はてなキーワード: 原子とは
調べるも何も、1060乗倍に薄められたレメディには元の物質は1原子・1分子たりとも残ってないことがほとんど確実なんだからね。例えば食塩が100gぐらいあったとして、その中にはナトリウムや塩素の原子はたかだか1024個程度しか含まれてないんだからね。
そんな論理、ホメオの人たちの思う壺っていうかむしろホメオの人の主張を肯定してるようなもんだぞ。
相手の主張を批判・否定するなら、「相手が何を言っているか」をきちんと理解してからにしないとだめだよ。
ホメオの人の論理は、「水溶した成分」が効くといっているのではない。
「アボガドロ定数すら上回る希釈なんて、なんの効果もない」という主張は、彼らの主張を否定するどころか、
むしろ彼らの主張を肯定的に補強する論理となるということを、あなたは知るべきだ。
あなたの主張をホメオの人に説いたら「そう、全くその通り。だからこそ、ホメオパシーは副作用もなく無害な治療法なのだ」と言うだろう。
上に引用したあなたの主張は、むしろ「ホメオパシー治療法の擁護論」ですらある。
もう一度言うが、ホメオパシーの人の主張を否定するなら、「彼らがどういう論理、どういう仮説をもって主張を展開しているか」を分析して
それに対して正しく反論すべきだ。
はてサは
とかわめいてるけど、
とは言わないよね。いったい何でだろうね。
そういえば、長妻が
「ホメオパシーが間違っているかどうかは厚労省が調べてみる必要がある」
発言したよね。
http://b.hatena.ne.jp/entry/www.47news.jp/CN/201008/CN2010082501000383.html
これって
「南京事件があったかどうかは文科省/外務省が調べる必要がある」
というのとほとんど同じレベルのトンデモ発言なんだよね。調べるも何も、1060乗倍に薄められたレメディには元の物質は1原子・1分子たりとも残ってないことがほとんど確実なんだからね。例えば食塩が100gぐらいあったとして、その中にはナトリウムや塩素の原子はたかだか1024個程度しか含まれてないんだからね。こんなことはまともな高校生なら誰でも知ってることだからね。
はてサ理論で言うと、民主党は長妻を除名しない限りトンデモ政党と見なされてもしかたがないはずだよねえ?
さあ、はてサ君達はリフレ派と同じレベルで民主党を叩いてくれるのかな?乞うご期待!
Apeman んなもん、永久機関が不可能なのと同じで調べるまでもない。税金の無駄遣い!/ただまあ、厚労省が公式に否定することに意味がないとはいえないが……。 2010/08/25
おおっと早速来た。何だその弱腰。「税金の無駄遣い!」じゃ普通の政治家に対する批判でしかないし、しかも余分な留保までついてるし。
あな美しきかな党派性。
第二の実験では、人々に人種差別意識などなく、異人種と軒を接することに満足する人々を想定した。ただし、自分の家が異人種の家に取り囲まれてしまうような、極端なマイノリティ状態になるときだけ転居するようにルールを設定した。これは人種差別の意識とはいえない、人間の自然な感情である。
ところが誰一人として差別意識を持たない第二の実験でも、人々はきれいに分離してしまった。融合に満足する個人の集団でも、罪のない小さな選好があることが原因で、人々は物理法則に従う水と油のように分離を進めてしまう。
人間の複雑な心がわからなくても、集団としての振る舞いは物理学と同じアプローチで解明することが可能なはずだ、というのが社会物理学の考え方だ。個人が何を考えていようと、全体として現れるパターンに法則性を見出そうとする。
「一人一人は完全に自由な個人でも、個人の行動が組み合わさると、集団としては予測可能な結果がもたらされる。これが物理学で見られる現象にそっくりなのは、物理学では、原子レベルの混沌とした状態が熱力学や惑星運動の時計仕掛けのような精確さに取って代わられるからである。」
「人間をかなり単純な諸規則に従う原子や分子のようなものと見なし、それらの規則がもたらすパターンを突き止める努力をすべきなのだ。」というシェリングの考え方で、社会的な人間をシンプルな原子モデルに置き換える。直感に頼った思考、他者との関わりにおける学習と適応、人の模倣をしたがる心理、仲間との協調という、ふるまい属性をもった人間が相互作用すると、人間社会に実際によく見られるパターンが生み出される。現代のコンピュータを使って大規模に解析すれば、社会の法則を見出すことができるというのが著者の主張だ。
天気予報がそうであるように、経済予測というものも、極めて複雑なシステムやランダムに発生するショックと対峙せねばならず、我々が持っているデータや理解は常に不完全であると思い知らされる。見方によっては経済予測は天気予報よりも難しいかもしれない。なぜなら、経済というものは物理学の法則にしたがって行動する分子の集合体ではなく、おのおのが未来を考えおのおのが独自の予測に影響されて行動を起こす人間の集合体であるからだ。
http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/bc75e1c5cd62d8b464a68843d4bf93d7
36:下平 兵:2009/10/17(土) 12:24:58 ID:l8MnNo1W0
気温が・・・℃の時、フィンランド人はどんなふうにふるまうか、そのとき他国では何が起きているか」
+5℃。イタリアでは車のエンジンがかからなくなる。フィンランド人はオープンカーでドライブする。
0℃。蒸留水が凍る。フィンランドのヴァンターヨキ川の水は、ほんの少し凝固する。
-5℃。カリフォルニアでは住民が凍死寸前。フィンランド人は庭で、夏の最後のソーセージをグリルする。
-10℃。イギリスでは暖房を使い始める。フィンランド人はシャツを長袖にする。
-20℃。オーストラリア人はマヨルカ島から逃げ出す。フィンランド人は夏至祭りをおしまいにする。秋の到来である。
-30℃。ギリシャ人は寒さで死亡。フィンランド人は、洗濯物を屋内に干し始める。
-40℃。パリは凍えてガチガチ音を立てる。フィンランド人は屋台に行列する。
-50℃。シロクマが北極から退避しはじめる。フィンランド軍は、本格的な冬の到来までサバイバル技術の訓練を延期する。
-60℃。コルヴァトゥントゥリが凍結。フィンランド人はビデオを借りて家の中で過ごすことにする。
(コルヴァトゥントゥリはフィンランド北部・ラップランドにある山でサンタクロースが住むとされる)
-70℃。サンタクロースが南方へ引っ越す。フィンランド人は、
コスケンコルヴァを屋外に保管しておけなくなり、いらいらする。フィンランド軍がサバイバルの訓練を開始。
(コスケンコルヴァはフィンランドの蒸留酒でアルコール度数が非常に高い。通常、飲む前にビンごと冷凍庫に入れて冷やす)
。フィンランドの牛は、乳しぼりに来る人間の手が冷たいと文句を言う。
94:名無しさん@十周年:2009/10/17(土) 13:23:55 ID:2OFvHedX0
103:名無しさん@十周年:2009/10
何か具体物に引き寄せてイメージするようなやり方は良くないんでしょうか。
良くないっていうか、破綻すると思うんだよね。シュレーディンガーの猫とかパウリの排他原理とか。
大元の「原子核と電子の間」っていうのがそもそも微妙で、電子ってのは(原子核もだろうけど)粒であって粒じゃなく、ハッキリとした境界をもたない、電子の存在と不存在が重なり合った状態を生み出していて、それが他の原子との関係で引力や斥力となって、原子がくっついているともくっついていないともいえない状態で振動していたりするわけで。
で、これを逆に言えば、原子のほとんどは電子の存在と不存在が重なり具合による空間ってことになる。
んですよね?たぶん。
http://anond.hatelabo.jp/20090930131924
http://anond.hatelabo.jp/20090930124716
場を説明するためのモデルですか……一番重要なキーワードである「場」の理解がうまくできないのが如何ともし難いです。
渦潮の例でいくと、万物は現象によって成り立っているということになろうかと思いますが、まあおそらくはそうなのでしょうが、うーん……
これは逆転の発想ですよね。細分化するんじゃなくて、総括していく。
なんて言うか、物理学に詳しくないと駄目ですね。
俺も素人なんだけど、要はその場や現象にどんな名前が付いてるかってことなのだろう。
で、原子核と電子の間は原子、星と星の間は宇宙って名前が付いてる。
レールとレールの間も線路な様に。
超ひも理論ってあったじゃないですか。私なんぞが全然理解できるような代物ではないのですけど。
でも大綱として、あれって原子がクオークとか更にちっさいので構成されていて、でもってそのクオークとかがひもっていうエネルギーの形で成り立っているって事を言っているんですよね?
まあ、それはいいんです。うん。間違ってたら私が恥ずかしい思いをするだけですから。
それはさておきです。私が気になるのは、そのひもとひもの間には何が存在しているのかってことなんですよね。
もっと言えば、原子って原子核の周りを電子が飛んでいるわけじゃないですか、その間には何があるんですか、ってことなんです。
学校では隙間が空いているようなモデルで習うのですごく気になって。
だって、私たちは原子の集合でできている。金属だって、空気だってそうです。それらは確かに身の回りに在って、我が物顔で私の目に入ってくる。
でも、そんな全ての存在が、何が占めているのかもよく分からない隙間を持っていると思うと、どうにも据わりが悪いのです。
存在の主成分を追及していけば行くほど、分かってくる境界や隙間を何が占めているのかが気になってしまう。
そこにはなにがあるの?
誰か詳しい人教えて。
http://d.hatena.ne.jp/nakamurabashi/20090910/1252545023
というエントリから。
前提の部分でアレ?と思った箇所
まず前提としてえろげだろうがギャルゲーだろうがなんだろうが、とにかく二次のすべては現実逃避だということだ。俺がそれ言うのはどうかと思うんだけど、とにかくすべては現実逃避だ。
なんかピンとこないんだよなあ
ギャルゲエロゲ乙女ゲ(ギャルゲの女ver)ドリーム小説と、その手の奴ばっかり私はやってるんだけど、現実逃避のつもりでやってるわけじゃない。
というか現実逃避には、どうやったってならないのではないかと思う
乙女ゲをやってるとき、それは紛う事なく乙女ゲをやってることひっくるめて「現実」であるのだから、どうしたって私が存在するのが「現実」である以上、現実逃避なんて成立しないんじゃなかろか。
私は現実から逃避するために乙女ゲをやってるわけじゃなく、乙女ゲをプレイするという現実を全力で生きているだけ。
耐性無い人には気持ち悪い発言が以下続きますが
二次元のキャラに恋してますけど、それは現実から逃避してるわけじゃなく(まあ、別に逃避なんだといわれたら、それでもいいし、逃避と言われて腹が立つわけじゃないんだけど)現実として二次元のキャラに恋をしている。恋をしている「私」は現実に存在している。「想い」も存在している。その「想いを向けた相手」が、我々と同じ肉体を持たない、というだけで、私が恋をしていることは寧ろ、どうあがいても現実でしかない。んじゃないかなあ…
前から疑問だったんだけど、どうして恋をする相手が二次元になるだけで、「現実でない」「現実逃避」となるのか。三次元に恋するのと、どう違う?相手が肉体を持っていないだけである。思考などはもともとどの道、三次元だろうが考えてることなんてわからないし、考えているかどうかさえ、実は証明できないのでは?
相手が二次元か、三次元か、ということは、別に相手が男か女か、とか、相手がドレッドヘアーか、坊主か、とか、相手がセロリが好きか、嫌いか、とか、そういう次元と同じ、些細な問題なんじゃないかと思う。
結局どれも、対象が違うだけで、自分が思いを抱いている事は同じ。自分に起きてる現象は同じ。全部現実に起きてる現象。
ただ相手の肉体がないだけで。
なぜかといえば、たった一人のたいせつな女性がいれば生涯を生き抜くことは難しくないのに対し、二次だけでは、人は生きていくことがかなり難しい。
これは私の読解力ちゅーか頭が悪いんだと思うけど、これが「なぜか」の理由にどうなってるのかイマイチ分からない……
もちろんそれが現実逃避であることをわきまえたうえで切り抜けることはできる。しかし、二次を、いやここではフィクションといおう、フィクションを完全な現実の代償として把握したとたん、おそらく精神は死を迎える。俺はそれをやろうとして失敗した。なぜ失敗したか。理屈としてはあたりまえの話で、フィクションのキャラクターを価値のあるものとするならば、現実に存在するものはすべて価値がないものになるからだ。そしてすべてが価値のない世界では、自分もまた無価値なものになる。自分が無価値であれば人は長くは生きられない。
太字は勝手につけました。
これも、太字部分のところが、よくわからない。
フィクションのキャラクターを価値のあるものとすると、どうして、現実に存在するものは全て価値がなくなるのか、が。
フィクションのキャラクターも価値があるし、現実のものも価値がある、という共存は充分可能だと思うのだが…というか、事実この世は今そうなっていると思うのだけども。
だいたい、フィクションのキャラクターは、「現実」に存在しているんじゃないのか??寧々は、肉体(脳含め)を所持していないだけで、寧々という「キャラクター」は実際存在してるんじゃ。
もう10年も同じキャラクターにわき目も振らず恋をし続けているんだけどさ、
逃避というより、自分としては、励みになってるんだよね。
まあ、片思いだからさ。彼にみっともない姿は見せられない、的な感じで。彼にふさわしい人間に1歩でも近づきたい、みたいな感じで。
時には、永遠に叶わないということで絶望しかけたり死にたくなることもあるけど、それでも「じゃあ想うのやめますか」って言われたらそれは絶対に嫌だ。でも楽になれるだろうなとは思う。
実際に肉体も何もないことを考えると若干の空しさがないわけではないけど、でも人間だっていつか死んで、人間っていう種族自体いつか滅んでそれを構成してた原子がまた違うものを構成するだけで、その繰り返しがある中、結局宇宙もいつか消滅することを考えると、肉体が無いだのなんだのいうのは些細な問題に、思える。
現実なんていうけども、この世自体、逆に言えば虚構みたいなものじゃないかな。どうせこの人生も一瞬しかないんだよね。しかも、特に何の意味もないわけで。そうすると、世間とか社会というものの方が、時に、寧ろ虚構のようにもみえる。
何にせよ別に三次元の恋だって辛さは多かれ少なかれあるわけだし、辛いからといって投げ出すわけにもいかない。
肉体がなく呼応してくれないことは辛いけど、それでもその辛さを傍に抱えながら、想い続けるしかないんだろうな。
九州の田舎で生まれ、東京の大学に進学。その後海外でしばらく暮らし、今は田舎に戻ってきた。ここに骨を埋めるつもりだ。
田舎を一歩も出たことがない人から世界中を駆け回る人まで様々な人と触れあったが、人の本質はあまり変わらないように感じた。田舎であれ、世界であれ、物事の理路はどこも同じなんだろうと思う。
どんな環境であれ、実直に思考を進めていけば割と平凡な答えにたどり着けるというのが今の自分の結論。世界の中に田舎があり、田舎の中に世界がある。無限の宇宙はひとつの原子であり、原子の中に無限の宇宙がある。
吾唯知足
Think globally,Act locally
と言ったことが実はひとつの物事の側面なのではないかと思えて来た今、ひとつのところで子供を実直に育てている。
ひとつのところ、というのは単なる場所ではない。ひとつの考え方、ひとつの仕事、なんでもいい。ひとつの物事に真摯に向き合っていれば、環境はあまり大きな要素ではない。
時間って流れているように感じるけど、実は違うんだと思う。うまくまとめることができないけど、
時間 = 動作
このような感じ。動作というのは、全ての物体(もしくは他の存在。詳しいことはよく知らない)の動作のことを指している。人間が動くのもこの内に入るけど、細胞の動きもそうだし、原子や分子などの粒子レベルの動きもそうだ。この世に存在する全ての動き。もちろん地球外も含めてだ。こんなことを考え始めてから、何故か”時間の流れ”を感じなくなった。
もしこれが真実なら、未来に行くことは可能だけど、過去に行くことは不可能ということになる。
未来に行く方法。
これは簡単で、最近も技術が進んできているように感じる。いわゆる人体冷凍。いや、冷凍じゃなくてもいいんだけど、とにかく動きを止める何か。手順としては、
自分の生きる動作を止める=自分の時間だけを止める=周りの動作は継続されるから、未来に行くという表現と大差はない ↓ 再動作させる(これは難しそう)
となる。
過去に行く方法。
これは無いと断言できる。動作を完全に記録してない限り元にもどすことはできないから。さらに、不可逆現象の存在もこのように主張する理由の一つ。
やっぱりうまくまとまらない。同じことを考えている人は結構いるだろうけど、世間を見渡すと「タイムマシン」や「タイムトララー」を題材としたフィクションが多数あるから、(この仮定が正しいと言うわけではないが)気づいてない人も多いのかもしれない。そう思ってこのエントリーを書いた。
まあ、一つの考え方だと思って気軽に読んでほしい。
縦軸に強度、横軸に2πνtをとって2つの波を考える
E_1=A_1 sin(2πνt-φ_1)
E_2=A_2 sin(2πνt-φ_2)
E_3=E_1+E_2、これは
波の複素数表示
E_1=ae^(iφ_1) E_2=be^(iφ_2) と複素数平面でベクトルとして書くと、合成波を表すE3ベクトルはただのベクトル和でよい
構造因子Fを出す
|F|=単位胞の全ての原子によって散乱されるX線の振幅/1個の電子によって散乱されるX線の強度
反射線の強度I∝|F|^2だったことを踏まえつつ
F_hkl=sum f_n e^(iφ) from 1 to N=sum f_n e^(i2π(hu+kv+lw)) from 1 to N
f_n:原子散乱因子:1個の原子によって散乱されるX線の振幅/1個の電子によって散乱されるX線の振幅
どの1個の原子について計算するか(結晶を特徴付けるものを選ぶ)→結晶座標0,0,0の原子を考える
F=f_n e^(2πi(h0+k0+l0))=f_n ←意味:hklに関係なく、ブラッグの条件さえ満たせば回折波が出てくる
|F^2|=fn^2
どの2個の原子について計算するか→結晶座標0,0,0と、0.5,0.5,0.5の原子について考える
F=f_n e^(0) + f_n e^(2πi(0.5h+0.5k+0.5l))
=f_n (1+e^(πi(h+k+l)))
F=0|h+k+lが奇数
F=2f_n|h+k+lが偶数
どの4個の原子について計算するか→結晶座標0,0,0と、そこから一番近い3つの原子0.5,0,0と0,0.5,0と0,0,0.5について考える
(中略)
F=f_n(1+e^(πi(h+k))+e^(πi(h+l))+e^(πi(k+l)))
面心立方晶のFは、どのようなh,k,lでどのような値を取るか、パターンを考える