。だけどまあ「そういうものだとする」って元増田は既に納得してるんでしょ。
これだけ丁寧に言語化できる元増田はすごく賢い人だろうけど、「それがどうしてそんな相手と……」とは外野から勝手に思わなくもないが、まあ我々が「ネットの体験談」を読むのと目の前に本人がいるのじゃ全然違うんだろうな。1つ2つの切り抜きで「クズ」と断定するのは簡単で、人類なんてクズしかいないから仕方ない。書いてる私もきっとクズ。
まあでも、次機会があったらちゃんと話した方がいいと思うけどね。「それってこれと同じだよね」と。その上で「でもお互いそういうところも好きなんだからいいじゃん」と伝えればいいと思う。「バカにしててもしてなくてもどっちでもいいじゃん。恋人だからこそ弱みを見せ合いたいよね」って。
身長168cm、年収400万弱くらい、ITエンジニア、多分フツメン、専門卒、26歳、天神在住
田舎の同窓会とか行ったら数字的には俺より下のスペックの男とかもいっぱいいるし、
「年収400万くらいの普通の男でいいー」みたいな意見も結構ネットでは見るから決してハイスペックじゃないけど「普通の男」の範疇には入ってるのかなーとかなんとなく思ってて、
まあ行動起こせばなんとかなるっしょとか気楽に考えてたんだが、
マッチングアプリやら婚活市場に放り出されたら俺程度の男はここまで通用しないものなのかって思い知らされたわ
俺は決して普通の男ではなかった
身長とかも陣内智則とかチョコプラの長田くらいのもんだし別にコンプレックスにも感じてなかったけど8割くらいは切りされてる気がするわ
高望みとか云々じゃなくてなんかもう永住権欲しがってる中国人くらいしか選択肢ないのではってイメージだわ
「異性にモテない」っていう欠点が人生の中で「方向音痴」とか「古文が苦手」くらい気楽なもんだったらよかったのに、人生設計とか全てに影響でかすぎだわ
転職して年収底上げするか整形してガチイケメンになるくらいの覚悟がなきゃあかんのかな…
来世は女に生まれることにしよう……
もうすぐで70になろうかという母が「日本橋まで山本山のほうじ茶を買いに行きたい」と言い出した。
欲しいのは、3年前に友達のHさんと日本橋に行った際にお勧めされて買った、店舗限定お徳用ほうじ茶で、通販はしていないらしい。
確かに数年前、母が「やっぱり専門店のほうじ茶は味が違う」とやたらと騒いでいたことを思い出す。
母はガラケー使いで方向音痴だ。コロナウイルスの蔓延する最中、余所様に道を尋ねるのも申し訳ないと言う。
仕方ないので、店舗限定お徳用ほうじ茶1パックの報酬で、人間Google Mapとしてお供することになった。
あっさり山本山に着いたが、母は「こんなに白い店じゃなかった」と宣う。「店のイロチとか知らんがな」と薄情なムスメが考えている間に、母は店員さんに「この店、昔からこんな色でしたか?」と、老人性の申し訳ない質問をしていた。どうやら、このお店は2018年の秋にできたらしい。そうなると、確実にこのお店ではない。
なぜなら、母にほうじ茶を勧めてくれたHさんは2018年の梅雨頃に亡くなっているからだ。
日本橋地区には、デパ地下を除くと他の山本山の店舗はないらしい。
「こうなったら、当時のルートを思い出して歩くしかない」と母は言う。
「ルートを思い出せないからこうなっている」とか「お徳用ほうじ茶の報酬では割に合わない」とか、様々な思いが頭を過ったが、こうなったら引かない母を一人きりにして、日本橋で迷子になられても困るので、夕飯の準備時間までに帰ることを条件に付き合うことにした。
目的地も不明瞭なまま歩くこと1時間。「こんな店構えだった気がする。色も黒っぽい」と入った店には、念願の店舗限定お徳用ほうじ茶が売られていた。
母が「専門店のお茶」と有り難がっていたのは、「海苔の専門店のお茶」だった。
あまりに馬鹿馬鹿しいので、本物の「お茶の専門店のお茶」を思い知らせてやろうと山本山に戻った。まっすぐ歩けば10分もかからなかった。
片隅の喫茶コーナーが無人だったので、「コロナが怖いから、出先で飲食しない」の約束を反故にして、母の奢りでお茶を飲むことにした。1時間歩き続けたもうすぐ古稀と、在宅デスクワーカーの決意は脆い。
あれだけほうじ茶と騒いでいたのに、澄ました顔で「八女茶かしら、それとも宇治茶かしら」と悩む母を尻目に、お茶パフェ(単品)を発注。
お冷や代わりに出されたのは、なんとほうじ茶だった。
私の手元のほうじ茶を勝手に一口飲んだ母は「海苔屋のほうじ茶の方が美味しいわ」とほざいた。
悔しいので、山本山のほうじ茶を自腹で買って家で飲み比べてみた。確かに、母のお供の報酬でもらった山本海苔のほうじ茶の方が美味しかった。
その条件を満たしていないとしちゃいけないんだと思ってた
ゲームとかで一定以上のレベルがないと入れないダンジョンがあるみたいに
いや買える、買えるんだけども、それはちゃんとわかってたはずなんだけど
自分が正社員でちゃんとお金を稼いでなければ家なんて買っちゃいけないと思ってた
独り身だし片付けもできないしそんな権利はないと思ってた
車もそう
免許はあるけど方向音痴だし隣に母親を乗せて運転したとき事故を起こしかけてから乗ってない
車も買ってない
なんていうか実績解除のために必要な鍵を自分は持っていないからできないんだと思ってた
そう思ってやりたかったけどやらなかったことが実はたくさんあったんだって気付いて今呆然としてる
薄い水色のカブ買って秋口に遠くまで一人でドライブに行きたかった
軽自動車もまともに運転できないのに?軽自動車もまともに運転できないのにレトロカーに乗ってみたかった
片付けができない人間が広い部屋に住んだ所で場所を無駄にするだけなんだからそんな権利はないと思った
それは母親に「働くとき苦労するから大学は出なさい」って止めてもらったけど、成績も悪いしやりたいこともない自分が大学に行っても負担をかけるだけだと思った
当時は今からでも働いて家に金を入れた方がいいんじゃないかって考えてた
そうじゃないんだな
支払いさえできるなら俺は何色のカブ買ったっていいし練習して公道を走れるようになればどこにドライブに行ってもいいんだし
積立して貯金してそれができるだけの金ができれば家買ってワンルーム以外に住んでもいいんだ
大きい買い物をする時も仕事を変える時もずっと誰かに「そうした方がいい」って言ってもらわなきゃできなかった
いいんだ好きな家に住んで好きなもの食べて好きなところに行っていいんだ俺
すごい
本当はテーブルと椅子が置ける部屋でプレステ買ってゲームしたい
家でエリンギも育てたい
猫かハムスターを飼いたい
飛行機で遠くに行きたい
彼女と手をつないで来年も再来年もずっとその先も花見に行きたい
それ全部できるんだ
生きててよかった
それでカブ買いたい
とにかく遠くまで行く
知らない店の知らない飯を食うんだ
遠くまで行こう