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2019-07-22

トーキョー・ミッドナイトレイン

 

愛の情動肥大し、同一化を強いる時、その欲望一時的に鎮静する。

拡張を禁じられたそれは行き場を無くす。ただし、その状況においてのみ、幻想と共に永遠享受できるのかもしれない。

自分が無条件で受け入れられる存在さえいれば良いんだって

あるいは、僕はもはや幻想と共に生きるしかないのかもしれない。

 

 

 

 

 

真夜中の中でも特に25時は、ひどく孤独にさせる魔力を帯びていると思う。そんな時、僕はiPhoneを手にとって、LINE友達リストを繰り返し眺めるのだけど、目的もなく連絡を取ることが苦手な僕は、ただ彼らのアイコン画像から今の状態を推察して、理解に努めようとすることしかできなかった。

それではいけないと思って、ほんの少し勇気を絞り、旧友をご飯に誘った。一緒に地元浪人をしていた同級生は、4月から福岡に転勤になったから、LINEでのやり取りだけだったけれど。

彼は今クレーンを売る会社営業をやっている。向いていない仕事も数年もすれば、彼の人格に少なくない影響を与えているようで、当時から想像もつかない調子で言った。

「本当に連絡をくれて嬉しいよ。いきなり電話をかけてごめんね。でも本当に嬉しかったんだ。リュウも元気にしてるのか?仕事は順調か?きっとお前は今も活躍活躍を重ねていて、回りに感謝されて仕方ないんだろうな。お前は昔から、誰よりも頑張ってたもんな。」

意外な反応だった。僕はきっと妬ましく思われているのだろうと思っていたけど、そうは思っていない人もいたのだ。彼は僕の孤独がただの思い込みだったと教えてくれた。

今の僕は周りに感謝されるというよりも、文字通りお荷物のような存在だと思うけれど、彼が力強く伝えてくれた「嬉しい」という言葉は僕を前に進めてくれた。残すのはきっと、あと一人。

 

 


 

「本当にごめんね。今仕事の方が炎上していて、ずっと会議だったの。トイレに行かせてくださいって言って、ようやく連絡できる状態だったから、待ち合わせのギリギリ時間にかけることになっちゃったけど・・」

2年ぶりだった。彼女が待ち合わせに遅れると言ったので、僕は新宿紀伊国屋小説を買って、それから近くのスタバアイスコーヒーを買って時間を潰していた。

「実はこの本、ずっと読みたかったんだけど、なかなか読む時間が作れなくて。ちょうどよかったよ。冒頭からすごい面白いんだ」

「誰の本?」

村上龍だよ。五分後の世界っていうんだ。パラレルワールド日本の話。」

「そう言ってくれてよかった」

「予約してたお店、さっきキャンセルしちゃったんだけど、行ってみようか。」

そう言って僕は氷が溶けきった残りのアイスコーヒーを流して、不燃物ボックスに捨てた。

 

予約をキャンセルしてしまったワインのお店は新宿3丁目にあった。幸い、予約をしていなくても入れるくらい穴場だったから、僕はホッとした。

「今職場新宿からは近いんだよね?仕事はどんなことしてるの?」僕は聞いた。

営業だよ。営業って言っても、クライアントヒアリングに言った内容を社内各所で調整するだけだけど。これできる人いませんか〜?って。そのアサインで今難航しててね。」

「いろんな人に迷惑かけてない?大丈夫?笑」

「かけまくりだよ!もうはわはわしてる笑 まあ、だいぶ慣れてきたけどね」

仕事楽しい?」

「私は仕事楽しいとかそういうの、全くわからいからね、早く帰りたいよ笑」

 

仕事に楽しさを見出そうとすることはもしかしたら部分的な偏りで起きていることなんだろうなと僕は思った。

 

 

 


24時を回った。大学時代の話から社会人になってからの話、趣味の話や最近聴く音楽の話、好きな小説の話。そういう話をひとしきりしていたと思う。

彼女は僕が誕生日プレゼントに買った香水を、毎晩寝る前に部屋に振りまくようになって、そこから香水が好きになったと言っていた。

「この前ドライブに行った時に、こんなことがあってね」

あいちゃんはもう少したわいもない話とかできないの?笑」

「全く、手応えを感じたくなるとダメだね。議論始めちゃうから笑。そういえば俺たちってドライブしたことあったっけ?」

「あったじゃない。ほら、猪苗代湖見なかった?楽しかったよ」

「あ、そうかあの時か。あの時は楽しかったな。なんの目的も決めなかったけど」

「そうだね」

 

・・・他にもさ、実は特に印象に残ってて、こびりついて離れないことがいくつかあってさ。」

「どんな?」

「うん、誕生日か何かを祝ってくれた時、俺なんでか覚えてないんだけど、怒って帰るって言い出しちゃってね。会計して、改札でお別れする時に、今日あいちゃんと一緒に居たかったって言われて」

「・・そんなこと言ったね」

「あれとか、なんで俺・・・いかけなかったんだろうって。」

「うん」

「他にもね、ゴムが破けて一緒に朝一で病院行ったじゃん。あの後ガストでさ。今でも鮮明に覚えてるよ。俺はメロンソーダを飲んでた。もうあいちゃんとはエッチしないって。どうして?って言ったら、だって責任取れないでしょう?って。なんであの時、何も言わなかったんだろうって。」

あいちゃん友達だよ。」

「うん。じゃあ、ずっと居てくれない?」

「いいよ。とりあえず、飲もう!」

「ええ、まだ飲むの?笑」

「そうだよ?グラスワインオススメってついてるやつ、下まで全部飲むの!」

「ええ、もう結構、無理なんだけど笑」

僕はきっと、あの時の後悔をずっと引きずって生きてきた。大学2年生の冬だったと思う。

なぜずっと会えずにいたか、そしてなぜ今会いたいと思ったのか。

その答えは、いまだ僕にもまだわかっていない。

その日の会計は2万円を超えた。最高新記録だった。

 

 

 

 

 

 

25時を過ぎた新宿は、僕たちを阻むように雨を降らしている。

彼女が行こうと言って立ち上がった。傘を持っていなかった僕は、彼女の小さな折りたたみ傘に入れてもらいながら、近くのコンビニビニール傘を買うと、彼女の折りたたみ傘を畳み、それをバッグにしまった。そうして左手彼女の左肩を寄せて、互いに小さくなりながら歩き出した。

新宿通りの3丁目の交差点を渡る途中、僕は込み上げてきた何かをぶちまけるように、ごめんねと言った。

「あの時、好きって言えなくてごめん。」

交差点渡りきった時、僕は彼女と向き合って言った。

「好きだよ」

「どうしてそういうことを言うの?どうして・・・

「どうしても、言いたかったんだ。」

「どうして今になって言うの?」

「どうしても、今伝えたかったんだ。」

「私どうしたらいいの」

「どうもしなくていい。ただわかってくれていさえすればいい」

「ねぇ、チューして。」

僕は傘を放り投げると彼女の頬を両手でそっと包み込んで、顔をほんの少し上向きにした。僕は少しだけ前かがみになって、少しだけ顔を右に傾けて、優しく目を閉じた。

25時を過ぎた新宿の雨は、僕らを包みこむように汚していった。

 

 

 


 

金曜日。外はもう白んでいる。

彼女の首筋から指をつたっていると、胸元に消えかかった痣を見つけた。

僕はクスっと笑って、その痣をふわりと撫でると、彼女が言った。

あいちゃんは今、どんな気持ちなの?」

その鋭い一言は全てを見透かしているように感じられた。僕はおもわず閉口してしまった。

「う〜ん。複雑な気持ちがするね」

苦し紛れ言葉だった。

「なにそれ笑。複雑な気持ちかあ」

「うん。複雑な気持ち

僕はその跡を見て見ぬフリをすることもできた。でも、その時に僕が彼女発見したこと示唆したことは、確かに不可解な行動に映ったと思う。

「さっき俺は複雑な気持ちがするって答えたじゃない?その時のことを思い返していたんだけど」

「うん」

「今までは、自分のことを無条件で受け入れてくれる存在必要とした。その時は、相手意思関係なく、自分が受け入れてもらえていると感じられさえすれば良いと思った。でもそうではなくて。自分が無条件で受け入れられる存在さえいれば良いんだって。思えた」

「なんだか急に哲学的だね」

「うん。だから、今のは忘れていいよ。」

そう言って、僕は彼女の白い背中を後ろからそっと抱きしめた。

 

本当の事を言えば、僕はその質問意味理解していた。

彼女は僕に「マナー違反だよ」と言ったのだ。

でも僕があのとき伝えたかったのはそういうことじゃない。少なくとも僕が失礼な事をしたわけではないことだけでもわかってほしかったのだと思う。

僕がその時伝えたことは、僕がじっくりと時間をかけて大切にしなければならないことだと思った。

 

 

 

 

新宿の雨はすっかり止んでいた。歌舞伎町を抜けて東口に向かう道すがらは、以前よりも静寂だった。

信号が青になるのを待つ。僕の左手彼女右手を握り、寂しそうに爪を撫でている。綿よりも軽く、だらんとした右手をそれ以上強く引くことはしない。きっと、これからも。

改札を抜けた僕たちは「じゃあね」と言ってそれぞれのホームに向かおうとする。僕が中央線の方を向こうとするも、それができなくてほんの一瞬立ち往生したのを逃さなかった彼女は、まるで子供をあやすような表情で、手を振ってきた。

「そういうところだよ」と思った。相変わらず、君は僕のことを知っている。

僕は仕方なく手を挙げて、力なく振り返した。彼女ホームに向かうのを確認してから背中を向けて、ゆっくりと歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

2014-03-09

首都圏の主要道路の変遷メモ

明治~現代の各時代の古地図が見れるサイトを見つけて、古地図&道路フェチとしましては、むさぼるように見入ってしまいましたとさ。

■今昔マップ on the web 首都圏編

で、主要道路がこれまでどんな変遷をたどってきたのか、知ることができた内容をメモ代わりに。



【おもな放射道路編】

東海道国道1号・15号)

池上通り

中原街道

綱島街道

  • 1900ごろ時点で綱島~六角橋の区間が原型存在。現在では旧綱島街道としてほぼ残っている。
    • 綱島以北は現ルートに相当する道はなく、代わりに、矢上を経由してガス橋通りに相当する道と、高田・子母口へ通じる県道106号に相当する道に分岐していた。
  • 丸子橋~綱島間は1940ごろ開通。ちなみに東横線開通のほうが先で1930ごろ。
  • 大豆戸~菊名間の新道は1940ごろ開通。菊名~浦島丘間は1960ごろ開通。

目黒通り

駒沢通り

国道246号方面(青山通り六本木通り・大山厚木街道

世田谷通り津久井

甲州街道国道20号



【おもな環状道路編】

内堀通り

  • 1900時点から現在と同じ道が存在している。
  • ただし二重橋前地域は、1970ごろ以前の地図では道路なのか広場の一部なのかがはっきりしない。

外堀通り

  • 淡路町鎌倉橋間に道ができたのが1930ごろ。それ以外の区間はほぼ全線に渡って1900時点で市電が走る道路だった。

外苑東通り

外苑西通り

明治通り

  • 古川橋渋谷区間。1900ごろ時点でほぼ原型あり。広尾付近は1930ごろに市電開通とともに1本の道として整備。
  • 渋谷~新宿区間。1900ごろ時点では、明治神宮前代々木付近に若干道があるのみでそれ以外は道らしき原型はなし。
    • 渋谷駅付近は、1960ごろに宮下公園東側が開通するまでは山手線西側の道につながっていた。
  • 神宮前新宿区間は1940ごろまでに開通。
  • 新宿~池袋区間は、1950ごろに開通していてそれ以前は道らしきものはほとんど無し。
  • (以東は省略)

山手通り

  • 北品川~大崎区間は、1920ごろに開通。1950~1960ごろにかけて大きな道へ整備。
  • 大崎~五反田間は1900ごろにはすでにあり、大崎駅の陸橋は1920ごろに陸橋化されて、その後何度か形状改良されている。
  • 五反田~大橋間は1950ごろまでに開通。
  • 鑓ヶ崎~神泉の現「旧山手通り」区間は、1900ごろ時点で現道と若干異なっているが原型が存在し、1920ごろにほぼ現道のルートで開通している。
  • 神泉~熊野町の区間は、1940~1950にかけて、もともと道がなかったところに一気に開通。
  • 渋目陸橋・菅刈陸橋ができたのが1960ごろ。それまでは、初台方面から南下すると現「旧山手通り」にのみつながっていて、中目黒目黒方面とは直結していなかった。
  • 熊野町~仲宿区間は1960ごろに開通。

都道420号

  • 現在進行形で今も絶賛整備中のこの道路。1900ごろ時点で存在するのは下記区間。
    • 戸越~五本木(現在と多少異なり武蔵小山を経由)、下馬~三宿~大山(北沢)、中野駅付近、哲学道~大山(板橋)
    • ルート上に「大山」という地名が2箇所あるため、ここでは「大山(北沢)」「大山(板橋)」と記述する。
  • 大井町付近は、1920ごろの大井町線敷設以降に徐々に整備。仙台坂トンネル開通は1990ごろ。
  • 戸越小・戸越公園の一角は、1950ごろまでの地図は「三井邸」と記されている。この下にトンネル開通させて大井町駅方面へ直結させる計画が2010時点着工中。
  • 国道1号中原街道目黒通り間の現道が開通したのは1960ごろ。
  • 目黒通り駒沢通り(=五本木)間は現在2014年時点で新道着工中。
  • 五本木~下馬区間は2000ごろ開通。
  • 下馬~三宿区間は、1960ごろに既存道路を拡幅・延伸して整備。
  • 三宿~大山(北沢)区間は、現在420号指定されている狭隘道路は1900時点ですでに存在する。拡幅&新道の計画があり、拡幅工事は現在着工中だが新道についてはまだ未整備。
  • 大山(北沢)~笹塚区間は2010ごろ開通
  • 笹塚~中野五叉路区間は1960ごろに開通。
  • 中野五紗路~新井付近1930ごろ現道開通。
  • 新井付近~哲学道区間の開通が1960ごろ。
  • 哲学道~大山(板橋)区間は1900ごろ時点から道があり、徐々に整備されている。

環七通り

環八通り

府中街道大師道・南部沿線道路・川崎街道

尻手黒川道路

  • 1900ごろ時点で原型が存在するのは、末吉橋およびその周辺、矢上~梶ヶ谷~清水台区間、柿生黒川区間。
  • 川崎駅末吉橋区間は、何度かルート変更されたのち、1960ごろに現道完成。
  • 末吉橋~子母口区間は1940~1960ごろに現道完成。
  • 子母口~梶ヶ谷~清水台区間は1960~1970ごろに現道完成。梶ヶ谷貨物駅完成が1970ごろ。東名川崎IC完成が1970ごろ。
  • 清水台~稗原区間開通が1980ごろ。稗原~王禅寺ヨネッティ付近は、神木本町方面からの道路として1960ごろ先に開通。
  • 王禅寺~山口台区間は1980~2000にかけて開通。
  • 山口台~津久井道区間は2010開通。
  • 津久井交差点から黒川方面へ直結させる短絡ルートが2010現在事業中。
  • その他、2006に元住吉付近で東横線と立体交差を逆にする工事実施

横浜麻生道路

  • 1900ごろ時点で、多少現道と異なるが全線で道路が存在。柿生から先は鎌倉街道府中方面・八王子方面へ直結していた。
  • 1930ごろ、東神奈川六角橋間の現道完成。当時は市電が走っていた。六角橋北側の一部区間の現道完成は1960ごろ。
  • 1960ごろ、津久井道交点が現在のようなT字路に路線変更
  • 1970ごろ、新川向橋付近の現道完成。
  • 1980~2000にかけて、池辺町~市ヶ尾間の新道完成。
  • 2000ごろ、市ヶ尾~鉄町間の新道完成。

国道16号八王子街道・町田街道方面



【その他、概況】

地形・丘陵

河川

2010-11-04

http://anond.hatelabo.jp/20101104201618

日常的に新宿の東側にいると、その程度じゃ何とも思わないな。

ガチホモ新宿通りを寄り添って歩いてる光景日常茶飯事だぜ。

 
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