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はてなキーワード: 排外主義とは

2022-11-28

中国共産党に抗議する中国人が嫌い

この週末、都内では中国共産党に抗議する中国人による路上集会が行われたようだ。

その集会取材しているジャーナリストツイートを眺めていると、ネトウヨアカウントというか、排外主義的というか、そういう人たちが、中国共産党批判する中国人批判している。

戦前右翼だと、清朝打倒辛亥革命支援したりしたものだが、現代右派保守というのは、権力に逆らう人たちがとにかく嫌いで、逆にそれだけなんだなと。

あれだけ普段中国共産党を嫌っている人たちだから中国人共産党への抗議活動を始めたら手のひら返しするかと思っていたら、そんなことなく、抗議活動に参加している中国人批判する。

この調子だと今ウイグル人権問題から中国共産党批判している人の多くも、ウイグル人が立ち上がって、独立運動とか始めたら、絶対ウイグル人を批判しそう。

なんかこういう人たちをネット右翼というのも変だね。

昔のネット右翼フジテレビデモとかして、自分なりに見出し権力に抗おうとしていたんだから

中国共産党に抗議する中国人批判するような人たちをなんて呼べばいいのだろうか?

ネット事大主義者?

2022-11-24

anond:20221124073539

保守ってのが排外主義とかそういうのを含有していて

中韓を嫌う」人らについた蔑称ネトウヨなんよね

在日特権とか、中華陰謀論とかそういうのを言いがちなネット勢力から

ネット右翼でネトウヨ

まぁ実際、2chanとかにはそういうのが蔓延っていたし

フジテレビを筆頭とした韓国推しに反感があったとはいえ

チゲ鍋を出しただけで執拗に責められた「さくら荘のペットな彼女」は異常だった

こういうのもあり、オタク右翼的排外主義は相性が良いとも思われていて

オタクネトウヨという偏見もある


表現は清く正しく」という昨今のポリコレ保守的な懐古思想なのか、先進的で自由思想なのかは、各人によって判断が異なるだろう

こうした主張に反対する勢力ネトウヨなのだとするのは、ズレを感じる向きもあるだろうが

排外主義差別思想保守志向と規定して、反するのがポリコレなんだという視点に立つと

表現自由戦士ネトウヨであり

社会正義戦士はリベサなのだ

anond:20221124073539

左翼

社会主義

左翼

資本主義格差が激しくてついていけないから、もっと平等で公正な社会を目指そうぜ、という感じ。

社会保障を充実させたり、富の再分配をしたりする。

共産主義マルクス主義)と社会民主主義に大別される。

共産主義マルクス主義

左翼テロリストとかまでいくと極左

資本主義によって、土地工場などを私有する資本家労働者をこき使って搾取するようになったので、それを打破して平等社会を目指す。

そのためには、労働者自身土地工場などを管理する体制プロレタリア独裁)を武力を用いてでも築くべきだ(暴力革命)、という感じ。

暴力革命志向するテロリストや、スターリン毛沢東のような独裁者を生み出した。

社会民主主義

中道左派北欧福祉国家など。

マルクス主義反省して、暴力革命プロレタリア独裁否定し、民主主義を通じて政府に働きかけ、平和的に社会主義を達成しよう、という感じ。

自由主義

政治面においては「俺たちには自由に生きる権利があって国王貴族でさえそれを侵害できないぜ」という感じ。

民主主義共和主義志向する。フランス革命時における「左翼」。

経済面においては「俺たちが自由商売すれば自然バランスが取れるんだから政府は余計な口出しすんな」という感じ。

資本主義市場主義志向し、個人権利を重視して「国家権力は小さくあるべき」と考える。

社会自由主義」の台頭後は、区別のために「古典的自由主義」と呼ばれる。

社会自由主義リベラル

中道左派。いま日本で言われているところの「リベラル」。

古典的自由主義のように野放しにしていると、差別格差が広がって個人自由制限されるから、むしろ国家権力が介入して積極的差別格差是正すべきだ、という感じ。

新自由主義ネオリベ

リベラルとの対比で中道右派と見なされる。

社会自由主義反動から、一周して古典的自由主義に戻ってきた感じ。

自由市場を実現するために、規制緩和をしたり、法人税を下げたり、国営企業民営化したりする。

保守主義

右翼

何らかの急進的な政治運動に対して、それに反対する立場が「保守」と見なされる。

それぞれの政治体制歴史的経緯によって何が「保守」となるかは異なってくるが、現在日本においては、政治的には「国家主義」を、経済的には「新自由主義」を指すことが多い。

国家主義ナショナリズム

基本的には右翼排外主義全体主義までいくと極右

もとは自由主義と連動していて、誰かに支配されたりするのではなく「俺たち」が中心となって行動すべきなんだ、という感じだった。

しか国民国家が成立して「俺たち=国家」となると、「おまえも俺たちと一緒だよな」と均質化を強要したり、「おまえは俺たちと一緒じゃない」と排外主義になったりした。

「俺たち」を結びつけるものは「民族「家族」宗教」「伝統文化」などであることが多い。

さらに行き過ぎると「個人権利よりも国家利益が優先される」という「全体主義ファシズム)」となる。

右翼

2022-11-16

Twitter はこのまま消滅した方が良いと思う

イーロン・マスク氏の Twitter 買収は Twitter の終わりの始まり、とか言う意見を見聞きする様になったんだが、

個人的Twitter はこのまま消滅した方が社会的に良いと思ってるので、その点について書こうと思う。

追記: スマホで読み返したら読みづらかったし、文章が雑だと感じたので全面的に改稿しています

ちなみに三行しか読みたくない人に向けて話をまとめておくとこうなる:



あと最期のおまけの話は Twitter の代わりはない。諦めろ と言うのが俺の考えです。

理由1. Twitter は死に追い込む事ができるプラットフォームになっている


まず第一に今の Twitter が無い方が良いと思う理由がこれ。

直近で思い出すと木村花さんの事件代表的だが、今の Twitter での炎上一般大衆DMリプライ

リツイート誰でも簡単 他人に悪意をぶつけられる様になっている。

まり誰でも手軽に集団精神暴力を見ず知らずの相手に振えるようになってる。

そしてこの文脈で言うと、10年以上前の昔は炎上舞台ブログコメント欄とか 2ch だったため、

炎上させるには自分から相手領域へ殴り込んでコメントを残さない限り暴言を吐けなかった。

しかコメント欄当事者が閉じれたから、そうなったらそれこそ 2ch でギャーギャーと騒ぐぐらいしかできなかった。

んでその時代から 10年以上経って今どうなったか

まず炎上現場自分領域自分管理するブログから他人領域(この場合 Twitter)に変わった。

その上、誰が見ても酷い暴言を吐いた連中の IP とか分からなくなったし(とは言え自前ブログだと今でも大体 IP は分かる)、

Twitter は一度ひどく炎上すると二度と社会復帰できない惨事現場になった。

と言うのも Twitterパブリックエネミーとして炎上すると、顔が割れ本名バレしたら就職や進学に影響が出るのが常になったし、

パブリックエネミーではない理不尽炎上でも、 Twitter が他の SNS での関連付けされていたらすべての SNS から丸ごと退場、と言う結果になる。

まり一度追い込まれたら SNS に復帰できないどころか、現実社会でも人を追い込める構造になってしまった。

んでさら性質の悪いことに、一度 鍵垢とかアカ消しなどで Twitter から逃げだしたとしても炎上案件面白半分で拡散するアルファ垢とかが普通にいるし、

そう言うクソアルファツイートを対した思慮もなく拡散するバカがアホみたいに居たりするんだよな。

そしてそう言う連中がいるから、一度炎上で火が付くと余程燃やした側に非が無いと炎上は止まらなくなったし、

その結果として、Twitter は人を追い込んで自死自殺)へと仕向ける事が出来るプラットフォームになった。

まり昔の放牧的で日本語すら通らなかった Twitter は気がついたら無くなってて、人を死に追い遣ることも出来る惨状SNS になった。

なんで俺は死人が出る、と言う理由で今の Twitter は無くした方が良いと思ってる。



理由2. Twitter で死人が出ることが、表現言論の自由に対して規制を掛ける大義となる


次の理由がこれ。

直近のニュースで、複合的な理由が要因となって「いいねlike)」だけで民事名誉毀損が認められた、

いわゆる「いいね罪」が発生する様になった、と言う事が表現の自由戦士界隈で話題になってたみたいだが、

俺はこれを当然の結果だと思ってる。

と言うより、さっきも木村花さんの事件言及した様に Twitter で死人や人生破壊される人が出れば出るほど、

司法国家権力は「個人を守る」ために、特定言論一定の圧を掛ける判決規制を出さざるを得なくなる。

なんでかって言えば SNS で死人や被害者が出ている現状を放置する社会、なんて被害者の側からしてみればたまったもんじゃないし、

そう言う社会悪の放置は、往々にして政治現場一定の圧になってくる。んで、この政治側に掛けられる圧が「大義」に化ける。

そしてそう言う「大義」が大手を振って歩ける様になった結果、侮辱罪は厳罰化されたし、それでも SNS個人への精神暴力が止まらず、

より酷い状況を生み出すんであれば、たぶん名誉毀損罪とかも厳罰化されるだろう、と俺は思ってる。

んでそう言う「大義」にかこつけて「言論の自由」を規制したい連中は暗躍するわけで、今の惨事が罷り通る Twitter は既に言論の自由の敵になった、と俺は考えている。

そしてこの手の話が最終的に極まって行けば、極論だけど Twitter みたいな SNS規制省疔直轄の許可制かになりかねないでねーの、と俺個人は思ってます

理由3. 自国大統領(当時トランプ)すら追放したプラットフォーム日本言論を預けるべきではない


これはまあオマケみたいは話ではあるんだけど、Twitter も含め 、例えば Facebook とか Instagram

YouTube とか TikTok とかなんでもそうだが、国外SNS は前提として 日本国における言論の自由は無い

と言うのもこれらの SNS はすべて諸外国法律下に既にあって、その上で日本規制とかが入ってるから

他国規制自国規制、その両方の法規制の元に置かれている。

で、これの何が都合の悪いか、と言うと、例えば日本法律では許されている言論であっても、

サービス提供を行なう本社がある国では違法となる言論があった場合日本に居ながらにして他国法律適用される、とかそう言う事になる。

なんで例えばアメリカでクソったれな言論規制法が出来上がって施行されたとすると、

その法に対し違憲判決が出ない限り Twitter などのアメリカSNS は、日本を含めどの国に対してもそのクソったれな規制下に置かれてしまう。

なのでそう言った意味で、そもそもとしてアメリカ企業が運営する Twitter には日本言論の自由はない。

そしてさら性質の悪いことに、Twitter 社はトランプ大統領が現役だった時、トランプ大統領無茶苦茶を言い出したことに対して、

マニュアル運用トランプ大統領を黙らせようとし、最終的にトランプ大統領が退任した後、アカウントを凍結して Twitter からトランプ元大統領を叩き出した。

んで、自国要人しか大統領にさえ(抵抗権として)牙を向いた Twitter 社が、他国要人が似たような事をしだした時、

同じ様な行動を取らない、なんて保障はあると思うか?思う思わないは個人意見に相異はあるだろうが、俺としてはそうは思わない。

まり Twitter と言う会社は、自社や自国にとって都合の悪い意見政府要人が言い出した場合相手を黙らせた前科があり、

そう言った意味日本政府要人、あるいは公共機関Twitter アカウントが凍結されない、なんて保障は俺は無いと思ってる。

なのでそう言った意味で俺は今の Twitter を信用・信頼すべきではないと思うし、イーロン・マスク氏の暴走がどう影響するか分からんが、

自体がより悪化する方向へ傾くのであれば、俺は Twitter にご退場を願った方が良いと考えてます

おまけ: Twitter の代わりになる SNS存在するか?


そう言った理由で俺は Twitter と言うサービスは、ある面では無くなった方が良いんじゃないかと思ってるんだが、

では Twitter の代わりになるサービスはあるか?と聞かれたら、それはたぶん無い。諦めろ、と言うのが俺の結論

と言うか第二・第三の Twitter もどきが出てきたところで、 Twitter の二の舞になるからそもそもそんなサービス存在すべきではない、と思ってる。

あと Twitter代用、と言う文脈マストドンなどの連合系インスタンス群(Fediverse)が代用候補に上げられるが、

マストドンや misskey 、Pleroma なんかでも同じで、連合系インスタンスであっても、規模がデカくなればなるほどTwitter と同じ末路を辿るだろう、と考えてる。

と言うか連合系インスタンス比較平和なのはユーザー数が少なく良識のある面々が多数派からであって、

そうではないクソみたいな連中が雪崩れ込んできたら、あっと言う間に Twitter の様な荒廃した世界になるのがオチしか俺は思えない。

しかマストドンとかは技術的な面倒を見れるのであれば誰でもインスタンス立てられるから

誹謗中傷暴言陰謀論排外主義差別主義、と言った最悪な言動に特化したインスタンス「も」立てられると言う面もあったりする。

とは言えそう言った最悪系のインスタンスは他のインスタンス連合から弾き出せるし、

Pawoo みたいに海外法律的に連合を組めない(主にえっちイラストが原因)もあるから、これが一概に悪いとは思わない。

が、ユーザーが増えれば増えるほど SNS 系のサービス治安が悪くなるから、俺としては大規模な Twitter もどきを増やす利点を見出せない。

なんで俺個人としては、連合系インスタンスは行儀の良い面々だけで運用されるインスタンスでもない限り治安は最悪になるだろうし、

Twitter で誰とでも暴言吐いて論戦出来る場なんて用意すべきではないと考えてる。

そのためこの節の最初の方でも言ったけど Twitter の代わりは無いし用意すべきでもない。素直に諦めろ

と言うのが俺の結論です。なので誰にとっても救いはない。

2022-09-27

自分氷河期世代非正規収入の、結婚したくても出来ない独身女性だけれど、

正直氷河期世代は見捨てられても仕方がないと思うんだよなあ

だってまりにも新自由主義排外主義内面化している人間が多すぎるし。

新卒至上主義によって苦しめられたにも関わらずそのそもそも構造のものを正そうとは考えず、

景気が良ければ全て良しと考えて自公維新を支持し続けるような大馬鹿者揃いだもの

氷河期世代はもう手遅れだから見捨てて、前途ある若者の方に注力しろ」という考え自体は大嫌いなんだけどねえ…

2022-09-21

某界隈の『日本人像』ってどんなんなんだろう。


自分の中では、良くも悪くも謙虚さが特徴だと思っていた。よく言われてたし。

やることはしっかりやって、あとの評価や結果は自ずとついてくるだろう、みたいな。(もちろん実際はこれだけでは良くないんだけど)

特にここ10年程は謙虚さどころか、成果よりもアピールばっかりでうんざりだった。かっこ悪すぎ。


いわゆる保守と言われている人達は、どんな特徴を日本人として守っていきたいんだろう?

多様性を認めないのと、排外主義的なものしか見えてこないんだけど。

2022-08-16

卒研やりたくない増田に対する過剰反応

この卒研やりたくない増田とそれに対するブコメとかの反応を見て思ったが

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/anond.hatelabo.jp/20220816014148

「こんな奴は採用するな」「こういう馬鹿を焙り出す」「嫌なら他の場所へ行け」という排外主義論調多数派になる事に違和感がある

この増田卒研についての個人意見を言っただけで、ここまで必死になって罵詈雑言を浴びせる理由わからん

そもそも既存ルールや決まりに疑問を持って追求する事自体学問の真価なので、それを実行している増田とそれにちゃんと付き合って議論してる増田教授は良い事をしていると俺は思うよ

ルールなのだから従え」が正しいならそれこそ自分で考える必要は無いし、突き詰めればブラック企業独裁国家ですら肯定出来てしま

この異なる価値観を(多分)良い歳した大人過剰反応とも言える勢いで攻撃する所に、世界から遅れて衰退した日本の縮図を見ました

2022-08-15

anond:20220815025553

わざわざ触れなくてもいいのに

排外主義すぎない?君だけの箱庭じゃないんだよ

2022-08-05

清水晶子(東京大学)「学問の自由キャンセルカルチャー」Part4 〜キャンセルカルチャー批判

目次

anond:20220805225632 Part1 〜学問の自由とその濫用

anond:20220805225835 Part2 〜ポリティカル・コレクトネスという言説戦略

anond:20220805230017 Part3 〜Academic Bill of RightsとProfessor Watch List〜

anond:20220805230307 Part4 〜キャンセルカルチャー批判

anond:20220805230534 Part5 〜Ahmedが見立てキャンセルカルチャー批判メカニズム

anond:20220805230705 Part6 〜質疑応答

学問の自由キャンセルカルチャー」Part4 〜キャンセルカルチャー批判

https://www.youtube.com/watch?v=FP8rL7KfisI&t=3428s

57:08~1:05:19

抑圧側と被抑圧側との逆転の構図

抑圧側と被抑圧側とのこのような逆転の構図というのは、2010年代にはオルト・ライトと呼ばれる新興右派

あるいはそれとも重なるミソジニーに満ちたオンライン男性主義の主張などにおいて、幅広く利用されるようになっていきます

もちろんマイノリティを、かぎかっこ付きの「私たち」の外部にある敵というふうに認定する、

その敵の攻撃から身を守らなくてはいけないという形で、当該のマイノリティへの抑圧や暴力正当化していくっていう、

その形というのはもちろんその以前から

例えば排外主義において、あるいはモラルパニックにおいて広く見られてきたものではあります

9.11同時多発テロの後、対テロ戦争期の欧米各国におけるイスラムフォビア暴力っていうのはこういうものだったわけですし、

あるいは70年代80年代に、同性愛者とりわけゲイバイセクシャル男性というのを、

当時は性的捕食者、セクシャルプレデターっていうんですけれども、性的捕食者あるいはHIVウイルス拡散元として、

非常に激しくバッシングしたのが英米モラルパニックっていうのになるんですが、これなんかがすぐ念頭に浮かぶと。

じゃあそのオルト・ライト勢力オンラインミソジニーアカウント群を巻き込んだ、2010年代の特徴っていうのは何かっていうと、

これ単にマイノリティ側を、自分たちを脅かす敵なんだというふうに認定するだけではなくって、

マジョリティ側が力のある側が、自分たちを「差別されている」「抑圧されている」、あるいは「自由侵害されている」という形で、

はっきりと、私たちこそが「被害者である」「被抑圧者である」という形で、語り始める点にあると言えるかもしれません。

そういう語りのこの後もいろいろ出てくると思うんですが、

今のところ最新の形がいわゆる「キャンセルカルチャー批判」というものになります

キャンセルカルチャーとは

CAMBRIDGE DICTIONARY

社会あるいは集団、とりわけソーシャルメディアにおいて、自分を傷つけ侮辱する (offend) ようなことを言った人を完全に拒絶したり、その人の支持をやめたりする振る舞い方

MERRIAM-WEBSTER

不同意を表明したり社会的に圧力をかけたりする手段として、集団キャンセル行為(公に、とりわけソーシャルメディアにおいて、特定の人や組織への支持を撤回すること)をするような実践

ピュー・リサーチセンター(2020)

リベラル寄りの人々は「ある人に自分の行動に対する責任を取らせるためのアクション」と捉える

保守派よりの人ほど「検閲」と捉える

キャンセルカルチャーという語が急激に知られるようになってきたのは、

2010年代後半のことで、したがってだから、数年なんですよね、

キャンセルカルチャー意味とか語法も、現時点で完全に固まってるとは言い難いところがあります

実際、例えば辞書定義を見ても、Cambridge Dictionaryだと、

社会あるいは集団、とりわけソーシャルメディアにおいて、自分を傷つけ侮辱すること」、offendという言葉ですが、

自分を傷つけたり侮辱したりするようなことを言った人を完全に拒絶したりとか、

あるいはその人への支持をやめたりする振る舞い方」、いうふうに定義している。

それに対して、もう一つ別の有名な辞書でMerriam-Websterなんかを見ると、

不同意を表明したり社会的に圧力をかけたりする手段として、集団キャンセル行為」、

このキャンセル行為というのは「公に、とりわけソーシャルメディアにおいて、特定の人や組織への支持を撤回すること」なんですが、

集団キャンセル行為を行う実践」っていうふうにしていて、だから重点がちょっと異なってるんですね。

またピュー・リサーチセンターによる2020年時点の調査では、

リベラル寄りの人々は、

キャンセルカルチャーというのは、ある人に自分言動に対する責任を取らせるためのアクションと捉える傾向が強い。

それに対して保守派に寄っていく人ほど、

同じキャンセルカルチャー検閲であるというふうに捉える傾向があるということが明らかになってます

まりある人々が、差別的だったり暴力的だったりするなど社会的・文化的問題があると思われる言動を、

放置しないために取るアクションだ、ってふうに考えているものが、

より保守的な別の人々にとっては、これがつまりキャンセルカルチャー批判」の文脈になるわけですけど、

そちらの人々にとっては、それが集団での圧力とか検閲とかっていう形で理解されている。

言い換えれば、「キャンセルカルチャー批判」という形でのキャンセルカルチャーってのは、そもそも最初から

しばしば多数派である括弧付きの「私たち」の言動を、差別的とか抑圧的などと非難することで、

私たち」の言動検閲する抑圧する、あるいは「私たち」を差別する圧力というふうに定義することができる。

から先ほどからお話ししている逆転の構図を含み込んだ用語っていうのが、キャンセルカルチャーだと言えると思います

正義と開かれた議論についての書簡」(通称ハーパーズ・レター」2020)

153の署名: ノーム・チョムスキーサルマン・ラシュディマーガレット・アトウッドなど

若い左派から批判キャンセルカルチャーキャンセル

人種的社会正義を求める強力な抗議運動」や「とりわけ高等教育報道慈善事業、そして芸術活動など、社会におけるより一層の平等包摂を求める声」というような「必要過去清算(reckoning)が、同時に、開かれた討議と差異に対する寛容さという規範を弱体化させ、それよりもイデオロギーの一致を求めるような、一連の新しい道徳的態度と政治的コミットメントを強化してしまっている」

保守派による「キャンセルカルチャー批判」の事例というのは、とりわけ2020年代になってからほとんど枚挙にいとまがない。

毎月のように何か出てくるんですが、ただ時間がないので、

ここでは学問の自由に関わる、そして最も知られた例の一つを挙げておきたいと思います

何かというと、2020年に公開された「正義と開かれた議論についての書簡」というものです。

一般的にはハーパーズ・レターと呼ばれるんですが、その公開書簡なんですけども、

この公開書簡は、当時のトランプ大統領代表される右派の動きというのは民主主義の脅威であるというふうに位置付ける一方で、

同時に右派はまずいと、だけど同時に左派の間にも異なる見解に対する不寛容がまん延しつつあるというふうにして、

より開かれた議論必要性を説くんですね。

ここの何か不寛容とかそういう表現が、先ほどちょっとお示ししたブッシュ・シニアポリコレ評価と、

用語としてこう微妙に近似しているのは非常に興味深いところなんですが、

とにかくただこれだけ見ると何でもない主張に見えるんですけれども、

この公開書簡、例えばノーム・チョムスキーとか、サルマン・ラシュディマーガレット・アトウッドなど、

非常に有名な人たちを含む153名の研究者作家ジャーナリスト署名しているんですけども、

この公開書簡、何でもない、割とこう、どうでもいいというか普通のこと言ってるように見えるにもかかわらず、

公開されるとすぐに「キャンセルカルチャー自体キャンセルしようとする公開書簡である」っていう形で、

人種的性的マイノリティを中心とする若い左派から大きな批判を受けることになります

実際のところただこの公開書簡自体を見ると、

キャンセルカルチャーという用語は、それどころかキャンセルっていう用語も1回も使われてないんですね。

じゃ何で批判が来るのかっていうと、ここ(=スライド)にあるんですけども、

人種的社会正義を求める強力な抗議運動」や

「とりわけ高等教育報道慈善事業、そして芸術活動など、社会におけるより一層の平等包摂を求める声」というような

必要過去清算」、この清算というのはReckoningという言葉を使うんですが、これが同時にそれは必要だと、

だけど同時にそれが「開かれた討議と差異に対する寛容さという規範を弱体化させ、それよりもイデオロギーの一致を求めるような、

一連の新しい道徳的態度と政治的コミットメントを強化してしまっている」というふうに言うと、

この表現が、とりわけBlack Lives Matterを通じて、

Racial Reckoningって人種的過去清算の盛り上がりを迎えていた英米両国においては、

人種主義への批判のもの不寛容だと見なすキャンセルカルチャー批判」の文脈につながる書簡だというふうに受け止められた。

同時に、キャンパスにおけるポリティカル・コレクトネス批判者として知られていた、

言語学者スティーブン・ピンカーであるとか、

ハーヴェイ・ワインスタインの弁護を引き受けたことで、学生から抗議を受けてハーバードロースクール学部長職を退くことになった、

法学者のロナルド・S・サリヴァンであるとか、

この公開書簡の公開時にはトランス排除言説の支持者として知られていて、その言動批判が集まっていた、

作家J・K・ローリングとか、

そういう人たちが名前を連ねていたということももちろん、

この公開書簡が「キャンセルカルチャー批判」の一翼をなすものと受け取られた一因ではあったと思います

この書簡は、先ほどもちょっと申し上げたように、例えば左派代表知識人と見られてきたチョムスキー署名をしている。

同時に、ネオコンサバティブの論者である、例えばフランシス・フクヤマみたいな人も署名してるんですね。

まり従来の分け方で言えば、まさに右も左もなく同意できる原則を語っているように見える。

にもかかわらず先ほどから申し上げているように、

実際には、より若手のマイノリティライターとか研究者から強い批判が出る結果になった。何でか。

恐らくこれは、後者に当たるより若いマイノリティの人たちというのは、

学問の自由とか言論の自由擁護というのが、

近年では力のある地位にある人々が、自分たち差別的・抑圧的な言説の責任を問われたときに、

その批判糾弾を振り払うために使う枠組みになってしまっている、ということを感じ取っているのに対して、

フクヤマにしてもチョムスキーにしても、ある程度は地位が固まった偉い人たちっていうのは、

その事実をあまりきちんと把握できてなかった、いうことではないかと思います

anond:20220805230534 Part5 〜Ahmedが見立てキャンセルカルチャー批判メカニズム

2022-07-20

anond:20220720103135

それはあくま文化的運動の話でしか無いのでは

新興巨大企業内で労組組織化が進んできたり、そういう経済的部分の話もある訳で

文化的な左右対立排外主義的な社会福祉を重視する反グローバリズム右翼ポピュリズムの勃興に繋がっているというのとも話が繋がるのよね

2022-06-30

極右極左も何で反ワクなるん?

スピ基盤頭お花畑が世の中にたくさん存在していて、排外主義売国主義は後のせが人類仕様って訳かな。

参政党が中年右派スピを見える化した?

自民スピは老害右派スピやん。

2022-06-07

今の基準で「ネトウヨw」などと嘲笑していられるのとは比較にならないほど強烈な排外主義が近い将来きっと台頭する。

2022-04-15

https://www.buzzfeed.com/jp/kotahatachi/utoro-arson-hatecrime

被告は、排外主義的な団体などに所属したことはないという。

では、どこで情報を入手していたのか。尋ねると、「ヤフーニュースコメント欄です」と語った。

無料ニュースを読めるヤフーをみていることが多いので、コメント欄も目に入りやすかった。投稿には反応も多いし、コメントに対する賛否評価もみられるので、ある意味、偏りのない日本人の反応を知ることができる場だと思っていました」

主観ではない客観的な正しい情報を知るために、こうした評価のあるものは大いに参考になるのです」

さら被告取材に、「左派」の報道機関は「朝鮮半島側に偏った報道」を続けていると口にし、「ヤフコメ」こそが「客観的」だと強調した。」


読めば読むほどヤバいなこれ

しかしこれってヤフコメという『表現』が現実の行動に影響を与えて犯罪を誘発したという実例なのでは?

2022-03-15

2週間前の記事をいま知っただけなんだけど。

馬渕氏にも、それに賛同する出演者にも、そしてこれらの動画根拠とする人々にも、必ずと言ってよい共通点があることは、もうお分かりいただけたと思う。それは深刻な既存大手マスメディアに対する不信感である

世界は巨大な権力組織支配されており、それが真実を人々に伝えようとせず妨害している。つまり真実は巨大な何かによって遮蔽されており、彼らの洗脳から目覚めたときに本当の真実に対して覚醒する―。ネットで真実を知ったとして、極端な排外主義に走るネット保守が、ゼロ年代から盛んに口にしたこ世界観を、私は『マトリックス史観』と名づけている。

プーチンさんを悪く言わないで!」という”陰謀論動画の正体(古谷経衡) - 個人 - Yahoo!ニュース

https://news.yahoo.co.jp/byline/furuyatsunehira/20220304-00284877

この前書いたこれと重なるところがあるね。そら、「(SNSで見た) 事実に基づく独自視点 (キリッ」なんて僕にはないから、ありがちなことしか書けないんだけど。

今までろくに知能を発揮する機会もなかった人が、誰かのSNSを見て急に「気づいて」「裏側を知って」「正しい行動をとる」ことなんてできんのよ。それができる知能があれば、今までの人生ももう少しマシやったはずで。それができんから現状で、これからも変わらんのよ。

https://anond.hatelabo.jp/20220313184939#tb

いま自分がうまくいっていないのは、ロシアのせいでもアメリカのせいでも製薬会社のせいでもDSのせいでもなくて、自分自身の能力が不足しているからなんよ。そして、いい年したオッサン・オバサンが今から一発逆転する方法なんてないから、自分境遇に納得して、ささやか幸せを見つけて生きていくしかないんよ。

2022-03-13

33歳の僕たちについて

僕たちは生まれながらにして不幸だった。

僕たちに希望が語られるときはいつも建前だった。

物心がついた時には経済成長など実感できないほどなく、平和のみが幸運にも固定されていた。少子高齢化無責任押し付けられ、いつも年金説明では僕たちが下で、いっぱいの先人が上に伸し掛かる絵を繰り返し見せられた。

小学生のころには阪神淡路大震災があり、生活不条理に突然破壊されることを知った。

オウム真理教天災だけでなく人災があることを教え、それを報道するテレビには頭のおかしい人をいじめることの楽しさと正しさを刷り込まれた。

学校はいじめがあっても誰も救ってくれなかった。子ども大人も誰も責任を取らずに済んだ。

どう大人を信じようと努めても、彼らの正しさの裏にある保身だけが形を濃くするだけだった。

いじめ学力低下、キレる十四才、僕たちだけが責められている気がした。勝手に「ゆとり」を与えられ、数年後には「ゆとり」だとバカにされた。

ノストラダムスの大予言も二千年問題世界を無くしてはくれなかった。変わらないんだ、という陰鬱な気分を虚構ごと生活に仕組まれた。

社会に参加するまでの過程で、どんどんと多様性という理想が叫ばれるようになっていった。でも現実はまだそう出来ていなかった。ゆとり教育でも、AO入試でも、新卒一括採用でも、実験最前線で僕たちは消費された。

社会の正体に近づくほど、実験甲斐なく何も変わらずに、大人たちは利権を固定させようと頑張っていることがわかった。かつて多くの若者たち理想主義が現実主義に敗北し、僕たちの生活には既に革命の「か」の字すらなかった。

センスが良いとされる大人は肌触りの良い冷笑諦観で、理想から現実からも逃げているだけだった。

芸術に届くわけではないわずかな詩情の中に逃げ、丁寧な暮らしとやらで現実隔離しただけだった。雑草も食えるらしいと、何も新しくない発見雰囲気の良い雑誌で語った。

とにかく真っ当ではなかった。僕たちには老朽化した線路と駅が残された。

いつかみんな死ぬ、くらいしか希望はなかった。僕は、小学校四年、五年と苦労したあとに六年生になったときのような開放感を待っていた。

インターネットは唯一僕たちに与えられた現代的で民主的革命だった。僕たちは最前線に立つことを初めて喜んだ。僕たちが社会実験していた。大人の腕の中で揺らされるのではなく、自らが世界開拓していた。

過去日本では文学学生闘争に向いたであろう若者の活力がインターネットで遊ぶことに費やされた。情報の波をサーフィンしていた。

けれどアナーキズムなど思想と呼べるほど突き詰められてはいなかった。脱法とジョーク、たくさんの知識組織化しない雑多なカオス世代や日陰者の雰囲気ベースとしてただ在った。

東日本大震災とき、僕たちは初めて大きな波を感じた。世界ごと変えてしまおうというワクワクがあった。

ネットから始まる民主化現実世界にも網目を伸ばし、キレイ情報を伝播させることを夢見ていた。

実際のところ我々には思想がなかった。正確には思想が育っていなかった。長い間の自己否定カオスたちの団結は思想形成させなかった。

論壇はインテリっぽい動きに酔っているままで、ほとんどの人間責任を背負おうとしなかった。

大衆は十分なリテラシーを持っていなかった。目の前の文字自分を騙そうとしているかだけを考えていた。

もちろん先行者と同様に誰も責任を取りたがらなかった。波は結果的芸術の一部分だけに還元された。

僕たちの革命は、革命という皮すら被れずに失敗した。あの頃目立った人間たちのどれだけがまだ実際に社会有効なことをしているのだろう。

僕たちは生まれから今までずっと負け続けている。逃げ続けている。立ち向かう人間を冷たい視線嘲笑っている。かつて"カッコイ大人たち"がしていたように。

拗ねた子どものままで皮肉センチメンタルを捏ねくり回している。

最近は「多様性尊重」がブームになっている。拡がり分化する人間の在り方を認めようとするのは正しいことだと思う。

だが、それは欺瞞だ。多様性排外主義への攻撃だ。多様性を求める社会多様性をもたらさなもの排除する。

最大限の寛容ではなく、この時代この社会における妥協点でしかない。

ただそれよりも深刻なのは多様性未満の僕たちだ。多様性で救われるのは国籍、性指向、いくつかの快い思想である。いわば十分に形作られたアイデンティティーのうち、現代社会適応するものだ。そして主張に成功したものだ。

僕たちの苦しみはアイデンティティーの未発達である差別をされたり、大事に築き上げたもの喪失したわけではない。時代により幾度となく無意味化された結果、育たなかったのだ。

社会の複雑さへの想像力ありのまま他者の受容、明確な善への地図が無かった。

今までのシステム近いうちに崩壊すると言われつつも、なかなか崩壊しない。仮に崩壊したとしてもサバイバルを生き抜く知恵が無い。広大な大地に丸腰で放たれるのだ。

僕たちは無責任という親に育てられ、不勉強という病気死ぬ

ちゃんとしなきゃ死ぬ」とトリプルファイヤー吉田靖直は歌った。「ちゃんとしなきゃ」という要請けが社会にある。

なんとなく、どこか生きにくい僕たちの行き場はどこだろう。ちゃんとした職があればいいのか?ちゃんとした病名がつけばいいのか?ちゃんとした人になれればいいのか?ちゃんとした人ってなんだ?

今になってようやく哲学文学などの人文学に解答を求めることができるだろうことに気づいた。それは人間として真っ当な足掻きに思えた。

まだ遅くはないと信じて、攻略サイトには無く、ビジネス書より直接的な、人間思索の旅に出ようと思う。良い哲学の書を教えてくれ。

2022-02-07

先週の知見:アイマスは意外と嫌われている

 先週だいぶ揉めた「Vtuberアイマスの『M@GIC☆』を歌ってしまった」のやつ。

 

 

にじさんじVtuber15人合唱デレマス『M@GIC☆』歌唱動画公開予告が出るも、告知ツイに☆とカバーの旨がなかったせいで荒れてしまhttps://togetter.com/li/1839785

 

 

 外野から眺めた感想としては「アイマス話題を見かける時だいたい排外主義やってんな」くらいしかないのだが、得られた知見として「アイマスって案外嫌われてんな」というのがある。

 

 例えばこちらの動画投稿者他人を煽って引っ掻き回して嗤って楽しむタイプのアレで有名な人なので言ってる事自体はあまり気にしなくていいんだけど、問題コメント群。

【お詫び】VTuberがM@GIC☆を歌ってしまった件に関しまして

https://nico.ms/sm39986644

 

 気になった物と『ニコられ』が多い物をいくつか抜粋すると

前にμ'sの僕光歌ったときはこんなこと言われてなかったと思うけど、アイマス民心狭ない?

アイマスってなんでこんなめんどくせーの

コイツデジモンファンの前でも同じこと言えんの?brave heartとかヒドイカバーもあるのに?

アイマス民ほんとクソ

コンテンツってこんな風にファンのせいで衰退して行くんだろうね

アイマスって昔からやばい奴の集まりよな

特別な曲だから~って、アイマスカバーしてきた曲も特別ものだらけやがな

アイマス業界の癌

複数表記ミスは詫びとこう、そしてアイマスカバーはもうやめよう

自分たちはクソMADでキャッキャしてる癖にな

特異点として生まれ、周囲を節操なく侵略し、全体に害しかさない、という意味じゃまさしくガン細胞なんだよなアイマス

アイマスの美味しいとこだけとっていってしまった感が気に障ったんやろ

アイマスに美味しいとこなんて残ってないぞ

カバー表記がないのはマズイけども、カバーする事自体文句言ってるのは頭おかしいだろ…w

アイマスラブライブファンは触れん方がいいってそれ

実際問題アイマスなんて関わらんに越したことないやろ

アイマスに関わらない方がみんな幸せになる

ファンこんなにピリついてるコンテンツ、もう触れないほうがいいな

オワコンがなんか言ってて草

アイドル系ってラブライブファンがキツくて触れたらアカイメージだったけど、年々アイマス系がキツくなってるな

原作リスペクトですら許されない世界なんだね、アイマスって

これだからアイマス

アイマスっていつの間にか死ぬほど人気落ちたよね

アイマス怖すぎ

アイマスなんて老害の集まりじゃん

アイマス話題になるのこんなんばっかだな

アイマスP(笑)

最近アイマスくらいの規模のコンテンツなんか履いて捨てるほどあるのに自分達の規模が一番デカイと思ってるのキツい

こんな事になるのアイマスくらいでしょ

ただの客の事をPなんて言うからこういう層が増えるんだよ

ビーマイベイビーとかを散々汚してきたアイマス側が言えた立場かよ

ジュピターバンナムにキレた連中だしな(9・18事件

自分が敵視されてるとは露にも思わないアイマスP(笑)

アイマス村の誇りは他人が歌った程度で霞んじゃうんだね

ほんと声だけはでかいなあの界隈

アイマスかいコンテンツはもうダメだな

これを厄介って思うのはアイマスPぐらいだと思う

 

 

 アイマスしろアイマスオタクしろ随分と嫌われてるな。なんかキラキラしてる風のコンテンツかなと思ってたけど、そのファンは意外と排外的だし、その分嫌われてるらしい(当たり前だけど)。

2021-12-19

anond:20211218064044

政治的思想って簡単にいうと「自分はどんな社会にしたいか」ってことだと自分は思ってる。

そこが大きくズレてるってことは根本的な価値観が違うわけだからやめておいた方がいいと思う。子供が産まれた時に、多様性を身に付けさせたいのか、排外主義的なヘイトを教えたいのか。

2021-12-14

戦争が起こるメカニズムを真面目に分析なんかしたら

大体は貧困による経済問題資源の不足、国威高揚によるナショナリズムの植え付けと排外主義の台頭なんかになるので

戦争はいかに悲惨かなんて話ばかりをしていてもしょうがない。」とか言ってリアリストを気取っている人達にとっては不都合な事になりそう

2021-11-19

anond:20211119113642

自分冗談のつもりでやってることが取り返しのつかない事態を生むかもしれない…

これ実は逆で

自分正義のつもりでやってることが取り返しのつかない事態を生むかもしれない…

の方が怖いんだよね

実際、先鋭化したリベサの中には、排外主義も真っ青な事を、「不寛容への不寛容」で正当化してる輩がいる

正義」(これはネトウヨ側にもあるが)ほど怖いもんはない

2021-11-12

部落解放同盟化するツイフェミ

話題になっている、「米山隆一議員と仁藤夢乃氏と室井佑月氏のアレ」


選挙後早々にリベラル界隈で内部紛争が勃発、ということで各方面から注目が集まっていますが、これまでも、

といった事例があり、この件に限らず、立憲・共産党フェミニズム活動家は必ずしも一枚岩でないことがわかります

そして、こうした話題を見ていて思い起こされるのが、ズバリ部落解放同盟と、そして日本共産党との対立関係です。


さらい(共産党解同対立の経緯)

社会的弱者被害者の掘り起こし・組織化に熱心な共産党と、解同の仲が悪い」という事態は、この界隈をよく知らない人間にはなかなかイメージしづらいものがあります

しかしながら、実際には割とシンプルな話で、

とまあ、清々しいまでの敵味方思考の結果だったりします。

なので共産党も、あの手の運動には珍しく、真顔でディスっているというわけです。

なお、対立理由は他にもあり、例えば1965年の「同和対策審議会答申を巡る評価解同共産党で分かれたことも、その一因と言われています

こちらは言わば社会党共産党の場外乱闘です。

答申に一枚噛んでいる社会党に近い派閥答申評価する一方、共産党解同共産党派は内閣諮問機関による答申を「毒まんじゅう」、つまり自民党との妥協である批判

結果、両者の対立が深まりました。

なんだか「表現の自由」あたりでも散々聞いたような話ですね。

社会運動自分支配下である間はとりあえず優しいけど、ヨソが手を伸ばしてこようものなら即手の平返しちゃうと。

しかも、そんなこと言ってた共産党がこないだの選挙では自ら毒まんじゅう食わせる側に回ったのだから、まあなんとも皮肉な話です。


令和の時代朝田理論

一方、解同側も社会党派を中心に共産党勢力排除を進めていき、1971年には以下の理論を打ち出します。

その名も「朝田理論」

まさに文字通りの無敵論法です。

半世紀も後のツイフェミ言動までもが全てこれで説明できてしまうなどと、いったいどこの誰が予想したでしょうか。ノストラダムスじゃねーんだぞ

しかし仲の悪い相手はとことん手厳しい共産党こちらについても「部落民以外はすべて差別者=部落排外主義」と批判を加えています

米山先生おっしゃるところの「フェミニストイズム」も、これに当てはまるかもしれません。

それにしても「当事者活動家至上主義と先鋭化が極まった結果、共産党オルグすら拒んだ」というのは、いろいろと示唆に富むものがあります

(まあ、「社会党vs共産党の争いで社会党側が勝った」と言ってしまえばそれまでなのですが)


繰り返される「味方殺し」

もうひとつ、ツイフェミ解同酷似する要素がこちらです。

様々なもの一方的に燃やされてばかりの男オタク立場から観測しづいかもしれませんが、

実はそごうルミネTOKYO女子けんこう部などの事例を振り返ると、むしろ女性に媚びているはずの広告がなぜか炎上」したケースも結構多いことがわかります

それも「『けんこう』が平仮名なのは女性バカにしている!」などと、まさに令和最新版朝田理論の全力ブン回し。

いったい何が差別にあたるのか、もはや当事者中国王朝暴君以外に判別がつかないレベルです。

1000のうち1か2でも気に食わないことがあるとすぐ糾弾会をおっぱじめるバーサーカーぶりからは、やはり『血だるま剣法』的な何かを感じずにはいられません。


それでも、解同やツイフェミのあり方は正しい

と、解同に対する批判の多くがなぜか現在のツイフェミにもブッ刺さる、というまこと面白い結果になったわけですが、

私は彼ら彼女らの暴力的性格、先鋭化や偏狭さはともかく、運動のあり方自体批判するつもりはありません。

当事者当事者のこと以外関心がないのは当たり前だからです。

社会運動特定党派の持ち物ではないし、自分要望を実現してくれるなら誰と手を組んでもいい。

そういう姿勢は何も間違っていないと思います

しろリベラリズムからアベヤメロまでいちいち全部ワンパッケージにしなければ気が済まない風潮の方が、ぶっちゃけよほど不自然ではないでしょうか。

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