はてなキーワード: 反差別とは
自然科学や工学の危険性というのは失敗例が重大かつ大規模(公害、非人道兵器、医療事故etc)になるので
翻って日本社会って人文学・社会学がもつ危険性に鈍感すぎるんじゃね?ってのがここ十年近く思う事。
直近だと以下で
https://note.com/000gwen/n/n1f395563e1b7
「こういうことがこれからどんどん起きるんだろうな」と想定していた感じのことがまさにそのまま起きたようなケース。
上のnoteは少し経緯が不足してるので補足しつつ経緯を書くと
・王谷晶っていうレズビアンでLGBTQ+寄りの本書いたり帯文寄せたりしてる作家がいた
・過去にトランス差別で批判されたが謝罪し反省、SNS上でトランス女性を女性と認めないフェミニスト(TERF)を批判したりしていた
・王谷晶が「LGBTQ+にはペドファイル(小児性愛者)は含まれない」的な発言
・LGBTQ+界隈でジェンダー学を専門に学んでる連中から「ペドファイル差別だ、ペドファイルとチャイルドマレスター(児童性虐待者)は違う」とSNS上で詰められる
・王谷晶が帯文書いたLGBTQ+本の日本語版翻訳者が出版社に公開抗議文、謝罪か帯文撤回を求める
・出版社は全面謝罪、王谷晶も「ペドファイル差別はしません」と公開謝罪し鍵垢、小児性犯罪被害者だった過去などを告白するなどかなり混乱した内容
・ジェンダー学を専門に学んでいない一般左派が「ペドファイルはLGBTQ+には含まれない、チャイルドマレスターと似たようなもん、犯罪者予備軍なのでパージせよ」とSNS上で抗議
・そこだけ読んだ非左派の議論オタク連中が「ペドファイルだろうが手を出さなければ内心の自由の範囲内、自由を守れよ、つーかいつもの反差別はどうした?」とSNS上で絡む
・一般左派が「ペドファイルをLGBTQ+に含めようとするのは反左派オタクのデマ工作」と騒ぐ
・TERFが「いやペドファイルをLGBTQ+に含めようとしたのはジェンダー学の連中だろ、そもそもLGBTQ+運動自体が狂ってる」と騒ぐ
・ジェンダー学連中は凍結されたり、残った連中も旗色が悪いからだんまり、議論オタクは飽きてどっか行く、TERFと一般左派が喧嘩し続ける
・結果としては、本当に正しいかよくわからない理由で出版社と作家が公開謝罪させられたが、たぶん検証とかはされない
ここで考えてほしいのは、上の連中のどれに賛同するかって話以前に
・ジェンダー学の結果を社会に直接反映しているのに結果責任を取らない、とる能力がない学者・専門家サイド(出版社、ジェンダー学界隈、作家)
・ジェンダー学の内容(主張、学問的根拠、歴史的経緯)を把握せずにジェンダー学の議論だけ使おうとして失敗している非専門家(一般左派、TERF、議論オタク)
の対立状況って、科学コミュニケーションとかで言われてた「学者・専門家・市民のコミュニケーションの失敗」のまさに典型例なんだけど
全くそう捉えて扱おうとする社会学者やらが全然出てこないことなんだよね。
これって異常じゃね?
すくなくとも
「学者や学徒の知見が専門家に影響を与えて専門家が社会に影響与えるので、直接法的な責任はなくても道義的責任はあるよね」とか
「知識の差があるので知識のある側は無い側を責めないこと」とか
「専門家が事後的に検証や批判をすることで市民社会に責任を果たしましょう、市民はそうするように専門家に要求するのも責任です」みたいな
自然科学・工学の危険性的な話では当たり前のように出てきた初歩の初歩の話が全然出てこないんですよ。
なんでだろう。
なんでだと思う?
色々仮説はあるんだけど正直よくわからないというのが第一なんだが
そもそも論として「人文学・社会学の危険性」自体が学者や専門家にすら認識されてないというのが理由だとしたら
「それって自然科学とか工学の話ですよね?今関係あります?」と本気で思われていたら
中々恐ろしい話ではないだろうか。
そういう規制は必要だと思うんだが、なぜかそれを「表現規制」と勘違いするんだよな
しかしもっと面倒くさいことに最近「フィクトセクシャル」なるものが徐々に数増やしてんのもやばい
二次元から影響を受けて現実に手を出す奴は悪いけど、俺たちは二次元のレイプ物やロリが好きであって現実の女子どもをレイプする気は無いからゾーニングする必要はない! みたいな主張してんだよガチで、論文まで書いてるのまでいる
いやまあ本人らとしては本当にそうかもしれないけど、お前らだけで判断できる問題じゃねえんだよって話なんだよな
女子トイレに"悪い"トランス女性が入ってきてシス女性に暴力を振るってもトランス女性全体が悪いわけではないけど、それはそれとしてそういう"悪い"トランス女性も実際にいるという現実から目を背けてトランス女性の女子トイレ使用を認めろ! ってのを鵜呑みできるかって話と同じ
くろんぼとかチョンとか差別に何も言わなくなった人というのは穏健派ではない。消極的加害者なのでそこは混同しないように
理解があろうがなかろうが、インセンティブがあろうがなかろうが、差別を看過してる人も差別の片棒担いでるので
そもそも反差別は既にある恩恵や社会規範や権益を壊していくものなので成熟とか高潔とか人間性の問題。インセンティブをむしろ手放していくものでインセンティブとは真逆に位置する思想
フェミとアンチフェミの間に中間層はいないので、どちらかしかない
フェミ(性差別反対主義)じゃないなら消極的セクシストでしかない
フェミというか差別についての知識が昭和レベルだなお前。高齢者か?
フェミ思想とか黒人差別反対思想とかに個人の好意を語るのがそもそもヤバい。黒人差別反対に好意的とか、好意的じゃなくなったとか、なんなんだ?お前は好意によって他人に人権を認めてやろうとか考えてるの?バケモンだな
自分も増田の指す発狂フェミがなんだか分からないしどうでもいいけど(最近のアンフェは真のフェミニズムには理解があるが女性優遇だからフェミニズムには反対とかバケモンみたいなこと言うからな。その手のゴミクズは多い)
そもそも人権に好意的も関わるもクソもない。奴隷解放に好意的な人が減るとか、黒人差別反対主義に好意的な人が減るとか、奴隷解放運動してる人は白人に黒人奴隷による利益で栄えた社会で白人として暮らす特権を理解しろと噛みついてくるとか、奴隷解放者とは関わらないようにしてるとか、そんなんどうでもいいのと同じ
同い年の従弟(学年は同じだが誕生日は向こうが遅い)は子どもの頃すげーーいじめっ子の乱暴者で
俺も何度か腕脱臼させられたり、額から血ダラダラ出るような怪我させられた。
しかし従弟は中学になってすぐ身長が伸び止まってただのデブになり
腕力<<学力の世界になっていったら見事に逆転し、いじめられっ子になった。
高校は名前さえ書ければ入れる底辺校に進んだが、そこはヤンキーの巣窟だったので
それから十数年。
俺は中2の時従弟の身長を追い越し、それ以来殴られておらず今はむしろ避けられてる。
……のはずだったが、先日実家にいたら従弟がやって来た。
「署名してくれ」と言って。
従弟いわく「俺は女子生徒に差別されたせいで高校を中退させられ人生を破壊されたので
女性による男性差別をこの世から撤廃すべく法律を変えたい。そのための署名活動」だそうだった。
だが待ってほしい。
中学は俺も同中だったから知ってるが、その時も従弟をいじめたのは男で、女子は従弟を嫌ってそもそも近づかなかった。
それを指摘したが従弟は聞く耳持たず、俺が署名しないとわかるとわざとカップを倒してドスドス足音たてて帰っていった。
その後帰宅した妹によると、従弟はまったく同じ主張をSNSでもやっていて
もう遠い昔になるが、民主党政権発足時、日本におけるリベラル左派陣営は今ほど弱くなかった。むしろ、各種の世論調査を見る限り、自民党は積極的な意味で支持される政党ではなかったので、ふわっとした中間層によって消去法的に自民党政権はキャンセルされ、2009年に民主党政権が発足した。ここでは民主党政権当時の党内のゴタゴタについては扱わない。そんなことは調べればわかることだし、ここで話したい内容ではない。
ここで話したいのは、民主党が政権を失い、自民党政権が始まって以降、どうして積極的な支持を受けていないはずの自民党政権がずっと続いてきたかということだ。いろいろな理由があるが、私は端的に言って左翼の自滅だと思っている。というより、正しく書くならば、「リベラル左派」という立ち位置から、文字通りの「革新左翼」に成り下がってしまい、ふわっとした中間層の支持を瞬く間に失った。しかし、私は政治そのものには大して興味はなく、ここで書きたいのはそういう政策論争でもない。もっと単純に、ここでは右翼からも左翼からも差別される、現代の本物の被差別階級について扱いたい。
それはトランス女性(MtF: Male to Female)である。
トランス女性とは、性多様性を謳うLGBT的な価値観からの言い方で、精神病理としては性同一性障害(GID-MtF)がそれに該当する。海外においてはここは重ならないことも多いようだが、日本においてはこの二つはほとんど同じものと考えて構わない。
詳細は割愛するが、リベラル左派陣営はそもそも自由主義を前提とする。したがって、女性を家父長制から解放し女性を権利を男性と完全に平等化することを目的としていた従来のフェミニズムと親和性を持つのは当然である。しかしながらそれは日本においては、男女共同参画社会基本法(1999年)で成立し、権利において男女差別が完全に禁止されることで、その存在意義は乏しくなる。「女性は男性ほど稼げない」とTwitterではよく言われるが、同一条件での雇用であれば時給は全く同じはずで、そうでなければ違法になってしまう。
ここで、性同一性障害特例法(2003年)が成立することで事態が一変する。一言でいえば「トランス女性という名の男性は女性ではない。彼らは女性スペースを犯して性犯罪を犯す性犯罪者だ」と主張する人たちが現れたのである。その人たちは自身らが本当のフェミニスト、すなわちラディカルフェミニズムだと主張し、従来の権利の平等化を目指すにとどまっていた従来のフェミニズムをリベラルフェミニズムと蔑視して差別化を図っていった。そもそもこのラディカルフェミニズムは、徴兵制を背景として深刻な男女差別の問題が残っていた韓国から輸入されたものであるが、説明する意味合いに乏しいため、ここではその経緯については深くは触れない。当初はラディカルフェミニズムは異分子だったが、気づけばフェミズムの主流がラディカルフェミニズムとなっていった。それが現在のフェミニズムの主流派に置き換わったTERF(Trans Exclusionary Radical Feminist: トランス排除ラディカルフェミニスト)である。
TERFは徹底的にトランス女性を誹謗中傷し続けた。いや、今もし続けている。その主張は単純で、トランス女性と女装変質者は見分けがつかないからトランス女性を排除しろ、というものだ。そして、性同一性障害という医学的概念を完全に否定したうえで「トランス女性は男性です」と言う。これに対して、普通ならリベラルは反差別なのだから介入するはずが、リベラルは無視を続け、その間に多くのトランス女性たちが、今に至るまでに自殺を続けている。ryuchellは性同一性障害だともトランス女性だとも公言はしていなかったが、言動からは明らかにそうだったと考えられる。そう考えると、あれほどの誹謗中傷を浴び続けたryuchellもそんな被害者の一人だったのかもしれないと悲しい気持ちになる。
そして、問題となるのが政治家とフェミニズムとのかかわりである。結果からというと、社会党に由来を持つ日本のリベラル左派政党は、すでにフェミニズムの中身がまるで変容してしまっているにもかかわらず、このTERFをフェミニズムの正当な後継と考えて長い間受容をし続けた。しかし、TERFというのはだれがどう取り繕っても過激な差別主義である。口を開けば、トランス女性だけでなく、女性を扱った一般的な二次元の絵(フェミニストが言うところの「萌え絵」)に対しても誹謗中傷を繰り返し、皆さんもご存じのように一般のSNSの利用者からは冷たい目線を浴びせられ続けることになる。そこで中身の変容しきってしまったはずのフェミニズムを切り捨てられずに、票田であると読み違えてリベラル左派政党はこれを受け入れ続けてしまったことで、明らかに一般の指示の得られない、優先順位を明らかに誤った政策を選挙のたびに掲げ続け何度も自滅し続けた。私はそう思っている。
ちなみに、私自身は、いわゆるトランス女性かどうかはわからないが、精神科で性同一性障害とも診断されていて、身体の違和感を緩和するためにホルモン療法も行っているものの、世間からの差別が怖くて、結局そういう「男性」としてしか生きることのできていない、ryuchellとは真逆の小心者だ。今日のryuchellの死は、明日の私の死かもしれないと思いながら生きている。
単なる二次元美少女萌えの癖に自分たちは性的マイノリティだと主張する
しかも反差別の中でも未手術トランス女性のトイレ使用を肯定するような考えの足りてない方々がフィクトセクシャルに理解を~とか言い始める始末
二次元でどんなシチュエーションや体型のキャラを見ても、現実に手を出さない人もいるんだ~! って
それって表現の自由戦士が何度も思考停止で言ってきた二次元無罪となんか変わりあんの?
美少女ドールを連れ回して公共の施設に入ったり一緒にお食事とかしたりとか、公式のガイドラインを無視して勝手にキャラ婚とか何考えてるんだろ
ここ数年、アメリカやフランスで差別問題に端を発して、それぞれの国でデモと称した暴動が起こってて
銀行が襲われたり、高級ブランド店に強盗が入ったり、店が荒らされたり、車が燃やされたり、人が襲われたりしてる訳だけど
その行動を反差別運動として見て、主導してたり応援したりする人々がいるんだよね
「黒人はこれまで歴史的に抑圧されてきたのだから、黒人が奪われてきたものと比べれば被害なんて小さい」
そんなことまで言ってる
一方で差別主義者ってほどでもないけど、そこまでリベラルではない人々は、犯罪は犯罪として許せないと思っている
黒人の少年を銃で殺してしまった警官に対する支援は140万ユーロ集まっている一方で
殺された少年の遺族に対する支援は6万ユーロだった(それが報じられて40万くらいまで増えたらしいが)
日本でも、はてなに限定しても、フランスの暴動関連の記事に犯罪を許せんと思ってる人もいる一方で
人として一番大事なところの基本が完全に180度違うと思う
反差別のためなら社会秩序なんてどうでもいい、怒りの表現は犯罪でも構わないって考える一方で凶悪な殺人犯の死刑には反対もする