はてなキーワード: 宝石箱とは
小さな頃から石が大好きだった。母の宝石箱を見渡して、じゃらじゃらと自分に付けてうっとりとした。何万円もする真珠も、イミテーションのガラス玉も、どれも楽しくて見飽きなくいつも遊んでいた。そんな私の姿を見て伯母が「この子官能的やな」と笑った。私が目をとろーんとさせて石を愛でていたからだ。原初の快感だった。
思春期になって、周囲の友人達と軋轢ができた。話が合わなかったりおもしろい反応が出来ないと仲間はずれにされた。ストレスが多い学生時代、私は石を思い出していた。石と居る時間が何より落ち着く。当時パワーストーンなどというのは学生に手の出ない値段であり、金色でゴテゴテした金の願い系ブレスレットだったから買わない。私は空色の石を欲した。ブルーレースアゲート、人間関係のお守りだそうだ。初めて買った石は800円。空色の縞模様がきれいだった。友人関係は相変わらず。
時が経ってアクセサリーが欲しい年頃、アメジストのネックレスを買った、これはビーズのように小さな球が沢山ついたチェーンで、1600円。なかなか好きな物に出会えない。ブームがあったのか知らないが、石を売る店先を見つけて一盛り300円の水晶などを見て目をキラキラさせていた。石の種類を知るたびに私の胸は高鳴った、透明な石、白色の石、私の誕生石…トパーズ。ただひたすら石を愛して欲していた。
母が高額な宝石を買うようになり、いずれお前にやると言われて、すべてを貰った。健康ブームの際のトルマリン 、七色真珠、ダイヤモンドが散りばめられた時計はバブルっぽい。
今どれも手元にあり、それらを新たに加工して楽しんでいる。結婚後、たくさん石を買ってもらった。宝石より少しグレードの低いハンドメイド用の石たち。私はこれらを溺愛している。当時欲しかった石がずいぶん手に入るようになった。どうしてこんなに石が好きなのかわからない。ずーっと小さい頃から変わらない私の嗜好。珍しい石も普通の石も、どれも大好きで手に取ると心が踊る。ミネラルショーにも足を運んだが、人に気圧されて楽しめなかった。でも人生初のハイクォリティジュエリーを一から作ってもらった。サファイアの石にダイヤモンドのプラチナリング。今はネットにも希少な石が多く出ている。楽しくて仕方ない。手に入っても入らなくても、石は面白い。自分の人生の終わりに、たくさんの石がある未来が見える。石はどこかに旅立つだろう。それを私が見る事はないだろう。
某日、仕事が早く終わったため、何かやることを考える。晩飯を食うには早く、すぐ帰るのも面白くない。帰りの電車で何かないかと探っていると風俗街のある駅が次の停止駅だった。思い立ったが吉日、ソープに行くことを決めた。この時点でノープランである。とにかく目的の駅で降りたはいいものの行くべき場所も何もわからない。道端でググって紹介サイトを巡り良さそうな店を探し、昔の記憶を頼りに「そういう区画」を目指す。縁がないと思っていたが「そういう区画」特有の暗さの中に目立つ明るさのおかげで掘り当てることができた。
初ソープなので無難に60分で22k。店はおっぱい重視で系列店もある規模も小さくないという初心者にしては悪くないところを選んだと思う。足を運んでドアを開ける。今まで見たことのない向こう側はピンク色だった。
あれよあれよという間にテンションの高い黒服に説明をされながら女の子を選ぶことに。写真とその他数値を見つつ選べた。ここで表示されるパラメータ、実物と違うやつだ。顔も加工がありそう。本物がモビルスーツみたいな人かもしれないこともある。これらはTwitterで学んだ。写真と数値の補正を脳内で解除しつつ、よさそうなOさんを選ぶ。運良く一番待ちも短く、入浴料を払ってから30分ほど待ち。
待合室に入ると30-40代の男性が3人ほど。平日の夕方、ちょうど仕事終わりたてか?彼らは呼ばれた瞬間、そそくさとこの部屋を去っていく。わかる、見られたくないもんな……。目の前のテレビは大統領選のニュースをずっとしていた記憶がある。俺の心は初めてのソープでこんなに緊張しているというのに、アメリカのトップなどどうでもいいのだ。この時の緊張具合といったらない。以前、気まずさとか気持ちの問題で全く勃たなかった事があったのでトラウマになっている。今回もそうなれば金払って何しに来ているかわからなくなってしまうので友人へのウザ絡みLINEでテンションを普段に戻しにかかる。「いきなりソープ来た報告をする狂った人間にどうコメントしろと言うのだ」と一蹴された。
お手洗いを済ませ、少しすると番号を呼ばれた。向かう先ににOさんがいる…。廊下に出るといくつかの確認。運命の瞬間。「はい、ではごゆっくり〜」とスタッフの掛け声とともにカーテンが開けられる。「どうも〜Oです!私で良かったですか?」顔を向けるとカーテンの奥にはカワイイ系のお姉さんがいた。モバマスの誰とか言われても履修してないしテレビは数年見てないので例えろとか言われてもわからないが可愛いと思った。細くはないくらいの体型で好み。服うっす。おっぱいでっか。見ていいんか?倫理観おかしくなるぞ?電車でも目の前に女性がいたら目を逸らすし近寄られたら逃げるくらいの気概でいる俺が見てもいいのか?
敬語の抜けないたどたどしい挨拶を返すと差し出される手。これは何だ?戸惑っているとどうやら手をつないで移動するようだ。指を絡めて、一歩を踏み出す。どんな距離感で行けばいいのかわからない。初めてのソープであることをネタにすることと手が冷たいことをネタに無言の間を埋めつつ、部屋に向かう。
初めて入った部屋は異世界だった。寝床と風呂場が合体した部屋は普通の物件にない構造なので常識の違うパラレルワールドに迷い込んだかと思った。しかもここで本番までするわけで。倫理観の壊れた世界に来たのかと思ってしまう。
湿気と倫理の高低差にやられている間にそそくさと服を脱がせてくれる。Oさんと身長差が結構あるので上は自分で脱ぎ、下は脱がせられた。下を脱がせられるのはいつ頃ぶりだろうか。親よ、俺ソープで服脱がせられてるよ。
今度は逆に脱がせる。パッパと済ませ、ブラジャーもホックを外して。ブラジャーのホック、構造が見てわかりにくい。外すのに力入れていいんですか? おっぱいでっけ〜。外した瞬間にかさが増したかのように広がるおっぱい。でっか。これ見てていいんですか?でけえ。スタイルも悪くない。ちょうどいいくらいの肉付きでむしろ好きなくらい。なんかいい匂いするし肌もきれいだし世の中にこんな生き物いるか?という気持ち。五感で生と性を実感する。
お互いが裸になった段階で二人で風呂場へ。といっても2歩歩けば風呂場である。バスタブ、シャワー、そしてあの椅子がある。流されるままに噂に聞くスケベ椅子に着席。スケベ椅子そのものは別のところで座ったことがあるので初めてではない。玉袋が宙にある感覚が面白い。
泡で身体を洗ってもらう。体を洗われるのも何年ぶりか。全身ということでちんこも含めて洗われる。それはそれとして、手持ち無沙汰なのが困る。手を動かせば胸に手が当たるし。いやこのあとそういうことするんだろうと思うけどそういう雰囲気ではないし。仕方ないのでめちゃめちゃおっぱいを見る。でけー。ロケット型、とか呼ばれるタイプだと思うが、生で見ると構造と動きからそういう形になるのも納得する。重くて密度があるのだろう。
この辺までの雑談で自分と年が同じことが判明(20前半)。ちょっと話しやすくなる。雑談の内容はとりとめのないもの。「仕事帰りに思いつきで行きたくなって初ソープ」とか「一人〇〇で何かする行動力がほしい話」とか「冬に入るから上着のお金がほしい話」とか「お店の子みんな仲いい話」とか。思ってたより普通に日常してるんだな、と思いつつ。
バスタブに浸かりつつ歯磨きとうがい。実家みたいなムーブだが、目の前には体を洗うOさん。動作と光景による日常と非日常のコントラストが美しい。後からバスタブにOさんも入ってくる。俺の図体がでかいので足でマルを作り、Oさんを囲むようにして密着、絡むように二人で入る。狭くねえか?これ大丈夫なやつ?やわらかいけど。この間もちまちま雑談。話すのが好きじゃない俺に対してOさんは話すのが上手い。気まずくなりたくない俺が開いた間を埋めようと話を振ってもほどよく返してくれる。会話のキャッチボールの返しやすい場所に玉を投げてくれる。ちらっと大変そうな話もした。
そしてこの段階でちんこは全く反応していない。とてもエロい環境にいるのは間違いないし実際そう思ってはいるけど勃たん。申し訳ないしもったいないよ…。前日全く予定に入れていなかったので普通に昨日シコったのも良くなかったか?
プレイの希望は「初めて」をタテに攻めてもらうことに。ベッドで横になり、Oさんが上からかぶさる。この時点でOさんの陰毛がないことに気がつく。胸を見過ぎ。キスから始まり、体重はかけてもらいつつ(好き)乳首舐めと手コキ。きもちえぇ……。俺は強めに扱いてもらうのが好きかと思っていたが、ゆるくしてもらう方が好みだったのかもしれない。そもそも普段の自慰圧が強すぎたのか。勃ってきてからそのまま咥えてもらう。 体で感じる柔らかさと刺激でちんこも元気になる。あんなに「いや、俺は清純派だから」みたいな顔してちょこんといただけだった息子が存在を主張する。自我の芽生えか?それもそう、ちょっと顔を下に向ければいい匂いするしくちゅくちゅ音するし全身にほどよく圧かかってるしすごい光景がある。性の宝石箱である。途中でおっぱいを触らせてくれと懇願。やわらけ〜。こんなに柔らかくてモチモチしたものある?安心感しかない。片乳を乳首舐めさせてもらいながら片乳揉む時間で一生を埋めたい。
ほどよく中断してフェラの続き少しと本番。慣れた手付きでテロテロ(このオノマトペが最適)とゴムをつけ、挿入。あったけえよ……。挿入の感覚を口頭で説明するのは難しい。ちんこがヌププ…と包まれていく。どちらかというとビジュアルを楽しむやつかもしれない。胸も一生揺れてる。騎乗位で足を開いてもらいつつ腰を振ってもらう。耳元には吐息がかかる。天井のシミを数えていると終わってしまう。景色を目に焼き付けた方が良かったが、インパクトが強すぎて逆に忘れた。
一度止まって、再びちょっと触らせてもらいつつ感動。肌も綺麗だし体のメンテ大変なんだろうなとか考える。Oさんも手コキで続けてくれていたのでちんこも全然余裕だった。開始前の心配は杞憂であった。
ちょっと出そうな感覚があったため、ペース配分の意識のため報告。すると突如競馬の最後の追い込みの如く腰の振りを早め、深くまで腰を落としてくる。え、自分今から射精するんですか?急にガチ射精させるモードに切り替わった。腰の運動がうますぎる。もうちょっとのんびりと行こうと思ったがこれは耐えられない。唐突すぎて「えっ!?ごめん!!!」と大きめの声を出して腰を抱えて奥に入れさせてもらいながらそのまま果てる。めっちゃ出た感覚を残してしばらく繋がったままでいてくれた。
それはそれとして唐突に出そうになった謎の驚きでちょっと声が大きくなってしまった。それに射精の瞬間に謝るのもなんかやばいやつな気がする。でかい声については謝った。
終わったけどここから何するんだろうか……。ちらっと見た時計は微妙に時間がある。大体のソープレポはあまり事後の話を書いていなかったのでここからは未知のエリア。終わりにはベッドで添い寝してもらいつつちょっとおしゃべりをする。手を繋いでもらいつつ足を絡めて抱きついてくれた。人肌を感じるのも久しぶりだ。「初めてで緊張してたけど普通に楽しめて良かった」と伝えると「普通の兄ちゃんって感じだったしわかんなかったよ」と返され、まだまだ俺も人として生活できる権利はあるなと安心するなど。他のお客さんの話とか帰りの話もしていた気がする。聞いてまずいことは無かったが、知らない世界があった。
そんな感じで雑談をしているとタイマーが鳴った。馴染みの深いカラオケの内線コールと同じ音だ。音を聞いてOさんが起き上がり、そそくさとシャワーの用意を始めた。ベッドに入る前の流れと同じように体を洗うようだ。先ほどより軽めに洗い直す。股間周りのみさっぱりするように少し念入りに。洗うためと言えどもイった後に触られるやつ、明確に性器を触りにきている感が強いのでまた別の趣がある。体も拭き服を着る。人がシャワーを浴びているのを直に見ながら服を着るのも新鮮である。
荷物を整理してお金を払って退室。致した後の虚無の時間に財布から出る野口と漱石は重みが違う。部屋を出る。帰りも手をつないでカーテンのあったところまで戻る。服を着て自分のにおいが戻ってきたこともあり、Oさんの甘い匂いが引き立つ。長い階段を降りていくと現実との境目が見えてきた。「またきてね?」「もちろん。ありがとう」などと社交辞令をしつつキスとハグをして出た。『キスとハグをして出た』などとあっさりした一文で済ませるべき事象ではないのだが、感覚が麻痺している。受付には最初に見た黒服の人にアンケートを差し出されたので記入し、そそくさと退店。外にはすっかり冷えこんだ街の空気と外套からふわっと現れるOさんの移り香がそこにはあった。明日もがんばろう。
・「行くとなんか変わるよ」というのをどこかで読んだがあれは嘘。陰の者は陰の者
誹謗中傷が注目を集めている。
これで何度目か。
それなのにいじめは無くならない。
在日韓国人として生まれ、物心ついたときから差別にさらされてきた。
人とのコミュニケーションから切り離された宝石箱みたいなアニメとゲームにすがり、偏見にさらされてきた。
就職氷河期世代にあたり、職業選択の自由なんてなかったのに、今は職業差別にさらされている。
だからどうした。
自分は今、前向きに生きている。
君たちはこういう。
それがどうした。他に辛い人は沢山いると。そんなものは差別でもなんでもないと。
他人からの差別や偏見にさらされてきた人は、ここで「まただ」と考える。
自分の命なんていともかんたんに握りつぶされてしまうのだと恐怖に怯える毎日を、経験したことのない人間に共感してもらうことなんて無理なんだ。
いじめの本質とは、誹謗中傷を行う人間がどうして生み出されるかというところに集約される。
いや、誹謗中傷を行う人間といじめられる人間との関係がどのように成り立つかと言い換えたほうがいいだろう。
そう、いまこれを読んでいるあなただ。
あなたは今までに、一度でも自分がいじめの原因になったことがあると考えたことはあるだろうか。
それはいつ?どのような場面で?
直近のことでいい。思い返してみてほしい。
この問いかけをした理由は、それは、いじめの本質的な原因はあなたにあるということを理解してほしいからだ。
なぜなら、いじめの本質は、いじめに参加している自覚がないことにこそ問題ある。
いじめられている人間が屈するのは、誰かから投げられた誹謗中傷ではない。
その誹謗中傷が、集団の総意として投げつけられることに絶望するのだ。
いじめられている人間に、「そんな意見無視しろ」とか「心無い人間が勝手に言っているだけだ」と慰めたことはあるか?
それはまったくもってお門違いだ。
しかしそうではない。いじめらているときに本当に恐怖する瞬間は、そのくだらないはずの意見の向こう側に圧倒的多数の同意を感じた瞬間だ。
くだらない意見なら、全員が否定するはずだ。それが否定されず、ましてやいいねやRT、はてなで言えば多くのスターを伴ったとき、その小さかったはずの針にとんかちで叩いたような衝撃が加わるのだ。
いいねやRT、スターをつけた人間の誰一人として、それがいじめに加担しているなどということは考えることはない。
その人にしてみれば、背中に軽く息を吹きかける程度のことでしかないからだ。
それがいくつも束になることで、いじめられている人間に届く頃には、崖から簡単に突き落とされるくらいの衝撃に変わっている。
一人一人の顔が見えない”周りのみんな”から大きな一撃が下されたようにしか感じることのできない衝撃が投げかけられるのだ。
いじめられる側にとって、それがどれだけ絶望か理解できるだろうか。
誹謗中傷を向けられている人間からすれば、背中を向けている全員が誹謗中傷を行う人間と同じことを考えていると感じることだろう。
真実が異なっていようとも、追い込まれた人間にはそうとしか思えない。
それでもまだ、追い込まれた人間の精神状態に問題があると切り捨てようとする人がいる。
自分は悪くないと開き直る人がいる。
そう主張する人間の影に隠れて、背中を向けたまま自分は悪くないと肯定しようとする人がいる。
そうしてまた物言わぬ総意として、追い込まれた人間に針を打ち込むのだ。
いじめの本質は、今これを読んでいるあなたが、いじめに加担している事実と、それを全く自覚できてなかったことにあるんだよ。
自らが誹謗中傷をしていなくったって、軽い気持ちで後押しをしてしまったことの積み重ねが人の命を簡単に握りつぶしてしまうんだよ。
誹謗中傷をやめよう!と声を上げることが、新たないじめを生んでいることになぜまだ理解できない。
力の均衡が崩れれば、いじめられていた側がいじめる側になることなんていくらでもある。
それを正義だなんだと肯定している限り、そこにいじめが本質的になくなることはない。
なぁ、だからさぁ、もういじめをなくそうなんて二度と口にしないでくれ。
口ではそういいながら新しいいじめを生み出そうとしているお前らを見ていると本当に反吐が出るんだ。
お前らはいじめからは絶対に抜け出せない。せめてそのことを自覚して生きてくれ。
他人に責任をなすりつけあって自分はいじめをしていませんなんて面をするのはやめてくれ。
40も半ばを過ぎた。
自分で言うのも何だけど、今まで割と真面目に生きてきた。
好きじゃないものでも受け入れようと頑張って、全てに寛容でいようと思った。
このまま自分の人生は何か得体のしれないものに蝕まれ続けなくてはいけないのだろうか。
探り探り話を聞いてみると、皆一様に苦労を抱えていて、不幸ではないけど幸せかと言われれば首を傾げてしまうような話を繰り返していた。
近況は程々にお酒も進めば昔話に花が咲く。気がつくと、20年前の話ばかりをしていることに気づいた。
あの頃はまだ世の中に対する責任も薄く、自分たちは好きなことだけを原動力に走り回っていた。
もちろん苦労もあったけど、時間が経って忘れているだけかもしれないけど、でも、好きなことのための苦労はその都度報われて、報われるたびに涙を流すほど喜んでいたような気がした。
仕事とか、家族とか、いろいろな責任が増えると、自分の好きなことは後回しになった。
周りの人間もそれが当たり前のことだと口を揃えている。
だからそうなんだと思って毎日を繰り返してきたけど、こうして当時の話を大騒ぎしながら聞いていると、なんだか長い時間をかけて麻痺していた心が少しずつ脈動を始めたかのような気がした。
この日のこの時間は、なんだかキラキラに輝く宝石箱の中にいるように思えて仕方がなかった。
続けようと努力はしたけど、すぐに邪魔をされて、水をさされて、好きなことが素直に楽しめなくなっていたのだ。
そのうちに心はときめくことを忘れてしまい、面白みの無い効率とか効果ばかりを優先するようになってしまった。
好きなものに素直に生きることは、好き勝手生きることとは違う。
でも、自分の好きなものでさえ世の中に遠慮していたら自分が自分として生きる意味なんてないのではないか。
捨てられないからと言って、好きでもないもののために時間を使うのは、自分の人生をただただ無駄に浪費しているだけなんじゃないか。
この先どんな後悔が待っているかわからないけど、まずはしっかりと自分の好きなものと向き合うことから始めようと思う。
今ならまだ、死ぬ寸前になってまで後悔しないで済むかも知れない。
と言うわけで
ブクマ見てたらビリヤニの美味しいお店のリスト増田があってびっくりだわ!
私も美味しいからそれ大好きで
右手と左手とでのダブルスマホで検索をしながらチクチク食べに足繁ってたんだけど
いや私、べ、別にポケモンやって歩いてるんじゃないんだかんね!って具合に街を彷徨うのよ。
凄いリストでやー!って
例え上手のグルメリポーター彦摩呂さんが「まるでなになにの宝石箱やー」って言う件の宝石箱を省略してしまいそうなほどよ。
この地図を片手にまた食べ歩けるじゃないって思っちゃったわ。
もうさ
あのホールスパイスを直接噛んだときのスパイスの口の中の爆発具合がセクシースパイシーでたまらないのよね。
最初スパイスのこと分からなくて木くずが入ってるわよ!ってカムチャッカファイアーって思ったけどシナモンでしたみたいな具合。
お店に直接食べに行った方がいいのよね。
私はクミンシードだけ買って諦めちゃったわ。
皿に盛られるビリヤニは大盛りと言ってないのにデフォで大盛りのようで、
その盛られたお皿を前に
私の心の中ではネパール山脈を超えたわ!って心と胸を躍らせながら弾むのよね!
で食べ終わった後には汗だくだくになっちゃって。
店内に手洗い場があるから、
初めて行くお店で店内にそういう手洗い場があったら思わずキレイキレイしちゃいそうなぐらい、
よっしゃー!ここのお店美味しいかも!って
心の中の私がガッツポーズ!
このときばかりは
あとモスクの近くにあるハラールメニューが食べられるお店とかも美味しいのが食べられるのよね。
神はアッラーだよな!みたいなポスターとか貼ってあったりして、
異国情緒がさらに加速されるその満の載感は店内緊張感が走るわよ。
濃い向こう系のフェイスの店の大将の「またきてね!」って片言の日本語でのギャップがキュンときちゃうわ。
ちょっとまたアンパンマンのビリヤニマンが出てくる回をおさらいして見るわ!
そして私は食べ終わったあとのヒーローインタビューを終えてさらに次のお店に向かうのよ。
うふふ。
最近ちょっと飲み過ぎちゃうこと多目で朝グロッキーな時があるから軽めのハムサンド1つにしてみました。
ストロベリーを縦半分に切ると赤と白のグラデーションが綺麗なストロベリーウォーラーのできあがり。
この時期のストロベリーも高いというか、
だからいつも小パックで決めるのよ。
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
生まれも育ちも大阪の下町近辺で、もうアラフォーですらなくなりそうなおっさんから見た恵方巻きの話。
もう旬が過ぎた話題だけど、昨日関東から来た人と話してて少し驚いたので書いてみたくなった。
知ってる人も多いだろうけどそもそもの話として、大阪ではそこそこ昔からのローカルな風習として根付いていた。つっても起源はともかく近代で根付いたのはここ50年ぐらいだけど、逆に言えば俺ぐらいのおっさんやもう少し上の世代でも物心ついた頃からはやってたって事だ。
三つ子の魂とか言わんでも子どもの頃から今まで延々やってた風習なら、血肉となる感覚は若い人でも分かるだろう。特に当時はコンビニは当然スーパーも今ほどそこらになくて、まだまだ商店街が強かった時代だ。うちのオカンもまだコマ付きチャリにしか乗れない俺を連れ、近所の商店街の旨いと評判の寿司屋に買いにいっていた。
ところで、寿司は特別感のある料理、という感覚は日本人なら多くの人が持っているのではないだろうか。
世代や地域や家庭によって、桶に入った握り寿司だったり、かーちゃんが作ってくれるちらし寿司だったり、みんなでやる手巻き寿司パーティーだったり、種類やシチュエーションは人それぞれだろうが、特別なときに出てくる特別な料理という感覚はかなりの人に共有してもらえる感覚だと思う。
節分の巻き寿司も、少なくとも俺にとってはそうだった。普段寿司なんて稲荷ぐらいしか食べてないし、握り寿司も盆正月ぐらいだ。巻き寿司はたまに食べなくもないが、大抵細巻きか、太巻きでも乾瓢・高野豆腐・椎茸とか中心の年寄りくさいやつで、鰻か穴子が入ってるだけで喜んだもんだ。
それが、節分には寿司屋のちょいといいやつを買ってくれる。鰻やら鮪やら、下手すると海老やイカまで入ってる宝石箱だ。しかも一人で一本独占させてくれる。のちに弟妹が出来て旨いものは常に奪い合いだった俺には長らく特別だった。
豆まきではしゃぎまわり夜には旨い巻き寿司を一本まるごと食べられる日、節分はまさに特別な日だったんだ。
そんなだったから巻き寿司ぐらい自分で買えるようになってからも、節分には色々な店の旨い巻き寿司を食べ比べたりした。友人ともどの店が旨かった、来年はあの店のを丸かぶりにしようかと思うなんて話をしたりした。当たりを引いた年には、将来自分に新しい家族が出来たらこの巻き寿司をお土産に持って帰ったりするのもいいな、なんて考えたこともあった。だから、節分にスーパーやコンビニで巻き寿司を買おうと思った事もないし、実際に買ったこともない。
先の関東の人と話して驚いたのは、子どもの頃はまだしも大人になってからは節分を特別な日と思う感覚がないらしきことだった。出身地なんかで結構変わるだろうし個人差も大きいかもしれない。でも少なくとも、節分を特別と思ってない人が異文化とともに大量生産品を押しつけられたら大抵の人は嫌になるだろう。
スーパーやコンビニの愚行を庇うつもりはない。俺が好きな行事だからとみんなに押しつけようとも思わない。でも「大人になって節分が特別でなくなった」というのは、俺からするとちょっと寂しいなと思う。
昔地元であった習慣でもいいし、今住んでいる地域の何かでもいい。節分をちょっと楽しみに思うような何かをしてもらえたらなと思う。そしてよければ旨い太巻きでも食ってくれ。わざわざ店内に入らず店頭でスッと持ち帰りの巻き寿司を買えるのも節分のいいとこだ。
嵐山の竹林と伏見稲荷大社に行ったんだけど、ガッカリしてしまった。
なんか、たいしたことねーな…、と。
写真で見るとすごく綺麗に見えたのに、実際に見たらあれこんなもん?と思ってしまった。
自分の目のフィルターを通した現実が、プロのカメラマンたちが撮った写真に全く勝ててないの。
まあ、修正かけてない現実なんてそんなもんかーって思ってたんだけど、次に行った兵庫でまた別のことにガッカリしてしまった。
生まれてこのかたずっと陰キャで通してきて、夜景スポットなるものを心のどこか小馬鹿にしていたのに、めちゃくちゃ綺麗でびっくりした。
すげー綺麗なの。
まさか夜景などという俗物的なものにいたく感動してしまうとは。
「まるで宝石箱をひっくり返したみたい♪」なんて浮ついた恥ずかしい台詞を言ってしまいたくなった。
何に感動するかって意外なことだったりするんだな。
1980年台後半だと思う
駅前のデパ地下にあるナムコ直営のゲームコーナーで、忘れられないできごとがあった
それなのに毎晩のようにそのゲームコーナーに出没しては、お金ももたないままに他人のプレイを目を輝かせながら眺めていた
いわゆる夜の仕事(といっても性風俗ではない)をしていたために、夜には家に誰もいなくなってしまうのだ
そのため、学校から帰るときまって母親に連れられて店の片隅でテレビを見ながら仕事が終わるのを待つ毎日だった
何かの買い物で連れられていったデパ地下の商店街の片隅に、宝石箱のような世界が広がっていた
それからというもの、親には本屋にいくと嘘をついてウキウキした気持ちでデパートの階段を下った
デパートの裏口から直接つづく階段ホールに入ると、広い空間にほんのりと響くリブルラブルやトイポップのBGMが身体を包んだ
階段を降り地下への入口をくぐった瞬間にこもったような音からクリアな音楽に変わる
その瞬間の心がときめく感覚は、この歳になっても全く色褪せることなく当時のまま思い出すことができる
お客にゴマをすり頭を下げる姿、酒に乗じて大騒ぎする姿、帰りのタクシーで酔いに任せて悪態をつく姿
でも、ゲームコーナーにいる間はすべてが無縁だった
一つ一つ置かれたゲーム機を覗き込めば、そこにはいくつもの夢のような世界が広がっていた
普段はゲームのデモ画面を眺めては妄想にひたり、誰かがお金を入れてゲームを始めれば怒られない距離を保ってその様子を眺める毎日だった
その距離を保っていたのは、ある時、ノート片手にゲームを攻略する人の横に座って眺めていたときに店員さんに注意されたのがきっかけだった
いつも話しを聞いてくれたし、つぎにどんなゲームが導入されるのかも教えてくれた
「君がゲームの邪魔になることで他のお客さんが来なくなると困る」そう優しく教えてくれたから、自分も素直に従ったのだ
サイドアームの、デモ画面でも合体した直後の数秒間だけ操作ができることを教えててくれたのもこの店員さんだった
それからというもの、その数秒を操作したいためにデモ画面を食い入るように見入ったものだった
たまにほんの少しのお小遣いをもらったときは、どのゲームをプレイするか真剣に悩んだ
悩んだところで自分の腕前では持って3分、はやければ数十秒でゲームオーバーを迎えるのが関の山だった
他人のプレイを盗み見して自分なりの攻略は持っているつもりだったが、自分をスーパーヒーローか何かだと勘違いしているその世代にしてみれば、目の前の堅実な攻略よりも頭の中のスーパープレイができると信じ込んでしまっている
それでも店員さんは、自分のスーパー裏技攻略プレイの妄想話をいつもニコニコした顔で聞いてくれていた
店員さんから新しいゲームが入るとよ前々から聞かされていたものだった
大体以下のような内容だ
・ガントレットのような360度方向に動かすことのできる見下ろし型のアクションゲーム
・主人公というものが存在していて、攻撃のメインは投げナイフだったと思う
・飛距離はそれほど長くないが連射ができた
・ステージクリアー型のゲームで、ゲイングランドのように道中で仲間を助け出すと、プレイヤーキャラクターついてまわって攻撃の補佐をしてくれたように記憶している
・おそらく2人で同時に協力プレイができた
・当時の中ではグラフィックが綺麗で緻密だったように感じた
その当時よく眺めていたと記憶しているゲームは大体、魔界村、ドラゴンバスター、妖怪道中記、ワンダーモモ、パックランド、イシターの復活、などだ
その日は他人がプレイするのを眺めては、いつものように自分攻略の妄想を広げていた
次の日、たまたま50円の小遣いをもらうことが出来たので、そのゲームへとまっしぐらに向かっていった
店員への挨拶もままならないまま、すぐに筐体に50円を投入してスタートボタンを押した
すると常連客の一人、大学生くらいの男性が突然近づいてきて自分に声をかけた
「なんだよ。ゲーム始めちゃったのかよ。終わったらすぐにどけよ。」みたいなことだったと思うが、そういうとその男性はすぐにその場を去った
普段ろくに会話をしたこともないのにその日に限ってなぜだろうと不思議だった
せっかくの新しいゲームをプレイするトキメキが台無しになったと思ったように記憶している
ステージ1をクリアできるかできないかで、自分の残機はなくなった
ところが、悔しくていろいろなボタンを押していたら、スタートボタンを押したときにふいに自分のキャラが復活してゲームが再開された
自分はその時、とうとうスーパー裏技攻略プレイを発見したと思った
その後も仲間を助け、敵にやられるを繰り返し、残機がなくなるとスタートボタンを押せば復活できた
ゲームが下手な自分でも、何ステージも進めることが出来たことにとても興奮していた
しかし、とうとうスタートボタンを押しても復活できなくなってしまった
理由はわからなかったが、何故かその時、仲間がいる間は復活ができるのだと自分の中で解釈していた
ゲームが終わると、すぐに店員さんのもとに駆け寄りに嬉しそうにそのことを話した
しかし店員さんはとても煮え切らない顔で「そんなはずないのにな、、、」というようなことを口にしていた
とうとうスーパー裏技攻略プレイを発見した自分は興奮を抑え切れないままに、そのゲームのもとに戻りデモ画面を眺めていた
何かすごい偉業を成し遂げてしまったような気分だった
するとそこに、先程の男性が戻ってきた
そして戻ってくるなりこちらを睨みつけて、「ふざけんな!お前全部使っちまったのかよ!」と怒鳴りつけてきた
自分には何のことかわからずただキョトンと相手の顔を眺めているだけだった
男性の顔はみるみるなにか言いたそうないらだちで満たされる
しかし、その直後に椅子をひとつ蹴飛ばすと、だまってゲームコーナーを後にしてしまった
わけがわからないままに立ち尽くしていると、店員さんが近づいてきて、すべてを理解したような顔でこういった
「あー、彼がいれたコイン全部つかっちゃったんだ。おかしいと思ったよ。今度あったときに返さないとまずいんじゃない。」
それですべてを悟った
男性は、そのゲームをしっかりと攻略するために予めゲームにクレジットを入れてあったようだ
しかし何らかの理由で席を離れなくてはならなくて、その間に自分が座ってゲームを開始してしまった
子供相手にどけとは言えず、終わるのを待つことにした(そしてまた何らかの理由ですこし席を離れた)
その間、自分は彼の入れたすべてのクレジットを使い切ってしまった
というものだ
子供相手だからと、男性もそれ以上は詰め寄ることはしなかったのだろう
再び困ったように店員さんの顔を見る
しかし、店員さんは自分にできることはなにもないといった様子で、冷たい視線を送ってくるだけだった
いつもは仲の良いと思っていた店員さんだけに、幼心にその視線はあまりにも辛かった
何回くらいコンティニューしたのだろうか
おそらく10回はくだらないだろう
返せる宛もなく、店員さんの冷たい視線を思い出すとそのゲームコーナーに近づく気にはなれず、あれ程通っていたにもかかわらずそれ以降そこには行かなくなってしまった。
今はその場所を離れ別の土地で生活をしているのだが、数年前に、地元がテレビ番組で映し出されたときにこのことを突然思い出した
その後軽い気持ちでそのゲームを探し始めたのだが、有名メーカーの情報や過去のアーケードゲームを網羅するようなサイトを見てもそれと言えるゲームをどれだけ探しても見つけることが出来なかった
うっすらとした記憶の中に、そのゲームが導入されることを導入前から店員さんと話をしていたような気がするので、もしかしたらロケテストのみ行われて販売されなかったゲームなのかもしれない
しかし、ナムコでは過去、そのようなゲームが開発中止になったという情報を見つけることは出来なかった
実はこの記憶は自分の中で捏造されたものかも知れないという疑惑さえ生じてくるほどに悩んだ
だとしたらどうして自分はこんな記憶を捏造するに至ったのだろうか
アタシの思い出は宝石箱に閉じ込めておくべきもの!って物凄いマザコンだな。
「会社の先輩」がいる年齢なんだから、いい加減「母親に大切に大切にされるべき娘」から「ただの人間」にアイデンティティ移したら。
会社の先輩から育児漫画を紹介された。かわいいほのぼの系の漫画や、シュールなやつ、ハック系に近いやつ、よくわからんけど、色々。
口では『どれも癒されますね〜!』とか適当に言っといたけど、そういう類の漫画がマジでマジで嫌い。youtubeの宣伝にでてくる『テポドンのなんちゃらかんちゃら発射〜』って逝っちゃってる歌を歌ってる歌手と同じくらい嫌い。
これを言うと、同性として信じられないて顔されたりするから絶対言えないけど。嫌いなんだわ。
子供は好き。他人の子供も可愛いと思うし自分に子供が生まれてもきっと可愛いと思う。
どっちかというとそれをひけらかす親の顕示欲が気持ち悪く感じてしまうのだ。
一生懸命子育てやってます!夫婦でてんてこ舞いです!でも幸せです!うちの子が世界一!ドヤァッ
ってさ。
そもそも他人の子供のエピソードに全く興味がない。自分の子供のエピソードを面白く興味深いかたちに編集して漫画(っぽい落書き)にして公開する神経がわからん。
どの漫画も似たようなこと描いてあるし、それこそ掃いて捨てるほどあるのになんでみんな描いて公開したがるわけ?
バズりたいわけ?有名になって本出して稼ぐつもりなわけ?運良くバズったら瀕死状態の出版社が素人たぶらかして出させるだけで売り上げなんてないようなもんでしょ。
単なる思い出の記録としてっていうんならなんで公開するの?やっぱいいねが、承認欲求が満たされるものがほしいんだよね?生物としての最大の幸せをみんなにアピールしたいんだよね?
子育てなんて、なんら珍しくないエピソードの連続じゃん。でもその当たり前が、宝石箱に閉じ込めておきたいくらいのもんじゃないの?しまってていいじゃん。ひけらかすな。いいもんなのは、わかるから。
あと地味に気になるのが、子供が大きくなったら、そういう漫画書いてる人らはどうするんだろ?ぱったり描くのをやめるのか。
もしくは、自分のプライベートを切り売りする素材をまた見つけるのかな。
ワーママ日誌
息子が不登校になりまして
〜自由人の息子と泣き笑い365日〜
的な?あほらしッッ!