はてなキーワード: 右から左とは
幼い頃からそうだった、適材適所やそれに類する言葉(自分ができることやろう、的な)
を使う連中というのは結局の所
という事を言いたいだけだった、例外なくそうだった、100%そうだった。
この言葉を使う人間が自らキツイ仕事をやることは絶対に無かった。100%無かった。
「一人ひとりが活躍できるように」とか、どれだけ思いやりのあるふりをしても、他人に面倒事を押し付けるクズしか居なかった。
「自分は軽い物を右から左に運ぶ、お前は重い物を下から上に運ぶ」
そんな事を平気でやるのだ、そのくせ負担してもらう側に労いもないクズしかいなかった。
適材適所で仕事を分担しているのだから感謝もねぎらいも不要であるという理屈のようだった。
ライフハック的な悪知恵として舌を出すようなクズも居たが結局、善人ヅラしてる奴と同レベルのクズでしかないが正直な分マシだろう。
小学校のフェミババア教師はこの手の適材適所論をよく主張し男子を苦しめていた。
適材適所と言いながら、明らかに男子のほうが体力と時間を浪費するような物運びをやらされた。
社会に出てもそうだ、障害者雇用なんか「楽なデスク仕事をガイジにやらせろ」ということでしか無かった。
仕事の中の比較的楽な部分を奪われた健常者は、仕事の緩急が減り、仕事が辛くなった。
添削前
10 月 2 日に開催した弊社の記者会見に関して、一部報道機関により、指名する記者と指名をしない記者を決めていた旨等の報道が
なされています。
弊社は、会見前々日に本件について会見を委託したコンサルティング会社と打ち合わせをいたしました。
その時にコンサルティング会社がメディアのリストを持ってこられて、そこにNGと言う文字があったので、井ノ原が、「これどういう意味ですか?絶対当てないとダメですよ」と言いました。その時に会見を委託したコンサルティング会社の方は、では当てるようにします。と答えました。
ですから今回流出したと言われている資料は、弊社の関係者は誰も作成に関与しておりませんし、指名をしない記者を決める等も全く行なっておりません。
はなし言葉を多用し過ぎ
時系列わかりづらすぎ
こういった場合は箇条書き推奨
会見を委託したコンサルティング会社に、このことをきちんと伝え、謝罪してほしいとお願いしましたが、外資なので本国の許可が必要で調整に時間がかかると言われてしまいました。
弊社は誰か特定の人を当てないで欲しいなどと言うような失礼なお願いは、決してしておりません。
”きちんと伝え”とか”失礼な”とかは、言わなくてもわかることなので冗長
弊社としては、今後は、メディアの皆様との健全な関係を築き、対話を継続してまいりたいと考えていたところです。
今回は、会見を委託したコンサルティング会社がしたことであっても、それは弊社が雇った責任があると言われれば、その通りであり、大変悩みましたが、現時点でわかっていることだけをご報告させて頂きます。
いわないでいいこと言い過ぎ
今後も弊社は、故ジャニー喜多川による性加害問題に関する弊社の
再発防止策、および、被害に遭われた方々への補償、さらには、弊社の社名変更と新会社設立に関する取り組みに関し、適宜・適切にすべての関係の皆様に説明責任を果たしていく所存です。何卒、事情をご賢察の上、引き続き、ご指導・ご鞭撻を賜りますようお願い申し上げます。
再発防止の前に事実確認が先。再発防止なんて甘い表現を使っている自体、状況を軽く見ていると見られかねないので不適切
”および”、”さらには”という接続詞を使うことで羅列した内容に優先順位があると思われかねないので危険。横並びにするべき
”事情をご賢察の上”はこちら側が決めることであって、それを申し出るということは「忖度しろ」という意味にほかならない
皆に”誰?”の部分が注目されているのだから、代表者の名前を明記すべき。
というわけで添削した内容は以下の通り。
2023年10月5日付け 弊社記者会見に関する一部報道について
10 月 2 日に開催した弊社の記者会見に関して、一部報道機関により、指名する記者と指名をしない記者を決めていた旨等の報道がなされました。
弊社として把握している内容は以下の通りです。
・会見前々日に会見を委託しているコンサルティング会社との打ち合わせ実施
・その際にコンサルティング会社より取材メディアのリストが提示された
・それら一連のやり取りは、その場にいた役員全員が承知している
今回取り沙汰されているリストについては弊社の伺い知らぬ場所にて作成されたものであり、会見前に存在は把握していたものの、使用については禁止するように事前に確認を行ったはずのものでした。
しかしながら、結果として指名の順位に優劣がつくなどの影響が発生しているのは事実であり、弊社としての対応が不十分であったと認める次第です。
信用回復を目的とした記者会見の中で、更に皆様からの信用を損なうような事態へと至ってしまいましたこと、心よりお詫び申し上げます。
なお、会見を委託したコンサルティング会社からも謝罪、もしくはプレスリリースの発行ができないか現在確認中です。
繰り返しとなりますが、弊社としては特定の個人を指名して質疑を行わないように指示をしたという事実はございません。
しかしながら、コンサルティング会社が弊社を慮ってのこととは言え、独自判断にて指名の優劣が生じてしまったことは事実です。
メディアの皆さまと健全な関係回復を行おうとした矢先に、信用を失うような結果になってしまったことを重ねてお詫び申し上げます。
今件については引き続き調査を続けるとともに、コンサルティング会社との契約解除も視野に再発防止に努めます。
今後も、故ジャニー喜多川による性加害問題に関する解明に向けた取り組み、被害に遭われた方々への補償、弊社の社名変更と新会社設立に関する取り組みなど、これらについては適宜・適切にすべての関係の皆様に説明責任を果たしていく所存です。
何卒、引き続き、ご指導・ご鞭撻を賜りますようお願い申し上げます。
この度は被害者の皆様、ファンの皆様、及び各社メディアの皆様の信用を損なう事態と至ってしまいましたこと、誠に申し訳ございませんでした。
まぁなんというか、どこ見て発信しなきゃいけないのかが全くわかってないというのが一番の印象。
あと、勝手に終わらせるな感が読んでて笑える。
なので、視点の整理を中心に、時間軸、進行形、目線を合わせた謝罪などを加えてみました。
「何卒、事情をご賢察の上、」っていう言葉から「お前ら言わなくてもわかってるよな」感が出まくっててぬかりねえなって部分が最高にロックだった。最初に削除した。
質問してきた奴がどれだけ悪人か、世間にリアルタイムで見届けてもらい認識を揃えた上で、復興に向けた決意表明アピールがジャニーズ側にとってのゴールだからな。
感情でブレずに場の温度感をマネジメントできたばかりか、ステークホルダーへの延焼をも防いだ井ノ原はマジで優秀。
「まじっすか」は確かに良くなかったなぁ。
あそこは「子供達の将来の夢を摘むのは適切じゃない」「育成ノウハウを持ってるのは我々だけ」「だから再発防止策はこれだけまとめた」「健全な後進育成以外に過去を償う手段は無い」等アピールするべきだった。
「もめるのを子供に見せたくない」はマジで切り札だった。すげえわ、優秀だよ。だって揉めてる奴ら子供以下になるもん。
その上未成年者への性犯罪に対して配慮しているというアピールにもなる。
あくまで配慮すべき対象は被害を被った子供達であり、大人が勝手に怒るのは「子供の前で喧嘩する親」と同じ構図なんだよね。
それを一言で世間が解るように言ってのけたのはマジで頭良い。見てるの子育て層の母親多いし、普通に刺さるでしょ。
その上記者を煽る攻撃でもあり、煽られた記者が責め立てたら「子供への配慮を踏みにじろうとする大人の記者」という構図が完成する。
あとはまぁ、廃業に向けて補填していくのは手打ちとして妥当だし、一応の筋は通ったから、
起用再開を検討する会社は多いと思うよ。世論が冷めるのを待たずに再開する所すらありうるだろうね、井ノ原が優秀だったから。
現場の問題はそんなに割り切れて解決する方法はないから苦しんでいるのに、
型に嵌めて右から左に流すことで、その「型」利用料金として高額な請求をするから。
長年付き合いのある部下を解雇できないので苦しんでいるのに、「固定費削減が重要ですから3人解雇しないと経営がなりたちませんよね?!(ドヤァ)」みたいなことしてなんていうか現在価値で並べなおして低いところは全部捨てなさい、みたいなことしかしない印象。
(余剰で現在価値が低いから解雇しろといわれた奴が業界をひっくり返すような商品サービスを大ヒットさせて企業が再生する、みたいなことはベンチャーくらいの規模だとたまによくある)
発注する方も確信犯的になってて、自分で解雇して憎まれたくないから代わりに汚れ役をやらせる、みたいな使われ方になってる面もある。
コンサルも業務効率優先すると紋切型であんまりものを考えない結論を経営層のお墨付きで処理するだけみたいな実体も結構ある。
あと最近は減ったかもしれないが、やたらカタカナ語で煙に巻くようなしゃべりの人もみかける。最近の人事コンサルのDEI関連とかものすごくカタカナ飛び交ってない?
いわゆる「中抜きおじさん」系の仕事をしています。謙遜と自虐とネット的なシニカルへの媚びを込めた自己紹介にはなりますが。
「中抜きおじさん」なので自分が直接手を動かして実作業をすることはまずありません。
やるのは他の会社に実作業をふることと、発注元や上司に向けた資料作成ばかりです。
業務が無事完了しても「ここは俺がやったんだよな~~~」と思う部分は全くありません。
なので「あの仕事に関わっていたんですか~~~凄いですね~~~」と言われても全く響きません。
だって自分がしたのは業務発注の交通整理だけで、最終的に自分が手を動かして何かをやったという実感はないのですから。
反対に「あの仕事ってここが駄目だったですよね~~~」と言われると自分の責任を猛烈に感じてしまいます。
もっと早く発注をかけられていれば工期にもう少し余裕があっただろうにとか、この仕事はあっちの会社にやらせた方が効率的だっただろうなとか、そういったことが頭をよぎります。
クオリティコントロールにおいても、自分がビビらずに毅然とした態度で接していれば曖昧にせずに済んだ部分が数多くあったはずだと頭を過ぎることばかりです。
何より辛いのは実際に「まだ終わってないのか」「もっと上手くやれたんじゃないのか」「コミュニケーション不足だろうが」という非難を受けることです。
なまじっか自分の手元にはいくつかの選択肢があったわけですから、その中で他の道を選んでいればというタラレバが頭の中でずっとグルグルしてしまう。
その癖して「今回はよかった」「流石ですね」と言われたときには、「単に今回は予算があっただけだよ」「結局褒められているのはウチの会社のネームバリューや人脈でしょ?」としか感じ取れない。
仕事をすればするほどネガティブな感情が溜まっていくのに、プラスの感情は全く蓄積されない。
足りない分の精神力は日常生活の中で少しずつ回復する分から吸い取られていくので、仕事をすればするほどにただただ衰弱していく。
もう仕事なんて全くやりたくない。
頑張って仕事をするほど仕事を増やされてドンドン心が痛めつけられ、仕事をしなければ結局仕事上の失敗が積み重なって心が押し潰されていく。
辛い。
仕事を通して「俺って今回に限ってはよくやったよな~~」ぐらいのことを感じたい。
この仕事をしていると他人に何を言われても「結局お前は俺が管理している財布の中身にしか興味がないんだろ?」「ハンコを押してくれればあとはどうだっていんだろ?」という気持ちばかり湧いてくる。
持ち上げられようが貶められようが、予算と承認をこっちから引き出すための権謀術数に過ぎないんだろうなと穿った気持ちでしか考えられない。
もう何もかもが嫌だ。
自分の手を動かして出来たものを眺めて自己満足に浸れるような仕事をしてみたかった。
そう思って入ったはずの業界だったのに、気づいたら右から左にものを流すだけの仕事をしている。
何も面白くない。
俺のやっていることは電話交換手と何も変わらない。
それが本当に単純作業で脳を殺して働けばいいだけなら耐えられたかも知れない。
実際には複雑なパズルだったり間違い探しだったりをいくつも繰り返した果てに、やってきた仕事をほぼ丸投げするだけの仕事をしては、存在もしない満点を基準に罵声を浴びている。
そもそも元請けが直に作業者に発注していればよかっただけじゃないかという憤りと、もしもそうなったら自分たちは仕事を失うのだなという焦燥感と、そもそもそれでいいじゃねえかという逆ギレがいつだって入り混じっている。
仕事が辛すぎる。
転職したいが、この仕事を通してなにか能力が身についたとは全く思えないし、そもそももうこの業界でもこの業態でも働きたくない中で、どうやって他所に逃げれば良いのかもロクに思いつかない。
なんだかもう世の中が全部嫌だ。
どの仕事をやっていても、結局自分の性格だと同じように感じるのだろうか。
実際に手を動かして仕事をした所で「元請けが取ってきた仕事を単にやっているだけのロボットでしかない」と感じ、それでいて「俺がもっと細部を煮詰めていればもっと良いものが出来たはずなのに」と悩んでいたのだろうか。
そしてどこまでいっても褒められた時は単にその立場そのものが持つ機能への称賛だとしか思えず、ネガティブな言葉は自分に多くの責任があったと感じて落ち込むのだろうか。
どうすればいいんだ……。