「征服王」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 征服王とは

2018-02-07

anond:20180207165139

別に変だと思わない。というか、他人の好きなもの自分も好きになったらいけないってのがまずよくわからない。

その女の子ストーリーを呼んで手のひら返しするのが気に入らないのはわかるけどさ、知らないものを好きになんてなれなく無いか

なんとなくFGOかなと思って読んでたけど、違ったらごめんね。

FGOなんかはまさにストーリーを読んでようやくキャラが好きになるゲーム典型だと思う。

だってFGOから入った人間にとっては征服王諸葛亮孔明は、むさいおっさんショタ(もしくは青年)でしかないけど、Zeroみた人間からしたら王子(またはナイト)と王女ぐらいに映ると思う。

外見だけで判断なんかできないよ。逆に外見だけで瞬時に判断できるほうが見てくれだけしか評価してないんじゃないか

FGOの話じゃなかったらごめんね。

2012-01-05

[]もしドラとパミラ あるいはハックルさんのいうところの小説面白さについて

あれ? もしかしてこれって哲学さんの発言のこと言ってる?(http://bit.ly/wQEAol)

おい待てよ!哲学さんは千早ミンゴスクリスティーナも大好きな人間ぞ! 助手大好き人間なのにこれどういうこと?!

出典元ktkr。私はたんぶらから拾ったんだけど元はクリスティーナがめちゃくちゃ好きな人がこういう事言うんだろうなーとは思ってた。それをあえて嫌いな人、特に女の人が同じ発言をしたらどういう感じになるかな、と思って<あのキャラオタクの欲望だだ漏れすぎて引くわー>を付け足して逆の意味にしてみた。あえて誤読してみたといってもいい。そしたらみんながマジレスしはじめたってのがおもしろいところ。

自分の中でこの反応は「もしドラ」と同じものがあるな、と思った。ハックルさん手法ってマジで釣りに使えるかも。


もしドラ関連でもう1つ。

http://booklog.kinokuniya.co.jp/abe/archives/2012/01/post_100.html

よけいな先入観を捨て、小説ではなくともかく『パミラ』を読む。そうすると、この作品、たしか小説らしくはないが、妙なところで「小説」という形式と血が繋がっているのがわかってくる。そして、そこには「ひょっとすると小説がそうであったかもしれない別の顔」が覗いてもいる。私たちの知っている「小説」の背後にもあるかもしれない何か。根源的な言葉エネルギーのようなものが、そこには宿っている

神経の突っ張ったインフレ気味の語りがつづくと、さすがにこちらもくたびれてくる。山あり谷ありどころか、山の連続であるしかし、こちらをくたびれさせるところにこそ、この作品の一番の真実があるのかもしれない。リチャードソンはたったの二ヶ月でこれを書き上げたというが、それはパミラの体現する種類のエネルギーを彼自身がうちに宿していたということではないのだろうか。この作品を支配するのは、危機と苦難に直面しつづけるパミラの、つねにぴりぴりと緊張しつづける神経そのものである

とにかくパミラ臭があふれていて、とてもではないが徳だの純血だの結婚だのといった骨張った議論に回収されるものではない。しゃべりまくる女たちの語りの力は圧倒的なもので、しかもそれは女が語る女の語りではなく、男が女に語らせる女の語り。つまり、50歳のおじさんの視点から「女の語り」へと没入するリチャードソン臭が混入しているのである。だからこそ、独特の過剰さがつきまとう。

これだ! 私はハックルさんのことをまた一つ理解したぞ。

ハックルさんは「エースの系譜」において

この作品は、現代の小説オーセンティックな魅力、本質的価値を取り戻そうとして書きました。『エースの系譜』は「面白さ」というものをどこまでも追求した作品となっています。人が魅了されずにおかないこと、人が興味を引かずにはいられないこと、人が知りたいと強く願うこと、人が夢中になってしまうことなどが、この中には描かれています。ぜひ、それを知ってほしい。

と書いてある。これの意味が全くわからなかったのだけれど、「面白さ」を読者にとっての面白さ、と考えなければすべて納得できる。

パミラの作者も800ページの大著をわずか二ヶ月で書ききったという。彼は「筆が止まらなくて困った」くらい執筆が楽しかったのだろう。番長マジイケメン

おそらく、岩崎さんの言う面白さもこれと同じだ。

まり面白さとは読者にとってのではなく作者にとってのおもしろさなのだ。この手の話は、読む側には苦痛しかないが、書いてる方はめちゃくちゃ楽しいのだ。

そりゃそうだ。50過ぎのおっさんが、うら若き淑女になりきって、自分と同じくらいの年代エロオヤジを出し抜くんだぜ?

40過ぎのおっさんが、頭の悪い女子高生に戻って、昔自分馬鹿にした奴らを真っ向からマネジメントかいう「謎の白い魔術書」を使って血祭りにあげていくんだぜ。ほむ。

そりゃ「人が魅了されずにおかないこと、人が興味を引かずにはいられないこと、人が知りたいと強く願うこと、人が夢中になってしまうこと」のすべてが詰まってるよね。

・・・ってそれ「魔太郎がくる」よりたち悪いよ。 それなんてセイバーだよ。リプレイ救済願望ダメ、絶対! 征服王に怒られちゃうよ。

はてブ」とか「なろうネイティブ」とかそんなチャチなレベルじゃねぇ、もっとどす黒いおやじの欲望を味わったぜ。

(この話、西尾維新にも当てはまらなくもないと思ったが、西尾維新は多分また別の話なんだと思う)

そういえば、日本には土佐日記なるものもありましたね。どうも日本には変態的な文章を書く時がもっとも生き生きと輝く「紳士」な人が多いようです。

もしドラの本には「紳士」が「真摯」って誤植されてたので次の版からは直しておいて欲しいですね。

2010-05-04

アクション書評 マクニール「疫病と世界史

 1976年刊。米国を代表する歴史学者ウィリアム・マクニールの主著で、その後のグローバルヒストリー研究にも絶大な影響を与えた。ジャレド・ダイアモンドベストセラー「銃・病原菌・鉄」のタネ本の1つとしても知られる。

 本書で中心となるメッセージは、次の1点に集約される。「疫病の流行が、世界史重要な決定要因でありつづけてきたのにそれが無視されてきた」ということ。昔の人類がいかに疫病に苦しめられてきたか、また疫病が歴史上の事件にいかなる影響をあたえてきたか、医学の発達した現在においてはそれらを実感することは難しい。史料の乏しさも手伝って伝統歴史学ではこの重要な要因が無視されてきたことをマクニールは冒頭、痛烈に批判する。数少ない史料を補完するように、彼は一流の歴史家として培った卓抜な想像力を武器に、議論を展開していく。例えばこんな具合に;

インド地域での諸王国はなぜ、なぜいつも外部から簡単に征服され、その征服王朝も短命だったか。その背景には、高温多湿な気候がはらむ高い厄災リスクが、各王朝の国力(人口)を削いできたからではないか。カースト制度も同様に、病原菌に侵された原住民への隔離意識というものがそもそもの発端にあったのではないか(上巻p160)。

欧州文明の中心が地中海世界から北部へと移動していったのは、長い間くりかえされてきたペストの影響が大きい(上巻p209)。西暦634年から、急速に拡大していったイスラム勢力に対して東ローマなど欧州勢が簡単にやられてしまったのも、542年以降に地中海世界に繰り返し起こっていたペストによってかなりの国力をそがれていたのが一因だ。

・その後、欧州でしばらく活動を休止していたペストは、なぜ14世紀になって思い出したように全ヨーロッパで猛威をふるったのか。それは大モンゴル帝国の影響がある。もともとヒマラヤ山脈を本拠地としていたペストは、モンゴルの同地への征服活動の結果中国に広がり、それが交易路に乗って1348年のヨーロッパに到着し大流行した。実際、1331年にペスト中国流行ユーラシア草原部は1346年を軌に人の流れが止まった。その地にいた人が病気ですっかり死んでしまったからだ(下巻4章)。

・16世紀初頭。スペイン人が新大陸アメリカに侵入してきたとき、アメリカ原住民天然痘などに為す術も無く犯され人口は20―25分の1に激減した。これは無理もない。ユーラシアヨーロッパアフリカ間の広大な土地がもたらす生物多様性の中で、繰りかえしの厄災をくぐり抜けてタフになったヨーロッパ人に比べると、アメリカ原住民はただの無垢なヒトにすぎなかった(下巻5章)。

 そして現在天然痘ペストコレラなどの医学対処法が完成し、新大陸アメリカのように無垢な住民が大量に存在する未開拓エリア存在しない。つまり、私たちは数千年の人類文明史上初めて、疫病による大量死のリスクが消滅した時代に生きている。このことはもっと認識されていい一方、気を抜いてもいけないと著者は警告する。マッドサイエンティストたちが、有毒かつ伝播性の高い病原菌を作りだす危険性もあるし、地球温暖化の進行は我々と病原菌とのバランス(均衡)を崩すかもしれない。また今後起こりうる地球生命体との接触は、我々人類に全く新しい疫病をもたらすかもしれないのだ(下巻6章)。

 強く感じさせられるのは、この難解かつ前人未到だったテーマに果敢に挑んだ著者の気概だ。特に、紀元前のころの疫病の影響については有用なデータがほとんど存在しておらず、事実上推測することしかできていない。普通研究者ならば、こんな局面に直面したとき「やっぱりこのテーマ止めようか」となる。あるいは周囲からそのように諭される。にもかかわらず、これだけ自信をもって堂々と議論を展開している所に、何だか読んでいて勇気すら与えられる。清々しい本。

http://twitter.com/zaway/status/13367034409

2009-05-20

個人的にはy_arim先生のご賢察が聞きたいのだがなあ

http://anond.hatelabo.jp/20090518225205ブコメ

islecape マイノリティは「劣位(少数派含む)」って意味でしょ。しかし「女性というマイノリティ」を「ステロタイプ」呼ばわりとは。男女の歴史的・社会的非対称性についてもうちょっと考慮してくれてもいいと思うんだけど。 2009/05/19

しょうがないなーもう。いくつか引用しようか。

マイノリティー【minority】少数。少数派。⇔マジョリティー。 (大辞泉)

マイノリティー a minority⇒しょうすう(少数) (プログレッシブ和英中辞典)

社会的少数者(しゃかいてきしょうすうしゃ)又は社会的少数集団(しゃかいてきしょうすうしゅうだん)、社会的少数派(しゃかいてきしょうすうは)とは、その社会権力関係において、その属性が少数派に位置する者の立場やその集団を指す。多くは偏見差別対象になる。但し、権力関係は無視して人口割合を厳密に考慮して、グループ自体が少数派であっても、その支持層が多数派である場合などを社会的少数者と認めない考え方もある。欧米マイノリティの考え方の直輸入で、直訳すると少数派となるが、これでは原語の意味が伝わらないので社会的少数者と訳された。しかし、この訳も冗長で不自然なため、原語がそのまま使われることも多い。 (Wikipedia社会的少数者』。『マイノリティ』で調べるとここに転送される)

あきらかに、「マイノリティー」の基本的な意味は「劣位」ではなく「少数派」だ。「劣位(少数派含む)」って意味でしょ、とわざわざご教授いただいてなんだが、それは何を見ていっているのか。脳内辞書か。islecape国のislecape語ではそう訳すのか。もちろん、

なお、女権論では具体的な数と関係なく、差別などの理由で社会的に地位が弱い・低いという意味で、女性マイノリティーであると主張される。 (Wikipedia社会的少数者』。一部修正)

また、単純な人数としては必ずしも多数でなくとも、様々な経緯によって、強い発言力を持ち優位な立場に立つグループ存在する場合に、それを指してマジョリティという場合も有り得る。以下に、例を挙げる。■征服王朝の支配階層植民地における宗主国出身者 ■アパルトヘイト体制下の南アフリカにおける白人 (Wikipediaマジョリティ』)

というように、「少数派(劣位含む)」の意味であるときは存在する。これはきっと「少数であるゆえに劣位・弱者である存在」と同じかのように「○○」もまた劣位・弱者だから、ここではまとめて考えよう…というような意味で劣位=マイノリティとくくっているんだろうが、それにしても(いま引いたのに沿って言えば)「被征服地の」「被支配」階層だから、「植民地にいる」「従属国の出身」者だから、「アパルトヘイト体制下の」有色人種だから、彼らはそれぞれの対と対置して言うと…というカッコつき・前提ありでようやく言える話だ。そしてそこにある問題の本質が数の多寡でなく優劣・強弱の問題であるのなら、それをはっきり踏まえて劣位・弱者とはっきり言うことこそが本来の、あるべき筋だと思うがな。「マイノリティ」は便利なラベルじゃねえはずだ。安易に混ぜる意味は本当にあるのか?

例えば、マジョリティが、男が差別をするように、マイノリティも、女も差別をする。強いゆえに弱く、弱いゆえに強いこともある。差別される者が別の差別をすることもある。歴史的・社会的非対称性とやらは、「女性=マイノリティ=弱者」「男性=マジョリティ=強者」なんて二分法を許すのかね。

いや、女性マイノリティではない、というのがどうしてもお気に召さないのならこっそり教えよう。実は「巨悪」がいるのだ。やつらは権力の側にいながら女性マイノリティを堂々と説き広めている。

http://www.news.janjan.jp/government/0809/0809016036/1.php

パリテで政治の脱ジェンダー化を 全国フェミニスト議員連盟夏合宿

しかし、フランスソワーズ・ガスパールなど有力な女性政治家たちはパリテの論理超党派で広げていきました。パリテの論理とはこうです。

 「ヒトは、一部の例外を除き、男か女以外の存在しかない。男女は人類のほぼ半分を占める。男女はいたるところで混成している。女性マイノリティではなく、あらゆるカテゴリーに横断的に存在する。他の社会状態、人種などによる区別とは決定的に異なる。よって、人類半分を占める女性政治分野にも半分いてこそ自然なのだ」

islecapeはぜひ、こいつらに言葉意味というやつをキョージュしてやってほしい。

blacksorcery マチズモに凝り固まったポルノや性暴力世界の話をしている時にそうとらえるのはそんなに無茶かい?元々君の友達が自分たちは少人数で被害者みたいな科白を書いてたから / 宣伝http://d.hatena.ne.jp/blacksorcery/20090518 2009/05/19

こっちのほうは手短に行こう。1、「そうとらえるのは」の「そう」って何だ。はっきり言え。「だから君らはマイノリティ」のところなら、なんら示されていないものを勝手に「そうとらえる」のは常に無茶だ。2、「君の友達が」って誰だよ。他人のことを根拠レスに分類するのがよほど好きなのか。根拠があるなら言ってみろ、そしてできないんなら黙れ。バカめ。3、リンク先の「そもそも男性というマジョリティの一員であるからこそ、その嗜好を満たす商品が出るのは理解出来ると思う」って何だ。女性にもマイノリティにも「その嗜好を満たす商品」は出てるだろうが。なにが「であるからこそ」だ、amazonでも見ろ。バカめ。とりあえず最後、「女性が陵辱され無理矢理妊娠させられ堕胎させられるゲームを、女性が酷い・気持ち悪いと思うのが感受性が高すぎってどういうこった」って何だ。少なくとも「某エロゲ問題への…」のやつがブコメで叩かれてるのは、おおむね、「酷い・気持ち悪いと思う」からじゃなく「思うから、排除されよ/非合法とされよ」と軽々しく言ってるからだ。そのぐらいちゃんと読め。バカめ。お前はピーナッツじゃ足りん、目で胡桃噛んで来い。

 
アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん