はてなキーワード: 思い当たるとは
『日本沈没2020』の感想を漁っていたら、深田氏の呟きがトレンドにあって、酷かったので紹介。
深田氏は、雑誌「Will」に連載を持っている、それなりに有名な保守系の実業家。
https://twitter.com/Fukadamoe/status/1281826930237435904?s=19
https://twitter.com/Fukadamoe/status/1281826931034345473?s=19
https://twitter.com/Fukadamoe/status/1281861564786634752?s=19
https://twitter.com/Fukadamoe/status/1281867726210777088?s=19
作品を見た人なら、深田氏がちゃんと見ていないのはすぐ分かるでしょうが、設定や展開におけるツッコミは自分も感じるところはあるものの、一部のクレジットから中国人(これも間違いで韓国人)が作った作品と断定し、チャイナマネーが入ってるとまで言う完全なネトウヨ仕草。まあ、そこのところはちゃんと分かった上でファンのネトウヨにウケるように敢えてこう言ってる可能性も無きにしもあらずですが…いずれにせよ、事実に基づかない〜感想の域を超えた会社を貶めるデマなので、サイエンスSARUは訴えるべきですね。
また、旭日旗が出てくると書いてるけど、思い当たるシーンを確認しましたが出てきません。
作品にはちゃんと善良な人も出てくるし(カルトも基本的には善良的な集団)、家族愛溢れるストーリーで、日本の良いところも描かれ、最終的には復興への希望が描かれる人間讃歌なのに、それに対してこういう感想しか出てこないのは人間性をちょっと疑ってしまい、作品の見たいところしか見ないどころか見えないものも見て、何も学べない人が本当にいるんだなとよく分かる。
最近、創作主に感想を送るか否か、送られてどうだったか、送られなくてどうだったか、そんな感じのテーマについて語る増田が多い気がします。
というか、この手の話題。創作活動をする人にとって極めて身近なものなんじゃないでしょうか。現に、増田で見かける前、Twitterでも何度か見かけた内容だったから。
エロ絵は伸びるのに、他が伸びないと嘆く萌え絵描き。一次創作をメインでやりたいけれど、どうしても版権の方が伸びがいいことに悩む創作主。
前ジャンルが覇権・あるいは王道カプだったときと現ジャンルでの反応のギャップ。
多分、男女問わず評価の多寡は気になるところなのかもしれない。個人差はあるけど。
でもなにより、ギャップがダメなんじゃないかって私はにらんでいます。
創作主は一度自分がたくさんの人(主観)から評価され、承認されるという経験を果たし、それ以降何故だか筆が乗らなくなる。
評価が得られそうにないジャンルの作品はどれだけ好きであっても描(書)くのがおっくうになる。
前作の評価を超えられないんじゃないか、期待に沿えないんじゃないかと、全く文章が、構図が作れなくなってしまう。
ああ、これアンダーマイニング効果だ。風呂入りながら、ふと思い当たることがあったんです。
これを説明するにはまず、人が何故行動に移すのか、その原因についてお話しする必要があります。
人が行動に至るための動機づけは大きく分けて二つ。
一つは、内部から沸き起こる興味・関心を満たさんとする内発的動機づけ。
二つ目は、外部環境から与えられる報酬を求めて、あるいは罰を避けようとする外発的動機づけ。
内発的に動機づけられて行われる勉強というのは、勉強の内容そのものに興味を持っている状態ですね。
人体ってこうなっているんだ!この公式使うとなんですぐ解が出るんだろう。昔の人の考えることを知れるって面白いなあ。
内発的動機づけは非常に有効な動機づけでして、高い意欲をもって行動に取り組むことができます。
結果、それがよい成績に繋がったり、広く深い知識の獲得に至ったりするでしょう。
一方、外発的動機づけというのは、良い成績取るとお小遣い上がるから、先生に褒められたいから、悪い成績をとると怒られるから、恥ずかしいから……etc.
結果行動に至れば悪くはないかもしれません。しかし、意欲は低いです。だって勉強そのものに対する意欲より、報酬や罰に意識が向いているから。
アンダーマイニング効果とは、もともと内発的に動機づけられていた人に外的報酬を与えてしまうことで起こる現象です。
例えば好きで勉強をしていた人に、~位に入ったら欲しがっていたゲームを買ってあげると約束します。
無事、その順位以内に入り彼は念願のゲームを手にします。両親にとっては、いつも頑張る彼に対してご褒美のつもりなのです。
しかし、そういったやりとりが繰り返されるうちに、彼の中にあった勉強への興味関心は薄れていきます。
勉強をすることは良い成績をとるため。良い成績をとることで好きなものが買ってもらえる。勉強は彼にとってほしいものを得るための手段に成り下がります。
内発的動機づけがもともと高かった人に安易に外的報酬を与えてしまうことは、本来の内発的動機づけを低める効果があるのです。
最初は確かに楽しいだけで、書(描)きたいだけで周りの目なんか気にせずやってこれた。
多分この時期の人って評価の数なんか気にならないんですよね。
仮に評価数少なくても、拙作をこれだけ見てくれた人がいるんだなあって思えるんですよ。あるいは、次はもっと頑張るぞ!とかね。
この時点でもすごいんですよ。大体周囲を見渡せば才能に満ちた人ってたくさんいるわけじゃないですか。
自分と比べては、勝手に自滅していく人も多いから。はい。私もそのタイプでした。
でも、ある時転機が訪れるんですよ。たまたま、一気にどーんって評価がつくんです。
あれ?何かの間違い?ってくらい。感想とかももらえちゃったりして。
そしたらふつうすっごく嬉しいですよね。でも思えばきっと、これが魅力的な外的報酬だったんでしょうね。
彼ら・彼女らにとっては、その時点まで確かに、絵を描くこと・文章を書くことそのものが好きなはずだった。
でも、その魅力を上回るほどの評価・承認を経験し、味をしめてしまった。
創作はもう、その人たちにとっては、評価を得るための手段になってしまっているのかもしれない。
そのことに気づきながらも、戻りたくて、戻れないのが現状なのかなと、それは苦しいなあと、ぼんやり思いました。
いつだったかな、Twitterで誉め言葉は塩水だって言ってる方がいました。
自己肯定感が干上がって乾いた心に、水はすごく沁みますよね。けれど、その水に塩が含まれていたら、またすぐに心は渇いてしまう。
次の水を、誉め言葉を求めます。けれどどんなにもらったって、心が本当に潤うことはなく、ずっと満たされない心を抱えることになってしまいます。
これは趣旨から逸れたかもしれませんが、増田に対して「そんなに承認もらっておいて贅沢言うな」みたいなことを言ってる人を見るたび、薬にばかりにはならないよって思うんです。
評価も承認も、自分を認めるためのツールの一つであるのには間違いありません。
感想をもらえることで、次への創作の意欲にしてくださる方もいらっしゃいます。(私は完全に衝動のまま感想を送ってしまう側の人間なのでそのスタンスはとても有難いです)
ただ、評価も承認も感想も、そういったものを歪みなく受け取るには、その人の土台あってこそです。
こちらは、内発的動機づけの低い人に対して外的報酬を与えることで内発的動機づけを段々高めていく現象です。
まあ、好きな人につられてスポーツに打ち込んでいたら、いつの間にかスポーツそのものを好きになっていたみたいなやつです。
こういう普遍的な現象にきちんと名前がついているのを見るとなんだかうれしくなります。蛙化現象という名前を見たときと同じような快感がありました。
必死こいて生きて、なんとか独りで低収入で食いつないでる身として、めちゃくちゃ思い当たるものがある。
政治的な考えでいうと、共産党(というよりはアンチ資本家)に寄ってるが、共産党には絶対に投票したくない。他の政党は知らん、私が投票できる先で一番マトモな奴を選ぶ。スピってないやつとか。
今までの人生で一番嫌いだった人間群が「子供に愛がない親なんて居ない」教ミンナオナジ派キモチガダイジ会の信者で、近所の共産党系の奴らってそういうのかスピってるかで、そういう奴に徹底的な忌避感を抱いてるのが原因だ。やるなら徹底的に構造化してから口を開け、と思ってしまう。何が安倍政権にNOだ、お前が何するか言え、NOと言うだけなら無能でもできる。私は便器の下のションベンが乾いたような環境から、努力で便所のような環境まで来たのに、なんだお前ら今更なんも分かってないゴミのくせにペラペラ喋りやがって、という感情しかない。
一つ違うのは、日本すげーに対しては徹底して冷笑する側だってことくらい。さらに言えば、全世界の権力的なものへの冷笑具合なら負ける気がしない。欧米出羽守みたいなしょーもなダメ人間への見下し力ならそこらのネトウヨにも絶対負けない。デモはもっとやれって思ってるが、デモに付随する犯罪を民主主義だと唱えるバカとか脳味噌腐ってんのかってくらいには思ってる。
ダメだ、全然まとまらない。権力はクソ以外に教条がない。権力とか愛とかは全部クソだから、もっと徹底的に相対化して冷笑して、人のココロなど何一つ考えない、人権というシステムだけにガチガチ縛られた社会にしてくれ。法律を一回全廃して人権至上主義で作り直してくれる政党が出ない限り、なんかを支持できん。自分の利益になるのは、人権を至上とする社会を作る権力ではない何かだ。何かはわからん、頭いいやつが考えてくれ。何もわからんから全人類とにかく苦しんでくれ。全人類が苦しみ尽くせば、私は安心して死ねる。
コメントブクマありがとう。多分私は権力というものへの不信感と嫌悪感が有り余り、権力者・扇動者に有利な選挙のクソさに辟易してて、一番意味のない「1票分の興味しか持ってない底辺」であることを自覚してしまったがゆえの自暴自棄なんだと思う。
もちろんだけど、自民とか保守系がかなりスピってるのは把握してる。共産党系への忌避感もあって、あとはもう自分が投票できる先を選ぶためにダメなのを消して投票してる。今までの結果として、与党系に投票したのは地方の1回だけ。ほかがクソすぎた。比例は非与党にしか入れたことないよ。
全人類苦しめって書いたけど、多分本音は全人類幸せになってほしいんだと思う。全人類が幸せになるんだったら私も幸せになれるだろう。私は最後でいいから、全人類幸せに生きてくれ。スピリチュアル万歳。
徒歩でも自転車でも、国道だとかの長い大通りをゆくのは面白い。行き慣れない生活圏外までどんどん行くといい。気がつくと違う街並みになっていて、暮らす人の雰囲気も違っている。自分がこの街にはよそ者で、彼らが思い思いに生きているように、自分がどう生きてもいい存在であることを思い出させられる。大きな箱を後ろに乗せた自転車乗り、AirPodsを着けて歩きながら一人で喋っている外国人、地元の話題で盛り上がっているらしい白髪の快活な老人たち、飲み屋街からシフトが終わって颯爽と帰る若い男女、ぼそぼそと何か真剣に喋っている三十代の男二人、客が入らなくて愚痴の絶えないバイト、心ここにあらずのコンビニ店員、別世界に住んで見えるような肌きめ細かい美人、こっそりホテルから出てくるオッサン、客引きで突っ立ってるにーちゃんねーちゃん、膝の固まった脚でロボットみたいに歩いている爺さん、リーマン、表情の暗いおばさん、スーパーから出てくる元ヤン風夫婦、笑顔の垢抜けない子どもたち、ほっつき歩いている服の趣味の悪いオッサン、橋下で語らっているカップル、、、この誰もが自分と同じようにくだらないことで悩んだり、根拠のない自信に溢れたりしているのかと思うと、後頭部を締め付ける・愚かな悪人に取り囲まれているような妄念から逃れられるような、イキモノとしての力を取り戻したような感慨が湧いてくる。だんだん脚が痛くなってくる。
道ゆく人を見てこんなこと考えるのは、テレビに快楽や話題を求めるのと同じで受動的だが、自分の足で歩いているだけ、自分の生活と地続きのところに、彼らの生活があるということがわかって、上から見下ろされるような卑屈な不安がなくていい。今こうして狭い世界で生活をしている自分を見つめるとき、身近な人たちの、経験が長いことによる無理解、想像力の欠如、傲慢で苛立った態度も、彼らの狭い世界で起こった物事から、彼らがもっともらしいと思ってとっている態度に過ぎないことに思い当たる。彼らのように自分もまた、焦り、疲れ、寛容の欠如から、年下の人たちを傷つけることがあると思う。
膝が痛くなってくると体に負担のかからない歩き方のことしか考えられなくなってくる。腰の筋肉、上体の位置が悪い、前傾を直したい、肘を振ったらどうか。それで楽しい散歩も終わりになる。家に帰ると見てきた景色のことを考えていたら数時間が経っていて、生活が劇的に変わる気配もない。でもまあ、来週末も小さな冒険、今度は山の方へ歩いたり、学校や住宅など生活のある市街地沿いの道を行ってみようか。
水虫になった
正確には超悪化した。
もともと水虫だったがほぼ完治寸前だった。
二年前皮膚科で真菌が見つかり、抗真菌薬を処方され、これが劇的に効いた。
ほぼ治ったが全滅は忍びなく軽く温存しつつ2年が過ぎた。
ところがひと月前に突如凶悪化し左右の足の指の付け根を溶かし始めた。
水虫とは中学2年生から35年来のお付き合いだがこんなの初めて。
俺の体に一体なにが起きたのか。
皮膚科でもらった塗り薬はとうに無くなっておりその後シンガポールから抗真菌薬を個人輸入していた。
皮膚科に行くより早いし安い。どうせ真菌なんだろ?
だが、今回は様子が違う。
それまで気が向いたときだけ塗っていたが
一日2回きっちり塗布しても患部はどんどん拡大、
速度が異常
朝まで中指で防衛できていたのが夜には人差し指を侵食、みたいな
抗真菌薬効いてねぇ
在宅勤務中だったので頻繁に足を洗う、消毒もした
ダメ、どんどん広がる
ググった
真菌以外が原因っぽい
思い当たる節がある
暖かくなり素足にサンダルで出かけるようになり
もしくは最近妻の妹が頻繁にウチに出入りしている、
どちらかだ
ネット情報によるとまずジュクジュク患部の改善治癒をしその後抗真菌薬を使わねばならないらしい。
効いた
ジュクジュク患部はたった一日で目に見えて改善
昨日までの絶望的領土消失がウソのようにみるみる乾いた皮膚に戻っていく。
かゆみも消えた。
そういえば思い出した。
ベトナム出張中蚊に刺され現地薬局で塗り薬を買ったらステロイドと抗生物質が入っていた。
そういうことか、どういうことだ。
ともかく、
ネット情報のセオリーでは2週間ステロイドで皮膚再生と整地をしてからその後抗真菌薬で根本治療のフェーズに入るのが良いそうだ。
便利な世の中だなぁ。
そして今、まさにその時、既にかゆみはなく、ジュクジュクも収まり、皮膚再生完了、わりときれいな患部
このまま安易に完治させて良いのだろうか。
試しに今朝はなにも塗らずに出社した。
なんかかゆい
ずっと原因不明の不調に悩まされている、とにかくいつも眠い、頭がぼんやりとしている。すごく疲れやすい、これも地味に困っている。
まためんどくさがり屋でズボラなのに変なところだけ心配性でいつもストレスを貯めている。周りが気になって仕方がない、喋りすぎる、喋ってから後悔する。あと過食。
そして1番困るのが物事に興味がわかない、これのせいで趣味で回復したりも出来なければ他人に質問がわかないからコミュニケーションも上手く取れない。あとやる気ってなんだろうって感じだ。
原因として思い当たるのは多感な時期の親の離婚と付き合っていた子がストーカーになり警察沙汰になったことだ。今までもいつもぼんやりして眠気はあったがこれらが起きてから不調として現れだした気がする。
初めはPTSDとして治療をしていたがどうも長引くのでうつ病では無いかとSSRIが出された、2種類試したが全然効果がなかった、むしろ動けなくなったりずっと頭の中が辛いで支配されたりした。今はエビリファイ少量のおかげで義務だけは何とかやることが出来ているがずっとなにか違和感を感じながら生活している感じがする。
これらはすべて自分の思い込みであるかもしれない。それを前提に、各々判断された上で、できれば助言を賜りたい。
多少長くなるが、最後まで読んでもらえれば伝わるはずだ。これは決してはてなユーザーにとって無関係の出来事ではないと自分は考える。
ある迷惑系YouTuberがいる。(そもそも「迷惑系YouTuber」なるジャンルが存在している時点でげんなりするが)仮にAとしよう。
自分がAを認識したのはおそらく半年ほど前。自分がたまに動画を見るYouTuberにAが絡んできて、ごちゃごちゃしていたのがきっかけだ。
「ああ、炎上芸ね」と思って、自分の中でAの存在をミュートした。
それからも、ちょこちょこAの存在がちらつくこともあった。相変わらず、有名YouTuberに凸をして知名度を稼いでいるらしいということは知っていたが、特段気にしていなかった。
先日ほぼ初めてAの動画をまともに視聴する機会があった。詳細は省くが、その動画では、とあるYouTuber(Bとしよう)の自宅に凸し、B本人ではない関係者(つまり一般人)に対するプライバシーの侵害が堂々と行われていた。
考えるより先に当該動画をYouTubeに通報していた。当然、チャンネルごとBANされた。
(余談だが、当該動画がBANされる以前にこの動画を取り上げていたYouTuber系情報サイトがあり、PVほしさにプライバシー侵害に加担しており、あまりにevilと言う他ない)
そもそもそのチャンネルも2週間ほど前に新設されたチャンネルで、迷惑行為、時には犯罪行為を動画にして、その度にチャンネルがBANされている。
まず当該動画を観た時点で、強い嫌悪感と同時に、違和感を覚えた。
BANされた当日、チャンネルをまた立ち上げ、1本目の動画では、「もう迷惑行為はしない、Bの自宅にもいかないと思います」と宣言(?)していた。その数時間後には、そのチャンネルに、BANされるきっかけとなった当該動画を再び投稿。新チャンネルも即座にBANされた。
本題はここからだ。
Aの行動はもう、炎上で知名度を稼ぎ、再生数を伸ばして金を稼ぎたい、という初発の動機から逸脱しているからだ。
別のYouTuberが「何がやりたいのかもうよくわからない。当初、戦略的に迷惑行為をしていると考えていた。けど、本当に何にも考えてない奴なんだ」と言っていた。その通りだ。
「承認欲求」が現代ではまるで悪かのように語られることが多いが、それ自体は自分を愛するためには必要なものだ。ただ、Aの承認欲求はどんどん肥大化して、暴走が始まっているようにしか見えない。
このまま彼を放っておけば、取り返しのつかないことが起こるかもしれないと思っている。
自分の考えすぎであればそれが一番いいが、過去の痛ましい事件を教訓にするなら、何かアクションを起こすべきだと考え、悩んだ末に増田に書いている。
言うまでもないが、Hagex氏の殺害事件を念頭に置いている。
あらかじめ言っておきたいことがある。ここまで書けば、Aについて思い当たるユーザーもいるかもしれない。しかし、ブコメで当該人物の名前やリンクを貼るのは止してほしい。このエントリが本人に届くことは本意ではない(だからタイトルも抽象的にした。正直伸びるか不安だ)。
実は、Twitterで本人に注意することも考えた。しかし、それは逆効果ではないかと考え、対応に窮したため今この増田をしたためている。
はてなとは文化圏が違いすぎるため、このエントリーが自然と本人に届くことはない。
自分は、AからYouTubeを取り上げるべきだと考えた。当該動画のサムネイルがすでにプライバシー侵害にあたり、そのサムネイルが投稿されているため、Twitterも通報しようかと考えた(まだしていない)。
しかし、それでは何も解決しないどころか、逆効果かもしれないと思った。
自分には専門的な知見はないが、Hagex氏の殺害事件については、多くのはてなユーザーと同じく、衝撃を受け、その後の裁判の推移を見守り、どうすれば防げたのかについて考えた。
https://anond.hatelabo.jp/20191114021558
Hagex氏の殺害事件について、犯人について、「何度も通報されてBANされ続けた犯人は、はてなという居場所を奪われ、運営やユーザーを敵と認識し、殺意が芽生えたのではないか?」という指摘がある。
もともと犯人の言動はおかしかった。通報は妥当だった。しかし、それが彼の行動をエスカレートさせた側面がなかったとは言えない。
今YouTubeでも同じことが起きている。Aは今後も、何度もBANされるだろう。その度に、行動がエスカレートするかもしれない。
当該動画の再生数は、自分が確認した段階で数十万再生ほどあった。味をしめて、ますます過激化するかもしれない。
コメント欄は、YouTuberキッズで溢れている。読まずともわかるだろう。そこには、Aを煽り、犯罪行為を助長させるコメントが並んでいる(もちろんまともなコメントも沢山ある)。
そして、YouTuberは、他のYouTuberの言動をたびたびネタにする。的を射た批判もあれば、炎上に乗っかって再生数を稼ぎたい中身のないものもある。
例に漏れず、Aについて、他のYouTuberがこぞって動画のネタにしている。これも、Aを助長する要因になってしまいかねない。
凶行に対して自衛することはできる。しかし、このまま放っておけば、AあるいはAの周囲で、痛ましい事件が起こるのを防ぐことはできないのではないか。
先のエントリでも書いた通り、自分は、日々起こる事件の一部は、経済的支援(例えばBIの導入など)によって防ぐことができると考えている。しかし、この国でそれは期待できない。
例えばAが、犯罪行為以外の動画配信に切り替える。あるいはYouTube以外の食い扶持を確保する。
例えば身近な人間がよくAの話を聞く。その上で、必要に応じて、しかるべき機関(病院や警察)に協力を仰ぐ。
自分が考えられるのはそのような方法だが、調べた限り、Aの身近な人間で、そのような提案を受け入れ協力してくれる人は見つかっていない。Aの仲間やスタッフ(マネージャー?)と思しき人間は存在するが、その人間に期待することはできない。
正直に言ってとても面倒くさいが、自分自身が警察に通報することも辞さないつもりだ。ただ、Aが犯しているのは軽犯罪の類で、反省しているふりさえしていれば執行猶予がつくだろう。またすぐにでもYouTubeを再開するのは目に見えている。
Hagex氏の殺害事件は痛ましいものだった。自分ははてな民として、せめてあの事件を教訓としたいと思っている。
(今日1日とても忙しくしているためほとんど反応を追えないし追記などもできないので悪しからず)
反応見ました。コメントも全部読みました。読んで、ましてやコメントをくれてありがとうございます。
そしてこの期に及んで、ブコメで名前を出したり、Hagex氏の刺殺犯を蔑称で呼ぶユーザーがコメントを残していることに、多少なり失望しています。
まず、その後について報告します。
Aは、逮捕された可能性があります。スタッフがSNSでそう投稿し、本人も沈黙を守っています。
報道されたわけではなく事実の裏どりができているわけではありません。
ただ、彼に迷惑行為、あるいは犯罪行為をされたYouTuberは多く、そういう意味ではいつ逮捕されてもおかしくないため、事実である一定の可能性があると考えます。
自分は当初、逮捕されても意味がないのではないか、といった懐疑的なことを書きました。
悶々と眠れない夜を過ごしそのままの勢いで書いた今朝から時間を置いて、冷静になった今、皆さんのコメントを読んだ上で、多くのユーザーが指摘されている通り、やはり司法の手に委ねるのが一番いいと思い直しました。
コメントに答える形で、もう少し、自分の立場と考えを説明させてください。
親愛なるとかいっといて自分は増田で身分隠して書くのかおめでてーな 増田を汚すなよカス
指摘はその通りです。しかし、自分は匿名をかさに、普段、対面で言えないような言葉遣いはしないように最低限気をつけています。
自分が顔と実名晒してその迷惑系ユーチューバーとやらを攻撃してターゲットを自分に移せばいい話
そのくらいの覚悟なしに他人を集団でイジメて何か解決すると思ってんのかクズが
これもその通りです。覚悟がないわけではありませんが、現時点ではその覚悟を固められていません。しかし、大きな誤解があります。Aを批判する意図はなく、単に無駄な人死にをできれば防ぎたいというだけです。理由は後述します。
たとえどういう文脈であろうと、低能先生の内心を慮ったり心情を推察したりHagexに殺された理由を求めてみたりしたくはないし、するべきではないと思う。意味不明幼稚な動機で人を殺した奴を絶対に赦してはならない
自分は、そうは考えません。人生を踏み外す瞬間は実にあっけなく訪れます。必ずその時、本人は思います。「まさか自分が」と。
今日と同じ明日が来ることを何も疑わないでいられればそれは幸せですが、その幸せはある日、何の理由も脈絡もなく奪われることがあります。
これは単なるつまらない事実です。その事実を踏まえて、自分は、明日自分が被害者ではない確信も、明日自分が加害者でない確信も、持つことはできません。
主張と意思には同意するけど「犯罪やりそうな奴がいるので、実際にやる前に『矯正』してあげよう」という事でもあるしなあ。
もしかしたら、そうかもしれません。昔でいう『マイノリティ・リポート』、今でいう『PSYCHO-PASS』みたいな世界観でしょうか。
しかし、ことが起きてしまった後に「こうしていればよかった」と自分自身が悔やまないために、痛ましい事件を未然に防ぐために、今この時自分に何ができるか、それを考えるのがそんなにおこがましいことでしょうか?
自分は、「人を救いたい」とは思っていません。人が人を救うなど、おごりが過ぎると考えます。単に、必ずしも起きなくてもよかった悲劇をできれば避けたい。そう思っているだけです。
Bもsamyuの実家にいる両親に凸して晒しあげて稼いでだから嫌いだわ。
自分も同意見です。自分は、そもそもYouTuberというジャンルが苦手です。中でもBは比較的嫌いな部類に入ります。YouTubeを見る時間は、はてなを見る時間のおよそ20分の1程度です。
しかしAの件に関しては「Bも嫌い」という話ではありません。好き嫌いの話ではなく、このままでは抜き差しならない事態になるのではないという危惧を表明しています。
来られた方もロクなもんじゃない事には触れないのな。hagexの時と同じで卑怯者だよ。お前は生前のhagexや◯◯◯◯には苦言を呈そうとしたのか?どういう行動原理で動いてんだよ。(勝手に伏せ字にしました)
大きな誤解があります。自分は、たとえ被害者であろうが、Hagex氏の言動は看過できないものと考えています。Bも同じです。できればBにも、他人を煽り、「〜〜〜を救いたい」みたいなクソにクソを塗るような妄言を垂れ流す動画を投稿するのは金輪際やめてほしいと、そう思っています。
しかし、B自身は“戦略的”で“打算的”な人間です。再生数ほしさに犯罪行為に走るほど血迷っていない、という意味で。その点、抜き差しならない状況にあるのは、Bではなく明らかにAです。
増田は何を守りたいの?A自身?Aに迷惑をかけられているYoutuber?事件を未然に防げたかもしれないのにと悔やむ未来の自分?自分が絶対守りたいものをひとつだけ選ぶと自ずと行動が決まるのでは。全部は守れないよ
目の前で、命のやりとりが行われそうになっているとしましょう。自宅の隣で、今にも、誰かが誰かの命を奪いそうな状況を察知しているとしましょう。
できれば止めたいと自分は考えます。それは、誰かのためではないのです。強いて言えば自分のためでしょう。
隣で殺人が起きても、自分は平和に暮らせるでしょう。でもある日きっと、わからなくなる。あの日、殺されていたのはどうして自分ではないのか。あるいは、あの日、殺したのはどうして自分ではないのか。
あの日の自分を止めたい。ただ、それだけです。この感覚を伝えることは非常に難しい。ただ、自分はAのためでもBのためでもなく、“AにもBにもなっていたかもしれない自分”のためにだけ、胸を痛めています。
単なる一視聴者に過ぎないのに責任を感じすぎ。もうYouTubeを見るのをやめたら?精神が持たないぞ。いやむしろ既に精神的にヤバくなってるからこそ首を突っ込んでる可能性もあるか…
ヤバくないです。むしろ、ヤバくならないために、どうすれば防げるかということを考え、質問しています。
すごいこと発見した!「愛なるは」を反対から読むと「はるな愛」だ。
ほんとだ!
人は、放っておいても死にます。何なら、すぐにでも死にます。だから、無駄に命を縮める必要はない。自分はただ、そう思っています。
いい話が好きだ。頑張っている人に伴走し、応援するのも。
優しい話だけに触れられるよう
注意深く世界を作ってきた。
はっきり言えば人生がどうでもよくなったのだ。
もう疲れた。
なにもかも投げ出したい。
そんな思いにずっと捕われている。
特定の思い当たる理由はない。仕事のストレスはいつものことだ。
体調不良かもしれない。
加齢かもしれない。
無い物ねだりのわがままなのかもしれない。
ここで仇となったのが、今まで築き上げてきた
同じく、朗らかで思いやりが深い
家族にも数少ない友人にも言えない。
元気なときでさえ、避けたい人だ。
雨の日買い物に出たとき、ホームレスの人がよろよろ歩いているのを見かけた。濡れるのもお構いなし、先を急ぐでもなく、のろのろと歩いていた。
行くあても守るものもなく、どうでもよくなっている、
あれは今の私だ。
でもそれを言えるところもないので、
思いついてここに書いた。
日々のくだらない話から趣味話、知人の噂話から今晩のおかずまで色々メッセ投げ合うグループが最近死んだ。
どうやら私のせいっぽい。止まってしまったのはそれほど痛くなくて、ただ私のせいっぽい、というのだけが気に入らないので吐出しに来ました。
死んだ理由を簡単に言ってみると、知人の知人と急につながったので、あれ?なんで?なんか見張られている?と思いそうグループに投げた。
メンバーからはグループ外ではあるが私の知人と最近盛り上がってたからじゃん?などと指摘があった。ふーんと思いつつ、知り合って2年越しにつながられたのが腑に落ちないでいると、別メンバーが親友のXXさんとお前の趣味で盛り上がったじゃん忘れたのかよ?親友様を悪く言うとかむかつくんですけど、とキレられた。なので私は、盛り上がったの2年前だよね?2年越しで急に来られても思い当たる節がなかったからびっくりしただけ、悪く言うつもりはありませんでした。
って軽く謝っといたけどいやぁ、それからスレはびたいち動かないしもう死んだねこりゃ。
って感じ。
その親友XXさんを悪く言った!と切れてきたメンバーはそもそも時折メンがヘラってるタイプで、
その後数日間荒れに荒れた様子を自陣では見せていたけどさ。
その人と私以外の他のいつメンも関わらんでおこ、面倒だしと遠巻きにしてるっぽいし、
私は私がそれほどに悪いことを言ったつもりはなくただ面倒なことになったなと。
メンがヘラってる子のキレ芸に過去面倒な思いをちょっとしたこともあったり、
謝ったりとりなしを頼んだりする方が余計に面倒になるなーこれ、とか
下手に出て仲を保っていたいのか?自問しても答えは否。
基本的にはキレ芸かまされた後から何も言わんし遠ざかってるし、
もうどうでもいいや、と
おとなしくしていますが。
何処に地雷があるのかわかんなくて不安定なタイプと付き合うのはほんと難しいし地雷踏んだから潔く散っといたって感じなんですけど、
地雷にびくびくしながらでも付き合いたいわけでもないしさ!
ていうか、あんたこそそもそも親友様とか言ってるその人の事悪く言ってたことあったじゃん!
いちいち、メンがヘラってる人のテンションの上がり下がりを読んでそれに沿って丁寧なお付き合いをしなきゃいけないなら、
だから戻らないです。
とりなしを頼みもしません。
本当にどうでもいいです。
お前がそう思ってる以上にこっちもどうでもよくなりました。
もうこの先どこが地雷なのか探りながらでもつながっていたい気持ちが無いです。
昔の良かった時はそれはそのままで、
この先はもう、無くていい。
さっぱりした。そういう意味では、もともとめんどくさいなと思ってたから丁度良い潮時だなということです。
でもいいよもう、どうでも。バイバイ。
虚しい。
虚しいと感じることは全く初めてじゃなくて、むしろいつも何かの隙をつけて襲ってくるものだった。今日のように。
だからいつもなぜ自分は虚しく感じるのだろうか、虚しさからどうしたら逃れられるのだろうか、とか考えていたらいつの間にかそれが趣味になったままざっと数えて10年ぐらいたってしまった。僕はまだ20代だから、ユースのほぼすべてをそれに費やしてしまったようだね。あーあ。
今日こそは何か違ったアプローチをしてみようなんて勇気を振り絞って匿名のここに長い文を吐き出そうとしているのに、その感情について書きだそうとして見た瞬間に心がblankになる。僕は本当に自分の感情を表現するのがヘタクソなようだ。
最近の自己分析の結果自分は自分の感情を他人に表現するといった練習を積んでこなかったことや、そもそも自分が今どんな感情に突き動かされているのか鈍いということを、否が応でも認めざるを得なくなってきた。自己分析は上に書いたように自分の趣味で、まぁつまりその中で今HOTなトレンドが自分の今までの感情への向き合い方についてというわけである。
これについて思い当たる原因は腐るほどある。そして自分をその状況へ追いやった原因たち(必ずしも人間ではない)に対して怒りややるせなさが轟々と湧き上がってくるのだが、いつもその瞬間すぐに別の考えが頭をもたげる。ひとのせいにするな、たにんのせいにするな、自分が置かれた不遇のせいにするな。
多分これは自分の成長過程で周りの大人に言われたことや、読み漁っていた自己啓発本の中から自分が内在化した批判精神である。自分でも今のクソみたいな状況を過去に起こったことのせいにしてる自分はそこはかとなくカッコ悪いと思ってる。
でも過去に自分に起こった不幸について、正しく怒り、自分にあの事象は起こるべきじゃなかった、と正しく消化することは、自分がこのわだかまりを乗り越えて次のステップへ進むために大事だとも思う。そしてもし過去に起こった不遇の中で自分が原因で起こったことがあったり、何か自分が責めを負うべき部分のあることであっても、ちょっとくらい自分は悪くないって思ってもいいでしょ?この苦しいフェーズを乗り越えるために今は怒っておきたい。そしてしかるべき時が来たらまた我が身を振り返る。もしそうすることが自分の成長の糧になるときがきたなら。そうしても問題ないくらい当時の自分には悪意はなかったと思うし、そのくらいの分別は過去の自分にも今の自分にもあると思ってる。そしてそうしたほうがいいと感じられるくらい、今の自分は”自己客観視”という名のもとの自己批判に余念がないし、精神的に弱っている。
今度書くけど自分は、未熟な自分をさらけ出して本音で人とぶつかり人の本音を聞くなんて作業を中学校から放棄してきてしまっている。情緒の発達が思春期で止まっているといってもいい。そしてそれが今の自分の精神の多大な悪影響を及ぼしているんではないかと疑っているため、匿名で恐る恐る他人様に向かって吐き出させてもらおうと思った次第である。自分の中に閉じこもって答えを探してても大体それは答えじゃない。
人生でやりたいことも心残りのこともめちゃくちゃ多い
もしもコロナで20日後に死ぬ運命なんだと分かれば絶対発狂する
なんとなく全体がだるく少し寒気がある
体温は26.9℃で平熱の範囲だけど発熱が続かないパティーンもあるらしいから油断はできない
嗅覚、味覚はまだある
でも明日起きたら薄れてるかもしれない
8割は軽症で、なんなら無症状の人も多いって聞くけどそんなのなんの慰めにもならないし気休めにもならない
感染したのかな?という地点からすると2割ってかなり確率は高いじゃないかと感じる
出かける時はマスクしてたし店の出入りごとに備え付けのアルコール除菌は必ずやってた
明日呼吸が苦しくて目が覚めたらどうしよう
その時もマスクしてたしやってくれたおじさんもマスクしてたし店内は二人だけだから密状態ではないと油断してたけど
移動は車なので移動中ってことはないはず
どこの職場にも、もうひとつなヤツ、いや「カオスなヤツ」がいる。
雑談ばかりで手が動かない、頼みごとをしても嫌々感満載、間違いを指摘したら怒ってひねくれる、電話ではナメた言葉遣いで客がブチギレ、事務処理もめちゃくちゃ、伝言を頼んだら全然違う人に全く違う内容を伝える、うんちく垂れるくせに実技は壊滅、残業も早朝出勤も休日出勤も一切できない、自分より見劣る人を探しては小ばかにして踏みにじる、減らず口憎まれ口は常時、、、
そんなカオスなヤツの話を聞かされると、あーあー怖いねぇ怖いねぇと思いながら、ひょっとして、他人からしたら自分もそうなのかもしれない、と思い当たる節もあり…
「特定の人物」に突っかかって毒づいたり、気がついたら自分最優先で周りを蹴散らかしていたり、気分に日々ムラがあって突然怒り出したり、周囲が私のことを我慢している事実をなかなか受け入れられなかったり、、、
ご自分は、これも周囲の為組織の為とのたまっているが、結局自分中心にしか見えない。口を開けば揶揄ばかり、手を動かせば当てこすり。
まあ彼はずいぶんと私のことも気に入らないらしい。裏でどんだけ言われてるか想像もつかない。私と過ごした日々の苦労話をあちこちへめいっぱい流してるんだろうなー、私を「カオスなヤツ」認定して。
そういう彼は、あちこちへ愛想を振りまいて評判は上々だ。
結局みんなdisりdisられ、お互い様なのかもしれないが、そんなことはみんな認識していない。
あー怖いなァ…
もう日々の人付き合いが嫌でたまらん。
エントリーがあったんで、次エントリーナンバー2、ヒト免疫不全ウイルス(略称HIV)な。
【HIV(ヒト免疫不全ウイルス)】
・感染力(R0) ★★★☆☆
・潜伏期間 ★★★★★
・致死までの時間 ★☆☆☆☆
・致死率 ★★☆☆☆
・総合:星2.6
人体を構成している細胞の中で、体ん中の病原菌・ウイルス・異常な細胞を感知して排除する種類のをざっくり免疫細胞と呼ぶが、
この免疫細胞を破壊・無力化して他の合併症を引き起こすウイルス。
感染経路はコンドームを利用しない性的接触等による粘膜感染、輸血や未洗浄注射器の共用等による血液感染、
感染ルートがかなり限定的なこと、暴露前・暴露後の予防内服薬が存在している(2018年)ことからルート評価は低いが、
潜伏期間が驚異の5〜10年単位であること、初期の急性発症が新型コロナやインフルもかくやと思わせるほどの絵に描いたが如き「風邪っぽさ」で
罹患に気づかせるのが遅いため、感染力(R0)はやや高めの評価。
根治は未だできないながらも、発症してからも一生薬を飲み続け、その副作用や日常のいろんな不便と付き合い続けることで、
70歳80歳まで生き続けることが可能になっているので、致死までの期間と致死率は星低め。
なお、全くの無治療状態を前提とすると、感染後余命(潜伏期間コミの余命)は平均9〜10年、発症後で数えると0.5〜1.5年。
先に狂犬病の「死の7日間」っぷりを見ちゃったのでアレだけど、これだって十分短いよな。
いろんな有名人を殺したウイルスとしても知られている。輸血用血液が汚染されててアシモフが死んだことを思い出しては凹む。
番付としては真ん中より下。
ピーキーだし雑魚とは絶対呼べないが、エントリー時のランク1は盛りすぎでは…。
【人類へのヒント】
・思い当たる節がある人は検査しよう。保健所に電話して予約できるよ。匿名で、無料でできるよ。
地元で人に見られたら…と思うなら、隣の県とかなんなら東京とかの保健所でもできるよ。
ただし、昨今の新型コロナ騒ぎになってからは、電話してからじゃないと受け付けてもらえない可能性があるよ。
・輸血汚染があったから献血の際に検査はしてるけど、検査目的の献血おるから検査結果は本人に通達されないようになったよ。
・陽性が判明したとしても、今はいい薬があるよ。
中学生半ばくらいの頃に、突然トイレが近くなったのをきっかけに、それからずっと神経性頻尿の治療をしています。とは言っても、最近は少しマシになってきました。もし自分と同じように苦しんでる方いらっしゃったら、参考になるかは分かりませんが、対処法と、自分の場合の時系列を書いてみます。
正常な泌尿器であるとお医者さんに確認してもらうことができたら、我慢する訓練をする。これにつきます。「漏れそうになっても、たとえ漏れたとしても、一分でも長く我慢する訓練」(神経性頻尿専門のお医者さん談)を行います。そしてトイレに行くときは必ず、計量カップで何ml出たかを記録する。これを何度も繰り返して、少しでも膀胱に多く貯められるように、長く貯められるように訓練します。ちなみに介護用のおむつはどの年齢の人でも履くことができますし、薄手のものであれば外からでは履いていることは全く分かりません。
中学2年生のときくらいに、突然授業中にトイレが我慢できなくなりました。多分小中学校の授業は40分か50分か、それくらいだと思うのですが、その時間我慢できなくなった。直接の理由は未だに分かりませんが、思い当たる節はいくつかありました。もう暫く前になってしまうので、詳しいことは覚えていないのですが、いくつかの病院で検査をしても異常は見つかりませんでした。異常が無いので、神経性頻尿と診断され、いくつか薬をもらいました。同じく神経性頻尿だという先生が声を掛けてくださったのですが、うまく頼ることができませんでした。今考えればもったいなかった。
高校の間も良くなることはなく、授業中にトイレに行きたいのは変わりませんでした。なおかつ高校になって授業時間も伸び、かなり辛かった。今から思えば「授業中にトイレに行けばいい」だけのことだったのですが、授業中にトイレに行くときは一言言ってから退出するタイプの授業だったのと、自分にはその発想が無かったので、仕方がないので居眠りしてやり過ごす授業も多くありました。案の定全く授業には着いていけなくなりました。
大学受験のときは、診断書を出してもらい、出願の前に連絡して事情を伝えたところ、しっかり配慮してもらえました。面接などがある試験だったのですが、面接で自分の番が回ってきたら係の人が「お手洗いは大丈夫ですか?」と聞いてくれたのがとても助かったのと、「ちゃんと言えば配慮してもらえるんだな」と分かり始めたのはこの頃です。
大学に入って、まず何よりも心配だったのは、授業時間の長さ。100分も持つわけがないと思い、診断書をまた貰ってきて担任の先生へ渡しました。その時どうすればいいか聞いてみたところ、「普段の授業は別に抜けてもいいと思う、ただ試験のときはあまり出入りしていると言われるかもしれないから、先に言っといたほうが良いですね」とのアドバイスを貰ったので、その通りにしました。具体的には普段の授業はトイレに行きたくなってきたら行く。最初は30分に一回くらい行ってました。それから試験が近づいてきたら、「自分トイレが近いんで、試験中に行くかもしれないんで宜しくお願いします」と一言伝えておきます。そうすれば試験中もトイレに立つことができて、安心できます。
1年の終わり頃に、そろそろ何とか治療をしたいなと思い、「神経性頻尿 (地区名)」で検索し、出てきた医院へ言ってみました。そこでは診察前にこれまでと同じ様な検査(尿検査など)を行い、いざ診察室に入ってみると第一声で「我慢です、我慢する訓練をします」と言われました。やはり泌尿器には異常は無いため、何度も貯める練習をして自信をつけるしか無いとのことでした。具体的な方法が「対処法」のところに書いたものです。実際に自分が実践した方法としては、大学の授業のうちの、ちょっと楽な授業で我慢する練習をしました。我慢している間は殆ど話を聞くことができないので、楽めな授業でやります。大体同じ時間が経つと行きたくなってくるので、「今回はあと1分長く我慢しよう」と決め、頑張ります。次の楽な授業では、「もう1分我慢しよう」と言う感じで、少しずつ伸ばしていきます。
100分授業は保つようになりました。ただたまにストレスフルなときは行きたくなるときもあります。試験も大体一回は抜けていますが、どの先生も自分はトイレが近いということを知っているので、気にせずに行くことができます。
ただこれが良くなった反動なのか何なのか、お腹に来るようになりました。過敏性腸症候群です。イリボーとミヤリサンを飲んでかなりマシになりますが、ストレスフルなときはお腹に来るようになってしまい、これはこれで辛いです。ストレスにめちゃくちゃ弱い。
恥ずかしいことに、最近になってやっと周りの人への伝え方が分かってきて、楽になってきました。別に僕がトイレに近かろうがなんだろうが、大して他の人は気にしていないんです。ただ困ってることはしっかり伝えたほうがお互いのためになります。特に、頻尿は「トイレに行ければ」とりあえず問題ないこともあるので、やり過ごしてしまうのも手です。しっかりトイレに行って、しっかり授業は聞くべきです。高校数学の勉強が足りず、今苦労しています…
他に同じ様な方(特に若い方、中高生の方)などが居ましたら、自分もずっと苦しんでいたのでその苦しみはとても分かります。同じ様な年齢では周りに誰に頻尿の人なんて居ないし、自分から「トイレが近いです」なんて話をしたくないのも分かります。ただ直接関わっている大人の人に話してみると、誰も悪いようにはしないはずです。是非相談してみてください。治療には繋がらずとも、QOL(生活の質)は向上できるかもしれません。それから話してみるとトイレが近い人って意外といます。高校の同級生にも一人居ました。
ここまで下手くそな文章を読んでくださってありがとうございました。書くにあたって、自分が気になったのは「また再発するんじゃないか」ということです(そういう心構えで生活してるのが、ストレスに弱い原因だとも思うのですが…)。でももしそうなっても大丈夫です、また同じ方法で頑張ります。
→映画館は車椅子席の近くがバリアフリーのため出口へ近いことが多いです。ネット予約などするときは車椅子席と動線を参考にすると、スッとトイレに行ける席が見つけられたりします。