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はてなキーワード: 共和制とは

2021-10-02

anond:20211002175939

共和制国家から統合象徴となるものが無い訳じゃない

例えばアメリカはとにかく自由を重んじる国だが、その根底にあるのは(実際がどうだったかは別として)圧政に立ち向かって自分達の国を勝ち取ったという建国神話

そのせいで政府国民権利、州の権利制限する事に対して物凄く批判的な国民性を持っている

自由平等のどちらかを選ばなければならないとしたら、自由を選ぶのがアメリカという国だ

自由でなければアメリカではなく、アメリカとは自由でなければならない

「何をもって自由であるとするのか?」という問いへの答えは人それぞれ違うはずなのに、「アメリカ自由の国」という幻想は共有してる

自由という概念こそがアメリカ人にとっての想像の共同体の核の部分なんだよ

天皇制廃止するって事はアメリカ人にとっての自由に相当する概念なり、モノなり、制度なりを日本人が一から獲得しなおすって事だ

それが可能なのか? 可能であるとする根拠はなにか?

この辺りをしっかり議論していかないと天皇制廃止は進まない、というか進めてはならないってレベルの話なんだよ

2021-09-01

anond:20210817083708

僕も根は共和主義者であって、基本的には「民主国家君主は要らない。たとえ立憲君主であっても。」という立場なんだけど、世界を見渡してみると、西ヨーロッパ成熟した民主国家の多くは立憲君主制だし、アジアで最も成熟した民主国家であろう日本実質的西ヨーロッパ立憲君主国家と同様な体制だし、アジア諸国を見ても近隣の共和制諸国の方が日本よりそんなに良いようにも見えない。カンボジアなんかポルポトで大混乱した後は結局王制(立憲君主制)で落ち着いた。王のいないミャンマーよりは王のいるタイの方が民主政治が安定している。スペインだってフランコ独裁体制の後に王制の復帰とともに民主政治が戻って来た。

残念ながら、共和制が良いように思える僕も、現実社会での立憲君主制の成功を認めないわけにはいかない。

ただし、なぜそれがうまくいっているのか説明できないし、今後ともうまくいくかどうかもわからないけれども。

anond:20210817083708

それ、大統領って言うんだよ。共和制ね。→

選挙やりゃいいんだ選挙

実力のある者を天皇にすればいい


要するに、アメリカ合衆国フランス共和国みたいな制度がいいってことだろ?

2021-07-29

anond:20210729215132

わいも不勉強で間違ってたらあれだが、

辛亥革命共和制とか議会政治、とかいわれても民衆はわけわからん不安になってたとおもうんだよな

資本家への搾取のおそれもあったとおもうし

そういう要因で封建制に慣れ親しんでた農民層の支持を取り付けたんだろうね

2021-07-20

犬飼敦子さんとフランス政教分離について

フランス政教分離原則理解してるひとはどう解釈するの?

犬飼敦子さんは直近のインタビューで「キリスト教文化根付いているフランスにおいては、別の宗教を基にした考え方は相入れない」と言っているのだが、この認識は平均的フランス人の感覚とはズレてると思う。フランスではライシテという強力な政教分離原則政治システムに埋め込まれていて、これはキリスト教文化に対しても適用される。だから19世紀からカトリシズムとライシテは対立関係にあった。特にライシテが法律上重視されている公教育の場には、キリスト教であろうと何だろうと、宗教コードを持ち込んではいけないし、宗教標章を掲げてもいけない。

このライシテ原則が、80年代後半からイスラム教文化圏からの旧植民地移民にも適用されるようになり、イスラム文化圏の女性の多くが習慣的に身に付けているヒジャブなども(イスラム教信仰を示す宗教標章であるとして)公教育の場で顕示してはいけないということになった。しかイスラム教的な考え方からすれば、公教育の場であろうと何だろうと、女性は頭髪を隠すもの(目を伏せ、プライベートな部分を守り、男性を魅惑させないよう飾り立てない)ということになっていて、これを禁止するのは信仰自由侵害であり、信仰自由に伴う権利としてその着用を求めている。

まりフランス社会文化イスラム教と「考え方が相容れない」根本的原因は、犬飼敦子さんの言うように「キリスト教文化根付いているから」というよりも、少なくとも建前上は共和制以降は世俗主義・非宗教主義を強く志向していて、それがイスラム教基本的価値観とコンフリクトしているからだ。このことを彼女理解していないような語り方をしているので、自分はかなり驚いた。

anond:20210719133816

anond:20210719134049

2021-06-20

憲法論議天皇の話でさ・・・

天皇家尊重している。その上で国民主権日本国憲法天皇のあり方をガチガチに縛っていることに反発している。だから国民としての責任をもって天皇家日本国憲法の枷から解放しようと、日本共和制を目指して改憲を目指す」という立場って右翼左翼のどの立場なのか。

2021-06-02

大衆天皇制消滅

 2134年11月6日日本天皇崩御した。天皇に子はなく、この日をもって象徴天皇制廃止日本共和制へと移行することになる。

 直前の世論調査によれば、皇室の存続を望む者は8割を超えていた。にもかかわらず、皇室消滅した。それはなぜか。

 かつて、20世紀半ばに活躍した政治学者松下圭一は「大衆天皇制論」という小論を書いている。そのなかで松下は、第二次世界大戦以前の天皇制と戦後のそれとでは、制度を支える心理が大きく変化していることを論じた。すなわち、戦前において畏怖される存在だった天皇は、戦後人間宣言を経て、愛される天皇へと変化したというのだ。

 松下さらに、愛される皇族の条件として、「平民」として恋愛もする一方、「小市民層の日常要求理想」でもあらねばならないとした。つまり普通人間であると同時に、優れた人格もつことが期待されるようになったというのだ。

 この観点からすれば、戦後皇族はみな一様に大変な努力を重ねたと言えるだろう。時折、スキャンダルのようなものが噴出することはあれど、大衆の期待に沿うべく、「理想化された平民」を演じ続けた。

 だが、大衆の願望は、皇族人間として生きていける限度をはるかに越える水準に達した。

 それが顕著に表れたのが、結婚をめぐる問題だった。皇族結婚相手は、大衆の意を受けたメディアから厳しい精査に晒され、わずかでも問題があるなら、苛酷なバッシング対象になった。

 結婚した後も、プレッシャーは続いた。皇室の厳しいしきたりに加えて、男子を生むことを求める強烈なプレッシャーはしばしば女性皇族精神的に追い詰めた。そして、それによる体調不良までもが、メディアでのバッシングの要因となった。

 そのような皇族の有様をみて、いったい誰が我が子を皇族に嫁がせようと思うだろう?

 皇族が適齢期に達すると、同年代名家の子女たちは結婚を急ぎ、間違っても自分が「見染められ」ないよう必死になった。皇族との結婚を決意した者も、「理想化された平民」を求める大衆の餌食となり、やがて消えていった。

 保守派旧宮家皇籍復帰を叫んでいたが、皇籍離脱から長い年月を経て「理想化された平民」像には遠く及ばない彼らの復帰を大衆は認めなかった。保守派とて「理想化された平民」像から逸脱する皇族必死で叩いていたのであり、いわば自業自得であるとも言えた。

 こうして最後天皇は、誰とも結婚しないまま即位し、子を残さぬままに崩御した。

 大衆天皇制は、まさに大衆によって支持されたがゆえに存続できなかったのである

2021-05-20

anond:20210520091936

いくら正しくてもサノス一人がそれを決めて押し付けるのはパターナリズムだぞ。

アメリカでは共和制に反する悪役はやはり悪役なのだ

2021-05-01

anond:20210501231855

天皇制は終わりに向かってると思うけど当分終わらん。具体的に言うと次の次くらいまでは終わらないよ。

何故かというと、天皇制廃止議論コストが高すぎるから

天皇制から共和制に移行するために必要手続き制度の審議が膨大だし、これが最大の理由だけど天皇制廃止を匂わすだけでも選挙で負けるだろう。

なので、正式後継者を増やさないってのが天皇制を止める近道なんよ。

2021-02-05

anond:20210205004045

銀河帝国内乱貴族派と改革派の争いであって、価値観アップデート関係ないぞ。後に改革派は自ら皇帝地位に就くけど、下剋上をするだけで政治体制共和制に改める訳でもない。

革命を起こせば価値観アップデートになるのか? 年長者の地位簒奪すれば価値観アップデートになるのか? そんな訳ないだろう。

あんたはただ娯楽小説漫画アニメかもしれないが)内の出来事を当てはめて、それが価値観アップデートをできていない例だと勘違いしているだけだ。

2021-01-01

anond:20210101163944

国民が決めれない日本共和制が良いし、移民の国であるアメリカ民主制のが良いのになんで逆なんだろうね不思議だね

2020-12-29

anond:20201229033505

今って内閣支持率30~40%なんやろ?

そんだけ低かったら共和制なら政権変わる

2大政党に交互に政権が渡ることでもう相手に渡さないように、自分与党で居続けるために戦いより有能じゃないと選ばれないシステムアメリカ政治やぞ

anond:20201229033300

共和制なんかしたらジジイ独裁してよりアカンくなるのでは?

隣の芝生は青く見えるだけでは?

anond:20201229031856

民主制だと与党(多数派)は常に同じで、野党役割政権を奪うことではなく救われない弱者側に立って足引っ張って譲歩させること

方向にブレない代わりに、与党(国民)が腐ると完全に止まる

共和制だとダメな奴は直ぐクビ切られて与党が変わるから、結果を出そうとするし競争原理が働く

代表者思想にモロ影響受けて方向性コロコロ変わるけど常に斜め前方向に前進してる

anond:20201229031229

冗談やろ?

民主制民意をそのまま反映する政治。人数が多い世代が牛耳り続けるし与党野党区別が明確

共和制民意が選んだ代表者が好きに国運営する政治ダメなら他の代表を選ぶから全ての党が政権取るチャンスがあって競争原理が働く

2020-11-11

anond:20201111140814

そんなことは民主主義をやっていた西欧だってわかっていて、民主主義でえらい古典学者のも「賢い人だけに選挙権を与えよう」とか言っている。共和制というやつだ。

 

そういった前提を覆す理屈は、啓蒙、という概念ででつけた。  

バカ多数派である以上、多数派権力者になることは常に避けられない。民主主義歴史必然である

から啓蒙をしよう。多数派バカ自体を賢くしよう……という方針西欧文明はやってきた。

これはしかも上手く行っていて、現代人はどう考えても19世紀大衆よりは賢い。

 

でも今は、どうやら啓蒙の速度がインターネットの速度に負けているようだな。

あと啓蒙されてきた知識も理性主義すぎて間違っていることがばれてきたし。

なんとか啓蒙効率と精度をあげて、追いつけばいいんだけどな。

2020-08-26

今日見かけたパワーワード

「次の共和制日本

警察ソープへの取締が恣意的だという事を理由に、共和制への移行をぶち上げるのはなかなか飛躍距離

2020-07-25

遅ればせながら『Dark Knight考察(Party Sceneと絡めて)

まず、『ダークナイト』は、フロイトの「自我超自我・イド」の図式に当てはめると解釈やす映画です。

そもそもジョーカーってなんなの?というと、病院のシーンでハービーに言っていたように、「混沌使者」(Agent of chaos)です。

ゴッサムに秩序をもたらそうとするハービーバットマンに対して、人々の怒りや不安防衛本能)を煽り本能衝動にしたがって行動させることで街の秩序を崩壊させようとするのがジョーカーです。

ここでの秩序とは何かというと、「父権制的な権力」を指します。

これは、明治時代など、近代以前の家父長制でも見られる、父親や「家」といった道徳社会的信用に基づいて人々を従わせる権力を指します。

近代以前の社会では、家長同士の信頼によって地域コミュニティ必要産業社会制度が賄われており、それらの秩序を犯した者がいた場合、例え家族であってもその命を差し出す必要がありました。

父親のもたらす権力・秩序が個人自由優越していた時代です。

一方、近代市民革命以降は、主権者一般市民国民)に移ったことで、上記の「父権制的な権力」に個人自由が優先されるようになります

コミュニティ構成員の間でも格差があったり、それぞれ価値観は異なります

するとどうなるかというと、それぞれの権利の拡大やコミュニティ方針を決める上で争いが起きるようになります

この原動力が、ジョーカー象徴する「人間生理的欲求本能衝動」です。

ダークナイト』の公開された2009年アメリカイラク戦争の泥沼にどっぷりハマっていた時期で、ジョーカーの爆破などテロ行為と合わせて、この映画イラク戦争批判と見る人もいました。

私はこの映画イラク戦争批判だとは思いませんが、「人々の防衛本能によって事態混沌に陥った」という点では共通していると思います

イラク戦争の発端は、アメリカ攻撃する大量破壊兵器イラクにあり、「先制攻撃」の対義名分で侵攻、泥沼に陥りました。

この映画でもそうで、人々が防衛本能によって親しい人物裏切りジョーカーに加担することで一連の計画悲劇は進みます

終盤もジョーカーが市内に仕掛けた爆弾から逃げるために船に乗り込んだ一般市民が船内の爆破を免れるために、囚人船の爆破との二択を迫られる展開となります

終盤の二択のシーンは、人々が社会的信頼や道徳(善)に基づいた振る舞いをすることで危機を免れるわけですが、ここでも生存本能を脅かす不安本能衝動)と社会的信頼(父権制権力)の葛藤が起きているわけです。

この二者の葛藤説明する概念が、フロイトの「自我超自我・イド」です。

これらの概念は、父親のしつけを通じて内面化された父権制権力動物欲望本能衝動葛藤の間で揺れ動く人間自我のありようを表すものです。

この三者関係を表すものとしてよく触れられるのが、ギリシア悲劇の「オイディプス王」やこの寓話を受けた「エディプスコンプレックス」の概念です。

エディプスコンプレックス概念によると、幼児期男児母親との結婚を望むが、父親結婚しているため、その願望が叶うことはない。この時、男児母親との結婚タブーとする父権的な「規範」(秩序)が生まれ男児精神的な去勢経験するとされます

要は、母親結婚したい男児欲望と、それを男児モラルとして彼の心の中で禁止する父権制的な権力との間で葛藤する男児自我の揺れ動きを表しているという話です。

実際、この映画では、ハービー社会的信用を守る地方検事で、ブルース幼なじみであるレイチェル恋人役です。

ブルースレイチェルへの性欲を抑圧し、彼自身が望む秩序を体現する存在で、ブルースの「超自我」の象徴と言えます

一方で、ブルース自身に目を向けると、幼い頃に両親を奪ったギャングに、自分自身幼児期トラウマであるコウモリ」のコスチューム私刑を加えることで、彼らに自分と同じ畏怖(トラウマ)を植え付けようとしています

ブルースが「コウモリシンボルに選んだ理由」と「なぜシンボル必要か」(逐次制裁では模倣犯が出るため、模倣犯が出ないよう、悪漢を怖がらせる、畏怖の対象となるシンボル必要と考えた)は、前作の「バットマンビギンズ」でブルースによる上記そのままの説明があります

まり、「ブルース自身が彼の超自我父親象徴であるコウモリになろうとしている」という話で、先述のエディプスコンプレックスにある、父親の座につこうとする男児精神合致します。

また、ブルース自身葛藤として、彼は街に秩序をもたらすという公益性とは別に、Mob(ギャング)への個人的な恨みで制裁を加えている側面があり、この個人的な恨みが暴走してしまうのではないかそもそも自身の行動はただの私刑リンチ)ではないかという懸念がついて回っています

ジョーカーが焚きつけようとしているのは、ブルースのこの個人的な怒りです。

ブルースがMobの制止と社会秩序の実現という社会道徳ではなく、個人的な怒りでバットマン活動を行なった瞬間、彼はただの犯罪者になります

ジョーカー目的は、このバットマン大義名分を取り払い、自分スケアクロウなどの怪人や、Mobのようなゴロツキと変わらない存在に陥れることです(この企てに成功したのがハービートゥーフェイス)。

取調室でのバットマンジョーカー尋問シーンで“You complete me.”(プロポーズ慣用句です)と言っていることからも分かる通り、ジョーカーバットマンが半ば自分と同じ本能衝動で動いていることに気付いています

(だから、“You and I, are destined to do this, forever.”となる。)

長くなりましたが、パーティーシーンについて。

このシーンでは、老紳士父権制道徳象徴する形でジョーカーに反抗したため、ジョーカーからYou remind me my father, I hate my father!”(お前見てると俺の父親を思い出すんだよ、大っ嫌いな父親をな!)と反感を買います

ここでレイチェルが止めに入り、ジョーカーが口元の傷の由来を話しているのが、この場面の一番重要ポイント

ここで何をしているのかというと、レイチェル象徴的な意味自分の女にしようとしています

というのは、上に書いた通り、ジョーカーバットマンの片割れです。

すると、ジョーカーにもレイチェル的な存在がいてよい、いるはず、という話になります

それがジョーカーが”D’you know how I got these scars?”で始める「傷の由来の話」に出てくる「ジョーカーの悪妻」です。

レイチェルをこの悪妻に重ねているのは、逸話に入る前に“I had a wife, very beautiful, like you.”と言っていることから分かります

ではその悪妻がどのような女性かというと、レイチェルのように慈愛に満ちている反面、ギャンブル狂で、口を裂かれた彼女に寄り添おうとしたジョーカーを拒絶した女性です。

ハービーと同じ検事職にあり、貞淑さを象徴するレイチェルとは真逆存在です。

ジョーカーのしようとしたのは、レイチェル自分の別れた悪妻と重ね、彼女と同じ傷をつけることで、レイチェルをその悪妻と同じ側に落とすことです。

おそらくこの逸話自体は嘘です。この場面以前にもGambolのシーンで傷の逸話がありますが、別の話をしています病院のシーンでハービーに「俺が計画して動く男に見えるか?」(”Do I look like a guy with a plan?”)と言っていることからも、彼がポジショントークしない人間であることが分かります

レイチェルを殺したり、ただ傷物にするのではなく、その前にこの逸話を挟むことで、その傷は彼女へのマーキング意味を持つようになり、シンボル的な意味レイチェルジョーカーの女に堕落します。

彼女はやがてジョーカーさらわれて殺されてしまますが、面白いのは、その時ジョーカー指定した彼女の居場所です(実際にいたのはハービーですが、言葉の上で彼女と結びついていたのが重要)。

ジョーカー彼女の居場所を“She’s at avenue X, in Cicero.”と指定しています

Ciceroとは、共和制ローマ末期の弁論家・政治家哲学者で、彼の政治思想理想とする統治機構は「共和制」でした。

共和制」は、国家主権人民に存する統治機構で、国家元首(王)により支配する独裁制とは対立する統治機構です。つまり父権的制的権力とは対立する概念人民動物本能公共善による秩序をもたらそうとするもので、超自我とイドの調和が取れた状態と見ることもできます

まり超自我とイドの葛藤に揺れるブルースが、本来身を委ねるべき安息場所レイチェルがいた、と比喩的表現されているのです。

(その場所ハービー父親)を置いとくあたり、徹底してジョーカーは底意地が悪い)

とまぁ、パーティーシーンは、これらの葛藤舞台となる場面です。

直前でスリ判事警察長官が殺されて、ハービーが殺されればゴッサム司法崩壊でその王手がかかっていたり、それを阻止すべく大急ぎで対応するブルースと迫るジョーカーサスペンスだったり、ヒースレジャーセリフ回しだったりで見所がいっぱいある、個人的にも好きなシーンです。

2020-07-11

共和』ってイメージ悪いのか?

アメリカでは共和党民主党二大政党がある。それぞれの政党実態はともかくとして、その名前アメリカという国の支配体系(共和制)と政治体系(民主制)を表している。日本には『共和』の付く政党存在しないし過去にも例を見ない。一方で、『民主』と付く政党は今現在だけでも4つもある(自由民主党立憲民主党国民民主党社会民主党)。なぜ日本には『共和』という名の付く政党が生まれなかったのだろうか?『民主』と比べて『共和』という言葉はそんなに印象が悪いのだろうか?

日本立憲君主制なので共和制ではないという説がある。それならば、『共和』と名の付く政党が生まれなかった理由に合点がいく。しかし、日本国憲法前文及び第一条において国民主権を定めていることを文字通り解釈すれば、日本共和制であることは明らかだ。大日本帝国憲法時代の慣習を抜きにして、天皇君主と見なすのは無理がある。それでも日本立憲君主制であると主張する人でも、『立憲君主党』という名前政党に良いイメージは持てないだろうし、それならまだ『共和党』という名前のほうがましと考えるだろう。

日本共和制であるにも関わらず、主権が誰にあるのか(君主制か共和制か)を明言することが憚れる風潮が日本国民主権の力を弱めているのではなかろうか?

2020-06-29

「一つの正義に対しては逆の方角に等量等質の正義存在するのではないか」と不敗の魔術師は考えていた

現在NHKリメイク版も放送されている名作スペースオペラ銀河英雄伝説

この作品の中でも特に輝かしい英雄である銀河帝国元帥ラインハルト・フォン・ローエングラム候と自由惑星同盟元帥ヤン・ウェンリー提督

この二人が初めて顔を合わせるのは原作小説では5巻の風雲編、OVA版では4クール目のラストにあたる第54話目の事だった

まり作品の主役でありそれまで幾度か戦場で矛を交えながら面識は無かった二人の主人公がようやく直接言葉を交わすという、ファンなら誰もが待ち望んだ展開だと思うんですが

そこで民主共和制否定するローエングラム候に対しヤン提督反論し、逆に専制政治否定しローエングラム候を唖然とさせた時弁明するようにタイトル理屈を持ち出したんだけど

僕はこの考え方を初めて聞いた時とんでもなく感銘を受けた

それまで「正義の逆はまた別の正義」「どちらが正義でどちらが悪という訳でも無い」という言葉を聞いてもどうもしっくり来なかったけど、ヤン提督のこの言葉は何故かストンと腑に落ちた

言い換えると「何か一つの考え方が生まれた時それと真逆の考え方もまた同時に生まれる」というちょっとロマンティックな考え方に思えて、そういう所が好みに合ったのかな

余談ではあるけど、銀河英雄伝説には主人公ヤン・ウェンリー嫌悪されファン寄生虫とも呼ばれる保身の天才、ヨブ・トリューニヒトという悪役政治家が登場する

彼は読者に非常に高い人気を誇るヤン提督に敵視され、自らの利益のみを追い求め事実上自由惑星同盟が斃れる切っ掛けになった人物だけど、銀河英雄伝説ファンからはそれなりに高い人気があるそうな

悪役であった彼の目的が、主人公ヤン・ウェンリー養子であり愛弟子であった少年ユリアン・ミンツと全く同じ構想、つまり銀河帝国に立憲体制をしく事だったと終盤明かされたのは、

民主主義のために命を懸けて戦った主役であるヤン艦隊の面々とただただ保身のみを考えた悪役であるヨブ・トリューニヒトの一体どこが違うのか?と少し考えさせられるような気分になった、やっぱり銀英伝って今見ても面白い

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