はてなキーワード: 字通とは
お互い喧嘩とも言えないような言葉を2つ3つ投げかけあっただけなのだ。
ただ、その言葉の一つ一つにはそれまでに積み上げられていたあまりに多くのストレスが込められていたのだ。
結婚して5年。2人の子供は親の命令に背くことで自尊心を築こうとする時期にあった。
そんなことども達をうまく誘導せんとし、嫁は散々の手を尽くしたのだろう。最近ではちょっとしたことでもすぐに大きな声を上げるようになったのだ。
そのことを悔やんではまた優しい素振りを見せ、そんな母親の姿に増長した子どもたちはまた母親を怒らせた。
わたしはといえばそんな嫁に少しでも楽をさせてやりたいと家事には積極的に参加し、嫁が実家に帰りたいといえば喜んで送ってやったものだ。
嫁は専業主婦である。とはいえそのことで労働の優位を語るつもりはない。
嫁は文字通り24時間を家事に追われる生活を繰り返し、寝ても覚めても子どもたちから逃れることが出来ないのだ。
だからせめて仕事から帰った後の家事には参加しているし、仕事に出る前も子どもの幼稚園の準備をひと通り手伝うようにしている。
休みの日も無駄に過ごす事のないように子どもたちを連れて外に出ては、それこそ休むことなく過ごしているのだ。
嫁もそんな自分を気遣ってか、家事に対して愚痴をこぼすようなことはない。
目の前で子どもに対する感情を乱しても、見事な早さでリカバリして見せるのだ。
まだ子どもたちが目覚める少し前、自分たちの支度に追われる朝のことだ。
どちらが先に仕掛けたわけでもない。どちらかが何の気なしに放った言葉に、どちらかが何の気なしに返したつもりだったのだ。
お互い投げかけあった言葉は書き連ねるほどでもない大したことのない言葉だ。
ただ、互いがそれを思いやりというストレスからやっとの思いでひねり出した言葉でもあった。
そうして互いに投げかけられた言葉にお互いが言葉を返すことが出来なかったのだ。
目覚めた子どもが母親を呼ぶ声で、会話を続ける機会は失われてしまった。
そのまま仕事に出たわたしは、日中何度となく謝りのメールを入れようと考えていた。
しかし、お互いが思いやりの上で口にした言葉に謝る理由を見いだすことはできなかった。
ともすれば、そうやって謝ることで有耶無耶にしてしまおうとも取られそうな気がしてしまったのだ。
そのまま時間ばかりが過ぎ、結局家に帰るまでで何も出来ないままでいた。
そうして玄関を上がると予想していたよりも遥かに明るい声で「おかえり」の言葉が響いた。
なんだ。わたしだけが気に病んでいただけなのかもしれないと、一人そっと胸をなでおろしたのだった。
夕食時も何事も無く過ぎていくようだった。
相変わらず言うことを聞かない子どもたちと、怒っては優しさを見せまた怒り出すことを繰り返す嫁がそこに居た。
わたしばかりが勝手に気に病んでいたのだと改めて考えていた時の事だった。
まるで見たことのないような嫁が姿を見せたのだ。
テレビの出演者に向かって話しかけるかのような声で意見を言い、まるでテレビの中に参加しているかのように内容に同調し、感情を露わにしているのだ。
芸能人の色恋沙汰に対しまるで評論家の様に意見を飛ばし、テレビの中で窮地を迎える人間に向かって知人を心配するかのように声を上げているのだ。
わたしがここにいることなんてまるでかまうでもなく、まるでどこか世界の垣根が崩壊してしまったかのような姿だった。
そこには今まで慎ましやかにわたしと世間に対する意見を交わしていた嫁の姿はなかった。世に言うおばさんが突如として目の前に現れたのだ。
まるでバリバリと音を立てて、嫁という女性の皮を破っておばさんが生まれてくる姿を目の当たりにしてしまった気分だった。
どうしてそんな心理的状況に至ったのか、そのメカニズムは全く持って理解できない。
しかしわたしには自分と世界の境界を曖昧にすることで、自らのストレスを少しでも軽くしようとする姿にも見えてしまったのだ。
そう思えば、わたしはそれを受け入れようと思った。
それほどのまでのストレスを解決できないでいたのはわたしであるし、これもひとつ、嫁のあるべき姿に違いないのだから。
きっとこれからもこうして何かしらのストレスとぶつかる度に嫁の中で少しずつ世界との垣根が壊れていくのだろう。
その度に皮を破って新しい生物が生まれ、それを繰り返した挙句にヒョウ柄を身にまとおうとも頭髪を紫に染めようとも、わたしはそんな嫁を受け入れようと思う。
それこそが結婚という契約に刻まれている遵守事項であり契なのだ。
いつか自分も今のスキンを捨て新しい生物として生まれ変わるのだろうか。
頭髪が抜け落ちる本数が減らないのはもしかしてそんな予兆なのかもしれない。
そんな不安を抱えながらも、世の中に対する疑問(おばさんはうまれながらにしておばさんなのかという命題)がひとつ解決した記念にここに記す。
わたしにとって書くことは贖罪です。
できない奴はいらない。だから、できない奴が自殺するのは社会貢献だ。
できない奴の死を、できる奴は喜ばなければならない。
できない奴の死を喜べない奴は、できない奴だ。
できる奴だけからなる世の中にしよう。
そうすれば、世の中は喜びで満たされる。
おなかを痛めて苦労して生むことこそが出産の尊さ。
とかあるじゃん。
自分の場合は普通分娩だったけど、高齢初産だったにもかかわらず超絶安産だったんだよね。
病院に行ってから5時間で生まれたんだけど、叫んだり取り乱したりするようなことはなかった。
もちろん痛くないわけじゃないんだけど。案外楽だった。
これって無痛分娩はダメって理論的には、子への愛情が足りなくなるんかね?
(それとも無痛という選択をすること自体愛情がないって話だろうか…)
月満ちて健康で生まれてくれて、母乳が出るというだけで新生児期の悩みは半分になるとはいえ、その半分でもつらかった。
(3時間に1回の授乳、授乳後すぐ置くといわゆる背中スイッチで泣いてしまい部屋をだっこ歩き修行の刑になるため、授乳後1時間近く同じ体勢で抱えて確実に熟睡するのを待つ)
してたからさ…
1日10回前後のうんちおむつ替えの前と後に石けんで手を洗いに行くことさえ身体に響いた。
それにしてもiPhoneのkindleがあって本当によかった、紙をめくる音で起こす心配ないし、暗い部屋でも読めるし。
氷と炎の歌最高。
最初は何とか家の誰それって長いカタカナ名前が大量に出てきてわけわからんかもしれないけど、読み出したらマジでハマるから。
ヨーロッパ系FTの気取った奴と違ってエンタメに徹したアメリカFTの最高峰やね。
つかティリオンとデナーリス周り進まなすぎ、あくなんとかしろ。
2:ミカエル
>仕事中の話
>その日の朝、俺は初めてコーヒーを飲んだ。
>効果がちゃんと出るように3杯飲んだ。
>突然俺の腹はまるで誰かが泥を詰め込んでそれでバルーンアニマルを
作っているかのように痛み始めた。
>文字通り、クソが俺の直腸を圧迫していた。なんらかの憑依した悪魔が
>ケツの穴と太ももを固く閉じながらホールを歩かねばならなかった。
>トイレにたどりつく頃には滂沱の汗を流し、一歩歩くごとにブーブーでかい音が鳴った。
>一番近くの個室に入った。
>隣の個室に人がいるようだったが気にする暇はなかった。
>ケツが滑った。汗にまみれていたせいで滑りやすくなっていたのだ。
>座席から落ち、片手を便器の中に突っ込んでしまった。ケツは個室の壁の下の隙間にはさまった。
>もはやどうすることもできなかった。
>ケツからクソが噴出した。隣の個室全部を覆い尽くすほどの量だった。
>隣の個室の人が叫んだ。
>俺も叫び返した。それでもクソを止めることはできなかった。
>30秒ほど続いただろうか。その間ずっと俺のケツからクソが力強く吹き出し続けた。
>やがて命が絶えたかのようにおさまった。ケツはまだジュウジュウ音を立て、欠片を噴出していた。
>隣の個室から人が飛びだしたようだ。そいつはクソに滑りそうになりながら、トイレから逃げ去った。
>5秒か10秒か、地面に転がった後、なんとか体勢を立て直そうと頑張った。
>個室は完全にクソで彩られていた。そこに座っていた人の輪郭が壁に描かれるほどだった。
>俺のケツの中にあった、巨大なねばついた塊がそこにはあった。少なくとも5ポンドはありそうだった。
>できる限り早くケツを拭いた。それでもかなり時間はかかった。
>その間ずっと、誰かがトイレに入ってくるのではないかと震えていた。
まず言っておきたいのが、「突風ではなく雨と雷と雹(ひょう)が物凄かった」という事です。
曇ってきて「これは天気雨が降りそうだな」と思っていたら雨が降ってきました。
強い雨だなと思った瞬間にゲリラ豪雨並みの勢いになった。
雷が現れ、ものすごい音。雹になる。
自分はお店の中にいたのでよかったのですが、自動ドアが少し開いたら水が飛び込んでくるんです。
水が飛び込んでくるんです。
そう、「雨の暴力」です。
雨が降ってきて「痛い」と感じたことはこれが初めてです。
自動ドアにあるマットがあんなにもびしょびしょなのは見たことがありません。
13日の午前3時ごろにもこれに似た雷雨があったのを覚えています。
やたら雷の音がすごくてよく覚えています
以上駄文でした。
大学に、私に少し良くしてくれる男友達Aがいるのだが、その友達はとてもかっこいい。背は高いし、運動しているから綺麗で硬い脚を持っているし、きれいな顔立ちとすべすべの肌を持っている。着ている服や小物も質のいいものを身につけているのにまったく嫌みがなく、よく似合っている。
彼氏の仕事の都合で2ヶ月会えない間、そのAに目移りしてしまった。
まず、今までなんとも思わなかったAのことをかっこいいと認識するようになった。
Aとは共通の話題がそこそこあったので、すぐ仲良くなった。Aは人と接する時に厚めのATフィールドを張る人で、最初の印象は皆「ちょっと怖い人」だが、共通の好きなものを話題に出して親しくなっていった。ATフィールドをゆっくりと解いてもらい、他の人より少しだけ仲良くなるのが嬉しかった。
Aは一度信用した友達ならとても優しく接する人で、冗談もよく言う。髪型が素敵だと褒められた。
新歓の日、Aは幹事として普段着ないスーツを着ていたのだが、これがめちゃくちゃかっこよかった。ちゃんとしたオーダーメイドのスーツを抜群のスタイルで着こなしていた。酒も入って普段より笑った顔が増え、饒舌になっていく。私も酒の力を借りてどんどん近づいていき、Aと肩を組んだりのボディタッチを増やし、彼の脱いだスーツの上着を着てみたり、その匂いをかいだりした。三次会まで残り、朝になりそうな時間におひらきになってから、講義に登校するまでの間Aの家に泊めてもらった。女2男3、みんな酔いつぶれて寝ていたが、私は早く目覚めてAの寝姿を見ていた。
それからまたあった飲み会やBBQも、二次会の後Aの家で宅飲みをして、泊まった。女1男2。その日はAのシングルベッドに、Aと私がただ寝ていた。これが添い寝フレンドか。
Aの姿を校内で見かけると目で姿を追うようになり、笑顔で挨拶をされるだけでその日1日浮かれるようになった。
彼氏とは一緒に泊まったことがない。いつも日帰りだ。だけど考えてみてほしい。彼氏に会えない間、男と夜を明かしたことのない彼女が男友達Aの家に泊まって、一緒に文字通り寝た事実があることを。
こんなこととても彼氏には言えない。けれどもAは美しい。美しいものはできたらそばに置いておきたい。
何よりきゅうっと心を締め付けるのは、Aは私に彼氏がいて、私がAのことを好きでいる事実を知っているということだ。知っていながら親しくし、お家に泊めて、隣で寝ることを許す。Aは付き合っていた女と3ヶ月前に別れたので彼女はいない。このシチュエーションがたまらない。Aが何を考えているのかがつかめないが、それでも優しくしてくれる。
この前やっと彼氏に会えたが、幾度となくAがフラッシュバックした。彼氏の家で行為に及んでいる時ですら。
大学生だしまぁこういうことがあってもいいよね〜彼氏には言えないけどなんか青春〜〜〜程度にしか考えてない自分がいるのが恐ろしい。
子育ておつかれさまです。
けど、
生活音を最小限にとどめるのも、
部屋の明かりを暗くするのも、
いずれも育休中に生じた、新たな「仕事」だ。
たとえば心の底から馬が好きで、馬の調教師になった人間だって、
仕事である以上、楽しいだけで終わるものじゃないってのは、想像に難くない。
産後、6週間ぐらいは本当にお産が安産の部類に含まれる人間でも、
まだまだ身体の自由がきかないらしい。
4週間くらいだと、里帰りで、文字通り揚げ膳据え膳のやつが多数派らしい。
あと、この時期、奥さんは本当に2時間ずつくらいしか眠れないことが多いだろう。
ショートスリーパーなら楽勝だが、ロングスリーパーには地獄なんじゃないかな。
写真ノウハウ的な記事を最近やたらと目にしたのだけど、どこにも触れてなかった(ような気がした)のがダイナミックレンジという尺度だった。
これはカメラの持つ性能によって顕著な差がでるわけだけど、一番明るい部分から一番暗い部分までを再現できる性能だと思って欲しい。
人間の目には明暗の差こそあれど外の風景も室内の窓の周辺も同時に認識することができる。
窓の外を写そうとすれば室内は黒く潰れてしまい、室内を写そうとすれば窓の外は白く飛んで写ってしまう。
この、最も明るい部分と最も暗い部分の落差をダイナミックレンジと呼び、その中で写すことのできる明暗差の広さがそのカメラがもつ性能の一つであり価格に色濃く反映される部分でもある。
あなたは人物を撮影するときに逆行と順光のどちらを選ぶだろうか。
この質問は、その人の写真に対する理解度を知る上でとても有効だ。
何故なら、ある程度の成熟した腕を持った人間であれば、よほどの状況を除いて逆光と答えるからである。
逆光で撮影したら人の顔が影になって何も写らないと思ったあなたは、露出に対する理解を深めて是非写真技術の向上に努めてほしい。
Hyper Dynamic Rangeのそれぞれ頭文字を略したもので、文字通り超越したダイナミックレンジを表現するための技法だ。
一枚の写真からそのような表現をする場合もあるが、主に露出の異なる複数の写真を合成することで、白飛び・黒つぶれなく広い明暗差を再現しようという技術だ。
時にそうした明暗差が収まっている様子や色彩がデフォルメされることなどから絵画的な表現をするときにも用いられていたが、あくまで目的はダイナミックレンジを広げようということが根底にある。
昨今ではセンサーが改良されてきたことで、エントリー機においても以前では想像できないようなダイナミックレンジをもつ機種も登場するようになってきたが、基本的にはセンサーサイズに比例しやすい技術のため、コンデジやスマートフォンカメラにおいてはまだまだダイナミックレンジの限界を痛感する場面が多い。
さて、ここまでダイナミックレンジとは何かを書き連ねてきたが、写真技術の習熟度における白飛びと黒つぶれのなさは非常に重要だ。
最近ではレタッチソフトによって撮影後でもいくらでも修復が出来てしまえるように思えるのだが、残念ながらそこで失われてしまうのは豊かな階調だ。
とくに人間の肌ではちょっとしたノイズが作品の出来を左右してしまう。
後で無理矢理にレタッチするにしても、もともとの露出を理解できているのといないのとでは大きな違いがある。
写真技術をいまより向上したい、とくに濃淡や階調の豊かさをもっと表現したいと思うのであれば、このダイナミックレンジという言葉をよく理解して欲しい。
それはカメラの性能によって大きく異なるものであり、それの傾向を理解することができればカメラの性能に合わせた撮影が可能になるからだ。
その手始めとして、日中の人物を逆光で撮影するにあたって身につけて欲しい技術に日中シンクロというものがある。
日中の日が照りつける中、人物に向かってフラッシュをたいて撮影するという技術だ。
これを身につけることで、逆光の人物の顔が黒く潰れてしまうことを回避することができる。
つまりは黒つぶれしてしまうだろう部分に光をあてることによって背景の明るい部分との明暗差を減らしダイナミックレンジに収めてしまおうというテクニックなのだ。
この説明でピンときたあなたはもうダイナミックレンジという言葉の半分を理解できたようなものといっていいだろう。
完成度の高い写真は、どれも当然のようにダイナミックレンジを理解した上に成り立っているといって過言ではないだろう。
そこにある被写体にただがむしゃらにシャッターを切るのではなく、被写体を取り巻く光と影に目を向けることでダイナミックレンジに収まるように撮り方を工夫することだってできるのだ。
手ブレ・被写体ブレを恐れるがあまり、思考停止状態でフラッシュを使ってしまってはいないだろうか。
ダイナミックレンジを理解できてはじめて、あなたのフラッシュはあなたの写真をよりよく演出する素晴らしい道具へと進化してくれることだろう。
自分にとってはこのダイナミックレンジを体感的に理解できた時が写真品質向上の大いなるブレイクスルーポイントとなったのだが諸先輩方においてはいかがだったのだろうか。
自分が生まれた時から存在するものは、過去もずっと同じであったと人間は思いがちだ。
ニュースを見聞きしていれば薄々感じてると思うが、現状は薄氷の上を歩くが如く、危うい状態にある。
戦争ってのは、そう特殊なことじゃないし、わりと簡単に日常生活の延長線上に起こりうる。
そして、現在の緊迫した状況を理解しておくことは、個人にとっても悪いことじゃない。
それを理解した上で、どう行動するかは、それぞれの信念によると思う。
「大韓民国(韓国)」と「朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)」は停戦状態で、まだ終戦していない。
それぞれ「国」の設立に、アメリカ合衆国とソビエト連邦とが強く関与しており、
いわば、この二国間は、未だ第二次世界大戦から直結した冷戦状態にある。
「李氏朝鮮」は、13世紀から19世紀まで中国の冊封国家として朝鮮半島を統一していた。
16世紀に豊臣秀吉が侵攻したのがこの李氏朝鮮で、一時的に国土の大半を征服されている。
(つまり朝鮮の征服は成功しており、事実上、中国(明)との戦争であったと言われている)
まあ、歴史の通り豊臣秀吉は死に明は押し返し、19世紀まで李氏朝鮮は存続している。
しかし、お隣の国である日本は、明治時代を迎え近代国家として発展していた。
李氏朝鮮の近代化を目指す一派が、日本に頼りクーデターを企んだ。コレが1884年の甲申政変だ。
時の政権は「中国(清)」に助けを求め、クーデター側は「日本」を頼り、代理戦争が勃発。
結局、双方割にあわないと気が付き、「天津条約」が結ばれ手打ちとなった。
(ちなみに、クーデター首謀者一派はかなり悲惨な結末を迎えている)
ここで、内乱が鎮圧された後、中国(清)が「日本だけが撤兵せよ」とツッパった。
政府内でクーデターも置きてしまい、朝鮮政府も日本に「清を追い出してくれ」と依頼する。
つまり、「李氏朝鮮」は、中国(清)の冊封国家から離脱したわけだ。
これが、1897年の「李氏朝鮮」から「大韓帝国」への国号変更(独立)である。
まあ頼られたわけだし、と、当然のように日本は「大韓帝国」に干渉し始める。
これに「大韓帝国」は、危機を感じ、李承晩(イ・スンマン)をアメリカに派遣する。
アメリカに頼って、日本を排除しようとしたわけだ。これは失敗する。
そして、1910年「日韓併合条約」により統治権を日本に握られる。
勝った国は、その土地を分け合おうとする。
ここで、戦勝国である「ソビエト連邦」と「アメリカ合衆国」が現れる。
北のソビエトが「金日成」の「朝鮮民主主義人民共和国」を、
1948年の事だ。
筋金入りの抗日パルチザン活動家で、その流れでソ連軍の一員として行動していた。
そして、ソ連当局の支援を受けて、北朝鮮の指導者としての地位を確立した。
言ってみれば北朝鮮とは、正当なスターリン型ソ連の落とし子であり、中国共産党のシンパである。
李承晩(イ・スンマン)は、「大韓帝国」時代にアメリカに頼ろうとした調整役だ。
それは失敗したが、そのままアメリカのハーバードで修士を、プリンストンで政治学博士号を取得している。
そして、アメリカ当局の支援を受けて、大韓民国の初代大統領となった。
言ってみれば韓国とは、アメリカの援助で復活した「大韓帝国」である。
そして、「連合国」であることを望んだ。「戦勝国」の一員でありたかった。
対馬領有の宣言は、1949年に行われている。対馬と竹島を日本領から除外すべく、アメリカ政府に執拗に要求していた。
アメリカ政府は、共産主義国家が朝鮮半島を占領するのは良しとしなかったが、正直日本で手一杯だった。
1950年にアメリカ国務長官が「アメリカは、フィリピン、沖縄、アリューシャン列島しか責任を持たない」と宣言した。(アチソンライン)
ここで、キム・イルソンは、アメリカは朝鮮半島を重視していないと踏んで、朝鮮戦争に踏み切った。(当然ソ連のスターリンや中国の毛沢東に周到に根回してだ)
大韓民国軍は総崩れとなり、ほぼ北朝鮮は、韓国を占領しかかった。
ただ、結局のところアメリカ(国連)軍は、一気に押し返し、北朝鮮をほぼ制圧した。
もはや第3次世界大戦まで秒読みの段階だ。
ただ、軍を指揮していたマッカーサーが暴走(原爆を落とす気だった)した結果として軍から追放されたこと、
ソ連を率いていたスターリンが死去したことで、状況が大きく動いた。3年に及ぶ戦争は、一旦休戦することになる。
(休戦なので、未だ戦争は終わっていない)
朝鮮戦争後も、北朝鮮は社会主義国家からの支援を受け、基本的に韓国よりも常に優位に立っていた。
キム・イルソンが中国共産党出身であり、ソ連にも大きなコネがあることが全ての力の源泉だった。
しかし、ソビエト連邦が崩壊する。大きな後ろ盾を失い、経済的な援助が打ち切られた。
そして、キム・イルソンが死去し、コネクションを失い、世界から孤立する。
ソ連の援助は打ち切られたとはいえ、軍事国家は、軍事で物事を解決しようとする。
そして、そのキム・イルソンも死去し、金 正恩(キム・ジョンウン)が国家を継いだ。
売り家と唐様で書く三代目と良く言われるが、親の遺産はその子供まではなんとか保っても、孫の代には残らない事が多い。
北朝鮮は、いままさに三代目だ。いつ崩壊してもおかしくはない。良く保っていると言える。
朝鮮戦争は、未だ終結していない。
第二次世界大戦でソ連とアメリカが朝鮮半島の取り分を巡ってそれぞれ国家を建てたことで発生し、
代理戦争としてはまれに見る規模で地上戦が展開され、冷戦時代には相当の緊張を強い、ソ連の崩壊でバランスが崩れた。
韓国は、有り体に言えば反日イ・スンマンの意思を継ぐ、アメリカの属国だ。
ただ、真の独立をずっと願っているし、南北統一を夢見てもいる。
北朝鮮は、スターリン型独裁共産主義国家であり、ゴリゴリの軍事国家だ。
そもそも、国として存在するために、常に周囲を牽制し続ける必要がある。
韓国とアメリカは軍事的な同盟を結んでいるし、日本もアメリカとは事実上の軍事同盟を結んでいる。
そして、北朝鮮が発作的に何かを始めた場合、まず間違いなく最初に韓国が標的になる。
「軍靴の音が聞こえる」等とのんきなことを言えるのは、「平和」があると思い込んでいるからだ。
38度線の非武装中立地帯の北にも南にも、軍隊が常に靴を鳴らして警戒している。
軍靴の音が「聞こえなくなった」と感じ始めていることが、真の危機だ。
目を逸らしても、北朝鮮はまだそこにいる。
確かに、勝手に煙やら匂いやらを撒き散らしてよくて、いやな顔はしちゃ駄目!ってどういう了見なんだろう?
喫煙者は、基本的に文字通り「煙たがられて」当然なんだから、あとは撤退戦を挑む上で、どうするか?って話にしかならない。吸うのは誰もいないのっぱらか、喫煙ルーム以外だと難しくなるんじゃない?
フェミだの弱者だの言う度に炎上しては発散してブコメ欄が自己紹介の嵐になるわけだが、一回整理したいと思う。
だからなんだという話ではなく、きっと言いたくなった「ソレ」がオマエの脳内の自己紹介になる。
全16セットだな。
もうこの軸で既に炎上しそうだが、「キモくなくてカネのある若い女性」は救われるのか、という話。
まあ、若者のほうが稼げることは少ない。
普通は年の功というか、年功序列でというか、スキルの積み上げというか、
就業年数が長くなればなっただけ、社会的な信用も、賃金も上昇していく。
日本はかなりハッキリ、賃金カーブで見て明らかに女性が冷遇されてる。
つまり、カネのあるオバハンってのは、かなり頑張ったか運が良かったか何にしてもレアだ。
そもそもカネの有る無しで言えば、圧倒的に男性は恵まれた環境だといえる。
これは逆に救いがない。
ワリと残酷なことを繰り返すが、女性の賃金カーブは、一般的に男性よりも低い。
つまり、統計的にみると、年上の方が給料増えたり、しない。年功序列効果薄い。
有り体に言えば、女性は若かろうがオバハンだろうが、給料に差がつき難い。
おもしろ経済学系のセンセが論文書いてたりするが、容姿によって賃金格差がある。
で、統計的に処理したデータみると、全般的に女性ってのは男性よりも給料が低い。
つまりだ、コムスメがオバハンにジョブチェンジしても、給与の変化は微々たるもんだ。
とは言え、どの年代のどんな属性であっても、賃金は常に男性よりも低い。
子供>>>>母子家庭>>>>(超えられない壁)>>>>単身女性>その他
カネがあっても幸せにはなれんかもしれんが、カネがなきゃ死ぬんだよ。
そうすると、「カネを稼ぐ能力が低い」方から、社会は福祉を始める。
まあ、こういう順序で救済されることになる。
つまり、恵まれた境遇に居ながらにして「カネのないオッサン」というのは、努力してないと看做される。
(本当は、個別個別に事情があるかもしれないのにも知れないのにな)
で、何度も繰り返すが日本はまだまだ女性の賃金が低いし職も薄いし、女性の管理職は超レアだ。
すっと、ワリとカネのないオバハンっていうのは、コモン扱いで、それがフツー。
世間の目もまあそんなもんだよね、程度。
あのな、カネ稼ぐ能力のないガキが寒空の下放り出されてるわけじゃない。
キモくてカネのないオッサンとは言え、大抵の場合、「生きていく程度のカネは稼げる」程度には恵まれてる。
ヒラコーがドリフターズで描いてたがな、人間は尊厳がなくても食えれば生きていける、食えなくても尊厳があれば生きていける。
この「食える」っていうのは、時代によって違う。
まさに餓死一直線の文字通りのレベルから、「周りに比べて」という時代まで。
個人の人格を誇りに思えるかどうかのどこまでいっても「自己判断」だ。
「自分がここにいていいんだ」と思えない時に、ヒトはワリと病的になる。
「ああ、カネのないオバハンって、アタシの他にも沢山いるわフツーだわ」と思えるかどうかが、ポイントだったりする。
すると、
その「キモくてカネのないオッサンだと自覚している男」は、それよりも恵まれない境遇の人間がいようがいまいが関係なく、病的になる。
奇抜なファッションはブスの逃げ道と、その昔伊集院光は喝破した。
じゃあ、キモくてカネのないオッサンの極端な逃げ道は、どこに行くんだ?
これは福祉の問題じゃないんだよ。別に食えてないわけじゃないわけだし。優先度低いし。
どちらかというと、治安の問題で、キモくてカネのないオッサンの矜持を保てる程度の世間の目というのをつくり上げるのが重要なんだと思う。
が、まあ、子供の居ない夫婦というロールモデルですら拒否しかねない日本社会で、そんなオッサンは放置されては極端に走って逮捕されるのかねえ。
バイトに落ちた理由。一日でクビ喰らった。ごめんなー、せっかくきてもらってわるいんだけどーってたった今電話で言われて、いえいえそれはそちら側の判断ですからと答える。クビになって苛ついてホントだよーだったら最初から雇うなカスとか言わない俺って偉いよ。まあ明日1日分の金千円受け取りに行くから当然っちゃ当然なんだけど。
多分俺は自分の考えで動いてはいけない人間なんだと思う。バイトをクビにするかどうかは当然俺の判断じゃない。自分の考えというか権利というか、そのバイトを受けるかどうかは当然俺の判断で動くんだけどその程度の考えなど「無」に出来るほどの力を相手側は持っている。あるいは最初から俺が一生懸命になって出した考えなんて文字通り「無」に等しいのかも知れない。「一生懸命に出した」なんて言うのも俺の主観で他人から見たら本当にゴミ以下の事しかやってないんだと思う。
バイトの話をさっきしたのはたった今バイトをクビになったからで、本当はバイトとかじゃなくてもいっぱいあるんだと思う。たとえばいじめ問題とか体罰とかで、体罰やいじめに当たるかの判断の一つとしてよく言われるのは「そこに愛があるかどうか」と言う事がよく言われる。相手のためを思ってやった、あるいは言った事であればそれはいじめでも体罰でもない。しかし一方で、言われた人がどう思うかということも大事であると。例えば私が小学校の頃(私自身は大学生です)は宿題を忘れたとかなんかあれば教室の後で立たせるということがしょっちゅう合った。で、先生によっては授業中に当てられてそれに答えられたら座れるみたいな。自分で言うのはあれだが小学校の頃は真面目だったので後で立たされる事はなかったから立たされた人の気持ちは分からない。大抵の人はめんどくせー!とかしゃーねーなー!みたいに思っていたんだと思う。一方で立たされる事が非常に屈辱的に感じる人もいて、それは体罰に当たるかも知れないねってだけ。俺なんかはそれが冗談なのかいじめなのかの判断がつかない人間だから、自分が嫌だからそれはいじめだ、駄目だとか言うのは許されていない気がする。
冗談か洒落にならないかっていうのも合って、自分が冗談でやってると思っている事が相手にとっては洒落にならない、みたいな事もある。ニコ動で某弁護士の動画を見て笑うし、本社が爆発しても面白いし、そっかー某宗教団体の動画を見て楽しむ。銃声を聞いて餃子の王将というコメがあると笑ってしまう。まあ自分で上げた動画ではないのだけれど。はてな関係だと虚構新聞とかコラ画像?とか。それが面白い、つまらないというのは自分の感性なのでそこにいちゃもんを付ける気はないのだけれど。しかし一方で不謹慎だとか著作権法違反だとかガセだとかそういうコメントをニコ動とかはてなとかでみると非常に驚く。どうして彼らは純粋に楽しめないのだろうと思ったりする。多分そのコメントというのは本気でつまらないと思っているから何かいちゃもんを付けたいというのもあるし、本気で道徳的に彼らのやっている事はダメだ、と言うのもあると思う。だから彼らにいや、これは冗談として通用する範囲だよ等というのは無駄というか、いっても分かってもらえない場合が多いだろう。逆に向こうからするとどうして面白いんだろう、どうして笑えるんだろうって事なんだろう。
自分自身、自然の敵Pの曲一つ一つは好きだったりするのに、カゲプロっていうブランドでまとめ挙げる事でそこにオナニー臭がするということを思っているのだけれど分かってくれる人は少ない。いや、商業的に大成功だから彼らにとっては良かったのだろうけれども。とにかく自分自身ボカロの曲とか評価されてるものでもつまらないなって思う事はある。
自分が冗談じゃないって思っていても、世間一般では冗談として扱う場合もある。ここから得られる教訓は何か冗談を言って相手が不快に感じたら「いやw冗談だろww」みたいにせずに真顔で土下座で謝罪をして同じ人に同じ冗談をしない事。他人から何か不快な事を言われたら真顔で土下座で謝罪をする、あるいは冗談だと分かれば笑ってあげる事。
とあるお話で、家族が、友達が、周りが社会が世間が世界が、間違っている事だってたくさんある。ゴミみたいなこの世に混じって自分を騙すな。みたいな事を言っていた。そういう考え方が出来るのはそいつが正しいから、強いからで俺みたいな頭が悪い弱者は相手が間違っていようがそれに従うしかない。
で、そのことを誰かに愚痴ると同居人に「それはお前の考えだろ?仕事をする上でお前の考えは要らない、相手に言われた事だけやってればいい。その考えは改めた方が良い」と言われるから愚痴る事は多分間違っている、いやしていないけど(前に一回経験済み)。
性欲を持て余していた。31歳独身。風俗なんて行ったこと無いし、キャバクラでさえも行ったことなかった。
数年前別れた彼女はもうすぐ結婚するし、一昨日焼肉に連れて行った女子大生は「先週彼氏出来た」とのたまう。ハッ◯ーメールには2万円を要求する女しか居ないし、Yahooパートナーもさっぱり返信がない。FC2動画に有料登録し、俺のマイページは「ニーソ」「マッサージ」「黒髪ストレート」「色白スレンダー」「貧乳」「乳首桜色」「ロリ体型」…などと細かく分類されていつでもオンデマンドで楽しめるようになっていた。
いい加減セックスがしたい。裸で抱き合ってキスをしたい。朝から前立腺が泡立つような感触が続いている。
Google先生で「府中 デリヘル」と検索する。府中は隣町だ。きっとすぐに来てくれる。俺は基本的に一発しか出せない。60分もあれば大丈夫だ。
出てきた風俗情報サイトを上から眺める。やがて一件のダサめのサイトに辿り着く。ロゴの解像度ガバガバやな。今日の出勤に、黒髪ロングストレート&ニーソの女の子が映る。顔はぼかされている。プロフ上Cカップだがもっと無いだろう。でも、これだ。俺の11cm電探(仮性)に感あり。
20分後、女の子がデリバリーされてきた。ドミノ・ピザより早い。インターホンが鳴る。甘ったるいアニメ声だ。期待が高まる。オートロックを解除する。ドアを開ける。橋本環奈似の美少女がいきなり抱きついてきてディープキスを迫ってくる。大当たりだ。今までの彼女よりも美少女が来てしまった。夏らしいさわやかな花がらのワンピース。残念ながらニーソではないがそんなことどうでもいい。女の子がお店に到着連絡をし、再び抱き合ってベロチュー。混乱してきて童貞並みにどうすればいいかわからなくなってしまった。今までの彼女は何だったんだろう。シャワーを浴びベッドに向かう。
ベッドの上で裸で抱き合って橋本環奈似の美少女ベロチュー。発射なしでももう充分満足してしまっている。やばい、彼女つくるより全然良くないか、これ。アップル並みのユーザーエクスペリエンスだ。店長はジョブスなのか?彼女の脇腹をスワイプし、綺麗な桜色のホームボタンの外周をなぞり、口に含む。実物の桜色を目にするなんて初めてある。彼女は僕の性体験をことごとくiOSアップデートしていく。「Hey,Siri.ノーハンドでしてくれ」僕が指示を出すとSiriは嬉しそうに僕のLightningコネクタを口に加える。やがて彼女は僕の足を持ち上げ僕のSiriをむき出しにし、舐め始める。彼女にも舐められたこと無いのに!童貞みたいな声を上げる。僕のセキュリティ・ホール突いた彼女は再びLightningコネクタを咥えroot権限の奪取を試みる。今度は手でしごきながらだ。やがて僕は橋本環奈の口内にめいっぱいcoreをdumpした。dumpが終わっても彼女はアタックし続けた。彼女はまた僕の性体験をiOSアップデートしていった。コアダンプを口にしたまま動かなくなる彼女。「あ、ティッシュいるよね」頷く彼女。デバッグは追加料金である。
まだ時間はある。再び橋本環奈を抱き寄せベロチュー。何これ、すごい幸せ。ひとしきり腕の中で彼女の体温を感じ、再び咥えてもらう。「こんな短時間に2回とかしたことないんだよね」「がんばれ♡がんばれ♡」急に伊藤ライフがやってきた。口の中柔らかいし上手い。今度はスマタだ。ローションを塗り彼女の股間に当てる。幼い顔からは想像できない大きめの赤貝。へイラッシャイ!築地久兵衛感覚で赤貝を人差し指と中指で覆い握る。あっ、彼女全然濡れてない。仕事でやってるんだなということに気付くもそれ以上の体験がそこにはあり、もはやどうでもいい事であった。なので気兼ねなく思いっきりサービスしてもらおう。その後、上になってもらって下からちっぱいをながめたり自分が上になって赤貝に擦りつけたりした後に口で。こんな短時間で2発目はちょっと厳しかったが、どうしてそこでやめるんだ、そこで!!もう少し頑張ってみろよ!大丈夫かな、あはぁ~ん。不安になってくるでしょ?ならば、一所懸命、一つの所に命を懸ける!そうだ!今ここを生きていけば、みんなイキイキするぞ!!「もっと熱くなれよ!」僕は心で叫びなから文字通りイキイキした。
再びシャワーを浴びて服を着る。別れ際に抱き合い、またキスし、彼女を送り出す。とても1.5万円とは思えない満足度であった。酒を飲み、fue先生の「フエラハメりっぷす」(巻頭作品がアンドロイドがひたすら口でしてくれるもの)で抜いて寝た。月一回くらいだったらいいかも。
枕には橋本環奈の匂いが染み付いていた。「彼女いたら呼べないな、これ。」
なんだこの長文。
ありがとうございます。一番目の方にも二番目の方にも、的外れだと言われているので、あまり期待されると…w
A1:拒絶する。
■女性に期待するものがかなり高いようにお見受けします。理想が高いというやつですね。
A2:違いがある。治安が乱れない程度には保障したほうが良い。内容は基本的に男女平等でよいと素人考えでは思う。
■機会の平等と結果の平等の差が認められるというのは、現実とある程度アジャストしておられるのではと推察します。
社会保障については、とても残念なのですが「現状できることまでしかできない」という特徴がありますので、
財政赤字が膨大になっている日本では限界がいありそうですね…個人的にもとても残念に思っています。
A3:思いつかない。
A4:人に興味が無いから。
A5:思わない。
■全体的に熱量が低い方なのでしょうか。一時期よく言われていたような草食系という感じというか
自分のリソースをわざわざ割いてまで人とコミュニケーションを取ることを重たいと感じているのかもしれません。
欲を封じた状態で特に大きく不満がある様子もありませんので、行動と心情にあまり齟齬がないのでしょう。
ただし人間はつねに矛盾する生き物でもありますので、 ひょっとしたら「あのブドウはすっぱかったんだ」という気持ちが
心の中に潜んでいる可能性もあります。行動と心情の齟齬がない生活は「色々楽な生活」でもあります。楽を求めて熱量(欲)を抑えている可能性もゼロではないです。
どのみち、熱量の低さについて、他人である私が善し悪しを決める権利はありませんが。
■異性愛者の男性には一番多い回答なのではと思います。男性のホモフォビアは心理的にはごく普通に起こりうることだと思いますので。
上の質問でもそうでしたが、やはり行動と心情の齟齬が少ないので、他害的な傾向が小さいように思います。
本当に個人的なので恐縮なのですが、感想を申し上げますと、まだ(実年齢というか経験年齢が)お若いのだろうか、という気もしました。
人に興味がないという言葉を文字通りに受け取れば、自分だけの人生が充実しているとも考えられますが、
あるいは、他を知ることで自分が変わるのを潜在的に恐れている、または、まだ(経験年齢が)若く自我を作っている途中である、などの可能性もあります。
自我の構築は人格形成上とても大切なことで、多くの人にとって避けられない「他者との交わり」において、嫌なことから自分を守る盾にもなりますが
そのまま巨大な砂の城を作っているだけになってしまうと、とても残念だと思います。これは個人的な気持ちです。
他害的な思考をお持ちではなさそうなので、生き方は個人の自由ではありますので。
どう分析されるんだろうドキドキ
■0.01%でも、私が指摘した「恐いから」「まだその時期じゃない」という気持ちが、ご自分の中にあるかどうか、深く心の中をもぐってみてほしいです。
何だかんだで、人とコミュニケーションを取るというのは、とてもエキサイティングな体験です。巻き込まれて変化していくのも、快感だったりしますし。
ただし、たまに、本当に他人とのコミュニケーションが不要だという方も、もちろんいますので、そういう場合は大きなお世話になってしまいますが
ネットではうんこを漏らしてしまった話をたまに見かけるけど、実際にうんこを漏らした人に出会った事がない。
大学2年生の冬、
最寄り駅に着いて、ホームの階段をゆっくりとのぼって改札前のトイレを目指した。
かなり酔っていて、はやくのぼると階段を踏み外してしまいそうなくらい体が言う事をきかなかった。
おしっこがしたい、おしっこがしたい、そう思いながら階段をのぼっていると下半身がじんわりとあたたかくなった。
やってしまった。
そう思って急いでトイレに向かう。
緊急事態だ。急がなきゃ。
引き戸だったのでとりあえず力づくで閉めてみる。
なんとか閉まった。
すぐそばに開閉用のボタンがあったけど、その時は気づかなかった。
便座に座る前、履いていたショートパンツにおそるおそる触れてみた。
あれ、濡れてない。
やった。漏らしてなかった。
履いていたショートパンツ、タイツ、パンツをおろして便座に腰掛ける。
ほっとした。
と同時にパンツの上に、大さじ1杯くらいの、少し下痢気味の、やわらかいうんこを見つけた。
今度こそやってしまった。
高校生のときにちょっと背伸びをして買ったピーチジョンのピンクのパンツがうんこ色に染まっていた。
ブラとセットで買ったのに、もう履けない。2000円くらいしたはずなのに。
パンツと決別をしたら少し落ち着いてきたので周りを見渡した。
さっき力づくで閉めた扉に少し隙間が開いている。
閉まり切っていなかったのだろう。
見ると扉の横に開閉ボタンがあった。
ああ、ちゃんと閉めておかないと、誰かが入ってきちゃうな。
閉まらない。
開ボタンを押した。
扉がゆっくりと開いていく。
さすが多目的トイレ、誰にでも優しいから、開くスピード超遅い。すごい。
そういえば何も履いていなかった。
慌てて閉ボタンを押すけど、開いている最中は閉まらないようだ。
でも、人間って、慌てている時は頭がまわらない。
扉が開ききってから閉まるまで、30秒くらいだっただろうか。
それはそれはとてつもなく長い30秒だった。
幸いにもトイレの前を通る人は1人もおらず、この痴態は誰にも見られる事はなかった。
誰かに話したいけど、こんな話をしてしまったら絶対にモテない。
私が男だったら笑い話にできていたんだろうか。
追記5/20
ひとつのパンツを3年も履くなんて・・・というコメントがいくつか見受けられるので、以下私のパンツの履き方についてお話させていただきます。
人によるとも思いますが、最近の若い女の子はやたらと下着が好きです。
普段使いのものはそのうち30枚です。1ヶ月に1回履きます。(31日の月は2度履くものもあります)
日付によってパンツを変られるように30にセパレートされたケースにパンツを入れています。
これはどうでもいいことですが、私のパンツを見ればカレンダーを見ずとも何日かが分かります。
選抜組とは、俗にいう勝負下着だと思っていただければよいです。
まあ、あいにくここぞという時がないのでほぼ観賞用のパンツ群になります。たまに履きます。
今回うんこを漏らしてしまったピーチジョンパンツはこの出来事のちょっと前に選抜落ちしたパンツでした。
選抜落ちとは、元々選抜組だったものの古くなったり趣味が変わったり、様々な事情のために普段使いに降格したものを指します。
確かに期間としては3年履いていたのですが、回数としては10回も履いていなかったかと思います。
3年間私のお尻を守ってくれていたというのは、すこし盛ってしまっていたかもしれません。
ですが、選抜落ちの彼らには特に愛着があり、それまで大事にしていたパンツだったために悲しさもひとしおでした。
追記6/17
お久しぶりです。
まず、「既得権益」という単語を適当に使うから藁人形に見える。
そんな難しいもんでも無えよ。
例えば、海底資源権益って言う言い方をすると、海底に埋まってる資源を掘り出して、利益を得る権利ってことだ。
既に得ていることだな。
例えば、既得知識なんて言えば、既に持っている知識のことだ。
組み合わせなんだから当然、「既に持っている、権利と利益」だな。
ポイントは「既得」の部分。
例えば、戦国時代に敵将の首をうちとって褒章として土地をもらいました。権益だな。
結果、400年後の現代日本においても、地主として駅前の土地を大量に持ったままです。既得権益だな。
日本だとおおむねGHQのお陰で解体されてるけど、ヨーロッパの貴族様なんか、マンマだな。
さっきちょっと露悪的な書き方をしたが、既得権益には勝ち取ってきた良いモノもある。
まあ、ワケワカラン貧民を総動員して変な連中が選ばれても困るから、あの時代において一定の合理性はあった。
が、ちゃんと知識層の底上げがなされ、さらに「既得権益打倒」を掲げ頑張った結果、財産に関係なく男子全員に選挙権が与えられた。
そして、「戦後」にやっと、20歳以上の男女と定められ、女性も選挙権をゲットできた。
歴史的な経緯で、現在の人は何もしなくても最初から持っている権益だからだ。
時代は移り変わる。
ある時代には合理性があったものでも、現代において不合理なものもある。
例えば「女性の選挙権は、既得権益だ!剥奪しろ!」なんてのは、現代においても不合理だろう。
じゃあ(炎上しやすい)「20歳以上のみが選挙権を持つのは既得権益だ!18歳に引き下げろ!」というのはどうだ?
さっきチョロっと書いたが、個人的には「ワケワカラン連中を扇動して」状態になりそうだから、俺は日本においては時期尚早だと思ってる。
ただ、ワリと有名だろうが、オーストリアは選挙権を持つのは16歳からだし、米国でも18歳からだ。
これはちゃんと底上げがなされて、理解が進み、結果としてそうなっている面がある。
「俺達にも政治に参加させろ!」の結果の、権益としての選挙権だ。
ただ、何でもかんでもそうではなくて、例えば米国の大抵の場所では酒が飲めるのは21歳からだし、公共の場所では飲めない。
だれでも飲める時代、禁酒時代、一定の節度を持って飲む時代と、米国の飲酒権益は、減ったり増えたりしている。
米国の禁酒時代を続けようとマフィアが頑張っちゃってたら、どうなってたかは想像するだに恐ろしい。
煽り方が悪い。
「既得権益打破!」というと、なんだか全部良いように聞こえる。
(バカもいないとは言わないが)バカばっかりじゃないんだから、ちゃんとして欲しい。
さっき言ったように、良い既得権益と、悪い既得権益がある。つまり、時流に合わないものだ。
炭酸飲料メーカーやギャングが、「オレらの稼ぎが減るから禁酒法廃止絶対反対!」とか言うのは、悪い既得権益だ。
でも、「財政難なんで、生活保護費は打ち切る方向で!既得権益打破!」とか言うのは、良い既得権益の破壊だ。
結局同じで、それが時流にそって妥当かどうかという面が一番重要だ。
例えば、大阪市の敬老優待乗車証(いわゆる敬老パス)は、年間3000円で乗り放題のパスだ。
これは紛れも無く「既得権益」なんだが、じゃあコレって、良い既得権益なの?悪い既得権益なの?
大阪市の70歳以上はおよそ50万人。市営バスだの地下鉄だのに、タダノリする20%の市民。
今後は1回50円負担になるって事は、ソコソコ負担になってたんだろう。
でもこれ全面廃止になったら、利用者ガッツリ減りそうでもある。
本質的な意味で「既得権益の無い社会」というのは、その時代に最も沿った仕組みで在り続ける社会だろう。
例えば、コメ農家の保護と、新規参入が、常に適切に調整され続ける社会。
新規参入は容易だが、壊滅するほどは開放されない。
生活保護費はうなぎ登りでも打ち切られず女性の参政権も確保されるが、成人の定義は変更し続ける。
「既得」ではなく「その時に最も適切」な「権益」が確保される社会が、「既得権益の無い社会」だろう。
ただ、大抵の場合は「政府」だとか「団体」っていうのは、都合良く権利を制限したがるし、好き勝手する。
(文字通りの意味で)血と汗で獲得した権利は、守らなければ簡単に蔑ろにされる。
第三のビールへの課税だとかね。企業努力はワリとあっさり蹴散らされる。
その意味で、「そう簡単には変えられないようにガッチリしてやる!」と権利を確保する方向性は、残念ながら正しい。
で、アファーマティブ・アクション(弱者にゲタを履かせる)なんかは、時代とともに強力な利権になったりもする。
そういう歴史的な経緯で過去権利をガッチリ固めたが、時流に合わない、みたいなのを特に「既得権益」って言ってたりするな。
雑に「既得権益は打破」だの「既得権益は必然」だの言わないこと。
酒の話ばっかりになるが、酒販を巡って酒屋がコンビニになったり、コンビニへ免許を卸す仲介業者まで跋扈した。
コレだって、酒屋がまだまだ強ければ「酒販自由化反対!」と「既得権益にしがみつくな!」みたいな論争になってただろう。
(そういう風になっとる業界もあるが、本論とは関係ないので割愛)
まあだから、「既得権益」だけだと良いものも悪いものもあるから、単語だけで反応せずにそれぞれ個別にちゃんと話そうぜってことだあな。
因みに俺は、市営系の敬老パスは経済的なメリットの方が多いと思ってる。
野生で捕まえた爬虫類に一番ありがちなのは「生きて動いてる餌じゃないから食べない」ってやつ。
他のものを食わないのに冷凍マウスなどを食べるかっていうとおそらく難しいよ。
正直、逃してやって欲しいけど、どうしても飼いたいならペットショップでミルワームや生きた小さな小さなコオロギを買ってきて与えることを勧める。だが、タダで拾ったペットに対して恒常的に生き餌を与え続けるのはなかなか高くつくぞ。
コオロギは自家繁殖してる人もいるが、最終的にコオロギを飼ってる(世話がそこそこ手間)のかヘビを飼ってる(餌ほおりこむだけ)のかわからなくなった、って人がそこそこいるからとりあえず買ってくるのを勧める。
だが、やはり元いた場所に返してやることを勧める。野生では、日が出たら温かい場所に自分で移動してひなたぼっこして体温を上げて、自分で餌を探す。
小さければ外にいても勿論死んでしまう可能性はあるが、それでも、自分より大きな動物に捕まって、寒くて狭くて、ひもじくてつらいままに体力が尽きて死んでしまうほど辛いこともないだろうよ。それはわかるだろ?
そのまま文字通りの飼い殺しにするのもお前の勝手だけどさ、できれば拾ったなら愛情もって手厚く飼ってやってくれよ。大きめのケージにひよこランプも設置してさ。
手軽に拾えるかもしれないけど、金銭的にもこれからずっと世話していくのは、なかなか大変だぞ。
V for Vendettaという死ぬほど有名なアメコミ作品がある。
で、最近V for Vendettaの映画版をみて思ったんだけど復讐心が原動力の人って復讐をし終わったら人生の目標を失うんじゃないかな。
筒井康隆の小説で「我が良き狼」という超絶名作があって、これは文字通りの好敵手、なんていうかアンパンマンとバイキンマンみたいな感じでお互いで存在意義を維持しているみたいな関係の小説があって、マジで泣けるんだけど、これを読んでも思ったことでもある。
「我が良き狼」の場合は別に敵として描かれる狼の方がそんなに極悪非道じゃないからこそ感情移入できちゃうからちょっと話がぶれるんだけど、V for Vendettaみたいない復讐する相手が極悪非道の度合いが高ければ高いほどその復讐を終えた後の虚無感というか、生きる意味の喪失ってのがすさまじいのではないかな。
それってでもお前を殺して俺も死ぬ的な相打ちを前提にしているのかもしれないんだけど人って目標がなくなったくらいで死なねえだろうなと思う。
なんとなく、もぬけのから状態で半分呆けた状態でなんとなく生きてしまうのかな。
そこで思ったのは、復讐心を原動力として生きてる人って、復讐した瞬間に死ぬべきで、もしもそこで死ねないのならまた復讐心を生み出すために自分から沼に飛び込むしかないのではないかな。
なんか、悲しいなと思う。