はてなキーワード: 心停止とは
調査結果をまとめたのは京都大学などの研究グループです。全国の学校の構内で心停止となった子ども232人について、救急隊が到着する前にAEDのパッドが装着されたかどうかを調べたのです。(2008年~2015年)
学校にはAEDの設置が進んでいて、もしもの時にはすぐに使えるケースがほとんど。小学生と中学生では男女に有意な差はありませんでしたが、高校生になると大きな男女差が出ていました。
<使うことに抵抗感?>
AEDのパッドが貼られた割合は高校生・高専生で男子生徒83.2%、女子生徒55.6%とその差は30ポイント近くになります。
その繁華街のど真ん中にあるのが、ここ神戸サウナ & スパ。
サウナはフィンランド式、日本式、塩サウナ、岩盤浴(すごい大きな岩の上に寝れる)。
水風呂は23度の初心者用と13度くらいのまあまあキンキンな水風呂。
塩サウナって、気持ちいいと言うよりは、お肌ツルツル効果らしいんだけど、
ここの塩サウナは、雪が膝まで積もったような感じの量の塩がまず床に引いてある。塩をかき分けると、数席の丸椅子と、人間が入るくらいの樽に入った塩。
樽の塩を塗って、塩が溶けてくるのを待つ感じ。
フィンランドサウナのロウリュはいい感じの蒸気だし、ヴィヒタ(体を叩くといい香りがする謎の葉っぱ)もあるよ。
意外と23度の初心者水風呂は深くてずっと入れてきもちいよー。
12度くらいの一人用のバスタブみたいな水風呂も2つあって、これはキンキンで体感シングルくらいある。
さらにさらに、ペンギンルームと言う、冷蔵庫みたいな部屋もあり、冷水をぶっかけてくれるシャワーもついている。ペンギンルームはウェルビー栄の凍ってる程ではないけど、真冬に外でて寒いくらいの寒さはある。そこで冷水ぶっかけた寒さは分かりますよね?
サウナはフィンランド式と日本式の2つ。ロウリュはやっぱり気持ちいいよ〜。
アウフグースは、音楽とVRっぽい演出もあって、演劇を見ているような感じだった。そこまで熱くないから、ハードサウナーにはもうちょっとかも。
整い椅子は、インフィニットチェアー(どれだけでも倒れられるやつ)が4つもあるから、大体座れますね。
整いの先の「無(私は『子供時代の自分がいない感覚』と名付けています)」までいきますね。
鉄板ですね。
2度目だったのですが、記憶と違うところがいくつかありました。
水風呂は、3階の樽水風呂(17度)、2階の12度水風呂、そして目玉の1回のプール(温水ぷーる)、水風呂(12度)、水風呂(18度)、、、、そして、隠し水風呂(ミストシャワー室の中にあり、17度)と怒涛の水風呂のそろい踏み!
サウナは3階のフィンランドサウナが整います!、2階はシンプルな普通のサウナ、1階には、VRっぽい天空に星空が浮かぶような低温サウナと自動ロウリュの高温サウナ、そしてミストサウナ。
肝心の整い椅子ですが、至るところにあるのでほぼ座れると思います。
やはり、サウナ⇨プールという、ロシア人がよくやるスタイルは最高ですよ!!!
ロシア式の、キンキンのプールならなおいいのですが、流石にプーチンとかも心停止したことあるらしく危険ですかね。
ミストサウナが普通よりかなり湿気が多く、熱いのが特徴かなあ?呼吸すると、肺の奥まで湿ってるのではと言う感じ。
整い椅子というか、整い石みたいな感じで、おっきな石の上に座ったりして整えることができます。
お粥1~2杯を1日かけてゆっくり食べないと、リンの不足で死んでしまうそうな。
秀吉は兵糧攻めで開城後に飢餓でふらふらになって出てきた兵士たちに大釜でお粥を振舞ったそうです.ところが,兵糧攻めで生き延びたものたちも,このお粥を食べてほとんどが死んでしまった,とされています. どうすれば,生き残ったものたちは,死なずにすんだのでしょうか?
これは,飢餓状態のあとに急に食べ過ぎたことによるリフィーディング症候群が起きたと考えられます.リフィーディング症侯群とは,広義の飢餓状態にある低栄養患者が,栄養を急に摂取することで水,電解質分布の異常を引き起こす病態の総称であり,心停止を含む重篤な致命的合併症を起こすことがあり細心の注意が必要な病態です.発症機序は,急速なグルコース投与に伴う急激なインスリンの分泌による,グルコースとリン, カリウム, マグネシウム, 水分などの細胞内への移動による電解質異常であり,もともと飢餓のため必要な電解質が不足していることが追い討ちをかけます.最も危険なのは,リンの低下で,クエン酸(TCA)回路が機能しなくなることで,呼吸筋麻痺や急性心不全を引き起こします.また,それ以外にも低カリウム血症,低マグネシウム血症,ビタミンB1欠乏症などの結果,不整脈・振戦・感染症・Wernicke脳症などの多様な臨床症状を呈します.
栄養不良のハイリスク患者では,5〜10 kcal/kg/24時間の栄養投与から開始することが推奨されており,兵士たちは,煮干のようなリンが多い食品を十分に摂りながら,お茶碗に1〜2杯のお粥を1日かけてゆっくり食べていれば助かった可能性があります.実際に,兵糧攻めで生き残ったものは,白米を食べていた上級武将ではなく,ビタミンB1を多く含む玄米を食べていた下級武士であったともいわれていますし,カリウムが豊富な牛や馬の血を飲んでいたものは生き残った,
厚生労働省が出してるコロナワクチン接種後に死亡報告のあった人のリストを見たんだけど、
新型コロナワクチン接種後の死亡として報告された事例の概要(コミナティ筋注、ファイザー株式会社) No.170 専門家の見解
ワクチンによるアナフィラキシーショックによる心停止とは断定できない.1)心停止の原因が剖検所見などがなく不明(血管イベントなのかその他なのか).2)得られた情報
(患者さんの症状の様子)ではブライトン分類の皮膚症状はない.また循環器以外のmajor呼吸器症状についての情報が 息の出し方,ごうごうとした との所見が提出され
ているのみでありmajor呼吸器症状にあてはめることは困難.3)注射後2時間30分後の症状発現."Reports of Anaphylaxis After Receipt of mRNA COVID-19 Vaccines
in the US—December 14, 2020-January 18, 2021. JAMA.2021;325:1101-1102"では,アナフィラキシーの発症時間は76%が15分以内,89%が30分以内と報告されていること,
また,アナフィラキシーの病態から考慮しても投与後2時間30分後にアナフィラキシーによる心停止と判断することは困難と考えます.
これわざわざ論拠3で論文まで持ってきて、2時間30分後のアナフィラキシーショックだからワクチンとの関係性を判断するのは難しいとしてるけど、調べてみたところ
新型コロナワクチンの副反応(アナフィラキシー)について(横浜南まほろば診療所)
2021年3月8日に報告された別の論文(「Acute Allergic Reactions to mRNA COVID-19 Vaccines」)では、アメリカ・ボストンの2つの病院(マサチューセッツ総合病院およびブリガム・アンド・ウィメンズ病院)の
医療従事者約6万5千人に対して行われた1回目の接種(6割がファイザー社製、4割がモデルナ社製)において、接種3日後の副反応の有無を調査したところ、接種部位以外の発赤、痒み、蕁麻疹といったアレルギー反応は約2%で認められ、
全身性の蕁麻疹、呼吸困難、血圧低下といったアナフィラキシーは16名に発生しました。これは1万回に2.47回の頻度であり、このうち15名は女性、10名はアレルギーの既往、5名はアナフィラキシーの既往がありました。
接種からアナフィラキシー発生までの時間は1から120分で、平均17分でした。9名はエピネフリンの投与を受け、1名はICUに入院しましたが、全員が回復しました。
というように別論文では120分後にアナフィラキシーショックが発生して、回復した例が紹介されてたりする。
120分の例が報告されている論文もあるのに、150分の例が出てきたら外れ値扱いして「因果関係としては認められない」としてるのはおかしくない?
No170の人は、ワクチン接種後の150分後に症状発現していて海外の論文でも120分後のアナフィラキシーショックを副反応としてまとめているわけなのだから、補償するのが妥当だと思った。
この専門家の見解の3の論拠は、因果関係を認めないというゴールのもと、それを補強する論文を恣意的に選んでるように見える。こういうの認めていいんですかね?
TOKYOMERを見た。
鈴木亮平演じる医師の喜多見を筆頭とした医療者らが、石田ゆり子が立ち上げたTOKYOMERという手術環境を搭載した緊急車両で現場に向かい、多数傷病者が発生した現場で、死者ゼロを目指し奮闘する物語だ。
私は感動した。
そして絶望した。
救急救命士という職を目指していることを誇りに思っている。「夢は多くの人を助けることです。」と、入試の面接で高らかに宣言した。
医師に引き継ぐ前に私たちがいることで、救える命があるはずだ。そう信じて今も頑張っている。
私が目指す救急救命士は、救急救命士法という法によって行う処置が定めれている。
ドラマ内で鈴木亮平や加賀健人が現場ですぐさま行っていた処置である、静脈路確保(点滴)やアドレナリン投与は、今現在、心停止前の傷病者や心停止時に効果があるとされている。しかし、私たち救命士があれを行う際には、傷病者の状態、考えられる病態、適応外では無いという根拠、これらを1度医師に伝えてから指示を貰い、処置を行っていく。
また、急性頭蓋内病変への開頭手術や、血胸(胸に血がたまること)へのドレナージ(血を抜く処置)などは私たちは行えない。
私たちは病気が分かったとしても、対処療法しか出来ない。何も出来ないまま安静に急いで病院へ運ぶだけだ。
私は彼らが羨ましかった。
私が諦めなければならない命を、彼らは諦めなかった。そして助けた。
私が出来ないことを、彼らはいとも容易くやってみせた。
学年が上がるにつれてだんだんと感じてくる、私たちにできることは何も無いんじゃないか、という現実。
このドラマで突きつけられた気がした。やはり傷病者を救えるのは医者だけだ。
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Twitter医師団&ブクマカ「そんな事実はない!正しく恐れて!」
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思ったように免疫働かないことが分かってきました
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新型コロナはどうやら血栓ができて心停止とか脳梗塞に繋がる可能性が・・・
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Twitter医師団&ブクマカ「そんな事実はない!正しく恐れて!」
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なあ、これなんなん?
他にも上げればキリがないんだが
もちろん中には間違ってた噂もある
でも最初期に言われてたことが、ここまで的中してるって偶然で済ませられるレベルなのか?
本当に適当に恐怖を煽って言ってただけなら、こんなに当たるわけないだろ
正しく恐れてとか言って、必要な警戒心を薄めていくことに全力だった連中、増田にもブクマカにもいたよな?
正しく先を見据えていたおまえらは、当然いま現在こうなっているような未来の可能性もすべて考慮に入れていたはずだ
なかったことにして平然としてる奴らも散見されるけど、いい加減申し開きすべきだろ
いったい何を目的にして、人々の警戒心を薄めようとしていた?
本気で最初期に言われていたことがすべてデマと信じていたのだとしたら、さすがに間違ってましたの一言ぐらいあってもいいんじゃないのか?
去年の年末に、大阪市内で暮らしていた母が突然倒れた。原因はコロナだった。
母が倒れてから亡くなるまでの経過を、当時つけていた自分の日記から転載していく。
(日記の部分は長いので、時間のない方は最後の所感だけでも目を通してほしい。)
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2020/12/17(木)
夕方17時頃、仕事中だった。叔母から私の携帯に連絡があり、実家で母が倒れたということを知らされる。
この時点で、電話口からは「母はコロナに感染していて、心肺停止状態だ。救急搬送されて今は病院にいる。」という情報が耳に入ってきた。
いきなりだったので何のことか理解が追いつかずにうろたえていると、とりあえず搬送先の病院に連絡してほしいと言われる。
母がコロナに感染しているということもショックだったが、心肺停止ってどういうことだ?感染が判明して、いきなり重症化したってこと?
とりあえず病院に電話をかけると、担当の医師から、母の現在の状態を説明するのですぐに病院まで来てほしいと言われる。
慌てて職場を飛び出して病院にかけつけた。母はコロナ感染の疑いがあるということで、面会は禁止されていた。
遅れて病院にかけつけてきた姉と共に、ICUの前で医師から説明を受ける。
今日のお昼前に、実家で母が突然倒れた。側にいた父が気づいて、すぐに救急要請し、救急隊員がかけつけてくれた。
その時点ですでに心肺停止状態だったので、病院まで搬送される間に心臓マッサージ等の蘇生処置が取られた。
すると、止まっていた心臓が動き出した。その状態で病院のICUに運び込まれた。
精密検査をしてみると、膝に血栓ができていることがわかり、それが肺に飛んで、肺がつまって呼吸ができなくなり、それに伴い心臓も停止したらしい。
今現在、意識はなく、心臓を動かす薬を最大限に投入して、さらに心臓を動かす装置を取り付けて、無理やり動かしている状態だという。
蘇生処置の時に折れた肋骨が肺に突き刺さっていて、身体に大きなダメージが出ている。
心肺停止中に脳に酸素が届いていない時間が長かった為、脳にも大きなダメージが出ている可能性が高い。
今夜間か翌日中には、また心停止する可能性が高く、そうなったときにはおそらくもう助からないとはっきり言われた。
コロナの検査も行われていて、2種類ある検査の内の1つ目では陽性と判定が出ている。もう1つの検査で陽性と出れば確定らしいのだが、それは明日に結果が出るとのこと。
次に心停止した場合には、心臓マッサージ等の蘇生処置を取るかどうか確認されたのだ。
姉と二人でしばらく悩んだが、心停止した場合には、もう蘇生処置は取らずに自然に任せてくださいと回答した。しんどい。
コロナ陽性の疑いがあるので母とは面会することはできないのだが、看護師さんのご厚意でリモートで面会させてもらえることになった。
姉のスマホと私のスマホをラインのビデオ通話でつなげておき、その状態で看護師さんが防護服を着て、母の病室に姉のスマホを持ち込んでもらい、私のスマホから母の様子を見せてもらったり、話しかけたりさせてもらえた。
母の意識はないし、当然反応もないのだが、様子は大体わかった。口に管をつながれてつらそうな感じだった。気の毒で涙が出そうになる。
その後は、ICUの前で待機することもできないので、一旦帰宅することにする。
看護師さんから、次に病院から連絡をもらうタイミングをいつにするか確認された。母が心停止した時に連絡してもらうことにする。しんどい。
帰り道のタクシーの中で姉と少し話をしたのだが、どうもよくわからない。
同居していた父から少し話を聞いた感じでは、母は一週間くらい前から喉が痛かったり咳が出たりして、具合が悪そうだったらしい。
母は今年で73歳。基礎疾患などはなく、最近まで健康そのものだった。
コロナに感染すると、風邪に似た症状が続いて、その後いきなり重症化するというのは知識としてあったが、膝の血栓が肺に飛ぶとはどういうことなのだろう。コロナと何の関係があるのだろうか。血栓ができやすくなるというのは聞いたことがあるような気がするが、それのことなのだろうか。
「コロナ 血栓」でネット検索して色々調べると、やはり血栓ができる可能性が高くなることが最近わかってきつつあるというニュース記事がトップにあがっていた。
2020/12/18(金)
一日中いつでも病院からの呼び出しに応じれるように身構えていたが、結局連絡はなかった。
気を抜くと涙が出てくるので、気持ちを抑え込むのに精一杯だった。
あまり頭が回っていないので、頭を使わない単純作業を中心にこなしていた。
お昼過ぎに姉から連絡があって、母のコロナの残りの検査の結果がわかった。母はコロナ陽性で確定らしい。
同時に、同居していた父が濃厚接触者になってしまうとのことで、思わず頭を抱えてしまった。
母だけではなく、父まで感染したとなっては目も当てられない。
2020/12/19(土)
保健所から実家に連絡があって、父のPCR検査の日程が決まったらしい。次の月曜日だ。
もし陽性だったらどうしようと思いながらも、その可能性は高そうだと覚悟を決める。
とりあえず、保健所からの要請で、当面は父は自宅から外出することは禁止されているので、その間の食料品などの物資供給を、私がサポートすることになった。実家とは電車で15分ほど離れた場所に住んでいる私が、姉と比べると比較的近所だということで、私の担当になった。
午前中に父から必要なものの注文をメールで聞いて、午後から実家近くのスーパーに行って買い物した。それを実家の玄関先に置いておく。父と顔を合わせることは絶対にしてはいけないので、ピンポンダッシュした。
2020/12/20(日)
今日も父から注文が入ったので、救援物資を届けに行く。昨日は食料がメインだったが、今日は日用品が多かった。
父のPCR検査だが、タクシーで来るように指示されているらしく、お金を払う時に手間取らないように千円札10枚を封筒にいれて、それも救援物資と一緒に届けておいた。
帰宅後、姉とラインで、母の感染経路が本当にわからないという話をした。
父からの話では、最近の母は普段から買い物や銀行くらいしか行っていなかったそうなのだが、どこで感染したのかが本当にわからない。
不織布ではなく、自作した布マスクをしていたから、それで防御力が弱かったのだろうかとか、そのくらいしか要因が思いつかない。
2020/12/21(月)
お昼過ぎに、姉から連絡あり。病院から電話があって、母が元気になってきているらしい。
一時は危なかったが、今は心臓もちゃんと動いてきた。血圧も元に戻ってきたとのこと。
検査は市内の大学に併設の病院でやっていたのだが、大学の建物の中ではなく、小さなテントの中でやっていたらしい。
テントの中には小さなヒーターが置いてあって、他にも何人か来ていたが、間隔を開けて並んでいたそうだ。もちろんお互い会話はなし。
検査は一瞬で、「上を向いてください、チクっとしますよ」って言われて、鼻から管みたいなものを入れられてすぐ終わったらしい。
検査費用はかからなかった。保健所からの指示で受ける分には無料らしい。
2020/12/22(火)
ひとまずほっとした。
これから2週間の間はまだ外出禁止で、保健所から2日に一回連絡があって、健康状態を聞かれることになるらしい。
どうして一緒に暮らしていても、感染しないのかが不思議だった。
そのことをラインで姉と話し合ったが、よくわからないという結論で終わってしまった。
最近のコロナは変異して感染力が上がっている?母はそれで感染したのか?
でも、父には移っていないのが謎。かかりにくい人とそうでない人がいる?
2020/12/23(水)
どうも母に対する勧告書のようで、コロナから回復した際には、他人と接触する仕事をしたら罰則があるとかそういうことが書かれているらしい。
母が回復することはあるのだろうか。なんとか意識が戻るところまでいってくれないだろうか、そんなことばかり考えてしまう。
2020/12/24(木)
母が倒れて今日でちょうど一週間。病院からの連絡は特に何もない。
どうなっているのかが気になる。
2020/12/25(金)
今日で仕事納めだが、明日から休みになるという開放感がまるでない。
頭の中は母のことでいっぱいだ。
2020/12/26(土)
父に救援物資を届けに行った。
母が倒れてから、実家に帰る頻度が上がっているが、家の中には絶対に入れないので、あまり帰宅した感触がない。
2020/12/28(月)
家でぼんやりしていると、夕方16時頃に、母の担当医師から連絡があった。
母の症状は横ばいで、もう睡眠薬は与えていないが、ゆさぶったりしても反応はなく、意識が戻らない状態であるということ。
そして、12/24(木)に2度目のPCR検査を行ったが、結果は陰性に変わっていたとのこと。
1/4(月)から一般病棟に移ることになるので、そのタイミングで面会できる機会を設けると言われた。
一般病棟であっても原則面会は禁止なのだが、今回だけ特別に認めると言われた。
もし今後、血圧が下がっていったり、酸素の取り込み状態が悪くなるなどした時に、心臓マッサージや血圧を上げる薬の投与をするかということを尋ねられた。
どちらも体に負担をかける行為になってしまうが、どうしますかと訊かれた。
「今後、母の意識が戻ることはあるんですか?」
「心停止していた時間が長く、脳に酸素が届いていない時間が長かった為に、再起不能なまでにダメージがきているので、回復は難しい」
とはっきり言われた。
じゃぁ、と思った。
徐々に死に向かっていくのを、ただ見送ることしか私達にはできないのか。
そのことを踏まえたうえでの選択だ。
姉と電話で小一時間相談した結果、母の容態が悪化した際には積極的な回復処置は取らずに、自然に任せる方針でいくことにする。
肉親の生死に関わる方針を、こんなに短時間で決断していかないといけない残酷さに打ちのめされた。しんどい。
2020/12/29(火)
母の症状は横ばいとはいえ、高熱が出ていたり、少しずつ呼吸が弱くなっていったりと、厳しい状態であるらしい。
それを聞いて、またしんどくなってくる。
実家へ、四度目の救援物資の配達に行った。今日は姉にもついてきてもらった。
保健所によると、明日で父の外出禁止は解除になるらしい。なので、配達するのも今日で最後になるだろうとのこと。
お墓参りのことを父が気にしていたので、それもあわせて行ってきた。
姉はお金を触ったり、玄関のベルに触ったりするたびに、逐一手をアルコール消毒していて、結構神経過敏になっているみたい。
でも、大阪市内に入ったら、そこまでしないと今は危ないのかもしれない。
2020/12/31(木)
父によると、母の友人から、自宅に電話がかかってきたりしているらしい。
携帯がつながらず、音信不通になっているので、母のことを心配しているのだろう。
ちょっと家の用事で忙しくしているということにして、父が適当にごまかしているようだ。
2021/1/1(金)
元旦だが、一日家でじっとしている。
何もする気になれない。
2021/1/3(日)
姉とラインで少し話しをした。
いままで母がやってあげていたことが全部抜け落ちてしまうので、それをどう拾い上げていくか?
晩ごはんは生協のお弁当の配達を使うとか、家事も最低限やりやすいような形を模索していくとか、色々とそんなことを相談した。
2021/1/4(月)
今日は仕事初めだったが、なかなか集中して仕事に取り組めなかった。休憩多めでなんとか乗り切った。
今日から母が一般病棟に移る。でも、コロナの影響で、一般病棟であっても面会は全面禁止らしい。
でも、この間医師から連絡があったように、条件付き(一度に二人までの入室、事前に検温すること)で一度だけ面会が許可されるとのこと。
今日は、父と姉が二人で面会に行くことになった。
人工呼吸器が繋がれているので、口の周りは痛々しいけど、それ以外はそんなに変化はなかったらしい。
話しかけたり、手をさすったりしたけど、反応はない。手はすごくむくんでいて、結婚指輪が入らないので外されていたらしい。
母が救急搬送を受けた時に身に着けていた衣服が返却されてきたけど、ビニール袋でぐるぐる巻にされていたらしい。ウィルスはもう消えていると思われるけど、空ける場合は洗濯して欲しいと看護師さんから言われたとのこと。なんか怖いからそのままゴミの日に出すことにしたらしい。
私は、明日一人で面会に行くことになる。
2021/1/5(火)
ところが事前の検温で37.4度が出てしまい、病室には入れてもらえなかった。また後日来てくださいとのこと。
もよりの駅から病院まで20分くらい歩いたので、体が温まっていたのかもしれない。
また金曜日あたりに行こうと思う。
次は駅から病院までタクシーで行って、コートは脱いで、事前に一階で体温を何度か測って安全なのを確認してから挑むことにする。
2021/1/6(水)
もう母が倒れてから三週間近く経つからだろうか。この異常な状態にも、体が徐々に慣れてきているのかもしれない。
2021/1/7(木)
首都圏で緊急事態宣言が出たが、大阪ももうすぐ出ることになるようだ。
2021/1/8(金)
母の面会に行ってきた。
仕事を抜けて、最寄り駅まで電車で移動し、そこからタクシーで病院まで行った。
1階ロビーに腰掛けて、自分で持ってきた体温計で検温してみたら36.5度だったので、今日は大丈夫であることを確認して7階へ。
「お待ちしてました。お熱どうですか?」と看護師さんから言われ、「さっき測ったら36.5度でした」と応えると「じゃぁ、入ってください」と言われる。
母は口に管を入れられていて、そこだけ痛々しかったが、鼻から上は顔色もよく、穏やかな表情だった。
10年ほど前に咽頭がんで亡くなった義父が、亡くなる直前、意識を失った状態でとても苦しそうな表情をしていたのを覚えていたので、そのイメージで予想していたのだが、ぜんぜん違った。まるで眠っているみたいに見えた。
姉が言っていたように、手はむくんでぱんぱんだった。手と二の腕を握りながら何度も話しかけてみたが、反応はない。
いまにも目を開けて起き上がってきてもよさそうな感じがするのに、そうはならなかった。
時々、母がつながっている機器類から「ピコピコーン!」というアラート音が鳴るので、それが母にとってうるさくないのかなと気になった。
面会する時には、看護師立ち会いで、時間は5分だけだと事前に聞いていたのだが、看護師さんはすぐ病室からいなくなって、その後も一切呼びにこなかったので、結局一時間くらい母の側にいた。
一時間くらいたって、「ちょっとお体拭きますねー」と言いながら看護師さんが病室に入ってきたので、そのタイミングで帰ることにした。
職場の私の席の2つ後ろの島(5メートルくらい離れている)に座っている人が、コロナ感染の疑いがあって、今PCR検査を受けていて、結果が出るのが明後日らしい。
その島の人たちは全員帰宅していた。多分、当面はリモートになるのだろうか。
もし検査が陽性ならば、保健所が消毒しに来るし、その間はオフィスは立ち入り禁止になるのだろうか。
2021/1/11(月)
私の方は相変わらず時々、しゃくりあげるような呼吸と涙が出てくる。不意に母親のことが頭をよぎって、それに引きずられるようにして乱暴に心が揺さぶられるような感じだ。
2021/1/12(火)
仕事してると不意にしんどくなってくる。どこまで行ってもしんどいタイプのしんどさ、絶望感。
2021/1/13(水)
2021/1/14(木)
もうどうしたらいいのかわからない。どうしようもないのだけど。
2021/1/15(金)
出社してる時と特に変わりなく、集中力途切れずに仕事できたと思う。
今は週イチだが、これならフルリモートでもやっていけそうな気がする。
できるだけ出社時と同じ環境に自室を揃えることがコツだと思った。
仕事終わりの疲労感は、出社時とあまり変わらない。けど、通勤時間の2時間を有効活用できるのがいい。
2021/1/17(日)
一日家でぼんやりしているだけだった。何もする気がしない。
2021/1/18(月)
仕事に行っていたが、夕方に病院から私の携帯に電話があって、母の酸素の取り込み量が低下していて、今夜にも亡くなるかもしれないと告げられる。
慌てて姉と父に連絡し、病院へ向かう。
病室に入る前の事前の検温で、また37度が出た。いい加減にして欲しいこの体温計。体温計をリセットして、「熱はなかったです」って嘘の申告をして突破する。
二人づつしか面会できないとのことなので、はじめに父と二人で病室に入る。
母は苦しそうな感じもなく、穏やかな感じだった。今日は髪型に乱れもなく、きれいに見えた。
酸素取り込み量の数値が90を切るとまずくて、一時は70くらいまで低下していたが、持ち直して80くらいまで戻してきていると看護師さんから説明される。
母の意識はないが、それでも苦しかったりの感覚はあるのだろうか。
一旦、全員帰宅することにした。また容態が急変するようなことがあれば、連絡が貰えることになっている。
2021/1/19(火)
またすぐに連絡が来る可能性が高いので、それを待っているようで心身が疲弊していく。
2021/1/20(水)
ずっと非日常が続いているようで、そういう緊張状態にいつまでも心身が慣れていかずに悲鳴を上げている。
続き
↓
合法的に自分語りをしてもいい場所だと聞き、俺のことをまったく知らん他人が自分の人生を見てどう思うか気になったので、初めてこの場を借りてこんなのを書いてます。そういうつもりは毛頭ないんだけど自虐風の自慢みたいな話にガチギレして憤死しちゃうような方は自衛してくれ。
まず現状。
マーチ下位レベルの大学を3月に卒業したばかり。就活はかなり上手く行った方だと思う。大手優良企業の代表格みたいな大企業から内定をもらい無事就職、このまえ初任給を受け取ったぐらい。同期は数百人いて、大半は顔も名前もわからん。大手特有のアホみたいな福利厚生で、自己負担3万でそこそこの広さで一人暮らしを始めた。
続いて今までの話。
生まれも育ちも東京。両親メガバン銀行員のクソお堅い家庭に生まれ、幼稚園→小学校と社宅住み。きょうだいは姉1人。チビのころはセミ取りとかが好きなヤンチャで割とクソガキだったと思う。ただ環境的に中学受験者がほぼいなかったのもあって勉強は小学校の中ではたぶん一番か二番ぐらいには出来てた。中学受験にてそこそこ東大を出す私立中高一貫男子校に合格。偏差値59〜63ぐらいでイメージしてもらえれば。
特筆すべきこととしては、小3で父親が急死。急な心停止=ほぼ原因不明みたいな感じ。母親曰くほとんどそんなことは今までなかったらしいんだけど、前日クソ酔っ払って帰ってきて、朝にはもう亡くなってたらしい。その日の朝は寝てると思って誰も気付くことなく小学校に行ってたけどね。
続いて小6の終わりごろ父親の働いてた銀行の社宅を出て近くに戸建てを立てる。人生初の引っ越し。推測でしかないが、たぶん総額1.2億ぐらいはかかってる。遺族年金とかそれまでの積み立てとか諸々を合わせてキャッシュ一括ノーローンとかいうおよそ母子家庭とは思えないイかれた家の買い方をしたうちの母親の度胸は素直に尊敬する。そのあと生活が苦しいとかもなく、流石にFP2級とか持ってるだけあるわとかは思う。
割と余談だけど、それだけの貯蓄があったこととか葬式の名簿とかみる限りはうちの父親は社内でもかなり強烈に優秀だったっぽい。今となってはいなくなってからの方が長いもんだから他人感すげえんだけど。
続いて中高時代。
通ったことある人は割と同意を得られると思うんだけど、中堅進学校って上と下の能力差がすごい。俺は勉強は嫌いだったから下から数えた方が早いような落ちこぼれ一歩手前といった立ち位置。
上を見るとほんとにイかれた連中で、俺はここで本当にすげえやつってのは世の中にいるんだなと体に刻み込んだね。真面目なだけで東大に行く奴ももちろん中にはいるけど、その上に狂気的な勉強マシーンとか、スーパーハイスペックの頭おかしい奴(だいたいギャグ方向におもろい)とか、そんな連中も普通に生息してるような環境。
これは普遍的にそうだと言えるのかはよくわからんけど、面白いのがそういう連中と俺みたいな勉強できない層が普通に仲良くよろしくやっていられる環境だったってとこ。だから勉強できるやつに僻みとか覚えたことは一度もないし、まあアイツらはちょっと普通じゃないから追いつけんわとか勝手に思ってた。
そんな環境で6年間過ごした。男子校はアホすぎておもろい。二度目があったら通わないけどな。大学受験は私文志望でやる気はあんまりなかったけど、流石に3年の12月ごろにケツに火がついて、第一志望ではないもののマーチの下位学部に合格し進学。
周りの進学実績は東大とかの国公立15%、早慶55%、マーチ15%、あとはほぼ浪人みたいなイメージ。体感。いかに勉強せずにそこそこいい学歴をつけるかをだいじにしてたもんで学歴コンプはなし。そもそも早慶受けてないし。
薄々気づいてるかもしれないけど、あんまり努力をしないでここまできた。要するにペラい人間が出来上がりつつある。これ、実はもうちょっとだけ続くんじゃ。
基本的に私文は大学に行かないみたいな都市伝説があるらしいけど、普通に2/3は出席しないと単位くれない授業が多いもんでわりと大学には行ってた。サークルガチャには成功し、割と力を入れて色々やったりしながら入り浸っていたのもある。もともとあんまり母親とは考え方が合わなくてあまり好きじゃなかったこともあって平日はほぼ大学にいて、休日は家にいるみたいなスケジュール多め。例のウイルスが流行る3年生まではだけど。
就活はES四通しか出さない最強のコスパ就活になった。内定二つに一つ選考辞退、一個webテストでお祈り。落ちたところは第二志望だったしその時点で一個内定持ってたから別に気にはならなかったけど、どうせなら全部通ってたほうが話のタネになんのになあとか今でも思ってる。
最終的に決めた企業は経団連のルールを遵守して6月から選考が本格スタートするところ。これだけで特定されたらちょっとやだな。
ESの添削だけ同業に入った先輩にお願いした以外は特別なことはなんにもしてない。面接対策も特にしなかった。面接官と雑談してたら選考が進んだって感じ。正直自分のスペックでは受かる訳ないと思っていたので流石に内定もらった時は驚いた。母親が自分の100倍ぐらい喜んでいたので、それを見てちょっと冷めた。顔も知らない奴に優しくするつもりもないんで譲ってやりたいとかは無いけど、流石に俺が受かってる裏で超真面目にOB訪問とかしてるような層も含めて万単位の学生がお祈りもらってると思うとごめんなって気もする。
長くなって申し訳ない。で、無事に実家も出て、一人暮らしをする1人の大人デビューをしたというのが現在までの人生の経緯。
全員を観察したわけじゃないから一概にそうだと括るのも流石に雑かなとも思うけど、ずいぶん人気企業として名を馳せている割には、面白い人間はいなさそうだなというのが正直な感想。もちろん自分のことは棚にあげてます。この会社にいるのはお勉強のできそうなマジメちゃんか、要領が良くてなんでも70点出せるようなタイプ。悪く言えばクソ真面目なやつと薄っぺらい奴だけ。
中高時代にいたようなイかれた連中はここにはいない。国内トップレベルの大手にいないんだから、たぶんそういう奴は別のキャリアを歩んでるんだろうなと思う。
ふと自分に立ち返って考えると、自分だってその一員だということに気づく。人生経歴から言ってどちらかと言えば比較的要領がいいペラペラ層にあたるようで、自分が嫌いな"つまんねえ大人"にどうやらなってそうだという気づきがここ最近の自分のトレンドです。
ガキの頃は置いておくとして、中高時代は学校に行けば何かしら面白いことは起きたし、大学時代はサークルにそこそこ心血を注いできたからやることに困ることなんてなかった。
今、社会人になって、俺は何をする人間なのかが分からなくなりつつある。仕事して、寝て、休みの日にはダラけてるだけって虚無じゃね???あれ???
と、思ってクソ長い自分語りをしてみた。ここまで読んでくれた暇な人、ありがとう。今後の生き方の参考になりそうならするので、悪口でもなんでもいいんでこういう人生の感想を残していってくれると嬉しい。
ジョージ・フロイド氏の殺害で起訴されたデレク・ショービン氏の裁判に関する覚書。
計画性のない殺人。計画殺人だと第一級になる。上限は禁固40年。
殺害の意図が無い場合の規定もあり、ショービン氏に適用されているのはこれ。
フロリダ州、ミネソタ州、およびペンシルベニア州にだけある殺人罪(他の州では別の名前って場合もある)。
ミネソタ州では「人を死に至らしめることを意図せずに、人命の価値に対する極端な無思慮という邪悪な心情(a depraved mind)および他者に対する非常に危険な行為への従事によって、他人を死に至らしめる」こと。上限は禁固25年。
ミネソタ州では「過失により(他者にとっての)不当なリスクを生み出し、意識的に他人に死または重大な身体的危害をもたらす危険を冒すこと」。上限は禁固10年。
ジョージ・フロイド氏の検死は別々の医師により2回行われている。
ミネアポリスのヘネピン郡の病理医および主任監察官。5月26日に検死を行い正式な調査結果は6月1日に発表された。
フロイド氏の健康状態は特に循環系で悪く(動脈硬化、高血圧、心肥大等)、警官の制圧行為(頸部・背部への強力な圧迫)によりこれが悪化し死に至った、というのが検死の最終的結論であり、これは殺人であると認定された。
ただし、検察に提出した予備調査結果が5月29日に公表された結果、不完全な情報が独り歩きしてしまった。
「世論の圧力で検死結果が変えられた」的な陰謀論はこれが原因だろう。
フロイド氏の家族が検死を依頼した。6月1日に結果が公表された。
制圧行為が死因になったことはベイカー医師の検死結果と同じだが、より踏み込んでベイカー医師が断言していない頸部圧迫による扼殺を主張している。
ベイカー医師の検死より利用できたデータが少ないため信頼性は劣るが、最終的な結論は同じである。
「ジョージ・フロイド氏に手錠をかけてうつ伏せにして、でも膝で押さえつけたりせずにただ放置していた場合でも、彼は死んでいたのか?」という問いに検死結果は「No」と答えた。
白人6人、非白人6人の計12人。BLMや警察への傾倒が強すぎる人は除外。事件現場の近所に住んでた黒人も除外。民事裁判での和解で意見が変わった人も除外。etc.
本当は事件のことを知らない先入観の無い人が好ましいが、そんな人はいないので選ぶのに苦労したそうだ。
第二級殺人罪、第三級殺人罪、第二級故殺罪のすべてで有罪判決。量刑は最大で禁固40年。
8週間以内に量刑の審理が始まり、その結果で最終的な量刑が決まる。ミネソタ州のガイドラインだと12.5年くらいになりそうだが、検察としては15年以上を期待しているそう。
検察側証人38人に対し弁護側は7人。しかも後者の反論がよろしくなかった(後述)。
検察側証人には多数のベテラン警察からショービンの上司、訓練教官までが含まれており、彼らはショービン氏の制圧方法が標準的なそれとはかけ離れていることを証言した。
ショービン氏の受けた訓練記録も提示され、それではうつ伏せで手錠をかけた場合は窒息を避けるため速やかに回復体位をとらせるべきとされていた。
弁護側証人でこれに反論したのは1人だけで、彼の制圧は正当で合理的だと主張したが、「テーザーガンで撃たれた人が倒れて頭打って死んだら、それは殺人じゃなくて偶然の死」と雑なことを言ってしまったため印象悪し。
先にも言った通り、警察による制圧とフロイド氏の死の因果関係は公的に認定されているが、それを覆せる証言は弁護側からは出てこなかった。
検察側証人からはフロイド氏の血中の薬物の濃度が死亡には程遠い事(死亡者のそれの8分の1程度)や、過剰摂取者では通常みられない代謝産物が検出されたため、薬物による死亡は考えにくいことが示された。他にも低酸素による死亡を支持する医師も多数。
また、弁護側証人の「フロイド氏は健康状態と薬物使用とパトカーの排気ガスで死んだ。制圧は無関係」という主張も、検察側証人の再反論(血液検査では排ガス中毒の痕跡はない)で潰されている。
弁護側は2019年にフロイド氏の逮捕された時の映像を見せて「彼は警察に対してパニックになって偽り(faked)な対応をするパターンがある」と指摘して彼の「息ができない」等の発言が虚言であることを示唆した。
正直に言うと陪審員の弁護側への印象ガタ落ちでは?なぜこんな戦略をとったのか謎。
「息ができない」が嘘なので窒息死も嘘って言いたいのか。でも証人の証言がそのラインにあまり乗ってないのでは?:
2019年に逮捕した元警官「手を見せろと言っても従わなかったので銃を向けたが、彼はひどく神経質に見えた」
2019年の逮捕時に健康状態を見た救急隊員「高血圧で脳卒中リスクがあった。あと鎮痛剤使ってた」
SUVの同乗者「フロイド氏はカップフーズ(逮捕される時にいた場所)で居眠りしてた」
ミネアポリス公園の警察官「(フロイド氏の拘束現場の)群衆は警官に対して非常に攻撃的だった」
ミネアポリス警察の医療支援コーディネーター(質問を受けて)「フロイド氏が興奮性せん妄の可能性はある。興奮性せん妄が急な心停止を引き起こす可能性はある」
残りの2人は上で言及済み。
7人全員集めても何言いたいのかわかんないのは凄い。統一感ないぞ。
検察側も褒められたもんじゃないけどね。イメージ戦略。逆方向で。
フロイド氏の遺族や彼女はまあいいが、目撃者の9歳女子はダメでしょ。実際証人として除外されたし。
デレク・ショービン氏はジョージ・フロイド氏をうつ伏せにして後ろ手に手錠をかけた後、7分以上頸部を膝で圧迫した。そしてフロイド氏は心肺停止に陥り死亡した。
そして……
目撃者からの足を退けるようにとの要望も無視あるいは拒否した;
死亡は薬物によるものではなかった;
死亡は膝による頸部圧迫によってもたらされた;
https://min.togetter.com/JIILDiR
これ読んだけど、このおっさんは強いなーって思った。40年も一人で、コンプレックス煮詰めてるのに自暴自棄にならず、「わたしたちの生きる権利を奪わないでください」とまで言ってる。俺だったら「殺してください」って書くと思う。お願いしますこのどうしようもない人生をできるだけ苦痛の無い方法で終わらせてください。建築資材に潰されたり、寝てる間に心停止とかの、社会的に綺麗な方法で殺してください。お願いしますフェミニストさん。お互いwin-winじゃないですか?世の中から不快の根源がなくなり、相手にされない悲しみもなくなる。どう考えてもいいことしかない。フェミニストがほんとに嫌いなのは宇崎ちゃんのポスターじゃなくてそれでシコってる俺ら。
わかるよ。それは悪くない。俺もヴァイオレットエヴァーガーデン見れなかったもん。オタク大好きな属性しか入ってないから。美少女、軍人、孤児、無感情。あーね。俺が好きな設定だわ。それを見て感動してる俺を想像して無理だった。
自分語りさせてもらうと、中学生から肌がやべー汚さで、大学生になった今はまぁ落ち着いてきたけど、それでも普通よりは数倍汚い。大学は理系入って、周りに女がいないのは楽だけど、気づいたら友達がみんな彼女持ちで、「喫煙者とキスするとくさいよ」とか「彼女いたらいたでめんどくさいよ」とか、そういうことを当たり前に話してんだよな。そういう時は話がなるべく膨らまないように、息をひそめることしかできなくて、自分が罪を隠してる気になる。罪なんだろうな。
文系が楽とかいうつもりはないけど、理系なので結構レポートとか課題あって、「これ解いてなんの意味があるの・・・?」としか思えなくなってきた。友達はいい奴らなんだけど、みんな遊んでるから課題やる優先度低くて、結局おれが見せる。別に嫌じゃないけど、飲み会してるから見せてってメッセージくると疎外感感じる。
たまにする外出で視線は大体女しか見てない。おっさんと一緒。めちゃくちゃよくわかるわ。女の胸しか見れないの。あと女と話すチャンスもないから、たまに話すとワンチャンとか思ってしまう。それがまたきもいんだろうな。
そういう感じで童貞コンプこじらせて、冒頭のリンク読んで、俺のどうしようもなさに落胆した。真贋はわからない、童貞だから。俺が絶対手に入らないものを当たり前に持ってる奴いるのが、許せないとかじゃなくて、どうしてこんなになっちゃったんだろう。悪いことはしてないんだけどなぁ。
こんなに童貞童貞言って普通の人はどう思うんだろうね。彼女居るのが良いことではないよとか言うのかな。うるせーよ。そういうことを言える奴が俺にかける言葉はねーよ。きも、はよ死ねやって思ってくれると嬉しいです。
僕が地球に不時着したのは32年前で、故郷の星に戻ることを諦め今の妻と結婚してから4年になる。
結婚を機にウォーターサーバーの営業の職に就き、契約先のオフィスを巡って重たい水のボトルを運ぶ日々を送っている。
ーー
数年に一度くらいのことなのだけれど、街角で僕以外の宇宙人を見かけることがある。
地球人にはまったく気づかれないと思うが、やはり宇宙人同士だと一目でそれとわかるものだ。
苦笑いを浮かべて会釈を交わすこともあれば、こっちに気づいた瞬間に走って逃げられることもある。
お互いにいろんな事情があってこの星に迷い込み、生きることを決めたのだろう。
ーー
地球人は安全極まりない生き物だけれど、得体の知れない異星人には捕食される危険性がある。
だから宇宙人同士で会話することはないし、会話したとしても必要最小限の二、三言で、以後はできる限り互いが会わないように注意して行動するようになる。
なので今日、最終電車を待つ夜のホームで出会った宇宙人と、数分とはいえ世間話しをしたのは初めてのことだった。
普通ならそんな危険なことは絶対にしないのだけれど、彼の首筋に宇宙刑務所マークの刺青(脳に施されるため、刑期を全うしない限りはどれだけ肉体改造しても神経を伝達して浮かび上がってくる)があり、それで彼が宇宙刑務所からの脱獄囚だと気づいて、思わず自分から話しかけてしまったのだ。
「あの刑務所って、宇宙が誕生してから、たった一人しか脱獄に成功していないんですよね?」と僕は尋ねる。
「ええ……そうらしいですね」と男は遠慮がちに言う。彼は50代後半の男性型地球人が休日を過ごすときのような姿をしていた。
「なにか、生まれつき特殊な能力をお持ちだったんですか? テレポーテーションとか、サイコキネシスとか?」
「いえいえ、そんな凄いことなんて何一つ……というか、実際にそういった能力を持つ宇宙人って、実在するのですか?」
「いや、すいません」僕は頭を搔く。「地球のテレビ番組とかでよくそういう設定の宇宙人を見るので、つい。実際には、聞いたことがないです」
「ははは。そうですよね。私の故郷の星は地球とよく似た環境で、というかほとんど違いがなくて、むしろ地球人に比べてわずかに非力なくらいです。だから自動じゃないドアが重くってね、ははは」
「地球人は宇宙人の中では怪力なほうですもんね」僕は持っていた缶コーヒーを一口飲んで一拍間を空けてから「それで、どうやって脱獄したんですか?」と、一番聞きたかった質問について、できるだけなんでもない風を装い、尋ねる。
「うーん、あれは脱獄したというか、気づいたら脱獄していたというか」と彼は言葉を選ぶようにして言う。「脱獄には地球時間で8週間ほどかかったのですが、意識がなかった時間も多くて。心音を止めないと探知機が作動する通路があって、心停止していた期間とかもあって、記憶が曖昧なんです、無事に蘇生できたからよかったのですが」
「心停止、ですって? かなり、壮絶だったんですね」
「そうですね。一緒に脱獄を企てた幼馴染が蘇生に失敗して、途中で息絶えてね。あとは刑務所長から脱獄計画を中止しないと一緒に収監されている息子を拷問するぞと監内放送で脅されたりして……ブラフとわかっていても、あれはこたえましたね」
「それは……」僕は絶句する。
「宇宙警察では収監されるときに服はおろか、体毛も歯も爪も触手も手術で没収されるでしょう。食事も粉末栄養だから脱獄に使える道具もなくて、とにかく知恵をしぼりましたねぇ」
そこまで聞いて僕は、最終電車が来るまであと数分もないことに思い至る。
彼に聞きたいことは山ほどあった。だが、残り時間でそれを全て聞くことはできそうにない。
「どうして、あなただったんですか?」この機会を逃したらもう2度と会えないのだ。僕は失礼を承知で、思い切って知りたいことを端的に尋ねることにする。
「宇宙刑務所では毎日、何億人という荒くれ者や知能犯の宇宙人たちが、ありとあらゆる方法で脱獄に挑んでは命を落としてるって聞いたことがあります。どうして、あなただけが、脱獄できたんでしょうか?」
「そう……ですね」彼はうつむいて、黙り込んでしまった。僕は気に触るようなことを言ってしまったかと一瞬不安になったが、彼の表情を見るに、僕の投げかけた問いに真剣に答えてくれようとしているみたいだった。僕は辛抱強くその問いの答えを待ち続ける。
待ちながらふと、その問いは彼がずっと自分自身に対して問い続けてきた質問なのではないか、と僕は思う。
「私は、ずっと」と絞り出すように、彼は言った。
「私はずっと幼い頃から、【この世界は私のためにつくられてなんかいないんだ】と、はっきりと認識していました。
どうやら、家族や友達はみんな、この世界が自分自身にとってなんらかの意味があると自然と感じているんだ、と知って、自分にはそれがとにかく不思議でしょうがなかったんです。
世界と自分が大なり小なり呼応した存在であるという、周囲の人たちが当たり前に感じる感覚を、私は幼い頃からずっと感じることができなかった。私は、この世界は自分というちっぽけな存在を全く気にしてもいなくて、ただ自分の隣を通り過ぎていくだけの存在でしかないのだ、と、そういうふうにはっきりと感じていました。
この世界は偶然私と出会っただけで、私のことに気づいてなんていやしない。深い海の底で巨大な鯨と出会っても、鯨は私を気にもとめずに泳ぎ続けていくでしょう。私にとって世界とは、そういうものなんです。
私は生まれつきこの世界に対して、違和感というか、距離感を感じていました。なんというか、それを私のように感じている人に出会ったことがないんです。近いことを感じていても、私のようにはっきりと確信している人は、いない。もし、私だけに宇宙刑務所を脱獄できた理由があるとするなら、脱獄の手法は全く本質的ではなくて、その距離感こそが――」
彼がそこまで話したところで、僕が乗る最終電車がホームへ入ってきた。
僕は彼の顔を見る。彼はまだ何か話したそうな、もどかしい表情をしていた。
もう少しだけ。もう本当にわずかな時間さえあれば、彼が幼い頃から感じてきた何かを、やっと言葉にできる手助けができるのかもしれない、と僕は思う。
でも僕にはそれを待てるだけの時間がない。明日も仕事があるし、なにより終電を乗り逃したら、家で待つ妻がひどく心配するだろう。
けれど――
その時、そんな言葉が、僕の口を衝いて出てきた。
僕と彼はその言葉に、一瞬だけあっけにとられたような顔で見つめ合ったあとで、あはは、と一緒に笑った。
ああ、彼もあの詩を読んだことがあるんだ。と思い、僕は嬉しい気持ちになる。
無言の会釈を交わして僕たちは別れ、それぞれの日常へと帰っていく。
ーー
自宅のマンション前に辿り着くと、部屋の明かりが消えているのが見えた。妻はもう先に眠っているようだった。
僕はエレベーターで八階に上がり、音を立てないように玄関を開け、リビングの明かりを灯す。
リビングテーブルの上に、妻が僕のために作ってくれた夕食と、A4サイズの封筒が置かれていた。
僕は夕食のおかずを電子レンジに入れてから椅子に座り、封筒を手に取る。中には書類が入っているようだった。僕は中の書類を取り出す。
そこには、妻の不妊治療の結果と、夫向けの精子検査のパンフレットが入っていた。僕は詳細については読まず、書類を封筒に戻す。
僕はその封筒をじっと見つめ、それから寝室で寝ている妻のことを思った。
と彼は言っていた。僕には彼の話を完全に理解することはできなかった。
彼の言ったことが僕にも当てはまるとしたら、僕と妻はこの世界でどれだけ一緒にいられるのだろうか、と僕は考える。
僕は僕の夕食が温まりきるまでのわずかな時間、目を閉じ、『二十億光年の孤独』の詩を思い出そうとしてみる。
万有引力とは
それ故みんなはもとめ合う
その時にはっきりと、故郷の星に戻ることを諦めたのだ。
宇宙はどんどん膨らんでゆく