はてなキーワード: 希釈とは
水害にあったわけではないことを予め書いておく
熱帯地域のスコールのような雨が降ったときに、川沿いの砂道と、冠水した道路を自転車に乗って家に帰った。
川沿いの砂道は一部川近くまで降りて、それからまた土手まで上るような箇所を数カ所含むところであり、道路の冠水した部分は自転車のペダルを下まで下ろしたら、くるぶし上まで水に浸かるような深さであった。
当然、砂だとか泥だとか、あるいは地面に落ちているホコリなども含んだ水が否応なしにかかってくることになる。
家に帰って、服やスニーカーを脱いで洗濯機にかけたけれども、どうも服や靴が泥臭い。
泥臭いというのは、字面だけ見ても正直わからないが、ドブのような臭いに近いものである。
まあまあ気に入っているスニーカーだったので、どうにかならぬものか、と、温水に溶かした洗剤に漬け込んで、それから大量の水をシャワーでかけて、すすいだ。
そしたら細かい砂やら泥やらの粒が出ること出ること。
これだけで十分とも思えなかったので、今オスバンを希釈したものに漬け込んでいる。
水害になったら、土砂などが流れ込んできて臭くてかなわん、とは聞く。
正直なところ、よく分からなかったけれども、今回靴を洗って細かい泥が繊維の奥まで入り込んでいるのを知り、ああこりゃ泥を全部なくしてしまうのは無理だなあ、水害になると家の隅々まで土砂が入り込んでどうにもならないんだなあ、と想像した。
ヤシの実洗剤を買った。あの、ラベルに爽やかなヤシの実が描かれた食器用洗剤だ。
コスパを重視しまくる私は”お徳用”とか”業務用”ってやつに目がなくて、定期的に買うような日用品は何でも大容量のやつを選んでしまう。
バスルックは4キロだし、シャンプーは5キロ入っているものを買った。おそらく一年以上買い換える必要はない。
そんな私が、ホームセンターで食器用洗剤を探していた時に目をつけたのが、おなじみヤシノミ洗剤が5キロも入っている商品。
ホームセンターの棚の一番下にホコリを被って鎮座していた。長いことここに置かれていたのだろう。
私はこの5キロボトルがとにかく好きでだ。アホみたいな内容量とそのずっしりとした重さは、「今後世界が一変しても、とりあえず半年くらいは今まで通りコイツを使い続けられる」という安心感を与えてくれる。
つまり、5キロボトルの洗剤があった時点でそいつを買う以外の選択肢はない。しかもコイツ、3倍コンクと書いてありる。
「コンク」の意味を調べると「濃縮されたもの」と出てきた。おお、素晴らしい。つまり、コイツは内容量は5キロだが、その中身は3倍に濃縮されているので、実質15キロ分の洗剤が入っているのだろう。
こんなの見せられたら買うしかない。ヤシノミ洗剤の洗浄力とかそんなものはどうでも良くて。とにかく、大容量っぷりにメロメロだった私は、5キロのヤシノミ洗剤とともに自宅へ帰っていった。
後日、わざわざ詰替え用に通常サイズのヤシノミ洗剤を購入し、頑張ってそれを使い切った。100円ショップで適当にボトルを買ってきても良かったが、あのヤシの実が描かれたボトルがなんかオシャレで、キッチンに置いておきたかったのだ。
早速ボトルに詰め替える。5キロボトルは棚から取り出すだけで一苦労。詰替作業も最早ちょっとした筋トレ。
ん?
ラベルにでかでかと3倍コンクと書いてあったので、当然3倍に希釈するものだと思っていたが……
希釈倍率は1200倍だった。
え?3倍コンクどこいった?そもそも1200倍って……え?
意味がわからん。希釈で1200倍って、もうそれはただの水だろ。
「泥水にワインを一滴たらしてもそれは泥水のままだが、ワインに泥水を一滴たらせばワインは泥水になる。」って言葉あったが、1.2リットルの水に1ミリリットルの洗剤を垂らしたって、それは水だろ。どんなにコンクされてたって、洗剤にはならない……というか1200という数字はどこから出てきたんだ。
ということで調べてみたら、3倍コンクされていない5kgヤシノミ洗剤を発見。使用方法を見てみると…
希釈倍率400倍だった。なんでだ。3倍コンクじゃないやつの時点でだいぶ濃縮されてる。
ということで、3倍コンクする前の洗剤の時点で400倍に濃縮されていたみたいだ。3倍コンクは、「400倍に希釈する洗剤を更に3倍濃縮した洗剤」という意味だった。400✕3=1200。希釈倍率1200倍の謎が解けた。
そして、もうお気づきの方も多いと思うが、5キロある洗剤を1200倍に希釈したらどうなるか。
6トンじゃん。
最終的に6トン分の洗剤になる。気づいたらヤシノミ洗剤を6トン分買っていた。
一般的なヤシノミ洗剤のボトルは内容量500gである。つまり6トンだと?
うっかり1万2000本分の洗剤を買っていたらしい。日常で起きるエラーにしては桁がおかしい。
1万2000本分の洗剤を死ぬまでに使い切ろうと思ったら、どれくらいのペースで消費する必要があるんだ?
計算してみたら1.6日に1本でした。
一週間に11本。
確実に使い切る前に死ぬ。
小山田圭吾が批判されるのも辞任も当然だよなと思うけど、世界的に名前が晒されて未来永劫語り継がれ、恐らくかなり長い間まともに仕事が出来ないと思われる状態になるのは果たして罪に見合った罰なんだろうか。
被害者のことを考えれば見合ってるのかもしれないけど、いやこれいじめと何が違うんだよとも思う。
100万人の怒れる民衆に1発ずつ殴られるのも十分いじめだけど、一人の責任が100万分の1に希釈されるとそれは無きに等しい扱いになってしまう。けどそれは違うと思うんだよ。社会的な制裁を受けたからどこかでもうOKってラインはないとだめだし、小山田圭吾にひどい言葉をぶつけている人間は自分が何をしているか反省しないといけない
箱推し勢が混じることで、ヤバいファンばかり相手にせずに配信ができる効果も期待できる
個人勢だとヤバいファンが他のファンを追い払ってしまい地獄になるリスクが箱推しがいる場合より大きい、おそらく
ただし箱推しが機能できないほど演者が多かったり、箱推しが少ない箱などもあって
いつも上手くいくとは限らない
一方で、ヤバいファンが箱推しだった場合、自分はヤバいファンを追い払ったのに
同僚のところには、そのヤバいファンが残っている事態もありえる
逆恨みを抱えたやつが近くでアクティヴで居続けるのはリスキーだ
ヤバいファンの追放はできるだけ箱全体で歩調を合わせて一斉におこない
できるだけ遠くに追い払ったほうが、その後を考えると好ましかろう
最初に中学生の時作ったのは、本当に友達がいじめられてるところを撮って、あとはフィクションで、逃げ出して車にはねられて死ぬだけの映画。
「あとはフィクションで、逃げ出して車にはねられて死ぬだけの映画」とあるから、その友達も撮影に協力しているのだし、本当に友達だったのだろう。
もし、いじめられっ子の友達(それは友達なのか?)をいじめていた側だとしたら、
「最初に中学生の時作ったのは、いじめられているところを本当に撮影して、あとは逃げ出して道路に飛び出すまねをさせた」
あと中原が小山田と友達をやめる云々ってのは、小山田が過去いじめに加担していたことでも、それを露悪的に話したことでもなく、
オリンピックにがっつり関わろうとしていることに対してだぞ。
中原:僕も80年代、中学生時代から高校生ぐらいまで8mmを回して映画をつくったりしていました。適当に物を投げたりして。全部フィルムは捨てちゃいましたけど。見せたかったなぁ、面白いのがあったんですけどね。最初に中学生の時作ったのは、本当に友達がいじめられてるところを撮って、あとはフィクションで、逃げ出して車にはねられて死ぬだけの映画。
中原昌也
@masayanakahara
友人としてガッカリ…人として嫌いとか、そういうことではないけれど…もう友達はやめよう。ってオレの友達やってるより、オリンピックなんぞに関わったほうが金儲かるのは確かなんだろうけどさ…などと落ち込むのは、このくらいで。この先に目を向けなきゃね(溜息)
https://twitter.com/masayanakahara/status/1415448048008712193
いじめを肯定する気なんてないけど、いじめに参加しないと自分がいじめられていた。いまならいじめるヤツらを虐殺するだろうけど、子供のときはそんな考えに至らない。ダメな人間を見つけて徹底してこき下ろすのがこの国の学校教育ってもの。関係なく偉そうに過去を断罪できる連中は幸せなもんだね!
https://twitter.com/masayanakahara/status/1416181911429521418
誰の擁護もしていないし(しているといえば自分)、そもそも自分がいじめる側いじられる側の体験も想像力もなし。ギャーギャー言ってるだけの輩はほんっと、お気楽なものね。
https://twitter.com/masayanakahara/status/1416222948369731584
いじめを肯定してないと、最初に言った通りで、自分は「いじめられる」側でも「いじめてる」側でもあったし、とはいえ当時の自分が当事者の自分が相手に謝る以外意味はないし、今現在の自分が誰に謝ったってあんまり意味があると思えない…それよりもオリンピックの開催を中止に!
https://twitter.com/masayanakahara/status/1416232933245939715
幼い思考のうちに「いじめる」側か「いじめられる」側かの岐路に立ったことない人間に、倫理の問題だけで善悪だけで偉そうに言われてもね!そりぁ「いじめる」が悪いに決まってる。それよりもいまはオリンピック阻止が重要。
https://twitter.com/masayanakahara/status/1416469869772431360
このほかにも「小山田圭吾の過去の発言にこびりついてた人たち。そのしつこさや厳しい眼差しを、どうかあなたの国の政治家たちに向けてください。」や「おれは偏見が甚だしいので、体育会系のヤツらなんかもっと酷いことさんざやってきてんだろー、オリンピックなんてアイツらの祭典だろーぐらいは思ってる。」や「「いじめた」側を糾弾し、絶対に許されるべきでない、という話を見るたびに、心を掠めるのは、「果たして、自分がそちら側になったことは、一切なかったのだろうか」という恐ろしい疑問。」といった、今回議題になっている暴行の希釈化、無効化をはかるような意図をもったようにも読めるツイートを複数リツイートしている。
カラーゲの話か。
衣なかったら揚げ終わったあとだらだらいつまでも肉汁がもれてきて
最終的に下に1センチくらい貯まるやで。
正直いって香りが「全部」とんでるとおもえるのは鼻がバカになってるとしかおもえんのだが。
「軽く」=はしっこがちょっときつね色になる程度にしてるか?
今のコンロは火力を売りにしているので、あっという間に真っ茶色になったりする。茶色はいまいち。
それと「油に」うつすのだからけっこうな油がひつよう。大さじ2は最低いる。
ローカロリーとかいって油ほぼつかってないなら追いガーリックパウダーでええやろ。
白だしは関西のミネラルの少ない水でカツオの香りをたたせている。
コーラ色のめんつゆはミネラルの多い関東で香りよりうまみ重視だった。今はおいがつおつゆとかで香りもいい。
個人的には白だしがうれしい。薄め倍率がでかいので一回に小さじ1を10倍希釈で十分。冷蔵庫で場所をとらない。
でも牛丼とか炒めもののまねっこレシピにつかうのはコーラ色のほうなので両方おいてる。
脳汁出してどうする
世の中、サラダチキンがもう売ってるんだからそれで手抜きしなさい
中華ではそれを濃厚にしたサラダチキンを「酔っぱらい鶏」といって宴会に欠かせない一品になってる
けどまあどちらかというと淡白な味なのでわからん人にはわからんやろ
うちは酒だけぶっかけてチンして割いてバンバンジーにしてるけど文句がでたことはないな
ネギ、人参、大根、セロリもそうだぞ、煮崩れしにくい=柔らかく煮えにくいものを最初にいれて一番長時間加熱しろってこと
圧力鍋でカレーやるときは全部いっしょのタイミングでいれていいぞ、煮崩れずに柔らかくする天才だからな
ただし芋はかなりとける
パリッとしてなきゃいいんだよな でもまあ炒めもので味を染ませるのは素人にはムズカシイ
一度、中~弱火で水が出る寸前までのタイミングをみてみたらわかるかも
(水がでたタイミングで野菜がしんなりするのだが、強火だと出たはしから水が蒸発するので見ていてもわからない)
あと味をからませるならやっぱりあんかけにでもしたほうがいいよ
べしょべしょとかちかちが回避できるようになったら全く気にしなくていい
炊きたてを開封する瞬間はなんとなく嬉しいってことだ
カニ穴というのも昔あったけど今こだわらないようになってるな
これは周りの調理器具や熱媒体の比熱容量次第で、最近の調理器具は薄手なので全く余熱がないことがあって信用してはいけない。
特にサラダチキン系など肉の余熱調理は全部信用するな。腹壊す。
ゆで卵するときなんかは逆に放置すると白身の余熱で黄身が固茹でになるので余熱が可視化されやすい。それくらい。
石焼窯でやきいもするときは「余熱」というより熾火での調理が有効。余熱じゃなくて弱で長時間加熱。
これはあきらかに読み落としてる。肉汁が「透明か?」どうかをみるんやで、濁った肉汁だったり竹串に赤い肉のかけらがこびりついてくるのはアウト。
トンカツとか厚い鶏のソテーはそれでも判定がむずかしいから切ってダメだったらチンするのもしょうがない。
・たぶん強火すぎる。
・コロナ後遺症かってくらい匂いがキてないっぽいので他の人にだすときはちょっと味薄めにしたほうがいいぞ
自分が食べるのなら満足するように好きにつくれ
・鶏むね肉をしっとりしたままたべるなら削ぎ切りして塩とパセリいれたとき卵をまぶして焼く「ピカタ」がコスパ最高。
みためだっさいけどジューシーすぎる。バジルソースとトマトソースかケチャップで味変も対応できる。
でもやっぱり水は出る。卵がんばれ。
具体名挙げてしまって著者には申し訳ないのだが「未来からのホットライン」の核融合炉の施設内部の描写がてんで理解できない。説明が緻密なのがむしろネックになってる感じで、キャットウォークとかトンネルとか配線とかの位置関係が三次元的に脳内に構成されていかないんだよ。本当に上下左右という程度の確度でしか把握できない。
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小説は漫画とかと違ってイメージが押し付けられないのがいいという意見を聞くことがある。個人的にはこれはイメージという単語の前に「自分が気に食わない(特に人物の容姿)」という文言が省略されているように思える。
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想像することって、はっきりいえば単に手間でしょ。小説は想像することを楽しむものって手段と目的が逆転してる感じで、本来は「筋書きを楽しむもの」だと思う。筋書きさえ面白ければ、そして挿絵とかが適切なら、想像しなくて済むのならそれに越したことはない。
くだんの小説も建物の「構造」について図があるからといってイメージを押し付けられたと感じる人は例外的だと思うから、文章で全て言い尽くそうとしないで見取り図ぐらい添付してもよかったと思うんだよね。
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私と同じ考え方っぽい人を二つ挙げとく
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https://modernclothes24music.hatenablog.com/entry/2014/02/21/090746exit
https://matsuri.5ch.net/test/read.cgi/morningcoffee/1514063554/exit
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そしてどうしてもこれだけは抜粋しときたい(5chのレスから)
文章だけで考えてると「この馬はどこから走って来てどこに行ったの?
なんでそんなとこから馬が走ってくるの?」
みたいな変な部分が必ず出てくる
読む側からしてもまさしくそういう感じで、結論としては始点と終点が一致したループだと言っていても、今までも風景の説明から本当にそのことが導けるのだろうかという感覚になることがある。
各部分の描写から全体を統合できない感じで、整合性を認められないことがある。
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前記の小説の施設を見学するシーンでも各区画を主人公たちの足取りに沿って説明していってるのだが、いつのまにか前いたところが主人公達の頭上にあることになっている。
確かにエレベーターで地下に降りる描写はあったけど、上下の関係で足取りが立体交差できるような文章だったか。
区画という各部分の風景だけは十二分に頭に浮かび上がってくるんだけれど、ジグゾーパズルでいうならそれはピースの凹部や凸部があやふやになっている状態にたとえられる。
なのでそのパズルを組み合わせる=建物全体の構造を把握することもできないとなる。これが読後感にもやもやを生む。
そもそも自然言語というものはねじれの位置とか含めた抽象的な位相関係を表現するのに不向きなのかもしれない。
そうでないにしてもせめてPISAとかは単純な論理パズルで読解力を測るんじゃなくて風景の説明文に対して、少なくともこれは与えられている文に矛盾しないという図を選択させる問題も導入してほしい。
ネックが読者側にあるかもしれないかもしれないのにその問題が十分には剔出すらされていないように思われるから。
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「船べりに足をぶらぶらさせていた」文学事典に載ってるような作家の手になる表現だ。しかし「船べりに」とは一体どういう状況なのか。
「船べりで~」であれば人がデッキの手すりでも背にして寄りかかって片足をぶらつかせる風景が想定される。
この話は作家自身の航海記であって大西洋を横断できるような鉄の船の話だから「船べりに」何かをするにはへりは高すぎると思われる。和船の小舟のように足をへりに置けるような状況じゃない。
たとえれば無理に腰よりも高い塀の上に片方の足を足の裏を外側に向けて乗せるイメージでただでさえ不安定な姿勢だから、せいぜいへりをかかとで擦るようなことはできても、重力に逆らってぶらつかせるとは描写として不自然と言わざるをえない。
思い込みで文章を書くとそういうことになると聞いたことがあるから、ちゃんと正確に書いてほしい。
正確に書けば書くほど想像の余地が少なくなるから小説としてつまらなくなる、というものではない。
想像する楽しみと小説の楽しみ方としては二次的なものだとは前にも書いた。限定的で端的な例だが、泥のように眠るという慣用句を小石のように眠るとアレンジすることで生まれるような詩的な妙味を味わうことも小説の楽しみ方の一つだ。
酒などを希釈しないで飲むことを生一本といっても、水で薄めずにといっても、神の創りたもうたままにといっても、どれも全く「希釈しない」という全く同一の事態を指しているうえでにその同一性こそがその描写が正確であることを示す必要条件でもあるわけだが、こうした同義のフレーズが畳みかけられている箇所にも、同じ事態の概念への落とし込み方の多様さに面白みが認められるだろう。
俳句は小説じゃないけれど、あれなどは兼題写真があるのが普通だ。写真というこれ以上なく正確な像を前提としているからといって、そこから派生される俳句の数々に「想像の余地がないからつまらない」と批判する人間がいるだろうか。
むしろ想像の喚起を重視する人のブログとか見ると「容姿の描写ほとんどされてないのを逆手にとってわざと金髪美少女のイメージで読んだ」とか言ってるような人もいて、想像するのを楽しむというやり方は小説をカップ麺の重しにするのと同じぐらいひねくれた本の使用法なのではないかとさえ思えてくるわけだ。筋書きを楽しむ、表現そのものを味わうというのが文句なく一義的な意義であるとすればなおさらだ。
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必要だと思ったとこだけ読み込んで不必要だと思ったところは読み飛ばせばいい、授業だって教師の言うこと全部覚えてない、それと同じだというような人もある。
しかし授業内容と違って小説は内容を問い合わせることができない点で致命的に異なる。
不十分だと思って読み込もうとした箇所も独力では一生かかっても理解できないかもしれない。
作者は思い描いた風景を必死に文に落とし込もうとしたかもしれない。作者は情景を読者と共有したがってる。なのに十分に伝わらない。こんな悲惨なことがあっていいのだろうか。
小説には攻略本もITの専門書にありがちなサポートダイヤルもないんだ。
二重回しとか大島紬みたいな名詞の指すものが単に想像できないとかだったら画像検索すれば済むことだけど、実際に読んでてつまづくことが多いのは文や文章という総体がどういう具象や抽象を指し示しているかとことで、でもこうなったときには打つ手がない。
人工知能は与えられた文章をイメージに接地させずに意味を理解できるが、人間としてはイメージに還元できないことには文章を味わうことはできない。
もちろん読者側の能力の問題かもしれないからそこは見極めなければならない。
先述のようなPISAなどの結果によりそういう能力が不十分と分かれば、出版業界に小説には抽象的な構造に関して図解を挿入するよう働きかけるか、さもなくば教育を刷新するか、そういう判断の指針が得られる。
教育を刷新するというのは単に文章を多読すれば読解力を身に着けさせられるはずだという今の態度が不十分という意味で、一つ文を読ませたらその文が一般的に指し示すことになる図を提示するといった訓練を導入するべきだと思うということ。
単文が示す風景(あえて情景とはいわないでおく)すらもまともにイメージできないようでは複文や文章の指し示す風景もまたイメージできるはずがない。
基礎(単文)を固めることでしか応用(文章)を扱えるようにはならないということではむしろ数学と同じだ。そういう心持で読解の養成には取り組むべきだ。
たとえば百聞は一見に如かずといっても社会生活のうえでいつも文章が指し示す現物を持ってこさせられるとは限らないから、文章をイメージに還元する力は実務的な能力でもあるわけさ。
/* 2021-06-10 追記:蛇足を書いたよ https://anond.hatelabo.jp/20210610200709 ) */
「洗車くらい自分でしたいけど、何から何までわからない」という人向け。
ちなみに私は洗車業界関係者ではなくただの一般人。そんな私が「だいたい失敗がない」と思う方法を書いていきます。
これ読んで「めんどくさ!」と思った人は素直に洗車機に突っ込むかガソスタで手洗いを頼んでください。
人間がお風呂入るときと同じだね? 車だけの特別なことって実はそんなにないんだ。でも、人間のお風呂とは違うだいじなポイントがふたつあるよ。
ボディの上で水滴や洗剤が蒸発して乾くと、こびりついて落としにくい跡になってしまうよ。特に水アカが厄介。なので洗車している間はなるべく車をウェットにたもっておく必要があるよ。
ボディをよく見ると細か~い傷がたくさんついている。この傷は全部、洗車する時についた傷だよ。洗車すると汚れは落ちるけど傷は増えてしまうんだ。だから、なるべく傷をつけないように洗車する方法を語っていくよ。
洗車には涼しい時間帯を選ぼう。涼しい曇りの日がベスト。暑いと作業がしんどいというのもあるけど、とにかく乾かしたくないというのが一番。
洗車する場所は、車の周りにある程度のスペースがあって、水道から水をとれるところ。まあわかるよねと。
あと、なるべく日陰を選ぼう。屋内や屋根があればベスト。理由は上と同じ、洗車中は車を乾かしたくないから。
汚れてきたなと思った時が洗車どき(ボーダーラインは人によって違うだろうけど)。その日の夜から雨が降ることがわかっていても、洗える時に洗ったほうがいいよ。
ふつうのガーデニング用のリール式でよいよ。手元でON/OFFや水量調整ができる散水ノズルがついたもの(だいたいついてる)。ホースの長さは20mくらいあるとよい。
7L~20L(車の大きさなりで)。四角い箱型バケツは洗車用具を収納しておくのに便利だよ。2個あると便利だけど、まずは1個でいい。
○個で○○○円とかの安物。奮発して高いものを買ってはいけない(理由は後述)。安物スポンジはたいてい売り場の目立たない場所に置かれているので、床に近いところを探すといいよ。
家にあるふつうの使い古しタオルでいいけど、少し厚手でよく水を吸うものがよい(旅館の手ぬぐいみたいなのは向かない)。洗車用品売り場で売ってるマイクロファイバータオルを買うなら60x30cmくらいのサイズがよい。バスタオルサイズのもあるけど、絞りにくいのでおすすめしない。
安物でよい。お店に行くとコーティング車用!とか○色の車用!とか色んな付加価値のついたカーシャンプーがたくさん売ってるけど、大した違いはない。その売場でいちばん安くて質素な容器のやつでよい。液剤が無色のやつよりは青とか緑とかの色がついてるやつのほうが量がわかりやすいよ。
本来「洗車は上から」が鉄則なのだけれど、ホイールはとりわけ汚れている場所なのでまず先に済ませちゃいます。
ホイールっていうのは車輪を横から見て内周の金属のところね。ゴムじゃないところ。黒いゴムのところはタイヤ。
まずシャワーを当ててざっくり汚れを落とす。シャワーはできるだけ水圧を上げよう!
ついでにタイヤハウス(タイヤが収まっている空間)も流しておくとよい。タイヤとボディのすき間の奥にノズルを向けて、タイヤハウスの壁や天井、裏側の部品などをぐるりと水で洗い流す。水がかかっちゃいけない部品はないから景気よくやっていいよ。
バケツにカーシャンプーをドボドボッと入れ(底から1cmくらい)、強めのシャワーを浴びせかけてよく泡立たせながら、泡がバケツからあふれてくるまで希釈する。希釈率とかは気にしないで目分量でいい。泡を落ち着かせてシャワーを繰り返すと、きめの細かい泡になるよ。
スポンジに泡をたっぷり含ませてホイールを洗う。特別なテクニックとかはなくて、目が届く&手が届く範囲の汚れを落とす。
ホイールはとても汚れているのである程度ごしごしやる必要があるけど、あんまりしゃかりきに洗わなくてもいい。簡単に落ちる汚れだけを落とすと割り切ろう。ホイールのしつこい汚れはどっちみちシャンプー+スポンジ程度では落ちないんだよね。
タイヤは、うーん、タイヤは好きずきかなー。シャワー当てて落ちる汚れだけ落ちてればまずは十分だと思う。
4本とも洗ったら水でよくすすいで終わり。拭かなくていい。濡れたままでOK(どうせこの後ボディを洗うときに水がかかりまくるから)。
ボディの洗浄手順もホイールと同じだよ。ざっと水洗い、シャンプーで本洗い、すすぎ。最後に拭き上げという工程が加わります。
車全体にすみずみまで強いシャワーを当てて、砂埃などを流してしまおう。これらを残しておくとスポンジで洗う時に小キズの原因になるよ。
シャワーの水圧はできるだけ上げてね。遠くから広い範囲にサワサワかけるんじゃなくて、シャワーのノズルをできるだけ相手に近づけて、なんだろ、スプレー塗料で色を塗るような感じ? ゆっくりとノズルを移動させながら、ボディ表面の汚れを高水圧でていねいに吹き飛ばしていくようなイメージ。
基本的にはルーフ(屋根)からだんだん下に降りてくる要領で流すんだけど、シャワーのノズルを上や横に向けないと水が届かない場所もあるよ。
ホイールに使ったシャンプーはめちゃくちゃ汚れているので捨てて、バケツをすすいでもう一度シャンプーを作る。作り方は上と同じだよ。
スポンジもホイール用とボディ用を必ず分けること! ホイールを洗ったスポンジは異物まみれだから、それでボディを洗うと傷だらけになるよ!
シャンプーの泡をスポンジにたっぷり含ませて、ルーフから順に洗っていこう。
こまめにスポンジに泡をとって、ボディが潤沢な泡まみれ状態になるようにキープしてね。スポンジは力をこめてゴシゴシこすらずに、表面を滑らせるような力加減でよいよ。なでて落ちない汚れはこすっても落ちません。傷を増やすだけだよ。
洗っていく順番はおおむね上→下になっていればあとは好みでよいよ。車の形も様々だしね。
スポンジを走らせる方向は、水平往復がいいよ。「の」の字を描くようにぐるぐると洗うと気分的には洗ってる感が出るけど、ボディラインに沿ってスポンジを動かしたほうが実は効率的。それに、洗い傷がついても一方向なら目立たないんだ。あと、スポンジは何度もゆすいでください。ルーフを洗ったらゆすぐ。ボンネットを洗ったらゆすぐ。ドア一枚洗ったらゆすぐ。こうしてやることで、スポンジに噛み込んだ異物を落としたいからだよ。
ここまで何度も洗えば洗うほど傷がつくと言ってきた。これは、スポンジやタオルが異物(砂や鉄粉)を噛むからだよ。そんなもので洗車を続けると、異物をだいじなボディにこすりつけているのと同じだ。
これはもう宿命的なことで、まったく傷をつけずに洗車する方法なんてない。そして、一度ついてしまった傷は専門業者に研磨してしもらわないと根本的に消す方法はない(逆に言えば、金を積めば消せる)。なので、スポンジとタオルは事あるごとにこまめに真水でゆすいで異物を落としながら作業を進めるしかない。
しかし、ゆすいでもゆすいでも居座り続ける異物はいる。洗車を繰り返せばそうした異物は増えていく。これは高級ムートンだろうが安物スポンジだろうが同じだよ。つまり古いスポンジ=ヤバいスポンジなのだ。なので、安物のスポンジを短いスパンでばんばん取り替えるのが最適解だと私は思っている。
お払い箱のスポンジはホイール洗い用に降格するとか、家で別な用途に使うとかしてちょんまげ。
高いムートン買っちゃった人。残念だけどしまっといてください。やわらかくてフサフサで高級感もあるけど、あんなに毛が多くて毛足が長かったら「異物さんお入り下さ~い」って言ってるみたいなもんよ?
水で泡を洗い流す。隅々までね。
洗車中はなるべくボディの水分を切らさないようにと言ってきたけれど、いよいよ水分を拭き取るよ。
タオルを2枚用意したほうが効率がいい。水拭き用と、乾拭き用。
水拭き用のタオルは一度濡らしてから固く絞り、こいつでどんどん水滴を拭き取っていこう。屋根から順に、ホイールは最後。タオルは拭き取った水分ですぐにジュクジュクになるので、こまめによく絞る。あと、こまめにゆすぐ(異物対策)。
水拭きしたらすかさず乾いたタオルで乾拭き。どのくらい「すかさず」かというと、両手にタオルを持って、左手で水拭きしたら右手で乾拭き、というくらいのタイム感。とにかく水道水に蒸発するスキを与えない。ここは手際の良さが勝負だよ。
ホイールまで拭き上げたら洗車は終わりだ。洗って流して拭く、要約すればこれだけのことだけど、作業のイメージがしやすいようにちょっと詳しく書いた。慣れない人だと小一時間はかかると思う。
仕上がった車を眺めてみると、まだあちこち汚れているところが見つかると思う。それは洗い残しかもしれないし、日常の洗車では本質的に洗い落とせない汚れなのかもしれない。それは次の洗車で確認してみてほしい。
「風情が無い」とかならわかるけどさ。
お前の寂しい?感情は理解するが、本当に荒れた状態の庭を見てから言って欲しいわ。
もうね、アホかと。馬鹿かと。
お前な、除草剤如きで隣の庭に一々言及してんじゃねーよ、ボケが。
なんか庭を荒らさないようにって意思が感じられるじゃん。爺一人で除草剤か。頑張ってるな。
よーし爺ちゃん庭仕事しちゃうぞー、とか言ってるの。偉いだろ。
お前な、庭があれたとか言ってる暇があるなら声くらいかけろと。
雑草どころか、これ、木? みたいな謎の植物が生い茂って、隣の敷地まで伸びてきて、いつ喧嘩が始まってもおかしくない、
刈るか燃やすか、そんな雰囲気が荒れた庭じゃねーか。女子供は、すっこんでろ。
で、増田なんかに書き込んだと思ったら、隣のお前が、除草剤で荒れた庭、とか言ってるんです。
そこでまたぶち切れですよ。
あのな、そんなんで荒れたとかきょうび流行んねーんだよ。ボケが。
得意げな顔して何が、荒れた庭、だ。
お前は本当に荒れた庭を見たことあるのかと問いたい。問い詰めたい。小1時間問い詰めたい。
お前、荒れた庭って言いたいだけちゃうんかと。
農学部園芸系出身で荒れた庭の始末をした経験持ちの俺から言わせてもらえば今、荒れた庭通の間での最新流行はやっぱり、
人が住んでるのか住んでないのかわからない家の裏庭、これだね。
これ色々始末したいんだけどやっていいのかわかんねえしやらないとこっちの敷地に張り出してくるし………。これが通の荒れた庭。
勝手に色々やったら後で地権者が文句言ってきそうなリスクでドキドキする、これ。
現状のシステムでも給付金とかなら問題ない。不正な申請は事後的に回収すればいいし、予約者が会場に現れなくても現金が腐ることはない。また、悪質な奴は威力業務妨害などでしょっぴけばいい。だが、今回のワクチンは希釈したら6時間以内に使い切らないといけない。そうなるとno showの場合はワクチンが無駄になる。ただでさえ確保数の問題があるのだから、これは致命的だ。
そうなると極力不正な予約は弾くべきのものだ。どうすればいいか。最低限弾くべきは架空番号と、同一番号の複数予約だ。自治体接種との2重予約はこの際許容すべきリスクとして、自治体側の予約とは連動させない。そして、大規模接種会場の対象は全国ではなく、東京・大阪とその近隣自治体の住民なのだから、数は限られている。
なので、シンプルに発行済番号リストを自治体から手に入れて防衛省側のDBの中に入れてしまえばよかった。これなら、自治体との連絡などの手間はあるが、開発も自治体側の出力作業も大した工数ではないだろう。
ただ、23区でも接種券が届いていない自治体がある。そうなると発行された自治体住民から順次予約開始となる。どのみち券が手元になければ現状でも予約も接種も出来ない。ビョウドウセイを期すなら、対象自治体が全て接種券が発行されてからにしてもいいかもしれない。
これでも、総当りすれば突破できてしまうが、現状よりマシだしアクセスログから不正な予約は検知できそうなので許容範囲であろう。また、万全を期すなら自治体から入手するデータに誕生日も含めて本人確認に利用すれば総当りも防げるだろう。
そもそもインフレが何をもたらすのか、どこからどこへ価値が移動しているのかがポイントだよ。
金融緩和で貨幣の数量が増えて貨幣が希釈化するということはタンス預金の価値も同時に落ちるということだ。
そして政府の債務の実質価値も減るので高齢者が死蔵しているタンス預金からインフレ税が徴収され、無理矢理市場に還元される形になる。
古典派経済学とケインズ経済学の違いとして金利も何もつかない現金を資産として貯め込む人々を前者は全く想定していないという部分にある。
結局のところ「どこまで金を刷れるのか?」っていう問いへの答えは日本の高齢者でもさすがにタンス預金を持っておくのが損に感じて吐き出したくなるまで、だ。
二酸化炭素排出量の増加によって地球温暖化が進んでいることは確実。
二酸化炭素排出量を抑制して地球温暖化を防止、または回復できるというのは幻想。
排出量取引はもとより、排出量の計算が都合のよいものに過ぎないし、その都合のよい計算だってこれから達成することは出来ない。
ただし、希釈した処理済みの水を海に捨てて、危険だとは言えない。
今後のメルトダウンした核燃料の取り出し過程で危険が発生する可能性はある。
その時に、処理済み水を海に捨てるのは止めるという判断は難しいだろう。
私たちは自然を制御できないように、政府も大企業も制御できないのだから。
核燃料の取り出しで小さな事故は起こるし、大きな事故が起こる可能性もある。
大きな事故なら死人が出るかも知れない。
もちろんどうなるか分からない。
石棺の方が安全だったかも知れない。(一方、ロシアは石棺を使った)
しかし地下水の豊富な日本では、石棺にしたつもりが地下水の流入(と流出)が続いたという可能性もある。
現状はベストではないが事故が起こった結果としては、被害を抑えられている方かも知れない。
日本は災害大国で台風も地震も津波も大雨もあるのだから、時々原発が事故を起こすこともそれらの自然災害と比べて被害が大きくなければ許容するという考え方もある。