はてなキーワード: 実行委員とは
時間 | 記事数 | 文字数 | 文字数平均 | 文字数中央値 |
---|---|---|---|---|
00 | 81 | 8763 | 108.2 | 39 |
01 | 90 | 9153 | 101.7 | 39 |
02 | 15 | 3251 | 216.7 | 272 |
03 | 15 | 1011 | 67.4 | 50 |
04 | 4 | 359 | 89.8 | 67.5 |
05 | 9 | 375 | 41.7 | 35 |
06 | 12 | 614 | 51.2 | 27.5 |
07 | 21 | 1067 | 50.8 | 34 |
08 | 36 | 2768 | 76.9 | 47 |
09 | 74 | 3718 | 50.2 | 26.5 |
10 | 78 | 5034 | 64.5 | 37.5 |
11 | 50 | 5208 | 104.2 | 45 |
12 | 61 | 5134 | 84.2 | 43 |
13 | 76 | 5077 | 66.8 | 37 |
14 | 75 | 7359 | 98.1 | 65 |
15 | 58 | 10818 | 186.5 | 57 |
16 | 77 | 6362 | 82.6 | 47 |
17 | 87 | 10583 | 121.6 | 49 |
18 | 109 | 10160 | 93.2 | 43 |
19 | 111 | 9593 | 86.4 | 46 |
20 | 70 | 5134 | 73.3 | 48 |
21 | 113 | 8907 | 78.8 | 33 |
22 | 76 | 6470 | 85.1 | 50 |
23 | 73 | 10863 | 148.8 | 53 |
1日 | 1471 | 137781 | 93.7 | 44 |
フルHD(5), カオナシ(4), 三ツ矢サイダー(3), 指名手配(7), 実行委員(3), 内定辞退(3), Blender(4), 迷彩(3), ボンド(3), 名義変更(3), 千と千尋の神隠し(4), こども(9), 然(6), 未熟(7), 指名(5), 性行為(8), 腐れ(4), お盆(4), パヨク(6), UI(5), 天気の子(4), 暴行(5), 反する(5), 裁判官(10), 起こさ(6), 暑い(6), エントリー(5), 描け(5), 同性愛(10), 法学部(5), ヤクザ(11), ブサイク(11), 楽しむ(9), 裁判所(7), がんばっ(7), 狂っ(9), 特殊(7), ソフト(7), 昼(8), 超える(6)
■風俗に理解ある妻のつもりだったけど /20190817091932(15), ■姉が「結婚したくないが子供が欲しい」と言っている /20190816090950(13), ■「女性」がうまくできず男性に失望される /20190816232155(11), ■「禁忌」としての同性愛が好きです /20190816152215(10), ■大人になってスキルセットを増やすのは難しくないだろうか /20190817001709(8), ■誰が「Vtuberはスキャンダルを起こさない」と思っていたのか? /20190817153832(7), ■小麦って身体に良くないと科学的に証明されているのに /20190817133835(7), ■炭酸水にシロップ入れても三ツ矢サイダーにならない /20190817200704(6), ■液タブ /20190817023238(6), ■パイロットになれなかったおっさん /20190817123324(6), ■anond:20190817133739 /20190817133810(6), ■煽り運転しただけで実名晒して指名手配かよ /20190817092250(5), ■日本って教養あるお笑い少なくない? /20190816112831(5), ■ /20190817003104(5), ■地雷レイヤー /20190817002912(4), ■【悲報】女さん、夫婦別姓賛成の理由は名義変更の煩雑さだった /20190817144253(4), ■チェーホフの銃とLGBT /20190817153300(4), ■妊活してる不妊傾向の息子嫁に何て声をかけるのが正解なのか? /20190816232253(4), ■男の人って勇気ありすぎでは /20190817155147(4), ■ /20190817170740(4), ■完結した作品しか信用できない /20190817174204(4), ■乳首の作画が上手い作者は大成する /20190817180601(4), ■五体満足で職もあるのに /20190817004720(4), ■女の権利の過剰保護で国が亡ぶ。痴漢を罰するせいで経済衰退。 /20190817180831(4), ■非モテだけど女をあてがえなんてこと言わないからさ /20190817075657(4), ■彼女がいてもマッチングアプリがやめられない /20190817094209(4), ■ /20190817191156(4)
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・広報の新採職員特集のインタビュー記事の「この町の好きな所」がほぼ全員「自然が豊かで、暖かい人が多い」と答えた。
・新採職員向けの管内巡りでは前町長の家を案内し、人となりについての説明を受ける。
・来るお客さんの元町議率、役場OB率が異常に高い。自治会長も町バスの運転手も農家のおっちゃんも。
・引継ぎの際に「漁協に頼みごとをしやすくするため定期預金しといた方がいい」と前任から伝えられる。
・職員が事務局を担当するイベントに上司が地域住民の一員として実行委員に入っている。その上司は町の野球連盟の事務局長とか住んでいる自治会の会計とかもやっている。
・町唯一の中学校のPTA会長が、3代連続で町役場職員から輩出されている。
・男子職員は町役場野球部に強制入部。官公庁野球大会地区予選でいっつも隣の市からこてんぱんに負けて虚しくなる。
・40代未満の男性職員は大抵消防団に入っているが、災害が起こると職員の立場より消防団員の立場が優先となるため庁舎に職員をまともに配備できなくなるらしい。
しかも既婚者ならともかく若手は大半が身軽だし。
もはや共働き大前提なほど社会に余裕がなくなってきて、昔ほど仕事で適当が許されなくなってて、若手への要求水準が高い。
手取り20万ってのは、日中は2時間ぐらいサボっても洒落で済んで、残業中は仕事に関係ないオシャベリしてチンタラ時間を費やせて、「なんかダリい」で年間に有給10日以上消化できて……
若手からしたらそんくらい適当が許されていてようやく釣り合いが取れるような待遇なんだよ。
少なくとも、日曜日にガチで会社行きたくなくなるような精神状態は手取り20万円の追い込まれ方じゃない。
手取り20万円にふさわしい忙しさやキツさは学園祭実行委員レベルでせいぜいってとこ。それよりキツかったら心身削ることになる。
多分、手取り30万以上なら残業40時間、土日も憂鬱って感じにキツくてもみんな辞めないだろうな。
あと「本人がキツく感じたかどうかは関係ない!給料は成果によって決まるんだから!」って言うのは経営者の立場の理屈な。
労働者からしたら「心身の負荷に対して、いかに美味しい待遇で働けるかどうか」ってのが肝心。
成果云々とか知らん。ゴチャゴチャ言わずにじゃんじゃん金払えって考え方でなんらおかしくない。
労働者の分際で経営者的な考え方して文句言わずにクソ待遇をありがたがってゴリゴリ働いてる奴は太平洋戦争中の兵隊並みにバカ。
技をかけるのは下手だったが、受け身のうまさはよく褒められていた。
長続きせずに辞めたうえ、筋トレもろくにやってなかったので基礎体力的なものもつかずじまいだった。
勿論、その地域の小学校から上がってきた子たちはすでにグループが出来上がっていた。
そこで、出来上がっている輪に自分から飛び込んでいく勇気がないことに気づいた。
いわゆる人見知りが発動することを自覚したのがこの辺だった。
幸いにして同じ小学校出身の子が隣のクラスにいたので、その子のグループにたまに呼ばれてやり過ごしていた。
高校にもなれば全国いろんなとこから受験で集まってくるので、出身はバラバラ。
みんなお互いを知らない、スタートラインは一緒だ。
でもやはりここでも僕は人見知りを発動し、見事にスタートダッシュに失敗。
起死回生の一手として文化祭の実行委員になってみたが、溶け込めずにむしろいい感じに孤立が加速した。
ただここでも幸いにしてグループに拾われることになる。
同じくクラスでなんとなく孤立していた奴がいたのだが、そいつは所属していた柔道部の集まりに遊びに行っていた。
ひょんなことからそいつの輪に混ぜてもらうことになり、柔道部に出入りさせてもらうようになった。
すでにもやしっ子として完成していたが、柔道経験者ということもあり、軽く組み手の相手になったりしていた。
そこでも、お前受け身うまいな、と褒められた。
ああ、確かに、僕は人間関係についても、ひたすら受け身でやってきたなぁ、と。
なんかしみじみ、こんな奴でも拾う神はいてくれたんだよな、なんて思う。
社会人になってからは、受け身で仕事してるようじゃダメだ、と怒られてばかりだが。
たぶんこの先オトナとして生きるにあたって、受け身じゃダメなことが増えていくな、とは思う。
ただ、これまでの学校生活で僕を拾ってくれた友達とは年1、2くらいで定期的に集まっている。
もちろん、集まろう、と音頭をとるのは僕じゃないけど。
受け身ならうまいので、今年の夏もいい感じに予定を空けて連絡を楽しみにしている。
息子がこの春から麻布中学に通っているのでGW中,文化祭に行ってきた。息子が小学5年生の時にも志望校検討のために一度行っているが,その時はあまりの人の多さに当てられて生物部の展示を見ただけで帰ってきてしまったので,ちゃんと文化祭を見て回ったのは実は今回が初めて(ちなみに息子はその時の展示に惚れ込んで麻布を第一志望にした)。
今回見て(食べて)回ったのは,用兵展,ピタゴラスイッチ展,フロンティア展,音屋(音楽部による演奏展示),油そば展,ステージ(ダンス中心に一部のみ)で,感想は以下の通り。
・正門入ってから中庭ステージにかけて感じる盛り上がり・熱気は凄い。ここで雰囲気に乗れるかor引くかで印象が変わってきそう。盛り上がりの中心はカラフルに頭を染めた生徒達(文化祭実行委員)で,麻布の文化祭というと髪染めの印象が強いのはこのインパクトが大きいんだろうなと。
・ステージで見せるカラフル頭の生徒達のノリは大人から見ると見る人を楽しませるというよりは内輪感があり,痛々しいっちゃあ痛々しい。でもそういうのが出来るのは若さの特権だとも思うしちょっとうらやましい。
・ステージパフォーマンスのうち,ダンスはクオリティ高かった。エンターテイメントとして見せるレベルにあり,ダンスに無縁なオッサン(自分)が見ても楽しめた。あれをJKが見たら惚れる。
・染髪含め派手な生徒の姿が目に付くけど,ああいう(ネジの外れた)リア充は,文化祭に参加している麻布生全体から言えばほんの一部。ピタゴラスイッチ展や用兵展,音屋など,好きなものに打ち込みそれを一生懸命発表する生徒がマジョリティ。クオリティは展示によってまちまちだけど,レベルの高い展示は大人も唸る内容。(特に音屋での高校生の演奏は凄かった。ちょっと覗くつもりが1時間以上聞き惚れてしまった。)
・フロンティア展の緩い「はぐれちゃった」感が良い。こういう展示と染髪リア充が共存しているのが「麻布」アイデンティティの多様さというか懐の深さを感じた。
・食べ物の展示が少ないので文化祭でお腹を満たすのは難しい。油そば旨かった。文化祭で出す食べ物としてはかなりレベル高いと思う。量も丁度良い。これで450円(お茶付き)はお得。
息子は3日間全て文化祭に入り浸り,ますます麻布が好きになったみたいだが,親としては,来年からはお客さんではなく運営側,出展側としてお客さんを楽しませる側に回って欲しいと思っている。
明後日の卒業式に向けて、みんなは浮き足立っていた。仲のいい子とわあわあ騒ぎながら、下足箱へ向かっていく。私は一人、ポツンと空き教室で先生を待っていた。
明日は卒業式の予行練習がある。体育館は紅白幕やらパイプ椅子の準備やらで人が溢れて、慌ただしくなる。答辞を任されている私は、全体練習後にも個別で作法の指導がある。きっと忙しい一日になるだろう。
そんなことを考えながら、答辞を担当してくれる先生が来るのを待っていた。ふと奉書紙を手に取る。ところどころ掠れた字で、私の考えた、私だけの答辞の文が綴られてあった。
何だったのだろう。私の三年間は。
分厚い奉書紙を何度もめくりかえす。それは確かに、年末から一生懸命に考えた内容であった。どこを開いてもいい加減に考えた部分などなく、私が持てる力を出し切って書いたはずの、答辞。それが今になって、どうも疑わしいものに見えてくる。
私は本当に、この学校が好きだったんだろうか。
3年間、ずっと頑張り続けてきた。
生徒会に立候補したり、部活で部長を務めたり、プレゼンテーション大会に出たり、文化祭で実行委員を担当したり。人と何かを一緒につくりあげるのが大好きで、生きがいだった。組織の一員でいることが好きだった。だからクラスメイトも学校も、「みんな好きだった。」
はずだ。
夕日がガラス窓から柔らかく差し込み、机の上を滑る。日が暮れるのもだんだん遅くなり、春はそう遠くない。別れの時が近づく。なのに。
待ち遠しさでも寂しさでもない。この感情は、なんだろう。
ガラス戸の向こうに、先生の影が写った。先生が待った?と優しく聞いてくれたので、私は笑って、いいえと答えた。先生は手際よく奉書紙をまとめ上げ、糊付けをし再び私の手に返す。いよいよね。緊張する?
私はまた笑って、いいえ、と返事した。
帰りの電車に揺られて、私は遠くの方を見つめていた。なんとなく持ち歩いていた友達のSF小説も、今は読む気になれなかった。
長く連ねた奉書紙を思い出す。「何度も挫けそうになったけど」「先生や友達のおかげで」「乗り越えることができました。」「お父さんお母さん」「いつもありがとう。」「そしてみんな」「辛いことも笑い合える仲で」「本当によかった。」「ありがとう。」「これからもよろしく。」「私たちは」「未来を見据えて」
そんなもんじゃない。
声の大きなあの子にいらいらして、些細な先生の注意にひどく傷ついて、話の合わない同級生ばかりでも寂しさを我慢するより何倍もましだって言い聞かせて、寂しさの埋め合わせをするようにいろんなことに挑戦して、本音を誰にも言えないまま、心はいつだって孤独なまま、ここまでやってきてしまったんだ。
それでも私はあの学校が好きだったと言えるんだろうか?
でもそれは、この学校じゃなくたって、できたことなんじゃないかと思えてしまう。
私が好きだったのは結局、この学校の人たちじゃなくて、「他人とひとつの目的を達成すること」だったんだ。
虚しいな。
ある大学で学園祭の実行委員をしています。業務としてはいわゆる「広報」を担当していて、他大の学園祭もいろいろウォッチしています。(で、今回の話を見つけて、なんとなく調べてます)
今回の本筋とは関係ないですが、学生だった時以来一度も学園祭に行ってない、みたいな人は早稲田祭でも五月祭でも、どっかの大きな学園祭にもう一度行ってみるといいですよ。単に「来場者」としてまわる学園祭はめっちゃ面白いはずです。
学園祭に主体的に関わったことのある人でないと分からない、ビミョウな関係性についての知識です。
これは学園祭全体でみたらイレギュラーな状況です。ふつうミスコンを主催している大学祭実行委員会(東京大学駒場祭においては「駒場祭委員会」)は駒場祭のミスコンの運営に関与していません。つまり、駒場祭委員会にとって、形式は違えど、「ミスコン」というイベントは「サークルでやる牛串の模擬店」と形式上同様のはずです。(「参加団体」と「実行委員会」の関係、って言えば伝わるでしょうか。)
これを勘違いしてこの問題について論じることはいささか問題です。(百田尚樹氏が実行委員会の招聘により講演会を実施しようとした今年の一橋大学KODAIRA祭の事例と今回の問題は明らかに性質が異なります。)
歴史がある程度長い学園祭ならありふれたことですが、駒場祭も、徹底して学生の手のみによって運営されています。(駒場祭は今年で第68回目だそうです。68年前の大学の空気感、というものを考えれば、なんとなく理由は分かりそうです。ましてや東大ですし。)
学生主体の学園祭では、大学当局(多くは「学生課」「学生支援課」などの部署)は、施設などの使用などの限定的な部分でしか関与しないことが通例です。
これについても、少し社会的な認識と実際の状況の異なる場面です。おそらく駒場祭委員会にも「顧問」などは存在しないでしょう。
これは、広研が自らのTwitterアカウントで公表したものです。(https://twitter.com/utadvc_2017/status/931897374364000257)
駒場祭委員会の対学生用ウェブサイト(調べれば出てきますが、学内向けと思われるため、リンクの掲載は控えます。)にある資料を読む限り、「学生でないもの」の出演については駒場祭委員会への申請が必要であり、したがって、駒場祭委員会はこの事実について公表の前に知っていたと考えられます。
これは、三上悠亜氏が所属する事務所の代表である青木亮氏が、いわゆる「AV出演強要」問題で略式起訴されているため、当該女優の駒場祭への出演は、青木氏の被害女性たちへの配慮を欠いた行動である、と主張するものでした。「AV出演強要」問題については、論争的な部分も含めて、インターネット上に多くの資料が存在しているので言及しません。(「社会問題である」と主張している人間が一定数いる、ということだけ注意しておきます。)
「AV出演強要」問題についてのウェブサイト「AVメモ」管理人であるKAZE氏(https://twitter.com/yap00s)が、公開リプライ上で広研および駒場祭委員会に対して当該問題についての説明を求めました。広研・駒場祭委員会ともに返答しなかったため、ついで、東京大学当局に問い合わせをした旨、同アカウントにて報告しています。(こちらについても返答はなかったようです。)
ここでの不明点は、広研・駒場祭委員会に対してKAZE氏が電話等での連絡を試みたか、ですが、これに関しては、以降の行動等を踏まえると「あった」と考えるのが自然だと思います。
AV女優の出演、ということ自体が一般的には非常に過激な出来事で、AV強要問題との関連がなくても嫌悪感を持つ方はたくさんいると思います。
しかし、色々考えれば、許可する理由はわかります。駒場祭委員会の対学生資料を参照してみます。
前項で言及した、「『学生でないもの』の出演についての申請」は、資料中で「外部団体関連行為申請」と称されています。この申請にあたっての注意をよく読めば、この申請を参加団体に行わせている理由は主に「企業等の営利活動により学生の自主性が損なわれないようにする」ことにあるようです。
したがって、同申請の許可または不許可は、それにもとづいて行われると考えられます。
(同様の規制自体は多くの学園祭に存在します。企業からの協賛金などの額について報告させたり、講演会の資料を提出させたり、と方法は大学によって様々ですが。)
と、すると、「当該女優が社会的問題のある人物と深く関係しており、その人物は社会に出るべきでないのに、学園祭により活動の場を得てしまう」ということは申請の不許可事由になりえなかったのではないでしょうか。
「学生主体の学園祭」においては、実行委員会が学生の行為に対して規制をかける行為は非常に慎重に行われるのが通例です。これは、学園祭自体の存立過程が、非常に政治的色彩を帯びており、その過程で「表現の自由」というものが最も尊重されたことによります。
(「AV女優だから招聘を許さない」というのは別方向から見れば、「表現の自由」や「職業差別」上の問題になってしまいます。)
「学生主体の学園祭」において、学生と実行委員会の間の関係性が緊張している以上に、実行委員会と大学当局の間の関係は非常に複雑です。かつて、学園祭の実行委員会は大学自治の先鋒として大学当局と対立する立場でした。現在でもそうした立場を貫いている実行委員会はないでしょうが、かつてそうであったことは今なお重要なファクターです。
当局の担当者は、安全上の問題がある場合などを除いて、実行委員会が決定した事項に介入することが、(駒場祭においても)ないはずです。
実行委員会や大学当局は、今からでも出演を止めるべきなのか。これは非常に微妙な問題でしょう。まず、略式起訴された代表に雇用されているとはいえ、当該女優は犯罪を犯しているわけではありません。加えて、この出演が「広研の学生による、企画の自由の行使である」という認識が共有されてしまっていることが予想されますが、そうした認識のもとでは、出演を止めるのは妥当でない、と判断したくなります。
一方、この一連の事象が「駒場祭がAV女優を呼んだ」「東大がAV女優を呼んだ」と解釈される場合、それは駒場祭や東大の問題になってしまい、これは規制が妥当、ということになります。
この解釈は、実行委員をやっている人からすえば「主語をでかくとりすぎ」で、「広研がAV女優を呼んだ」と解釈するべきだと思いますが、社会一般の認識とはズレています。
学園祭という場所を提供してしまっている以上、当局や実行委員会も、少なくとも無関係ではいられないはずです。
私の大学の学園祭でも今後このような事態が起こらないとも限らないし、増田なら賢そうなコメントがもらえそうなので、意見を聞いてみたいです。
単なる左翼のプロパガンダを国民的行事みたいに言ってる馬鹿って何なの?
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佐々木亮(弁護士/ブラック企業被害対策弁護団代表)…日共・佐々木憲昭の息子
坂倉昇平(NPO法人POSSE理事/ブラック企業ユニオン代表)…新左翼党派・京大政経研G
松元千枝(ジャーナリスト/『労働情報』編集人)…元朝日非正規
内田聖子(アジア太平洋資料センター〈PARC〉事務局長)…共産系
須田光照(全国一般東京東部労組書記長)…元朝日新聞
www.facebook.com/blackcorpaward/posts/1631936280178047
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http://b-times.net/back/195/1.html
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●時給120円?最低賃金以下の手当で働く「共産党」の“赤”字事情
http://www.dailyshincho.jp/article/2015/11190905/?all=1
●ブラック企業対策NPO「POSSE」はブラックな左翼セクトだった
http://dailycult.blogspot.jp/2016/10/npoposse.html
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最大の問題点は、雇用が流動化せず、「嫌なら辞める」ことができないことである。
過重労働によるメンタルヘルス障害・健康被害などの根底要因となっており、
また、ブラック企業(厚生労働省的に言えば、若者の使い捨てが疑われる企業)の温床となっている。
変なことを言うのがいます。
そもそも、部活動は学校教育の一環で行われている訳で、学校のリソースを使いまくって行われています。
中学校は授業と部活だけではなく、体育祭や文化祭などいろいろなイベントがあり、実行委員になってしまう場合もあるのです。
そういった委員会などで、たまたま放課後遅くなって部活に出られなくなってしまうことも。
そんな時、部活のLINEに「学校のことを部活に持ち込まないで!」と流れてくるのです。
私は「中学の間はLINEの内容はたまに覗きますよ」と言って、スマホを渡しています。
なので、部活のLINEも、クラスの男子にちょっかい出しているLINEも、たまにチェックしています。
部活に熱心なことは悪いことではないのですが、過度になってはいけないと思うのです。
部活に熱心な先輩たちは、かなり勉学がヤバイらしと娘が言っています。
勉学がおろそかになるような部活動ではまずいのではないでしょうか。
かと言って、その先輩たちが強いのかというと、そうでもなく、
市内の大会では1位や2位になれても、地域の大会ではボロ負けするレベルでしかないのです。
文科省は中学の部活動は、週に2日以上の休みを設けるように指針を出していますが、
定期テスト1週間前は部活動は休みと学校が決めていますが、先日は期末テストの前日に大会があり、
娘は試合に出るわけではないのですが、微熱を押して参加しました。
夕方帰宅したときには38度を超えていて、期末テスト1日目を休みました。
(学校を休んだ日、ちゃんと寝てるのか覗いたら漫画読んでいたので、期末テスト云々はあまり言いませんけど。)
まあ、いろいろ思うことはありますが、その先輩にちょっと言ってやりたいことはあるのですが、
なんせ、子供同士のLINE内のことなので、娘の立場とかも考えると・・・。
でも、その先輩は娘の友だちにも、「習い事とかで部活休むのは基本禁止だから」とか、
「私たち3年も習い事をやめたりしている」などとLINEを送ってきていて、おいおいと。
そんな先輩がいるので、娘たちの代は、何人も辞めてしまいました。
先輩たち、今の3年生は、試合に出られる人数は揃っているのですが
娘たち2年生は、新たに入った1年生と合わせても、試合に出る人数になりません。
今の3年生は、自分たちが勝つことだけを優先して、
後輩を育てず、試合にも使わず、自分たちの思い出づくりだけをしているように感じています。
懐かしいし! 微笑ましい!
私も、嫌いな先輩がいたな。
娘と同じく、ただただ、先輩を怖がっていたな。
アホだったし、アホ発言していたなと。
きっかけは、小2の時にクラスの女子のメガネケースが机から落下し、壊れてしまう。ということでした。
その様子を遠くで傍観していると、赤井さん(女子)が教師にこの事について話しているようでした。
赤井さんは、「近くにいたから」という理由で大石さん(仮名)と何故か私を指名しました。
その後、緊急の学級会が開かれ、教師が明らかに私に対して不利になるような言葉を並べ、
「柳沢さん(仮名・私)と大石さん、どっちが悪いか多数決しましょう。」
と言い出しました。
クラスの大半が私がやっていた。と手を挙げ、私は反論しました。
しかし、それは無意味なもので教師はなにも認めてはくれませんでした。
下校後、学校から連絡が来ていた。ということもあり、親から様々なことを言われ、私は「絶対やっていない。そもそも、その場所に行っていない。」という趣旨のことを伝えた後、同じクラスの友達の親から電話がかかってきました。
「柳沢くんは、やっていないらしいね。私の子供が言うには、『大石くんがやってた』ということだった。詳しく話聞きたいからおうちに来れる?」
かけてきた友達の親の家は、とても近所で電話がかかってきたあとすぐに親が私を連れ、到着後話し込んでいるようでした。
次の日、教師から「もうあなたが認めれば、ことが丸く収まるから、赤井さんに早く謝って。」と言われ、私は、赤井さんに「ごめんなさい。」と言ってしまいました。
帰宅後、親から「どうだった。」と聞かれ、「謝ったよ。」と伝えると、「何で謝ったの! あなたやってないんでしょ! それは罪を認めることだよ!」と言われました。
この時、小学2年生だったため、「謝る」という本当の意味を知らなかったためです。
これらのことがあった後、クラス内で1人でいることが多くなりました。
3年生に進級し、新たな楽しい生活が送れると思い、とてもわくわくしていました。
クラス担任を中心とする、酷いいじめを受けるようになりました。
相談する相手も居ず、学校が嫌いになってしまいましたが、「とりあえず学校には行け!」と言われ、抵抗はしたものの通じず、仕方なく学校に行きました。
このときの私は太っていて、担任からおなかを直に触られることが数え切れないほどありました。
また、クラスメートからは悪口や陰口、さらには過度なちょっかいなどがあり、とてもこのクラスにはいられない気がしてきました。
給食の際にも、いじめを受け、給食を食べないということもありました。
しかし、担任が止めてくれましたが、それがきっかけで、さらにいじめがエスカレートしていきました。
担任は、私のすべてを受け入れてくれるとても優しい先生でした。
今まであったことをすべて話した私は、泣いていました。
小学3年生の時と同じクラスメートでしたが、その先生の支えもあり、クラスになじめていたような気がします。
私はパソコンが趣味で、その先生もIT系に強い先生ということもあり、Excelの話やPPの話など様々なことで盛り上がりました。
ただ、先生はそこまで甘くはありませんでした。
毎日、職員室に行って先生から様々なことを聞いていたり、教室にプリントを運ぶ手伝いをしていたりしました。
突然、「お前はもう大丈夫だから、朝職員室には来るな。」と言ったのです。
私は、少し悲しくなりましたが、自分に自信を持っていたため、「わかりました。」と返しました。
担任は、とても優しかったものの、その事が理由でクラスの雰囲気は崩れ始め、学級崩壊・学年崩壊とまでいくようになりました。
秋頃、小2の時に私は大石さんと喧嘩をして、感情を抑えきれなくなり、教室にあった水槽を割ってしまうということがありました。
小学6年生の時、すべてが変わりました。
担任は、少し厳しい先生が入り学級・学年がまとまってくるようになりました。
私がパソコンに強い。ということを知っていた担任の先生は、放送委員会の引き継ぎを私に優先していただき、さらには委員長までになりました。
その先生は、ダメなことはダメ。というはっきりした性格で、私の曲がってしまった心を矯正してくれる、恩師でした。
さらには、「小2の時にメガネケースが破損した」という事に関して、真犯人が出てきたこともありました。
卒業式の呼びかけの際には、担任の計らいで、私と大石さんがラスト・ラスト2という大役を任されました。
中学校1年生から、自分の感情を抑えきれるようになり、中学校2年生の時には、学級副委員長にもなりました。
中学校3年生の時には、学級副委員長・文化祭の実行委員をやるようになり、いじめでコミュニケーションも控えめになっていましたが、それが改善されるようにまでなってきました。
現在は、中学2年生の時から志望していた高校に合格・入学し、部活や勉強にのめりこむ毎日を送っています。
その人たちに、会っていなかったら私はとても楽しい小学校生活を送っていたと思います。
何故教師たちは、いじめを助長するような言葉を発するのでしょうか。
いじめは、受けている側が「いじめ」と思った瞬間にいじめになります。
まだ「いじめ」という考えが浸透していなかったこともあるのでしょうか。
学校の評判が下がる? いじめに関わったらいい役職に就けない?
それは、学校・教師の話であり、苦しんでいる人たちはさらに苦しむことになります。
id:kiku-chan です。
以下、なんとなくアドバイスっぽいことを散文的に。
前回の大事故は主催者のキャラクターによるところが大きいので程々にしておけば良いと思います。
女性だけの参加に絞るとかしておくと事故の確立は下がると思います。
企画とかしなくても、共通の話題があるだけで楽しいと思います。
前回、色々ありましたけど、実行委員会の飲み会はすごく楽しかったです。
お題あげてみました。
ハイクでは小規模オフが良く行われているので参考にしてみると良いでしょう。
http://h.hatena.ne.jp/target?word=20170624%E3%81%AF%E3%81%A6%E3%83%96%E3%82%AA%E3%83%95
あと、ツイキャスとか考えないほうが良いです。面倒だし
3月25日におこなわれたモヨコ先生のサプライズバースデーパーティーについて忘れないうちにイベントレポ。
レポとかはじめて書いたので至らないところが多々あると思います。
あと割りと記憶を頼りに書いているのでこまかい違いもあると思います。ご了承ください。
あとめっちゃ長くなったので暇な人だけどうぞ。
今思えばすべては1月13日にはじまったのです。
仕事が終わって家に帰り、久しぶりに自宅のマンガを読み返していました。
ジェリービーンズとReal Clothesを読み終わってスマホを開いたら1通の新着メール。
「《※号外※》安野さんの誕生日を一緒に、お祝いしませんか?さらにサプライズを計画してくださる【実行委員会】も募集!」
それはいつも愛読している安野モヨコ先生のファンメルマガからでした。
「ファンの方と一緒に【サプライズバースデーパーティ】を企画しようと思います!
安野さんには一切内緒で当日、会場に来た安野さんをファンとスタッフがサプライズでお祝いする!という企画です。」
行きます!行きますとも!ていうか実行委員会とか加入したい!みんなで登場キャラのメイクとかしたい!
スーパーハイテンションで参加希望フォームから参加意思を登録。
あっというまに大ファンになり、ジェリービーンズ・ハッピーマニア・シュガシュガルーンなどなど買っては読み、
そして読み返し!
といつも思う私。
展示会も必ず行って、コメントを残して、作品をじっくり堪能したら
もしかしたら先生が見に来ていないかな、とお客さんを眺めるただのやばい人になっていた私。
そして1月26日。
新しいメールが届きました。
内容は応募者が300を上回っていること。(そうでしょうね!みなさんお会いしたいよね!)
じりじりとメールを待ちました。
まあ実行委員会には入れませんでしたが。
新作の鼻下長紳士回顧録を楽しみに日々をすごそうと思っていたころ。
3月1日。
【※ご招待状※】安野モヨコサプライズバースデーパーティに当選しました!
とのメールが!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
やったーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
秒でチケットを購入。
1万円しないとか実質無料どころか運営側は大赤字なのでは?????????????????????
ついにお会いできる!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
持ってるやつ面白みなくね?
着物を着るしかないのでは????????????????????
美人画報でも安野先生がパーティ的な時は着物がいいよね的なお話されてるし
よし着よう。
そして3月25日当日。
いつも使っていないGmailに連絡が届いていることに気づいておらず、めっちゃあわてました。
11時開場でしたが連絡が届いていることに気づいてなんとか11時20分に到着。
お会い出来ないかと思って泣くところでしたよ、、、
高層階なので景色も素敵。
内装というか飾りつけもかわいくって。
いろんなところに小さいキャラクターがいたり、フォトスペースが用意されていたりと至れり尽くせり。
受付で名札を貰ってウエルカムドリンクを貰って、指示された自分のテーブルへ。
気づいたら大好きですって2回も書いてた。恥ずかしいね!
とりあえず紙を提出し、周りを見わたすとまーーーーーーーーーー女子しかいません。
だいたいドレス。たまに私服っぽい方もいて、それはそれで可愛い!
着物は私を入れても数えるくらいでしたね。
同じテーブルになったサーモンピンクの美しいワンピースを着ている美人さんに声をかけると
やっぱり遠征してでも会いたいよね。
そして当然バースデーパーティに来るくらいの方しかいないのでガチ勢しかおらず会話が楽しいこと楽しいこと!!!
くいいじ最高って言って通じる。神。
普段はだいたいシュガシュガルーン、働きマン、さくらんしか通じないから。。。
あと蜂のコスプレをしたお子さんがうろうろしてて可愛かった、、、
エクルたちがあってそれも可愛すぎでした。私も欲しい、、、
そして司会のマリモさんに促されお誕生日おめでとうございますコールの練習をしたり
え??????????????????????????????
これはまさか??????????????????????????
「今、安野先生が会場に向かっているとの連絡が入りました!
キャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
会場大騒ぎ
だって今日モヨコ先生のイベントだよ??????????????
私を含め緊張がピークに。
同じテーブルの皆さんと緊張する、とか手が震えてきた、とか話していると
いらっしゃるよーーーーーーーーついにいらっしゃるよーーーーーーーーーーーーーわーーーーーーーーーーーーーーー
そして先生到着。
全員「お誕生日、おめでとうございまーーーーーーーーーーす!!!!!!!!!!!!!!!!!」
クラッカーパーン
監督ったら私服そのままかよ、、、、好き、、、、、、、、、、、
モヨコ先生美しすぎ、、、、、、、、、、、、、、、、
モヨコ先生は白のコートにゴールドのニットで白いパンツ、ヒールがゴールドの白いパンプスをお召しで、美しかったです。(語彙力の死亡)
監督はワイン色のほわほわしたパーカー(前のジッパー全閉め)にブラウンのパンツ、黒の靴下でブラウンの革靴。
監督がエスコート役だからパーティだって分かっているのに普通に私服ーーーーーー大好きーーーーーーーーー
会場「えーーーーーーーーーーーーーーー笑」
先生「ホント今日芝居をするっていう打ち合わせを、、、やっぱりちょっと演技がへたなので、、、正直に言います。」
「でもこんなにたくさん綺麗な方々が来てくださっているとは思っていなかったので、それは本当にびっくりしてます。あと、蜂がいるのもちょっと知らなかった笑」
会場「笑」
モヨコ先生の好きな紫をベースにした長方形のケーキで、紫のバラやいちご、
鼻下長紳士回顧録のイラストのクッキーやアイマスク・ビスチェ・ハイヒールのクッキー、おちびさんのクッキーと
ホワイトチョコ?の「Happy Birthday Moyoco」と書かれたメッセージチョコ。
モヨコ先生はずっとファンのみなさんとお話されたり握手されたりしてて。
ゆっくりご飯食べてください!!!!!!!!!って思いました。
そして監督は普通にご飯食べててめっちゃ可愛かったことをここに報告します。
座って、ひざにナプキンしいて、手を合わせていただきますってしてました。
可愛すぎる、、、、、、、、、、、、尊い、、、、、、、、、、、、、、、
スタッフの方がおかわりお持ちしますか?って聞いたのは断って、
自分でとことこおかわりを取りに行かれてて。
結局飲むの?!そして自分で取りにいくの?!可愛い!!!!!!!!!!って思ってました。
モヨコ先生は現在顔出しをされていないとのことで写真NGでしたが
握手とか話しかけるとかはもう全然OKで、モヨコ先生に話しかける長蛇の列が。
当然並び、ついに先生のもとへ。
私「握手してもらってもいいですか」
先生「もちろん!」
ごめんね冷たくて、と仰られたので暖めときます!って握りしめました。
テンションが高くて手が温まってたので。
後ろにも人が並んでいるので
これからも応援してます!お体に気をつけてください!と言って次の人と交代。
幸せすぎ、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、無理、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、
このテンションのまま監督とのツーショット撮影の列に並びました。
一緒に写真を撮ってもらい、
シン・ゴジラ5回見ました、と伝えると
ありがとうございます、って頭を下げられ、
いえいえ!面白かったです!ファンです!これからも応援してます!
と伝えて次の人と交代しました。
自分のテーブルに戻ってからもう死んでもいい、ってうわごとのように呟いたら
死なないで!って言われました笑
しばらく談笑タイムが続き、さっきのケーキが食べられる流れとなり、
そしてプレゼント贈答。
さっき私も書いたコメントも貼られたメッセージブックを実行委員会から。
1人目の方はジェリービーンズを学生の時に読んで虜になったこと。
頂いた力を少しでもお返しできるよう、これからも先生の作品をたくさん買います!と仰られ、
会場から笑い声が起きていました。
オタクとして正しい姿ですね!私もこれからも大好きな作品にはお金をどんどん払っていきます!!!
ある日その事務所からの帰りにひげをはやしためがねの男性を見かけたこと。
そのとき男性は素足にサンダルだったこと。(ここで会場で笑いが起きました。監督、、、好き、、、)
着物の会?にモヨコ先生が出席したとき、とってもモヨコ先生は疲れているはずなのに
着物の話からずれそうになったら話を戻し、ジョークで会場をわかせたりしていて、
居眠りくらいしちゃえばいいのに、ってその編集さんがつぶやくと
「苦労しているんですよ」と呟きが聞こえて、はっと顔を上げると
無表情で前を見つめる監督がいたこと。(ここでまた会場で笑いが。)
ああ、監督とモヨコ先生はお互いがお互いを尊敬していて、理解しあっていて、支えあっているんだな、と感じたこと。
これからも体に気をつけて、と締めくくられ、手紙タイムは終了。
その後スタッフさんが作ったサプライズ動画を見てまた泣きました。
先生はイベントを知っていたとのことでサイン入りのしおりをいただきました。家宝にします。
お土産をうけとり、帰り際ファンのみなさんと現実に帰れない話をしてから解散。
幸せでした
最高でした
本当に行ってよかった
お土産はおちびさんのうちわと湯のみ(小道具なのでお湯を入れると溶けるって言われました。溶けるの?!)
はあ。念願のこれ。この匿名ダイアリーが書きたくてはてなIDをつくった。(ガチ)
最近なんだかいろいろつらいというか精神がおかしくなってきていて、安定するには文章書けばいいんじゃないかという結論に至りこれを書いている。なんで文章で精神安定だよって読んでいる人には何が何だかわからないと思うし、もしかすると読んでる人もいないかもしれないけれど、まあ暇すぎて暇すぎてという人の暇つぶしくらいにはなると思うので、よかったら読んでほしい。
いまわたしは花のJKである。真っ盛りである。でもまったく花なんかじゃなくどちらかというとスクールカースト上位の花達のなかにクラス編成のために人数合わせで入れられた泥水のような毎日を過ごしている。自分で書いといてあれだけど、結構おもしろくない?あ、おもしろくない?ていうかスマホからだと絶妙に打ちにくいな……まあ書くけど。
友だち……はいないわけではない。お昼にぼっちになることもない。移動がひとりということもあんまりない。端的に言うといじめられてません。だけど、ぜんぜんたのしくない。カースト上位の子がたのしそうにしているのを見ると、腹が立つというか、腹が立つのもお門違い。だってあっち、悪くないし。腹が立っているのは自分に対して。花のJKのわたしがいちばんつらいと思う行事ってなーんだ。文化祭だよ。準備に出たけど話せる子は部活やら実行委員やらでまったくいなくって、出来上がってるカースト上位のグループはわたしが教室に入ってもちらりと見るだけで、まあわたしが見えてないらしい。知ってたけど。わたしもまったくはなせない。そういう系、わかるひとにはわかる、そういう系の人と話すのは、苦手だ。でも出ないと何か言われるし、なんだかもういろいろ嫌だった。必死に出たけど、話す人もいないし、離れたとこでひとりでもくもくと作業して、帰りのラッシュがおこる前にそっと帰ってた。話せない自分にも腹が立つ。羨ましいんだな。そうやって、キラキラしてて、いかにもJKですって感じの、男子と話せてて、クラスで発言権持ってて、なんか、どこでその子たちと違う道に来ちゃったのかわかんないけど、あたしもそういう日々を、そういうJKに、なりたかった。なんでなれないんだろう。何が違うのかな。あたしだってみんなでわいわい文化祭準備して、たくさん写真とって、そうやってやりたかった。みんな、あたしと話してくれる子も、それぞれいちばん仲いい子っていうのはいて、でもあたしにはいなくて、そういう子と過ごせたら、なんか違ったのか、とか、なんとか、打ち上げしよー!って一部でクラスLINEで騒いでるの見て、Twitterで〇組最高〜!文化祭楽しかった〜!って、これでもかってくらいコラージュされて加工された写真つけたツイートみて、心が冷えた。どうしたものか。あたしがやりたかったことをみんなはやっている。なんであたしにはできないんだろうか。中学ではけっこういろんな子と話せてて、面白いねって言われてて、あたしのポジション、クラスにあった。いまは、ないけど。なんだかもうどうしていいかわからないし、さいきん学校で気持ち悪くなること多数で、病院つれてかれそうです。ハートクリニック(笑)。
いじめられてない。自傷する勇気?ない。 爪でやってるけど、カッター怖くて使えないの。ビビリかよ……友だちいる。でもなんかいつも孤独で、なんでこうかわかんないよ。家族とはトラブルとかないよ。あたしのメンタルが弱すぎるのか。さいきんは自分がダメすぎて、こんなのにお金を払って育ててる親、かわいそうだなっておもう。勉強運動できないし。しにたいとかじゃなくてやりなおしたいっていうかきえたいっていうか、わかるかな、そんな感じで、月曜を思ってため息はきながらこれ書いてる。
今、就活を頑張っている人とは始まる時期は違うし、景気も違うだろう。
けれど、いまだに就職活動の仕組みはあまり変わっていないようだ。
そして、書類選考で提出する書類には、その会社でやりたいことや自己PRを書かされるのであろう。
書類選考用の作文で悩んでいる人はなので、開き直って1%の真実に99%の嘘で盛った作文を書けばいいよという話を下記にダラダラ綴る。。
書類選考の書類を書くたびに「企業はなんでこんなことを聞いてくるのだろう」という疑問。
すでに就活が終わっている人たちは「このぐらいのおべんちゃらや建前が書けないやつは就職しても使えないヤツ」と言うかもしれない。
実際にそういった建前を書いて入社した身としては、この疑問はなくならなかった。
「その会社でやりたいこと」そこそこ大きい会社だと、配属先によって業務が異なる。
その会社でやりたいことと違う部署に配属されることはままあるし、一生配属されないことだってあるだろう。
身近な上司や先輩、もしくはその人たちの良いところをパッチワークのように継ぎ接ぎしてロールモデルを作れといわれる。
考えが至らない私は「やりたいこと」と「ロールモデル探し」の時点で、会社の言うことが乖離しているようにしか思えなかった。
新卒で入った会社にたいして、ただ給料をもらってやることやって定時で帰りたいということだけしか考えていなかったので言われるままに淡々と処理していた。
夢や希望みたいなものを持たずに入社すると、過剰な期待をすることもなく幸せに生きることができるなと思った。
「その会社でやりたいこと」以上に、就活中に悩んだたのは「自己PR」だった。
半年ほど寝込んでいて、周囲から遅れをとって就活をはじめた私にとってとてもしんどい作業だった。
自信喪失をして寝込んでいて、少し回復したら自己肯定感たっぷりの作文をしろって言われても何を書いていいのかわからなかった。
就活サイトやアマゾンのレビューを参考に、自己PR文の書き方の参考書を購入した。
参考書を読んでも、なんだか立派な人生経験をしている人の文例ばかりで参考にならなかった。
アルバイトリーダーになったとか、留学経験があるとか、父親を亡くしたことがきっかけで生命保険の大切さが分かったとか。
アルバイト経験があってもリーダーになったことはないし、留学する時間も金も情熱もない大学生だった。
父親は私が産まれてすぐに自殺未遂をしたり、うつ病になって気分で怒鳴ったりニコニコしたり寝込んだりしていたけれど生きていた。
小論文のように決まりきった構成があり、データをもとに賛成か反対かの根拠を書いていく文章のほうが得意だ。
どうしたら、キラキラした自己PR文を書けるのか毎日悶々としながら書いては消しを繰り返していた。
悶々としている内に、どうも自分には自己肯定感が足らないことに気づいた。
自己肯定感が強い人間は、私から見て大した経験もしてなくても、その経験がいかに立派なものかをキラキラした自己PR文に落とし込み
それをさも立派なことのように発言できるようだ。
どうにかして、自己肯定感たっぷりのキラキラした人間を偽らなきゃいけない。
改めて、大学生活中にやっていた委員会やアルバイトのことを書き出してみた。
自分としては大したことではないが、人事に受けそうなネタを2つほど出てきた。
1つめは、学祭の実行委員をやっていたこと。芸能人を呼んで交渉したりしていた。
なんとなくススメられ、先輩に教えてもらうがままに作業しただけで終わったことである。
2つめは、光回線の勧誘電話をするアルバイトをしていて、在職していた3カ月ほどの間売上TOP3に常にいたことである。
マニュアルを読んで、面倒なクレームは社員に投げるだけの簡単なお仕事である。
私の中ではこの2つは立派なことではなく、ただ流れにそって作業しただけだ。
たまたま運良く上手くいっただけだ。自己肯定感が育った経験とはとてもいえない。
書類選考用の文字数をうめるものとして、この2つは役に立った。
自分も一時期それに近い症状に陥ったことがある。
今は全然平気になった。
逆に、ライブのあとのペラアンケートとかもわりと埋めて出すようになった。
折り合いというより、克服話になっちゃうか。ごめん。
アンケートの自由回答やら、雑多な感想やらを「受け取る側」を経験したことだと思う。
学校の文化祭実行委員だか生徒会だったか、どこでだったかはちょっと忘れた。
見られる、読まれる側の意識だけだったのが変わったんだろうな。
すげえ適当なこと書いてあったり、雑な文句を言われたり、言い方はきついけどごもっとも、って内容もあったし、でもその全部がけっこう読んでて楽しかったし、嬉しかったし、みたいな感じで、「あー、なんでもいいんだなー」って思い直したというか。
逆に、自由回答が埋まってないのを読んでも特に何も思わないこともわかった。
だから自分が書くときも、なんとなくぴんと来ない時は埋めずに出す。
書けない時もあって当然だから。
コメントを見てきたなかで、いいな、って思った人の語り方が今の自分のアンケート記入の書き方のモデルになってると思う。
http://anond.hatelabo.jp/20151005175917
の続き
「心が叫びたがっているんだ」を語るにあたって、最も欠かせない部分。それは学園パートではなく、家庭でのシーンにあると思う。
意外に思ったはずだ。学級会議で突然歌い出した成瀬に対するクラスメイトの人間的にまっとうすぎるリアクション。そしてそもそも成瀬のような生徒がいじめられていないクラスという環境。最初の印象は「やさしい世界」そのものだった。
しかし一方で、私はこのクラスの環境について、全くのファンタジーだとも思わない。私自身、近い環境は経験したことがあるからだ。私は高専という5年間同じクラスで学生が生活をし、工業系ということでオタクばかりが集まった中で学生生活を送ったことがある。それがちょうどあのクラスの環境に似ていた。いわゆるリア充やスポーツマン、根っからのオタクなどその中でもカテゴリは存在していたものの、それぞれに学園ヒエラルキーが適用されるのではなく、お互いに棲み分けを行うような形で折り合いをつける。結果、異分子的な存在に対しても特に働きかけることもない一方でいじめのような状況は発生しない(しなかったと思っていると付け加える)。
おそらく「ここさけ」の舞台の学校も、近いような環境、学力的にステロタイプに表すなら、偏差値が高いほうではある一方で、エリート校と言うほどではない奇跡的な案配といったところなのだろうと想像した。
ともかく、「やさしい世界」的に描かれた学校のシーンは、とても淡泊なものとなった。これはいじめ描写を除外することでその他のドラマに描写を注ぐためだったのだろうと思う。(本当は少し違うと思うのだが、後述する)
そのドラマとは当然青春ラブストーリーもあるが、それよりも重要なのは家庭のシーンだったと考えている。
まずは描写も直接的でわかりやすい成瀬の家庭について説明する。
まず、女手ひとつで子供を養うために母親が就いた仕事が「保険の勧誘員」というところ。ある程度年齢がいった女性が中途で採用される職業で、比較的安定しており生活が成立する収入を得られるものとして、典型的なものだ。彼女らの仕事は半歩合制であることが多く、望む収入によって仕事の量が変わってくる。夫婦共働きなら昼間だけつとめれば良いが、一般的サラリーマン並みを一人で稼ぐとなると残業は当たり前で、劇中のように帰りが遅くなることが多いだろう。
そして、母が在宅していない時、成瀬一人で自宅にいるときの「明かり」の付け方。あれもものすごく写実的だ。リビングのうちシステムキッチンの明かりだけつけて最低限の明かりを確保するだけ。ひどくリアルだと感じた。これは単に成瀬の暗い性格を表す演出というだけではなく、親が出かけており子供一人で留守番をしている光景として、典型的なものだと思う。電気代を節約して家計に貢献だとか、そういうことでは恐らくない。単に子供一人にとって、一軒家が広すぎるからだ。どうしても明かりは最低限となり、家全体で見たとき、点々と明かりがぼんやりとついているような状態になるのだ。何も片親だった人だけでなく、夫婦共働きの子供だった人なら思い当たるところがあるだろう。
車の音やインターホン、他人や親の気配を感じてびくりと身構えるあの感じも、そのものを写し取ったかのような正確さだと思う。
片親の親、あるいは子。共働きの親なら胸が張り裂けるような描写であっただろう。
登場人物のうち、自宅の描写があるのは成瀬と坂上だけだが、坂上が昔ながらの一軒家の形式に対して、成瀬の家が異なっていることはすぐ気づくところだと思う。
彼女の家はいわゆる分譲住宅だ。幼少期の描写ではぽつんと一軒成瀬の家だけが建っていたところから、現在では周囲に家が立ち並んでいるところをみると、成瀬の父親は転勤族であり、新しくできた分譲住宅に飛びつくような形でやってきた新参者だったのだと想像できる。
そこでまもなく彼女の意図しない密告により、両親の関係は決裂してしまうことになる。母親は子供を養うために働きに出るしかなく、自動的にご近所づきあいは破滅的に。地域性というバックボーンがない新参者のために、塞ぎがちになった成瀬に対しても「近所のガチンチョ」だとか、「面倒見の良いおばちゃん」のようなケアは存在しなかった。
建物一つの描写をとっても、このように彼女が今に至るまでで、そうなってしかるべきであったという状況が、写実的に示されているのだ。
この状況は、成瀬本人にとってはもちろん、母親にとっても過酷だ。母は成瀬に対して辛く当たるひどい親として描写されてはいたが、彼女の立場に立ってみれば、同情を禁じえない境遇といえるだろう。
坂上家で成瀬の母が「娘がおしゃべりで電話代がたいへん」なんて見栄を張っている描写もあったが、恐らく彼女は仕事場でも同じ嘘をついている。
典型的な母親のつく仕事である「保険の勧誘員」という職場において、子供の話題というのは避けて通れないものだろうから。
「心が叫びたがっているんだ」という映画。うわっつらはありきたりで平和な青春ラブストーリーであるが、このように少し掘り下げるだけで緻密で残酷な描写がちりばめられている。
しかしこれだけではない。行間に隠されてはいるが、物語の読解に重要なもう一方。勝るとも劣らない残酷な描写がある。
それはもちろん坂上の家庭環境だ。
坂上は父方の祖父母の元で生活している。そこは父親の実家であり、本宅でもある。しかし父親は家には寄りつかず、事実上は別宅みたいな扱いになっている。坂上の両親も成瀬の家庭と同じく離婚しており、母親が居ない片親の環境。子供の世話は父の両親、坂上からすれば祖父母に任せっきりだ。
以上が物語上で語られ、描写された内容ほぼすべて。祖父母が居ると言うことで、成瀬の家とは異なり暖かい明かりに包まれており、表面上とても平和に描写されているし、事実、平和なのだろうと思う。
しかしこれらの「行間」には、特に現役の父親にとって、致死量のカミソリが仕込まれているのだ。
それは、直接的には描写されない坂上の父親の影を追っていくことで明らかになっていく。
まず、成瀬が初めて坂上の家を訪れたとき通された父親の部屋。あれで一気に、坂上の父親の像がはっきりする。
普通の一軒家に見える家屋の二階に突如出現する、完全防音の音楽室。典型的な趣味人の部屋だ。防音設備など普通のサラリーマンでは考えられないような出費を伴うものだ。そもそもがあの家自体、広大な土地がある北海道において「坪庭」など、まさに道楽者そのものだと言える。※坪庭というのは家屋の中に四角く切り取った庭をこしらえたもの。本来は土地の限られた京都などのような所でふさわしいものだ。
そこから推測できる父親像はつまり、かなりの収入を得ている人物。さらに推し量ると恐らく音楽関係の業界人。それも相当名の高い人物と考えられる。
坂上は幼少期いやいやピアノを習わされた。しかし次第に夢中になり、ピアノに専念したいから私立校に進学するのはいやだと母親の勧めを突っぱねることになる。彼を擁護する父親、反対する母親。それが坂上の両親の離婚の原因になったという。しかし言葉の上では確かにそうかも知れないが、少なくとも現代の日本において離婚はまだそこまで軽々しいことではない。子供の進路についてもめることはどこの家庭でもあることだし、私はそこまで致命的な問題ではないと思う。
恐らく坂上の母親は、その件がきっかけで堪忍袋の緒が切れたのだ。家庭を顧みず、父親ではなく趣味人としてしか生きない男に。
男の片親。子育てを彼の両親に一任して自分は仕事に専念する。頼れる両親の健在な父親にとって、至極妥当な選択かつ、リアルなものに感じる。恐らく音楽の業界人ならば、仕事は都心のことが多いだろうし、それは当然家庭にほとんど寄りつかなくなるだろう。それに、当人にしてみれば、苦言を言う妻という存在がなくなり、以前よりよりいっそう父親の任を感じることなく趣味の延長のような仕事に没頭できるようになったのだ。坂上の祖父母はとても温厚だ。孫相手だというのもあるだろうが、坂上父のこれまで推察した人物像から考えれば、彼もまたこの二人に甘やかされて育ったのだろう。
今の彼は、もう一度独身貴族を楽しんでいるような感覚でいるかも知れない。「お子さんいるんですかぁ?信じられなぁい」なんて言われたりして。
父親が習わせたピアノで、坂上は母親を失うことになった。少なくとも表面上の因果的には。
しかし恐らく、父はそれについて罪の意識は抱いていない。そもそも、ピアノを教えたことが正しかった、間違っていたの葛藤すら抱いていないと思う。
ピアノを習うことは彼にとって当然だからそうしただけのこと。彼は自分が息子に与えた影響というものを全く意識していないのだろう。そもそも、父親としての自覚が希薄だから。
息子の坂上自身について考えてみよう。公式サイトにおいての彼のキャラクター紹介はこうだ
まるで平凡で人畜無害な子供のような説明になっているが、本編を見れば明白なとおり、事実とは真逆だ。
まずクラスでの立ち位置。無口でエアー的に振る舞う様は説明の通りではあるが、実行委員に選抜されたあと、坂上は学級会議の司会を堂々とつとめている。それを受けてのクラスメイトの態度、そして平時からのDTM研での扱い。これはいわゆる「表立って目立つタイプではないが一目置かれてるタイプ」の生徒のそれだ。成瀬や仁藤を除いても、もう一人や二人くらい、彼を思っている女子がいてしかるべき立ち位置に彼は居る。これは上で説明した彼の家柄によるものと考えることもできるが、彼の振る舞いを観察すれば、なんとなく推測できるところがある。
まず、その人格が常軌を逸している。言うなれば英雄的なところ。
完全に異常者である成瀬に対して、彼は最初から一切、一ミリも物怖じすることなく接した。普通にできることではない。彼の異常性というか、異端、あるいは抜きんでた人格を表していると思う。
「やさしい世界」のクラスメイトも成瀬に対して差別的な態度はとっていなかったものの、進んで接触するようなことはそれまでしなかった。
そのハードルを素知らぬ顔で乗り越える。というより、彼自身の異常性のためその特別さに気づいていないだろうところ。彼が一般人とはかけ離れている描写だと思った。
そして音楽の才能。
彼は「作曲はできない」と謙遜してはいるものの、ミュージカルの曲目において、それぞれのシーンを象徴する完璧と言える選曲を行った。そして即興でクラシックのマッシュアップさえしてみせたのである。それも、もう一つの結末の案を成瀬から聞いてたった数秒の逡巡の後にだ。才能があると言うほか無い。
つまりそこに集約される。クラスから一目おかれ、常人離れした振る舞いをし、音楽の才能がある、彼はいわゆる「天才」である。
ここで先ほど挙げたシーンに立ち戻ることができる。
「あこがれのお城」での彼の涙の理由について。
彼はもちろん、彼が説明するとおりの理由で涙した。「坂上拓実」と連呼する彼女の言葉に聞き入りながら。
奇しくもミュージカルの最終幕の歌詞をなぞらえるように、音の上では名前を呼んでいるだけのそれが、「愛しています」と聞こえてくるその芸術性に感じ入って涙したのだ。
言葉はその意味を越えて話し手の気持ちを投影するものなのだと。
あの切迫した状況においてである。天才の感受性と言うにふさわしい。
さて、彼の父親は誰だったか。
音楽業界において有力な人物である。彼もまた、音楽の天才と言えるのだろう。こんな自覚が希薄な男でも、坂上にとって彼は間違いなく「父親」であった。
彼の影響下の元、彼と同じ家庭環境に育まれ、坂上は父親の人格をしっかりと継承しているのである。いくら自覚がなくても、子供は親の影響を受けて育ち、それらを継承してしまう。
ところで、ここまで一切触れることはなかったが、仁藤の人格についても考えよう。
チア部のリーダーで責任感が強い。ラストのミュージカルで急遽代役を務める事になったときの態度からも読み取れるように、背負い込み、気負いすぎる性質を持っている。
私には彼女がある人物に重なって見える。
それは成瀬の母親だ。彼女は頼れる両親がいなかったのかもしれないが、どちらにしろよそに頼ることなく、女手一つで子供を育てる選択をした。再婚もせず、もちろん育児を放棄することもなかった。
彼女もまた、責任感が強く、背負い込み、気負いすぎる性質を持っているといえるだろう。
一方坂上はといえば、父親としての役目を全うできない道楽者の生き写しである。
ここまで考えると想像せずには居られなくなる。
彼らが結ばれ、子供をもうけるようなことになったとき、待ち受けている結末について。
そうならないと信じたい。
交流会を通しての経験から何かを得、成瀬や田崎のように坂上もまたその業からぬけだすことができるのだと。
以下は蛇足になる。
ここまで残酷で緻密な描写ができる監督、脚本家というのは何者なのだろう?と考える。もしかしたら、彼、あるいは彼らもまた、過酷な家庭環境で育ったのではないだろうか。そうでもなければ、ここまで緻密な描写など不可能なのではと思えてならない。
そして劇中の「やさしい世界」としてのクラス。部活でもクラスでも一目置かれる坂上の立場。
彼は過酷な家庭環境をもつ一方で、その救いを学校生活に見いだしていたのではないだろうか。
さらに推し量るなら、彼の担任教師の高校教師らしからぬ立ち振る舞い。そして文化祭の主役という立場を、スケープゴートとしてしか捉えない大人びた生徒達。彼の原体験は、大学生活にあったのではないか(あるいは高専?)と想像してしまった。
そして家庭シーンの原体験は成瀬と坂上の家庭の合いの子。きっと彼は「坂上と仁藤」の間に生まれたのではないだろうか。
そして彼は「父」になることを恐れているのだ。
ここまで書いたが、実は以上の内容、ほとんど筆者である私が気づいたことではない。
私はこの映画を、友人たちと連れだって見に行ったのだけれど、そのうちの一人の境遇がまさに、「片親という家庭環境で育ち」「現在父親」というものだった。
彼はその境遇故に、この映画の行間に仕込まれた凶器すべての気配を感じ取り、とても傷ついていた。一方で私ともう一人の友人といえば青春ラブストーリーとしてみていたので平和なものだったが。
彼は「もう二度と見たくない」とは言っていたが、その理由を聞いていくうちに、「心が叫びたがっているんだ」という映画の全体像を捉えることができた。私はこのことにとても感動したので、彼にぜひブログポストするように勧めたが、とてもできないということだったので、許可を得てこの文章を書いている。彼の現在の家庭は幸いにして、父親である彼と母親、両方かけることない家庭を築けている。(今のところ)
しかし彼の反応を観察するに、とても子を持つ親に勧められる作品とは言いがたいのかも知れない。
下衆の勘ぐりが正しいとすれば、この作品はつまり「サマーウォーズ」対抗軸、家庭という環境、父、母という存在を否定し、子供は学校などの社会でその人間性を開花させていくものだと説いたものなのだから。
事実、子供である成瀬に対して救済はあったが、彼女の母にそれはなかった。ミュージカルのシーンは母への救済と取ることもできなくはないが、今の私には罪と向き合い自分の無力さに泣き崩れる母親に見える。
ともあれ、ここまで読み解いてみてつくづくこの映画の凄さ、恐ろしさを感じる。
「青春ラブストーリー」としても、「核家族ホラー」としても、核心の部分をすべて行間に潜め、合致する感性を持つ人、あるいは何度も繰り返し視聴した人が、ここまで深く読み解くことができる作りになっていることがだ。
「心が叫びたがっているんだ」は傑作というほかない。