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はてなキーワード: 大街道とは

2020-11-21

anond:20201121122908

都合の悪い指摘に対しては見て見ぬ振りを決め込む卑怯

(大街道ホットケーキうまいよね!でもアレ支店東京都台東区秋葉原にあるらしい 簒奪だよな ひどすぎる)

こんなしょうもない追記しなければ「トラバは見てません」で白を切れたのにね

(簒奪意味がわかってないのはまあいいとして)

どこまでも愚かな恥晒しよのう

全部魚拓に取られてるし、いつまでも恥を晒し続けるといい

anond:20201121160938

東京人同士でQAしてるから問題ないってわけだね。

例えば、他の二人がいきなり大街道とか両替町質問回答し合ってたら東京人は横から「それどこやねん(しかもわざとらしいエセ関西弁)」って突っ込むんじゃないのかい

東京人ホンット嫌い

Twitterでウマソーな蕎麦屋を紹介してる人がおったんですよ

正確にいうと紹介っていうか、写真を載っけてるだけですね

ちょっとバズってるんだけども、どこの店なのかはわからない

で、そうすっとだれかがリプライで「どこですか?」ってきくわけだ

ここまではいいよ

で、その答えが嫌なんだよマジで

吾妻橋の○○です」

イオイオーイ!!!

どこ????????

吾妻橋、どこー、ーーーーーーーーッ!!!!!!!!!!!!

知らねえええええええんだよクソッタレ

吾妻橋、いきなり出していい地名じゃねえだろ

町より小さい区切りじゃねえかよ

お前もしかして日光東照宮ってどこあるっけ?」って言われたら「山内だよ」とかいうのか?

そういうこと聞いてんじゃねえ!ってなるじゃん

フツーそうなの

人間には共感とか配慮とかそういうものがあるので、当然地名をいうとき都道府県から入る

それがマトモな場所の伝え方ってもんだ

まあ百歩譲って県庁所在地くらいならいいよ

松山の…」だったら常識ある人には伝わるだろう

でも「大街道の….」ってイキナリ言わねえじゃんなぜならわからいか

そんなクソどうでもいいマイナー地名なんて誰が知ってんだクソゴミ、殺すぞという話になってくるから

それをヘーキのヘーサでやってくるのがウンコタレ・トンキンピーポーなんだよな

本当に頭が腐っている人間の屑どもだよ

東京墨田区にある吾妻橋ってところの…」だよ

それがマナーだろうが なぜならクソ東京のクソ地名なんて知っててたまるカス くそ

それがいきなり「吾妻橋」だあ?冗談は顔だけにしろホント

から嫌いなんだよマジで

マジで嫌いなんだ

死なねえかなあ!東京人!全員!!!

ーーー

あのなあ、検索したらわかるとかそういうレベルの低い話はしてねえの 魂のレベルが下がるからしかけないでくださる?

俺は垣間見える傲慢さが不快だっつってんだよ

今回の人がどうだかは正直知らねえが、東京人ってインターネットでどこに住んでるかわかんない知らない人から「この店どこですか?」って言われたときに、相手東京人じゃないかもしれないっていうことをまったく考えねえで細かい地名から入るだろ

俺たちは違うの

知らない人相手にはでかい括りから入る そういう謙虚さがあん

調べたらわかるか否かはどうでもいいんだよ 人間としてのあり方の話をしてんだわ

つうか、結局どんな言い方しようと店名さえ言っとけば検索の手間なんて変わんねえんだよ 

からわざわざ吾妻橋なんて細かいとこじゃなくて「東京」、せめて「墨田区」って言えばいいんだ

そこでわざわざ吾妻橋って細かさをチョイスするところに「オレ、東京人!オマエ、東京人!ナカマ!」みたいな意識を感じて不快なわけ

クソなんだよクソ

田舎者気持ち配慮してくれや

と、俺はそういう話をしてんの

わかったかな?文盲ゴミカス・低知能・物質主義者の諸君

ーーー

でもあれ普通に知人だった説は全然ある

知人だった場合彼に罪はないんだな

でも彼に罪はなくとも東京人に罪アリ

俺は彼の悪くない振る舞いをみてフラッシュバックを起こしたんだ

よって東京はクソ Q.E.D.

 

(大街道ホットケーキうまいよね!でもアレ支店東京台東区秋葉原にあるらしい 簒奪だよな ひどすぎる)

2020-01-06

地方都市アーケード

俺は鹿児島の片田舎出身なんだけど、鹿児島県の県庁所在地である鹿児島市には天文館っていう県民ならみんな知ってるアーケード街がある

県内のどこ出身だろうと天文館って言えばまあ伝わらないことはないって感じで、あんまり行ったことはないんだけどボンヤリ誇りに思ってた

でもこの前彼女地元愛媛県に行ったら、大街道とか銀天街っていうかなり似た雰囲気アーケード街を紹介された

県民ならまあ知ってるって点も同じらしくて、なんならそれぞれの内部で撮った写真を見分けろって言われたら無理かもしれん

鹿児島が誇るアーケード天文館!って無邪気に思ってたんだけどもしかしてどの都道府県にも似たような場所があるのかな なんていう概念なんだろ それぞれ名前カッコ良さそうだからまとめたリストとかあったら見てみたい

2019-01-20

四国、寝台

寝台では浅く眠っただけだった。起きるとそこは横浜駅を発車したばかりで、車内は人々がまばらに朝の眠気を横たえていた。

金曜、仕事が定時を少し回って終わった。

エンジニアとして現場研修をしている私は、帰路につくためバスから電車へと乗り換える赤羽駅にいた。

――どこか遠くへ行きたい

そう思いたち、改札を抜ける前にみどりの窓口へと向かった。

「22時東京発、寝台券はまだありますか」

用意されたのは、琴平行きの座席特急券。それを手にしたあと、大宮にある自宅へ一旦戻って、身支度を始めた。

最低限の替えの着替えと、歯ブラシタオル文庫本リュックサック突っ込み、口座から少しだけ金を引き出し、気付くと東京駅9番線ホームサンライズ瀬戸を待っていた。

人生初の寝台列車だ。

入線してきた赤色薄茶色の車体に乗り込み、間もなく発車したサンライズ瀬戸号の車窓へ目を向ける。

通過する品川駅にはまだ多くの通勤客が帰路を急ぐ。彼らを裏切るかのようにして、私は東京を離れた。

小学生遠足ときのように、興奮で眠りは浅く、然し心地の良い揺れはまるで子守唄のようだ。

沼津を過ぎるまではそんな調子で、しかし体がいよいよ慣れたのか、それから岡山出雲市行きと分割するまでぐっすり眠った。

瀬戸大橋線に入り、車窓には瀬戸の島々が並ぶ。それまで横になっていた私は、その時を待っていたかのようにすぐさま体を起こし、洗面台で丁寧に顔を洗い、歯を磨いた。高松では多くの乗客が下車し、それから延長運転を行う琴平行きの車内は伽藍であった。

定刻で琴平に到着したサンライズ瀬戸は、しばらくホームに身を横たえ、旅を始める我々を見送っていたように思えた。

観光案内所も閉まっている。まだ9時前だった。

急ぐ必要もない私は、とりあえずその足で気の向くままに、初めて足を踏み入れた四国の道を歩き出した。

金比羅山の長大で急な階段参道はやはり足に堪えたが、御本宮からの眺めを見てそれも消えてしまった。

初詣からまだ数週間足らずで再びお参りをするのは変な気分だったが、この旅の無事を願い、参道列に加わり手を合わせる。

いきあたりばったりでこのあとの予定も何一つ決まってはいない。不思議とそれが心地よかった。

来た道をそのまま下り琴平駅に戻る間に土産の品をいくつか買った。飴、手ぬぐい(今治のものだ)、饅頭

すれ違う人々は意外にもスーツ姿の団体が多く、1人の私は割に目立った。それもまた不思議と気分を高揚させた。

琴平から土讃線上り特急に乗り、松山を目指す。

予讃線に乗り継ぐ多度津駅で近くの食堂に入り、日替わりの昼食を注文した。

予想はしていたが、メニューにはナチュラルうどんが設定されていた。かき揚げおにぎりと一緒にいただく。もちろんとても美味しかった。

予讃線下り松山行きの特急いしづちしおかぜ自由席は半分ほど埋まっていた。

空いている窓側席に腰を下ろし、金比羅山で蓄えた疲労をしばしの間、癒やす

文庫本を開いてすぐ眠ってしまい、松山駅の到着案内で目を覚ますことになった。

松山駅を降りると、失礼ながら想定していた風景とはだいぶ違った街並みが広がった。

すぐそば伊予鉄道路面電車が走り、人々が休日らしい顔持ちで道を往きかっていた。

バスターミナルにて1Dayパスを購入し、中心市である大街道電停に向かう。

大街道電停松山城の目と鼻の先にあり、電停を降りる瞬間、目に入った。

琴平駅では松山方面に向かうか、高知方面に向かうか一寸悩んだのだが、松山に来て正解だったようだ。非常に立派な天守閣だった。

城を横目にマンホールカード収集のため坂の上の雲ミュージアムに赴き、1時間ほど観賞したのち、喫茶店に入りたばこを吸った。

道後温泉行きの時刻に合わせて喫茶店を出て、再び路面電車に乗り込む。

きっとこのまま温泉宿に泊まるのだろう。車内は温泉客でほぼ席が埋まっていた。

道後温泉街は本当に賑わっていて、改めて今日土曜日だということを私に再認識させた。

――少し急がなければ。

人混みを縫うようにアーケードを抜け、道後温泉本館で湯に浸かった。

復路の寝台が高松駅を21時半前に発車する。

琴平駅のみどりの窓口ですでに確保していた、その列車のことを念頭に置きながら、再び路面電車に乗り、JR松山駅前電停で降りる。

駅前キオスクで少しのビールつまみを購入し、もうすぐ発車する高松行きの特急に乗り込んだ。

もうこの旅も終わりだ。

余韻と若干の寂しさを感じながら、日が暮れかかっている四国風景を見て、ビールを飲んだ。

2時間以上瀬戸内海のふちを走りきり、降り立った高松駅は、高層ビルがいくつかそびえ立つ、立派な港町だった。

連絡船時代面影をほんの少しだけ残したホームでまたうどんを食べ、キオスクビールつまみを買い足す。最後の晩餐ともいえるような光景だった。

もう少し、ここにいたかったな。

そんな気持ちを奪い去るようにして、寝台特急サンライズ瀬戸高松を出発。途中の岡山出雲市から来た列車と連結し、東京に私を運んだ。




追記

座席特急券

往路はノビノビ座席を、復路はソロ寝台券を取りました。

座席特急券」と書いたのは、ノビノビ座席について、寝台券必要がなく座席として発券される特急券というニュアンスを込める為です。

高知について

今回でサンライズが大好きになったので、また近いうちに乗って、高知城も見てみたいです。

あと、四万十川も。

 
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